その細腕よりも太く重々しい鋼鉄の銃を平然と振り回し、人工物の臭いがする風の波を周囲に放ち――にやり、とレオーニオは不敵に笑いました。
私は刀を構えながら、じりじりと、慎重なすり足で距離を詰めていきます。土を踏む前提で編んだ草鞋が鉄と擦れて、嫌な音を立てるばかりで、攻める好機がなかなか生まれません。
歴戦の闘志をまとうレオーニオには、一切の隙がなかったのです。
「――はは。そいつはもしかして、冷静な立ち回りのつもりかな?」
レオーニオは素早く無駄のない所作で大銃を構え、銃口をこちらに向けました。引き金に掛けた指は迷いなく引かれ――鼓膜を叩くような轟音が弾けるとともに、大口径の弾丸が空気を螺旋状に巻き込みながら迫りました。
飛来した弾は、私の反応など待ってくれるはずもなく――為す術を与えず、『撃たれた』ということを認識すらさせないままに、構えられていた刀を弾き飛ばしました。
「ッ――いっ……つ……!」
「おー、弾いたか……カタナをしっかり握っていた証拠だねえ、えらいえらい。殺傷能力を抑えたゴム弾とはいえ、マトモに受けていたら一発ノックアウトの顔面狙いだったんだが……銃について、リュウオウ様からそれなりに聞いていたかな?」
「う、うう……! こ、ここまで速いとは……み、見えなかった……!」
「くく――かっかっかっ! なるほど……くっくッ……文化と発展の違いが見せた『奇跡の蛮勇』ってところかね」
異教の僧侶は、豊満で戦闘向きには見えない肢体にしなを作りながら、銃口を顔に寄せて白煙を息で吹き――ぴいん、と薬莢を飛ばしてから再び銃を構えました。
私はその隙に取り落とした刀に飛びつき、力強く握り直して――間髪入れずに、レオーニオへ飛びかかりました。
「い――やぁあああッ!」
「ははっ……ブシってのはいっつも〝それ〟だ。迷いゼロで悪くない判断だが、ちょい愚直すぎるかな――そらよッ!」
無駄と恐怖を削ぎ落とした動きで身体を流し、刀を振り上げて迫った私を――灰色の鋭い眼光が捉え続けていました。
瞬きすらしない集中力の前では、私の動きなど止まって見えていたのかもしれません――そう思わせるほどに正確な動きで銃口が調整されており、私の丹田を弾丸が撃ち抜きました。
「げっ――えっ……! う、ぐぇ……ぇえ……!」
呼吸が止まるほどの衝撃――外から内臓を抉り、女体を凌辱するような苦痛に身体を浮かされ――私は宙に舞うように弾き飛ばされました。
刀は先ほどよりも遠くに転がって、鉄の床をしゃりしゃりと鳴らしていき……私が粘液を吐きながら咳き込む汚い音と混ざって、〝敗北〟の残響を鳴らしました。
「あちゃ~、オンナノコの近くに直撃しちゃったかぁ……今のは効いたかもね~。でも悪いな、あたしは『遠慮はさせない、手加減もしない』ってのが信条なモンでね」
「ぐっ……な、情けなど……むよ――うぶぁッ!? ぐ……がッ……あああッ……!?」
震えながら立ち上がろうとした私の腕や脚に、次々と弾丸が撃ち込まれました。大風に煽られた板きれのように、私の身体が地べたで踊り狂い……ぐずぐずに傷んだ敗者が、地面に転がります。
「……もうおしまいか、あっけねェな。ま、あたしたちは『命は絶対に奪わない』から安心しな。刃向かったことへの〝お仕置き〟として……ちょっと『幸せ』を知ってもらうけどな♡」
レオーニオはぺろりと舌なめずりをして、仰向けで地面に転がる私の顔を覗き込みました。ぴくりとも動かず、虫の息に見えた〝戦利品〟の頬に手を添えて、「こんなに可愛い子なら引く手数多だろうな~」と品定めを始めます。
「……そういう戯れ言は――勝ってから、言えッ!!」
油断を見せた獅子娘の頭部に頭突きをして、私は転がるように地べたを這い、膝を突いたまま取り戻した刀を構えました。
鼻息を荒くして肩で呼吸をするその姿は、志した武士の姿とはかけ離れた、無様でみっともない振る舞いでしたが……私は、とにかく必死でした。
「いっ……てぇ……! おいおい、ブシってのはだましう――ッ!?」
私は、べらべらと余計な舌を回しているレオーニオに飛びかかり、その細い首目がけて刀を振り抜きましたが――構え直された銃身で、渾身の刃を受け止められてしまいました。
「な……っ……!? 今のが……通らない、なんて……ぐ、ぎぎっ……!!」
決定的な〝無力〟を叩きつけられた私は、その現実から目を逸らすように、どうにか一撃を通そうと踏ん張りましたが……腰が据わったレオーニオの防御はびくともしませんでした。
「――ハハハっ!! イイね……イイじゃんかよ! まだ物足りないんだ!熱くヤろうよ!なァッ!!」
「ぐ、うう……! どこまでも、ふざけた……げふっ……真似、を……!!」
「ふざけてなんかないさ! 戦いってのはいつだって、死よりも苦しい〝退屈〟を忘れさせてくれるもの――命ある生者に許された〝特権〟だかんな!!」
「ふん、ぎぎぎっ……! なんて、馬鹿力っ――あっ――うわあああああああっ!?」
私の全力を受け止め続けた彼女は、全身の筋肉を軋ませながらひねり、力を溜め――螺旋状に解き放ちました。
旋風を巻き起こすほどに激しい銃の大振りは、私を武器に付いた汚れのように軽々と吹き飛ばして、再び臨戦態勢を整える時間を作りました。
「おー、いてて……アイドルの美顔にキズ入っちゃったな……。古い考えを守る石頭が、武器にもなるとはなぁ……」
「くっ……! 古くなんかない……貴様らが、勝手に新しくなっただけだろう……!! でえええいっ!!」
勝負を懸けた一撃を受け止められ、鼻血を床に飛ばす隙すらも与えてしまった私は、急ぎ間合いに入って次々に攻撃を仕掛けました。
しかし、肉を断つために振り下ろした刃は銃身との間に火花を散らし、骨を折るために返した刀は横から叩かれて逸らされ……その全てをレオーニオに弾かれ、躱されてしまいました。
「んーッ、やっぱり実戦は最高だな……! このピリピリした空気が一番、自分の命を実感できるんだ……生き物ってのは、やっぱり〝こう〟あるべきなんだよな!」
「……そのような、戦闘狂の言い分が……安らぎを求める此の地で通るとでも……!?」
「ああ、通るよ――実際に通っちゃったのさ! あたしがこのカラダで〝競争の刺激〟を焚きつけたら、男たちは燻っていた闘志をガンガンに燃やして、〝あたしと一発ヤれる権利〟を奪い合ったんだ――精液が濃かった勝者たちは、ウルヴで今も立派に欲望を募らせて生きているんだぜ?」
「…………強者は、それでいいだろうが……敗者は、どうなった……?」
「安心しろって。ちゃんと責任取って〝幸せ〟にしているさ――あたしのために頑張ってくれた、大切な命だからさ。よしよし……今日も『生きててえらい』ぞ~……♡」
「………………ッ……!!」
レオーニオは肩に掛けた弾帯を構成するヴィータたちを愛しげに、一つずつ分け隔てなく撫でて、愛情たっぷりの接吻を重ねていました。その仕草には……お屋形様が私にくださったような、心を甘酸っぱい想いでくすぐられる深い愛情がありました。
身体を失ってしまう関係など、私には歪にしか感じられませんでしたが――男女の夜を経た身では、そこに在るのが確かな〝愛〟だとわかってしまいました。
少なくとも……彼女は、その愛情が生む結果を〝正しさ〟だと信じているのです。
「……レオーニオ……ッ……! 他に、やり方は……なかったのか……!?」
「……さあね。ただ、一つ言えるのは……『競争の賞品はあたしのカラダじゃなくてもよかった』ってことぐらいかね」
「……なに……?」
「人ってのは元々、〝他者と自分を比べ、競い、争う〟生き物なんだよ。あたしはただの〝わかりやすい理由〟になってあげただけ――『安寧という〝怠惰〟を脱ぎ捨てて、心惹かれる〝自由〟へ飛び立ちたがるのは、命が求める本能だ』――故に〝解放〟ってワケさ。この命を否定したけりゃ、あたしを叩き切らないとな!」
彼女は私の足元に弾丸を撃ち込み、攻撃を誘う指の動きで私を挑発しました。
その鋭い音で意識が醒め、気合を入れ直した私は――信じる力を手に込め、柄を強く握ってレオーニオに飛びかかります。切っ先で幾本もの軌跡を生むと――同じだけの轟音を立てて、お互いに放った威圧の壁が衝撃を生んで周囲に散らしました。
「おいおいどうした!? さっきより太刀筋一本ごとに腰が入ってないぜ!? もう仇討ちは諦めたのかい!?」
「ぐっ……この、ぉっ……! 私は、まだ……!」
「おっ……とぉ……! 諦めが悪いのはイイことだ! さあ!まだまだイっちゃおうかッ!」
矢継ぎ早に剣閃を繰り出す私に対し、レオーニオは武器の側面を使って刀を払い、柔軟性に富んだ身のこなしで切っ先の軌道から肉体を外しました。
身体をばねのようにしならせながらひねり、下半身を心許なく覆っていた布をぶわりと翻しながら――女の花園を晒すことを一切恥じらわず、私の腹部に足刀を入れ込んできました。
「お、がっ……あっ……!?」
「ちょいちょい……女の子のノーパンスカートの中なんて、あんまりガン見するモンじゃねえって。さすがにハズいだろ?」
空中の私を流れるように蹴り飛ばし、地べたに転がしながら、レオーニオは戦闘への高揚による赤みだけを微笑に乗せていました。
そのまま銃口をこちらに向けて、引き金に掛けた指に力を込めます――その激痛が身に染みている私は反射的に立ち上がり、敵対者と一気に距離を詰めて斬りかかりました。
「っと……まだ、そんな機敏に動けるのか……!」
「げふ……っ……ごの、ぎょりなら……げほっ……! 銃は……撃てまい……ッ……!」
「っ――ははッ――刹那に気づき、瞬く間に『よく学べている』ッ!」
目で捉えられない弾丸でも、放たれることのない距離。瞼の痙攣すらも見える狭い戦地で、此の地の刀と異界の銃が眩い閃光を散らし、鍔迫り合いを重ねました。
がりがりと、身体から力を抜こうとする不快な金属音が響きますが――私は刀を握る手を一切緩めませんでした。
「ぬぅッ――あぁあああああああああああああッ!!」
「ッ……素晴らしいな……! この枯れ行くだけの地で育ちながら、そこまで〝前〟を見られるってのか……! その瞳に映るものこそ〝進化〟と〝発展〟の兆し――生きとし生けるものに与えられた、尊ぶべき〝命〟の光だッ!!」
レオーニオは嬉々とした瞳で、私と視線を重ねていました。彼女の中に抱かれた強い〝正しさ〟と、私が抱いた譲れない〝正しさ〟がぶつかり合う――そこには、武器同士が擦れる音よりも激しい衝突が生じていました。
「あたしたちは、アンタの命も……リュウゼンを信じる人たちの命も認めている!! 『より良い未来を作ってやろうとしている』だけだって、気づいているんだろ!? どうしてそこまで、頑固な意地を張っていられるんだ!?」
「ぐ、ううっ……!貴様の言うことの正しさは、わかっている……! だが、それに屈するわけには……いかぬのだッ……!!」
「ちィッ……!! 相も変わらず〝古き良き〟ってヤツか……!」
刀と長銃がお互いを弾き合い――私とレオーニオは武器を構え直すよりも先に、身体同士を激突させて空気を破裂させました。間近で斬りかかる刀と斬撃を弾く銃、側面で叩く銃と腹で打撃を受ける刀が、攻防を激しく入れ替え続けました。
徐々に精彩を欠いていく荒削りの攻撃と、体勢を完全に立て直した歴戦の防御は、長引くだけ不利でした。刀を振り上げて空いた脇腹を銃身で薙ぐように払われると、肋骨が嫌な音を立てて軋み――肺から全ての空気を吐かされた私の身体が、何度も、何度も鉄床を跳ねて転がされました。
「う、うう……ぁああ……! げほっ……ごぼっ……ぅ、ぇ……」
触れている鉄の冷たさを感じなくなった顔を、口からこぼれた薄赤の粘液が汚しました。『まだ負けたくない』という私の意思とは関係なく、身体が痙攣を起こし始めており……痛みと苦しさで、徐々に視界が揺らいでいきました。
「は、ぁっ……は、ははっ……!! まだまだヤり足りないんだよなぁ……〝最後のカザマ〟の意地、あたしに見せてくれよ……!」
「ッ……ぬ、ぅああああッ……!! き、さまが……げぼっ……ごほっ……! お、お前が……っ……風真の、名を……口に……するなぁっ……!!!!」
奪われた故郷。竜禪信仰を守れなかった家族の無念。その全てを受け継ぎ、〝家紋〟を羽織っている身の私が――こんな〝限界〟程度で、諦めるわけにはいきませんでした。
私はふっと失いかけた力を目に戻し、子犬のように震える身体を立たせました。戦いへの興奮も、火事場の馬鹿力すらも途切れた私には、もう何かをする力は残っていません。呼吸すら苦しく、意識を保っていることもつらい状態でした。
最初に下腹部へ撃ち込まれた弾丸が尾を引いているのか、力を込めようとしている場所から生まれて脈拍とともに広がる鈍い痛みが、ずきん、ずきん、としつこく全身を駆け巡っていたのです。
「ま、けない……負けない……! 私は……もう、武士なんだ……!! お屋形様だって……ぼろぼろに、なりながら……がふっ……戦って、いるのに……! 風真家の武士が……イサリビを守る者が……寝てなんか、いられない……ッ……!!」
私は呼吸を邪魔する血反吐を呑み下し、震える両手で刀を構えました。視界が揺れているのは、意識が揺らいでいるのか、身体が傾いているのか――それすらもわかりませんでした。
ただ、間違いなかったのは――そんな私を見ていたレオーニオが、心底楽しそうに、嬉しそうに笑いながら――。
「……ああ。こんなにも高潔で美しいブシの〝命〟――『殺す必要なんてなかっただろうに』」
――その顔を、悲しそうに沈ませていたことでした。
その瞬間――余計なことを考える余裕を失った私の心から、レオーニオに抱いていた、小さくも根深かった復讐心が立ち消えるのを感じました。
それでも迷わずに動き、無謀にも命を賭して〝正しさ〟へ向かっていく身体には――己の中に溢れた、純粋な〝信心〟だけが満ちていました。
「……悪ィな、カザマちゃん。容赦だけは……してやれねェ……!」
瑞々しい瞳を揺らがせながらも、私の無鉄砲な突進を見据えていた白獅子は、真っ正面から斬りかかろうとする愚者の額を容赦なく撃ち抜きました。
軽々と吹き飛んだ私の身体は、鉄板の壁に強く叩きつけられ――その補強された部分を崩しながら、岩肌の大きなくぼみに入り込みました。
「げっ……!? やっべぇ、あそこは壁の〝奥〟――龍穴があるから脆いの忘れてた……!」
がらがらと、けたたましい音を立てて鉄の部品がなだれ落ちる中で……私は再び立ち上がろうと、出っ張った岩に手をかけました。
すると、その時――私が、自分の触れた物が〝何かの石像〟だと認識した瞬間――。
『――あんだって!? ヘビ様が敵地に一人で……なんてことを……! ああ、どうか御無事で…………ちゃんと帰ってくるって信じてるよお……ヘビちゃん……!!』
――聞き慣れた声が聞こえて――ここに来る前に、海上に見えていた紐のような光の流れが揺らめいて――――私の体に注がれる温かな輝きと、重なるように繋がりました。
――――――。
『龍神・ナァガよ。〝我が神〟と源流を共にする異邦の存在よ。其方が〝仏の教え〟と習合できて、何故、我が神を信ずる者は増えぬのだ』
『民に夢を見せる空想が足りぬのか。天災や奇跡と結ぶ畏敬が足りぬのか。暮らしの身近に在る〝蛇〟を祀ろうとは思わぬのか』
『此の地の者は雑多なのだ。〝龍〟と〝蛇〟の区別すらも付かぬ。〝似たもの〟として一括りにし、我が神を、其方と同一視して崇めている。これほどの屈辱、他にあろうか!』
『何故だ。何故、其方なのだ! 何故……我が神ではなかったのだ! 〝龍〟と〝蛇〟を混同するならば、民に崇められるのは我が神でもよかったではないか!』
『また一人、また一人と、私の同胞が離れゆく。ナァガ信仰と仏の教えを核とする、其方の〝竜禪〟に呑まれゆく。そして、私は――もはや、此の島で独りになった』
『神である其方と、我が神を信ずるだけの人でしかない私の差だと言いたいのか。【人の営みには関われぬ】と、此の社であぐらをかいているのが神の務めなのか!』
『……嗚呼、消えゆく。私の命が潰えて、信仰も事切れる。八武の伝承は、此処で終わるのだ――』
――――――。
私の内なる世界に広がる、鬱蒼とした竹林に囲われた鎖されし庭園――真っ白な砂地に架かる赤い橋、そして鏡の如き水面に映る望月と、それを覗く水仙が咲き誇る、常夜の園。
一切の雑音が立ち消えた、見たことがあるような、ないような、とても不思議な庭園――そこでは、花から滴る露が音もなく水面を叩き、波紋を広げていきました。
その場所に、空から流れ込んできた光の流体は、壮年に見える坊主頭の修験者として顕現した〝意志〟となり、強い無念と憤りを抱えていました。
先ほど聞こえた〝声〟――遺された言葉、その主だとすぐにわかりました。
深手の傷を負っているとは思えないほどに身体が軽かった私は、そのお方と向き合い、お辞儀をしてから会話を試みました。
――『敵も味方も、まずは話を聞いて理解を深めることから始める』。これも、お屋形様の教えの一つでした。
『私は、蛇神・マホラガ様を祀る修験僧――名を蛇念と申す。此の地に流伝したマホラガ信仰を……途絶えさせてしまった、最後の〝無力〟だ』
この場所ではお互いの心が淀みなく伝わるのか……そのお方とは、少ない言葉でお互いを知ることができました。
私は自らのことを言葉と想いで伝え、互いの立場を区切らずに、静かに心を通わせます。
『異なる時を生きる、後世のもののふよ。御前は〝蛇〟と呼ばれておるのか』
――はい。現在の此の地では、身体に鱗を有する蛇は〝神の使い〟を示す言葉――神様と人を繋ぐ役目を果たす者として、私もそう呼ばれております。
『左様か。では、〝蛇〟という存在が宿す神性は……私と共に消えたのではなかったのか』
――おそらく、ですが。竜禪信仰の中では、貴方様の信じたものが……異なるかたちで〝活きている〟のかもしれません。
『異なるかたちとは面妖な。信仰というものは、人の心の在り様でころりと変わる……偶然にしてはできすぎているのう』
――ただの偶然ではないかもしれません。お屋形様……いえ、貴方様もよく知る〝龍〟を司るミヤ様は……海を恐怖で支配する〝ながきもの〟の側面も有しております。空を駆ける守護者の竜人も、海底に映す大きな影は――恐ろしい、巨大な〝蛇〟でした。
『……皮肉なことよ。しかし、〝ながきもの〟とはまた曖昧な……〝龍〟と〝蛇〟……民は、どちらのつもりで広めたのかのう』
――私にはわかりかねますが……〝どちらでもあった〟のではないでしょうか? 蛇を恐れる伝承も、竜を祀る信仰も……どこか、漠然としたものですし……。
『……しゃしゃ……相も変わらず、粗雑な信仰の在り方よ。祈る神が一つ、畏れる神が一つ在ればそれでよいとは……くしゃしゃ……己が命を賭して信じたものを、思わず疑ってしまいそうになるわい』
――貴方様が無念を抱かれているとおり、私どものような民草は深くを知ろうとせず、慣習の中で信仰を混同してしまうこともあります。ですが、その浅慮な過ちは……気づけば、正していけるはずなのです。
『……それは、御前のようにか』
――恥ずかしながら。この心身を以て、『過ちは意思で正せること』を……貴方様にも示しとうございます。
『しゃしゃ……くしゃしゃ……! 気に入ったぞ、もののふの娘、我が神と同じ名を冠する〝過ちを知る者〟よ。我が〝信心〟――御身の心に【写して】いくがいいわ』
人の〝言葉〟を一言一句間違わずに書き記したところで、想いを受け継ぐことはできません。私は頭を下げて手を合わせ、ここにおわすお方――マホラガ様を祀る信者が抱いた想いを感じ、自分の心で、その〝信心〟を心身に写しました。
同じ〝鱗〟を持つ神同士、選ばれなかった片割れの嫉妬。人の身が生む無力、孤独、失意。同胞にすらも見放されようとも、息絶えるその時まで手放さなかった――深く、清らかで、救いようがないほどに一途な信心。
いくつもの波紋を広げる水面に映された〝全て〟を感じ、己の心を痛めて悲哀に涙を零し、我が身のこととして『ソウゾウする』――すると、下腹部に熱い炎が走り――八武の紋に空いた八つの空白のうち、一つが、受け継いだ情念で埋まりました。
着物をはだけて確認すると、そこには〝蛇〟の文字と信心が確かに刻まれており――私の身体には無かった〝何か〟が、お腹に宿っているような気配を感じられました。
『私が抱く〝マホラガ信仰〟は、紛うことなき本物だ。私の信心を受け継いだ御前なら、蛇神様の御業を使うことも叶うであろう――枯れた爺の未練がましい戯言を聞いた駄賃として、持っていくがよい』
存在の境界線が曖昧になっている庭園に、葉を小さく揺らすほどの風が吹き――私は、その御方が想いで伝えてきた〝力〟を学びました。
その風に誘われるように、最期の時へ還ろうとする〝意志〟は――しわが厳しく刻まれた顔をふわりと緩めて、私の中にある庭から立ち消えながら呟きました。
『民よ。そして〝龍〟よ。今一度、我が神の名を此の地に示さん』
――――――。
『……ッ……このソウリョクは……マホラガの……?』
守護者は、刀を突き刺して黒煙を吐かせた鉄塊を蹴り飛ばしながら、懐かしい気配が噴出している場所に目を向ける。そこには、見覚えのない異教の大型船舶が停泊している無人島があった。
『……間違いない。あの島は、かつて蛇神を祀る〝本殿〟があった場所――〝信仰に依らず龍脈を流れるソウリョク〟が噴き出す龍穴だ。しかし、彼の者への信仰は遥か昔に途絶えたはず……ソルドナーレが何かを仕掛けたか……!?』
異変を察知した竜皇が、すぐさま島へと駆けつけようとするが――その隙を狙って、キョウの本土を狙おうとする黒鉄の鳥によって動きを阻まれる。
竜皇は守護の壁をすり抜ける鉄鳥の尾羽を握り潰し、その胴体を薙刀に見立てて一閃を繰り出す――油断していた群れを背後から一掃した。
しかし、どれだけ雑魚を潰しても夏に湧く蝿のように次々と後続が現れる。それらは敵の事情などまったく気にせず、機械的な動きで火槍を発射してキョウの本土に爆撃を仕掛け続けた。
『ぬうッ……! 命を尊び、命を蝕まんとする撞着が止まらぬ……!この状態では手を離せんか……!』
竜人は大翼を軋ませながら羽ばたき、空気との摩擦で生じる白い煙によって乱線を引きながら――頭を開いてばらばらと分かれてキョウを襲う兵器の弾頭を狙って、流すように連続で切り裂いていく。
爆炎の大輪を続けざまに咲かせながら、次の標的へ移動し――ふと、大量のソウリョクを発し続けているイサリビへと視線を向けた。
『……どうしたのだ、風真……! よもや、厄介事に巻き込まれてはいまいな……!』
イサリビ内のあちこちから発されていたいろはのソウリョクの気配が、先ほどからまったく感じられていなかった。
――〝娘〟への情など、初夜に捨てさせられたというのに。神らしく捨てようとしても捨てきれなかった、〝人〟の単純ではない雑念がその心を乱そうとするが――それよりも強い確信が、竜皇の視線をまっすぐに伸ばさせ、敵だけを捉えさせていた。
『……いいや。たとえ面倒に巻き込まれたとしても――おまえなら大丈夫であろう。【信じている】ぞ――風真ッ!』
キョウの〝刃〟はその言葉と共に迷いを捨て、脇目も振らずに役目を果たす。己を信ずる民の期待を裏切らず、『此の幸せな夢から醒めぬように』と、外から向けられる敵意を掃い続けた。
命だけを守るのではない。此の地の民が望むように、〝変わらぬ今日〟を――〝人の営みそのもの〟を守るのだ。
たとえそれが、進化の道筋から外れていると――『正しくない』とわかっていても、己の歩む〝道〟を疑わない。
そのまっすぐな想いこそが、『神すらも生み出す人の力』――ソウリョクの源なのだ。
――――――。
「……なんだ……!? あのくたびれた石像……あたしが見たときは、『何も無かった』はずなのに……!?」
常夜を生んでいた光の天蓋がほどけて、無数の糸になり……私の身体に布を編むように、幾度も複雑に交差していきます。
きめ細かな格子の隙間が閉じ、薄い膜のような光が私を覆って同化したとき――此の地に〝マホラガ信仰〟が再誕しました。
残念ながらそれは、かつて途絶えてしまった〝そのもの〟ではありません。ですが、この奇跡を生む〝信心〟すらも信じて力に変えることができる――ソウリョクの真価が発揮されていました。
私は、無数の傷や痣を刻まれたままなのに、やけに軽くなった身体を立ち上がらせて刀を構えました。夢物語のように痛みを失うことはなく、身体のあちこちが悲鳴を上げていましたが……注がれる〝想い〟には、応えずにいられませんでした。
「……どんなマジックかは知らないけどさ……そのボロキレみたいな身体で立ち上がったところで、いったい何ができるってんだ?」
「……何でもできるよ。其方を打ち負かすことだって『必ずできる』――私も『信じられている』から」
己の中に〝芯〟が据わり、揺らがなくなった私が不敵の笑みを浮かべて切っ先を滑らせると――その先に居たレオーニオが、心底楽しそうに顔を歪めました。
「くくっ……だっはっはっはっ!! 大口叩く余裕があるなら……早速、ヤッてみせな!! 夢を語るだけじゃ、現実にはならないぜッ!?」
強気な笑みを崩さないレオーニオが、銃口をこちらに向けた瞬間――私は身体を沈めて、屈めた体躯を〝鞭〟に見立てて深くしならせ――破裂した爆竹のように地を『跳ね』ました。
「なッ――消えた……いや、そっちか……!?」
レオーニオがこちらを振り向いたとき――ジャッ!と、置き去りにした足音が離れた場所から聞こえました。
私は鉄を踏み締めた草鞋が焦げて残り香を漂わせ――二度、三度と、無味な鉄地に残像を結びます。毒蛇のような瞬発力と、しなやかで柔軟な力を組み合わせて、人智を超えた筋力の使い方を実現していたのです。
――其の名は〝蛇腹舞〟。地を這う蛇のように身体をしならせ、縮めた身体をばねのように爆ぜさせ――常人ならざる動きで獲物を翻弄する、失われし神の妙技でした。
「このっ……急に、ちょこまかと……ッ……!! さっきとは動きがえらい段違いじゃないか……あの石像に、何が仕込まれていたんだ!?」
「……石像自体に何かが隠されていたわけではないでござる。〝きっかけ〟ではあったけどね!」
「チッ……! そいつもソウリョクの賜物ってことか……!? ったく……なんでもアリかよ……!?」
瞬間的に跳躍して残像を結ぶ私を、目では追えても、武器の照準を合わせるに至らないレオーニオ。弄ばれることへの苛立ちを隠せなかったのか、鋼鉄の長銃を抱えて調整力に特化し――即座に、移動した私の額に銃口を重ねてきました。
「ははッ……残念だったな! 逃げ足が速い奴の相手ならいくらでも――ッ!?」
「――誰が『逃げる』と言ったんだッ! 攻め手が速ければどうするか!?」
地を捉え、前に跳ねた蛇が身体をひねりながら――獅子の懐に飛び込み、有する毒牙を食い込ませます。
筋肉が発達している首を目掛けて放った斬撃は、刹那の中に残光を結び――咄嗟の防御に使われた銃身と重なり、耳を劈く音を響かせました。
「ぐっ……あ、っぶね……! だけど、この距離なら――」
「――『蹴りを入れ込める』でござるか? それこそ、『やってみせろ』ッ!!」
「ッ……!?」
私は、刀と鍔迫り合いをしていた大銃を蹴り、鉄床を何度も足裏で擦って後方に跳ねました。そして相手が体勢を直さぬうちに再び前方へ踏み込んで斬撃を浴びせ、身体を反転しながら往復し――縦横無尽の刃で、レオーニオの足を釘付けにしました。
「こっ……のっ……ぬうっ……! おいおい!そんな撫で斬りを続けて、あたしの守りを破れると思ってんのか!?」
「ぐっ……! ぜえっ……ぜえっ……ずっと、首を狙っているのを防いでおきながら……何を言うか……!!」
肉を断ち、骨を折るつもりで何度も切り抜けても――刃は銃身に阻まれ、切っ先を銃口で受け止められてしまいます。かち合う金属音だけが虚しく残響を広げ、私の手に強い痺れを生むばかりでした。
レオーニオは軽やかな身のこなしで刀の軌跡から外れつつ――銃を的確に振り回して、高速で飛来する剣撃の悉くを弾き、攻撃を凌いでいました。まるで、その防戦の先に〝勝機〟が見えているかのように。
その戦士の予測は正鵠を射ており……私の超人的な動きも、いつまでもは続けられませんでした。傷ついた身体には重すぎる負担が全身を襲い、関節に鈍い痛みが走り始めました。
「おっ、やっと移動先が見えた――次は、そこだな!」
レオーニオは無駄のない蹴りを避けられても動じず、踊るように身体をひねって、距離を取ったと同時に銃口をこちらに向けて弾丸を放ちます。私の足元に大きな焦げ跡を作った弾が跳ね、風真家の羽織に穴を空けました。
「うっ……!? ぐ、う……はぁっ……はぁっ……!」
「やっぱり――少しずつだが、確実に遅くなってるよな? その命削りのマジック、あとどれぐらい保てんの?」
「――『其方に勝つまで』だ……ッ!!」
「かっかっかっ……言うねえ、イッちゃってるよ! 大きいのが口だけじゃねえってのが最高だなァ!」
レオーニオは腰を入れて銃を構え、ヴィータたちによる大量のソウリョク供給を得ながら弾丸を連射しました。
横殴りの弾雨を大きな横跳びで避け、跳弾の軌道から外れながら、再び地面を跳ね回って視線をあちこちに誘導します。呼吸をするたびに胸が痛み、脂汗が滲んで、意識が飛びそうになるほどに身体が疲弊していましたが……私は、止まりませんでした。
しかし、どれだけ激しく、どれだけ素早く動いても、レオーニオの鋭い眼光は常に敵の動きを捉えていました。私が跳ぶ場所を先読みして射撃を重ね、何発もの苦痛を的確に撃ち込んできていました。
「ぐ、うううっ……まだ、行けるッ――やぁああああああああああああああああッ!!」
弾丸が当たった腕や脚をもぎ取るような強い力に揺さぶられながら、私は体勢を崩さずに――一際強い力を込めた屈伸で懐へと飛び込み、すれ違いざまにレオーニオの引き締まった脚裏を切り裂きました。
「がッ……!? この期に及んで……全力、だってのかっ……ぐうううっ……!! 見誤った……!」
「はあっ……はぁっ……! これで……終わりだ……!」
「……は、は……! 終わらせるかよ……まだ、続けようぜ……命の本懐を……!! 堪えがたい怠惰からの〝解放〟をさぁッ……!」
肉厚な脚から血を噴かせたレオーニオが膝を突き、苦悶の表情を浮かべながらも、反転して飛び掛かる私の両目に向かって二発の弾丸を放ってきました。
「……退けないッ……! 退いて、なるものか――レオーニオおおおおおおおおおおおおおッ!!」
回転しながら眼前に迫る大粒の弾丸。致命的な攻撃を前にして、私は衝突上等で飛び込みました。お屋形様によく怒られていた、雑で無鉄砲な踏み込みを――救い難い、愚直な自分らしさを――武士の誇りに生まれ変わらせて。
その時――人体の極限に開いた、眩い光華の道の中で――私は、手と刀が一つになったような、不思議な感覚に包まれました。
瞬間を百分割にした、薄紙の如き透明な刻。注がれるソウリョクと紋に写した信心が一体となり――我が手となった白い輝きを孕む刀身が、争いの始まりと終わりを、一つに繋ぎました。
「――『一武・真風』」
私の全身を以て生み出された、時間を分断する横薙ぎの一太刀。音を置き去りにして引かれた残光が、白獅子の喉前を閃き――見えない攻撃を防ごうとした銃身を両断し、鉄床に情けない音を響かせました。
「…………マジ、かよ……この……あたしが……?」
レオーニオは目を見開いたまま、呆然として、静かに脱力しました。
自慢の武器だった鉄くずがいくつもの部品を吐いて瓦解し……脚から止め処なく溢れる血によって汚されていきます。
「……レオーニオ……報いは、受けてもらうぞ……」
私も全力を出し尽くして限界を超えていましたが、決着をつけずに眠ることなどできませんでした。
この女は、私から家族を奪い、故郷を滅ぼしただけでなく……隠れて此の地への侵略を進めてきたのです。当然、その罪に対する罰を与えなければいけません。
……法と秩序、そして民の暮らしを守ること。その苦しい決断も、武士の役目でしたから。
「…………年貢の納め時、ってヤツか……。解放を謳った女が、こんなところで……ハハ……情けねえこった……」
喉元に刀を突き付けられたレオーニオは、少しだけすっきりしたような顔で、力なく笑っていました。
「……カザマちゃん……この子たちも……〝本物〟も、関係ないんだ。報いは、あたしだけが受けるよ……」
無言の私が処そうとする〝刑罰〟に、自ら喉を差し出しながら……肩に掛けていた命たちを脱いで変身を解き、その豊満な胸に抱いて、祈りを捧げ始めます。
「……みんな……あたしが、本物みたいに強くなくて……守ってやれなくて……最期まで付き合ってあげられなくて、ごめんな……。来世では……もっと、幸せが長く続くような……イイ女を好きになるんだぞ……!」
「…………レオーニオッ……!」
私は、刀を握る手に力を込め――レオーニオに、〝罪の対価〟を払わせる決断をしました。