イワト救済からの一ヶ月間――いろはが毒島から与えられた猶予期間は、あっという間に目減りしていった。
いろはは各地を巡り、素材や宝刀を集めながら、イサリビの機能と自身の力を最大限に高めていた。キョウの遥か西側にある〝修羅の州〟に挑戦したり、土着信仰が残っているために太陽志士が暴れている地域の手助けをしたりすることで、竜禪の底力を引き上げることに専念した。
竜皇はその間、各地に散在している国を忙しく飛び回り、段階的に始まった異教の大規模侵攻に応戦する日々を送っていた。キョウ内部で密かに建設されていた軍事工場から、製造が完了したばかりの大型機械による小規模の〝襲撃〟が頻発するようになっていたのだ。
当初は、報せを受けたいろはが応戦と助力を申し出たものの……竜皇は毒島の攻撃が宣言されている期日までに、最大限の準備を整えるために分業を提案した。〝ながきもの〟や異形の竜人への畏怖を募らせてしまうリスクを承知の上で、『これが未来を繋ぐための最善手だ』と言いきった。
いろはの力は対人戦闘に特化しており、竜皇は〝襲撃〟への応戦で対機械戦闘の経験を豊富に備えていた――そのように論理を立てられ、最後まで渋っていたいろはも納得せざるを得なかった。
そして――神の下した運命が、人の心を嘲笑う。それは、分業開始から一週間ほどの時が経った頃――毒島との最終決戦があと三週間ほど先に控え、各々が戦場に身を置いていたある日のことだった。
『ふんッぬ――ぉおおおオオオオオッ!!』
風を切る黒い砲弾が、砂塵を巻き込みながら回転し――煌めく光刃に横薙ぎの一閃に、跳び上がって振り下ろした断罪の天雷を交差させる。
薙ぎ払いによって空間に光の波が立ち、小型の人型兵器がひしゃげるように潰されていく――至る所に装備した機銃で自然を破壊し、背中から大量のミサイルを噴射して空気を汚染させていた大型兵器が、鈍い音を立てて四つに分かれて爆発とともに沈黙した。
黒煙の嵐が吹き荒ぶ爆炎に、鱗の棘を立たせた竜人の影がこびりつく。かつて空を我が物としていた大翼は欠け、鱗の再生も間に合っていない姿は歪に変形していたが――その傷ついた両手には、神威を放つ二振りの大太刀が煌々と輝いており、武人としての風格は一切損なっていなかった。
キョウの〝刃〟は追い詰められた命の窮地において、余計なものが削ぎ落とされ、感覚が研ぎ澄まされていく。振るう太刀筋は鋭さを、背負う権威は神々しさをさらに増し、当初は手を焼いていた大砲塔の重装戦車すらも難なく斬り伏せられるようになっていた。
『は、ァッ……ハァッ……!! これで、終わりか……!!』
『えーと……んー……そっすね! 生きてる電波信号は今のデカブツで最後みたいです。お疲れ様でした、リュウオウ様』
竜皇の頭部に装着された通信機から、若干のノイズが混ざった麗しい声が発される。その言葉でようやく緊張を解けた守護者は、〝アメノムラクモ〟と〝クサナギノツルギ〟を地面に突き刺し、どっかりと尻もちをついた。
『……其方も、よく支援してくれた……恩に着るぞ、レオーニオ。背後や空中からの攻撃は、其方の協力がなければ防ぎきれぬ……命を守ってもらっている、というのは過言ではあるまい』
『んへへっ……♪ アンタにそう言われんのは、まあ、フツーに気分イイっすね……♪ じゃあ、ご褒美はいつものアレでいいですよ♡』
『…………やれやれ……イサリビに戻れたら、必ずな』
『わーい、やったー♡ まあ、それは冗談としてさ……リュウオウ様、バイタルの数値がかなりヤバそうなんで、一回戻ってこれませんか? つっても、いろはちゃんが不在なんで大した回復はできないかもですけど……あたしのソウリョクなら、少しは……』
『……うむ……レオーニオの顔も見たいからな、そうしたいのはやまやまだが――』
守護者の言葉を遮るように、通信機から警報が発される。LEONが全ての国に設置した発信機が、無慈悲にも敵襲の発生を伝えてきた。
『――このとおりだ。すまないな、レオーニオ……其方の声に応えられなかったのは、これで何度目だ』
『あはは……まだ二桁なんで、大丈夫…………っす……。えっと……なんだっけ……そうだ、次の……座標……てんそう、して…………う…………』
『レオン様!? もうフラフラですよ……やっぱり、もう少し寝ないと……!!』
『先日の仮眠だって、たったの一時間ですよ……!? あれからもう何日も徹夜して……ああ、注射器とエナジードリンクの缶が邪魔すぎる……!!』
人が慌ただしく動き、がらんがらん、と軽い金属の筒がけたたましい音を立てて転がり散っていく。その様子を音だけで把握している竜皇の通信機に、新たな座標が送られてきた。
『うぐ……くそ……動け……! 眠るな……恩人たちが、困ってる……まだ、やること……あるんだって……!!』
『レオン様! 後は俺たちがやりますから……!!』
『……うるせぇっ……!おめえらも、ぜんぜん寝てねえクセに……ナマ言ってんなや……! あたしが助けんだ……リュウオウさまは……あたしが……………………ぐう……』
『……ッ…………頼む、お前たち……レオーニオを休ませてやってくれ……!』
『あ、アイサーっ! 壊れていた武装のメンテナンスと弾薬の補給も終わったので、目的地に向かってすぐに射出します!』
『こっちも二四時間体制の総動員でやってますが、何分損耗が激しくて……! まだ一部ですし、数もそこまで多くはないんですが……多勢に挑むなら、火器も少しは要るでしょう……!』
『……感謝するぞ、レオーニオの臣下たちよ! 其方たちも、決して無理はするな……!』
『…………それは、こちらのセリフですよ……貴方って御人は……! たった一人で……いったい、何万機を潰してんですか……!?』
『……三万と、二六……四だ……。数え方が、これで正しいかはわからぬがな……』
竜皇は刀を杖代わりにして重い腰を上げ、バチバチと電気の鼓動を奏でる機械の残骸に手を突っ込む。その心臓部に収まっていた箱を取り出し――動力部に管で繋がっていた硝子の筒と、じわじわとソウリョクを搾り出されていた光液の集合体を憐れみの目で見下ろす。
『……こやつらも、〝混ざって〟しまっているか……。レオーニオから話を聞く限り……今、其方たちは……【愛したマテルの胸に抱かれ続ける】という、幸せな〝一つの夢〟を皆で見ているのだな……』
守護者は〝アメノムラクモ〟を握り、天色に煌めく断罪の刃で次々にヴィータを破壊していく。光液化した後に他の存在と混ぜられ、燃料として消費されるだけになった命は、もう二度と〝個人〟には戻れない――そのことを知っているからこその〝救済〟だった。
『素晴らしい夢に水を差すことを……異教が示す〝命〟を奪うことを、許せとは言わぬ……だが……せめて、安らかに眠るのだぞ……』
存在を赦され、原罪すらも雪がれた光の液は、無数の粒子となって宙に舞い揺れる。偽りの〝夢〟から解放された命たちが、天に蔓延る輪に吸収されずに、空の彼方へと戻っていく。
『輪廻を巡る命に、幸多からんことを』
竜禪の首長は、遥か昔に習合した〝輪廻転生〟の概念に則った刃で罪を裁き、取り返しのつかない選択をしてしまった人々の魂を葬送し続けていた。
肉体という〝枷〟から解き離れた魂は、身軽になって天へと還り、また新たな命を得て幸せを追い求める。その理を守る行為が異教における殺人だとわかっていてもなお、ソウリョクという機能を使った非人道的行為を見過ごすことはできなかったのだ。
『……風真……おれも、自らの信念を握り締め、我らの生きる〝道〟を信じている……共に、同じ明日へと向かおうぞ……!』
精一杯の祈りを捧げた竜皇は、両脚に力を込めて肥大化させ、漏れた油が引火してできた火の海の中で跳躍する。
地面を陥凹させるほどの力強い足蹴と欠けた翼の羽ばたきが大風を巻き起こし、周囲の火災を一息に鎮めながら、次の襲撃地へと向かったのだった。
……………………。
それから、さらに一週間の日時が経過した。終戦間際を思わせる厳戒態勢で挑んだ内地襲撃への応戦は熾烈をきわめ、各地で戦火を巻き起こし――同時に、大いなる羽ばたきによる鎮火が行われ続けた。
迅速な対応の甲斐あって、その間の動向は、各地の情報が接続されていないキョウの地にて風の噂程度にしかならなかった。各地を巡るいろはの心労を抑えるために、LEONの中には強力な情報統制が敷かれていた。
守護者は、レオーニオやLEONの支援を受けて生死の境界線上で戦い続けた。ソウリョクの浪費を抑えるために、開発した武装による火器攻撃と〝攘夷〟の意志を宿した二振りの刀を主力としたが、大群を相手にした際には熱光線やディヴァ信仰の天焔を口から吐き、鋼鉄の群山を融かし尽くしていた。
救援した国では、〝柱〟と儀式を執り行うことでその地のソウリョクを受け取りつつ……〝ある言いつけ〟を残してから、また次の襲撃地へと向かう。それを延々と繰り返し、守護者はキョウの各地を渡り跳んだ。肉体的には臨死を迎えても、ソウリョクによって意識や〝命〟が繋ぎ止められるため、何十度も死地から蘇って戦場に返り咲いていた。
その長き旅路の終着点――ネムフリャの街の付近にて。血煙に汚れた竜人は、城塞級の兵器が背中から放った大型ミサイルを掴んで上空まで跳び上がり、燃料タンクを斬りつけて爆炎の大輪を咲かせる。赤々と血色に赤黒く燃ゆる空にて、奪い取っていたポッドから大量の火槍を噴射して科学の炎雨を降らせ――弾頭にまとわせた天神のソウリョクで小型兵器を圧砕し、数多くの魂を一斉に救済した。
『――終わりだ……!! ――――――――ッ!!』
キョウにそびえる不死山の火口を思わせる轟音を響かせ、肉が爛れた喉に天輪が輝き――ごごう!と太陽色の焔帯が発される。降り注ぐ極光の如き光熱は、異教の最終兵器である〝移動式都市型城塞〟を上空から覆い尽くし、その大半を自然のあるべき姿へと還した。
神への羨望を焦がす焔は城塞のほぼ全ての部位を浄化し、心臓部にあった高層建造物級の超巨大ヴィータだけが燃え残った。竜の喉を焼失した竜皇は、血混じりの黒煙を吐きつつも刀を振り抜いて直下し――日輪に閃かせた刃を以て、数万人の命が雑多に詰め込まれた〝夢〟という名の牢獄を一刀両断する。
――この一五日間で、竜人の刃が破壊した兵器の数は、これで三四万六八五三機にも上った。数人分のヴィータを搭載しただけの小型機や、レオーニオが発見した軍事工場で未稼働だった兵器を含む数字ではあるが……一〇〇〇万人弱の〝命〟を高効率に運用した現代兵器を相手にしていたのだから、〝大快挙〟の一言に尽きる戦果だった。
『……もう、いいのだ……安らかに、眠れ……』
持てる力を使い果たし、放つ光が鈍くなり始めた〝アメノムラクモ〟を焦げた地面に突き立て――ふらついた竜人が、無数の機械の残骸を墓標として黙祷する。
竜皇は救えなかった命の全てに、夢を醒めさせてしまった詫びを含めて、神妙な祈りを捧げてきた。存在が混ざってしまい、所在も顔も、名前すらも失ってしまうほどにとろけた人々の魂を手厚く葬り続けていた。
『――……ざ、ザ……………………あ、よか……だ…………繋がった……!! 電波中継車のシステム、かろうじて生きてるっぽいぞ……!!』
『リュウオウ様ー!! 聞こえますかー!? 今のデカいので……それで最後です! キョウの中で稼働反応があった新型兵器……全部、潰しましたァ……!』
『やった……いやったぞぉおおおっ……!! あとは最後……そこの廃棄済みファクトリーだけだ……!リュウオウ様の……俺たちの、勝利だ……!!』
音割れが酷くなった通信機越しに聞こえてきた、完全徹夜二日目の男性構成員の声――そして、力なく響いた涙交じりの歓声たちが、とうとう火器戦争の終了を宣告した。
国において建物の損害等は発生していたものの、いろはや竜皇の献身的な活躍に感化された武士たちの優れた指揮が功を奏し、国内の犠牲者はなんと皆無だった。
――電源が生きている兵器は全て破壊した。囚われていた命たちも全て解放して弔った。竜皇は宝刀を右手に握ったまま立ち尽くし、空から祝福を送り続けた太陽を仰ぐ。
『……なあ、ソラ……。託された意志は、どうにか果たせそうだぞ……届いて、いるか……この声が……』
竜皇は満身創痍だった――左腕は爆風で吹き飛んだまま欠損し、右脚も膝から下は急ごしらえのがらくた義足でようやく立てている状態だった。威光を放っていた翼は完全に喪失し、焦がした血肉で無理矢理に張り付けた炭鱗も、既にぼろぼろと剥がれ始めていた。
……それでも、今際のきわに立ち続けて、泥臭い勝利を収めた。守護者という大役を務めた現人神の成り損ないは、此の地の〝今日〟を脅かさんとする者たちの、内部からの侵略を完全に抑止することに成功したのだ。
……目もかすみ、意識を保っているので精一杯だった。守護者は事切れたように変身を解いて人の姿に戻り、右手に国守の宝刀を握って、右足を引きずりながら死力を振り絞って前進する。
「………………皆の者……よく、やってくれた……! よくぞ、このつらい戦いの中で……最後まで、おれについてきてくれた……!」
『ははは……! ははははははっ……!! そりゃあ、もう……絶対に勝つ、って信じてましたから……!!』
『でも、やっぱすげえや……! 信じてたのに、なんかもう、信じられないよ……!リュウオウ様は俺たちの希望そのものだ……!!』
『…………ふぐっ……うおっ、寝かけてた……! あ、おーい……! 誰かさァ……集中治療室のレオン様にも知らせてやってくれぇ……!! 俺もう動けねえや……!!』
「む……それは、控えてやれ。あやつが倒れてから、まだ数刻も経っておらぬだろう……全てを終えたら、おれの口から労おう」
『……あー、そうですね!それがいいですね……! レオン様、きっと喜びますよ! たぶん、最後まで立ち会えなかったのを悔しがるでしょうから……! 慰めてあげてください……!』
『それじゃあ、今すぐにお迎えとファクトリーの後処理係をイサリビから寄越しますんで、リュウオウ様は少しでも身体を休めていてください。後のことは我々にお任せを!』
「……少しぐらい、休んでからでもよかろうに……主に似て勤勉なことだ」
疲弊しきっているというのに、敢えて明るい声色を保とうとする構成員たちの声を聞き……竜皇は、思わず苦笑する。レオーニオにそっくりな、優しさと気丈さを兼ね備えた青臭い情熱を微笑ましく感じていた。
(……せめて……あやつらの仕事を、減らしておいてやらねば……。ここまで、もう……十分に……戦ってくれたのだ……犠牲を出さずに、終わらせたい……不死であるおれが、踏ん張らねば……!)
限界を越えて働こうとするLEONの構成員――そして、二週間あまりでたった一〇時間しか睡眠をとらず、とうとう倒れてしまったレオーニオ。その傷だらけの勇姿を、最愛のいろはの背中と重ねてしまった竜皇は……機械の墓場からまだ動きそうな火器を選んで肩に担ぎ、発見していた軍事工場の中に侵入する。そして、渾身の力で爆薬を叩きつけて引火させ、連鎖的に爆発を広げて未稼働の兵器群を爆風に呑ませた。
「これで、いい………………む……なんだ、あの部屋は……」
火器の延焼によって機能が自壊していく工場の中は、蜘蛛の巣が張っていたり、操作盤が埃を被っていたりと、人が立ち入らなくなって久しい風体を保っていた。だが何故か、出入口に程近い一室の扉は新設されたばかりだった。
爆炎の熱気によってさらに意識を朦朧とさせていた守護者は、使命感と胸騒ぎに支配されて、ランプの点灯する空間へと入り込む。その中には、ごぼごぼと泡立つ養液がこぼれた大型の装置と、大量のケーブルに繋がれた製造途中の人型機械が安置されていた。
「…………これも、壊さねば……。風真が……笑って過ごせる〝今日〟を守るために……全てを……断ち切るのだ……」
土壇場で義足が壊れ、態勢を崩しながらも……竜皇は、腰を据えて刃を構える。力が入らない腕に信念を握り締め、ソウリョクが点滅する刃で人型機械の腕を斬り落とし、下半身を叩き潰した。
「ハァ……ハァ……! まだ、止まるな……これで……終止符を、打つ……!!」
至近距離で刀を宙で回し、逆手に握り直した刃を迷いなく振り下ろし――機械の頭部を、頸部ごと打ち砕く――その極限状態で行った判断は、浅慮だったと言わざるを得ない。
その機械はソルドナーレの最新技術が詰め込まれており、自立駆動のために高性能な液化電池を搭載していた。圧壊した電子部品が爆発して電解液を燃焼させたうえに、繋がっていた装置から噴き出た爆炎が連鎖的に噴き散らし……眩く煌めいた熱波が、竜皇と呼ばれていた男の前面を覆い尽くす。
「…………ガ…………は…………!」
油断で開いていた目を光熱で灼かれ、無数の穿傷が塞がっていなかった胸部と腹部を爆風に抉り飛ばされ……大粒の肉片と焦げた血炭を飛び散らせた身体が、べじゃり、と壁に叩きつけられた。
聞こえていた施設の連鎖爆発音が遠くに聞こえ、暗闇に包まれた視界の中で目や腹部に激痛が走り――やがて、その痛みすらも消えていく。それでも、神性を宿した肉体は滅びず、臨死状態のままで細々と呼吸を重ねていた。
(……く、く……もはや、身体が……一寸も動かぬというのに……これでも、死ぬことを許されぬとはな……)
壁に背を預けたまま、何もできずに、守護者は力なくうなだれる。
(……風真に……このような、不死の苦痛を……経験させたくはない……。だが、風真は……おれが止めても……この道を、選んでしまった…………故に、おれは…………おれ、は…………まも、る……守らねば……)
竜禪の宮から聞くかすかな潮騒――あるいは、耳元で聞こえるいろはの寝息のような――そんな、小さな、小さな音を聴きながら、気絶と睡眠のあいだに落ちていく。
目覚めることがない、生の底まで沈んでいく。余計なものが剥がれて、想いが洗練されていく――神の使命――人々の笑顔――〝今日〟を願う祈り――。
――そして、最後まで、手放さずに残ったのは――。
「おヤカタさま、眠いの?」
――まどろみの中で――この硝煙にまみれた二週間、ずっと聞きたかった最愛の声が、すぐ近くから聞こえたような気がした。
全ての感覚が鈍った身体に、するりと……愛し合って、想いを通わせた瞬間を思わせる体温が……巻きつくように正面から抱擁され、飢えていた温もりが包み込んできた。
「………………ああ、風真…………そうだな……ひどく、眠い……な……」
「じゃあ、ちょっとだけおやすみしよっか……でも、ちょっとだけ、だよ? 起きたら、ちゃあんと……カザマのこと、愛してね?」
「……わかっているよ……おれも、おまえが、ずっと欲しくて………………ああ……こんなにも……温かい……」
さらさらと触れる髪。ふわりと漂う甘い色香。真珠のようになめらかで、団子のように柔らかい絹肌。傷ついた心身を包んでくれる温もり。育った乳房が押し付けられて胸に伝わる鼓動に、耳元で聞こえる命の吐息。愛してしまった女の全てが、臨死の男を天上の絶頂へ導こうとする。
強くはない精神すらも焼き焦がす激戦続きで、摩耗していた心が、穏やかな風にそよがれたようだった。そのくすぐったいばかりの幸せは、性的な快楽よりもはるかに深い、深い……深い……逃れようのない気持ちよさを、全身の最奥まで浸透させていく。
願わくば――『ずっと、この温もりに包まれていたい』――そんな夢を見るほどに――あたたかい――――。
「――いい〝夢〟見てね、おヤカタさま……んふふっ……♡」
――――ぶつり、と。
幸福の絶頂に至っていた男の首筋に、硬くて冷たい〝何か〟が突き刺された。そのまま、ぢゅる、ぢゅる、と……か細い命の鼓動が、硝子の管に注ぎ込まれていく。
そんな現実のことなど把握できないまま、心すらも焼かれた男は、眠りに就いて幸せな夢を見始める。焼け焦げて失われたはずの男の顔は――残っていた口元だけが、安らかな微笑みを浮かべていた。
「はァ~、一発ヤらなくても命吸えるとかラクでいいわ~……って、ありゃ? このよく焼きデカ魔羅ジジイ、ヴィータで吸い尽くしても消えないじゃん。これ、何かに使えるくない?」
〝神として崇められた者〟の遺骸は純粋な神性を宿しているために、たとえ命と心を失っても残り続ける。それこそが、〝最初から完成するはずがなかった〟八武信仰の再興を完了する最後の鍵だった。
その重要な事実を知らない落ち葉色の少女は、その華奢な肩には大きすぎる乳房をたぽぽんと揺らしながら、焼死体の無傷で残っていた聖なる股間をまさぐり……「良いモンが残ってんじゃ~ん♡」と、魔性が滲み出た笑みを漏らしたのだった。