※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第一九話 風は巡り、いつか心の故郷へ

「さて。お前が〝風真〟を継ぐ気なら……やっぱり、その羽織だけだとちょっと心許ないね」

 

 おばあ様は、追憶の父上が握っている刀を見やってから――未だに何も握れていない私の手を見下ろしました。

 

「この子がお前に託した刀……風真家の宝刀、折れちゃったんだよね?」

 

「うっ……!! それは、そのお……ええと……」

 

「わっはっは!! その目を泳がせまくりの顔ったら、イタズラが見つかったときと何も変わらないね!懐かしいや!」

 

 からからと、風に揺れる木の実のような涼しい大声で、おばあ様が笑いました。

 

 私がせっかく、格好良く〝風真家の武士〟としての自覚を持ったばかりだというのに……おばあ様は、そういうところも容赦がありませんでした。

 

「ふふふ、まあ、無理もないか。あれはヤシャ信仰の〝無形なる御神体〟でありながら、〝風真家が信じたもの〟でもある――この子が固く握っていた〝信心〟そのものだからね」

 

「……あの宝刀が……〝信心〟そのもの……?」

 

「うん。あの刀は、既に亡くなった人間の想いだから――お前が大人になって、〝風真家〟や〝カフの国〟以外のことをたくさん知って、『盲目的に信じることができなくなったら』……そりゃあ、崩れてしまうのも当然だよ」

 

 おばあ様はその目で、父上が刃を煌めかせている刀を鍔から切っ先まで撫でるように眺めます。

 

「歴代の当主や〝柱〟が信じてきた想いが、少しずつ積もり積もって……いつの間にか〝宝刀〟と成った。そういう〝曖昧な伝説〟と〝確固たる信心〟が、その〝存在〟に実体を与えていたんだよね」

 

「実体を与える……お屋形様の〝神馬〟みたいな奇跡を、ずっと維持し続けていた……ってことでいいのかな……?」

 

「たぶん、そういうことじゃない? 私もミヤ様や母様に教わっただけだし、そこまで詳しくはないけどね」

 

〝神馬〟を顕現させたとき、レオーニオが『ソウリョクは質量を与えるのが一番難しい』と言っていたことをぼんやりと思い出しました。

 

 風真家に代々伝わる〝信心〟は、それほどまでに力強いものだったのでしょう――私の不義と不安が、血筋の軌跡を壊してしまったことを考えると……どうしても、自分の弱さを恥じざるを得ませんでした。

 

「いろは。自分を責めるのは後だよ」

 

「……おばあ様……でも……!」

 

「故郷を〝失った〟と受け入れたんだろう? 自分が〝風真家の人間〟だと信じたんだろう? それなら――お前がやるべきことは、そうやってウジウジと惑うことなのかな?」

 

「…………っ……!!」

 

 それ以上は言葉にしなかったおばあ様でしたが……そのまっすぐな光を宿した目が、口以上に想いを伝えてきました。

 

 ――『それが、お前の〝憧れたもの〟なのか?』と。

 

 私は、掴まれた心の臓がじわじわと融けてしまいそうな息苦しさに揺さぶられながら……再び、父上の肖像を見やります。

 

 ……『こんなとき、父上ならどうしただろう』。『私が思い描いた〝武士〟なら、どのように考えるだろう』。そう思ったときに、私は……マルテーサに立ち向かっていたぽこべぇの姿を思い浮かべました。

 

 体躯は小さくとも、正しく〝武士〟の振る舞いをしていた彼は……恐れを抱き、弱さを自覚しながらも……迷うことなく『私を守るために』戦いに臨んでいました。自分が怪我をすることも、命の危険にさらされることも厭わずに。

 

 自分よりも強い誰かに怯えて、失うことを怖がって、何もしないままでは……きっと、何も守れない。そうわかっていたから……彼は……。

 

「……私が思う〝武士〟なら、迷わずに動き始める……そう、思います……!」

 

「ふんふん、それで?」

 

「……あ、う……わ、私は……かざまは〝武士〟です! だから、迷わずに動き始めますッ!!」

 

 私が声高に宣言すると……おばあ様は、にやり、と心底楽しそうに笑いました。

 

 ……不思議なもので……曖昧な想いでも、口にして言いきってみると『やるぞ!』という気分になるんですよね。『気のせい』と言われればそれで終わりなのですが……私たちの持つ〝信心〟とは、そういうものを『在る』と信じるところから始まるのです。

 

「それじゃ、まずはヤシャ信仰の再興から始めないとね!」

 

「……え……? でも、ヤシャ様の信仰は……御神体が……」

 

「うむうむ。あの乳と尻がデカい小娘が言ったように……お前が宝刀を失った今、たしかにヤシャ信仰はこの世から消えてしまった――『他の八武信仰と同じように』ね」

 

「他の八武信仰と……あれ……? と、いうことは……」

 

「これまでどおり、いろは次第で再興もできるってこと! ヤシャ様を尊ぶ〝信心〟さえ手に入れれば、信仰は何度でも蘇るんだよ!」

 

 おばあ様が言い放った、ご都合主義で、夢のようで、とても現実味がない希望が――私の心に、確かな光を差し込ませました。

 

 私がこれまでの旅路で再興させ、過去から取り戻した〝信心〟が起こした奇跡なら……その儚い希望でも信じられるほどに、この身で実際に感じ続けてきたからです。

 

「信仰の強弱に大きく関わるから、御神体が必要なのは間違いない――ただ、それは『普通の人が信仰を抱く場合』の話だ。人は、目に見えないものをそう簡単には信じられない。だから、御神体を設けるんだよ――国における竜禪信仰でいう〝柱〟のような――信奉するための〝偶像〟をね」

 

「……偶像……目に見えるように象った、信仰心の拠り所……おばあ様が、その役目を担っていたのですね……?」

 

「うむ。異教では偶像のことを〝アイドル〟とか言うらしいよ? なかなかナウくないか?」

 

「いや、それはわかりませんけど……」

 

「なんだよぅ、ノリが悪いなぁ……まあいいや」

 

 おばあ様は、一つだけ咳払いをして続けます。

 

「八武信仰は、元来『人の想いの拠り所』でしかない。個々人の生き方とか、信念の持ち方とか、そういう曖昧なものだ――だから〝信徒の記憶〟に〝信心〟が宿っていたんだね」

 

「…………あっ……!」

 

 おばあ様に言われて、頭の中に広がっていた夜の霞が、ぱあっと照らされていきました。

 

 そう言われてみれば……再興させてきた信仰はどれも個性的でしたが、『最後の信徒から想いを受け取った』という点だけは共通していました。そして、私が触れたもの――石像、楽器の破片、大包丁、血染めの祠には、その人の強い想いが遺されていたのです。

 

 ……『気づくの遅くね』……? い、いや、そんなまさか……み、皆殿はこうして、かざまがわかりやす~くまとめてあげてるから理解しやすかっただけでしょ! きっとそうだから!!

 

「つ、つまり……おばあ様から〝信心〟を書き写せば……ヤシャ信仰は……!」

 

「いや、その必要すらないよ」

 

「…………え……?」

 

 おばあ様は、いまいちピンと来ていなかった私に近づいて、胸に手を当ててきました。

 

「いろは。お前が気づいていないだけで、剣神・ヤシャ様を信じる心の〝礎〟は……その胸に、最初からあるんだよ」

 

「……なっ……そ、そうだったんですか……!?」

 

 私はいろいそと衣服を脱いでさらしを外し、ふるん、と乳房をさらし……上から見下ろしたり、下側の付け根を見たりしましたが……そこには、八武信仰の文字など刻まれていませんでした。

 

「…………大きく育ったねぇ……」

 

 おばあ様は私の乳房をむにむにと揉みながら、祖母が孫に対して自然に言ってくれそうな言葉を漏らしました。

 

「…………あ、あの……もしかして……こういうことではない……とか……?」

 

「当たり前だよ、ばかたれが。乳房が小さい私への当てつけかと思ったわ」

 

「やっぱり……じゃあ、どういうことなんですか……?」

 

「さらしを巻き始めたのが遅かったんだねぇ」とか言いながら先端をつまんでくるいたずらババ上の手を払い除け、顔があつあつのほかほかになった私が衣服を直しながら問うと……おばあ様は少しおどけた顔で、周囲を見渡しました。

 

「ほら。色褪せてはいるけど、〝記憶〟なら在るでしょ?」

 

「…………いや、在りますけど……それが、ヤシャ様とどういう関係が……?」

 

 

 

「ヤシャ信仰とは――『自然を愛し、民を守ろうとする心』のこと――お前の中にある〝当たり前〟なんだよ」

 

 

 

 その声が、とーん、と鈍い音を立てながら反響して――霞がかった周囲の光景に、強風が吹き荒びました。

 

 私たちの髪や装束をはためかせ、目まぐるしく変わっていく光景――私の中に在った、記憶、思い出、原風景――たくさんの〝当たり前〟がびゅうびゅうと通り過ぎてゆきます。

 

 野山を駆け、風と遊んだ日々。民と規律を守る父上の背中に憧れたときめき。家族と共に食事をして、『いただきます』をそろえた団らん。

 

 その、失ってしまった全てが――此処に来る前の私が、存在を疑い始めていた日常は――今もなお、心の中に深く刻まれているのです。

 

「いろいろな所を旅して、いろいろな人と出会って。いろはは、理解できない思想や文化にもふれてきたよね」

 

「…………はい……その違いというか、〝ズレ〟みたいなものが……ずっと……気になっていましたが……」

 

 ……恥ずかしながら……まだ大人になりきれていなかった私は、どうしても、『国やイサリビに暮らさぬ人たちは、何故〝当たり前〟のことをしないのだろう?』と思っていたのです。

 

 人情が溢れるイサリビでは、個々人の我欲を律して、お互いの優しさを持ち寄ることで安定した日々を送っていました。きっと、狭い視野しかなかった私の中では……その生活に〝正しさ〟を見出していたのだと思います。

 

 ……はざまの地で暮らす人々や、異教に傾倒した人々とは、その〝正しさ〟を共有できなくて。そして、自らの想いを〝自分の考え〟として確立できていなかったから――私は、貫くべき〝自分〟を見定めることができていなかったのです。

 

「それは、いろはの中に〝当たり前〟があったから。他の人の〝当たり前〟とは違っていたから。誰かのために頑張ろうと思える優しさも、〝正しさ〟を信じようとする気持ちも……〝武士〟への強い憧れも、全部……お前だけが信じていたものだからだよ」

 

 おばあ様は、少しだけ申し訳なさそうに言葉を続けながら……その感情を覆い隠すほどに大きな温もりのある声で続けてくれます。

 

「お前の〝それ〟は、カフやイサリビの外では、きっと通用しない考え方だよ。人の愛に培われたお前の〝優しさ〟は、外の誰かにとっては〝甘さ〟に見えることだろう――それでも、お前を〝風真いろは〟として定めてくれる礎なんじゃないかな?」

 

「…………私を……〝かざま〟として……」

 

 核心を突かれ、思わず泣きそうになっていた私は……別れの間際で交わしていた、レオーニオとのやり取りを思い起こしました。

 

 私が弱かったせいでマルテーサに心を折られ、その手に何も握れなくなったのは事実です……でも、レオーニオを殺してまで〝力〟を欲することはできませんでした。

 

 それは『私が甘かったから』だけではなくて……『家族や友達のように思える人を死なせたくない』という〝当たり前〟が心の中にあって、レオーニオと共有できていなかったからだとわかりました。

 

「ただ……その想いだけでは〝力〟は得られないよね。だからこそ、武士は刀を握る決意を固めていた――〝当たり前〟を守るためにね」

 

「……当たり前を『守る』……それが〝力〟なのかな……?」

 

「そういう人もいれば、そうじゃない人もいるだろう。それを決めるのが〝自分〟だ――さっき、お前が学んだものだよ」

 

「…………〝自分〟……私が、決めること……」

 

 

 

「正義、正しさ、道徳――身体の〝外〟にある尤もらしいことを抜きにして、心の〝内〟に在る『いろはがしたいこと』はなに?」

 

 

 

 おばあ様にそう言われて……私は、自分の考えから〝当たり前〟を脱がせていきました。

 

 凝り固まったものを、ひとつ……またひとつ、と……ゆっくり、剥がしていくように……。

 

(……私が、『何を守るべきなのか』……いや……『何を守りたいと思うのか』……。その想いこそが〝自分〟なら……私は……)

 

 自分の外から張り付いたものを全て剥がすと……その中に在ったのは、とてもわがままで、子供っぽい願いでした。

 

 

 

「――大好きな人たちを……大好きな場所を……『私の〝今日〟を守りたい』です」

 

 

 

『イサリビとミヤ様が好きなんだよお。此処に暮らす皆がそう思っとるから、イサリビには変わらん〝今日〟があるんだよお!』

 

 

 

 かつて、私が人生に迷っていたときに光明を見せてくれた言葉を、胸の中でなぞります。とても単純で、それでいて、十分に納得できてしまう強い想い――『好きだから守りたいだけ』という、それ以上の理由など存在しないような無二の答えを。

 

 この熱い想いこそが、私の根底にあるもの――私を〝私〟たらしめるものでした。そのことを強く認識したとき……重りと同化していた心が、かつてないほどに軽くなり……同時に、背負っていくものの重さを正しく量ることができました。

 

「いろは。それがただの〝我儘〟だって、わかっているよね? その想いを貫くことで、誰かを傷つけたり、誰かに否定されたりすることある……そう、理解できている?」

 

「……わかっています。それでも……私は、この想いを譲ることができません……!」

 

 臨死のレオーニオが託そうとしてくれたお願いでも、この意に反することを聞いてあげられなかった私は――もう、自分では否定できないほどに固まった気持ちを言葉にしました。

 

 私は……その我儘を自分の中で考えるだけで終わらせずに、きちんと、外に向かって胸を張れる想いとして抱き始めたのです。

 

「……ふふ……それなら……お前は、もう立派な〝武士〟だよ」

 

 私の瞳の中に〝何か〟を見たおばあ様は、少しだけ目を細めて、口元だけで微笑みました。

 

 暴力を振るい、人を傷つけることが正しいとは思えません。けれど、その〝当たり前〟な考え方は、私たちだけしか持っていません――故に〝正しさ〟が武器にはなり得なかったのです。

 

(……私は、これまで……誰かの言葉や、自分が見たものから得た〝正しさ〟ばかりを見ていた……。事実にふれて、自分の心が感じた想いや意思が〝正しくない〟と感じたら、流されて……他人の言葉から〝自分〟を守ろうとしていなかったんだ……)

 

 私が目標だと思っていたもの――〝武士〟は、完全無欠の存在ではありませんでした。しかもその言葉自体はただの身分でしかなく、刀を持っていれば、誰でも名乗ることができてしまうような曖昧なものでしかありません――私が〝憧れていたもの〟においては一側面でしかなかったのです。

 

「武士は規律と法を守るために命を奪うこともあって、『人でなし』と揶揄されることもあった。『神気取り』だと蔑まれることすらあった。それでも、武家は国を守り、民の暮らしを保たせ――〝今日〟を繋いでいく役目を担い続けた。そのことを、忘れないようにね」

 

 ――父上の背中が、あんなにもたくましく。父上の顔が、あんなにも凛々しかったのは。『父上が武士だったから』ではなく――父上が『守るべきもののために、〝正しさ〟に甘えていなかったから』なのだと、ようやく気づくことができました。

 

 

 

『我らが進む〝武の道〟は正しくないのやもしれぬが――武士は〝信念〟を貫いている』

 

 

 

『己に注がれる〝信心〟を裏切らぬためにも、武士の信念を刃に誇るのだ』

 

 

 

 ……お屋形様は、いつも『自分や武家が〝正しい〟かはわからない』とこぼしていました。きっと、他の真面目な武士も同じ想いを抱いていたのでしょう。

 

 私は、生々しくて優柔不断な悩みが〝弱さ〟なのだと思っていましたが……その時になって、それが武士の〝強さ〟であり――握った〝力〟の根源なのだと思い知りました。

 

 ――正しくはないかもしれない。それでも、守るべきもののために〝力〟を握ること。

 

 そのぶれない姿勢と、貫く己の信念こそが――私が憧れた〝武士〟の正体だったのです。

 

 

 

『お屋形様。私は、このあまねく輝きを――此の地を守りたいです』

 

 

 

 かつて私はお屋形様に、そのように願いました。ただそれは、私の心が抱いた想いを、武士として『正しい』と思っていたもので包み込んだ、肥大化した願いだったのでしょう。

 

 ……『神様ってこんなもんか』。そう思ってしまったのは、私がその身に余るほどに大きな願いを抱いていたからでした。お屋形様の弱まりつつある力や、私の微々たる努力では、とうてい叶えられない夢物語でしかなかった……己の〝力〟を見誤ったから、私はマルテーサに敗北したのです。

 

 神として崇められるお屋形様は、私とイサリビの両方を救うことができませんでした。私も、マルテーサに大切な刀を折られて、為す術もなく囚われの身になってしまいました。

 

〝神〟と〝神の使い〟といっても、私たちは万能でも、大いなる存在でもないのでしょう――けれど、まったくの無力というわけではないはずです。

 

 八武信仰を再興させて得た力が在ります。私たちを支えてくれる人たちの想いが在ります。そして、私たちは――まだ、此の地で生きていたのです。

 

「……『命あっての物種だ』……か……そのとおりだね……」

 

「ふむ、良い言葉だね。それはどこで?」

 

「私の……大切な友人の口癖です」

 

「……そっか。良い友に出会えたね」

 

「……はい」

 

「〝今度は〟失わないようにしないとね」

 

「…………はい……ッ……!!」

 

 幼い頃の私は、何も知らなくて、何かを守れる力もなくて……ただ、失うばかりだったけれど。今は……『これからは違うのだ』と、示していかなければならないのです。

 

(……そのためには……〝力〟が要る……!! 譲れない想いを貫くために……握るべき〝力〟が……!!)

 

 私は目を閉じて、周囲に広がった〝当たり前〟の幻を――〝乾闥婆城〟を己の心の中へと引き込んでいきました。

 

 私を中心に巻き起こったソウリョクの流れは激しい風を生み、瞼の向こうに感じる光の粒を激しく舞い踊らせ――光熱が注がれていく下腹部の紋に、〝剣〟の文字を内から浮かばせていきました。

 

 

 

『くしゃしゃ……【過ちは意思で正せること】を示すのだったな、もののふの娘――〝過ちを知る者〟よ。御前の意思は、敗北程度で砕けるほどに柔なものではあるまいよ』

 

 

 

『命の意味はわからずとも、自分への祈りに【意味があった】と思わせてあげたい。そう答えた君の〝命の意味〟は、どのようなものなのだろうね』

 

 

 

『某を打ち負かし、救った閃光の眩さは紛れもなく〝力〟であった。貴殿の〝正義を握らぬ強さ〟――往く道の先に示してみせよ』

 

 

 

 これまでに出会い、想いを託してくれた人たちの期待を裏切らないように。私は、胸に滾る想いをその手に握り――思い描く〝力〟の鍔と鞘を、かん、と打ち鳴らしました。

 

 それは、手と手がぶつかった音だったのかもしれません――けれど、私は、この手に握った想いを強く信じていました。その〝信心〟がかたちを結ぶように、ぎゅうぎゅうとうねる光の奔流が熱を帯びていきました。

 

 光るそよ風の中で刮目し、祝福の煌めきが舞い揺れる空間の中で目覚めた私の手には――〝大切なものを守るための力〟が、しかと握られていたのです。

 

「……これ、は……」

 

「よくできたね、いろは。これで、自他共に認める風真家の――おや?」

 

 まどろみのように曖昧なものになった空間の中でも、おばあ様は普段と変わらない口調のまま……私が握っている刀をじっくりと眺めました。

 

「ちょっと、宝刀の見た目が変わったような……いろは、宝刀のことはきちんと覚えているよね?」

 

「え゛ッ……!? あ、いや、えっと…………も、もちろん……!!」

 

「…………名前、言ってみ?」

 

「……お、お~ッ……!?いいですともよ!? え~~~~っと、ですねェ…………か、風真家の宝刀の名はぁ……!」

 

 私は目をぐるぐるとさせて、必死に記憶を遡りました。父上が何度か名前を呼んでいたような……お屋形様が口にしたような……ぶっちゃけ、マジでそれぐらいしか覚えていなかったのです。

 

(……あ、あれだ……此の地のものではない、不思議な言葉……! なんかこう、『ちゃき』みたいな発音から始まって……もうちょっと、長かった気がする……!! えーっと、えーっと……!!)

 

 

 

「…………ちゃ……ちゃき……丸……?」

 

 

 

「……は?」

 

 私が宙を見ながら、喉から絞り出した名前を聞いて……おばあ様は、口をあんぐりと開けていました。

 

 それから、堪えきれずにふすふすと鼻息を漏らして、息を詰まらせるように大笑いしてから……「ま、それでいいんじゃない?」と、言ってくれました。

 

 ……思いっきり笑いの余韻を引きずりながら、ちょっと見放し気味に、でしたけどね……。そういうわけで……この刀の名は『チャキ丸』となりまして……。

 

 ……『しょーもな』とか言うなよ!? こちとら必死だったんだよ!! 頬をぴくぴくさせてたババ上にぶん殴られるかと思ったんだからね!?

 

 ……こほん。そんな他愛のないやり取りをしているうちに……私たちを包んでいた光の帳が、ゆるやかに、けれど確実に消え始めていました。

 

「そろそろ、奇跡もおしまいか……まあ、いい時間が過ごせたよ。孫の成長も見届けられたしね」

 

「……おばあ様……また、会えますか……?」

 

「くすっ。それは、お前が決めることだよ」

 

「…………え……?」

 

 

 

「見上げる空は、どこまでも繋がっている。信じる心は、いつまでも続いていく。お前の想いは――誰にでも届けられるだろう?」

 

 

 

 消えゆくおばあ様は、その周囲を取り囲む光の粒子に負けないぐらいに、優しくて、力強い微笑みを浮かべていました。

 

 ――「風がいつも吹いてる」。おばあ様が呟いた言葉には、目に見えない価値があって、耳に聞こえない想いがたくさん詰められていました――私の心には、きちんとそれが伝わったのです。

 

 ソウリョクが世を巡り、風は失った故郷にも吹いていくなら――きっと〝私が信じている存在〟にも、その想いを届けられるのでしょう。

 

「……じゃあ……おばあ様。『またお会いしましょう』ね!」

 

「ん! それじゃ、達者で――ああ、ミヤ様によろしくね」

 

 手を振ってくれるおばあ様に、私は背中を向けて歩きだします。これが〝前〟なのかはわからなかったけれど……その道の先には、〝正しさ〟を手放してでも守りたいものがありました。

 

 ――この世の全ては自分次第。私は、昔も、今も――私にできることを、全力でやることしかできないけれど。

 

 ……信じてくれたみんなの期待に応えようと、精一杯に頑張ることだけはできますから。

 

 

 

「……おばあ様!! 私は――かざまは、行ってくるでござるよ!!」

 

 

 

 それを聞いてくれた人に、想いが伝わることを祈りながら――ずいぶんと久しぶりに感じた〝武士らしさ〟を、大きな声で張り上げます。

 

 一歩を踏み出したことを、後悔しないで済むように。私は、その足跡を一つずつ、力強く刻んでいきました。

 

「いってらっしゃい」

 

 背中を押してくれる、温かい言葉と見守る視線に恥じないためにも。私は、皆が想いを託してくれる〝風真いろは〟を裏切らないことを固く誓って、光へ続く道を進んでいきました――。

 

 ……………………。

 

『……武の御仁。その手を、私に見せてもらえますか』

 

 ――消えゆく幻と現実のわずかな狭間で――誰かが声をかけて、私の手を取りました。

 

 そのしゃがれた声と、腐って荒れた手の姿には見覚えがありました――つい先日まで、自分自身が負っていた、深くて癒えない傷と同じものだったのです。

 

『……治っている……。これが、ガンダルヴァ様の……万能薬の力……私が、信じきれなかった……奇跡が……確かに、此処に……』

 

 ……だから……きっと、その人は……私と同じように、あの霊峰の修験道に挑み、吹雪に手を焼かれた人なのでしょう。

 

 私が知っているなかで、あの苦行に耐えられた強い女性は……たった一人だけでした。

 

『…………嘘では、なかった……。異邦の神……その奇跡は……本当に、在ったのですね……』

 

 ……力を失ったガンダルヴァ様では、既に亡くなっていたお子さんを助けることはできなかったけれど……私が書き写した信心は……その人の心を救ってあげられたようでした。

 

『……あの子を救うのに足りなかったのは……私一人じゃなくて、〝人々が奇跡を信じる心〟だった……。ごめんね……母ちゃんがばかで、なんにもしてあげられなくて……ごめんね……!』

 

 その涙をすする声には悲哀が満ちていましたが、どこか、救われたような温もりがありました。

 

 女性の魂がどす黒い怨念から、輝く白い光になって解放されると同時に……私の下腹部から、〝幻〟の血文字が雪どけのように消えようとしていました。

 

 ……私は、〝信心〟という人の手に余るものが生んだ悲しみと力強さを忘れないように……その消えゆく想いまで、心の中に書き写しました。

 

 耳ざわりが良くて、盲目的に信じたくなることがあっても、〝自分〟を強く持ち続けなければ、思い描いた結果は得られません。そのことを一文字で遺し、心に刻み付けて――私は、たくさんの光が舞い揺れる、彩りのある世界へと戻っていきました――――。

 

 

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