……私とレオーニオは……敗者として、数えきれないほどの恥辱を与えられました。お日様に激しい失禁を嗤われ、お月様に獣のような嬌声を呆れられました。
信仰も希望も奪われ、周囲で身動きを取れずにいる人々の絶望と好奇の目にも晒されながら……辱められながら淫らに喘いで、絶頂の中で粗相をして……持っていた人の尊厳を、全て打ち砕かれたような一昼夜でした。
「んぁっ……!!♡ はーっ……はぁあっ……!!♡ げほっ……げほっ……!!♡」
「ふーっ……♡ふーっ……♡ ぐふっ……う、ううっ……!!♡ いろは、ちゃん……んぁっ……っ……♡ だ、いじょぶ……か……?♡」
「ん、ぐぅっ……く、ふぅうっ……♡ れ、レオーニオ……こそ……ぁううっ……♡」
眠ることすらも許されず、間髪を入れない辱めを受けた私たちは……体液で濡れたまま乾かない石床に、品物を並べるように寝転がされました。
白濁にまみれた顔を真っ赤に染めて、手跡がついた乳房を左右に垂れ広げているレオーニオと目が合い……手を伸ばそうとしたのですが……私の情念は、ぐしゃり、とコロリウムの足裏で踏み潰されます。
「あぎゃッ……がああっ……!? い、たいっ……やめ、てっ……ううううっ……!」
「何勝手なことしてんの? あんた、自分の立場ってものをちゃんとわかってるわけ?」
淡色の聖女は、踏んづけていた私の肩を爪先で蹴飛ばしてから、晒させたままの乳房をかかとで踏み潰し、膨らんだままだった乳首をねじるように嬲ります。
「ぐぎっ……んっ♡ふぎいいっ……!!♡ 先っぽっ……あっ♡あっ……ん゛ぁああああっ……!!♡」
「ぷふっ……♡まだそんなに喘ぐ元気あんの~?マジで体力だけはすごいよね~。でもさぁ……私に従わないなら、リュウオウ殺しちゃうよ? あんたの〝使い〟は白状でちゅね~♡」
私を嘲笑しながら物理的に見下す少女は、豊満な乳房の谷間に挟んでいた黒色の装置を手で掴み……ぎし、ぎし……!と、私に見せつけるようにお屋形様の命を弄びました。
「ああッ……!? ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!! もう、勝手なことしないから……!やめて……やめてください……!!」
「はッ……ははっ……♡ふひっ……♡いひひひひっ……!!♡ その必死すぎて引き攣った絶望顔、マジでたまんないわぁ……♡ その可愛い顔をさ、もっと歪めてさぁ……昔の私よりブスにしてやりたくなるんだよねぇ!♪」
ぐちゅり、と股間を覆う布を濡らして蜜肉の色を透けさせていた少女が、涎のような濃密な汁をだらだらと垂らして足を上げ……私の顔を弄ぶように、土の付いた足裏を押し付けます。
……泥臭いなかに、こびりついた人の体液の饐えた臭いが混ざっており……吐き気を催すほどの恥辱が与えられましたが……人質にとられてしまったお屋形様のために、私は耐え続けました。
「ほら、ほらぁっ……!!♡ もっと醜い顔で泣き叫びなよ……もっと恥ずかしい格好でイキ狂えよォ……!!♡ 『生きててえらい』、『生きててえらい』……!あはっ……♡あッはははははっ……!♡」
顔や乳房、秘部を足蹴にされて辱められていると……私たちの元に、ずるり、と大きな影が近寄ってきて……コロリウムを弾き飛ばしました。そして、光が溢れ続けている傷痕が未だに塞がりきらない武人――天星・暁が、私とレオーニオの身体を覆い隠すように庇ってくれたのです。
「あ、暁……! だめ……それ以上は、死んじゃうよ……!!」
「いっ、てぇなっ……! このデカ魔羅タヌキが……!良い子ぶりやがってっ……! お前は!さっきっ……! フランブラに……!刺されて!!終わった!!!だろうがッ!!!!」
コロリウムは額の青筋を千切れさせながら、苛立ちを込めた光の刃で、暁の強靭な肉体を切り刻みます。まるで鞭を打つような斬撃が暁の肉を抉り、出血をさせるように赤黒い光を噴き出させ……私の身体にも、鋭い痛みを走らせます。
暁の四臂は、私とレオーニオの穢された身体を厭わずに抱き締め、その穴が空いた背で守り続けます。同時に、痛みに共鳴して震える私の背を掴み……申し訳なさそうに腕を震わせていました。
「ぐっ……うううっ……!! あ、暁っ……耐えて……! かざまは、いい……から……ぁああああっ……!! れ、レオーニオを……守る……ぐぅううっ……!」
「い、いろはちゃん……!? く、くそぉ……あたし、足を引っ張って……! ごめん……ごめん、な……!」
「そんなこと、ない……!! レオーニオは、かざまたちのために……たくさん、頑張ってくれた……! 守るの、なんて……当たり前だよ……!!」
「……ッ……いろは、ちゃん……うう……うぁああっ……!!」
私は、無力に打ち震えて涙をこぼすレオーニオの手を取り、つらい気持ちを共有しました。大好きな人の命を掌握され、見世物にされながら辱められる……そんな生き地獄の苦しみを、この世で唯一共感し合える相手だったのです。
「……ァんだよ、その三文芝居は……! 寒すぎて風邪ひきそうだっての……!! 気持ち悪ィから、さっさとやめろよ……!!なあッ!!」
「…………っ……!!」
青緑の眼光を煌めかせたコロリウムは周囲の空気を軋ませ、手にしていた無形の刃を巨大化させ――暁の背中ごと、私を刺し殺そうと振りかぶります。
光が漏れる胸の空洞から、決死の時が迫っているのを見て、私は思わず目をつぶってしまいました――が、いつまで待っても、その時は訪れませんでした。
「…………え……?」
恐るおそる目を開けてみると……光の大剣を構えた手は、いつの間にか接近していた毒島によって押し留められました。
「…………あのさ、ブタジマ……様……。その、オナりすぎてイカ臭い手、どけてくんないかなぁ……!? ばっちいしさ、キモいし……こいつ、殺せないんだけど……!?」
「貴重な実験体を殺そうとするんじゃないよ。まったく、短絡的で直情的なところは懐の深い彼女に似ていないな。精神面は幼稚もいいところだ。不完全な出来ではこんなものか?」
「うわ、ウっザ……きっしょ……!ブタが二足歩行して偉そうなこと言ってんじゃねーよ!! つーかさ、あんたさ、この女殺すって言ってたじゃん……!私を〝風真いろは〟にしてくれるって言ったじゃん……! 何?今さら日和った感じ?」
「僕は『殺す』だなんて一言も言っていない。お前が自分の都合のいいように記憶しているだけだ。彼女を捕らえて、クローン制作の実験体にするために『舞台から消す』と言ったんだ」
「……………………はァ~……!? ンだよ、それ……聞いてねーし……!! 騙したのかよ……!?」
「騙してなどいない。お前が勝手に勘違いしただけだ。竜皇の〝命〟がある限り、〝神性による不死を得た風真いろは〟を完全に無力化できる。殺す必要がない。これぞ理想的で合理的な決着だよ。お前にはわからないかもしれないがね」
毒島は脂ぎった顔で得意げに笑い、憤りと怒りを募らせるコロリウムの肩を煽るように叩きます。
「僕は竜禪の敗北を知らしめてから、いろはちゃんの心身を使ってクローンとオリジナルの差異を詰める研究に入る。その後、お前は……いや、君は〝風真いろは〟を名乗ってこの世界で好きにすればいい。そうすれば、WIN-WINだ。君の願いも叶うだろう?」
だぷだぷと脂肪を揺らす贅肉男は、コロリウムの変貌する顔色など窺わずに、離れた場所に居る女神ソルとの交信を始めました。そして、毒島の命令に従って全自動調教をされながら絶頂し続けていた太陽神が、性感で強化した思念の波動を世界中に発します。
目に見えるほどに強い光と力の波は、やがて私たちの元にも届きます。〝処刑〟の対象である私とレオーニオ以外の人類全体の意識を上書きし、広場に居た人々すらも、糸が切れた人形のように倒してしまいました。
「おほん――親愛なるソルドナーレ教徒の諸君! そして異教の信奉者と、祈る暇すら持たぬ無神論者たちよ! 私は世界に勝利した!ソルドナーレ教王として、今此処に勝者の宣言を――」
「……オリジナルが、舞台袖で生き続ける……? そんなの、ありえねーし……つまんねーってのッ!!!!」
全世界に向けて演説を行っていた毒島に対し、山の怒りのような癇癪を起こした少女は、激情を噴火させました。聖母とは思えないほどに不満を剥き出しにした形相で毒島に飛び掛かり――ズガン!と鈍い音を響かせ――剣の柄を握ったままの拳で、毒島の肉肉しい顔を殴りました。
「がっ……!? な、んだ……!? こ、コロリウム……何をする――ぐわああああっ!?」
「ハーっ……ハーっ……!! 邪魔なんだよ……!オリジナルとリュウゼンだけじゃない……! 私の乳を揉みしだいてマ×コを犯しまくったあんたも……!!ソルドナーレとかいうチ×ポ臭い教義も……!!全部!邪魔なんだよッ!!」
「なッ――うぎゃあああああああああっ!?」
コロリウムは肩で息をしながら大剣を前方に放り投げ――どづん……!と、毒島の肥えた腹部を突き潰しながら、上下に両断しました。そして、幾本もの光剣を生成して連投し、二つになった肉塊をさらに細かく刻み、飛び散った血肉の泥を光熱で蒸発させました。
「ご、ごぼっ……!! こ、コロリウム……な、ぜだ……!!」
「ッ――その!ダサい名前で!呼ぶなぁあああああああッ!! 私は搾取されるだけのゴミブス悪魔でも……作られた〝偽物〟でも、終わりたくない……! 私の理想みたいな生活を送るオリジナルを殺して……私だけが〝風真いろは〟になってさぁ……! きらきらに輝く〝命〟を感じたいんだよぉおおおッ!!」
乱雑な動きで踊るように、幾本もの光の剣を投げ付けて、贅肉の塊を大きめの石ぐらいの肉粒に加工してから……喉を変成させた口を大きく開き、煌々と燃ゆる焔を吐いて焼き焦がします。
周囲に人肉の脂が粘つく黒煙を撒き散らしながら、コロリウムは……いえ……少し我儘なだけの女の子は、ぜえぜえと呼吸を乱し、その手に黒色の装置を握り締めました。
「そうだよ……!こんな、リュウオウの〝命〟なんて無ければ……あんたも……すぐに絶望するよね……? 自暴自棄になってさ!信仰を破壊して、神性も失ってさ……! すぐ、死んでくれるんでしょ……!?ねえ、そうでしょ……!?」
ぎち、ぎち……ぎぎぎ……!と、人の首を締めるような苦しい音とともに……光の液を詰めた透明な管に、大きなヒビが広がっていきました。
「や、やめて……やめてよぉ……! か、かざま……な、なんでもするよ……!? 表舞台から消えるし、毒島の性処理道具にもなる……だから……やめて……! それ以上は……だめぇえええええッ!!!!」
「うるせぇえええええええええええッ!! オリジナルであるだけのあんたが……!上から目線で……私に、指図するんじゃねえええッ!!」
少女の切なる咆哮が、伝播するように――ばきり、と。胸を貫くような、冷たく、乾いた音と共に――お屋形様の命を守っていた装置が、いとも容易く握り潰されました。
砕けた硝子はコロリウムの指を切り裂きながら割れて、隙間から光の液を垂らしていきます。その液体が雫として落ち――地に着く前に粒子と化して、そよ風にさらわれてしまっていました。
「………………えっ……? そん、な…………あ、ぁあ……ああああああああああああああああああああああッ……!! おやかた、さま……お屋形様ぁああああっ……!!」
「…………うそだ……嘘だよな……? うそ………………やだ……やだぁあああ……!!」
「アハッ……あはははははははぁッ!! リュウゼンのミヤ様ァ、カスみたいに死んじゃったぁ! ソルドナーレのブタジマもステーキみたいに焼けちゃったァ!! 私の勝ち~!!〝風真いろは〟さんの勝ちぃ~っ!! ぶひゃひゃひゃひゃあああッ!!」
私とレオーニオは、瀕死の暁の守護から外れて……地べたを這いずるように、お屋形様の元へと向かいます。皮がずたずたに裂けた手から血を滴らせ、コロリウムが絶叫するように笑っていても……私は、お屋形様以外のことを何も感じられませんでした。
しかし……舞い揺れる光の渦の中に辿り着いても、何をすることもできません。私が両手で必死に宙を掻いて、消えゆく〝命〟を繋ぎ留めようとしても――どうしても、その手の隙間から……光の粉が、溢れてしまって……涙を流して、悪足掻きをして……みっともなく、吼えるばかりでした。
「あっ……ああっ……あああああああっ……!! お屋形様が……消えちゃう……消えちゃうよぉ……!!」
「……………………リュウオウ、さま…………え……? 違うもん……こんなの…………違う、よね…………? おわかれ……なんて……しないよね……?」
醜い姿を晒す私の隣で、レオーニオはただ呆然と涙を落として、風に舞う命の残滓を眺めるばかりでした。そんな私たちを庇護の下に置くように、暁の重たい身体が背中を覆います。
その、心にずしりと重たさを与えてくれる温もりが、否が応でも〝現実〟を意識させてきて……私の心に鋭い痛みを生み、大きな喪失感を覚えさせました。
「……う、うううっ……うぁああああああああっ……!! お屋形様……お屋形様ぁ……!! いつものように……返事を、してください……! また、かざまを……優しく……抱き締めて、くださいよぉ……!お屋形様ぁ……!!」
悲鳴を上げる私の落涙が雫となり……お屋形様の儚い光を浴びて、煌めく宝石が宙に輝きます――その時――意志を持ったかのように流動する光の塊が、私の胸の中へと入ってきました――――。
――――もはや懐かしさを感じる、い草と木材の香り。さらり、さらり、と奏でられる葉擦れの音に、合わさるような蛙の鳴き声――どこかで聞いた、夏の遠鳴り。
そこには〝無い〟のに、何故か〝在る〟と信じられる無形――ざわつく胸を落ち着けるものたちが、深い水底に沈んでいく私の感覚を、ゆっくり、ゆっくりと引き下ろします。
……いつの間にか閉じていた目。鉄門のように重たいそれを、こじ開けるように持ち上げると……そこには、見慣れた光景が広がっていました。
――…………え……? ここ……お社の……私の、部屋……?
周囲は暗く、朧げに光る月明かりだけが、このぼやけた世界を照らしていました。外界から隔てられた深みのある昏さはまるで、私の原風景である〝常夜の庭〟のようでした。
ただ……感覚もどこか不鮮明で、水の中に潜っているように重たくて……なんとなく、〝自分だけの場所ではない〟と感じたことを覚えています。
鉛のような身体を起こして、辺りを見回すと……隣には、ぽこべぇがうつ伏せで倒れていました。彼を抱き起こして様子を窺っていると、外傷などを負っていない勇敢な武士が、しょぼしょぼと目を醒まします。
意識が霞んでいた私は、ぼんやりとしたまま、ぽこべぇと一緒に自室から出て……とて、とて、と境内に面した廊下を渡っていきました。すると、その先には……縁側に座り、夜月を見上げていた和装の殿方が、私たちのことを待っていました。
――…………お屋形、様……?
『ああ、風真。よければ、此処に座らぬか』
眠気が醒めきらないままの私は、その状況に何も違和感を覚えず……ただ、自分がしたいことをするように、お屋形様の隣に座りました。ぽこべぇもお屋形様の懐に入り込み、うり、うり、と大きな手によって首元をくすぐられ、毛並みを整えてもらっていました。
……まるで、日常のひと時が戻ってきたようでした。涼やかな葉擦れを聴きながら……夜風の冷たさから逃れるように、お屋形様の身体にすり寄ります。すると、其の人は、いつものように私の肩を抱き寄せて……ぎゅう、と温もりを分けてくれました。
……そんな何気ない幸せが……どうしても、ちょっぴりとだけ、くすぐったくて。気恥ずかしくなった私が空を見上げると、ぼんやりと光る朧の向こうに、透き通るような月が昇っていました。
『あの時……初めておまえを抱いた夜も、同じような月だったな』
――……あ……覚えて、いるのですか……?
『無論だ。おれの……いや、〝おれたち〟の在り方が始まった夜だからな。忘れることはないよ』
――……もう、ずいぶんと昔のことのように思えますね……。あれから、いろいろなことがありましたから……。
『くく、そうだな。よもや、色褪せぬだけだった此の刃で……朽ちてもよいと感じるほどに、守りたいものができるとは思わなかった』
お屋形様は、私の肩に回した手で装束を強く握り……ぎちり、と口惜しさを込めるように布地を軋ませました。
『……あの時のおれにはもう、それだけの力は残されていなかった。衰退する日々を守るだけで精一杯だった。故に……八武信仰という希望を、おまえ自身に紡がせたな』
――……そうですね……。八武信仰が再興すると、どのようなことが起こるのかも聞けていませんが……。
私が抱き続けていた疑問を口にすると……お屋形様は、とても穏やかな微笑みを浮かべました。
『特別なことなど起こらぬよ。ただ、〝その時〟には……おまえにも、きっとわかるさ』
――……その時、ですか……。もう、七つも再興していますが……想像すらできませんけど……?
『もうすぐだ。残る一つも、おまえのすぐ傍にある。此処に在るのがおれの〝命〟であり、〝心〟であるならば……残る〝肉体〟こそが、純然たる龍神・ナァガになれるであろう』
――……え……? それって……どういう意味ですか……?
『風真。おまえは龍神にまつわる地で、おれの〝原点〟を見たと言ったな。その時、太古のおれは……龍神の存在を信じていたように見えたか』
――……あ……そういえば……お屋形様は、言い伝えを蔑ろにしていたというか……信じていなかった、ですね……。
『うむ。それは今も変わらぬことだが……〝ミヤ〟を神と定める竜禪は、ナァガ信仰を主体として他の信仰が習合している。故に、おれがそのように自覚していなくとも、肉体には〝龍神〟として崇められている一面があるのだ』
――……では……いつでも、ナァガ信仰は再興できた、ということですか? それなら、早々に再興していれば――。
『いや、そうではないのだ。竜禪信仰における〝ミヤ〟とは、〝信仰の対象である柱〟と、〝おれが与えんとした加護〟の二面が主軸となっている。前者が身体であるなら、後者がおれの心に当たるであろう』
――…………それって……では、〝ナァガ信仰の再興〟が示すものというのは……!
『そのとおりだ――ナァガの存在を信じていないおれの〝肉体〟と〝心〟を切り分けた後に、おまえが分かたれた肉体を〝龍神〟として崇めるだけでよかったのだ』
お屋形様は冗談めかさずにそう言って、私の背に備えてある風真家の宝刀を見やります。
『おまえが父から託された宝刀だけでなく、自分の力で作り上げた〝信念〟――そこにも〝憑き物落とし〟の力は宿っていた。条件は満たしていなくとも、必要なものだけは、最初から全て揃っていたのだ』
【うむ。死ななかっただけのおれは、おれの意思など関係なく祀られ、おれの与り知らぬ教えまで説かれていき――いつの間にか、竜の役目を担っていた。何千年の時を過ごした今も、人の祈りによって祝われ、同時に呪われているような……それだけの存在にすぎぬよ】
【故に、おまえが有する〝憑き物落とし〟――風真家の宝刀であれば、瞬時にこの世から屠ることができようぞ。非力の報いは、今すぐにでも……】
私の頭の中に、幼き日に聞かされた話が色めくように蘇ります。まるで……この刀を託された時から、未来が定まっていたという事実を突き付けられたようでした。
『……だが、大きな懸念はあったのだ。ふふ、それもただ、おれの弱さが滲み出たものだったが……杞憂に終わってくれて何よりだよ』
――……懸念、というのは……?
『……おまえに、〝おれを斬らせる〟という不義を押しつけなければならなかったことだ。だが、予想外のことが重なってな……おまえの偽物を名乗る者が、おれの心に夢を見せ……忌々しい身体から引き剥がしてくれたのだ』
――………………あ……。
『彼奴がおまえたちを辱めたことは決して許せぬ。だが、このことのみにおいて……おれは、あの娘に感謝をせねばなるまい』
お屋形様は私の手を取って、ぽこべぇにも見える場所で優しく握り締めました。
『……この愛らしく、温かい手に……おれは、余計な重荷を負わせずに済んだのだ。こんなにも嬉しいことなど、なかなかあるまい』
――…………お屋形様……。
私は、お屋形様から注がれる多色の愛を感じて……寄せ合っていた肩をめり込ませるほどに、身体を強く押し付けます。それに応じるように、お屋形様も身体を熱く擦り寄せて……ぽこべぇの目を手で隠しながら、唇を重ねてくれました。
『…………風真……。神性から解放された今なら、何に囚われることなく言える…………おまえを、心から愛しているよ……』
――…………私も、です……お屋形様…………ん、んっ……。
月明かりの下を滑り降りる、なめらかな風の音だけが聞こえます。心地良いばかりのむず痒い刺激に衣擦れを織り交ぜて、お屋形様の吐息と鼓動……そして、唇の温もりだけに、全ての感覚を向けられます……私の胸がいっぱいになるまで、涙が滲み出るほどの幸せを堪能できました。
しばらくそのまま過ごしていると……次第に、お屋形様の姿が青白い光を放ち始め、存在感を希薄にさせていきました。
……甘い時間が終わり……とうとう、お別れの時が来たのだと……私の本能が察してしまいました。
『……潮時か。願わくば、この身軽な心持ちのまま、おまえと共に歩むばかりの人生を過ごしてみたかったものだが……戦い続ける者を甘い夢に陥れんとする敗者は、早々に去らねばならぬようだ』
お屋形様は縁側から腰を上げて……その身体を散りばめた星の光のように舞い揺れさせ、夜空へ還ろうとしていました。
『すまないが、レオーニオに【―――――――――――――】と伝えてくれ。あの子には、本当に世話になったからな』
そう言って、今にもその場から去ろうとしてしまう背中に……私とぽこべぇは、追いすがるように立ち上がります。涙を呑みながら……彼と過ごした思い出が疼いて、温かい痛みを生む胸を掻きむしりました。
――……お屋形様……!!
『……風真。おれは、〝おまえは絶対に負けない〟と……〝おまえを信じた者たちの今日を必ず守ってやれる〟と――そう、信じている。故に……おれの〝名〟と竜禪の未来を、おまえに託す』
――……ッ……!? で、ですが……私には……そこまでの力は……!
『これ。おれの良くない部分を真似して、一人で背負おうとするでない。おまえは崇められるだけの神ではなく、〝神と人とを繋ぐ架け橋〟――竜禪の〝主柱〟として神性を得ているのだ。皆の力で困難を乗り越え、皆の力で〝今日〟を明日へと繋ぎ――その神の力が不要になるまで、此の地を見守ってやってくれ』
お屋形様は、透けていく大きな手で……惜しむように、私の頭を撫でました。その乱雑で、ぶっきらぼうで……けれど、それ以上に優しい撫で方は……子供のときの思い出を蘇らせて、我慢しようとしていた大粒の涙を落とさせます。
『おまえには、かけがえのない仲間が――大切な友たちが出来た。おまえの力が足りないなら、いつものように助けてもらい、その借りを必ず返せばよいのだ』
――……ぐすっ…………はい……!!
『うむ、良い返事だ……。心に深い傷を負い、引きこもっていた頃のことを考えると……本当に、まっすぐに……大きく育ってくれたものだ……おれは嬉しいよ、風真……』
親代わりとして、立派に育ててくれたこと。家族として、たくさん喧嘩して、同じ数だけ仲直りしたこと。最愛の男性として、私の全てを受け入れて、私の全てを愛してくれたこと。
色とりどりの関係性を持つ、最も大切な人との鮮やかな記憶が……美しい色合いとなって織り交ざり、私の頭と胸をいっぱいにして……その別れを惜しませます。
『永遠に思えた時を過ごし、いくつもの心労に見舞われた人生だったが……晩年におまえと出会えて……愛し合うことができて、本当によかった。人としての幸せを感じさせてくれて、ありがとう……風真……』
泣きじゃくる私が、呻きながら震えたまま、何度も頷いて、何度も「ありがとうございました」とお礼を伝えて……最後に、あつい抱擁を交わします。それから、子供のようにわんわんと泣き続ける私と離れて……お屋形様は視線を下げ、ぽこべぇの頭に手を乗せました。
『ぽこべぇ。風真に最も近しい友であり、おれが知る最も勇猛な武士である其方に――おれの力と〝命〟を託したい。去らねばならぬおれの代わりに、この子を守ってくれるか』
お屋形様の切なる顔を見上げたぽこべぇは……潤んだ目元を拭って、ぽん!と胸の辺りを手で叩きました。すると、優しく笑んだお屋形様の身体から大きな力が放出され、ぽこべぇの体内に宿っていきます。
『……さらばだ、次代の竜禪を担う勇士たちよ――【必ず勝つのだぞ】――――』
二つの継承を終えて――お屋形様の存在は、光と化して消えていきました。その最期の顔は……私が知る限りで、最も柔らかくて、最も人間臭い……満面の笑みを浮かべていました――――。
――――私の意識は、浸っていた心の深淵から浮かび上がり――再び、外の世界で顔を出しました。
石造りの噴水広場ではほとんど時が経っておらず、お屋形様の心の残滓が天へ召されようとしていました。
「……リュウオウ様……あたし……あたし、ね……。アンタのことを……ホントに………………ぁ…………」
天へと還りゆく光の粒子が、強い意志を据えられたかのように連なって――温かな腕を象り、レオーニオの頭を優しく撫でてから、空へと昇っていきました。
「……………………リュウオウ様…………ありがとう…………」
――口下手で、女たらしで、心に据えた大切な人が居る。それでも、片思いを諦められない少女の想いに応え続けた心の温もりが……涙に濡れたレオーニオの頭から、悲しみだけを持ち去ったようでした。
「…………お屋形様……後は、かざまにお任せください……! 貴方の期待に……必ず、応えてみせるでござるよ……!!」
完全に覚醒できた私は、大きな深呼吸をして……眠りに就いていたように重たい身体に、鮮明な熱を灯します。そして、破損して役目を終えていた黒鉄の人形――お屋形様の肉体に意識を向け――両手を合わせ、祈りを捧げました。
神性を持つ身体に宿るという龍神様のことを、詳しくは知りません――ただ、お屋形様の心のことならよく知っています。その思い当たるものを取り除き、残った要素を〝龍神・ナァガ〟として信じればよかったのです。
【特別なことなどしていない。おれはただ、寄せられた期待に応え続けてきただけだ】
決して精神が強いわけではなくて……ただ諦めが悪くて、期待に応え続けようとする勇気だけがある。頑張り屋で、優しくて、大きなおっぱいが好きで……それでも、私のことを愛してくれるひと。
それが私の思う〝お屋形様〟で……そうではない部分が〝龍神様〟に成り得る素養なのです。私は、お屋形様の所業や〝ミヤ〟に向けられる信心――そして、龍についての考えを巡らせました。
――ソウリョクとなって寄せられる願い。此の地を守る守護の刃。〝龍脈〟を巡って〝龍穴〟から噴き出るもの。荒れ狂う水の流れ。そして、天に暗雲を敷き詰めて憤怒の赤雷を走らせる混沌の権化。
静かな信仰の境地に浸る、私の心に思い浮かぶこと――此の地における〝龍〟とは――人の意が届かぬ〝大いなる力〟そのもの。漠然としたものにかたちを与えるときに使う概念こそが〝龍〟であり――〝ミヤ〟として、〝ながきもの〟として、曖昧な畏敬と畏怖を束ねたものが竜禪だったのです。
「――そっか……龍神・ナァガ様は……お屋形様の握る〝信念〟が生む、力のことだったんだ――」
私が一つの答えに辿り着いたとき――ごう、と下腹部に光の炎が灯ります。そして、〝八武の紋〟の唯一の空白に〝龍〟の字が浮かび上がり、紋全体が光の道筋で連なって――鋭い光を放ちながら、八武信仰の再興完了を告げました。
――その瞬間のことでした。
「あひゃひゃ――あァん? あんた、さっきから何やって――――なぁッ!?」
コロリウムが息を呑むよりも早く――私の目が無意識に見開かれ、胎内から大いなる力が湧き起こりました。
溢れたソウリョクは光の柱と化して天を貫き……私とレオーニオ、そして暁の身体を包み込み、逆巻く煌風をまとってコロリウムの身体を弾き飛ばします。そして、私たちにまとわりついていた肉欲の穢れを祓い、装束の破損すらも修復させていきました。
「がぁっ……!? な、なんだ……!? さっきまで、あんな力……なかったはずなのに……! 私と、同じ力しか持っていないはずなのに……!」
「…………いろは、ちゃん……? この……温かい、力は……まさか……!?」
周囲に転がっていた石材の破片を巻き上げる暴風が擦れて、重厚な鈍い音を町中に響かせます。その乱気流は抗えない光を孕み、電気と燃料を漏らしていた黒鉄人形を巻き込みました。
強い引力を有した嵐の核に吸い寄せられた機械の黒き鎧を剥ぎ取り、生身の肉体を中心へと誘い込んで――光の中に映っていた武人の影と衝突させ、融け合うように重なりました。
「お、おおっ……!? この激しい風は……天災……いや、神罰か……!?」
「………………ミヤ、様……? そこに……いらっしゃるのですか……?」
「……お助け、ください……! その大いなる力で……今度こそ、我らをお守りください……ミヤ様……!!」
恥辱の見世物を取り囲んでいた民衆が祈りを捧げると、その胸から溢れ出た美しいソウリョクが大風に合流していきます。そして、大岩同士がぶつかり合うような轟音を生む光の竜巻の中に、黄金の稲妻が駆け巡り――それらの煌めきが連なるように大火を起こしました。
――ひいん、と。鋭い金属音が風を滑らせると、遥か天まで昇ろうとしていた光柱が縦に両断され、とうとう奇跡の中心地を表します。
光と影が入り交じる暴風の目には、白色の和装に身を包んだ四臂の武人が浮遊しており……その足元からは、黒き豪炎と重なる東雲色の焔と、黄金色の陽煌を滾らせていました。背には竜の鋭い尾を象ったような光の六翼が展開されており……その付け根で広がる天環からは四方に光の鉤が伸び、天をも威圧する激しい覇気を放出していました。
筋骨隆々とした四臂の身体は、白銀の鎧と黄金の装甲を繋ぐ黒き竜鱗の鎧殻によって、さらに強固な守りを得ていました。上腕には〝日輪〟と〝月輪〟を構え――下腕には、黒鉄人形の武装から巻き上げた〝アメノムラクモ〟と〝クサナギノツルギ〟を握っています。
四振りの大太刀は闇を切り裂くような光を放ち、此の世に君臨した習合信仰の武神――〝天星竜暁皇命〟の存在を神々しく映えさせていました。
「……あ、暁が……さらに、進化をしたってのか……? しかも、これって……リュウオウ様の…………!!」
事態についていけないレオーニオが呆然と見上げる先の頭部――二面に守られる場所には、若かりし剣豪の顔が浮かび上がっており、その目元を黒い布で覆い隠していました。
しかし、そこにある〝見慣れた〟口元を見て……レオーニオは胸を締め付けられたように口を結び……思わず、顔をほころばせました。
「……やっぱり、かっこいいんじゃん……今も、昔も……ずっとさァ……!! ずりィよ、ほんとに……もぉ……!好きになるに、決まってんだろ……こんなの……!」
感涙と悲涙を入り混じらせて、たくさんの感情の波に見舞われたレオーニオが、震える身体を抱くようにうずくまります。その頭を撫でてあげてから……再起した私も立ち上がって、力が湧き上がる身体を奮い立たせて……託された想いと重ねた、己の〝信念〟を握ります。
「……もう、『負けられない』よね……!一緒に戦おう、暁ッ……!! 此の地を守る、新たな刃として――竜皇の座を託された、次代を担う〝ミヤ〟としてッ!!」
八武信仰と竜禪信仰の中心となった、私の産声に応えるように――背後を守る武神が四振りの刀で空を斬り、六翼を滑らせて風を光で彩ります。
溢れた力が私たちに集約し、次第に天災のような暴風が収まっても――この身に宿った威光は、失われないままでした。果てしない輝きは地の底から空の上まで行き届き――世界中に、新たなる竜の咆哮を轟かせました。