※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

14 / 74
第三話 獅子の祝福

「――『命をお大事に』だったな」

 

「ッ…………は、ぇ……?」

 

 私は刀の血を拭ってから鞘に収め、既に戦う力を失っているレオーニオの肩を押し、床へと倒しました。そして、ひっくり返した彼女の太ももに包帯を強く巻いて、刀傷を圧迫します。

 

『もしもの時のために』とお屋形様に教えられていた応急手当の知識が……まさか、敵を助けるために役立つとは思いませんでした。

 

「あででっ……い、いやいや……何してんの……!? せっかく取った首に情けをかけるつもりか……!?」

 

「……奪う必要がない命を生かし、罪をしっかりと償わせるのも武士の務めでござる」

 

「ッ……あたし……アンタの仇なんだよ……? この怪我だって、かなり深いけど致命的じゃない……いつかまた、アンタらの平和をぶっ壊そうとするんだぜ……!?」

 

「その時はその時――返り討ちにするだけだよ。それで……次こそ、変なことを考えないぐらいの重たい罪を背負わせればいい……『生きててえらい』のだろう?」

 

「……おいおい……! そんな甘いこと言ってなんとかなるほど、世間ってのは――あぎゃーっ!?」

 

 私がレオーニオの太ももを弱めに叩くと、彼女は踏み潰された蛙のように呻きました。こうして強がってはいますが、彼女の脚には、辺りを血溜まりにするほどの深手を負わせたのです……これ以上相手を嬲るようなことをしてしまっては、それこそ真っ当に生きる武士の名折れとなってしまいます。

 

「其方らの正しさは、ちゃんと認めているよ。命を大切にしたい気持ちもわかる……だから、私は其方を殺したくない。勝者が敗者の処遇を決めるのは、それほど不自然なことではないと思うけど?」

 

「…………ハァ……もう、勝手にしなよ。こちとら、自分の喉を掻っ切る武器も体力も無いんだ……アンタに任せるよ」

 

「うむ! それなら、ちゃんと治療しないといけないでござるな……これからどうしようか?」

 

「は、はは……無計画なやっちゃ……。あ、づづ……こんな時にモルヒネすら持ってねえなんて……。『敵がほとんど居なくなった世界』らしい慢心だが……そりゃあ、負けるわな……」

 

「もる……ええと、それがあれば怪我が治るの?」

 

「いや、そんな魔法みたいなモンじゃない。シンプルに痛みを抑えられる薬でさ……この施設の医務室にあるはずなんだけど、さすがに敵のアンタが――」

 

「――あ! おおい、そこの人ぉ! レオーニオのために……もる……もるなんとかを頂戴!」

 

「おおい!? アンタ……ホントにバカなのか……!? こんな敵地のど真ん中で、なんて無茶なことを……!」

 

「ふふ……もう敵じゃないよ。『レオーニオの命を助けたい』って気持ちなら、きっとわかってくれるでござる」

 

「いやいや、そんなのあり得ないだろ……!? さっきの選択もそうだけど……よく、そんな甘い考えで生きてこられたな……!」

 

「……それがイサリビと竜禪の〝当たり前〟だから。お屋形様が守ってくれている、此の地に続く〝今日〟だから」

 

「……ッ…………ああ、そうかい……そいつは、立派な信心だな……」

 

〝故郷と家族の仇〟を前にして浮かべられるようなものではないもの――満面の笑みを見せると、レオーニオは観念したように微笑みました。

 

 私はレオーニオの止血を続けながら、自分に注がれたソウリョクを使って回復に努めつつ、おつかいを頼んだ敵兵の戻りを待ち……頭領の敗北と、その救護要請を伝えました。

 

 統率のとれた動きで集結した灰色の男たちによって、レオーニオはさらなる応急処置を施され……表面の傷が塞がり、出血が止まるほどには容体が安定したため、担架によって運ばせることにしました。

 

 機械の動力でぶるんぶるんと進む大船によって、既に襲撃が止んで静かになっていた海上を渡り、あっという間に陸地へ着いたと思えば……その中から出てきた四輪の車がごろんごろんと地面を猛進し、予想の何倍もの速さでお社の石段付近まで到着しました。

 

 厚着の男たちに悪いとは思ったものの、私も人を運べる余力は残っていなかったので……レオーニオを乗せた担架を運んでもらい、石段を上り始めました。

 

「……動けない敗者を自分の領土に運んで、どうするつもりかな? リュウオウ様への〝性的なお土産〟にでもするとか?」

 

「そんなことせんわい!其方らじゃあるまいし! 身体の内側の傷を治すには、あの施設だとかなり時間がかかるらしいから……ソウリョクを使った治癒ができる、お屋形様に診てもらおうと思ったの!」

 

「……ああ、ソウリョクに指向性と特性を与えるってヤツか……そんなこともできるんだな~……。あたしみたいなのは、火薬の代わりにするので精一杯だし……」

 

「あの施設ではソウリョクについて調べていたんじゃないの?」

 

「そうだけど、あっこは兵器や機械の動力としての転換に特化して、ようやくあの規模まで育ったからなぁ……ソウリョクってのはかなり奥が深ぇのよ……あたしの〝変身〟も含めて、な……」

 

「ふうん……? ウェニキスやお屋形様は、ほいほいと扱っているように見えるけどなぁ……」

 

「かっかっかっ……! ま、そのおふたりさんは別格だわな……アンタもいずれ他人事じゃなくなるかもだけどな……」

 

「え……? それ、どういう意味……?」

 

「くぁ……ふぅ……さてねぇ……。リュウオウ様にでも聞いてみな……さっきから、タリスマンのせいで……ちょい、眠いんだ……」

 

「……あっ……!? ごめん、そういえば……〝欲祓い〟が苦手なんだっけ……?」

 

「あ~、大丈夫……死にゃあしないし……この子たちが、守ってくれてるからさ……」

 

 担架に乗せられたまま聖なる石段を上るレオーニオは、身体を守るように巻きつけたままの弾帯に手を触れました。

 

 その慈しみに溢れた手つきを見て……私は、疑問を抱かざるを得ませんでした。宣教師がここまで命を大事にしているというのに……何故、此の地を武力で脅かそうとする襲撃が起こり、カフの国は滅んでしまったのでしょうか。

 

「……レオーニオ、一つ聞かせて。父上や母上、家の人……そして、おばあ様は……どうして、亡くなることになってしまったの? そちらの教義とは、その、なんて言うか……相反する結果だと思うんだけど……」

 

「…………〝いろはちゃん〟。カフの国の人たち、好きだったかい?」

 

「え……? それは、まあ……国の皆は、優しくて真面目な人ばっかりだったし、嫌いになる要素がなかったよ。暮らしていた頃は普通だと思っていたけど、外に出てありがたみがよくわかったというか……でも、なんでそんなことを……?」

 

「…………そっか。それなら……『絶対に教えてあげない』」

 

 レオーニオは重たげに身体を動かし、私から顔を背けてしまいました。

 

「な……なんで!? 今の感じって、普通は教えてくれるもんじゃないの!?」

 

「んー、まあ、そういうこともあるんじゃね……? 『あたしがアンタの仇であることに変わりはない』んだ――それなら、今のままでいい。いつでも〝仇討ち〟をしていいからな……〝カザマちゃん〟」

 

「……???」

 

 何故か私に〝風真の姓〟を強く意識させようとしていたレオーニオは、それから何も言わなくなり……意識を手放すように目を閉じてしまいました。

 

 その明らかな〝拒絶の閉口〟に目的を阻まれた私は、汗だくになりながら担架を運ぶ男たちに声をかけます。

 

「あの……レオーニオのこと、どう思っていますか……?」

 

「えっ? いや、まあ、心から愛……け、敬愛して、信じていますよ。貴女たちから見たら〝敵〟にはなってしまいますが……俺たちの〝全て〟ですからね」

 

「……そうですか。まあ、そうでなければ、ここまでの献身はしませんもんね」

 

「ええ……あの、キョウの勇ましき武士殿。俺らの主……俺らの一番大切なものを奪わずにいてくれて……ありがとうございました。それどころか、親身になって助けようとしてくれて……感謝してもしきれませんよ……!」

 

 屈強な男たちは、わざわざ足を止めて、私に深々と頭を下げました。 

 

「…………いえ……。べつに、罪を赦したわけではありませんし……これから、しっかりと償ってもらうつもりですから」

 

「それでも、です。『命あっての物種だ』、『生きて帰ることだけ考えろ』……レオン様が口すっぱく教えてくれたことですから!」

 

「あっ! でも、まあ……覚悟を決めている〝強いひと〟ではありますが……ちゃんと〝女の子〟なので、できれば手心を加えていただけると助かりますが……」

 

「…………承知した。『悪いようにはしない』と誓うでござる……其方らから奪うようなこともせぬよ。だから……レオーニオが先導していた作戦を停止してはくれまいか?」

 

「お……おぉ……! 恩に着ます、慈悲深き武士殿……! 必ずや、ご意思のとおりにしますから……レオン様を、よろしくお願いします……!」

 

 レオーニオの部下――と呼ぶにはあまりにも〝近い〟男たちに感謝され……私は、この〝敵がいない雰囲気〟の中でどうにも気まずくなってしまって、ふいと目を逸らしました。

 

 それから無言の時間が続き……日が沈む前にお社へと辿り着いた私たちは、昏睡しているレオーニオを屋形の中へと運びました。役目を終えた男たちは私の与えた条件を呑み、あの無人島に置いた拠点で待機するために帰投しました。

 

 煤と油で汚れた身体を拭きながら休息していたお屋形様に、レオーニオのことを説明すると……お屋形様は、顎に指の甲を当てて何かを考えていました。

 

「……ふむ……風真。見るからに疲れているところで悪いが……大量のソウリョクをおれに渡してくれ」

 

「んえっ……あ、えと……い、いまから……ですか……? 大量って……〝儀式〟じゃないと無理ですよね……?」

 

「レオーニオの命を奪わずに罰を与える選択をしたのはおまえだろうに。おれも襲撃への対応で余力を削がれた……おまえが『レオーニオを救いたい』と祈り、指向性と特質を生むのだぞ」

 

「わひゃっ!? え、やだ、待って……!? まだ夜じゃないし、ここ廊下だし……っていうか心の準備……あっ、ねえ、おやかっ――んむぅーッ……!?」

 

 煙臭いお屋形様に唇を奪われ、股座を手で弄られ始めた私は……観念して、めちゃくちゃにされながら、〝レオーニオの快復〟をお屋形様に願いました。

 

 私は主柱に据えられたことで、神の使いとしてのお勤めをしているときに、イサリビで生じている〝竜禪由来のソウリョク〟の一部を胎に溜め込めます。それをお屋形様に渡すには、こうして〝儀式〟を執り行う必要があったのです。

 

「むひっ……む、ぷぁっ……! ひ、ああっ……おやかた、さまっ……! あっ、あっ、あひっ……はぎゅう~っ……!?」

 

 襲撃があった日の夜には、お屋形様と肌を重ねることが多かったこともあり……私は、少しずつ〝女〟にされていました。

 

 この時も、涎を垂らしたくちびるで淫らにお屋形様の指を咥えながら……すぐに果ててしまい、板張りの床を透明な汁で濡らしてしまいました。

 

「ふむ……おまえも、徐々にこなれてきたな。申し分ないソウリョクだったぞ、風真」

 

 愛蜜が滴る秘壺から、ぬぽり、と指を引き抜いたお屋形様が……その、指で煌めく私の汁を舐めながら、自分に宿った質の高い癒やしのソウリョクを確かめます。

 

「はぁっ……はぁっ……んふぅ……! く、ひぃっ……お、お屋形様のへんたい……! こんな、急にしなくてもいいじゃないですか……!」

 

「急がねば日が暮れてしまうからな。おまえも腹が空いているであろう?」

 

「そ、それにしても……こんな所で、なんて……! もっと雰囲気とか……いろいろ……!」

 

「寝所ならばよかったのか?」

 

「~~ッ!? も、もう知らないよ……! お屋形様の人でなし……スケコマシめっ……!」

 

 半泣きの私がお屋形様の脇腹をどすどすと殴るなかで、お屋形様は私の粗相を拭いてから、レオーニオを寝かせていた客間に入りました。そして、白い衣服の隙間から差し込んだ手で、彼女の下腹部にソウリョクの印を刻みました。

 

「……ぐが……んぁ……? あれ……ここは……?」

 

 むくり、と眠たげに身体を起こした異教の娘が、包帯を巻いたままの脚を庇いながら、私とお屋形様の顔を交互に見ました。

 

「ミヤ様のお社の中でござる。お屋形様にお願いして、イサリビの中でも其方が行動できるようにしてもらったんだよ」

 

「イサリビでの自由を与える代わりに、其方が持つ〝魔性〟を縛った。もっとも……其方は魔の力に頼っておらぬ故に、特に支障をきたすことはないであろうがな」

 

「かかっ……なるほど……こりゃ、とっくに錆びていた〝悪魔〟の名前もとうとう廃業かねぇ。ま、開店休業みたいなモンだったけどさ」

 

「あくま……レオーニオは、あやかしの類なの?」

 

「あやかし……ああ、妖怪ってヤツね。定義は違えど、ルーツは同じ『人が〝外〟に押し付けたもの』――ま、似たようなモンかな? だから、悪いことも平然としちゃうんだわ」

 

 自嘲気味に笑ったレオーニオは「セイザできなくて悪いね」と断りを入れながら、膝を抱くように畳んで、脚を浮かせながら座りました。

 

 座る姿勢は崩れているし、股の肉が見えそうになっているものの……真剣な彼女の眼差しは、自分に下される裁きを待つように重々しいものでした。

 

「……して、風真よ。レオーニオに、どのような罰を与えるつもりだ?」

 

「あ、はい……! レオーニオ……我らに黙って侵略行為を行っていた其方には、これから『イサリビのためになること』をしてもらう。警邏や農作業のお手伝い……健全な異文化の紹介とか、いろいろね」

 

「………………は……?」

 

 私の言葉は、客間に涼やかな夕風を誘い込み――レオーニオの素っ頓狂な声と、お屋形様の鼻を吹き抜けた笑いだけが響きました。

 

「いや、ちょっと……何言ってんの……? あたし……手負いとはいえ、これでも敵勢戦力なんやが……? 今日も海上をバリバリ言わせてた奴らの仲間ですよ……!?」

 

「わ、わかってるよ……! ただ……これ以外、思いつかなかったの。レオーニオなら、イサリビの治安を守ったり、良さを損なわずに成長させたりできそうな気がするし……襲撃に来ている機械たちとは、何か違う気がするし……」

 

「……は、は……バッカじゃねえの……!? なんだよ、それ……捕虜の扱いがヘタクソすぎんだろ……! 何もかも曖昧だし……ありえねぇよ……!」

 

 レオーニオは心底呆れかえっていたらしく、口をあんぐりと開けていました。自分でも甘いことを言っているのはわかっていましたが……それでも、これが〝最も良い選択〟だと思っていたのです。

 

 この取っ散らかった空気とまとまりそうにない状況を見かねたのか、お屋形様が咳払いをして続けます。

 

「其方の下腹部に刻んだ印は、魔性縛りと懲悪を孕んでおる。隠れて悪事をはたらこうとすれば、おれがおまえの悪意を感知し、それに応じた罰を与えることになるのだ」

 

「ああ、そういう抑止力はあるんかい……それにしたって、ユルユルすぎる気がするけど……。っていうか、リュウオウ様はそれでいいのか……?」

 

「風真が――人の子が『そうすべきだ』と判断したのだ、おれがけちを付けるわけにはいくまい。それに、風真の言うとおり……其方らの〝救済〟と機械共の〝襲撃〟は、どちらも結果として此の地を脅かしているが、〝何か〟が異なるように思えるのだ」

 

「…………アンタら、根本的に人がよすぎるんだよなぁ……。ま、そうじゃなきゃ、ウェニ先輩やあたしたちに好き勝手やらせないか……」

 

 レオーニオは肩を竦めてから、中身がむちむちに詰まった胸に手を置いて、静かに目を閉じました。すると、衣服の下で印が輝き――下腹部の〝竜隷の印〟が完成したようです。

 

 武士が罰を与え、罪を赦した者に入れる墨のように――私の願いが与えたものが、異教のレオーニオに心から受け入れられた瞬間でした。

 

「元よりアンタに――カザマ様に助けられた命だ、『復讐が果たされる』までは素直に従うよ。道具扱いにも慣れてんだ、好きに使ってくれ」

 

「いや、普通に人として仕事をしてくれればいいんだけど……その印があれば、イサリビの人からも身元がわかるはずだし……」

 

「あたし、カザマ様と違って人じゃないんだけど?」

 

「めんどくせえなあ!どうでもいいよそんなの! あとその唐突に始まった〝カザマ様〟呼びも止めてくれない!? ただでさえイサリビで息が詰まりはじめているのに!」

 

 私は、かつてお屋形様が自分に求めた『屋形の中では〝ミヤ様〟と呼ばないこと』の意味を、身を以て知ったような気がしました。たしかに、『休息の場で堅苦しさを感じること』への心の負荷は、予想以上に大きなものでした。

 

「……じゃあ、どう呼べばいいのさ?」

 

「……名前……最初に出会った時と同じ、〝いろは〟でいい。私を〝風真〟と呼ぶのは……お屋形様だけがいいから」

 

「……風真……」

 

 ちらりと見やったお屋形様も、こちらを見ていてくれました。重なった視線が気恥ずかしくて、どちらからともなく、その確かな繋がりを隠してしまいました。

 

「………………了解したよ、いろはちゃん。それじゃ、さっそく『イサリビのためになること』をするから……こっちに来てくれる?」

 

「……? こう……?」

 

 私がレオーニオに近寄ると……彼女は弾帯を強く抱きながら、私の額に深い口づけをしました。ちょっと、こう……濃厚な、〝吸う〟感じのアレでした。

 

 すると――弾帯から溢れた眩い力が、一瞬だけ彼女を〝本物〟に変えて――獅子の耳に着いていた黒鉄の飾りが、私の耳に優しく噛みつきました。

 

「……んっ……これ、は……?」

 

「あたしに勝った勇士への〝ごほうび〟だよ。目にソウリョクを集中させてごらんよ」

 

「え……? 目に、って……こうかな……?」

 

「んー……ああ、それでいいね。そのまま、『あたしの攻撃をよく見てな』」

 

「んぁ? 急になに――ッ!?」

 

 レオーニオが素早く突き出した拳が眼前に迫り――耳でぱちりと雷鳴が弾けた瞬間――私の頭の中で、金属をぶつけ合ったような音と共に、思考と感覚が噛み合いました。

 

 突然、レオーニオの動きがゆっくりなものに変わったため、私がその奇襲の横っ腹を叩き払うと――びゅう、と吹き抜けた拳風が、私の前髪を乱しました。

 

「……う、わ……! もしかして、今……拳の速度、変えてなかったの……?」

 

「そゆこと。まあ、そんな感じの代物さ――きっと役に立つと思うよ♪」

 

「ふむ……人間離れの妙技を可能にする、ソウリョクで出来た耳飾りか。〝異教の太陽神〟の祝福すらも孕んでいるようだが……其方、敵に塩を送るような真似をしてよかったのか?」

 

「よくはないさ。でも、良いことだけが全てだとは限らない――いろはちゃんがあたしを生かしたことと同じさ♪」

 

 レオーニオは、ニッと明るい笑顔を見せて――すぐに、その眉を不思議そうに歪めました。

 

「くんくん……しっかし、リュウオウ様とは仲良しなだけじゃなくて、ずいぶんと〝お盛ん〟みたいだな……エッチもしまくってるみたいだし」

 

「…………むう……それは儀式のためなのだが……」

 

「ふーん……?へー……? 義務感でヤッてるにしては、ちょっとお互いに本気すぎんか~? いろはちゃん、本気でイッてたみたいだよ?」

 

「いや、あの……えっち……って、何でござるか?」

 

「えー……っと……まあ、『恥ずかしくて人に言いづらいこと』かな~。ジイとかヨトギとか、言い方もプレイもいろいろあるんだけど……そうだ!いろはちゃんが『ついさっきヤッてたこと』がエッチだよ!」

 

「あ~、そういうアレですか。またくだらな……………………え……? なん……さっき……って……?」

 

「いや、いろはちゃんの股から、リュウオウ様の手と同じニオイがプンプンしてるからさ。あたし、嗅覚はけっこう鋭いモンでね――いろはちゃんのアレ、けっこう甘めな感じの良いニオイだね♪」

 

「………………お……お屋形様のばかーッ!!」

 

「何故おれ――がっふ!」

 

 私は羞恥心を込めた乙女の拳で、すけべ神の横顔に制裁を加えてから、逃げるように部屋を立ち去りました。もうわけがわからないぐらいに恥ずかしくて、自室で顔を押さえながらのたうちまわり……やがて、すべてが虚しくなる無音に包まれました。

 

 畳のい草が薫る、うす暗くなり始めた部屋の中で、収まりゆく羞恥心の残滓を味わう――あの何もしたくない感覚を、人は『虚無』と呼ぶのです。

 

 これからレオーニオにどんな顔をして会えばいいかわからなくなった私は、こっそりと廊下を渡っていたのですが……真面目な声音の会話が聞こえた客間の近くで、そっと耳を立てました。

 

『脚の傷は痛まないか?』

 

『ええ、ちょっと内側がくすぐったい感じもあるんですが……なかなかに、風呂に入っているような気持ちよさがあるモンで……。これが、ソウリョクの治癒ってヤツかぁ……♪』

 

『風真に感謝をしておくのだぞ。其方のために羞恥を我慢し、癒やしの力を生んだのだからな』

 

『ん……わかってますよ……あの子が〝主以上の恩人〟だってことは……。しっかし、こうしてだっこしてもらうのも久しぶりだなぁ……ふへへ……♡』

 

『……っ……これ、あまり動くでない……また、胸の布が――ぬあッ!?』

 

『あれま……やだなぁ、リュウオウ様のえっち~……♡ ポロリした先っぽ、そんなガン見しないでよ……♡』

 

『い、いや、これは不可抗力で…………な、何故、顔を近づけてくるのだ……!? 早く服を直さんか……!』

 

『……リュウオウ様、一つお願いがあるんです……何でも――どんな屈辱的なことでもヤるんで……あの子には〝カフの国で起こったこと〟を、内緒にしたままでいてくれませんかね?』

 

『……ッ……何故だ。其方の本懐を伝える好機だというのに……』

 

『だからこそ、さ。敗者には慰めを――そして勝者には報酬を与えるのが、競争を煽るあたしの役目でもありますから』

 

『報酬………………風真のために、〝仇〟で在り続けるつもりなのか。其方はカフで……その……』

 

『あー、細かいことはいいんです。あたしはただ、〝救い〟を与えたいだけなんですよ』

 

『……〝救い〟とは、どういうことだ』

 

『いやね……敵意やストレスみたいなマイナスの感情には〝向け先〟を作ってやることが大事なんですよ。いろはちゃんにとって、あたしが〝それ〟であるべきなんです』

 

『…………其方らにとっては、高潔な武士にあるまじき私的な復讐心も、立派な〝命の使い方〟か……その〝自分らしく生きられる道〟を残そうというのか』

 

『ま、そんな感じっす。【あたしは間違ったことをしていない】――でも、結果として、あの子の深い悲しみを生んじまった。その事実から逃げず、いろはちゃんの〝復讐〟を残してあげたいんですよ』

 

『しかし……あの子はもう、強い武士に育っておるのだ。其方が庇護してやらんでも、現実を受け止めることはできるはずだ』

 

『はは……庇護とか、そういうんじゃないですよ、異教の神サマ。あたしは自分の意思と行動に【責任を持っていたい】だけなんです――あたしが開いちゃいけないモンを解放しちまったのが、全ての原因なんだから……これが〝行動を起こすことの義務〟ってヤツさ』

 

『…………其方がそう望むのであれば、それに応えよう。その選択が苦痛を生んだときには、其方の懺悔ぐらいは聞いてやれるやもしれぬな』

 

『…………リュウオウ様………………あ、えっと、そうだ! 〝他者とのソウリョクのやり取り〟ってのはセックス……ええと、あれだ、ヨトギが一番効率が良いんでしたっけ?』

 

『ああ、そのとおりだ……。困ったことに、いろいろな信仰が混ざった結果、そのような儀式が定着してしまってな……』

 

『……んひ……♡ それじゃ……ここからは〝激しめの集中治療〟ってことで……♡ アンタもずっとムラムラしてたみたいだし、ちょうどいいだろ……♡』

 

『はッ! レオーニオっ…………き、着物を……ぬうッ!?』

 

『……この服、脱ぎやすくていいんだよね~……♡ でも、あんなに〝ばっちいところ〟を見ちゃったカラダだと、欲情はしませんか? こうやって……っ……裸で跨っても、ダメですかね……?』

 

『い、や……そのようなことはない……。とても美しく、魅力的な肢体だ……その可憐な顔と相まって、より心をくすぐられるぞ』

 

『たはっ……ひっ……はっはっはっ……!! ヤだな……アンタ、そういう感じだったのか……!』

 

『むッ……其方は、歯が浮くような言葉を好まぬか』

 

『ふふっ……あははっ……♡ 初めて会った時より、もっと……〝イイ〟って思っちゃっただけだよ……♡』

 

『レオーニオ……うっ……!? 脚に、深い傷を抱えておるのだろうに……そのような、はしたないことを……!』

 

『うお~っ……!?♡ ウェニ先輩の言うとおり……マジのドラゴンサイズじゃん……!♡ ガッツリとイきたいけど……腰、上手く振れなかったらごめんね……んっ……ちゅっ……♡』

 

『っ……んむ、ぅ…………ぬ、うぉっ……!?』

 

『くぷ……ん、ぁ……♡ ん、へへ……♡ あたしのおっぱい、触ってみて……どう……?♡ でっかくて、しっとりしてて……ぷりぷりで、やわっこいでしょ……?♡』

 

『お、おぉう……! いや、しかし、これは……なかなか……て、手で、掴みきれぬとは……なんと……なんと……!』

 

『あ、んっ……♡ さすがに、触るのが上手いな……っ……♡ おっぱいだけは自信があるモンでね……ひゃっ……♡ ん、ん~っ……♡鼻息、荒すぎ……♡あんっ……♡チ×ポ、奥でビクつかせんなって……♡ちょっ……ねえ、やーだー……っ……♡』

 

 ……えー……なんか無性にイライラするんで割愛しまーす。お屋形様がおっぱい星人になったの、絶対あいつらのせいだよな。許せんわ。

 

 ……『詳しく』って……ちょっとヘンタイすぎるってぇ……! んぇー……んぁー……レオーニオのえっちな声はデカめだったよ。そんぐらいでしょ。かざまは聞き耳こそ立てていたけど、ナニもしてないもん。

 

 ……う、嘘じゃないよ……!? オナっ、いや、ちがっ――あっ!そういえばさぁ!話変わっちゃうんだけどね!この前さ、事務所の酒席でぼたん殿に「本気でエッチしてるときの声とかデカいんですか?」って聞いたら、ぼたん殿が顔真っ赤でフリーズして、隣でラミィ殿が「バレバレやん~!」って腹よじれるくらいゲラってた。そこら辺も似てるんだな~ってちょっと面白かったなー。

 

 ……『嫉妬バリバリで草』……は?いや、べっ、べつに?嫉妬なんてしてないが? お屋形様に治療をお願いしたのかざまだし。流れでえっちするなんて思わんかったけど。かざまと寝たときより明らかにお屋形様がアガってたけど!きっ、気にしてなんかないけどッ!!

 

 ……ごほんッ……!! あのさ、皆殿。よく、復讐について……アリかナシかを論じられることがあるじゃない? あの、いっつも平行線をたどるやつ。

 

 かざまは、復讐が何も生まないってことはないと思う。ちゃんと、『憂さ晴らしや過去との決着』っていう大きな意味があるはずなんだよ。

 

 でもさ、復讐を果たしても、『それ以上のもの』が得られないのもホントなんじゃないかなー……とも思うのね。例えばさ、復讐のために長い時間をかける必要があったときに……他にも選べたはずの道を閉ざしてしまうのは、他の誰かが『もったいない』と思うかもしれないし。

 

 結局、〝その人次第〟なんですよ。かざまは――いや、私は、なんというか……あの時レオーニオを生かした選択に後悔はしていないので、それでいいかなと思っています。彼女の強い意思と確かな優しさを知って、息も絶え絶えになりながら見上げた三日月は……とても温かくて、きれいでしたから。

 

 障子の向こうで交わされる男女の熱く湿った談笑を聞きながら、私は、ねっとりと絡み付いた蜜液で自分の指の間に橋を架け――月光に煌めく銀色に、今を生きている命の熱さと、過去を想う風の冷たさを同時に感じたものでした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。