「脈拍、血圧、脳波……全て異常なし。武士殿のバイタル、安定領域に入りました」
「よし……お前ら、ちょっと向こう見てな」
「アイ、マム!」
ゴロゴロとタイヤの唸り声が鳴り響くトラックのコンテナ内にて。積載した可動型の医療装置が命の電子音を紡ぐ中で……女性団員が後ろを支える車椅子に乗ったレオーニオは、医療用ベッドに四肢を縛りつけているいろはの腹から下を裸にさせ、股を開かせた。
マルテーサに辱められたいろはの肢体――特に下半身は酷い有様だった。両大腿部にはおびただしい数の正の字が縦に並ぶように焼き付いており、尻の表面から膝裏近く――衣服で隠せない場所まで屈辱の印が刻まれていた。
(奪還から二時間弱か……マル先輩の睡眠時間の短さを考えると、これ以上悠長にはしていられない。集中治療をしても意識は戻らないままだが……数値的には、そろそろ快復を期待できるはずだ……)
キョウに据えられた主柱のあかし――〝八武の紋〟のさらに下で咲いている秘部の花びら。女の子の大切な部分を強調するように浮かぶ悪魔の淫紋がぼんやりと光る中で、無意識にひくついている膣口が粘液を吐き続けている。
「やっぱり、収まらないか……! あのオバサン、本気で呪いをかけやがって……! これじゃあ……普通に暮らすこともできないぞ……!!」
レオーニオは頭をガリガリと掻きむしって、極度の興奮状態が維持されてしまう――獣でいう発情期に苛まれる秘部を触診する。
陰唇に少し触れただけでも腰全体がびくびくと跳ねてしまい……包皮が戻らないほどに肥大し、ずる剥けた陰核の表面を撫でただけで、いろはは獣のような唸り声をあげて絶頂に達してしまった。
「れ、レオン様……また、脚に正の字が増えて…………なんて、ひどい……っ……!!」
『もし、自分がその屈辱を味わったら』ということを考えたのだろう――一般人の感覚を失っていない女性団員が、口を押さえて言葉を失った。
「ッ……意識が戻ってないのは、むしろラッキーなのか……? 冗談じゃねえぞ……くそっ……!!」
強制的に性的な衝動を呼び起こしながら、絶頂を迎えるたびに屈辱的な焼き印を増やしていく――マルテーサによる、無情でありながらも〝敵女性の命を残しながら無力化する最も効率の良い方法〟にレオーニオが歯噛みする。
「うー……うー……っ……♡ ううっ……ん゛ぅうううーっ……!!♡」
「あー、ごめん……ごめんなぁ……! でも、ずっとイキっぱなしの方がつらいからな……! ちょっとチクッとするから、痛いの我慢しような……!」
顔を苦しそうに歪めた修道女は、性欲の泥沼に溺れた敗者の腰を固めて、性欲で暴走した成人男性用の強い鎮静薬を勃起の根元に注射する。
すると、激痛すらも鋭い快感に変えられた女体が無意識に唸りを上げて痙攣を始める。ガクンガクンと跳ね回って恥液を飛び散らさせ、再び焼き印の数を増やしてから……ぐったりと脱力し、秘部からごぷごぷと白濁した粘液をこぼし始めた。
「絶倫の性豪がEDになるほどのクスリだからな……これで、強い刺激でも与えない限りは大丈夫だ……」
「レオン様……また、その……いろは殿の秘部から、甘いニオイの汁が出ています……。普通の体液とは異なるようですが……これは……?」
「……おい! ハートスナッチ号の牢屋から奪ってきた、大事そうに溜められていたあの白い液体……アレの成分の分析、まだ終わらないのか!?」
「は、ハッ!もう少しで完了します! 暫定的な結果ですが、体細胞の再生能力を超えた未知の治療効果があるようで……『幻想的』とも言える、素晴らしい薬効があることは間違いなさそうですが……同時に、何らかの毒性も検知されておりまして……!」
「幻想的……薬効と毒性を併せ持つ……ソウリョクの代物か……? やっぱり、いろはちゃんの紋……〝薬〟の字が光ってるのと深い関係があるんだろうが……さすがに、いろはちゃんの身体でバクチは張れないし……今、あたしの命を毒に侵させるわけにも……」
厳しい凍傷で壊死寸前まで傷ついており、『レオーニオの脚と同じように、ソルドナーレの医療技術では完治できない』と判断されたいろはの両手。感染症防止と痛み止めの薬液で浸し、包帯で隠すことしかできなかった〝無念〟を見やりながら……レオーニオは前髪を握り潰し、深いため息をつく。
コンテナの隅に置かれた小さなベッドでは、道案内をしながらレオーニオに知っている情報を全て託したぽこべぇが、体力と気力の限界を越えたように意識を失っていた。現在進行形で治療を続けているが、しばらくは絶対安静の身だ。
ぽこべぇもそうだが、強い責任感を持っていたいろはですらも〝信仰〟や〝武士〟――そして、自分たちの使命の正しさについて疑念を持ち始めているようだった。信心が力の根幹を担うキョウの地では、その揺らぎが生む影響はとても大きなものになる。ちょうど、イサリビ付近の海上で苦戦を強いられ続けている守護者のように。
――『満身創痍』。『再起不能』。もはや、そう表現するしかないほどに……イサリビの希望と竜禪は、深く、致命的に傷ついてしまっていた。
「……レオン様。そろそろ目的地に着きますが……どうします?」
「……どうするもこうするもないだろ……道は他にない、予定どおりに作戦を決行するぞ!」
レオーニオはいろはの衣服を整えてから、わずかに震えた頬をパンパンと打ち鳴らして、団員たちにまっすぐな目を向ける。
「……お前ら!いろはちゃんに貰った〝猶予〟が終わろうとしている……でも……この数ヶ月、あたしは幸せだった!文字どおりの余生を味わえたんだ!!」
「…………れ、レオン様……!」
「さあ、胸いっぱいに〝悪〟を張る時間だ――お前らは――」
「――『命あっての物種だ』、『生きて帰ることだけ考えろ』……ですよね!レオン様!!」
「武士殿のことは……後は、お任せください……! 俺たちの〝命〟を救ってもらった恩義は、俺たちが必ず返しますから……!」
「……ぐすっ……う、うっ……! 我ら一同……貴女の命令を、最期まで守ります……!!」
「…………ぐすん……おう……。地獄の底でも、ずっと……お前らを愛してるからな……へへ……っ……♪」
いろはの瞼がぴくりと動いたとき、団員たちは目に溜まった涙を振り払って顔を引き締め、何事もなかったかのように仕事に戻った。
レオーニオはとても柔らかな表情で、明らかな疲れが滲んでいるいろはの寝顔を、むに、むに、とかわいがる。
「………………いろはちゃん……本当に、ありがとな。アンタの苦しみを……あたしが、少しだけ……晴らしてあげるから――」
……………………。
「……う……う、ぅ……?」
……泥にまとわりつかれているような、深くてしつこい眠気の海底から、のっぷり、のっぷりと……私の意識が、少しずつ海面に近づいていきました。
ごろん、ごろん、ごろろろろ。どこかで聞いたことがある地鳴りがお腹に響くなかで……私は、なんとなく、動かされ続けているような気がしました。
身体中に蔓延る倦怠感と、皮膚の内側をびりびりと駆け抜けるむず痒さが、二度寝を求める私の心を蝕みます。
「おっ、ようやくお目覚めかい?」
「んっ……この、声……レオーニオ……?」
私は聞き覚えのある声に引かれて、身体を起こそうとしましたが……四肢が関節で固められており、ぴくりとも動かせませんでした。
「……あ、れ……? 私……どうして……? ここは……?」
「もしかして、覚えてない? ここはキョウの真ん中辺りかな……アンタはね、ついさっきまで……マル先輩にたっぷりとおま×こを可愛がられてたんだよ♡」
「……そう、だっけ……おまん……ッ……!?」
耳元で卑猥なことを囁いてきたレオーニオは、くすくすと笑って……私の下腹部に手を乗せました。すり、すりと……寒気がするほどに性的な動きで、私の子袋を間接的に撫でてきました。
その愛撫が、敗者になった私の立場と、頭と心を焼いた快感の奔流を思い出させました。マルテーサによる無慈悲な凌辱が、私の心身を快感で支配し……大切なものをへし折ったことまで、鮮明に。
「…………わ、たし……マルテーサに……負けて……それで……それで……!」
「そうそう。この話まで聞いてるかはわからんけども……今、アンタはブスジマ様のオナホール……性処理道具として〝出荷〟されているところなんだよ。あたしが、マル先輩からバトンタッチされたってわけ」
「……え……? なんで……レオーニオ……!? うそだ……嘘、だよね……? あは……は……レオーニオが、そんなこと……するわけが……!」
「…………マジでおめでたいヤツだな、アンタって。『あたしがイサリビに居ない』って時点で、状況が変わったってわかるだろ?」
「……ッ……イサリビの外に……? りゅ……〝竜隷の印〟は……? お、お屋形様は……どうしたの……?」
「……ハハッ……そんなもん〝捕虜〟に教えるわけねーだろ、ばーか。アンタの〝甘さ〟が招いた結果だからさ、悪く思わんでくれよな♪」
ぼやけっぱなしで、ようやく像を結び始めた間抜けな目に映ったのは……自由の身になったレオーニオの、勝ち誇った顔だけでした。
私はすんすんと鼻を鳴らして、無様な涙目で呻きながら、四肢の拘束具を引き千切ろうと身体に力を込めました――が、ソウリョクも枯渇し、刀も失った身体での抵抗など……レオーニオの高笑いを生むばかりでした。
「はー、おもろ。イイ気味だわ~♪ それじゃ、あたしもアンタをイかせまくって、復讐をするのも――」
ぺろりと舌なめずりをしたレオーニオが、私の股に手を伸ばそうとしたとき――ききい!とけたたましい音とともに、鉄の檻全体が揺れました。
レオーニオは、座っていた椅子のような乗り物から大きく放り出されて、壁に頭を強く打ち付けました。
「いっ、てぇええ……!! なんだ……!? どうして急ブレーキを踏んだ!?」
『も、申し訳ありません……! 突然、ハザマの地の民が道を塞ぎまして……【食料をよこせ】、【金品を分け与えろ】と喚いております……!』
「ああん!? ウェニ先輩の配給車と間違えてんのか……なんで車両の違いもわからんのかね、キョウの人は……! 全然違う車だろうが!」
『そ、それを俺に言われても……!それで……ど、どうします……!? このままでは、予定の場所にも……』
「……チッ……! あたしが説明すっから、お前たちはいろはちゃ――肉オナホのこと、ちゃんと見とけ!」
「は、はい……!」
レオーニオは、女性団員の肩を借りて椅子型の機械に乗り、鉄の扉の外に出ていこうとしました。
彼女の部下たちが、ごと、ごと、と足音を立てて私に近づいているのがわかりました――反射的に逃げようとしたとき、先ほどの大きな衝撃で、私を拘束していた紐が緩んでいることに気づきました。
「…………ッ……!!」
――『好機は今しかない』。そう思ったときには――まだ使命感を失っていない身体が拘束を振り払い、光の差す道へ目指していました。
「あっ――武士殿がッ!?」
「ッ――いろはちゃん!? お前ら何やってんだよ!?」
「す、すみませ――うわぁッ!? 民たちが、押し寄せて……コンテナに……!!」
「……ッ――!! いろはちゃん!待て――待ってくれ!! 一人で行くのはダメだ――いろはちゃ――――」
獲物を取り逃した獅子が何かを叫んでいましたが、クルマを取り囲む民たちの喧噪で何も聞き取れませんでした。私はそんな雑音に見向きもせず、裸足で地べたを駆け抜けていきました。
「はぁっ……はぁっ……! 逃げないと……逃げなきゃ……何もかもが、無駄になっちゃう……!」
……まるで……『これまでの行いに無駄なんかなかった』と、自分に言い聞かせるように。私はソウリョクの補助を失った身体で、ずきずきと痛む両手を振り、やけに緩んでいた着物をはためかせて逃走しました。
――足裏が痛い。身体中がうまく動かない。秘部が擦れて走りづらい。身体がさまざまな理由をつけて休みたがったのですが、ここでまた捕まってしまったら、二度とあのような好機は訪れないとわかっていました。私はひたすらに、どこか懐かしい香りがする風を切っていきました。
大きなクルマが走りやすそうな広い街道から外れて、放置された田畑の脇道を渡り、果樹の朽ち木が立ち並ぶ荒地を抜けて――『予想したとおりに』、いくつかの廃れた民家が立ち並ぶ集落に到着しました。
(はざまの地に住む人は、怖いけど……ここで、匿ってもらうしかない……。きっと、良い人もいるはず…………お願い……!)
呼吸を乱した私は、恐るおそる、民家の腐った戸を叩こうとしました――そのとき、突然横から身体を突き飛ばされ、尻もちを打ってしまいました。
「きゃっ……!? いっ、たぁい……!!」
「もう俺の家に盗むモンなんかねえぞ、この泥棒女が!! 何度も何度も手癖を悪くして……よたい家だと思って舐め腐りおって!!」
私の真横に立っていた人は、わなわなと身体を震わせて、憎しげに顔を歪ませていました。
……その顔は……どこか、見覚えがあるような気もしたのですが……明らかに怒りを滲ませた表情を見上げているのに、それどころではありませんでした。
「ち、違います……! 私は、ただ……助けを求めたくて……!!」
「何をごちゃごちゃ言うとるか!一足の草鞋も買えねえつぼあしが! そん身体で全部返せや!!」
「ひ、いっ……!? い、いやっ……やだ……やめてっ――きゃあああっ……!?」
垢や体液で汚れた衣服に身を包んだ男――その家の家主が、私の着物に手を掛け、股を開かせようとしました。そして、内腿に刻まれた正の字の焼き印を見て……にやりと醜く笑います。
「へへ……!おめえ、どっかで見た顔だと思っとったが……使ったことがある肉便器だったかあ! どこのやっすい売春宿で働いてたんだ?んん?」
「ッ……肉便器などと、愚弄するなッ……!! 私は、武士だ……! 身売りなんて、一度もしていない……!」
「がははは!女の武士だと!『やっぱり』な! お高くとまった奴らが、太陽志士だの春売りだのと勝手に落ちぶれていきよる――こいつは傑作だ!」
初老の髭男はげらげらと下品に笑って、私の股座に手を突っ込みました。そして、着物の下で秘部を隠していた肌着を引き抜き……恥ずかしい銀色の糸が引いた、べっとりと蜜に濡れた布地をお天道様に見せてしまいました。
「うひひひ!この淫売が!もうべちゃべちゃにほとを濡らしてんのか! よく日中に恥ずかしげもなく歩けるよなあ!」
「く、うっ……!? そ、それは……走っていて、勝手に……う、うっ……!」
「走るだけで濡れる淫乱がいこに居る! ほとも使い込まれてばっちそうだが仕方ねえや、ちょいとかじってから種付けするわ!」
「――やめ、ろッ……ッ――うわああああああああああッ!!」
私は全身から力を絞り出し、陰茎を出そうとした男を突き飛ばしました。そのまま肌着も取り返さず、衣服の乱れも直さずに危険な場所から逃げ出して……集落に住まう人々から好奇と助平な目を向けられながら、恥も外聞もなく、往来を駆け抜けました。
何人もの人と出会ったのに……誰かの助けを得られそうな気配は、まったくありませんでした。国とは違い、はざまの地では自分の力で生きていくのが当たり前なので『それも仕方ないことだ』と、頭ではわかっていたつもりでした。
それでも……私の心の中では孤独感と喪失感が大きさを増していき、耐えがたい寒さが身体を震えさせ始めていました。
……………………。
「ぜえっ……ぜ、えっ……! こ、ここまで、来れば……はぁっ……はぁっ……!!」
クルマから脱出して、三〇分近くが経ったでしょうか。絶え間ない全力疾走を続けて、逃げ込んだ林道に傾斜がつき始めた頃……体力が底を突いた私は、とうとう走ることができなくなって、よたよたと歩いてしまいました。
どこか見覚えがある林道には『思ったとおり』に人の気配がなく、竹林が生い茂って視界を悪くしている山道がありました。何かを考える余裕などなかったはずでしたが、その道選びは無意識に最適解を引き続けており――人目を避ける逃走に成功していました。
私はこぼれていた乳房を手で隠しながら、『この先にあるはずの庭園』を目指して歩きました。小石で切れた足裏の痛みは激しくなる一方でしたが……なぜか、その苦痛と響き合うように、股座の内側が甘く疼いて……腿に、粘度の高い蜜が垂れてしまいました。
「は、ぁっ……はぁっ……♡ んっ……ん、んっ……♡ なんで、私……くうっ……ぅんっ……♡」
ぐちゅぐちゅと秘部が潤んで、じくじくと疼く秘芽が外気に触れるだけで疼いて……私は頭の内側を、欲望にくすぐられているようでした。
茹だった頭で、視界を桃色に染めながら、はしたない蜜の跡を等間隔に垂らして……記憶にあるとおりに広がっていた庭園に辿り着きました。
――『此処なら誰にも見つからない』。そう理解していた身体が、どくん、と強い渇望を訴えて……じゅわじゅわと、欲求が頭を侵していきました。
「あっ……あっ……♡ も、もう、だめっ……がまん、できないっ……!!♡ お願い……誰も、来ないで……♡ あっ……あぁああっ……♡」
全力疾走の息切れとは異なる理由で呼吸を乱した私は、太くて立派な樹に背を預けながら、衛生面のことや後先のことなどを考えずに手を股に突っ込み……自分を慰めることに没頭してしまいました。
「あっ♡あーっ♡とまらないっ……手も、気持ちいいのも、止まらないっ……!♡ずっと、止まらないよぉっ……!♡」
包帯で上手く動かない手指をそのまま突き入れて、そのでこぼこで性感帯を掻きむしり……もう片方の手で、疼いて、疼いて、押し潰したくて仕方がない陰核をぷりぷりと弄り倒しました。
「くひーっ……ふひーっ……♡ひぃっ……あっ♡あっ♡またキたっ――ぁああんっ……!!♡」
ばちん、と走り抜けた待望の快感で、刹那に頭が真っ白になってしまった私は……突き出した腰を淫らに振り乱し、あちこちにお汁を飛ばしながら、何度も、何度も果ててしまいました。
周囲に人目や耳がないのを良いことに、私は何も考えずに体力が尽きるまで自慰に耽り……いつの間にか、何度目かの大きい絶頂を迎えたと同時に気を失ってしまったようでした。
日が沈みかけた頃、カラスの鳴き声を聞きながら……私は、汗と汁まみれになった草の上で目を醒まし、ぼんやりとしたまま重たい身体を起こそうとして、つい……怪我をしていることを忘れて、手を突いてしまいました。
「……う、う…………あっ……!?」
しかし――予想していた激痛は、いつまで経っても走りませんでした。むしろ、手は力強く地面に突っ張り、何事もなかったかのように土を掴もうとしていました。
「……あ、れ……? 私の手……あんなに、ぼろぼろだったのに……」
私が手を何度も握ってから、恐るおそる、甘酸っぱい臭いで染まった包帯をほどくと……そこでは、腐りかけていたはずの両手がすっかり治っていたのです。
「……もしかして……これが、マルテーサの言っていた……〝万能薬〟の効果なの……?」
むらむらと全身を撫で回す性欲を我慢できず、我を忘れて屋外で痴態を晒したことが事態を好転させるとは思ってもみませんでしたが……偽の霊水では治らなかった手が、信仰の力で奇跡のように治ったことは……私の心に、新たな光を与えてくれたような気がしました。
胸に宿った光で視界が少し広がり、心身を支配していた欲望がある程度発散されたおかげか……私の思考と羞恥心がようやく正常に機能し始めました。衣服からこぼれていた乳房を戻し、べちゃべちゃに濡れた股を拭くために池に近づき……湖面に映した自分の姿を見ます。
「…………売春婦に見られて、当然かも……。私……ほんとに……あは、は……武士なのかなぁ……?」
ぼさぼさに乱れた髪。快感で泣き腫らした目。絶頂の余韻が残る紅潮した頬――そこに刻まれた、股や尻とおそろいの正の字。それらは、私が思い浮かべる〝武士〟とはかけ離れたものでした。
『太陽志士と同じ』――マルテーサに言われたことを事実として受け入れようとしたとき、夕風が池畔の水仙の葉をさらりと揺らして――私に、あることに気づかせてくれました。
「…………この庭園……この、池……って……」
しゃにむに逃げていたはずの私が『最初から目指していた』ように辿り着いたその場所――池と朽ちた赤い橋がある小さな庭園が、夜に近づいていくにつれて――見覚えのある光景と重なり始めたのです。
竹林に鎖された庭園……池の砂地に架かる赤い橋と、水仙が咲き誇るほとり――私の心の中に広がる、どこかで見たことがあるような、ないような――曖昧な存在であった〝常夜の庭〟に似ています。それは、私の原風景とも言うべき〝自然と思い浮かべる自分だけの場所〟だったのです。
「ここ……嫌なことがあったときとか、いたずらがバレたときに逃げてきて……おばあ様にすぐ見つかっちゃっていた場所に……そっくりだ……」
その気づきが――〝常夜の園〟と庭園が生む既視感を皮切りに……私が逃げてきた道の中で、いくつもの〝今〟と〝記憶〟が交互に浮かび上がります――それらの〝変化〟をつぶさに報せていきました。
「……あの道も……あの男の人も……全部、知ってる……。虫取りに行った道に……お屋敷にお野菜を運んでくれていた……優しい、おじさん…………うっ……うっ……」
くらくらと揺れ始めた頭を押さえた私は、庭園を囲っている育ちすぎた竹林を抜けて――『見晴らしがいい』と知っていた場所に立ちました。
「…………うそだ……」
眼下に広がるのは、見慣れたはずの景色――ではなく、その〝変わり果てた姿〟でした。
天井が抜けた食糧庫に、荒らされた墓地や礼拝所……誰も手入れをしなくなった農地には灰と骨が適当に積まれ、最も大きかった武家屋敷は石垣と燃え残りのかすだけが残されていました。その代わりに、〝女〟や〝賭場〟と書かれた大看板がぽつん、ぽつんと見えています。
壊れた秩序。蹂躙された規律。そして――回帰してしまった、信仰や道徳の手が及ばない〝自然〟で人間らしい色合い。
その風景は――何年経っても色褪せることがなかった思い出と……ぴったりと重なってしまいました。
「…………うそだ……こんなの……ああああああああああああああああああああッ……!!」
私の心が、強く否定していたがっていたというのに――私の頭が、逃れられない事実から目を背けさせてくれなかったのです。
私の切なる慟哭を、黄昏色に染まる空へとさらった一陣の風は……とても清くて、美しくて――かつて、その国を治めていた武家の名を示しているかのようでした。
【第一五話 帰郷】