かつてあったはずの厳かな栄華とのどかな安穏。草花の豊かな香りが吹き抜け、人々の暮らしと折り重なって奏でられていた日常。
幻想的な砂の城が、大嵐に吹かれたように――『そこには最初から何もなかった』と言わんばかりに、空虚な黄昏だけが眼下に広がっていました。
私はその現実が受け入れられずに、何度か後ずさって……へたり、と腰を崩れ落としてしまいました。
そのわずかな衝撃で、お腹の中で眠っていた何かが目覚めて――どくん、と私の身体を熱く脈動させました。
「うっ……!? あ、ぁっ……ま、た……っ……♡ や、だ……もう、嫌ぁっ……!!♡」
じゅわじゅわじゅわ、と荊の蔓のように神経の内側を這い回る快感が、私の理性を蝕んでいくのがわかりました。
下腹部が耐えがたい甘美な疼きに苛まれ、光の模様に囲われた秘部が淫猥にひくついて……とろり、とろり、とはしたない蜜が溢れ出し……私の視界が桃色に染まって、どんどん、狭まっていきます。
「はぁっ……はぁっ……♡ か、かゆい……お股が……おま×こが、ぁああっ……♡ て、手が、勝手に動いて……っ……あっ――あんっ……!!♡」
私の全てを支配した欲望が、大怪我が治って自由を取り戻したはずの手を淫らに動かし……ねっとりとした露で濡れたままの秘部を撫で、陰核をぴんと弾きます。
「う゛ぉおほぉおおっ……!?♡」だなんて……武士らしさの欠片もない、発情期のケダモノのような声を上げ――びちゃびちゃと溢れた恥ずかしい飛沫で、慎ましく育つ草花を穢しながら、私は快楽の底なし沼に呑まれていきました。
切れる息。垂れる体液。かすみがかっていく頭。きゅんきゅんと痛痒い渇望を訴え、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、と激しく掻きむしられて悦ぶ肉壺。全身の官能が共鳴して、私の中にある理性を搾り出そうとしていました。
滴る蜜液の水音が遠くで弾け、どんどんこもって聴こえるようになり……川に潜っているような没入感の中で、体内を駆け巡る電流のような刺激に喘ぎを漏らしていきました。
「ひぃっ……ひぃっ……んひっ……♡ふひぃいっ……!!♡ あっ♡あ゛ぁあああっ……!!♡あひゃ、あひゃま、まっしろ……にっ……なるぅ……!!♡ ヤなこと、もっ……ぉおっ……♡ ぜんぶっ……ぜん、ぶっ……んふぅうううっ……!!♡」
何度目かわからない、天上の浮遊感に揺られながら……顔に焼き印が増えていく痛みにさらなる快感を憶えて……私は天地に向けてへこへこと腰を振りながら、障子を破るように快楽の限界を越え続けました。
夢の中に見ている景色のような、薄紅色のもやに包まれた故郷の夕暮れに、懐かしさや虚しさを感じるでもなく……私は……ひたすら股間を弄り回して、乳首をつねり上げて……目を濡らして、自慰に耽っていました。
……『自分で慰める』とは、よく言ったもので……私は、おびただしい快感の奔流で、頭や心に湧いた悲しみと虚無を洗い流していたのだと思います。
「あーっ♡あーっ♡ん、ぁあああんっ……!!♡ またキちゃうっ……すごいのっ――ぉおおおおっ……!?♡ クるっ♡あーっ♡キたっ――きゅっ――ぅひうううんッ!!♡」
堕ちた雌の身体は、がっくんがっくんと恥じらいもなく股間を跳ねさせ、あちこちに恥汁を飛ばして……快楽の飛沫に、原風景に哀愁を染める夕焼けの煌めきを乱反射させました。
そのまま、噴き出した汁の勢いに飛ばされたかのように……快楽に完敗した雌肉が地べたに背中をつけ、脚をがっぱりと拡げて……沈みゆくお天道様に、自分の一番恥ずかしいところを晒してしまいました。
「あ゛ー……♡あ、ぁ゛ああ……っ……♡ へ、ぁ……ぁあーっ……く、うっ……んっ……♡ イッ♡た、ぁっ……♡すっごい、キたぁ……♡ え、へっ……♡もう、いいや……これで……あは、はっ……♡」
強い倦怠感と満足感が生む余韻に痙攣しながら、私はようやく気づいたのです――たしかに、これは……〝幸せ〟だったということに。背徳感を覚えながら快楽に染まり、堕落していくことには、言いようもない多幸感が満ちていたのです。
マルテーサによって身体に刻み込まれた『快感』という名の幸福――使命感や道徳、宿命からの逃走は、とても心地がよくて……身軽な気持ちになれていました。
お外で、体液を漏らす秘部や勃起した乳首を丸出しにして……外気に触れさせて得られるそわりとした解放感は、全てをどうでもよくさせてくれました。
「んひぃっ……ひ、ぃっ……♡ しあ、わせ……♡みんな、こんなに……っ……♡ た、のひく、暮らしてっ……は、ぁあっ……ぁあ~っ……♡」
ぜえぜえと切れる苦しい呼吸に合わせて広がる快感の余韻は、私の身体を痙攣させ、失禁したように秘部から汁を漏らさせて……再び、快感の絶頂に連れ戻しました。
武士が守る規律や道徳の中では、こんなに恥ずかしいことはできませんし、快楽に染まることは許されません。ウェニキスやマルテーサ……レオーニオも、きっとこの多幸感を知っています……だからこそ、禁欲を善として統治を行う竜禪を、あんなにも敵視していたのでしょう。
自分の喉から漏れる、満足げにかすれた吐息……そして、早まった脈に呼応する痙攣は……たしかに〝命〟を強く感じさせてくれました。
「…………いろはちゃん……盛大にオナニーして、満足できた……?」
「んぁ……?♡ はぁっ……はぁっ……えひ……♡ れお、にお……っ……くひっ……♡ これ……おなにー、っていうのっ……?♡ きもち、いいね……♡ えへっ……んっ♡へぇっ……♡」
「ッ…………ああ……いろはちゃんが気持ちよかったなら、それでいいんだよ……」
意識を朦朧とさせ、だらしない顔を晒していた私を見下ろして……椅子のような機械から下りたレオーニオは、まったく嫌がらずに近寄り……その豊満な胸で、頭を抱き起こしてくれました。
「……そんな、目にハートを浮かべた顔は……アンタに似合わないから……あんまり、晒しちゃダメだぞ……」
「んっ……んっ……?♡ れおーにお……? あったかい……くすぐったい……んふっ……♡ レオーニオも……一緒に……えっち、する……?♡」
「……いろはちゃん……ちょっと、悪い夢を見てるみたいだからさ……もう少しだけ、眠ろっか……。なっ……そうしような……!」
「ん、ぐ…………む……ぃ……」
とつん、と私の首元に、何かが刺し込まれました。痛かったような、それが気持ちよかったような……あまり覚えていませんが……私の身体を支配していた熱欲が、氷水に漬けられたように冷え込んでいき……引き込まれた陶酔の中で、私は強制的に脱力させられました。
ねっとりと絡み付く熱にうなされていた感覚が、涼しい液体に洗い流されて、きれいになっていくのを感じながら……襲いかかるまどろみの中では、レオーニオの切羽詰まった声が、遠く、遠くに聞こえていました。
『これで朝までは意識をぶっ飛ばせる……呪いの淫紋が育ってるから、さっきより強い鎮静薬を出してくれ! もう一回陰核体部にブチ込むぞ!』
『で、ですが……それも、一時しのぎにしかならないのでは……!? 先ほどの様子では……もう、快楽の虜に……』
『いや……この子が〝強い心〟を持つことができれば、悪魔の呪いの力は格段に弱まるんだ……!! 悪魔は〝人の心の弱い部分〟を狙って呪いを刻むんだ……どんな誘惑にも負けない気持ちさえあれば…………』
ぼわん、ぼわん、と反響しながら聞こえてくる声には、レオーニオのまごころが宿っているように聞こえていました――やっぱり……私には、レオーニオが悪人だとは思えませんでした。
……………………。
……がたん。全身を揺らした衝撃に起こされ、私はゆるやかに意識を取り戻しました。
ずいぶんと長いあいだ眠っていたのか……いつもより、意識を搔き集めるのに時間がかかったように思います。
(……う……ぁ……? あれから……私……どうなったんだろ……?)
忘れたいことほど、鮮明に思い出せてしまうのは人間の性なのでしょうか。寝ぼけているはずの私の頭には、桃色に染まった故郷の景色に対してとんでもない粗相をした記憶がばっちりと残っていました。
(…………わ、私……なんて、はしたないことを……! う、うぅ……レオーニオにも、見られて……お嫁にいけない……)
平静を取り戻していたその時こそ、顔を手で覆いたくなるほどに『恥ずかしい』と思えましたが……抗えない性欲に取り憑かれていたときには、その欲求に従う以外には何も考えられなかったのです。
生娘のような情緒でげんなりとしていても、状況も過去も変わりません。私は諦めて、ゆっくりと目を開けましたが……いつまで経っても光が差し込みませんでした。
……この感覚には覚えがあったので、目隠しをされていたのだと察しました。それでも、目隠しを通して強い光の気配を感じるため……薬で眠らされていたあいだに、朝を迎えていたようでした。
朝日の温もりを感じるなかで、私は……自分の四肢が関節で固定されて、ぐらぐらと宙に浮いていたので……担架でどこかに運ばれているのだと、なんとなくわかりました。
(…………また、捕まったんだ……そりゃあ、そうだよね……。何やってんだろう……私……)
逃げたはいいものの、快楽に囚われ、自慰に……オナニーに耽ってしまい……レオーニオに再び捕まってしまったなどと、お笑い種でしかありません。その後、愚かな〝戦利品〟を運んでいた官軍の足が、突然止まったようですが……。
「……アンタ……昨日のオヤジか。突然あたしらの道を塞ぐたぁ……いったい、どういう了見だ?」
「ひひ……そこの肉便器さぁ、おめえらの店の商品なんかい? どの辺で春売りしてんだ?んん?」
その二つの声は、どちらも聞き覚えがありました。お社で、家族のように暮らしていたレオーニオと……風真家の屋敷に出入りしていた、優しかった農民のおじさんのものでした。
「……くだらないこと言ってねェで、さっさと退きな。あたしは急いでんだよ……今は、とにかく時間が惜しいんだ」
「おいおい、そう邪険にすんなよぉ。おめぇが『脚に正の字を書かれた女の子を探してる』って必死になって聞いてきたもんだからよ、たった中出し三発で情報をくれてやったろう? あんたのほとな、『昔と同じで』えらい気持ちよかったぞぉ」
「……チッ……余計なことを好き勝手に言いやがる……んで、それがどうしたんだ?全部終わった話だろ?」
「異教を広めるってんで〝精液便所〟に成り下がった孕み袋がよぉ、偉そうな口を聞くじゃねえの。儂は恩人よ。『逃げた商品を取り戻せた』っちゅう、おおきなさ、おおーきな恩がある。違う?」
「…………わーったよ……」
レオーニオの不機嫌な声に合わせて、ぼすん、と重たい音が響きました。わずかに、じゃりじゃりと金属同士が擦れる音も聞こえます。
「おっほ!銭がいっぱいだ! いやぁ、あんたもわかってるじゃない! また商品が逃げたら――いや、儂のたくましい男根が欲しくなったらいつでも買いにきな!へっへっへ!まいどありー!」
上機嫌な足音が、軽快な律動を刻んで去っていきました。それを見送っていただろうレオーニオの深いため息が、なんとも痛ましく響きます。
「…………くすん……みんな、ごめんな……。あたしのせいで、不快な想いをさせてさ……ばっちい女で、ごめん……ほんとに……嫌だったよな……?」
「れ、レオン様……そんなことないですよ……!」
「そうですよ!俺たちは、レオン様がいっつも真面目に〝お勤め〟をしているってわかってて、そのうえで慕っているんですから……そう、自分を悪く言わんでくださいよ」
「…………悪ィ……自虐って、触れづらいもんな……サイゴのサイゴまで……あたしは……」
「……レオン様が意外と弱気になってしまう人だということも、みんな、全部わかってますから……今は、前を向きましょう……ね?」
「…………うん……」
(…………レオーニオ……?)
男性と女性が入り交じっているらしい団員たちは、後ろ向きになって、涙ぐんでいるレオーニオの背中を押すように……再び行進を始めました。完全に意識を取り戻して、何とも言えない気分になった私は……一切身動きを取れず、眠ったふりをしたまま……ゆらゆらと運ばれていきます。
……しばらくの時間が経った頃……私を乗せた担架が地面に下ろされ、何故か目隠しと拘束が外されました。
「武士殿……お目覚めください。おやすみの時間は、そろそろ終わりですよ」
「……ん、え……?」
私はこれから、捕虜として雑な扱いを受けると思っていました……そんな寝耳に水を浴びせるかのように、女性の団員が私の身体を起こして立たせ、身だしなみを整えます。
崩れた着物を直され、風真家の羽織を着せられながら辺りを見回すと――下ろされたそこは、朽ちた石垣に囲われた広い敷地の中で……焼け落ちて炭になった何かの残骸と雑草が生い茂っている場所でした。
「…………ここ、は…………」
その、どこか見覚えがある風景が――昨日、私が見下ろしていたカフの国跡地の景色と相まって――点滅するように、記憶の中の風景と重なります。
「……やっぱり、わかるよな……カフの国を治めていた武家……風真家のお屋敷があった場所だよ」
「ッ……れ、レオーニオ……!」
私と向き合うように座って、神妙な面持ちを浮かべていたレオーニオが……突然、椅子型の機械から流れるように下りました。
その柔らかい仕草は、先日に感じた温かい表情や抱擁と同じで……言葉にしなくても伝わってしまう優しさが滲んでいるかのようでした。
「それじゃ、お前らは向こうに行っててくれ――達者でな」
「…………はい……!」
団員たちは震える手で何かを握り潰し、力強い敬礼をしてから、椅子型の機械と担架を運んでどこかに行ってしまいました。
風真家の跡地――宿命の地に残されたのは、立っている私と……私のせいで立つこともできなくなった、レオーニオだけでした。
彼女は、何も残っていない地面を触って……さらさらと、風に舞って、どこかへ消えてしまいそうな砂を手の平に乗せます。
「……この砂には……たぶん、風真家の人たちの遺骨も混ざってるんだよ。武家の者は全員打ち首にされて、ここに並べられて……晒されてたからな」
「…………え……? そんな……うそ、だよね……? そんなに非道なこと……国に暮らす人が、許すわけないもん……」
「……………………」
「…………れ、レオーニオ……ねえ……! 『嘘だ』って、言ってよ……ねえ……っ……!!」
「…………疑うなら、リュウオウ様に聞いてごらん。晒し首にされて、鳥に屍肉を啄まれた骸骨は……あの人も見ているはずだからさ」
「ッ……!! そんなの………………嘘だよ……! 信じたくない……信じられないよ……!」
「信じようが信じまいが、事実は変わらない。そして……それをけしかけたのは、他でもないあたしだ――あたしが、アンタの家族を穢して……命を、奪ったんだ……」
レオーニオは自嘲気味に笑って、手に乗せた砂を陽光に煌めかせるように、宙に滑らせていきます。その儚いばかりの小さな欠片にも、〝命〟の跡を見出しているかのようにして。
「……ッ……レオーニオの……そちらの教義では、〝命〟を大事にするんじゃなかったの……!? どうして……父上や母上……おばあ様……武家のみんなが、死ななければいけなかったの……!?」
私は今の状況を上手く呑み込めず、気持ちも、考えも整理できなくて……かつて、立場が違ったときにした問い掛けを繰り返しました。
しかし……レオーニオは、あの時と同じように……沈痛な面持ちで、わずかに歯噛みするばかりでした。
「…………さあな。ま、そんなこと……べつに知らなくてもいいと思うけどな」
「……『そんなこと』……? レオーニオ……それ……どういう、意味で言ってるの……!? なんだよ……『そんなこと』って……!!」
レオーニオの粗雑な物言いに、全てを奪われた私の頭がカッと燃え盛りました。その熱は心にまで延焼し、ぐつぐつと感情を煮たたせて、レオーニオに危険な敵意を向け始めました。
……その衝動は……かつて真実を知った、あの時と同じ……いえ……お屋形様に止められたときよりも激しく過熱されていました。
「…………いろ――〝風真ちゃん〟。この無秩序のさら地を、全てを失った大火の灰土を……無残に散って逝った〝家族〟の残滓を見て……アンタは、あたしに吐き出したい感情があるよな」
物憂げな目で何もない地面を見て、大きく鼻を鳴らしたレオーニオは……私の足元に、握りやすい柄を持った鋭利な刃物を転がしました。そして、美しい銀色の髪の毛を前に下ろしてから、両手を組み合わせて祈りを捧げ――離れ島の戦いの後と同じように、うす白くて、少し力を入れれば、ぽきりと折れてしまいそうな首筋を晒します。
「れ、レオーニオ……? なに、してるの……?」
「――清算の時だ。アンタはここで……〝失ったもの〟の目前で……先送りにした復讐を果たすんだよ」
重い責任を負ったレオーニオの言葉は、私の熱くなった頭と心に、凍てつく空気のように冷たい現実をぶつけたような気がしました。
「ッ……!? わ、私……そんなこと、望んでない……! 復讐とか、そんなの必要ない……そんなことをしても、何にもならないよ……!」
「……必要……か……でも、もう頭と心ではわかってるんだろ? あたしは『カフの国で民を扇動し、滅ぼした』……そして、『リュウオウ様の監視がない隙にイサリビを逃れた』んだ。ふふ……武士が裁かなければいけない大罪人だ……アンタは、あたしの命を絶たなければいけないんだよ」
「……ッ……!!」
「それに、さ……アンタ、あたしの仲間であるマル先輩にこっぴどく辱められたよね……今や、日常生活を送れないぐらいの快楽中毒に漬けられたんだよ。それだけでも、あたしを恨んで、その手にかけてもおつりが来るぐらいの〝殺す理由〟があるはずだ……その刃を握る気持ちは、誰にも否定できないほどに『正しい』……〝正義〟に許されているんだよ」
ただひたすらに、〝事実〟だけを述べていくレオーニオ。私も、彼女が嘘をついていないことはわかっていましたし、怒りに震える身体は復讐心を燻らせていましたが……『それだけではない』と理解していた心が冷や水をかけて、その手を必死に止めていました。
レオーニオはたしかに……私個人の目から見れば〝悪〟でしかありません。ですが……私がそれまで生きてきたなかで……〝本当のこと〟がいろいろな側面を持っており、捉え方ひとつで認識が大きく変わってしまうことを知っていたのです。
「……風真ちゃん……そろそろ、『力を持つための覚悟』を決めようか。かつて、あたしを見逃したときから目を背け続けてきたこと――『〝悪〟を討つ強さ』を、その手に握るんだよ」
「ち、違うよ……レオーニオは悪人じゃない……! 私は、わかってるよ……レオーニオが、本当は……良い人、ではないかもしれないけど……そんなに、悪い人じゃないって……!!」
「……ぐッ……わ、わからないヤツだな……!! 〝正しさ〟を誇れず、信念を握れなくなったアンタには……もう、他に道がないんだよ……!! それに……あたしにも、もう……!」
もどかしそうに唇を噛んだレオーニオは、地べたを這いずり、私に抱きついて……震えている手に刃を握らせ、その切っ先を自らの首に突き立てさせました。
「頼むよ……早く……早く、あたしを殺して……! アンタの手で……ちゃんと、復讐を果たしてくれ……!」
「れ、レオーニオ……何を、言ってるの……? ねえ……わかるように言ってよ……!私に、本当のことを……貴女の気持ちを話してよ……!!」
「……ぜんぶ……全部、ホントのことだ……!! あれからもう一日近く経ってる……これ以上の時間がないんだ……!! アンタには、あたしを殺して……〝悪〟の認識を改め、敵を払い除けられるだけの〝力〟を得る権利がある……だから……!!」
「え……え……っ……? なに……わからない……レオーニオが言ってること、何もわからないよ……!!」
複雑に沸き立つ感情で胸がいっぱいになって、頭が破裂してしまいそうになり……私はぼろぼろと涙をこぼして、刃を放り出して逃げようとしました。
「わからなくていいんだよ……!! 今は、あたしを殺して――『悪人をやっつけることだけを考えろ』!! それがアンタに許された〝権利〟だ……心の弱いアンタが握れる〝正義〟なんだよ……!!」
しかし……レオーニオの力強い手がその甘えを許してくれません。それどころか、私の手に……〝武士としての責任〟を負わせようとして……ぷつり、と首筋から赤い雫を垂らさせます。
「あ、ああああっ……!! れ、レオーニオ……やめて……もう、やめて……!!」
「……余計なことは、考えるな……! どうせ、消えた後にはどうでもよくなる……!! だから……あと、少し……!!」
「うっ……ううううっ……!! わ、私には……そんなこと……できないよぉ……!! 私は……レオーニオを……!!」
「それじゃ、あたしが代わりにヤッたげるっ♡」
「………………え……?」
真剣そのもので、お互いの心をすぐ近くで感じ合っていた私たち。
その間に割って入ってきた異物――底抜けに明るくて、おどけた声に視線を上げたとき――。
「………………マル――……が、は……ッ……!?」
――ぶじゃり、と。耳を覆いたくなる破裂音とともに――レオーニオの胸からどす黒い腕が顔を出し、血飛沫の花束が咲き乱れて……私の顔に、温かい命の水を大量に跳ねさせました。