第三話です。
性癖バレちゃった!から一晩明け、後の方針を語る回です。
(今回は幕間の様な話なので短め)
ナツメも『いーくん』も真面目です。そしてその真面目さが極まると何な奇妙な空間と威力が生まれる。今回はそういう話です。
シャワーを浴び終え、居間に戻る。
満ち足りた感覚にゆったりとしながら、食卓の椅子に座る。
───こんな満ち足りたのは久しぶりね。
きっと今の私はうっとりと上気した顔をしているのだろう。そしてその熱が今しがたのシャワーが故では無いという事は、よく分かっていた。
昨晩の熱の余韻がまだ、身体に残っている。浮き立つような幸せな気持ちが内側に湧き続けている。
寝室のドアは細く開かれている。
細く開かれた隙間からは暗い影が見える。カーテンを開けていない、電気も付けていない、まだ目覚めていない彼が、そこに居る。
起きて来たら、なんて声を掛けようかしら。
昨晩の事を思うと感情やら熱やらが渦巻く。どうしようもなくなる。けれどもその渦の中からちゃんと綺麗にまとめて、伝えなちゃ。
そんな取り留めもない思いに完全に頭を委ねてしまっている時だった。
バン、と勢い良く寝室のドアが開いた。
そのあまりの勢いに眼を剥くと、押し開けた手と共にずいと身体が現れる。
そして現れた彼は、こう言った。
「大丈夫ですか!?」
居間に入って来たいーくんは、再度大丈夫ですか、と聞いて来た。
張った声に青い顔。元から白い肌が完全に色を無くし、『蒼白』と言っていいぐらいになっていた。逞しい身体は何も着ておらず巻き付けてもおらず、裸のままだ。目が覚めて慌ててそのままでこちらに来た、といった感じだ。
胸の厚い筋肉が上下する。息が荒い。
どうしたの、と一瞬追い付かなかった思考が徐々に腑に落ちてゆく。
ああ、普通は抱き潰してこられるなんて、嬉しい事でも何でもないものね。
「ごめんなさい。頭に血が上ってあんな酷い事をして、酷い言葉を吐きかけて」
そう青ざめる彼に、まずはシャワーを勧めた。
さて、どうやって説明すればいいのかしら。
「……だから、あれはあなたが悪い訳じゃないのよ」
上手い言い方が何も思い付かなかったので、私はありのままを話す事にした。
自分が持つ『特殊な嗜好』について、夜の時だけでなく普段から避けたり堪えたりしている様な素振りをしていたのは、決していーくんと触れ合うのが嫌だとか怖いとかでは無い事、むしろ些細な触れ合いで妙な気分になり過ぎて、それを隠そうとした為である事。
座って、と促した対面の席。いーくんはそこで話を聞いていた。
いーくんの顔色はもう元に戻っていた。シャワーを浴びたせいもあるだろうけれどもそれだけじゃない。話をする内に元の顔色になったり、赤くなったりと忙しくなっている。
それでも、私が話す間、いーくんは黙ったままだった。
座った当初はごめんなさい、と連ねていた口も、今は閉じている。言葉が浮かばない、もしくは戸惑っているのだろう。まあ、無理もない。
───まさか自分の彼女が、後孔に入れられて獣の様に吼えながら悦ぶ女だっただなんて。
「もう一度聞きますが、大丈夫なんですね?」
伏した眼を上げ、いーくんはそう尋ねてきた。
「痛かったり、怖かったり、無理をしている、なんて事は無いんですね?」
もしそうなら隠さないで下さい、と声が響く。先程の様に張った声では無い、それでも深く染み入る様な声だった。
澄んだ瞳は私を捉えている。静かで、若干潤んだようになった瞳が、どんな些細な痛みでも逃さぬようにと見つめて来る。
「ええ、大丈夫よ」
その視線に気圧されそうになりながらも、何とか答える。こればかりは口籠ってはいけない。
余計な不安も、妙な深読みも、彼には感じて欲しくない。
そして、答えたついでとばかりに勢いに乗せ、私は更に言葉を続けた。
「あなた、私のお尻に生で挿れて出したでしょう」
「……本当はあんなことしたらいけないのよ?」
即座に顔を曇らせるいーくんに、私はいいの、と答える。
───でも、他の女にとっては。
明確な同意も無く避妊具を付けずに行為に及ばれた末の射精、しかも排泄の穴に、である。曖昧な『なんとなく』の空気の中でそんな部分に挿れられて出されるというのは、色んな意味で暴力を受けるに等しい。
気持ちで流され酷い事をしてしまう。後でどれほど後悔しても壊してしまったものは戻らない。
そんな事、いーくんにさせたくない。
「ねえ、約束して」
「もし他の人とするなんて事があっても、絶対にああいう風にはしないで」
───ナツメさん以外とあんな事する気はありませんよ。
そう返した声にそういう事を言ってんじゃないの、と答える。
真剣な声、良さそうな事を言ってこちらを喜ばせようとか惑わせようなんて意図は感じられない、真っ直ぐな声。
それでも、これは誤魔化しちゃいけない。大切な事だから。
目の前であんな姿を晒してしまったのだもの、せめてこちらが教えられる事は全て、それぐらいは教えてあげたいと、そう思ったのだ。
はい、と腑に落ちないといった様子が混じりながらではあるけれども、いーくんは返事をしてくれた。
そしてそこからしばらく黙り込んで何かを考えた後に、こう言った。
「……ナツメさん、お尻の中に出されるの好きでしょう」
え、と言い返す事すら思い付かない私に、いーくんが更に畳みかける。
「でも悦んでいたでしょう?」
───覚えていたのだ。
羞恥に顔が赤らんだ。
血が上りかっと火照るこちらとは対照的に、いーくんの眼は静かだった。
昨晩の、全力で相手に寄りかかり遊びつくそうとする、無邪気で残酷な様とは違う、こちらを見つめて分析し、本質を掴もうとする、そんな冷静さがあった。
「頭に血が上った」とは言っていたけれど、「我を忘れた」とは言ってなかったじゃない。
自分がこっちに何を言ったのかも、ちゃんと覚えていたじゃない。
だから、昨晩の私を忘れていてくれているなんて、そんな訳なかったのに。
───おしりに、お尻の中で出して。
───腸の中にいっぱい流し込んで、おねがい、いっぱいにして!
───ああっ、せーし、せーしぃ。
昨晩の自分の痴態と発言を思い出し、改めて羞恥で身体が震えた。
どんな茶化しも下卑た煽りとも無縁な、静かで冷静な視線に貫かれると、羞恥で火照ってどうしようもなくなる。視線に囚われたまま、ごめんなさい、と謝り続けたくなる。
でもそれじゃ、何も始まらないから。
「なら、確かめてみましょうよ」
そう言って私は彼の手を引いた。手を引き向かう先は浴室───多少の無茶は利く場所だ。
導かれる彼の顔は未だに残る『腑に落ちない』と『わかってきた』が混ざったような表情で。それでもその眼は澄み、逸らす事も無くまっすぐこちらを見つめていた。
そのまっすぐな視線に私の中の『牝』が穿たれる。
何となく分かっていた。『彼にこんな事をさせたくない』とか『傷つく人が生まれる』とか体の良い事を口にはしておいて、本心は違うところにあるのだと。
───私は単純に、彼が他の誰かと関係を持つのが、身体の内に入るのが、嫌だったのだ。
彼が他の女を抱くなんて耐えられない。
『私の知らない未来』なんて、そんな可能性がある事自体が。
彼に貫かれ穿たれる悦びも、羞恥の最奥に熱く注ぎ込まれる栄誉も、知るのは私だけでいい。
最も穢く恥ずかしい部分を優しくほぐす彼の指を、知るのは私だけでいい。
これは全て、私だけのものだ。
そんな事に意識が向かっていると、一瞬、彼の手の感触が無くなった。
え、と横を向くと、いーくんは引かれていた手をほどき、私の腰を抱こうとしていた。腰を抱く手は私の身体をも寄せて来て、視線が更にぶつかってくる。
───本当に、大丈夫なんですね?
その眼にはもう腑に落ちない疑問などはなかった。まっすぐな意志と覚悟、そして目尻を赤くするほどの熱が含まれていた。
そのつもりよ、と答えるや否やまたも深く抱き寄せられる。眼を細め、彼の体温を感じる。
彼の覚悟と優しさが垣間見えるこんな時でもだらしなく、秘裂は蜜を吐き出し続け、肛門はうずいて開きかけていた。
身体が重くだるい。早くも熱が全身に回り、言う事を聞きそうにない。
浴室に着いたら、彼は私をどうやって抱くのかしら。
いつもの様に優しくかしら、それとも昨晩みたいに荒々しく貫き続けるのかしら。
素面の時でも、私の姿を受け入れてくれるかしら。
また、滅茶苦茶にしてくれるかしら。
答えなど既に決まっている、けれどもまだ行動に移していないから言い切れないだけ。
そんな分かり切った期待に身も心もとろかされたまま、私達は浴室に到着した。
パタン、と戸が閉められた。
その音に跳ね上がる身と心臓を抑えながら、私は彼が何をしてくるのだろうとの期待に、全てを委ねる事にした。
前半の『これは駄目』とナツメが言ったのは決して嘘や建前ではなく、またナツメは快楽しか考えていない身体目当てorヤンデレ気質というわけではありません。
ただ、どちらの気持ちも本心ではあります。
真面目さやらお互いへの思いやりやらの心的な描写は欠片程度の量でも添えたいなあと思っております。(純愛ものなので)
あと書いていて(ナツメ体力あるなあ……?)と全く色気のない事に思い至りました。あれだけの活動をして消耗していない!