※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第六話 北風が吹く、馬が駆る

 キンナラ信仰の力を此の世に再臨させてから、一ヶ月ほどが経ちました。コガヤの町から帰った私は、濃厚に絡み合う儀式を経て……お屋形様にもキンナラ信仰の力をお渡しすることができました。

 

 それはまあ、良いことだったと思うのですが……キンナラ信仰を反映したお屋形様の新たな力は、マホラガ信仰の〝蛇尾竜刀〟とは異なり……そのう、何といいますか……ちょっと、いろいろと特殊だったもので……。私は〝訓練〟と称した変態行為に…………いえ、まあ、それはいいんですけど……。

 

 ……ごほん。お屋形様の特殊性癖で辱められた私は、それから、宿した信心を身体になじませるための休息期間に入りました。お屋形様曰く、新たな力を次々に会得する身体を休ませつつ、〝八武の紋〟の力を安定させるためにも、まとまった休息を取るのは有効なのだとか。

 

 その間も、私は自分にできることを進めておきました。〝転移〟が可能な場所の近辺で素材を集めてイサリビの設備増強を進めたり、レオーニオとの戦闘訓練で剣技に磨きをかけたり……一定の期間で起こる襲撃に応じながらも、お屋形様とふたりきりで触れ合った時を過ごしたことも含めて……有意義な時を重ねていました。

 

 そうして訪れた、再度の旅立ちの朝のこと。お屋形様から勧められた〝次なる目的地〟の名を聞いたときに、向かっておくべきだと思った場所がありました。

 

「……あらまあ、ヘビ様じゃないの。どうしたのよお、突然うちに来るなんて……」

 

「あ、えっと……ちょっと、祭壇にお参りをしようかと……」

 

「……ふうん?」

 

 少しだけ目を大きく開いたハマのおばちゃんに連れられ、私は竜皇の祭壇の一つ――律神・アスラ様の本殿へと続く光の帯の源流に両手を合わせました。『これから貴殿の元に伺います』と、旅立ちの挨拶をするために。

 

 かつては、その儀式的な行為が意味することなど何もわかりませんでしたが……そこに私が〝意味〟を持たせてから、さまざまな奇跡を経て〝想いが繋ぐ道〟が見えるようになって……今、こうして〝お参り〟の正しいかたちが完成したのです。

 

「……ふう。にしても、なして急にお参りをしようと思ったのよお?」

 

「……実は……これから、アスラ様の〝本殿〟に向かうんです。ずっと〝橋〟を守ってきたハマコ殿に、一言だけでも言っておこうかと……」

 

「……ああ、そういうことかい。イサリビで顔を見ない日が増えたのは、やっぱり、ミヤ様のことでお勤めをしていたからなんだねえ」

 

「……ごめんなさい。あんまり大っぴらにすることじゃないらしくて……竜禪の……イサリビのためになることは、間違いないんだけど……」

 

「くすっ。いいんだよお。真面目に仕事をするのに、偉ェ理由も、固ェ言葉も必要ねえ。だども……そうだねえ……ヘビちゃん、ちょいとこっち来ぇ」

 

「え? なにを――うむぅ……!」

 

 私がおばちゃんの元に近寄ると、そのふくよかな胸で顔を包まれるように、強く抱き締められてしまいました。

 

 おばちゃんは、長い間祈りを捧げ続けた手で私の頭を撫でて、波立っていた心に安らぎを浸透させてくれました。そして、レオーニオと対峙していたときにも感じた……深くて純粋な力を孕むソウリョクが、じゅんわりと体内に注がれていきます。

 

「お勤め、頑張るんだよお。おめさんはミヤ様の使いで、今じゃ立派な〝ヘビ様〟でもあるけどなあ……あたしらにとっちゃ、〝イサリビの子〟でもあんだ。危ねェことなんかしてほしくねえ……『離れ島に独りで行った』って聞いたとき、どんだけ心配したことか……!」

 

「…………おばちゃん……ごめんね……」

 

「謝るのはあたしの方だよお。あたしゃあな、アスラ様のお世話を任された巫僧だけっども、あの方は『正義の神』で、『遠くにおわす』ってことしか聞けてねえ。だからよ、これから、おめさんが『大変な旅をする』ってことしかわかんねえ……だから……ずっと、此処で旅の安全を祈ってっからなあ……」

 

「…………うん……ありがとう……!」

 

 おばちゃんの服を濡らしてしまわないうちに、とても温かくて、離れがたいものから身を剥がしました。そして、「行ってきます!」と〝気軽なお別れ〟を告げて、お屋形様が待つ場所へと向かいました。

 

 ……………………。

 

 私は用事を終えて、旅立ちの地として示されていた場所に遅れて到着しました。そのイサリビの境界線の近くで、なんか雌臭いレオーニオを片腕に侍らせたお屋形様が空を見上げます。

 

「風真の心身を介してキンナラの力が竜禪に習合し、新たな〝移動手段〟を会得した今なら遠地にも出向けるだろう。次に向かうべきアスラ信仰の痕跡は……うむ……やはり、遥か北の地にあるモリの国の近辺か」

 

「いどう、しゅだん………………」

 

「モリの国には武家も現存しているようなのだが、〝柱〟を据える文化が消えて久しく、竜禪の祠も力を失っている場所なのだ。人の住みづらい山地が非常に多い地方だが、可住地周辺には宣教師たちの築いた町もあると聞く……険しい旅路になるだろうな」

 

「…………………………」

 

「……風真。どうしたのだ、黙りこくって」

 

「いや……会話の流れで、あの〝訓練〟のことを思い出しちゃったんじゃないですかね……アレ、女の子にはちょっとキツイと思うんで。トラウマになってもおかしくないっすよ?」

 

「とら……うまっ……!? そ、そんなことないもん……! べ、べつに……ぜんぜん、恥ずかしくなんかないし……!」

 

「そうなんか? じゃ、さっさとあの〝お馬さん〟出したら?」

 

「~~ッ……! わ、わかってるよ……! やりゃいいんでしょ、やりゃあ……! お屋形様の変態……!」

 

「何故おれが誹りを受ける……!?」

 

「まあ、アンタが悪いからな」

 

 私はお屋形様が心配そうに見守り、レオーニオがにやにやと笑うなかで……お屋形様から預かっていた木彫りの竜像を取り出し、両手で挟んで祈りを捧げました。

 

 すると、お屋形様から発した温かなソウリョクが像に流れ込み――溢れた光がきらきらと織り成すように早馬の姿を象っていきました。私は苦い思い出がある、輝く毛並みの牡馬の鐙に脚を掛けて鞍に跨り、〝突起が無い〟背に身体を預けます。

 

「おぉ~……! ソウリョクに質量を持たせるのが一番難しいハズなのに、こうも見事に〝乗れる馬〟を作るなんて……やっぱり、神サマの力ってのはすげーなー!」

 

「神への信仰は、神性に関する具体的な想像力を〝固める〟ことに特化しているのだ。レオーニオ、其方が武器を開発するときに設計図を作るのと同じことよ」

 

「設計図……ははぁん、なるほど? 信仰ってのは、ソウリョクを――いや、イメージを象らせるための〝枠組み〟としても機能するってことか。『伝説を信じることで再現できる』って感じ?」

 

「そうだ。そして、キンナラは争い事には向かない楽神だが、さまざまな側面を持っていてな。女性である風真は空を舞える〝神鳥の羽〟を、男神であるおれが〝神馬の脚〟をそれぞれ会得したのだ」

 

「へぇ~……ソウリョクと信仰ってのは、ホントに奥が深いっすねー。ねぇん、リュウオウ様ぁ……♡あたし、ソウリョクについてもっとたくさん知り――」

 

「――うおっほん!! お屋形様!私、そろそろ旅立ってもいいですか!?」

 

「ん、あ、ああ、すまない……風真、道中は十分に気をつけるのだぞ。イサリビから離れれば離れるほど、事ある時の救援が遅くなる……おまえを信じてやることしかできずに申し訳ないが……頼んだぞ」

 

「……御意にござる! お屋形様も女遊びばっかりしてないで、ちゃんと防衛しておいてくださいね!」

 

 お屋形様の腕にねっとりと絡みつくレオーニオに「ふしゃー!」と威嚇をしてから、私はぽこべぇを後ろに乗せて、遥か北の地を目指して旅立ちました。

 

 手綱を握り締め、お屋形様から与えられた神馬にソウリョクを通わせると……感覚が一体となった馬の脚が自由自在に動きます。通常の乗馬よりも気軽に操ることができるうえに、比べ物にならないほどの速さで走駆する姿は、まさに〝想像したような名馬〟と言わざるを得ませんでした。

 

 身体に仕込まれた乗馬の腰遣いで上手に神馬を乗りこなし、少しずつ冷たさを増していく風を切っていきます。空に続く〝橋〟を追いながら蹄鉄を鳴らしていき……踏み均された街道から、人通りが少ない獣道までも軽快に往くことができました。

 

 ここまで速さや快適さを整えても、旅の険しさは前回よりも増しているように感じました。目的地への距離が何倍にも伸びているために、要する日数も、かかる手間も増えていたのです。

 

 力強い野盗や野生動物とも多く遭遇し、私は新しい剣技を使いながら戦いと食料確保に臨みつつ……慎重な北上を強いられていました。

 

 その冷風が肌を刺す道中で唯一の救いだったのは、ぽこべぇの存在でした。ぽこべぇは此の地に生きるたぬきらしく不思議な身体をしており、『ソウリョクを注ぎ込むことで大きくなったり変化したりする』ことがわかったのです。

 

 洞窟も宿もない場所で野宿をするときには、たき火に薪をくべながら、大きくさせたぽこべぇの体毛を布団代わりにすることで寒さを凌ぎました。脂肪が多めの肉は手触りも良く、美味しそうな出汁が取れそうな良い匂いがするので、お腹が空きやすい難点もありましたが……その温もりは旅の孤独を忘れさせてくれたので、とても助けられていました。

 

 ……………………。

 

 一週間ほどの旅を経た頃に、空に架かっていた〝橋〟がようやく下向きに降り始めました。目的地の近づきを報せる兆候に心を躍らせて馬を走らせていると……木枯らしが吹く街道で、小柄な女の子が、絵に描いたような暴漢たちに絡まれていました。

 

「おい姉ちゃん。あんた、〝イイモン〟持ってるんだろ? それ、俺たちにくれねえかなあ?」

 

「いや、持ってないですけど……っていうか息くっさ! それ以上近づくなよ!? 怒るぞ!?」

 

「ひっひっひ! 活きが良いお嬢ちゃんだねえ。肉付きが良い、ちんまい雌の身体だ……身ぐるみ剥いだ後が楽しみだぜぇ……!」

 

「は? お前ら、もしかして……僕が可愛すぎて襲おうとしてるのか? どんだけ見の程知らずなんだよ? 絵面的に釣り合ってなさすぎるんだけど!」

 

「なんだこの女ァ……! おい、ヤッちま――」

 

「――貴様ら!そこで何をしているッ!! 嫌がるおなごに言い寄り、手を上げようとするとは……人の風上にも置けない輩め!成敗してくれる!」

 

 私は神馬から跳び降り、身体をぎゅんぎゅんと回転させながら接近し――少女の手を掴んでいた男の胴体を〝祓斬〟で斬り抜けました。

 

 そのまま戦闘態勢に入り、大振りで襲い掛かる男の胸を蹴り飛ばし、集中して見切った雑な太刀筋に合わせた反撃で刀をへし折り――あっといわせぬ間に無力化させました。

 

「が、がへっ……! つ、強すぎんだろ……この武士……! モリの国の侍は雑魚だったんじゃねえのかよ……!?」

 

「み、みぞおちに足刀を入れやがった……おぶぅ……! くっそぉ、ここは撤退だ……! さっさと目的の門前町に行くぞ……!」

 

「畜生……股間と腕に力が入らねえよお……! お母ちゃぁん……故郷の国に帰りてえよお……!もう悪いことなんてしたくねえよお……!」

 

「泣き言を言っとる場合かあ! おめえも『賊として成り上がる』って意気込んでたじゃねえか……!しっかりせえ……!」

 

 ごろつき共は泣きながら立ち上がり、内股で走り去っていきました。その情けない背中を見届けながら納刀し、襲われていた銀髪の少女に振り向きます。

 

「ふう……お怪我はありませんか?」

 

「おお~……かっこいい~! キミ、ここいらの武士じゃないね?」

 

「え、ええ……そうですが……何故、わかったのですか?」

 

「そりゃあ、剣術が優れているし、何より身のこなしに迷いがないし……行動に〝意志の力〟を感じたんだよ。まるで、『武士とはこうあるべきでしょ!』みたいな高尚すぎる想いが、まっすぐに伸びた背中に満ちていたから!」

 

「は、はあ……それは、どうも……?」

 

 ぐっと手を握ってきた少女は、私に向けて深い宙色の瞳を輝かせていました。感謝や嬉々、尊敬の目を向けられることに慣れていない私は自分から顔を逸らし、頬を掻いてごまかします。

 

「助けてくれてありがとう! 勇敢な武士殿、お名前は何て言うんだい?」

 

「か、風真……いろはと申します。イサリビにてミヤ様に仕える武士でござる」

 

「イサリビ……わお!本当に!? たくましいとは思ったけれど、竜禪の法師武者だったとは……! 出会えて光栄だよ、風真様!」

 

「あ、いや、『いろは』でいいです……はい……私、そういうの苦手で……」

 

「そうなの? じゃあ、いろはちゃんで――おっと、こっちが申し遅れていたね。僕はアマネ。流しの鍛冶屋をしているんだよ」

 

「鍛冶屋……ああ、だからこんなに手の力が強いんですね。イサリビでも、鍛冶師は金槌でカンコンと叩いていましたし」

 

「ふふん。かわいい自慢の握力だよ!」

 

「……かわいい……? ちょっと、こう……独特な感性をお持ちのような……?」

 

「かわいいと言えば……そちらのまんまるたぬきはどちら様?」

 

「ああ……この子はぽこべぇと言いまして……私の非常食です」

 

 私がぽこべぇの頭をぽんと撫でながら紹介すると、彼は少しだけ驚いていたようでした。きっと、ちょっとした認識の相違があったのだと思います。

 

 ……『非常食って言っちゃった』……? あ。ごめん、〝おとも〟で通してたんだっけ。まあ、皆殿なら既に知っているから問題ないでしょ……うん……。

 

 えー……その時、あわあわとしていたぽこべぇがあちこちを見渡していまして、何も見つけられなかったのか……突然私の背に乗って、もみもみと肩を揉んできました。

 

「うわぁ、なんだか涙ぐましい嘆願だね……『食べられまい!』と必死な想いが伝わるよ」

 

「だ、大丈夫だよ、ぽこべぇ! 半分は冗談だから!」

 

「半分はホントなんだね……キミって意外と現実的な性格をしてるよね」

 

「えへへ、それほどでも……」

 

「……それと、ちょっとズレてる感じかもね……褒められ慣れていないのがすっげぇ伝わるよ……」

 

『貴女には言われたくない』という争いの火種は口にせず、私は神馬をお屋形様にお戻しし……『モリの国に戻る予定なんだ』というアマネ殿と会話を交わしながら、並んで歩き始めました。

 

「僕はいろいろな場所を旅しながら材料を集めたり、武器を作ったりして生計を立てているんだ」

 

「ほぇ~……まだお若いのにご立派ですねぇ……! 〝成人の儀〟はもう済ませたのですか?」

 

「それって武家の慣例――っていうか!僕、これでも国でお酒を飲める歳なんだけど!」

 

「えっ、年上ぇ……!? す、すみません……!私と同じか、年下ぐらいかと……あは、あはは……!」

 

「まったくもぉ~! 僕の笑顔が超絶に可愛いからって甘く見ちゃダメだよ! 〝にぎにぎ〟しちゃうよ?」

 

「いや、すみません、それは本気でご勘弁を……!」

 

 かじっていた林檎を、パァン!と片手で粉砕した握力に畏怖しながら、私はアマネ殿の目を翳らせる冷静な怒気を鎮めることに集中しました。

 

「と、ところで……武器の鍛冶というと、やはり刀が主なんですか?」

 

「主業はそうだね。他にも槍とか鉄扇……金鞭なんかも作るよ。いろんなものを鍛えていると、同じ鍛冶業なのに知見が広がっていくのが楽しいんだ♪」

 

「こういうのも作れるんだよ~」と続けた彼女は、輝く灰色の髪を飾るように着けられた手裏剣を指さしました。その無駄がなく上品な艶めきは、頑丈に鍛えられた玉鋼が持つ色味をしており……彼女が相当な腕の持ち主であることがうかがえました。

 

 そんなこんなで談笑しながら道を歩いていると……木張りの高い壁に囲われた場所と、石造りの大きな門が見えてきました。壊れて下りっぱなしになっている跳ね橋を渡り、やる気のなさそうな門番の横をあっさりと通り抜けて入ったところには……やや色褪せてはいるものの、にぎやかな雰囲気が漂う門前町が広がっていました。

 

「ここがモリの国の門前町だよ。ご飯が美味しくて治安も最高で、何より鍛冶場が賑わっているから、僕が拠点にしている町なんだ!」

 

 アマネ殿の案内に導かれ、私は名物と言われる〝豆の氷蜜〟を飲みながら門前町を見て回りました。瓦張りの屋根の建物が多い堅調な雰囲気の町には多くの老若男女が住んでおり……食事処や店も多く、特産品も多く取り扱っているために『良い町なんだなぁ』ということはわかったのですが……少し、気になることがありました。

 

 それは、町を見下ろせる丘で放置されていた竜禪の祠にソウリョクを与えたときにも感じたことだったのですが……武家の屋敷に挨拶をしたときに、はっきりと感じました。この町には、竜禪信仰も〝国らしさ〟も無い――上品な着物を着て刀を携えている武士には、活力や〝意志〟が無いのです。

 

 私の身分を使って謁見した武家の当主に話を聞くと……ここでは竜禪を元にした風土の名残は残っているものの、法による治世はほぼ意味を成しておらず、武家への忠義も薄いのだといいます。武士は高い身分にあぐらをかくことに慣れ、まともに鍛錬もしていないというのです。

 

「わたくしが当主の座に就いたときよりも昔から、このような〝自由を愛する風土〟が続いておりましてね……信仰の欠片も残っておらんのですよ。高い塀で囲って、〝あらゆる外敵〟が見えないようにしているおかげで、竜禪信仰も必要なくなったようなのですが……」

 

「そんな……! お屋形様は……ミヤ様は、少しでも多くの助力を必要としているのに……!」

 

「無論、わたくしも現状を良しと思っているわけではありませぬ。ただ……まあ……『せっかく独立できた文化をわざわざ他所に合わせる必要はない』と……武士の中でも〝現状維持〟を望む声の方が圧倒的に多いもので……。情けないことではありますが、竜禪の信徒はわたくしぐらいしか居らんのです」

 

 深々と、申し訳なさそうに頭を下げた当主に見送られ……そして、私たちを訝しむ目で睨んでいた武士の目に押しこくられるように、武家の屋敷を後にしました。

 

「なんなの、あれ……!? 誇り高き武士が……国を治める使命を放棄しているようなもんじゃんか……!!」

 

「……いろはちゃん。敬虔な人が集まるイサリビとは違って、此処みたいな状態の国は珍しくないんだ……その中でも、此処は特に酷いんだけどね。武士はみんな腑抜けになっちゃってる……鍛冶屋が賑わっているのは、〝お飾り〟のための刀の手入れや、国民が自衛のための武器を用意する需要があるからなんだよ」

 

「うーん……なんだかなあ、という感じもするんですが……! まあ、でも……それも一つの文化の在り方、なんですかね……?」

 

「……やっぱり、意外と現実的な性格だよね。キミの方が、僕よりよっぽど大人びているよ」

 

「まあ、これでもいろいろと見てきましたし……そのうえで、私はミヤ様に使える武士になったので。まだまだ子供ですけれどね」

 

「おや、けっこう厳しめに言われちゃったな……いいね。僕、いろはちゃんのこと好きになっちゃったよ!」

 

「そ、それはどうも……あの、それより……気になることがあるんですけど」

 

「なんだい?」

 

「いや、武家と武士が法を守らないのに、どうしてこの町は治安が――」

 

 私がそこまで言ったところで――町の広場から、絹を裂いたような悲鳴が聞こえました。

 

「――っ!? 今の声は……!?」

 

「まさか……〝罪殺し〟が出たのか……!? もう何年も出ていなかったのに……!」

 

「〝罪殺し〟……それは、いったい……?」

 

「説明は後! あっちだ!すぐに行こう!」

 

 重い荷物を背負ったまま、疾風のように駆けだしたアマネ殿を追って、私は悲鳴の出処に辿り着きました。

 

 そこには、ぴかぴかに鍛えられた刀をへっぴり腰で持つ武士たちが円を描くように固まっており……その中心では、どす黒い筋骨隆々の巨体を蓑で隠した怪人が、その背丈ほどもある大包丁を担いで肉混じりの血を刃に滴らせていました。

 

『悪は、断つ……悪を、断つ……あく、を……おおおおおおおおおおおッ!!!!』

 

「ぎえっ!なんて大声……わああああっ!?」

 

「お、おっかねえ……! なんだって俺が見張りの時に出るんだ……いぎゃああああ!!」

 

 黒い巨人は、地面を震わせるような咆哮で周囲の武士たちを吹き飛ばしました。爆音と振動が輝く白刃を無残に散らし、地面に突き刺さらせて泥を被らせます。そして、立ちすくむ民たちの視界を開き……自らが首を刎ね、胴体を叩き潰した四つの死体を見せつけました。

 

「きゃあああああああああああああああっ!? ひ、ひとっ……人殺し……!〝罪殺し〟よぉおおお!!」

 

「……ッ……あの生首にされた男たち……何やら、見覚えがあるような……」

 

「……あッ……!? さっき、僕に絡んできた野盗だよ……!」

 

「そんな……!? たしかに、こっちの方に逃げていたけれど……殺されてしまうなんて……!」

 

『〝使命〟は、果たした……命は、罪を落として、また巡る…………また、来る……また、罪が生まれ……いつか……また……』

 

 その者は虚ろな赤い目で周囲をひと舐めし、何かを確認してから、血を噴き出す肉塊を全て抱えました。そして、強大な膂力をみきみきと軋ませ、ひとっ跳びで宙に爆ぜ上がりました。

 

 その黒い軌跡は、空に架かっていた〝橋〟と合流して重なり――私が目指すべき場所に、〝出向く理由〟を一つ増やしたのでした。

 

 

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