※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第三七話 たとえ奇跡が終わろうとも

 ざあざあと。聞こえていた時の流れが、ゆるやかになっていきました。

 

 ぼこぼこと。見えていた夢の終わりが、無数の泡となって煌めきながら浮き上がっていきました。

 

 永遠――そう思えるほどに長い……とても長い追憶を感じていた私の意識が、澱みを泡に洗い流されながら、少しずつ浮上していきます。

 

 どくん、どくん、と。此の地を巡り続ける、力強い命の鼓動に心を震わされながら。私たちは、水底から湧き上がる〝力〟に癒やされ――背中を押されるように、陽光に見守られる世界へと戻っていきました。

 

 私を包み込んでくれていた温もりと共に、分厚い光の膜を破って――煌めきが散る飛沫の中で、咳き込みながら水を吐き出します。

 

「おおい、浮き上がってきたぞぉ! 知らん男と……あっ!武士さんだ!!」

 

「ッ!! キミたち!浮き輪とロープ……いや、ボートにタオル積んで、すぐに出して!!急いで!!」

 

 殿方の手に抱えられ、船の外に身体ごと突き出されて湖面を見下ろしていた小熊が……「寝覚めが悪くなるようなことしないでよ!もう!」とぼやきながら、私たちの姿を見て大きく胸を撫で下ろしていました。

 

 ……………………。

 

 水に浮く輪っかに掴まった私は、人間の姿に戻っていたお屋形様を背負いながら、一味の方々によって小さな船の上へと引き上げてもらいました。ふかふかの布で水を拭き取りつつ、泣きながら抱きついてきたぽこべぇをよしよしとあやしてから……ぽこべぇと一緒に、お屋形様の様子を確認します。

 

 くぐもってはいたものの、どうにか呼吸はしていました。召し物の背中側は大きく焼け焦げており……その傷だらけの背中は紫色に爛れていましたが、出血は止まっていたようでした。

 

「よかった、思ったより傷が浅い……。湖の龍穴から湧き出るソウリョクが癒やしてくれたんだ……!」

 

「そうですね、浅……えっ……!? こ、この、肉が抉れた傷と……死にそうな火傷で、ですか……!?」

 

「? ええ、まあ……お屋形様が負う傷は完全に治らないものも多いですし、襲撃された直後とかはもっと酷いので……」

 

「……イカレてるわ、あんたたち……そりゃあ、蜂の巣にしたぐらいじゃ心が折れないわけだわ……」

 

 麗女の呆れた声に苦笑しながら、私は気を失っているお屋形様の呼吸を確かめて、息を吹き込んで水を吐かせました。周囲の目があったので少し恥ずかしかったのですが……緊急事態ということで深めに接吻をしてソウリョクを吹き込み……治癒の速度を少しだけ上げたのです。

 

「んく、ぷっ……るる……ぷあっ……。これで、少しは良くなるかな……?」

 

「ひょー、ディープキスも慣れてるなぁ……苦労してんスねぇ」

 

「なに他人事みたいに言ってんのよ、ばかちん。襲撃の指示出してんの、あたしたちの元上司だし……痴女神に喰われたあの子たちの仇なんだからね」

 

 マルテーサ……いえ、小熊の身体になったクマルンが、もちもちの腕を窮屈そうに組んで鼻を鳴らします。

 

「あんたを襲ったのは、間違いなくブスジマさ……ブスジマの刻印の力ね。よっぽど執念深く殺しにかかっていたし……あたしたちがリュウゼンに絆されることも想定の内に入っていたみたいだし。教団のために尽くしてきたつもりだけど……結局、烙印された裏切者は、最期まで裏切者ってことよね」

 

「……マルテーサ……」

 

「ム……同情なんてやめてよ、公開生ハメよりキッツいワぁ。辱しめなら……生き恥晒すだけでお腹いっぱいだわよ」

 

 マルテーサは私の身体によじ登って、ぷにぷに、と手のひらで鼻をつついてきました。憎まれ口を叩いてはいるものの、その柔らかい表情には……敵意など、まったく見えておりませんでした。

 

 ――ちょうど、その時でした。視界に入っていたマルテーサの海賊船が突然発光し、煌めく粒子を放ちながら……少しずつ姿が透けて、存在感を失っていったのです。

 

「ああ……船長の船が、消えちまう……! 船長の……俺たちの居場所が……俺たちの宝物が……!」

 

「……仕方ないわよ……元から、全部与えられたものだったからね……。身体は元々作り物だったし、立場だって用意されたもの……うふふ、この命だって悪魔の魔性から切り離された〝存在しなかったもの〟――何もかも失って、逆にらしくなったかもね」

 

 物憂げに視線を落として、水面に映した自分の顔を見ていたマルテーサでしたが……その小さな身体はすぐに一味たちによって抱えられ、暑苦しい輪の中心に収められました。

 

「ひょわっ……うおおおおっ!? ちょっと、キミたちっ……レディーのことはもっと丁重に扱いなさいよ!またおしっこ漏らすかと思ったわ!!」

 

「なァに一人で黄昏れてんですか、〝船長〟!!」

 

「たとえ神の与えた奇跡が終わろうとも、貴女が拾ってくれた命も、貴女が見せてくれた夢も在り続けます――俺たちの冒険は終わらないってことですよ!」

 

「そうさ! 立派で便利な船がなくなっても、航海ができなくなったワケじゃねえ! ハートスナッチ号よりもすんごい船をこしらえてやろうぜ!」

 

「死ぬか隷属するしかなかった俺たちに、武士さんが時間を作ってくれたんだ。今度こそ、あんな豚男に支配されない……俺たちの、本当の居場所を作るんだ!!やってやろうぜ、野郎ども!」

 

「「おう!!」」と勇ましく拳を突き上げ、高らかに吼え立てた男たちの顔には、はち切れんばかりの生気が宿っていました。ソウリョクや女神の加護を失っても、たくましく生きていける――そう信じられるほどに、いきいきとした〝命〟の鼓動を感じたのです。

 

「それに、ほとんど全部が与えられたモンだからってなんですか! 俺たちは、船長の立場や見てくれだけを愛してるワケじゃないッスよ!」

 

「そうだそうだ! 真面目なところとか、優しいところとか……すぐヘラっちゃう可愛らしいところとか……!そういう、借りモンじゃない〝船長自身〟が好きなんだ!」

 

「船と職が失くなっちまったんだから、今度は俺たち自身が船長の居場所になりやすぜ! さあ、こっから再スタートッスよ!!」

 

「……ッ……キミたち……う、ぐぐ……うばああああ……! わああああああん……!!」

 

「うわァ!船長の感情がまた壊れたァ!ワハハハハ!ワハハハハハハハ!」

 

 男たちの豪快な泣き笑いに囲われながら、クマルンは顔をめちゃくちゃにして……赤子のように泣きじゃくっていました。かつての可憐で艶美な顔では、決して晒せなかっただろう崩れ具合で。

 

 感情を剥き出しにして、ほとんどのものを失って……それでも笑って愛してくれる人たちに包まれながら、幸福を噛み締めていたようでした。

 

「一件落着……で、いいのかな?」

 

 私は膝に乗ってきたぽこべぇを抱いて、もふもふと撫でながら……消えゆく海賊船と、残り続ける人々の絆――対称的に見える二つを眺めます。

 

 天を覆う輪っかに啜られていく宝物の激しい輝きよりも、目の前にある小さな温かい光の方が、よっぽど眩しく思える……そんな、どこかで聞いたような冒険譚の終わりと、新たな人生の始まりを見届けたような気持ちになりました。

 

 ……………………。

 

 それから、しばらくして。LEONの人たちが大きな機械の脚をごろごろと転がして、迎えに来てくれました。「いろはちゃんが勝った後のためにいろいろと準備をしておいた」というのはレオーニオの言葉らしいです。

 

 どうにか信頼に応えられたらしい私は、傷ついたお屋形様、ぽこべぇ……そしてクマルン一味と一緒に、イサリビへと帰投しました。

 

 移動中にいろいろなお話をしたのですが……毒島の支配から解放されたクマルン一味は、イサリビでしばらく暮らして、新しい船を作りながら、私たちに力を貸してくれるということで落ち着きました。

 

「まぁ、裏切者の言うこと、やることなんて信じられないだろうけど……リュウゼンへの破壊行為をした罪人は、目の届く場所に置いておいた方がみんな安心できるんじゃない?」

 

 ぶっきらぼうに自嘲していたクマルンでしたが、説明を聞く限り、彼女たちの行動には情状酌量の余地が十分にありましたし……反省する罪人にふさわしい罰を与えて更正させるのも武士の役目です。レオーニオと同じように、お屋形様と私の管理の下でイサリビに暮らし、罪を償ってもらうことになりました。

 

 夕刻頃にイサリビへ到着し、防衛体制に徹してくれていたアマネ殿や余さん、住民の方々にお礼を述べたのち……クマルン一味は、LEONキャンプに合流。ぽこべぇは、珍しく上機嫌を顔全体に表せて接吻の雨を降らせていたウェニキスと一緒に何処かへ消えてしまいました。

 

 寝所まで運んでもらったお屋形様を慎重に寝かせて、私たちはふたりきりになりました。静かな寝息を立てて、端正なお顔を夕焼けに照らされている此の地を守る神様は……立派で、とても優しい……〝人〟にしか見えませんでした。

 

「……イロハと呼ばれていた、あの男の子……。剣術の型も、お顔も……何もかもがお屋形様そっくりだったし……それに、何よりも……」

 

 私は、かつて一緒に寝ていたお屋形様が語ってくれたこと――自分が人身御供のなり損ないだった、ということを思い返していました。

 

 あの時と同じように、私はお屋形様のお布団に潜り込みました。火薬と血、そして肉の焦げた臭いが染み込んだ身体に抱きつき……胸板に頬を擦り付けて、縋るように顔を埋めます。

 

「……こんなに、小さかったかな……」

 

 自分よりも何回りも大きな男体……それでも、〝神〟と呼ぶには心許なく感じる大きさの体躯と、とくん、とくん、と優しく伝わる鼓動の温もりを感じます。

 

 父上の代わりを務めて私を育て上げ、武術の師匠としてたくさんのことを教えてくれた人……その想いの源泉は、きっとあの時の肩代わりから、何一つとして変わっていないのかもしれない……不思議と、そう思えました。

 

 この人は、助けを求めている人のために……自分にできることを、必死にやり続けていただけなのです。優しさと慈愛が奇跡を呼んで信仰の象徴となり、さまざまな想いが募る〝拠り所〟となって……その延長線として、此の地を何千年も守り続けてきたのです。

 

 それはとても立派なことですが……同じぐらい切なくて、心が痛む事実でした。そんなことも知らずに、私は我儘ばかり言って……この御方を困らせて……いつしか、似た場所に立つようになっていました。

 

「……ぽこべぇから見た私も……こんな感じ、だったのかな……」

 

 たまに、思い出したかのように痛みが走る手を見ながら、私は乾いた笑いをこぼしました。そして、お屋形様の身体をずりずりと這い登って……いつの間にか、見るだけで胸をぎゅっと締め付けられるようになったお顔を覗き込んで……心の底から信仰を抱き、祈りを捧げるように接吻を交わします。

 

「……ん……っ……」

 

 胎内に宿っていたソウリョクではなく……私の心の内から湧き出る、炎のように熱くて、きらきらと光を放つ温もりを――渦巻くほどに激しい流れを産む力を、吐息と唾液に織り混ぜて……私が生きて、全身で感じた〝命〟のときめきを大量に注ぎ込んでいきました。

 

「むぐ……。この、唇……ソウリョク……風真、か……ぬむっ……!」

 

 お屋形様は目を閉じたまま、胸に乗る私の背を抱き締めました。もそり、もそり、ともどかしそうな身動ぎが衣擦れを立てて、私の気恥ずかしさを音で表しているかのようでした。

 

「んん……ちゅっ……ふふっ……♡ くぷ……ぷあっ……♡ 『ソウリョクや祈りが誰のものか』まではわからないのではなかったのですか?」

 

「……ううむ……。そのはず、だったのだがな……おまえだけは、特別なのだろうな……」

 

「……それは、私に刃桜さんの面影を重ねているから、ですか……? もし、そうなら……私は……」

 

「フフ……それは違うぞ、風真……。あの子とおまえが同等なら……このような、弱りきった姿など見せるものか……」

 

「あ、あ~……お屋形様の兄馬鹿ぶりなら、たしかに、こんな風にじゃれてこないですよね……」

 

 私は、よくわからない嫉妬心に自分の好意を焼かれていたことが恥ずかしくなって……彼の首筋に顔を隠しながら、甘えるように抱きつきました。

 

 すると、お屋形様は小さく鼻を笑わせて……私の頭を優しく撫でてくれました。

 

「その心で見たのだな、おれの源流を」

 

「…………はい」

 

「そうか。おまえは、どのように感じた」

 

「んー……そうですねぇ……いろいろと、思うところはあったのですが……」

 

 私は再び、お屋形様の素敵な顔を覗き込み……夕焼けでも隠せない顔の赤みを晒して、はにかみながら笑みをこぼします。

 

 

 

「『神様ってこんなもんか』……ですね……♪」

 

 

 

 かつて犯した、無知故の不敬。その言葉に重ねて……少しだけでも、その寂しさと苦痛に寄り添えた者として、精一杯の好意を伝えました。

 

 お屋形様は面食らったように目を見開き――「そうか」とだけ呟きました。そして、長年の責務で強ばっていた頬を目一杯に緩ませて……とても人臭い微笑みを漏らして私の身体を強く抱き締めます。

 

「きゃっ……!そんな急に……あ、んっ……♡ お屋形様、硬いの当たってるんですけどぉ……!♡」

 

「また斯様な甘い声を出しおって……おまえがそのようにさせたのだぞ……! 身体は痛むが……今は、おまえのことが欲しくてたまらないのだ……!」

 

 直接注ぎ込まれたあついソウリョクで、ある程度快復していたお屋形様は――猛々しく息巻いて、私を布団に組み伏せました。互いの衣服を剥ぐように脱ぎ散らかし……ふたりの素肌をするすると布団に滑らせます。

 

 恥ずかしがる私を宥めて、乳房の膨らみを育てるように揉みしだいてから……下腹部を撫でて、刻まれていた〝八武の紋〟に宿る六つの光を見下ろします。

 

「……六つ……あれ……? お屋形様の心に触れたのに……まだ、ナァガ信仰が……どうして……?」

 

「おれの過去を見たとて、そこは変わらぬよ……ナァガ信仰は、竜禪と完全に同化している。そして、『最後の信者はおれではない』。此処に宿すには、少し工夫をしなければならんのだ」

 

「工夫……? それは、どういう――ひゃんっ!?♡ ちょっ、と……お屋形様っ……♡ 真面目な話、してるのにっ……♡くちゅくちゅ、しないでっ……あぁんっ……!♡」

 

「こんなにもほとを濡らしておきながら何を言うか。それは、いずれでよいだろう……今宵は互いの心身を癒やすぞ、風真」

 

「ん、んんっ……!♡ わ、私はもう、怪我が治って……くひぃん……!♡ あっ♡あっ♡そこっ♡だめぇ~っ……!♡」

 

 ……その晩は、誰も居なかったのをいいことに、お屋形様にめちゃくちゃにされてしまいました。

 

 濃厚な神酒をずるずると〝直接〟啜られて、戦場で風穴を空けられていた手足を隅から隅まで舐められて……とろとろにほぐれた心身を最奥まで愛され続けました。

 

 日が沈むどころか、昇った月が空を降り始めるまで、私は何度も意識を飛ばしかけました。そして、お腹がたぷたぷになるほどに子種を注がれて、絶頂に喘ぐ身体を押し広げられて苦悶の声を漏らし続けました……まったく、お屋形様の留まらないすけべ具合にも困ったものです。

 

「ぐ、おおおおっ……! 風真、止まれっ……!馬乗りで暴れられると、背中が……!い、一度、休憩を……!ぬおっ……し、搾り取られっ……ぐっ……!!」

 

「ふくっ♡んっ♡ひゃああんっ!♡ あっ♡熱いの出たっ♡お屋形様のおち✕ぽっ♡どくどくって……あっ♡あっ♡またキたっ……♡ わ、たしもっ……くっ、ううううんっ……!!♡」

 

 ……まあ、多少の認識の違いはあったかもしれません。ほんのちょっとね。うん。

 

 そんなこんなで、食事すら忘れるほどに熱くてねばねばとした夜通しの逢瀬となったのですが……この夜は、〝儀式〟という感覚がとても薄かったように感じていました。

 

 互いが温もりを求めて身体を寄せ合い、互いが愛を求めて内側まで入り込む……外の世界を排しながら、相手の恥じらいすらも貪っていたかのようでした。

 

 内外から注がれたソウリョクの激しい熱を感じながらも、体力を使い果たした身体では溢れる活力を扱いきれず、布団の上に転がりました。

 

 月夜に見守られた狂乱の肉宴。風に吹かれて涼しさを感じる蒸し暑さ。乱れる吐息。垂れ落ちる汗と性汁。熱を帯びた湿気が満ちる寝所に、男女の身体が並びます。

 

 私は、見えない場所にある手を動かして、大きくて節くれだった手を探り当てて……指を絡ませるように繋ぎます。すると、お屋形様も私の手を握り返して……大きな手で、私の気持ちを包み込んでくれました。

 

「…………お屋形様」

 

「……どうした、風真」

 

「あの……今さら、ですけど……。かざま……私は、お屋形様のこと……殿方として、お慕いしております」

 

「……………………」

 

「……え、無言……? さすがになんか言ってくれません……!? けっこう頑張って言ったんですけど!?」

 

「むむ……! いや、な……嬉しくて、言葉が出なかったのだ」

 

 お屋形様は手を握ったまま、私の身体に覆い被さって……額を擦り合わせながら、熱っぽい吐息に合わせて想いを紡ぎました。

 

「……神として、あるまじきことだが……マルテーサに囚われたおまえを見て、攘夷の任を放り出してでも救わんと願ってしまったほどに……おれは、おまえに心惹かれていた……。そして、おまえは……あの頃よりも、さらに魅力を増している……男として……好意を告げられて、喜ばぬ理由がなかろう」

 

「……じゃあ、どうして……そんなに、つらそうにしているのですか……?」

 

「…………風真……。おれは、おまえに…………」

 

 目を逸らしたお屋形様はそこまで言って、口をつぐんでしまいました。

 

 龍神の湖のことも黙っていた人ですから、言葉にできない想いを抱えているのでしょう……そのように考えながら、私もそれ以上は何も言わず、彼の背中をそっと抱き締めて……ふたりの寝息が重なるまで、ぼんやりと月を眺めていました。

 

 その時に思い出していたのは、あの朧月の夜――お屋形様に、〝柱〟として据えてもらったときのことでした。武士として生き、人ならざるものとしての道を進む決意を固めたときから、ずっと地続きで――時と運命が、一本の道で結ばれていたように感じました。

 

 ……私は、予感していたのかもしれません。あの時から決まっていた、運命の存在を――私が突き立てた不義の刃は、不可避の未来だったということを。

 

 

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