閑話休題。
二回目の射精からマックが回復するまでの間、今年の純藍に配属されたもう一組の新婚夫婦にフォーカスを移そう。
アモルテル城にある108の部屋はそれぞれが夫婦のための生活スペースになるため、隣の様子が把握しにくいように防音や覗き見防止の術法がかけられているし。
さらに入り口も離れているため、マックはいつ隣に彼らが入ったのかすら把握していなかった。
彼らの隣に配属されたのはラード・ラッシュガードとマリア・シツダルダの二人。
ラートはマックの印象としては影の薄い良い子ちゃんで、義務隊ではなんでもソツなくこなす真面目な男で通っていた。
彼は誰とでも分け隔てなく接する気さくな人物とされていたが、本音では誰も信用していないことを示すかのように両親や故郷の話を語るほどの深い関係を持った友人はいない。
当然のように純藍に配属されたことを同期には一切話していなかった。
一方のマリアはいわゆるエリートお嬢様である。
彼女はイーフーフ王国における表の権力者とも言うべき、国境を守護する八大辺境伯の一角、シツダルダ家現当主の姪に当たる。
義務隊でも貴族の娘としてのプライドからか、我が強く周りを引っ張りたがる性格をしていた。
義務隊時代から純藍に入ることが決まっていたが、それを隠す必要もあったため普通の少女を心がけていたマレーネのことも、地味な庶民としか思っていなかったほどだ。
そんな生い立ちの彼女はエリート部隊の一員に選ばれたことを誇っていたわけだが、悲しいことに彼女のランクは彼女が思うよりも低い。
当主やその跡取り息子とは違い、八大辺境伯の直系とはいえ両親も彼女自身も純藍がどのような存在なのか把握していなかった。
単純にエリート貴族である自分がそれに相応しいエリート部隊に配属されたと捉えていた彼女の不満はパートナーが庶民の男子らしいということ。
下手に惚れられて身分違いの恋慕をされたりしないだろうか。
そんな純藍のことを知っていれば気にするだけ無駄なことを彼女は気にかけていた。
先に107号室に入って待機していたのはラードのほう。
つまり説明役──マックにとってのマレーネの役割は彼に委ねられていた。
「お待ちしておりましたアレハンドロ殿」
アレハンドロとはマリアを引率してきた専属術師の名。
純藍では基本的にシヴァの加護を受けた!108の夫婦を隊員として扱うわけだが、それだけでは隊は回らない。
王国の兵隊幹部の一人として純藍の責任者を務めるワグナリア卿やその配下の出向隊員。
本拠地にして夫婦たちの家でもあるアモルテル城の管理を行うためのハウスキーパー。
そして様々な術法で夫婦を支援する専属術師。
彼らは名目上、夫婦たちと同じく純藍の所属として扱われていた。
その中でも専属術師はシヴァの加護に関しての享受、教導、隠蔽の為に、身につけた術法の力を振るう存在。
王国に実力を認められて裏切らないという信用も得た名実ともにエリートと言える。
言ってしまえば実態が秘匿されている純藍がエリート部隊とだけ知られているその理由の大半を担っているのが彼らだった。
その中でも兵隊幹部への昇進も視野に入ると言われている中年術師がこのアレハンドロ。
彼の姓は──
「部屋の中だ。そう畏まることはなかろう、ラード」
「そうだね、パパ」
ラッシュガード。
つまりラードの父親であった。
アレハンドロは眼の前にいるの息子以外に血縁者のいない叩き上げで術法の力量を見出されて純藍の専属術師になった男である。
本来ならば家族にすら秘匿される純藍のしきたりを信頼されている術師であるがゆえに口封じを受けず、それを良しとして秘密を息子に漏洩していたのが彼。
つまり公には純藍への配属が決まってからしきたりを父親に教わったことになっているのだが、実際にはラードは昔から秘密を知っていた。
「さあマリア殿。彼が貴女のパートナー、ラード・ラッシュガードです。聞いての通り私の愚息ですが、専属術師の息子だからと遠慮はなさらず。これから二人は一生の契を結ぶのですから」
(事前に名前は聞いていたし、その上でラッシュガードなんて家名に聞き覚えがないから庶民だと決めつけて居たけれど……まさか専属術師の息子だなんて)
「そこまでだよパパ。残りの説明は僕の役割じゃないか」
「一応は義理の娘になる子だからな。私もつい差し出がましくなっていたようだ」
「パパへの紹介は後日改めてするから、今日はもう下がっていてよ。なんて言ったって、誰にも邪魔されずに夫婦水入らずの初夜なんだから」
(義理の娘? 夫婦? 初夜? 彼らはいったい何の話をしているの?)
マリアはラードの素性に驚き、更には矢継ぎ早にかわされる親子の会話に混ざるワードに困惑の色を隠せない。
彼女は純藍に行くことが決まってすぐにラードとパートナーになるとは聞いていた。
しかしそれはエリート部隊での相棒という意味で、男女の仲というつもりなどない。
自分の結婚相手は武功で名を挙げた兵士か貴族の子息であり庶民との結婚なんて考えたこともなかった。
そもそも結婚を決めるのはもう少し先の話だと思っていたくらいであり、この縁談は寝耳に水であろう。
「待ってくださいアレハンドロ殿。夫婦とはいったい?」
「その説明は僕の役目だと言っているじゃないか。せっかちなんだなマリアは」
「せっかちもなにも、部隊に配属が決まって最初の説明がコレはありえないですわ。そもそもわたしは大貴族シツダルダ家の人間。いかに義務隊上がりの新兵と専属術師殿という兵隊における立場の違いがあるとはいえ、いきなり息子と結婚しろと言われても納得できません。これは父や叔父にも連絡して、厳重な抗議をさせていただきますわ」
「フフフ……大貴族シツダルダ家と言ってもしょせんは純藍の秘匿内容を知らされない卑属か。血縁としては現当主の姪というのは尊属に近いわけだけど、こういうところで差が出る」
「貴様……シツダルダ家を愚弄するか」
「そんなつもりはないさ。ただマリア……キミが純藍に選ばれた時点でキミの叔父上は僕らの婚姻を認めているんだよ」
「そんなの嘘だ。叔父上は常々わたしにはシツダルダ家の人間として相応しい相手を見つけると──」
「馬鹿だな。僕がその相手ということに決まっている」
「いくらエリート部隊の専属術師が父親とはいえ貴方は庶民。叔父上が認めるわけありえませんわ」
「この国では純藍に選ばれること……つまりシヴァの加護を与えられる夫婦というのは、国王の正妻になることよりも光栄で尊いんだよ」
「ちなみに相手が卑属とはいえ八大辺境伯直系ということで、この話をゴーガン卿に伝えに行ったのは私ですぞマリア殿。彼もかわいい姪がシヴァの加護を受けると聞いて、泣いて喜んで居られたというのに。これを拒否したら貴女がシツダルダ家そのものに泥を塗ることになるのは承知していただきたい」
(嘘だ!)
マリアはこの話を嘘だと信じ込もうとしたが、これは概ね真実。
否定も肯定もせずに真顔で彼女をじっと見る二人の目線がそれを物語るようだ。
「それでは後のことは任せるぞ、ラード」
「そうだね。ようやく始まる僕らの第一歩。しくじらないようにするさ」
アレハンドロはマリアの扱いをラードに任せて部屋から出ると術法で鍵をかける。
この鍵はラッシュガード親子以外には開封不可能なモノであり、目的は当然ながらマリアの脱走を妨げるためのものだ。
普通の新入隊員の場合はここまでしない。
これには他の専属術師にも見せたくない、彼ら親子なりの目的が隠されていた。