※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第二二話 純然たる〝白〟

 再興した信仰の力をお屋形様に受け渡してから、数日後のことです。ずいぶんと長いあいだ、お勤めを果たしていなかったお屋形様は、連日忙しそうに空を飛び回っていました。

 

 ……ぶっちゃけると、あちこちで〝柱〟の女性を抱いて回っているのです。一日に何人ものおなごと向き合い、愛を囁いているのかと思うと、ぞぞわ、と背中が寒くなって、逆にお腹がカッと熱くなるのですが……こればっかりは神としての務めなので、仕方がないことだったのでしょう。

 

 まあ、ババ上……じゃない、おばあ様の言うことから察するに、女性の扱いは相当気にかけて〝儀式〟を執り行っているようなので、腹を刺されることはないと思いますが……みんな、よくあんなに激しくて長い夜伽を受けられるなあ、と思うばかりです。

 

 そういうこともあって、私はできるだけイサリビのお社で過ごすようにして〝守り〟に努めていました。他の女のニオイを侍らせるお屋形様の帰りを待つという、とてもゆるやかなのに腹立たしい毎日を過ごしていたのです。

 

 ……お屋形様は相も変わらず、お土産を買ってくるのを忘れるわ、『風真の顔が一刻も早く見たくて寄り道をせずに帰ってきた』などと平気で嘘をついていました。おかずを何品か没収してもよいとは思ったのですが……いろいろと気疲れをしているのは目に見えていたので、背中をお流しして、性交を伴わない添い寝までお付き合いする毎日でした。あの御方は、おなごの胸に抱かれて眠るのが一番好きらしいのです。

 

 ……『ほとんどの男がそうだよ』……え?まじで? ござるさん的にちょっと信じがたいんだけど……ああ、でも、あの人はそれで……あ、いえ、今はその話はいいんですけど……いやはや、なんとも……そうですか……。

 

 ……こほん。異教の動きについては、レオーニオ曰く『二〇日ほど前の大きな襲撃で相当な損失を出したことで行動が慎重になっている』とのことでした。旧カフの国で亡命したマルテーサについても、未だに消息がつかめていない状況だったとか。

 

 そんなこんなで、今日も比較的穏やかな一日が続くと思っていたのですが……その日だけは、少しだけ勝手が違っていました。

 

〝れおんきゃんぷ〟の人々と交流をしてから、アマネ殿に資材を届けるために、イサリビ近隣で収集を行っているとき――一人の男性が通りかかりました。

 

 ゆるやかにたなびいて光を孕む白い布地に、お天道様のように熱く燃える赤い模様の装束。ウェニキスたちを思わせる衣服に身を包んでいるその人は、お腹がぶっくりと出るような小太りのおじさん体型で、髪の毛の半分ぐらいが白く色落ちていました。

 

「サルウェ……では伝わらないか。こんにちは、いろはちゃん」

 

 明らかに異教の信仰者ではあったのですが……その普通すぎる存在感とやけに落ち着いた態度から、その素性を量ることができませんでした。

 

「……どうして、かざまの名前を……?」

 

「ああ、うん、少しばかり話を聞いていたからね。元気そうで何よりだが……〝あっち〟よりは育ちがいいか?」

 

 男はちらりと私の胸を見やり、すぐに視線を外しました。そのバレバレなすけべ犯行には思わず呆れたものですが……なんとなく、悪意のようなものを感じなかったので、ふれないでおくことにしました。

 

「……なにか、かざまに御用でござるか?」

 

「竜皇と呼ばれている者に会いたくてね。そいつは今、どこに居る?」

 

「お屋形様……ミヤ様は、本日は遅くまで戻られませんよ。何かと忙しい身のもので……申し訳ありませんが、諦めていただいた方が……」

 

「そうか……ふむ……それは困ったな……」

 

 その男は顎をつまむようにして、親指ですりすりと顎底を揉みました。

 

「それなら……少し、イサリビの中を案内してもらうことはできないか?」

 

「…………どのような意図ですか? もし、イサリビの治安を乱すのが目的なのであれば――」

 

 私は決意を固めた刀を背から抜いて、柄と刃を鳴らします。すらり、と伸びた白い刃は一寸のぶれもなく、まっすぐに敵対者を捉えていました。

 

「警戒しなくて大丈夫だよ。『今日は布教や攻撃をしない』と固く約束する。信仰というものは、外からのイメージが悪いと何もできなくなってしまうからな」

 

「…………其方らの振る舞いに、そのような心掛けを感じたことはないでござるが……」

 

「ハッハッハ、手痛い返し刀を貰ってしまった。心証はなかなかに悪いらしい」

 

 男は両手が空であること、衣服の懐にも武器の類が入っていないことなどを示して、私に「どうかな?」と問うてきました。

 

 ……正直な話をすると、個人的には、その胡散臭いばかりの男を受け入れたくはなかったのですが……〝神の使い〟として、お屋形様が此処に居たら、どのように返答するかを意識して答えました。

 

「……『まずは話を聞いてから』……ですかね……下手なことをすれば、即刻に斬り捨てますが……」

 

「なるほど。君は、とても良い教育を受けてきたようだ……同胞たちにも習わせたいほどだよ」

 

 その疲れた顔をした男は……私が想像していたよりも柔和で、人臭い微笑みを浮かべていました。

 

 ……………………。

 

〝欲祓い〟となっているイサリビの境界線を平然と跨いだ男を連れて、私はお社へと戻りました。「偶像崇拝にジンジャのトリイまであるのか、欲張りセットだな」とよくわからないことを言っていた彼を客間へとお通しし、座布団を敷いて着座を促します。

 

「これはどうもご丁寧に。では、ありがたく……」

 

 その人は、すっ、と片足を引いてから正座をするように座りました。異国情緒にまみれた装束を着ているというのに、和の様式に馴染む所作を自然に取っていたのです。

 

「……弓をやっておられたのですか?」

 

「んッ……どうして、そのように?」

 

「いえ……座るときに半足を引かれていたので……そうなのかな、と。私もミヤ様に弓を習った身ですから、そのぐらいは」

 

「……それだけでわかるのか……大した目を持っているようだ。まったく……普通の女の子だと思っていたのは間違いだったかな」

 

 やたらと親しみを込めようと苦笑している男と、できるだけ目を合わせず……私は供物として頂いたお茶菓子をするりと突き出し、お屋形様に教え込まれたとおりに、茶器を用意しました。

 

 炉で湯を沸かし、器と茶せんを温めてから……茶さじで三つ、かぽん、さこさこと茶を点てて、泡立つもてなしを振る舞います。

 

「どうぞ」

 

「御点前頂戴いたします、だったかな…………うっ……これは、苦い……!」

 

「あれっ……? すみません……いつもと同じように点てたのですが……あまり手慣れておりませんで……」

 

「いや、けっこうな御手前で……。風味も良いし、舌触りもなめらかで……ただ、味だけがここまで苦い理由はまったくわからない……あの手順で、どうやったらここまで苦味が出るんだ……?」

 

 男は眉をひそめながらお茶を飲んで、ふう、と胸を撫で下ろしたような吐息を漏らしました。

 

 その気が抜けた仕草は、ここ数日のように見てきたもの……お屋形様が食事の際に見せる安堵によく似ていたように思えます。

 

「近頃、お忙しかったようですね」

 

「……そういうのもわかるのか。仕草にそういう示唆が出ていたか?」

 

「いえ、其方が明らかに疲れていただけでござる」

 

「ああ、それは失敬……少し前に、とても優秀な部下を〝な〟くしてね」

 

「……それは、ご愁傷様です。すみません、気が利かずに……」

 

「ああ、気にすることはないよ。人の生別死別なんて、所詮はこんなものさ――作業が滞る程度の誤差でしかない。気に病むだけ時間の無駄なのだ」

 

 男は冷たい言葉でそう言いのけましたが……その言葉を乗せた調子には、わずかな乱れが生まれていました。

 

 ……〝強がり〟。あるいは〝皮肉〟。表情には一切出していませんが、感情の機微は繊細な波を立てていたように感じました。

 

「……そのように悲しいことを言わないでください。其方らの教えでも、〝命の価値〟を重んじているではありませんか……『失ったら哀しむ』、それも当然でしょう?」

 

「…………ふむ……君は、思っていたよりもずっと優しいな。言葉の選び方を心得ているし、教義が異なる相手すらも気遣う度量がある……いや……そうなれるほどに、広く学んで、多く傷ついてきたのだろうね」

 

「…………どうして……そのように思ったのですか?」

 

 私がそのように問うと、男は片眉だけをひん曲げて、それこそ〝言葉を選ぶ〟ようでした。

 

「……なぜ、だろうね。なんとなく、君とは似たようなものを感じたからかな」

 

「似たようなもの、ですか……」

 

「言葉の端々から、他人よりも厳しい道を選んで歩む……そんな姿勢が滲み出ている。そこに勇ましさを感じるのは、僕とは違うところだろうがね」

 

 それから、異教の男が黙って茶の苦味を味わっているあいだに、別の器で薄茶を点てておきました。

 

 空になったものと交換するように差し出し、お屋形様への来客にふさわしいもてなしを終えます。

 

「ふう……こっちはいい感じに苦いな……。日本茶なんて飲んだの久しぶりだけど……やっぱり、うまいな……」

 

「にほん? 以前にも此の地に来られたことはないのですか?」

 

「ああ、そこら辺がややこしいものでね……故郷がね、この場所によく似ているんだ。僕も、地理や歴史にはあんまり詳しくはないんだがな」

 

「ふうん、そうなのですね。旧くは〝モトジツ〟と呼ばれていた頃もあったようですが……にほん、は聞いたことがないような……」

 

「ああ……〝それ〟が一番困っていることだ。どうして、こんな意味不明な泥沼に陥ったのか……予定では、とっくの昔に研究の再開をできていたはずなんだが……」

 

「……???」

 

 彼が言っていることは理解できませんでしたが……何やら、真剣に悩んでいることがあったようでした。

 

 その人は、ずずず、と茶を味わいながら……あれこれと考えを巡らせて、ふと、私と視線を合わせます。

 

「君から見て……竜皇とは、どういう存在だ?」

 

「……え? 『どういう』と言われても……仕えるべき、立派な主人だと思いますが……。皆から慕われる神として、恥じない振る舞いはしているかと……」

 

「慕われる神か……だが、竜禪は時とともに廃れゆくオワコン信仰だ。その厳格さが人間から疎まれ始めている……人が作り上げる〝信仰〟の在り方として正しくない……それでも、イサリビは無くならない。信仰を利用するだけの人間が選ぶ営みのカタチとは大きく異なる――そのことが不思議でね」

 

 その人は、知的好奇心がかなり強い方なのでしょう――真剣な眼差しを保ったまま熱く問いを重ねます。

 

「先般、あれだけの災厄を引き起こした邪神の姿を見てもその妄信は変わらない。むしろ活気づいているまである――その理由はなんだろうか?」

 

 口早に理論を筋立てる男に対し、私は腕を組んで、イサリビの人々との会話を思い返します。

 

 ……いろいろと考えてみましたが……その答えは……一つしか、思い浮かびませんでした。

 

「……神様として、信仰として、正しいのかはわかりません。でも、みんな……あの御方と、イサリビでの暮らしが好きなのだと思います。だから、みんなで守ろうとしているのだと……かざまは、そう信じたいですね」

 

 満面の――とはいきませんでしたが、私はできるかぎりの笑みを浮かべてそう答えました。

 

 すると、男は観念したように目を閉じて――大きな息をついてから、静かに席を立ちました。

 

「いろはちゃん。改めて、イサリビを案内してもらうことはできるか?」

 

「え? ええ、それはいいですけど……今の其方に敵意がないことは、なんとなくわかりましたし……」

 

「助かるよ。少し、探しておきたい人がいるものでね……」

 

「探している人ですか? その特徴は?」

 

「特徴は……〝わからない〟。だが、イサリビの中に居れば……違う道を選べるかもしれないからな」

 

 そう呟いた男は、つたつたと慣れた足取りで外に向かいました。普段から正座をしているのでしょうか、その脚が痺れている様子はありませんでした。

 

 私も追って席を立ち、お社の火の始末と戸締まりをきちんとしてから……その人の案内をするために、石段を下りていきました。

 

 ……………………。

 

 それから、私の案内を受けながら、男はイサリビ中を観察して回りました。『探し人がある』と言っていましたが、彼は男性にほとんど興味を向けず、女性の顔ばかりを見て――「違うか」と繰り返し呟くばかりでした。

 

「……残念だな」

 

 山の向こうで日が沈みゆく夕焼け空の下で。空自然と人の暮らしが共存する――ヤシャ信仰の教えが融け込んでいるイサリビを、見晴らしが良い丘から全体を見渡して――異教の男は突然、小さな声でそう呟きました。

 

「え……? どこか、気に障りましたか……? 食べたお野菜が口に合わなかったとか……?」

 

「そうじゃない。利他的で良い人ばかりが住んでいるし、育つ作物の味も極上だ……荒廃した地で、こんなにも多くの文化が混在しながら共存している、非常に豊かな場所だと思う」

 

「……それでは、どうして……残念、と……?」

 

「……本当に残念だよ。こんなにも郷愁をそそられる、素晴らしい所を――滅ぼさなければならないなんて」

 

「……な…………え……?」

 

 私には、すぐにわかりました――彼の口調はとても穏やかで、軽い冗談を言っているようにしか聞こえない内容でしたが――その丸みのある言葉は、内側に真っ白な強い意志を孕んでいました。 

 

 私は飛び退くように距離を取り、相反する意志である刀を引き抜きます。奇しくもそれは、出会った時とまったく同じ反応でしたが――そこに身構えたのは、以前の〝不審者への警戒〟ではなく〝明確な敵意への応対〟でした。

 

「其方は――いや、お前は……!?」

 

「そういえば、自己紹介をしていなかったか――僕はブスジマ……毒島、三段腹という名前でやらせてもらっている。君たちが〝異教〟と呼ぶ、世界的な太陽信仰を統べる教王――つまりは、神の代行者だ」

 

「堅苦しくてごめんね」と続けて……毒島と名乗った男は、神威を示すような態度を一切見せず、ただ年老いた中年のように肩を竦めるだけでした。

 

 その真面目そうな態度には、レオーニオが発していたような殺気も、マルテーサが解放した狂気も感じません――ですが、『イサリビを潰さなければならない』という強い責務のような〝重たさ〟があったのです。

 

「ところで、いろはちゃん」

 

「……な、なんですか……?」

 

「僕のことを愛してもらえないか?」

 

 毒島は、突然そんな世迷言を言いだしました。まるで冗談ではなく、真面目に聞いているかのようにして。

 

「無理です」

 

「ハッハッハ!即答かよ! まあ、僕も慣れているけどさ」

 

「……いや、突然そう言われましても……そのような物言いで頷くおなごはいないかと……」

 

「うーん、やっぱりそうなのかなァ……最近、なんとなくそう思い始めたんだよな……」

 

 ぽりぽり、と痒くなさそうな頭を掻いている毒島の態度に、思わず毒気を抜かれてしまいます。

 

 ……そうなのです。毒島という男は、正体を明かしていなかった〝それまで〟どころか、素性を示した後ですらも〝どこにでも居る人〟という雰囲気をまとい続けていたのです。ウェニキスたちから伝え聞いていた〝教王〟の印象とは、まったく異なっていたのです。

 

 ……言うなれば……すれ違ってから数分後には顔を忘れてしまうような、ただの通行人。あるいは、会食の場でたまたま挨拶をした縁遠い人。それほどまでに、彼は〝普通〟で……早々に〝悪〟と断ずることができるような相手ではありませんでした。

 

「……最近、ですか……人と人は、一緒に過ごす時間の中でそういった好意を抱くようになるのかと思いますが……」

 

「でも、僕の親友はほとんど会話をしたことがない女の子にも愛されまくっていたんだぜ? それなら僕にだって……この広い世界の中で、そういう女性が一人ぐらいいてもいいじゃないか」

 

「いや、すみません、それは知りませんが……少なくとも、かざまではなさそうですけど……」

 

「そっかー。それなら、イサリビを滅ぼして君を生け捕りにしても、他の女の子と同じように〝道具〟として扱うか……研究材料にするしかないよなぁ。せっかく〝オリジナル〟に会えたのに、もったいないなぁ、ホントに」

 

 毒島はそう言いながらも、ひたすら面倒くさそうに欠伸をして、私に背を向けました。

 

 つい先ほどまで親しくしようとしていた相手に取る態度とは思えない変わり身。その早さには驚くばかりでしたが……彼の言葉から、察することができたものもありました。

 

「……『自分と相容れない人間は〝物〟と同然』とでも言いたいのですか……?」

 

 なくした部下とは、全てを投げ出して逃走したマルテーサのことでしょう。そして、冷たい言葉を選んで使おうとする彼からは、郷愁のような〝未練〟に近い切なさを感じたのです。

 

 ……それも……彼が言ったように、私と似ているところがあったから……なのかもしれません。〝外道〟として胸を張る彼には、貫いているものがあったように思えました。

 

「………………そう思わないと、割り切れないことも多いだろう?」

 

 毒島はわざとらしく鼻を鳴らして……珍しく、不愉快そうな目だけをこちらに向けました。もしかしたら、察されたら困ることだったのでしょうか。

 

 その瞳はとても冷たく見えて――同時に、隠せない熱量の煌めきを秘めているようでした。それほどまでに、彼はまっすぐに〝何か〟だけを見つめており――私の同情に近い感覚を肯定したのです。

 

 眼差しが孕むのは、善意でも、悪意でもありません。どす黒い欲望でもなく――たた、まっすぐに大きく輝いて、邪魔をするもの全てを呑み込んでいくような――圧倒的な〝白〟だったのです。

 

「…………次に会うのは、全てを片づけて……君を解剖するときだろう。そのときが楽しみだよ」

 

「……何でもかんでも、自分の思いどおりになるとは思わぬことでござるよ」

 

「圧倒的な戦力差を見せつけられたばかりだというのに、まだ強がれるのか。雀の涙ほどの奇跡を、よくもそこまで信じきれるものだ」

 

「奇跡など、絶えなく起こしてみせましょう。ソウリョクがある限り、我らの〝今日〟は潰えません。かざまたちは、物ではなく人です――生きている〝命〟なのですから」

 

 私は刀の柄を強く握り、ソウリョクの輝きを刃に灯しました。煌めく光の流れが夕焼けと重なり、眩い光を放ちます。

 

「燃えるほどに熱くて、眩いほどに美しい光……それはまさに〝アート〟だよ。その想いが生む力強さは、僕がこの世界で最もよく知っている……生身で相手をするほど、僕も馬鹿ではないよ」

 

 毒島は私に背を向けたまま、イサリビの外へ向かって歩いてゆきます。その夕焼け空が繋ぐ道の先には、何処からか飛んできた機械の鳥――事変の際に、私をイサリビまで運んでくれたものと同じからくりが飛来していました。

 

「ま、待て……!! お前は、逃がさない……今、此処で決着を……!」

 

「君は武士として、イサリビの中で〝規律を犯していない者〟を斬ってもいいのか? そんなことをしたら、各国で広まる武士への不信感が――敬虔な国民にも広がってしまうのではないか?」

 

「ッ……!? そ、それは…………ッ……!!」

 

 武力を振り翳そうとした私は、その一言だけで制されてしまいました。自分が殺人の罪悪感に苦しむことだけなら妥協できますが――たしかに毒島の言うとおりで、この短絡的な愚行は、武士や国への信頼を根幹から揺るがしてしまう危険性があったのです。

 

「そもそも、僕を殺して『全てが解決する』なんて思わないことだ。僕が広めた〝都合が良い教義〟は、〝契約〟を孕みながら世界中に広まった――僕はもう『世界をほとんど手に入れた』。今さら僕を殺しても、何も変わりはしないさ」

 

「ぐっ……で、でも……国やイサリビに住まう人々の心は……お屋形様への信仰は……まだ残っているでござる……! その想いは……かざまたちが守り抜く……絶対に……!!」

 

「……まあ、そうなるよなぁ。一番最後に、一番面倒くさいものが残っているとは思わなかったよ」

 

 毒島はわざとらしく肩を落として、ひたすら重い気持ちを隠すように、がりがりと白髪頭を掻いていました。

 

「奇しくも、君と出会ったことで……そのために必要な覚悟も決まったがね。イサリビも、竜皇も……そして、君も――勝手に滅びてくれることはないらしい。『徹底的に滅する必要がある』と思い知ったよ」

 

 そう言い残した彼は、ばらばらばら、と空からこちらの様子を窺っている機械のトンボに手信号を送りました。下りてきた縄梯子をのそのそとのぼって、そのままイサリビを後にしました。

 

 私はしばらくのあいだ、その場から動けなかったのですが……へろへろと空を飛んでいるお屋形様の巨影を見て、慌てて夕餉の準備をするために帰投したのでした。

 

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