※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第二七話 イズルグモのじゃりゅう様

 バゴの山で悪事を企てる者たちを退治しながら険しい山道を抜け、私は余さんと共に西側へずんずんと突き進んでいきました。

 

 夕焼け色に染まった石造りの街道〝悠久の紅黄〟に巣食う強者たちを退けながら最短の順路で駆け抜けつつ、天を眩ませる光の輪の影響で怪物が溢れかえった海岸線を奔走し――途中で見かけた無人の仏閣で宝刀を回収したり、霊水が湧く泉でソウリョクの使い方を洗練したりしながら、ゆるやかに降りゆく〝橋〟を追い続けました。

 

 余さんの助力は大変にありがたいもので、非常に心強いものでもありました。超人的な感覚で周囲を見渡しているのか、私の隙を狙った不意打ちを防いでくれたり、私の攻撃にぴったりと合わせた追撃を行ったりしてくれました。

 

 その細くも魔性の宿る豪椀は、強風を巻き起こすほどの剣圧で敵対者を薙ぎ払い、朧の焔をまとった余韻を残して強敵たちを退けてくれるのです。

 

 しかも、助力の範囲は戦闘面だけにとどまりません――高貴な気品を魅せる見た目に反してお料理がこれまた上手で、毎晩のように腕を振るってくれました。夜の楽しみができたり、他愛のない話をできたりしたなど、心にも幾ばくかの余裕が出てくる旅路となっていました。

 

 ついつい食べすぎてしまって行商から食料を調達する頻度を増やしたり、蝶々を全速力で追いかけてしまった余さんを必死に追いかけて連れ戻したり……若干の回り道をしながら……旅立ちからさらに一〇日ほどの時間をかけて、ようやく橋の麓付近に辿り着きました。

 

 そこには、大海を臨める一面の大地が黄金色に染まり、イワトと対をなすかのように幻想的な悠久を魅せている〝黄葉の神都〟が広がっていました。さらさらと、色づいた銀杏の葉が舞い揺れる鳥居だらけの道を歩いていくと、静かな話し声が黄葉に反響するような、厳かな雰囲気に美しい平屋が連なる住宅地が見えてきます。

 

 その町の中には、水が通っていないのに汚れが一切溜まっていない水路が格子のように張り巡らされており、全ての建物の屋根にある大きな雨どいと繋がっています。町を中央で二分している大きな川に雨水を逃がす様式になっているため、普段から雨が多い地域だということがわかりました。

 

「ん……? 客人とは、これは珍しい……久方ぶりの竜禪の武士と……ええと、そちらは……お、鬼様で……?」

 

 私たちの姿を見た、その町の住民が声をかけてきました。袖口が広いゆったりとした和装に身を包んでいるその人から、面には見せていない警戒心と、懐にしまっている小刀の気配……そして、背後に続く町を守ろうとする意思を感じながら……私は慎重に口を開こうとしたのですが――。

 

「おお……!余の角やござるさんの羽織を見て、一言めに怒声、二言めに石を投げてこない人間様は久しぶりだな……! ねえ、良い人ぉ~……!良い人がいるぞぉ、ござるさん……!」

 

 ――余さんが目をきらきらうるうると輝かせながら、無警戒にそんなことを言ってしまいました。

 

 私は思わず、ずるり、とずっこけてしまったのですが……余さんの無垢で偽りのない態度が、その町民の警戒心を少しゆるめてくれたようです。

 

 ……しかし……余さんの反応は、無理もないと思いました。此処に至るまでにいくつもの村に立ち寄ったのですが、どこでも『文化を殺す異教だ』と締め出しを食らったり、『安寧を壊す妖の類だ』と石を投げつけられたり……酷いときには、わざわざ家に招き入れてから深夜に寝首を搔こうとしてきた村落もあったぐらいなのです。

 

 人間不信になる……とまでは言いませんが、こうして、警戒されながらもまともに対応していただけるだけでありがたく感じるほどの寒風は感じてきました。ここでようやく、私たちは、自分たち以外の人の温もりを思い出せました。

 

 ……正直に言うと……私も、まともに対応してもらえただけなのに、心底からほっとしていました。見知らぬ他人に出会っても、石や刃物を投げ付けられた腕の怪我を治すために、木々に隠れて自慰に耽る必要もなく……食料を分けてもらったり、安らげる寝床を提供してもらえたりする可能性を感じられるだけで、十二分にありがたいものだったのです。

 

 ……イサリビでの生活はもちろんのこと、東側での過酷な旅路がまだ恵まれたものだったと知って、少し複雑な気持ちをもやもやと持て余していましたが……明るく振る舞ってくれる余さんに支えてもらって、どうにか目的地付近まで辿り着けた安心感もあったのかもしれませんでした。

 

「……な、なんというか……大変な旅路、だったようですね……? その……どおりで、羽織にいくつもの不自然な穴が空いているわけだ……」

 

「え、ええ……西側に住まう方たちは、その……異教や妖魔には……少し、風当たりが強い風土のようで……」

 

「まあ、そうですね……此処のように、古い土着の信仰が残っている場所は少ないですから。自分たちが知らない、相容れない者を排斥しなくては安寧が崩れてしまう時代でもありますからね」

 

「土着の信仰が……? こちらでは、天崇が広く信仰されていたのではないのですか……?」

 

「そ、それもずいぶんと古いお話ですけどね……此の地では、信仰という名の〝皆で守れる共通点〟がない場所には社会が成り立たないものです。竜禪における〝国〟のように、この神都を永らく存続させてきた信仰があるのですよ」

 

 その男の人は、どうやら素っ頓狂なことを言ったらしい私を好奇の眼で舐め回します。

 

「天崇などという数百年も前に〝託されて〟潰えた信仰に、女々しく縋っているのはイワトぐらいのものです。あとは、天崇の名を騙っている〝はんちく〟ばかり……最近、巷を騒がせている〝太陽志士〟のような野蛮者と変わりありませんよ」

 

「天崇が……託されて……? それは、どういう――」

 

「――ねえ、ござるさん! そろそろ何処かで腰を落ち着けないか? 余、お腹減っちゃったし疲れちゃったよ! お話長いし!」

 

 話の腰を折られ、再び、ずるり、と身体が滑ってしまいました。その人も「構いませんよ」と苦笑をしながら応じてくれたので……のどかで豊かな水に恵まれた町の中を案内してもらいつつ、お茶屋さんの毛氈が敷かれた縁台に腰掛け、おぜんざいを頂きながら話を続けます。

 

「むはー!おもちがもちもちであんこが甘ぁい……♡ 甘味が疲れた身体に染み渡る~……♡ 余、これおかわり!あとおだんごとおそばも!!」

 

「……ごほんっ……! それで、先ほどの話の続きですけど……」

 

 私は隣で大はしゃぎをしている余さんにお小遣いを渡しておき、村の方とのお話を再開しました。そのときにはすっかり相手の警戒もとけており……天真爛漫な余さんが作ってくれた、話しやすい雰囲気には感謝しかありません。

 

 ……いや……まあ、その、なんだ……? ちょっとだけね?『もうちょっと静かにしてくんねえかな~』みたいなのは、ほんとにちょっとだけ思いましたけどね……? でも、かざま一人だったら、絶対に警戒されてロクに話すら聞けなかったの丸わかりだったし……背に腹は代えられないというか……そんな感じだったなぁ……。

 

「あ、ああ……天崇の話でしたよね。僕も一応、各地を歩き回って〝御国様〟の信心を説いて回った身ではありますが……天崇については、武士である貴女の方が詳しいと思いますよ?」

 

「えっ……? いや、その……実は、かざまもさまざまな信心に触れてきましたが……竜禪とヤシャ信仰ぐらいしか、そこまで詳しくなくて……」

 

「いえ、ですから……天崇の本流は、数百年前の〝天竜の乱〟で竜禪に習合しましたから。竜禪特区であるイサリビやその中枢であるミヤ様のお社に鳥居があるの、見たことありませんか?」

 

「……鳥居……? あっ……そういえば、ありますね、たしかに……イワトやこの付近でよく見るものと同じ、赤かったり、石造りだったりするものが……」

 

「それと、ミヤ様がお持ちとされる〝アメノムラクモ〟は、天崇の始祖が神から与えられし国守の宝とも言われておりますね。そのことから、『公の場では契りが交わされていない』とされているものの、神学では〝実質的に習合した〟と記録されることが多いのです」

 

「あ……そ、そうだったんですね……。深い関わりがあることは、知っていましたが……そこまでとは……」

 

 神の御使いでありながら、私はとんでもない自分の無知さを晒してしまい……装束を握り込むほどに恥じ入りました。「どったの?」と隣で蕎麦をすすっている余さんは、もう話すら聞いていませんでした。

 

 たしか、天崇について……ハマのおばちゃんは『無くなった』と言っていたはずでした。巫僧であるおばちゃんですらも知り得ぬ事実があった、ということだったのでしょうが……御使いを任される立場として、もっと、竜禪やお屋形様について知っておくべきだったのです。

 

「一般的にはあまり知られてはいませんが、末期の天崇は本流である〝革新派〟と別離した〝懐古派〟に二分されていました。本流の人々は首長の意思を尊重し、竜禪に力と役目を託すことで信徒たる民草を守ろうとしたわけで――それ以降、天崇の歴史は竜禪と共にあるべき〝だった〟のです」

 

「……〝だった〟というのは……イワトのように、〝懐古派〟が独立して旧態を残そうとしたものもある……ということですか……?」

 

「そういうことになります。まあ、かつての威光はほとんど放てておりませんがね……あれでは、見かけ倒しの片田舎でいばっている猿山の大将にすぎません。過去の栄光に縋るだけで、何をしようともせずにゆるやかに衰退していく……盛者必衰とはよく言ったものです」

 

 私たちのことを知らないその方の、歯に衣着せぬ物言いは過去の自分たちにとっても耳が痛いものでしたが……そのことに気づき、前に進む覚悟を決めたことで得られた進歩もありました。イサリビの発展や協力し合える友たちとの繋がり、そして想いを託してくれた人々の期待が、私に前進の実感を与えてくれていました。

 

 温和な言葉遣いとは裏腹に、ややとげのある声音で男性が続けます。

 

「中枢かつ信仰の主体であった首長――〝天子〟の血も途絶えた今では、此処の〝御国様〟と同じ土着の信仰でしかありません。あの光の輪を生んだ、大悪魔のような異教に楯突くことも叶わないでしょう」

 

「先ほども出てきたお名前ですね……おくに、さま……? この付近には、八武信仰の一角――鳥神・ガルダ様が祀られていたのではないのですか?」

 

「はちぶしんこう? がるだ? いえ……それは、ちょっと存じ上げませんね。何処かの小さな土着信仰ですか? あるいは、竜禪に関係するものとか?」

 

「あ、えっと……『竜禪に関係する』と言えばそうなのですが……厳密には違う話というか……。どう言葉にすべきか、悩ましいもので……」

 

 西側ではあまり信仰されていない竜禪と、既に失われてしまった八武信仰。それらの話は、信仰の歴史に詳しそうなその人ですらも思い当たるところがなかったらしく……私は思わず空を見上げます。

 

 ……視線の先にはたしかに信心を繋ぐ橋が架かっており、すぐ近くの連山に向かって降りていたのですが……。

 

「……ほう……貴女は何か、不思議なものが見えておられるようですね? ただものではない気配は感じておりましたが……」

 

「あ、すみません、よそ見をしてしまって。ガルダ様の痕跡がないことについて、其方の話を疑っていたわけではないのですが……」

 

「いえ、僕も知らないことが多いのでお気になさらず。ちょうど、今向いておられる方角――〝イズルグモの大山〟は、いくつもの神話でたびたび登場する舞台なので、貴女が信仰に深い関わりを持っていることも、僕を蔑もうとしているわけでもないことはわかりますよ」

 

「イズルグモの大山……そうだ……! その神話の中に、竜禪やガルダ様……いえ、八武様について関わるお話とかはありませんか? 鳥、蛇、龍……あと、剣に馬……なんでもいいのですが……!」

 

「いえ、先ほども申しましたが、がるだというのは名前すら――いや待てよ……? 竜禪……へびに、りゅう……つるぎ……?」

 

 男性は視線をあちこちに巡らせながら、ずぞぞ、と冷え始めたぜんざいをすすって……「ああ」と、何かに思い当たったようでした。

 

「先ほどの話と関係する部分もありますが……イズルグモの大山には〝じゃりゅう様〟が宿っていると言われているのですよ」

 

「じゃりゅう様? それは、どのような神様……いえ、そもそも……どのような内容の神話に基づく話なのですか?」

 

「じゃりゅう様は、イズルグモの大山に君臨して暴虐の限りを尽くしていた大蛇の怪物が、スサノオノミコトによって退治され、改心した存在だと言われています。その際に体内から出てきたものがアメノムラクモだとも言われておりますね」

 

「……アメノムラクモ……それに、大蛇の怪物ですか……」

 

 アメノムラクモの逸話もそうですが……自身が〝ヘビ様〟と呼ばれたり、所によっては〝蛇の怪物〟などとも恐れられたりする私は、他人事だとは思えない話に集中します。

 

「しかし、スサノオノミコトの活躍によって、じゃりゅう様は穢れのない善神に転身したと言われておりますがね。どれだけの大雨が山肌を濡らしても、大山の麓には水害の一つも起こらず……豊かな水の恵みだけを下々に与えてくださるのです」

 

「ほら、ちょうど今のように」と指差された山の頂点では、たしかに大きな雷雲が立ち込めていますが……この神都の周辺には、雲の一片すらも見当たりません。山から続く大きな川には清らかな水が流れ続けており、何者かによって守られているような、伝承どおりの悠久の暮らしを感じさせてきます。

 

 ……しかし……なぜか、その霊験あらたかな奇跡〝にも〟見えるはずの異質な光景に……私は、一抹の不安を覚えました。

 

 他の場所とは明らかな違いを見せる天変地異は、ウェニキスを救った敵地――ネムフリャの街に似た〝不自然さ〟を感じさせたのです。

 

「あの雷雲は一年中山頂を覆っており、雨季が近づくとこの近辺にも暗雲を広めるのですが、じゃりゅう様の御力で再びあのように収束するとされています。その細長い体躯を示す轟雷と、剥がれた鱗のような大粒の雨から〝龍の気〟と呼ばれるものですが、イズルグモの大山が人の暮らしに害を与えたことはないとされているのです」

 

「なるほど……この都市も、大雨に適応できるような設備を数多く拵えてありますもんね」

 

「ええ。まあ、昨今では御国様への熱心な信仰も薄れており、少しの水害もないせいか、ある種の形骸化している部分もあって恥ずかしくもあるのですが……雨の恵みを受け続けられ、平和であればそれ以上に望むこともありませんかね」

 

「………………っ……」

 

 町民は朗らかに笑って、先ほどと変わらず、緊張感の欠片も見せずに笑います。その無警戒の言葉が、またもや胸に不安の影を差し込ませました。

 

 信仰が力を失い、人々の暮らしや信心の恩恵を変えてしまったことは――ガンダルヴァ信仰再興の旅で訪れた〝霊水の村落〟のことを想起させたのです。

 

 これまでの旅路で見聞きしてきた体験の〝せい〟なのか〝おかげ〟なのかはわかりませんが……じゃりゅう様によってもたらされると言われている〝平和〟の背後に、何かの気配を感じられたことには運命めいたものを感じました。

 

「ああ、そうだ。じゃりゅう様は〝蛇の神〟とも〝龍の神〟ともされておりまして、各地に残る伝承で畏怖の念とともに語られていました。竜禪と並列で語られる『〝ながきもの〟にも似ている』と思いますし……それに……」

 

「……それに、なんですか?」

 

「ああ、いえ……話しているうちに思い出したのですが……。うちの書庫に残されていた太古の日記帳に、『〝龍喰らい〟と名乗るほらふき男が、じゃりゅう様を鎮めるために大山へ向かい、とうとう帰ってこなかった』と書かれていたんですよね……まあ、その日の食事内容と並べられる程度の雑記なんですけどね」

 

「……龍喰らい……ですか……」

 

「まあ、がるだ様とやらは鳥の神様らしいですし、関係なさそうですが……もしかしたら、イズルグモの大山には貴女の探し物を助けるものがあるかもしれませんね。なかなかに関わりが深そうですし……そろそろ雨季に入って〝龍の気〟も近づきますから、調べるなら早い方がいいかもしれませんよ?」

 

「……そうですね……たしかに、何かがあるかもしれませんから、少し赴いてみるとします。むしろ……何もないといいのですが……」

 

「……え? 武士さん、それはどういう――」

 

「むほー!♡これホントに美味しい~♡ 食後のおやつに、ぜんざいもうひと――ぐえっ!! ちょっ、ござるさん……!!首っ……首、締まってる……まだ、おみやげっ――うぐぅ……!!」

 

 私は男性にお礼と別れを告げてから、路銀のほとんどを食い潰そうとしていた余さんの首根っこを捕まえて、雷雲の色が黒くなりつつある巨大な連峰へと向かいます。

 

 神都に伝わる話を裏付けるかのように……雷雲には龍の身体を思わせる太い稲妻が走り、咆哮のような轟音が響いていました。そして、ばちばち、と大粒で白く見える雨が木々の枝葉を叩く音も聞こえてきます。まるで、蛇龍が巨山にとぐろを巻いて、なわばりを守ろうとしているかのような――強い〝拒絶〟を感じさせるのです。

 

 これまでに越えてきたいくつもの山より、あからさまな神格と重圧を放っている荘厳な姿に挑む私たちは……否が応でも、大自然の中で〝己の小ささ〟を認識せざるを得ず……収まらない胸騒ぎによって震えた心に、さらに冷や水をかけられたような……身が引き締まる思いでした。

 

「……むぐむぐ……これは、なかなかに歯ごたえがある冒険になりそうだな、ござるさん……むぐり……!」

 

「…………何食べてるの……?」

 

「おぜんざいのおもち~」

 

「…………一個、貰ってもいいですか……?」

 

「はい」

 

「………………おいしいね、これ……」

 

 ……身が……引き締まる思いだったんです……!! そんなこんなで……私たちは、頂上を雷雲が覆い隠すイズルグモの大山に挑んだのでした……!!

 

 

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