※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第一二話 砕けて、折れる

「あ、やっと来たァ。ずいぶん遅いから、死んでしまったのかと思って心配しましたよ」

 

「っ……マル……テーサ……!?」

 

「サルウェ……ああ、『ごきげんよう』の方がいいですかね。『郷に入っては郷に従え』というのが、キョウの基本ですから」

 

 深みのある赤色の髪と、瑞々しい肢体を最低限に覆っている修道服の布地を揺らし、マルテーサは腰掛けていた岩から跳び降りました。

 

 だぶるん、と重たそうに揺れ動いた乳房にはたっぷりと肉が詰まっており……側部に見える肌色の膨らみから、レオーニオにも劣らぬ色気を漂わせていました。

 

「な……何故、こんな所に……!?」

 

「そりゃあ、貴女を待っていましたから。失われた八武の神様を再興させる旅……これで四つ目の信仰でしたか?」

 

「ぐっ……!! どうして、そのことを知っている……!? 部外者には知らせていないはずなのに……!」

 

「……まあ……いえ、質問に答える必要がありませんね。わたくし、おしゃべりは嫌いではないのですが……必要以上に口を滑らせてしまうこと、あるかもしれませんから♪」

 

 口元を手で隠して、くすくすと笑ったマルテーサは……乳房を抱くようにしながら、衣服で隠れる私の下腹部を見やりました。

 

「……風真いろはさん。蛇神、楽神、律神……そして薬神ですか。その小さなお腹に、たいそうなモノをお抱えしているそうで」

 

「…………それがどうした……?」

 

「いえ、べつに。『わ~、すごいな~』って思うのですが……実際のところ『八武の信仰を再興させて何ができるようになった』のですか?」

 

「……信仰にまつわる妙技を、私とお屋形様が使えるようになっている……けど……それが何だと言うんですか……?」

 

 私が言葉を詰まらせた瞬間――マルテーサは、一瞬だけ……にやぁ、と口元を意地悪に歪めたようでした。

 

「ああ、自分たちの利益だけを欲しているのですね。けっこう、けっこう。まるで、最近増えているらしい……なんでしたっけ……〝太陽志士〟と同じですね♪」

 

「ッ……!?」

 

「なるほど、なるほどぉ。その自己中心的な考えこそが〝武士〟の証左なのですね!かっこい~♡ そりゃあ死ぬまで推せちゃうんだワ♡」

 

 マルテーサは満面の笑みで拍手を打ち鳴らし、その乾いた音の連続で、私の鏡面をぞわぞわと波立たせました。

 

「ち、違う……! 私たちは、他人の暮らしを……害するようなことは……ッ……!」

 

「しましたよね? 貴女たちが……いいえ、〝貴女〟が律神信仰を再興したことをきっかけに、太陽志士が刀を振り回し、各地を荒らすようになったみたいじゃないですか。貴女たちは、わたくし共の手を借りずに、キョウに混乱を生みたかったんですね……わたくし、知りませんでした……不勉強でごめんなさいね……♡」

 

「……ッ……そうじゃない……そうじゃないの……!! 此の地を……明日に続く今日を、守りたくて……私は……!!」

 

「何が『そうじゃない』のですか? ねえ。ねえ……なあ。具体的に言ってみろよ。あの奔放な自由人たちとお前……いったい何が違うんだよ!?ああん!?」

 

「ひっ……!? ぁ……う、あ……ああ……!!」

 

 おぞましい何かに睨まれたように――マルテーサが発した強い波動に気圧された私は、思わず、一歩だけ後ずさってしまいました。

 

 その〝逃げ〟を追い詰めるように、見せた隙を逃さぬように。異教の信徒が、のそり、のそり、と……私の『入ってきてほしくないところ』まで踏み込んできました。

 

「いろはさん。たくさん頑張りましたね。信じている神様のために、人に恨まれるようなこともいっぱいやって……身体も、心もボロボロにして……もう、これ以上頑張らなくていいんですよ♪」

 

「……っ……!! ち、近寄るな……私に……それ以上ッ……!!」

 

 私は傷だらけの手で刀を抜き、型も意思もぐちゃぐちゃなままにマルテーサを威嚇しました。

 

 親に叱られる子供のような、弱々しい態度は……慈母のような微笑みを浮かべるマルテーサに、じわじわと存在を呑まれていくようでした。

 

「怖がらないでいいんですよ。わたくしたちの――あたしたちの教義は、どれだけ愚かな罪人でも〝命〟を必ず赦すからね。貴女のことも……ちゃんと、救ってあげるから……♡」

 

「あ、ああ……! うわぁあああああああっ……!?」

 

 ぞわぞわと、頭の内側まで汚染するような甘い声が、私の揺らぐ心を無理矢理に開こうとしてきました。それに抵抗するために、風真家の宝刀をぶんぶんと無様に振り回しますが……その乱心すらも、マルテーサに優しく止められてしまいました。

 

「……いろはさん。もう、いいんです。貴女はもう、十二分に、リュウゼンのために戦いました――悪い存在に騙される悪夢から醒める時なのですよ」

 

「違う……違うッ……!! 騙されてなんかない……私は、武士として……竜禪の信徒として……お屋形様の、使いとして……!!」

 

「……ちまたで暴虐の限りを尽くす〝武士〟。信仰の外にある命の苦しみを平然と無視する〝竜禪〟。そして……貴女を苦しい目に遭わせるリュウオウ様。貴女が語る〝悪夢〟の、いったいどこに正義があるのです?」

 

「ぐっ……ううううっ……!! 正義……正しさ……そんなものがなくても……自分の信じたことを貫くのが……ッ……」

 

「そう。それが〝武士〟の在り方なのですよね。まあ♡やっぱり、太陽志士とまったく同じでございますね♪」

 

「――――っ…………あ……あ……!」

 

「ほら、何も言い返せない。自分のやっていることの意味もわからず、確たる自信も持たず……勝手に使命感を燃やして、勝手に傷ついて。それ、ホントに意味あります?」

 

 ――〝武士〟の在り方が他人を害すること。自分の信じるべき〝道〟が見えなくなったこと。それらが、風真家の生き残りである私の存在を否定していました。

 

 私を追い詰めていくマルテーサは、股座に手を突っ込み……ぐちゃり……と粘液にまみれた棒状の装置をいくつも取り出し、その蜜の香りを私に嗅がせます。

 

「問題です♡ この子たち、だーれだ?♡ ヒントはァ……『貴女が人生を壊しちゃった人』でーす……♡」

 

「…………え……? 誰、って…………そんな、の……わかるはずない……こんな、姿で……」

 

「……まあ、ひどい……左から、シガリ、ミハナ、モトノ、セベって名前があるのに……そして、貴女が引導を渡した相手ですよ♪」

 

「……………………まさ、か……」

 

「そうです♪ 貴女とリュウオウ様が、モリの国で追い払った太陽志士さん……そして、今はわたくしの〝狂信者〟となった方ですよ。闇討ちに失敗して、行き場を失くして……わたくしのおま×このナカに入るしかなくなった、哀れな方々ですわ♡」

 

「…………………………う、そ……」

 

「わたくし、嘘なんかつきませんとも。そういえば、非道なリュウゼンでは……この方々の命は〝屍人〟と同格なんでしたっけ。じゃあ、『貴女たちが殺した』と言っても過言ではありませんわね♡」

 

「……………………ち、が…………う……。私……そんなこと……して……な……ぁあああああっ……!!」

 

「してない? ホントに? いろはさん、自分でもわかっているんでしょう……? 貴女は、自分の目的のために……〝武士〟として、たくさんの人の人生を狂わせたのですよ」

 

 旅路の中で襲い掛かってきた野盗や賊は山ほどいました。それこそ、私は〝敵〟としてひとくくりに見てきましたが……彼らにも命や人生があり、それらを退けながら、私は前に進んできたのです。

 

「……ハァ……そこに正義があるなら、正当化もできたことでしょうが……貴女がやってきたことは何ですか? 同じ〝武士〟を苦しめ、身体すら失わせ……イサリビだけ……イサリビだけを潤わせていく。そこに、ホントに……〝正しさ〟があるんですか?」

 

「う、ううっ……ううううううっ……!! やめて……もう……やめてよぉ……!!」

 

 一番触れられたくないところをグサリと貫かれた私は弱気になり、小刻みに退いても……マルテーサはより大きな歩幅で詰め寄り、鼻先が触れる寸前のところまで近づいてきました。

 

「〝武士〟って……貴女が思っているよりも高尚な存在じゃないんですよ。刀を振り回して、自分の好き勝手に生きる人でも、此の地では等しく〝武士〟と呼ばれるのです。ちょうど、『今の貴女と同じ』ように……そんなものに、守る価値がありますか?」

 

 ひいひいと、無様に呼吸を乱す私の目をじっと見つめて……マルテーサは、私の心の内側を見透かしたかのように、舌なめずりをして濡れた唇をそよがせ――。

 

 

 

「――『神様ってこんなもんか』。そんな風に思ったことがある無力な存在を……本当に、心の底から信じられる?」

 

 

 

「…………ぁっ…………あ…………ああああああああああああああああああああああああッ……!」

 

 

 

 ――べきり。

 

 

 

 私の心にあった深い傷のかさぶたが引き千切られ、とても嫌な音が響いた瞬間……私が手にしている刀の柄から、ひび割れていた刃が……ほろり、と……事切れた花のように落ちました。

 

 宙に浮いた刃は、地に着く前に、さらさらと……融けてゆく氷のように細かな破片になり、やがて消え失せてしまいました。

 

 それと同時に……刀よりも大事なものを失った私は、情けなく腰を抜かしてしまいました。

 

「はい、おしまーい♪ 御神体を全部失ったヤシャ信仰はこれで終わり。八武再興は叶わない。夢見ちゃった〝今日〟の続きも……ま、ここまでなんだワ」

 

 一瞬だけ醜悪に顔を歪めたマルテーサは、突然慈悲深い微笑みを浮かべて……嗚咽も漏らさず、魂が抜けたように涙をこぼすだけの私を抱き締め、胸元に顔を埋めさせました。

 

「ただの人間にしては、ホントによく頑張ったよね♡ えらいわよ~♡」

 

「うっ……う、ぅっ……あぁあああ……!!」

 

 マルテーサは私を抱き締めたまま、泣きじゃくり始めた私の懐をまさぐり、木彫りの竜像を奪いました。それを私の手に握らせ、乱れた感情が生むソウリョクを一方的に発信させ――此の場所に、大いなる旋風を吹き込ませました。

 

「――風真!! おまえは、こんなところにまで来て……ッ……! マルテーサ……其方は……何を、している……!」

 

「『何』って……普通にお勤めですけど? 一応、リュウゼンに楯突く者ですから♪」

 

「ッ……風真!今助けるぞ!」

 

 お屋形様が太刀を引き抜き、一足で距離を詰めました。その動きに、一切の隙も、迷いもなかったのですが――ぴたり、と攻撃の手を止めてしまったのです。

 

 ……それは……マルテーサによって完全に掌握された私の首に、どす黒い液体の溜まったヴィータの針が突き付けられていたからでした。

 

「……あら。よく今の一瞬で気づきましたねぇ……それだけ、本気で守りたがっていることなのでしょうけど……」

 

「……マルテーサ……! それは、如何なるつもりだ……! 其方らは、人の命は奪わぬはずだろうに……!」

 

「ええ、〝命〟は奪いませんよ。これはただの強力な麻酔薬みたいなもの……これ以上好き勝手に動かれると困るので、ちょっとここいらで〝永久の夢〟でも見てもらおうかと思いまして」

 

「ぐっ……!! そうして、風真の身体を瓦解させるつもりなのか……!」

 

「ご名答、ですわ♪ 我らの教義では『命さえ奪わなければ全てが許されます』から。まあ、貴方がこれ以上近づかなければ……少しだけ待ってあげてもよろしいのですよ?」

 

「…………何が、狙いだ……!」

 

「……『狙い』……ですか? そんなの……〝緊急事態が訪れようとしているイサリビ〟よりも、この芋臭い女の子を優先しようとした貴方が一番よく知っているのでは?」

 

「ッ……!!」

 

 マルテーサは、無抵抗な私の羽織の中に手を差し込み、ぶちり、とさらしを引き千切って……丸出しにした乳房を愛撫し始めました。

 

「っ……う、くぅっ……! ふぅ……ふぅ……!」

 

「か、風真……!! マルテーサ……止めろ……!!」

 

「……わたくし、これから……いろはちゃんの身体を生かしたまま、凌辱して差し上げようかと思っています。それこそ……〝かつてない規模の襲撃〟に、貴方が対応しているあいだに……ネ……♡」

 

「…………おやかた、さま……? 襲撃……って……?」

 

「くす……くすくすっ……♪ イサリビは今、本気で殲滅しようとしている襲撃に見舞われようとしているんですよ。『貴女がこうして足を引っ張ったせいで』、リュウオウ様は大事な準備時間を浪費させられているんです♪」

 

「………………お屋形様ッ!! 私のこ――むぐうううっ!?」

 

 マルテーサは私の乳房を揉み、先端をつまみ上げながら、お屋形様に使命を思い出させようとした口を封じました。

 

「んーっ……んーっ……!!」

 

「さあ、リュウオウ様。どっちを選ぶんですか? 大切ないろはちゃんが辱められないように、私と死闘を尽くしてイサリビを滅ぼされるか――この子の純心を、リュウゼンのために見捨てるか」

 

「……ぐ、ぅううううっ……!! マルテーサ……貴様ァッ……!!!!」

 

「おや、ヤる気ですか? 言っておきますけれど、わたくし、武闘派でこそありませんが……長期戦ならそれなりにできますよ? それこそ、貴方が相手だったとしても……いろはちゃんを凌辱しながら時間稼ぎをすることができますね♪」

 

「……………………風真……!! おれは……おれは……!!」

 

「ウフフっ……『二兎を追う者は一兎をも得ず』――キョウには便利な言葉がたくさんありますねぇ♪ 選べるうさぎちゃんは一匹だけ……ああっ♡早くしないとォ……イサリビのみんなが消し炭になっちゃう~ッ……♡」

 

 私の頭にうりうりと頬ずりをするマルテーサは腰をくねらせ、涎をすすりながら、お屋形様に勝ち誇った顔を見せていました。

 

 震える手で太刀を握ったまま動けずにいたお屋形様は……何度も憎らしげに地面を蹴りつけ……くしゃくしゃになった顔で、私の目を見て――。

 

 

 

「…………すまない……! すまない…………風真ぁ…………!!」

 

 

 

 ――『マルテーサは私の命を奪わない』。『襲撃はイサリビの人間を根絶やしにする』。

 

 そのことを合理的に判断したお屋形様は……辱められている私を見捨て、風に乗ってイサリビへと戻りました。

 

「…………ふぐ……ぅっ……うっ……うううううっ……!!」

 

 お屋形様の判断は正しかった――頭では、そうわかっていたはずなのに。私は涙を堪えきれず、嗚咽を漏らしてしまいました。

 

 口を封じられていた私の願いを聞いてくれたわけではありません。お屋形様が、〝イサリビの信徒全員〟と〝私〟を天秤にかけて……私を、選んで……くれなかった……それだけでした……。

 

 ……でも……私は、信じていた神に……こんなにも苦しい思いをして、使命を果たそうとしていた竜禪に……全てに、裏切られたような気分だったのです。

 

 かつて、神や信仰の意味もよくわからないまま、なあなあで竜禪に触れてきたこと……そして、お屋形様が与えてくれた使命に疑念を抱いたこと……私の罪全てに、罰が与えられたのでしょう……そう思わなければ、納得できないほどに苦しい時間でした。

 

「アハッ……アひゃハハハハハははハハッ!!!! なにこれ、悲惨すぎ~ッ♪ ぷふっ……いろはちゃんがかわいそう……! こんなに……くくくっ……こんなにっ、頑張って……アハハハハハハハハッ!!」

 

「う、ううっ……ぐすっ……私は……何のために……こんな……! ううッ……ぁあああああああっ……!!」

 

「おーよしよし、かわいそうだね~♡ 頑張ったね~♡ もういいのよ……〝最期の仕事〟さえしてくれれば、もう何もしなくていいからね~♡」

 

「……ぐすっ……う、うっ……さいごの、しごと……?」

 

「うん。『貴女が歩けなくさせて』、『奴隷みたいに縛っている』レオたんの脚……それを治す〝神酒〟を、貴女のカラダで作るのよ♪」

 

「………………え……?」

 

「…………あ?『知らない』なんて言わせねえぞ。今のレオたんは歩けない身体にされてんだからな……全部、ぜーんぶ!ぜぇえええんぶッ!! 『お前のせい』だからっ♡」

 

「――――――」

 

 どん底だと思っていた場所から、さらに深い場所へ突き落とされた私は……肩と視線を落とし、力なく敗北を受け入れました。

 

 私は、もう、誰にも必要とされていませんでした。竜禪にも、お屋形様にも……武士たちにも……誰にも存在を求められず……他人の生活を害する、ただの〝わがままな罪人〟だったと、認めざるを得ませんでした。

 

「…………でも、そんな貴女を赦します。わたくしたちは全てを赦します。罪深すぎて、ウルヴで一生娼婦として働いても雪げない大罪人でも……『生きててえらい』と慰め、生きる命の尊さを教え込むのです」

 

 マルテーサは涙をこぼす私の頭を、その豊満な胸元に強く押し付け、全てを受け止めるように抱き締め続けます。犯した罪を雪がず――まるっきりに慈愛を与えて、牢屋の中に閉じ込めるように。

 

「よし、よし、よし。生きててえらい。生きててえらい。生きてて、えらい――」 

 

 とん。とん。とん。愛しい律動で肩を叩かれ、柔らかな温もりで包まれ……思考の隅々まで、その毒が浸透していくのがわかります。

 

 

 

「――『死んだ方がよかった』って、一生思わせ続けてア・ゲ・ル……んー、まっ……♡」

 

 

 

 耳元で唇を弾く音が聞こえた瞬間、その甘美な破裂音が、頭の中で反響し――ぼわん、ぼわん、と私の理性が金槌で叩かれているようでした。

 

「あ…………あ、ぇ…………ぇ…………へ…………え…………」

 

 その苦痛はやがて快楽に変わり、お屋形様に愛されているときのような多幸感が膨らんでいって……じゅわ、じゅわ、じゅわ、と私の脳が少しずつ破壊されていきました。

 

 ――『生きててえらい』。こんな苦労をしなくても……こうして褒めてくれる人がいる……どうしようもない私にも、味方がいてくれる……その温もりは、まるで昼下がりの日差しのように私を包んでくれました。

 

「ウフフっ……♡ そのオナニーを覚えたお猿さんみたいな下品すぎるアヘ顔も可愛らしいですよ♡ 無様で救いようのない本性も……わたくしが全てを愛してさしあげますワ……♡」

 

 混濁する意識の中で――温かい泥水に潜っていたような五感の中で――きらり、と何かが閃いたように見えました。

 

 それは、私が信じた〝武士〟の正しさだった――無意識に近い感覚の中で、そのように感じたことを覚えています。

 

「……ッ……なんだ!?」

 

 マルテーサは私の頭を抱いたまま身を捩り、飛来したものを拳で叩き落としました。

 

 容赦のない一撃が見舞われ、マルテーサに飛び掛かった〝何か〟がぼんぼんと地面を転がり……地面に武器を突き刺し、その場に堪えます。

 

「………………ぽこ、べぇ……?」

 

「あぁ、つい手が出ちゃったんだワ……。この子にいつもくっついてるタヌキちゃん……ご主人様を守ろうとしたの? なんて健気な子なのかしら……♡」

 

 ぽこべぇはふらふらとしながら立ち上がり、アマネ殿から貰った小刀をしかと握って……ぽてぽてと走って、マルテーサに襲い掛かりました。

 

 しかし……その体躯と膂力には雲泥の差があり……マルテーサの片手で頭を押さえられ、ぽこべぇは両手をぐるぐると振り回すことしかできていませんでした。

 

「やだぁ~っ♡なにこれ!かわいい~っ♡ 写真で見るより何千倍も愛おしいんですけどォ!!♡ あたし、これ欲しくなっちゃう!!♡」

 

「……ぽこ……べぇ…………どうして……」

 

 マルテーサに軽くあしらわれて馬鹿にされても、ぽこべぇは……私のために全力を尽くしてくれていました。頭を掴む手を払い除け、マルテーサの頭に飛びつき、くすんだ赤髪を握って無茶苦茶に引っ張ります。

 

「いだだだっ! この、ケダモノがっ……アイドルの顔に、プニプニした汚いモノくっつけんなッ……!!」

 

 額に青筋を浮かべたマルテーサは、ぽこべぇの攻撃をものともせずに毛で覆われたお尻を掴み、地面に向かって投げ付けました。

 

 べしゃり、と嫌な音を立てて顔を打ったぽこべぇは……傷だらけの身体を起こし、涙をぼろぼろとこぼしながら、マルテーサに立ち向かいます。

 

 ――マルテーサの話を聞くだけでなく、私の所業をずっと傍で見てきたはずの彼は……私が救えない罪人だとわかっていても助けようとしました。敵わないとわかっていても、諦めませんでした。

 

「…………ぽこべぇ……っ……!」

 

 ……そのまっすぐに貫かれる〝意志〟は……ぐずぐずに折れた私の心に広がる闇に、熱い〝何か〟を灯してくれました。

 

 大切な宝刀を失くしてしまって。武士として生きることにも迷ってしまって。〝正しさ〟がどこにあるのかもわからなくなってしまって。

 

 ……それでも、私の心の中には……簡単に捨ててはいけないものがありました。再興した信仰や此の地を守る重責――私の重たい身体を衝き動かす義務感とは別の……〝大切なもの〟が……。

 

「ほぉら♡ もう頑張らなくていいから、こっちへおいでぇ♡ キミは毎晩、あたしのベッドで……死ぬまでかわいがってあげるからァ……フフ……ウフフフフ……♡」

 

 マルテーサがぽこべぇに手を伸ばしたとき――その背中から、どす黒いもやが溢れ出しました。

 

 奈落谷に立ち込めていた瘴気よりも深くて濃い黒霧の中には、腐った肉がこびりついた巨大な骸骨が浮かんでいました――その両目に嵌め込まれた異色の宝石がぎらりと妖しく輝いて、人の大きさほどもある両手がぽこべぇに向かいました。

 

 ――『ぽこべぇの身体では、この女の〝寵愛〟に耐えられない』。私の本能が激しく警鐘を鳴らしていました。

 

「ぽこべぇ……逃げて……!! はやく……貴方だけでも……!!」

 

 活力をわずかに取り戻した私の叫びに、ぽこべぇは肩で息を切らしながら、その場で踏ん張っていました。

 

 勇敢な意思を見せつつも、根本的に臆病な彼は……逃げたい気持ちを、最初からずっと抱えていたはずなのです。それを押し殺して、私のために戦おうとしてくれた……そんな、立派なおともを――〝武士〟を道連れにするわけにはいきませんでした。

 

「マルテーサは〝人〟を殺さない……だから、私……がんばる……! 頑張って、頑張って……生きるから…………ぽこべぇも……生きて……ッ……!!」

 

 私を涙目で見ていたぽこべぇは、わなわなと肩を震わせて、己の無力を嘆くように拳を握り締めて……迫るマルテーサに背を見せ、その場を立ち去りました。

 

 ……残されたのは……全てに勝ったマルテーサと……全てに負け、独りになった……私だけでした。

 

「アハハハッ!!アッハハハハッ……!! 嫌われちゃった!捨てられちゃった! 傍若無人な振る舞いで、みんなに見放されちゃった! 罪人の最期って悲惨ですね~っ♡ 武士の人生って……ホンットに……虚無ですね♡」

 

「……ぐうっ……! ううっ……ぅううううっ……!!」

 

「それじゃ、楽しい楽しい〝改宗〟のお時間で~す♡ 一名様、ごあんな~い♡」

 

 マルテーサは右目を黄金色に輝かせ、強い光を発しました。その眩さに目を潰され――私は、意識を失ってしまいました。

 

 

 

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