非R18作品です。
関係性って複合体ですねとかそういう話。
頭を覆うのは中にレースの敷き詰められたボンネット。
スカートを膨らませるのはふわふわのパニエ。
お人形になりたいわけじゃない、ただ可愛い物が好きなだけ。
興味が無い子たちになら、誰にどう見られても、何を言われても構わない。
けれども、あの人にだけは―――
あの人と出会ったきっかけはSNSだった。
わたしの周りに居る人は、あんまりわたしの着ているものが好きじゃないみたいだったから。わたしの傍に居る時はかわいいねえ、どこで買ったのとそれなりに食い付いてくるけど、話が終わったら別に心にも残さずすぐに忘れて、何だったら忘れた事すら忘れて次に会った時も同じやり取りをする。当たり障りなく褒めて、帰ってきた答えを適当に流して。まあそれは咎めるような話じゃない。私も同じ事をしているし、別に悪い事でも何でもない。ごくごく当然の反応。
それでも、寂しかったり退屈になったりはするものだから。
だからわたしは、自分と同じように物を見る人を探すようになった。
仲良く話せる人は、すぐに見つかった。
行くべき所に行って視点を広く持てば、一人ぼっちになるという事は無い。ちょっと遠くから見れば同じ物が好きだという人は必ず居て、「これが好きなんて、自分以外には居ないだろう」なんて事はまずありえない。
『特別な自分』なんかになりたいと思った事なんて無いから。
だから何も問題なんて、無かった。
外見とか着こなしのセンスとかはもちろんだけど。何もかもがとてもきれいなのだ。毎日を伝える文面が、心情を描くつづりが、まるで銀で出来た刺繍糸のように滑らかに弧を描き動いてゆく。
画面上の文を見る度に、聞いた事も無い筈の声が聞こえる気がした。優しく嫋やかで、うつくしい、そんな、声。
この人ともっと仲良くなりたい、会って一緒に楽しい話をしたいと思い始めたのは、一体いつからだったのだろうか。いつからそう思ってどちらから声を掛けたかなんて、もう覚えちゃいない。
分かるのは、ささいな会話が積もり積もって「会おう」と話がまとまってくれたという事だけだ。
実際に会っても、鞠夜さんの素晴らしさは変わらなかった。
初めて出会った時の、君が小紅こべにちゃんだね、と尋ねる声もすべらかで、ちょっとした所作も優雅で、まさにわたしが思っていた通り―――いいえそれ以上の何かを感じさせた。
何もかもが綺麗だった。銀の髪もスカートを翻す姿も、その一つ一つが深遠な意味を成して。
あっという間にわたしは、彼女の虜になった。
付き合ってください、友達としてじゃなくてその、なんてもつれたような言い回しに対しても、鞠夜さんはまっすぐ見つめてくれた。変な温度の無い、ただただ綺麗なまなざしが、わたしに向いていた。
ほんの少し間があって、鞠夜さんの口が開く。
「嬉しいよ、まさか君も同じ気持ちだったとは」
聞いた音に、考えが追い付かなかった。
―――おなじ、きもち。
「何時伝えようかと、ずっと考えていたんだ」
「こうやって会う前から惹かれていた」
「僕と付き合って下さい。恋人として、傍に居て下さい」
思考の追い付かない頭の内に次々と続く言葉。それを徐々に追いかける。
意味にようやく追いついたと同時に、じわじわと心持ちがやって来た。
まさか鞠夜さんも、好きだと思ってくれていたなんて。
気付きにくい程に大きな嬉しさに満たされて。
喜びの中で口を突く答えは当然、決まっていた。
こうしてわたしと鞠夜さんのお付き合いが始まった。
幸せだった。だって憧れの人と前よりも近くに居られるんだもの。―――だけれども。
段々とわたしは気付いてしまった。
鞠夜さんには、温度が無い。
デートの度にうやうやしく差し出される手も、大袈裟にすら聞こえる愛の言葉も、すべて。
お洋服のお店に行った時やお家に泊まった時には、見立て選んだ服でわたしを着飾らせて満足気に笑う。弧を描く薄い唇も、わたしの手を取り、包む両手も。
何の企みも欲も感じない。ただただうつくしいだけだった。
「やあやあ、よかった。こんなに似合うとは」
「素敵だよ、小紅」
響く声も、どこまでもまっすぐで。
こちらを見つめるまなざしも、まっすぐで。
―――だからとっても、堅苦しくてたまらなかった。
わたしを何だと思っているんですか。そんな風に問い詰めた事もあった。遊びのつもりで付き合っているから、そういういい加減に言いくるめるような態度になるんですか、と。
綺麗な服を着せられてエスコートされるだけ。それじゃあ、只の着せ替え人形と同じじゃない。
着ているものを、好きなものを、誰にどう思われようと構わなかった。
けれども鞠夜さんにだけは、軽んじて欲しくなかった。
だってわたしは、あなたの目に見つめられるのが何よりも好きだから。
鞠夜さんの眉が中心に寄った。眉の先に刻まれる皺も、伏した目に掛かる翳も、なにもかもがうつくしい。
「すまない、僕はこういうやり方しか出来ない」
「僕の愛情の示し方は、あのように象られているんだよ」
伏した目に掛かる翳はますます色濃く鞠夜さんの白い顔を引き立て、そしてそこから色というものを吸い尽くすかのように思えた。
眼差しの色は深く、けれども、思考を手放さない。ご自分の、そしてわたし達の在り方を考え続けている。
なめらかで、作り物じみてすら見える顔。
ああ、鞠夜さん。
あなたはこんな時でもまっすぐで、うつくしい。
別れるなんて考えは無かった。鞠夜さんは真剣にわたしの事を考えて、一緒に居たいと思ってくれているだけなのだから。動きが無いとか熱さが無いとか、わたしがそう感じるだけだから。それが分かれば、今のままでも十分しあわせ。何も問題は無いの。
―――だけれども、ちょっと試してみたい事が、出来たみたい。
最初はほんの少しの出来心だった。もやもやと、定かでは無く何にもなっていない、すぐに消せるだろうと思ってしまえるだけの、何か。
けれども鞠夜さんの、無機質な印象すら与えてくる姿を見る度に膨らんでいくそれは、あのやり取りの後ついに決心へと形を成した。
デートの後、添えられるいつもの温度の無いエスコートを感じながら。そのまま鞠夜さんの家にわたし達は向かった。
いつもの様に着飾られて、愛でられている、その時に。
わたしは、鞠夜さんの腕を強く引いた。
何を、という声に応えもせずに唇を重ねた。そのままの勢いで詰め寄って動く。詰め寄り行き着く先は―――白いリネンで覆われたベッド。
スプリングの上に身体を押し重ねてゆく。
白いレースの付いた袖口を掌で握り、黒いジレの付いた胸元のボタンを外した。いつかの夢、ずっと胸に抱いていたきらきらしたものを自分の手で壊すような気分だった。
けれども、そのうつくしいあり様は何をしても変わらず。
指には確かに感じている乱れたはずの温度も、表層にはまったく無いように見えた。
音頭を感じさせない肌、しなやかさと硬質さをあわせ持った骨格。命があるのか無いのかさえ、曖昧のままでただそこに在る。
その時、ようやく思い至った。鞠夜さんに対してずっといだいていた印象が何を指しているのか、その本質に。
―――人形だ。
鞠夜さんの在りようは、人形に似ていた。
それに気付いてから頭の中に詰まっていた全部がほどけた気がした。そうだ、だからだ。だから鞠夜さんはあんなにうつくしいのだ。わたしをエスコートしてくれる仕草も、デートの度にわたしを着飾るのも、全部『人形ならそうされるべき事』を、わたしにやってくれていた。
自分がされるべき事を、自分がされたい事を、わたしに。
鞠夜さん、とつぶやいて頬を撫でるわたしの手に長いまつげが刺さる。長い銀のまつげ。頬は冷たくなめらかで、陶器の様だった。
声をもう一度かける。ゆっくりと目が細くなる。まぶたの向こうに少し隠された硬質な瞳が、鈍い光を反射した。
その後は別にどうともならなかった。
鞠夜さんはあの夜の事を許してくれたし―――別にとがめられもしなかったんだけど、鞠夜さんのやり方も何か変わった訳じゃない。硬質な声も、エスコートも、着せ替えてくるのも、今までと同じだ。
わたし達は今でもずっと恋人同士、仲良しのままだ―――
只、たったひとつだけ変わった事がある。
デートが終わってどちらかの家に行き、鞠夜さんがわたしを着飾るのが終わった後、わたしは鞠夜さんをベッドに引き込むようになった。
それはふたりで一緒に、というよりも、わたしが鞠夜さんを持ち込んでいるといった感じだった。もちろん不満は無い。だってこれが本来あるべき形なのだと、お互いに知っているから。
手の甲にキスを落としながら、わたしは思う。
ねえ、鞠夜さん。
わたしはお人形になりたいわけじゃないですけれども、お人形が嫌いなわけじゃ、なかったんですよ。
わたしはきれいな物が好き。だからあなたと出会ってこうしているのは当然の事、しあわせな事ですよね。
わたしはあなたと居られる事が、何よりもしあわせなんですよ。
小紅、と応える声はやはり澄んでいて。銀の目に差す硬質な光と共にひんやりとつめたく、わたしを包んだ。