夕刻が近くなった頃のこと。私は、お社の床をどかどかと荒ぶる感情のままに軋ませながら、お屋形様の気配があった座敷の襖を開きました。
「――お屋形様ッ! い、今すぐに、イサリビに〝法〟を敷きましょう!そして武家にも治世の強化を命じるのです! 迅速に!早急に!!」
男たちを文字どおりに『貪っていた』ウェニキスが去ってから……私はしばらく放心してしまい、その場で呆然とするばかりでした。日が傾き、少しだけ風が涼しくなった頃にようやく我に返り、急ぎ帰宅したのです。
「風真、屋形の中は走るなと何度言えば…………いや……どうやら、穏やかな話ではないようだな」
瞑想をしていたお屋形様は静かに片目を開けて、騒々しく鼻息を立て続ける私に『座るように』と目で促しました。
私はつい先ほど起こったばかりの出来事を手短にお伝えしました。各地に混乱を招いている〝宣教師〟が、竜禪信仰や彼の地のことを深く学び、〝穴〟を突くように身勝手を繰り返していること……そして、イサリビの住民だった男を女の肢体で誘惑し、性交後に男体を謎の液体へ変えてしまったことなど、目の前で起こった〝非日常〟の全てを。
「……ふむ。紅白の艶とした布地で、露出が多い装束に大きな乳房……間違いなく彼奴らであろうな」
「あのような下品な者――んッ……? お屋形様……今、きゃつ〝ら〟と言いましたか……?」
「ああ。おまえが、その、なんだ……〝布教活動〟をしている様子を見た白髪の女は、此の地に異教を広める〝宣教師〟だ。其の者以外にも、同じ格好で似たようなことをして回っている者が幾人もいるのだ」
「お屋形様も、あの者たちの所業をご存知だったのですね……? では、今すぐに対処を……!」
「…………うむ……」
逸る気持ちを抑えられなかった私とは対照的に、お屋形様は難しい顔で腕を組むばかりでした。
そんな石像のように〝動かない〟様子にやきもきした私は、陰茎に囲まれて悦んでいたウェニキスの痴態や、身体を奪われてしまった男の幸せそうな顔を思い返し――やはり、早急な手立てが必要だと確信しました。
「……どうして迷っておられるのです!? お屋形様が動かなければ、竜禪は……此の地は毒され、乗っ取られてしまうのですよ……!?」
「……そのようなことは、言われずともわかっている。そして……『その是非はおれが決めることではない』こともな」
「……!? ど、どういうことですか……?」
「まあ、そう急くでない。たしかに彼奴らが〝契り〟を反故にし、イサリビの住民にまで手を出したのは解せん。だが、それも一昼夜でどうにかなる問題でもあるまい」
お屋形様は大きなため息をついて、脇息に体重を預けるように頬杖を突きました。
「な……何を、悠長なことを言っているのですか!? 悪は即座に正さねば増長するものではないですか……!」
「風真……気持ちはわからんでもないが、先ほどのそれは、イサリビの外の話だろう。はざまの地はおれの領域ではない……その行為を〝悪〟と判断するのは、人の役目なのだ」
「……そ、そんな……! あ、あのような……淫らに腰を振って男の心をかどわかし、快楽で意思を塗り潰すような行為に……正義があるとでも……!?」
「あらまぁっ♪ そんなにドスケベで可愛い美少女が、こんなクソ田舎で青姦してジジイの陰嚢のシワを舐めてたんですかぁ!? そいつぁ……最高に正義じゃねえかっ!」
「そうそう、破廉恥極まりない淫売のような女子がしわしわのたまぶ――ってぬおぉおおおおおおおおおおッ!?」
突然真横で聞こえた声に驚き、私は尻尾を踏まれた猫のように飛び上がりました。
飛び出そうな心臓を押さえながら、声が聞こえた場所を見やると――あぐらをかいて畳に座り、脇息に肘と乳房を預けていたウェニキスの姿がありました。
相も変わらず、艶っぽい肌や膨らんだ肉を衣服のあちこちからぷりぷりと覗かせています。私が上品に掃除したお座敷に、垂れ布にスジが浮くほどに張り付いた肉貝から、むわりと臭う淫靡な花香が漏れ出ていました。
「あっははははは! キュウリを見た猫……いや、イタズラがバレた狸みたいな反応してんのかわいいね~♪ とんでもなくブッサイクすぎる反応に、ついつい憐れみ感じちゃうかも!」
「な、なななな……なんで、貴様が、このお社に…………け、結界は……!? ここは、お屋形様の加護で守られているはずなのに……!」
「あん? ウェニにあんな簡素な〝欲祓い〟が効くわけないやろがい。昔はあんな〝おまじない〟に頼らなくても秩序を保てていたはずなのに……くくっ……リュウゼンはそれほどまでに弱体化したのだと察してしまいますねぇ♪」
ウェニキスは地を這う蛇のように腰をくねらせて、お屋形様に上半身を魅せつけるように擦り寄りました。
大きく開いている脇では、どんぶりのような乳房がつるりと魅惑の波を流しています。お屋形様は、ほろりと覗いていた薄桃色の花びらから露骨に目を逸らして、わざとらしい咳払いをしました。
……お屋形様が豊満な女体を好んでいたというよりも、彼の地では見慣れない大きさと膨らみだったのだと思います。今の世ではそこまで大きくないように見える私でも、彼の地ではかなり大きな方でしたから。
「異教の者よ。其方ら、『竜禪の信者には手を出さぬ』と誓っていたはずではなかったか?」
「あ、やっぱり覚えてたか……ちぇーっ、めんどっちいですねぇ! つまんねーことをネチネチ覚えてるなんて、ケツの穴が小さい野郎だぜっ!」
「お、お屋形様……? この淫らな女と、面識があったのですか……!?」
「ん、ああ……浮世で好き勝手に動いている者共を軽視するわけにもいかなかった故にな」
「こいつの男根の付け根にあるホクロのことも知ってる仲で~す♡」
白髪の性女は歯を見せるように邪悪な笑みを浮かべ、汚らわしくもお屋形様に抱きつき、乳房を押しつけながら首筋に吐息をそよがせていました。
お屋形様も、抵抗することに意味がないと悟っているのか……とても居心地が悪そうにしながらも、ウェニキスの豊満で瑞々しい肉体を払いのけるようなことはしませんでした。
「ぬなっ……!? お、お屋形様……嘘、ですよね……? そのようなふしだらな女と……いかがわしいことを……!?」
「……ふう。風真、そう易々と騙されるな……この者がへらへらとしているときは大抵嘘をついておるのだ」
「やぁん、恥ずかし~♪ ウェニのこと、隅々まで理解されちゃってる……うれぴっ……♡ お尻のシワの数を知ってるだけありますねぇ♡」
「お、お屋形様ッ……そ、そのような性癖が……!? ハッ……まさか……〝柱〟全員の菊座を網羅しているとか……!?」
「…………ハァ。ウェニキス、早急に用件を言え」
ウェニキスに呆れたお屋形様は、むっつりと眉をひそめていました。
…………え? いや、かざまには呆れてないですよ。お屋形様は、かざまのことをよくわかってくれていましたから…………いや、たぶん……きっと……。
「そりゃあもちろん、ドラゴンチ×ポを味わいに来たんですよぉ♡ あのぶっとくてゴツゴツの肉棒で、ウェニのおま――」
「――ウェニキス。二度目はないぞ」
「……まったくもうっ! いけずな真面目クンですねぇ」
ウェニキスは、先ほどまで本気でお屋形様に迫っていたような雰囲気をがらりと変えて、風のように軽やかな動きで立ち上がりました。
「うちの参謀が、オマエに話があるんですって。結界線の外に待たせているので、一緒に来てもらえますか?」
「……いいだろう。案内しろ、ウェニキス」
「お屋形様……! このような女の言うことに従うのですか……!?」
「話をしに来た相手に、それ以外の対応などあるまい。それとも……おまえは、この者の首を刎ねたいのか?」
「…………そ、れは……」
「風真。何事も、まずは話を聞いてからだ。紛うことなき〝悪〟であるなら、おれが其の責を担って裁くと誓おう」
お屋形様は、ぐちゃぐちゃとした感情が溢れて震えている私の肩をぽんと叩いて、刀を携えながら草鞋を履きました。
私は少しだけ迷いましたが……ウェニキスがお屋形様の腕を抱いて乳繰り合うように歩き始めたので、すぐにその背を追って〝悪い虫〟を掃いながら同行することにしました。
……………………。
お社から続いていた石段を三人で下り、我らはイサリビの外へと向かいました。段差を歩くだけで、むちむち、ぷりん、と音が弾け飛びそうなウェニキスの身体は、なんというか、とても『目に毒』だと思いました。
……お屋形様が、彼女のたぷたぷと揺れる胸元やこぼれる尻肉を隠れ見ていたのが余計に腹立たしかったです。というか、ウェニキスが自分の身体をいやらしく魅せる歩き方をし、覆いの切れ目から肉の曲線を覗かせていたせいだと思いますが。
そんな精神的にもつらい時間がしばらく過ぎ……お屋形様の加護が敷かれた、護符の境界線に辿り着きました。
境界の向こう側――はざまの地には、ウェニキスと同じ装束を着た二人の女性が待っていました。わずかに青みがかった赤髪を片側で束ねて下ろしている、落ち着いた雰囲気の麗女と……煌めく銀髪を下ろして、気怠そうにあくびをしている長身の美女の姿がありました。
二人とも、此の地ではかなり胸が大きく見えるウェニキスよりもさらに乳房が大きくて、胸元がぱんぱんに張っていました。
……これがもう、憎らしいほどに、遠くから見ても「でっかい!」と思うほどにパンッパンで。脇からは、楕円に伸びた乳房の側面がまるっと見えていました。ええ、皆殿が好きな感じですよ……ほらぜったい『エッッッ!』って言うと思った! なんなのもう!
「あ、やっと来たァ……ウェニちゃんがあんまりにも遅いから、道草でも食べてるんじゃないかと心配してたのよ?」
「あはは。やだなぁ、マルちゃんはぁ。ウェニが食べてたのはチ×ポだけだよ」
「バッチリ食ってんじゃねえか! 『竜皇サマを呼んできてください』ってお願いしただけなのに! この子ったら……もう……!」
「? さっきから気になってたんですけど、チ×ポってなんですか?」
「風真!! 余計なことを聞くでない!」
「あら、無邪気でかわいい子だこと……えっと、ね……チ×ポっていうのはね、この島国でいう魔羅とか男根のことよ。女の子がみだりに口にしちゃいけない言葉だから気をつけてね」
「オンナが淫らに咥えるモンではあるけどな!」
「だっはっはっはっ! ウェニ先輩、さすがにお口が上手いですね!」
「ったりめーよ! ちんぽこシコシコ三擦り半――たった三舐めで無様に射精させてやるぜっ♡」
「くひっひっひ……さすがにこの人つえーっ……! くっくっ……は、腹痛い……!」
「……あ、ぐ……うううう~……!! もう、最悪……!」
聞くに堪えない猥談と、何も知らずに言ってしまった下品な言葉への羞恥で、私は穴に埋まりたい気分でした。
お屋形様は不快感と苛立ち、そして居たたまれない雰囲気への嫌悪を足音で露わにしながら、赤髪の女の片方だけ金色に輝いている目を見ました。
「……其の方は、初めて見るな」
「こほん。お初にお目にかかります、竜皇閣下――わたくし、マルテーサと申します。こちらの白いのがウェニキス、そちらのデカいのがレオーニオです」
「なになに?おっぱいの話かい?」
「ウェニちゃんは黙ってて。あたしたちの中では身長が一番大きくてわかりやすいからそう言ったのよ」
「なーるへそ! おっぱいはマルちゃんもデカいから特徴にならないもんね!」
「ども。あたしは二度目ましてだけど、改めて――レオーニオです。今後ともよろしく」
マルテーサは覆いの縁をつまんで膝折礼をし、レオーニオは二本の指を立ててピッ!と礼儀を切りました。ウェニキスはヤジロベエのように笑顔を左右に振って、くりくりとした目と猫のような口元でこちらを見ていました。
「わたくしどもは『トライプル』。各地で竜禪よりも素晴らしい思想を広めている宣教師――彼女らを統括している立場の者です。以後、お見知りおきを」
その対称的な三人の姿は一見バラバラなように見えて、しっかりと統率が取れているように思えました。団体としてその中心を担っているのは、ウェニキスが〝参謀〟と表したであろうマルテーサなのだと感じます。
お屋形様は見せられた礼儀に応じ、私を隣に立たせて小さくお辞儀をしました。
「遥か昔に名を失った身だが――此の地の守護者を務めている。之は風真家の嫡女であるいろはだ」
「これはこれは、ご丁寧にどうも。よろしくね、いろはさん」
マルテーサと名乗った女が手を振り、私に微笑みかけました。ちょっとけば――派手な見た目の顔つきからは想像できないほどの柔らかさと、ハマのおばちゃんのような母性を感じました。
人見知りをした私がわずかに頭を下げると、もう一人の銀髪の女性が、可愛らしくも凛々しさを残した顔でこちらを覗き込みました。
「……カザマ? もしかして、あの山で囲われた国の……?」
「……ああ。彼の武家の跡取りだ」
「…………そっか……それじゃ、逃げるわけにゃいかねーか」
レオーニオは少しクセがついている銀髪を揺らめかせ、両手を広げて私と向き合いました。
「いろはちゃん。あたしがアンタの故郷で布教してたんだ――いわゆる、〝家族の仇〟ってやつかもしれない」
「――――――――ッ」
……それから、瞬く間のことは覚えていません。激情が目の前を真っ赤に燃やし、大切な思い出が焼き焦げるような爆発が身体を衝き動かしました。
……気づいたときには、私はお屋形様に取り押さえられ、レオーニオが持つ長い武器の銃口を額に突き付けられ――振り上げていたはずの刀が地面に突き刺さっていたのです。
「……ぐっ、え……お、お屋形様……どいてください……! 私は……っ……その者を、切らねばならないのです……!!」
「風真……! 落ち着かんか……風真ッ!」
「どいて……ぐぎ、ぎ……どいてよぉ……! そいつだけは……絶対に……あああああああああああッ!!」
地面に押さえつけられた私は犬歯を剥き出しにし、爪が剥げるほどに暴れましたが……お屋形様の大きな身体と腕力に阻まれて動くことはできませんでした。
すぐそこに、晴らさねばならない家族の無念が――果たさなければならない武家の雪辱があったというのに。力が及ばない私は、復讐の刃を握ることすら許されなかったのです。
「……ああ。アンタにはその資格があるし、あたしも責任は取るつもりだよ……だから、焦らなくていい。邪魔なリュウオウ様がいないときに、いつでも殺しに来てくれていいからさ」
レオーニオは銃を担ぎ直してしゃがみ、ぼろぼろと涙をこぼして喚く私の目を、間近でまっすぐに見ていました。
涙で乱反射した世界には、父上や母上、おばあ様の笑顔が浮かんで心を締め付けているのに……彼女の視線は阻まれることなく、私の胸に深く突き刺さってきました。
揺らぎのない強い意思が宿った獅子の如き眼光は、何よりも大人びて見えて……復讐者に堕ちかけた私を子供っぽく感じさせて、人としての理性を取り戻させました。他者との〝違い〟で感じた羞恥心は、心を大きく成長させるのだと思います。
冷静になりつつあったからこそ――レオーニオがまともなヒトであることがわかったからこそ、『わからない』ことばかりでした。
「……どうして……どうして……!? 父上も、母上も……おばあ様も、みんな……優しい人だったのに……! 何故……なぜ、死ななければならなかったのですか……!?」
「………………そんなの、あたしだって知りてぇよ……〝逆火の七日〟なんてふざけた噂話も流れるし……」
「………………え……?」
まっすぐな目をしていたレオーニオは――私の家族の仇であるはずの女は、口惜しそうに舌打ちをして顔を歪ませました。
「あたしたちは〝命の価値〟を守っているんだ。そのために、民の自由の〝味〟を教えて……『武家の支配からの解放』を説いてきたことは確かだよ。きっとそれは、アンタたちからしてみたら……〝悪いこと〟なんだろうね」
彼女はそれ以上何も言わず、私の頬に触れて涙を掬い、苦い塩辛さを刻み込むように舐めました。その態度には、武家の者のような――愛すべき家族が持っていたような高潔さを感じました。
……この女は私の故郷をいたずらに搔き乱したのです。本人もその悪行を認めて、報復の正当性を受け入れているのです――それでも、私には彼女の憂いに満ちた横顔に〝悪〟が見えませんでした。
私はもう何もわからなくなって、身体から力を抜きました。私から殺気が脱したことを確認してから、お屋形様は刀を取り上げた私を立たせて……着物に顔を埋めさせるように抱き締めてくれました。
「……善悪の議論は不毛だ、深くは問わん。だが、其方らは何をしに此処まで参ったのだ?」
「あ、ええ……まずはお詫びと説明を、と思いまして。ウェニちゃんが勝手にイサリビの中に入り込んで、男をつまみ食いしたみたいで……すみませんね、何かと旺盛な子なもので……」
「ちょっと待ってよマルちゃん! あのイカ臭い男共はもう『リュウゼンの信者』ではなかったんだよ? ウェニは〝願望〟の後押しをしただけ――だから約束違反にはなってないんだよっ!」
「……どういうことだ?」
お屋形様は泣きじゃくる私の頭を撫でながら、ウェニキスの言い訳にぴくりと身体を震わせていました。
「うふふ♪ ウェニがオマエと初めて会った時、『〝信者〟と〝人の命〟に手出しはしない』って誓いましたよね。だからウェニは、『イサリビに住んでいるけどリュウゼンへの信奉を失っていた』チ×ポをちょちょいと引っ掛けただけなのだ♪」
「……とまあ、そういう理屈みたいで……。わたくし、それで貴方様に確認をしに来たのですよ。『その認識でイサリビでの布教を行っても大丈夫か』と……」
マルテーサの物言いは、その声だけでも困っていることが伝わってきました。それほどまでに、ウェニクスは自由奔放で制御できない相手なのでしょう――あの女から感じる引力のような威圧感は、マルテーサの下につくような器だとは思えなかったのです。
お屋形様は静かに唸って、じゃり、と草履を鳴らしました。
「……昨今では、イサリビですら竜禪の信仰が薄まっている気配を感じている。故に、其の言葉に偽りはないのだろう――だが、今後無断でイサリビの者を改宗させた場合は覚悟してもらうぞ」
「まぁ、覚悟ですって! やだ怖ぁ~い♪ ぶっといドラチンでおま×こをゴリゴリに抉られちゃう~♡ なんだそれ!ご褒美じゃねえかっ!」
「ドラチンって……いや、もう……すみませんね、ホントに……。レオたんもわたくしも布教にカラダを使いますが、〝ここまで〟ではないんですけどね……」
「ま、ウェニ先輩らしくてイイじゃないですか」
「いや良くはないだろ……まあ、それでは……今回はお咎めなし、ということでよさそうですね。今後は気をつけますので――」
「――待たれよ」
そそくさと何処かへ消えようとしたマルテーサたちを、お屋形様のぴしりと張った声が引き留めます。
「……其方らは、何故……そこまで実力行使をしておきながら、此の地の〝法〟を守ろうとする? 回り道にも程があろう?」
「……くすっ。簡単なコトです。全ては〝正しき未来〟のため――迷える信徒が己の〝正しさ〟を信じるために、その道を説くわたくしどもは絶対に〝悪〟に成ってはいけないのですよ」
「そゆこと♪ だからウェニたちは、はざまの地を太陽色に染めてから、武家が治める国の〝可能性〟を少しずつ芽吹かせたのですよ。リュウゼンは――『節制で磨くべき人の社会性』は、思ったよりもずっとフニャチンで、正直ガッカリしちゃいました~♡」
「……布教活動全体の七割ぐらいを担ってるウェニ先輩がそう言うと、洒落になってないっすね……」
「…………最後に問う。其方らは命を奪わぬ信条を掲げていたはずだ……何故、人を〝光の液〟とやらに変えたのだ?」
「げっ……ウェニちゃん、アレまで見せちゃったの? アレは絶対に理解されないから見せない方がいいって……」
「えへっ♡ だってぇ、あの三人は穀潰しとレイパーになる未来しか見えなかったんだもん♪ さっさと〝救済〟しちゃった方が世のためだと思って、つい食べちゃった♡」
「……! ウェニキス……貴様ぁっ……!!」
私は泣き腫らした目を着物の袖で擦り、珍妙な蛮行を働いていた女を睨みつけました。
しかし、ウェニキスはまったく悪びれもせずに舌なめずりをし、股間に手を突っ込んで、ぬる、と光液が入った透明な棒を引き抜きました。
「んっ……♡ この子は『ヴィータ』――このド田舎の歴史を研究して得た、人の〝命の価値〟そのものです……♡ キョウに秘められしスーパーパワー『ソウリョク』の源にもなりますよ♪」
「……ソウリョクの源……其れが、人だと言うのか……?」
「ええ。人型をしているオマエが人間ではないのと同じように、人間が人型をしているとは限りませんし――『心臓や脳が動いているから生きている』なんてこともないのですよっ♪ 命とは、〝命〟だから命なんです!」
「ウェニちゃんの言うとおり、この方は液状になっていますがちゃんと生きています。絶頂した後の快感に包まれたまま、自分の好きな夢を永遠に見続けているだけなのですわ」
「ま、元のカタチには戻れないけど……『好き勝手やりすぎていつか誰かに命を奪われるだろう』と予測できる〝乱暴すぎる命〟の価値を守るためには最適な手段なんだよね。公平に自由を説いて回ると『自分が責任を取れない罪』まで犯しちゃう人も出てきちゃうからさ」
ウェニキス、マルテーサ、レオーニオの三人は自信満々で、自分たちが『正しいことを言っている』と確信しているかのようでした。
私には……そして、お屋形様にも到底理解できない価値観だったと思います。私たちが言葉を発せずにいると……ウェニキスが次々に、粘液で濡れたヴィータを股座から産み、きらりと夕陽に輝かせました。
「――『働きたくない』。『何もしたくない』。『女子供をブチ犯したい』。『人の物や命を根こそぎ奪いたい』。コイツらみたいな汚らわしい――いえ、尊い欲望すらも満足させられる、最善手が出来上がったんです♪ ソウリョクとキョウ……そしてリュウゼンの粗チン共には感謝しかないですよ~♪」
「ばっ……馬鹿なことを! 人が……キョウの民が、そのようなことを望むはずが……! ねえ、お屋形様……!?」
「………………」
「……お、お屋形様……? そう、ですよね……? 人が……そのような、愚かなことを望むなど……ありえませんよね……!?」
「……いろはさん。そちらの竜皇サマは長い時を生きてこられ、最初からわかっておられるのです。『人の望みとは元来下卑たものである』と……だからこそ、己は〝法〟を敷かず、国の統治を武家へと任せているのですよ」
「人の原罪である〝欲〟をかき捨ててでも安寧を欲するという〝少数派〟。そこに生まれた社会性が築いたものこそが〝国〟であり、武家であり、イサリビである……あたしたちは、キョウの歴史をそのように読み解いた」
「…………相違ない。其方ら宣教師を受け入れ、竜禪とは異なる教えを乞うたのは紛れもなく人自身であり……結果としておれへの信仰が薄れゆくのも、人の一つの生き方であろう。故に、異教の浸透の是非を問うのはおれの役目ではないのだ」
「……そ、そんな……!?」
お屋形様は誰かを恨むような素振りを見せず、静かに目を伏せていました。
そんな〝人らしさ〟を感じさせない態度に敬意を示しているのか、マルテーサが祈りを捧げるように言葉を紡ぎます。
「武力と敵意を持った外敵を討ち払い続ける竜皇サマは、己の信者のために『竜禪を信じたまま生き、やがて安らかに死ねる場所』を守っておいでなのです。まさしく神の所業……そして、敬虔な信者への慈愛の表れなのですわ」
「……お屋形様……! どうして、私たちに……イサリビに住む者にすら、そのことを言わなかったのですか……? お屋形様が直に言えば、すぐにでも信仰は復活するでしょう……!?」
「あっはははは! 『オマエたちは少数派の物好きでーす!これからも死ぬほど我慢して俺様を崇め続けろィ!』なんて言えるワケねーだろ! 神ってのはなァ、『人を信じさせる存在』じゃねえ!『人に信じられる存在』なんだよ!!」
「……っ……!!」
ウェニキスの言葉で、これまで見聞きしたお屋形様の言動には不可解な部分がいくつもありましたが、それが『見ている私が〝人〟だったから』ということにようやく気づきました。
「貧しい生活のせいで平均寿命は五〇歳! 怠惰な暮らしに慣れて激しい労働に堪えられねえから産業もマトモに育たねえ! 娯楽は飯と酒と伴侶とのセックスぐらいしかねえ! これ以上『我慢しろ』って……命の価値を限界まですり減らすチキンレースかよっ!?」
「う、うう……! でも、そんなのんびりした暮らしを愛している人も……!」
「あはは!だからそれが〝少数派〟なんですってば! っていうか栄養が足りてねえからスローペースな暮らししかできねえんだよっ! イマドキのみんなは、ウェニたちがはざまの地に教えた遊びやお菓子を楽しんで、今しか楽しめない刺激を味わっているのに……ぷーくすくすっ……遅れてる~っ……!」
ウェニキスが〝客観的な事実〟を突きつけ、腹を殴りつけるような衝撃を与えてきました。
すっかり消沈してしまった私を見やりながら、マルテーサは静かに鼻を鳴らしてさらなる現実を教えました。
「……とはいえ、です。神や勤勉な人たちが見たあえかな夢は、永遠には続きません――ソウリョクの解明と弱体化は進み、我らが王国の武力も充分に発展しております。わたくしどもの目的は――急速に、完遂へと近づきつつあります」
「…………いろはちゃん。あたしは任務が終わってもキョウの〝跡地〟に残るつもりだから、いつでも殺しに来てね。とはいえ、あたしも命を易々とは捨てられない……精一杯に抵抗させてもらうけどね」
「くくっ……あはははっ……! 悪しきドラゴンとその従者、残り少ない安寧を楽しむといいさ。せいぜい、『命をお大事に』」
トライプルの三人は私たちに背を向けて、ゆらり、と歪んだ夕闇の中に融けていきました。
その赤々と燃える夕陽は、心の中に切なさを広がらせていきます。地面に突き刺さったままの私の刀が倒れると同時に……お屋形様の拳が、ぎちりと口惜しさを握り潰しました。