※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第二八話 龍喰らい

 緊張、そして同等の緩みが混在する……そんな、なんともいえない空気の中で、イズルグモの大山へと入った私たち。ごうごうと、龍の雄叫びのような雷鳴が轟く暗雲の下を歩いていきます。

 

 黒雲と広葉樹の生い茂った葉に日光が遮られた薄暗い世界で、やけにさらさらとした粒の細かい土道に足を取られながら……絡み合う大木の根っこが露出した坂を登っていきました。

 

 太い木々の根元に崖を切り出したような大岩がごろごろと並んでおり、人間が歩ける唯一の場所は天然の水路のように拓かれていました。

 

 目印となる〝橋〟は何故か空の途中で途切れてしまっており、葉によって天が閉ざされていたため、正確な目的地の場所はわかりませんでした。

 

 仕方がないので、私たちは山狩りをしながら――麓にある〝黄葉の神都〟で感じた不安を払拭するために、おかしなところがないかを調べながらガルダ信仰の痕跡を探し続けました。

 

「ふう、ふう……! それに、しても……歩きにくい道ですね……! 道っぽくなってるのに、地面が……固まって、いないというか……おわっ……!? す、すぐに滑っちゃうし……!」

 

「……ん……そうか~? 余の故郷にあった火山道の方が熱くて歩きにくいから、〝それ〟はあんまり気にはならないな~」

 

「か、火山道……熱い……!? まさか、活火山に立ち入ることがあるんですか……!?」

 

「そうそう!溶岩が絶えず流れててね……歩いてると、靴とか草鞋が足の薄皮ごとドロドロに融けちゃってさ! 『あー、また新しいの作らないと!』ってなるんよ! あはは!」

 

「えぇ、怖ぁ……余さんの反応含めて怖すぎる……。っていうか、なんでしたっけ、余さんの故郷…………そうだ、魔界と一緒にしないでくださいよ……!」

 

「あははは! まあアレより――――うひぁっ……!?」

 

 それまでずっと朗らかに笑っていた余さんが、突然顔を青ざめさせて目を見開き――刀の柄に手を掛けながら周囲を警戒しました。

 

「ど、どうしました……? かざま、特に何も感じないんですけど……敵とか……?」

 

「……何も感じない……? たしかに、ござるさんの中にある魔力みたいなのとニオイが似てるけど……そんなことある……? 今……たしかに〝舐められた〟のに……?」

 

 余さんは怪訝そうに目を細めて、じっとりと滲んだ額の汗を拭いながら、歩幅を狭めつつ前進を続けます。

 

「なんだろ……? 目に見えない、何かが……ずっと、余の身体に絡みついてて……気持ちわるいんだよなぁ……」

 

「そ、そうなんですか……? 足元が悪い以外は普通で……むしろ、身体は軽い感じすらあるんですけど……」

 

「……んー……? ござるさんとこの場所、相性が良いのかな……? じゃりゅう様……〝蛇〟と〝龍〟にまつわってそうな逸話があるぐらいだし……ござるさんには、竜禪とかヘビの気配を感じるし……」

 

 蛇念様の未練にも関連することですが……だりゅう、りょうじゃ、などと各地でいろいろな表され方をするように、蛇と龍については姿形が似ていることから、人の意識の中で結びつけて考えられることが多いと聞きます。

 

 ここまでの旅路でも、竜禪の武士と察された私は〝ヘビ女〟と言われ続けてきたので……その感覚にも、排斥されることにも慣れ始めていました。

 

 余さんは腕を組んで首をひねり、うんうんと唸って……ぴん、と角を上向かせるように顔を上げました。

 

「……そうか、この感じ……この気配は……! ござるさん、気をつけて! ここ、〝龍穴〟なんだよ!」

 

「りゅうけつ? それって、たしか……そうだ、お屋形様に聞いたことがあります……! マホラガ信仰を得た、あの離れ島と同じ……!」

 

「此の地を巡っている、魔力やソウリョクなどの〝力〟の流れ――〝龍脈〟の合流地点だよ。吹き溜まりとか間欠泉みたいなもので……ホントなら、もっとわかりやすいはずなんだけど……」

 

 余さんは側頭部に手を添えて、みょんみょんみょん、と頭から飛び出た角で周囲の〝力〟を探ります。あの立派さと可愛らしさを兼ね備えた角は特別敏感らしく、第六感も機能すると聞きました。

 

「……ダメだ……なぁんか、ぼやけとるんよねぇ……。この大山全体に龍穴が点在してるのかもしれんけど……うーん……?」

 

「龍穴の場所というのは、そこまで大事なのですか?」

 

「ん~、龍穴には〝良い大事〟も〝悪い大事〟も集まるから警戒した方がいいんよ。この大山には神都の逸話だけじゃなくて、キョウ全体で蛇と龍に向けられる負の感情が、龍脈を通って集まってるみたいでさ……」

 

「……蛇と龍……それって、つまり…………竜禪も……? 負の感情からの力を注がれているから……私、特に何も感じないんですか……?」

 

 私の脳裏に、反転した信仰によって暴れ狂っていたお屋形様の姿がよぎります。神――信仰の対象となる存在は、良い想いによる祈りだけでなく、悪い想いによる畏怖の念も自らと同化してしまうのです。

 

「…………言いにくいけど……たぶん、そう……。ござるさんも……いろんな所で〝嫌われ慣れた〟んだと思うよ……」

 

「…………なるほど……たしかに、西側の空気には慣れ始めたところですね……。此処は、忌み嫌われた〝ヘビの怪物〟の故郷みたいなもの……というわけですか……」

 

 全力で投げつけられた石が眼前に迫る恐怖――そして、羽織に空いていたいくつもの穴を無意識に見て、身体に刻まれた手足の鈍痛が私の中に呼び起こされました。たしかに、そう言われてみると……この場所には、〝いつもと変わらない雰囲気〟が漂っているように感じられました。

 

 いろいろと調子が悪そうな余さんと、この不気味な状況でも身体が昂揚感を覚えている私。対照的な二人を平等に濡らすように……ぱつ、ぱつ、と雨雫が顔を叩き始めました。

 

「……あ、雨だ……。辺りもどんどん暗くなっているし……雷雲が広がってきているのかな……?」

 

「むむう……! こんなところで身体を濡らすのは良くないですねぇ……業!不知火!」

 

 余さんが指をぱちりと鳴らすと、背後から意思を持った霞色の焔が噴き出して周囲を飛び交い、炎の薄膜を作って私たちを包み込みました。温かな球形の光は強まる雨を弾きながら蒸発させ、さあさあと小川のような快音を奏でて庇護をしてくれます。

 

「その子たちって、戦闘中にも使役している式神ですよね……? 余さんの妖術、すごく便利ですね……!」

 

「えへへ、可愛い子たちでしょ~♪ まあね、余から見たら……自分の力を使わなくていいし、いろいろと変質させられるソウリョクの方が便利そうだけどね! 氷の蹴り技とか、稲妻を迸らせる剣技とかさ!」

 

 拭えない不快感に眉を困らせながら、余さんは明るく笑ってくれました。その気遣いに感謝しながら……私たちは、道なき道を進んでいきます。

 

「……はぁ……はぁ……! この道……ホントに、体力、使う……! まだ、山頂も見えてこないの……?」

 

「が、頑張れ、ござるさん……! 余も――はうっ……!? ちょっ……また、何かの気配が……! もぉ~っ……!」

 

 大自然に弄ばれるように、私と余さんは体力と精神力を少しずつ削られていきました。人が立ち入らないような山道には、休憩や雨宿りをできそうな場所が一切なく――募る疲労が焦りを生み、焦りがさらなる疲労を増させ……負の循環が私たちを追い詰めていきます。

 

 どれだけ歩いても。どれだけ泥を跳ねさせても。何かが見つかる気配は感じられません。日の光が差し込まず、葉を叩く雨音が反響し合うせいで五感が狂い、時間の感覚も乱れていきました。

 

 かなりの時間が経ち――すっかり雨脚が強まった頃のことでした。地面から飛沫が巻き上がり、焔の壁が生む蒸気が漂うせいで視界がどんどん白んでいきました。

 

(……前が、見えない……! でも、休めそうな場所もないし……気配を探っていくしか……)

 

 私の苦心を嘲笑うかのように、さらさらの砂地の上を土砂混じりの水が流れ始め、さらに足元を悪くしていきます――そして、ふいに――どどどどど、と地面を殴るかのような轟音が足裏から伝わりました。

 

「……ん……? なに、この……なにか、大きな――――ッ!?」

 

「はぁ……ふぅ……え……? 余さん、今……なんか言った……?」

 

「……そこ……だめ……ッ……! 今すぐこっちに――」

 

 余さんは大慌てでその道から飛び退き、木々の根元に並んでいた岩に乗って、私に手を差し伸べました。

 

 ぼうっとしていた私は、その〝命綱〟に気づくのが数瞬遅れてしまい――手を伸ばしたときには、既に遅すぎました――。

 

「――ござるさんッ!!」

 

 

 

「……あ………………龍……?」

 

 

 

 ――突然視界に広がった黒ずんだ〝壁〟は、まるで巨大な龍が口を開いていたかのようでした。

 

 土砂と枯れ木を巻き込んだ大水の体躯は、ごうごうと唸りを上げて地面を抉り、水路に合わせて身体をくねらせながら襲い掛かり――私を丸呑みにしたのでした。

 

 

 

 

 

『――〝龍神〟よ。どれだけの人を喰らえば、その腹は満たされるのだ』

 

 

 

『おれは忌むぞ。おれは憎むぞ。命を喰らうばかりの貴様を――貴様を〝善〟として祀る蒙昧の信仰を』

 

 

 

『おれが守る。守ってみせるのだ。胡乱で愚鈍な信仰から、大切なものを――おれの家族を、この命に代えても守り抜いてみせるとも――』

 

 

 

 

 

 ……水底で反響していた誰かの声を、掻き消すように……ぴちょん、ぴちょん、と。水雫が岩に滴る音が命を数え、私の意識を少しずつ取り戻させていきました。

 

「……う……ぁ……?」

 

 ざばざば、ごうごうと。大いなる水の巡りが轟音を立てる薄闇の中で――濡れて重たくなった身体を起こし、鼻と喉に詰まっていた泥水を抜いて……長い時間をかけて、私は再び立ち上がります。

 

 霞む目を揉んで視界を開くと……そこには、岩盤が水流によってくり抜かれた岩屋が広がっていました。青白い冷光を放つ岩壁が煌めきを散らしている、こぢんまりとした岩地のすぐ傍には、奈落へとつながっていそうな大きな滝口がありました。

 

 金属の神具や大きな岩などの重たいものだけを岩地に飛ばし、水流はこの滝を通って地下へ染み渡り、世を巡っているようです。大自然の作る神秘が、その奇跡の洞穴を形成したようでした。

 

「……そうだ……私……鉄砲水に、流されて…………い、つっ……!!」

 

 水流の中で岩や木に打ったのか、身体のあちこちが痛みます。石を投げられたような打撲の痕をさすりながら周囲を探ると……水流から弾かれた物たちの中に、古びた槌と太い楔が交ざっていました。

 

「……これって……たしか、治水の道具――――ッ……!?」

 

 何かに惹かれるように、それを手にしたとき――私の意識は、心の中へと引き込まれました。

 

 ――――――

 

 ――――久しぶりに実体を感じた常夜の庭で、再び目を開いた私は玉砂利を踏み締めて前へ進みます。最初は何もわからずに戸惑っていたこの場所が――今では、自分の記憶に根差した〝心の源泉〟であることを理解できていました。

 

 そんな自分の心の一番深いところに、一つの光が流れ込んできて、人型へと変貌していきます。その存在は――短髪の黒い髪に青い鉢巻をして、がっちりとした胸板を晒しながら……丈長のはっぴを着て、腹にさらしを巻いた壮年の殿方が顕現します。

 

『……お嬢ちゃんは……今時珍しい武士かいね。あたしぁ水計って者でさ。〝龍喰らい〟を生業とし、此の地を巡り歩くは治水の一族……その末裔なんよ』

 

『水計』と名乗ったその人は、私が手を触れた治水の道具――槌と楔を手に取ってみせました。おそらく、道の脇に並んでいた大岩も、彼の治水の仕事による産物だったのでしょう。元から人が立ち入らないような場所なのですから、安全性が二の次になってしまうのも当然なのかもしれません。

 

 私はその御方に礼拝をし、ソウリョクで心を繋げて、想いを通わせます。お互いの気持ちを重ねて、同時に顔を上げると――水計様は『あたしの仕事で危ない目に遭わせたようですまんな』と、少し難しくて、とても人間臭い顔を見せていました。

 

『立札を付けていく前に【龍に喰われて】おっ死んだかと思えば、選りに選って〝龍〟に与するお嬢ちゃんと出会い……信仰について語るときが来るたぁ、神さんも悪戯が好きなもんさ』

 

 ――あまり、龍がお好きではないようですね……?

 

『ん、まあ、好き嫌いで語るなら〝嫌い〟だろうさ。だがよう、お嬢ちゃんはあたしらの嫌う〝龍〟ではなさげだ――それどころか、龍を嫌っている節もあるわな』

 

 ――龍を、嫌っている……? 私はこれでも、竜禪の武士ですので……そのようなことは……。

 

『ほんじゃ、その【竜禪が龍を嫌っとる】のだろう。いやはや、なんとも因果なもんだがよ……此処で会ったのは間違いのない縁よ。〝龍避け〟に恵まれたお嬢ちゃんには、あたしら一族のガルダ信仰を託すべきだわな!』

 

 理解が及ばない私を置き去りにして、水計様はがらがらと転がった本坪鈴のように気持ちよく笑いました。そして、私に祈り捧げるように求めて想いを通わせ――下腹部の八武の紋に、六つめとなる信心を書き写させてくださりました。

 

『……さて。これでガルダ様は八武に習合されたっつう話だが――武士のお嬢ちゃんよ。信心を快く明け渡した代わりに、一つ、願いを聞いてもらってもええかい?』

 

 ――無論です。どのようなお話ですか?

 

『はは、お嬢ちゃんがええ子で助かるわ。あたしぁな、こん大山に伝わる〝じゃりゅう様〟なんつう〝無責任な神話〟の根源を鎮めに来たんだがよ……その仕事の途中で鉄砲水を喰らって、無様にくたばっちまったんさ』

 

 ――鉄砲水……私も、それでここまで流されてきましたが……凄まじい力でした……。

 

『がっはっは!そりゃあ、水の流れは古来から〝龍〟として畏怖の念を抱かれ続けてきたもんだからよ! どんだけ神性を備えようと、人っ子一人で助かることは疑いようもない奇跡だろうさ!』

 

 ――……奇跡……ですか……。

 

『おうよ! それで生きとんなら、やっぱりお嬢ちゃんは【持っとる】んだろうよ――その祝福と、このおぞましい大山に挑む度胸を見込んで、頼みがある! どうか、この吹き溜まりに根づいちまった〝蛇と龍への畏怖〟を祓ってくれ!』

 

 ――蛇と龍への畏怖を……? でも、じゃりゅう様は善神なのでは……?

 

『イズルグモの大山に宿っているんは善神なんかじゃねえ! 各地から負の感情が流れ込む場所に根差したのは、【人が〝水〟に抱く無数の恐れ】が縒られた一本の巨体――大蛇の怪物である〝おろち〟なんさ!』

 

 ――じゃりゅう様が……大蛇の怪物……!?

 

『ああ……! そのせいで、あたしが打ち込んだ〝治水栓〟や整備した〝蛇腹〟では足りんかった……! しかもあのヘンな光の輪が広がってから、此処には〝龍〟への怨恨が大量に流れ込んできとる……!! 〝じゃりゅう〟への畏怖が広がっとる今の雨季は、きっと越えられんぞ……!!』

 

 ――そんな……! では、神都の人々は……!

 

『あんな大川を跨ぐような不用心な土地じゃあよ、大洪水が起きたらひとたまりもねえ!! 神さんの悪戯で、たまたま無事に暮らせていただけなんよ……こんままじゃ、あん都は〝じゃりゅう〟に喰われちまうぞ!!』

 

 ――……!! ど、どうすれば、その大蛇の怪物を祓えますか……!?

 

『お、おお! さすがに肝が据わっとんな! ほんじゃ、あたしら一族の力と技法も一緒に預ける! 身体を失っちまったあたしにはできんこった――〝龍喰らい〟の使命、頼んだぞ!!』

 

 水計様の必死な言葉とともに、その人型の光が崩れて……私の中に、熱い想いが流れ込んできました。下腹部に刻まれた〝鳥〟の字が焼けるように輝く痛みを感じながら――私の意識は庭園を後にして、外の世界へと浮かび上がっていくのでした――――。

 

 

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