※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第五二話 〝名〟を継ぐ者

「…………はっ……!? なんだ……お、俺は……寝てたのか……!?」

 

 異教の思惑に嵌まり、大騒動が起こっていたコネの町にて――眩い光の中に囚われていた男の意識が、温かな風に包まれて覚醒する。

 

「……うっ……夢じゃ、ねえか……さすがに……。そんな都合のいいこと……あるわけ、ねえよな……」

 

 辺りには壊された物の残骸が散乱し、火がついている家すらもある――絶望の具象に心を侵され、自分たちで巻き起こしてしまった〝現実〟は、悪夢と共に消えてはくれなかった。

 

 男が重たい身体を起こして頭を押さえていると、同じように起きたばかりの人々が困惑している様子が見える……その静かな混乱を引き裂くように、興奮に満ちた一声が張られた。

 

「おい、おおい!お前ら!こっち来てみろよ!! さっきから、すげえことになってんだよ!!」

 

「すげえこと……? こんな……信仰も、未来も消えた……地獄以上にか……?」

 

「ばっかおめえ、その逆だよ!真逆ッ!! いいから来てくれ!ひと目見りゃすぐにわかんだからよ――絶望してる暇なんてねえぞ!!」

 

 目を希望に輝かせた男に誘われ、地獄の泥沼に浸かった人々が重い足取りで歩を進める。

 

 通い慣れた広場へ続く道を行くと、次第に金属を打ち合わせるような音が聞こえてきて――眩いばかりの〝未来〟の気配が、その身をぶるりと奮い立たせるように包み込んだ。

 

「くっ……こ、のっ……!! さっさと、どけッ……!この、デカブツがァっ……!!」

 

 広場では、光の剣を手にした異教の少女が、淫らに膨らんだ尻と乳を揺らして――幾本もの斬撃の尾を引かせていた。

 

 その軌跡が結ばれるよりも素早く、神々しい姿をした武神の四本腕が白刃を滑らせて、迫り来る脅威の悉くを打ち払う。数瞬遅れて――ようやく、剣と刃を打ち合わせた轟音が周囲の人々にも聞こえるほどに時が圧縮されていた。

 

 白き聖女が腰を入れた斬撃を放つ――が、武神は芯の通った刃で受け流し、弾いた衝撃で付近の石材を真っ二つにさせていく。交差した刃の中心にも物打ちの一閃を切り抜け、耳を劈く音を響かせながら無力化する――洗練された攻防は、猛烈に煌びやかな火花を咲かせていった。

 

「ッ――くそっ……クソがぁああああッ!! いい加減っ!邪魔ッ!!なんだよぉッ!!」

 

 淡色の聖女は両手に煌めく刃を握り、背後に光を渦巻かせて大量の大剣を鍛造する。黒鉄人形を失った今、それらを制御する存在は居ないはずだったが――豊満な胸から黒き魔性を滲ませ、催眠の力を有する目をいくつも召喚し、剣の柄に指向性を持たせる。

 

「いひっ……くひひひっ……!! 奥の手ってヤツだけどさ……あんたにはできないでしょ……? これで……私が、〝本物〟だって証明にしてやるッ……!!」

 

 血管を浮かせた目元で視認して、マーキングしたそれら全てを操りながら――武士の少女が磨いてきた二刀流の極意と集めてきた信仰の力を発揮し、凄烈な光の嵐を生み出した。

 

「……それほどの力を持ちながら、どうして…………お願い、暁ッ!!」

 

 向けられる切っ先の全てが刺し貫こうとする中心地で、清廉な声が発される――髪色と同じ光を身にまとい、浅葱色の羽織をはためかせる武士の少女は、極めて冷静に腕を組んで目を閉じた。

 

 光の帯で繋がった武神はその意を察し、四腕に構えた宝刀を煌めかせ、背後に携える六枚の刃翼を展開する。

 

 ――しゅいん、と。その光が無数の残像を結んだ時には全ての大剣が横腹から潰され、刀身を形成していた光を風に融かしていき――石を鉄板に転がしたような、鈍い金音が何十重にも連なった。

 

「…………な……に……?」

 

 不良聖母は数度の足捌きを挟み、完全に気配を絶った闇討ちを繰り出した――だが、懐に潜り込んで放った十字の切り上げが、託された〝命〟に届くことはなかった。武神が返し手で握った国守の宝刀によって剣の柄を貫かれており、振り抜いたときにはもう刃が残っていなかった。

 

「……は、はっ……あははははッ……!! まだ、だっ……!! まだ、私には……カザマには、たくさんの技があるんだよ……!!」

 

 武神の繰り出した斬撃を避け、少女は再び虚空から光の剣を引き抜いた。白き布地をたなびかせて、金色と赤色の差し色に残影を引かせ――地面を這い跳ぶ毒蛇のように、対面へと襲い掛かる。

 

 目にも留まらぬ接近は数段階の牽制を挟んでおり、囮の斬撃の気配を滲ませた刹那に武神の脇を通り抜けて、目を閉じたまま佇んでいる武士の喉元を切り裂こうとした。

 

「あんたが培ってきた全てが、この手にもコピーされてる……だからッ――――――え……?」

 

 しかし――喉に触れかけた光刃は、先端から半分に〝斬れて〟おり――さらり、と朧のように瓦解する。驚愕に目を見開いた未熟な聖母が歯噛みし、何度攻撃をやり直そうとも、目に見えない刀の残像によって初動を叩き潰され、素早さも破壊力も関係なく阻まれてしまっていた。

 

「はぁっ……はぁっ……!! なんで……なんで、そんな……急に……強くなってんだよ……!? リュウオウが死んで……大切なものを、失って……強くなれちまうんだよ……!?」

 

「…………ごめんね、コロリウム。〝それ〟がわからないなら……もう、相手にも……かざまの〝偽物〟にもなれないでござるよ」

 

 神々しい姿で多くの信仰を集める武神の近くで――それよりも激しく、凝縮された輝きを放っている武士の少女が開眼する。

 

 地面から噴き上げる黄金色の光は、無形の力を舞い上がらせる。世界が軋み、石畳が圧力で勝手にひび割れさせるような、引力を持つ存在感がその場に君臨する。

 

 右目を黄金色に輝かせ、両耳に着けた異教の耳飾りに青白い電流を這わせる等身大の姿からは、周囲に畏敬の念を抱かせるほどの光が発されていた。

 

「はぁッ……!? ついさっきまで、私に犯されて、泣き喚いてた奴が何をッ――がぁっ!?」

 

 同じ顔をした少女が、刃を握って飛び掛かる――その刹那に、浅葱色の風を孕む一太刀が白き装束を両断するように浴びせられた。

 

「……がふっ……!! き、られた……? 今……私は、斬られたっての――ぐっ、ああっ……いぎゃあああっ……!?」

 

 体幹が崩れた少女に、縦横無尽から放たれる白刃が襲い掛かる。その一つひとつが凄まじい剣圧を孕んでおり、光の剣による防御の上から立て続けに叩き潰し――光の刃で、少女の体内に燻る魔性を切り裂いた。

 

「コロリウム……! これで、終わりでござる……ッ……!!」

 

 現人神としての力を込めた渾身の一刀により、白衣の少女の脇腹に重たい一撃を叩き込んだ。

 

 宙に浮くほどの衝撃を与え、地面に弾き飛ばされた異教の少女の急所を押さえるように、宙を駆けた武神の光翼が動きを封じる。その力量差は圧倒的だった。

 

「が、はっ……! 嘘だ……こんなのっ……!こんな、一瞬で……あり得ないッ……!! リュウオウを、殺して……私が……風真いろはに、成るはずなのに……!!」

 

「……たしかに、お屋形様は亡くなったよ――でも、〝竜皇〟も〝ミヤ〟も、まだ死んでいないでござる……!! 私――風真いろはと、此処に居る暁が……此の地を守る使命を、竜皇様から受け継いだんだッ!!」

 

 風真いろはと名乗った少女は、大いなる風を受けて武家の羽織を広げ――その背後を守る武神に、守護者の力である〝アメノムラクモ〟と〝クサナギノツルギ〟を掲げさせた。その力強い威光は、わずかな疑心すらも塗り潰すほどに眩い輝きを放ち、人々の心に旧き神話の時代から続く〝力〟を思い起こさせる。

 

 形勢逆転を許してしまった少女が歯噛みし、地面を拳で殴りつける。その鈍い肉打音は心からの悔しさを表しており――その息を呑む攻防を見守っていた観衆たちの空虚な胸に、熱く燃える希望の灯をともした。

 

「…………す、げえ……! すげえっ……すげええええっ……!! 本当に……神の所業としか思えねえ……!!」

 

「竜禪の首長……竜皇、様……! あのお方が……あの、お二方が……次の時代の……!!」

 

「あ……ありがたや……ありがたやぁ……! 今度こそ……今度こそ……この町を……此の地を、守ってくだされ……!! お願いします……お願いします……!!」

 

 新たなる〝皇〟の宣言は、強大な光を孕む風となって世界に向けて発される。広場に集まった人々の心から湧き上がる不思議な力が、少女と武神にさらなる光を輝かせ――精神攻撃を妨害していた煌めきの一陣が、さらに範囲を広げて大風を巻き起こしていく。

 

 すると、質量を持った祈りの風が家を燃やす火を消して――焼け落ちた箇所を虹色の光に包み込み、夢を描くように修復していく。在りし日の〝今日〟を臨んだ人々の切なる心が具現化し、失いかけた安寧を信仰の力で取り戻したのだ。

 

「あ……ああああっ……!! 戻っていく……俺たちが壊しちまった日常が……ミヤ様の力で……!!」

 

「こんなこと、起こるのか……!起こっていいのかよ……!? りゅ、竜禪って……こんなに、すごかったのかよ……!!」

 

「うっ……うううっ……!! ありがとう……ありがとうございます……! ミヤ様……アカツキ様……!! 信じます……貴方たちを……最後まで、信じます……!!」

 

 人々の心から嬉々の感情が溢れ、広場に歓声が湧き起こった。そこには勝利を疑わず、明るい未来の訪れを期待した者たちの笑顔が生まれていた。

 

 

 

『……失敗したなぁ……コロリウム……。余計なことばかりする、出来損ないが……』

 

 

 

 しかし――その歓喜の広まりを瞬間的に冷え込ませるように、脂っぽい声が地獄の底から蠢いた。

 

 ぞぶ、ぞぶ、と焼けた肉塊が脈打ち、広がり――少女を捉えていた刃を血飛沫の勢いで払い除けて、豊満な肉付きの聖母を無理矢理に立たせる。

 

「あ……え……っ……!? クソブタ……ブスジマ、さま……? キモく……しぶとく……生きて、らっしゃったの……?」

 

『ぐぶ、ぐぶぶ……!! この程度で死ねるなら、さっさとくたばっているよ。殺される痛みはあっても、死にはしない……クク……〝死ねない〟んだよなぁ、僕は……!!』

 

 果てしない陽光を浴び、血肉をぶぢゃりと飛ばしながら、肉塊が分裂を繰り返す――赤黒い細胞が増殖して手を形成し、聖母の顔を掴むように固定する。そして、じわじわと再生が進み――純白の聖衣を身にまとった不死身の中年男が、悪夢のように再誕した。

 

「……毒島、三段腹……!! やはり、死んでいなかったか……!!」

 

「そりゃあそうだろ。付けた傷で数えるなら、君や鬼神の方が多いぐらいだ。忘れたとは言わせないよ?あれも痛かったんだからな」

 

「くっ……!!」

 

「しかし、この短気な娘のせいで計画が台無しだ。まあ、それも僕の人生らしいがな。ただ、〝名〟と〝命〟の継承を全世界に拡散してしまうのは大誤算だったよ……なあ、コロリウム……?」

 

 周囲に悲鳴を上げさせる絶望と我欲の化身は、配下であるはずの少女の顔を道具のように握って圧迫する。衣服を引き千切って、改造されている豊満な乳房を剥き出しにし……存在感のある乳首を潰すように、乱雑な動きで揉み始めた。

 

「むがっ……むががっ……んぁっ……♡ む、むぁあああああああっ……!!」

 

 コロリウムと呼ばれた少女は、顔の骨を軋ませるほどの力をかけられ、苦悶を訴えるように暴れるが……為す術もなく弄ばれるばかりだった。

 

「さて、風真いろは……いや、新たなる〝ミヤ〟と呼ぶべきか。君が継いだのは〝名〟だよな?」

 

「……どちらでも構いません。どうせ、これから決着をつける相手ですからね!」

 

 新たな竜禪の首長が刀を構える――が、対する異教の唯一王は、その敵意すらも意にかけずに口を開いた。

 

「それは楽しみだ。ところで、一つ聞きたいことがあるのだが」

 

「……むう……コロリウムの辱めを止めてくれるなら、聞きましょう」

 

「クク……ふははははっ……! 相変わらずの甘ちゃんだな。それも君の魅力なのかな、うん。まあ、いいだろう」

 

 毒島と呼ばれた教王は、手にしていた〝道具〟を放り投げて地面に転がした。交渉の材料に使われた少女は屈辱に下唇を噛んで、手跡が刻まれた乳房を抱くように隠す。

 

「さあ、これで質問の時間だ。その背後の武神――暁と言ったか。先ほど、竜皇と合体したように見えたが…………その、なんだ……顔は、生前のものと同じなのか?」

 

 毒島は、これまで無貌だったはずの武神の頭を見やり、黒布に隠れていない口元に注目していた。

 

「…………え……? ええと……ほとんど同じですが、厳密には違うというか……。お若い頃の――全盛期のお屋形様の生き写しではないかと……私が知る顔は、かなりのおじさんなので……」

 

 いろはが暁に目配せをして、目元を覆う布を少しだけずらさせる。その向こうから覗いた、鍛えた刀剣のように端正な顔立ちと、切っ先の如き意志を貫く瞳の輝きは――毒島の下唇を醜く震わせ、大粒の血を流させた。

 

「……………………そうか……やっぱり、そうだったんだな。なんとなく、そんな気はしたんだ。僕の人生だからな……そりゃあ、そうだよな……」

 

 ……その、あまりにも人間臭い所作が、覚悟を決めているはずのいろはの顔をわずかに曇らせる。ウェニキスたちの所業を完全な悪だとは断じず、自分たちの言い分を正義だと思いこまない、広い視野を持つ少女には……その男の〝心〟が少しだけ見えてしまったのだ。

 

「…………なぜ、そのようなことを……? 遺体を――抜け殻を機械人形に改造したとき、見ていたのではないのですか……?」

 

「顔が焼けていたんだよ。わからなかった。わからなくて、よかったのだろう。でなければ、揺れていたかもしれない――だから、今でよかった。僕の意志も、何もかも、変わらない。それだけだよ」

 

 毒島は、いろはにだけわかるぐらいに――ほんのわずかに視線を落として……すぐに前を向き直した。そして、質問の時間を作るために捨てた道具の乳房を握り締めて持ち上げ……自分とコロリウムの姿を、光の粒子へと変えていく。

 

「あっ……毒島ッ……!! 逃げるのですか……!?」

 

「……〝仕切り直し〟というやつだよ。どちらにせよ、次が最後だ。親愛なる教徒たちに、僕の威光に逆らった愚者の結末を見せてやる必要もできたからな」

 

「っ……!? また、ウェニキスやマルテーサのような犠牲者を……!! そんなことっ……!!」

 

「そちらの準備が整う頃にでもまた会おう。それまで、勝負は預けるよ」

 

 戦慄したいろはが迷わずに石畳を蹴り、土埃を巻き上げる――そして、存在感を薄れさせていく毒島に囚われた、自分そっくりの少女に手を伸ばした。

 

「コロリウムっ……!! かざまは、貴女に……まだ……言いたいことがっ……!!」

 

「…………っ……!!」

 

 名誉と心を深く傷つけた相手に対しても、まだ、救いの一手を差し伸べようとする――そんな甘い心を見せる〝本物〟に対して――〝偽物〟は、笑いながらその手を払い除けた。

 

「ばーか……ばーか、ばーかッ!! あんたに……眩しすぎる〝本物〟に……救われてなんかやんないよーだっ……!!」

 

 コロリウムはどこか満足そうに笑いながら吐き捨てて、毒島と共にその場から姿を消した。

 

 しばらくのあいだ、無言で立ち尽くすいろはと暁を遠巻きに眺めて、民衆はどうするべきか判断に迷っていたが……やがて、いろはの光が収まって暁の変身が解けた頃に、ようやく〝勝利〟を再認識する。

 

 人々は歓声を上げて広場に駆け寄り、新たなる竜皇の誕生を盛大に祝う宴を始める。その中心に据えられたいろはは、複雑な表情で苦笑するばかりだった。

 

 ……………………。

 

 毒島とコロリウムが撤退した後――夜を迎えても、コネの町ではどんちゃん騒ぎの宴が続いていました。広場には多くの篝火が焚かれ、持ち寄られた数々のお酒の香りが混ざり合って、少しふわふわとした気分にさせてきます。

 

 あちこちで笑いと共に湧き上がる話し声に楽器の音が組み合わさって、全体的に騒がしい時が続いていたのですが……時たまに、町人が私の元に来て静かに祈りを捧げて、ソウリョクを託してくれる機会もあって……なんだか、とても不思議な気分の夜でした。

 

 お猪口に入れてもらった葡萄酒をちびちびと嗜むぽこべぇと長椅子に並んで、夜空に浮かぶ月を見上げます――その光を見ていると、どうしても、お屋形様のことを思い出して、目頭が熱くなってしまいました。

 

 直接お別れを言えたこと……最後に、少しの間でも、私の心の中で温もりを分け合えたこと。お屋形様が託そうとした大切なものを、全部受け継げたこと。

 

 自分の置かれた状況が恵まれているとわかっていても……寂しいものは寂しかったですし、苦しいものは苦しかったのです。

 

「よっ。新しいミヤ様が、そんなしょぼくれた顔でいいんかい?」

 

「あ……レオーニオ……。もう、身体は大丈夫なの……?」

 

「ああ。べつに、どこかを壊されたわけじゃないし……あたし、元々マテルだし。エロいことも酷いことも、無茶苦茶にされんの……ぶっちゃけ慣れてっからさ。ははは!」

 

「………………あんまり笑えないよ、その冗談……」

 

「……おいおい……こういう時は、敢えて笑ってやるもんだと思うけどね。あたしは、だけどさ」

 

 果実酒――のように見える普通の果汁を持っていたレオーニオは、石鹸の香りを華やがせる髪を揺らして私の隣に座りました。

 

「……リュウオウ様と出会ったのも、さ……あたしが肉便器として使われていた時だったから。ははは、幻滅するぐらい、ばっちい話かもしれないけどさ」

 

「……そんなことないよ。かざまだって、その……いろんな人に、えっちなことされてきたし……幻滅なんて、絶対にしないよ」

 

「はっはっは……! ま……それでも、さ……無駄ではなかったよな……お互いにさ」

 

「……くすっ……♪ そうだね、レオーニオ……かざまたちが、頑張って〝生きて〟きたあかしだもんね」

 

「ふふっ……ああ、そだな。今のアンタ……最高にカッコいいぜ、いろはちゃん♪」

 

 レオーニオが差し出した杯に、自分の気持ちをぶつけて……かこん、と親愛の音を奏でました。

 

「……あの状況だと……八武信仰、とうとう完成したんだよな?」

 

「……うん。それに、竜禪信仰に捧げられるソウリョクも……これからは、たぶん……近場だったらだけど、私とぽこべぇに直接集まってくると思う」

 

「そっか。そりゃあよかった。そんじゃ、あとはブスジマをぶっ飛ばすだけだ――いろはちゃんなら楽勝だよな!」

 

「………………そう、なのかな……?」

 

 私は、手にしていた飲み物の水面に波を立たせて、一つだけ大きなため息をつきました。

 

「……不安……じゃないやな。たぶん、べつの心配事があるって感じに見えるよ」

 

「…………わかる?」

 

「うん。あたしも、たぶん同じこと考えてたからさ」

 

「……レオーニオも?」

 

「ん。ブスジマのこと……あの脂臭いけど芯が通ったオッサンを〝悪人〟として討てるか、少しだけ疑問なんだよな。前に会った時も思ったけど、今回のお仕置きでもそうだった……あいつ、ヘンなところで美徳みたいなのを見せるんだよな」

 

「……っ…………そうだね……かざまも、そう思う、かな……」

 

 レオーニオの鋭い言葉に胸元の内側をつつかれて、私は思わず身じろぎをしてしまいました。

 

 すると、元マテルだった銀髪の麗女は……女性として究極の艶美を与えられている身体を撫でて、人間らしい苦笑を浮かべて視線を落とします。

 

「あいつさ……酷ェ男で、ロクでもねェ人でなしなのは間違いねーのよ。でも……あいつは多くの犠牲を払いながら、できるだけ多くの者を進化へ導き続けている……だから、『合理的に発展を求める多数の〝命〟』に支持される。〝向こう〟に居たから、わかるけど……あいつらからしたら、平穏な停滞を求める〝こっち〟は悪に見えるのかねェ」

 

「…………そうだよね……。でも、かざまたちは……この手に握った〝信念〟を、捨てられない……。『大切な人たちの〝今日〟を守りたい』……そんな、大義もない簡単な想いだけど……」

 

「……そうだなぁ。あたしも同じ立場なら、同じことを言うだろうしな……でも、だからこそ『それでいい』とも思うんだよな」

 

「……え……?」

 

「相容れない理念があって、わかり合えない理想がある……でも、折れることも、曲げることもできないものもある。だから、『勝ちたい』わけじゃないけど『負けられない』……そうだろ?いろはちゃ――いや、リュウオウ様!」

 

「………………うん……!」

 

 ……私の両肩には、託された重たいものがのしかかり続けています。それはとても苦しくて、しんどくて、つらい気持ちを生みますが……『大切にしたい』と心から思えて、手放さないからこそ、大きな力を与えてくれるのだと感じていました。

 

 私は、熱い意志が灯り続けている下腹部を撫でて……お屋形様から頼まれていた言伝を思い返しました。

 

「……あ、レオーニオ……。あの、お屋形様から……その……伝言があるんだけど……」

 

「あん? あの人、あたしに何か言ってたのか?」

 

「……うん……。えっと……たしか……残念だが、おれは風真のことを一番にあ痛ッぁあっ……!?」

 

 不義をはたらこうとした私の太ももに、突然の激痛が走りました。患部を見やると、ぽこべぇが険しい顔をして、私の脚をぎちぎちとつねっていたのです。

 

「いたい、いたいっ……ごめん、ごめんってばぁ……!! ちゃんと言うからぁ……いたぁい……!!」

 

 訝しげな顔をする小さき従者に大罪を咎められ、私は身勝手な〝悪〟を少し自認した気がしました。それでも、毒島の発する正しき威光に屈する気にはなれませんし……むしろ、『大好きな人たちのためにこの力を使いたい』と強く思いました。

 

 私が怒りたかったときに、私よりも怒ってくれたレオーニオ。私が間違えたときには、こうしてきちんと叱ってくれるぽこべぇ。このひとたちをはじめとした、心に温もりをくれて、私に関わろうとしてくれる存在のことを想うと……不思議と、迷いが消えていくのです。

 

 私は脚に出来た我欲のあかしを撫でながら、じんじんと走る痛みに耐えて――今度こそ、お屋形様の代理を務めます。

 

 

 

「――『想いは全て受け取っていたよ』……と。それと『世話になった』って……貴女に、心から感謝していたよ」

 

 

 

「……………………はは……ズルくねえか、それ……? さいごの、さいごまで……あの人はさァ……まったく……」

 

 レオーニオは震える唇を噛んで、目をぐずぐずに潤ませて……私に抱きつきながら、すすり泣くように温もりを求めてきました。

 

 私よりも大きな身体の熱い抱擁と感情の奔流を受け止めながら、震えている背中を抱き締めます。その乙女心がたっぷりと詰まった気持ちに釣られて、思わず、私も涙ぐんでしまったのですが……お祭り騒ぎと夜の闇が、その弱さを隠してくれていました。

 

 しばらく、そのまま――レオーニオの心身に残っていた感情の泥を受け止めていると……聞き慣れた声が、私たちの耳に届きました。

 

 

 

『あれー? レオン様、いったいどこに行っちまったんだ? さっきまで、酒飲み共よりもワイワイしてたのに……』

 

『……一人になりたい気分なんじゃないのか? 無理もないだろ……俺だってかなりしんどいもん……リュウオウ様が死んだなんて、信じられねえよ……』

 

『なのに、あんな気遣いまでしてさぁ……くっそぉ……俺、レオン様の力になってやりたいよ……! でも、俺たちみたいな有象無象じゃ……あの心の空虚は埋められないかもしれねえなぁ……』

 

 

 

「…………っ……! ぐすっ……あいつら…………ったくよォ……! そういうの……聞こえる風にやんなよな……!」

 

 泣きながら笑ってしまったレオーニオは、私の肩をぽんぽんと叩いて抱擁を解きました。そして、お互いに腰を抱き合ったまま見つめ合って……私の額に、祝福を重ねるように接吻をくれました。

 

「……ありがとな、リュウオウ様……あたしも……ちゃんと、受け取ったよ……!」

 

 レオーニオはぐしぐしと涙を拭ってから私たちに別れを告げて、LEONの構成員たちに近づき――その首を両腕で捕らえました。

 

「なんだなんだ~? あたしがトイレに行ってるあいだに、ずいぶん楽しそうな話をしてんじゃねえの!」

 

「うわっ!? れ、レオン様……その、大丈夫なんですか……? 目とか、真っ赤ですよ……?」

 

「……だははは! ごめん……ぶっちゃけ、大丈夫じゃない……! だから……あたしのこと……後で、たっくさん、あつ~く慰めてくれな……♡」

 

「えっ……あ、の…………ま、任せてくださいよ……! それなら……うん……それなら、俺……自信、ありますから……!!」

 

「お、俺もですよ……!! 俺たち……ずっと……レオン様のことを愛してきたんです……! 求めてくれるなら、いつだって……!!」

 

「ん! お前ら、愛してんで!! あたしの気持ち……ちゃんと信じて受け取れよ!!」

 

「あ、アイマム……!! うおおっ……!おっぱいが柔らかすぎるぜぇ……!! 酒だ!酒ェ持ってこーい!!」

 

 お屋形様の想いが伝わって、誰かの人生が少しだけ変わって――また、違う誰かの心を変えていく――そんな、素敵な想いの連鎖を見て、私とぽこべぇは笑い合いました。

 

 その日は、人生で一番寂しい日でしたけれど……同じぐらいに、素敵な日だったと感じたものでした。

 

 ……………………。

 

 それから、しばらくの月日が経ちました。宣言していたとおり、思うところがあったらしい毒島は〝大襲撃〟を延期したことがわかったので、しばしの猶予期間が生じたのです。

 

 軍事施設の破壊作戦で消耗していた物資や食料、イサリビの施設の強化、修羅の州の探索など……私たちは各々で入念な準備を重ねました。そして、訪れたある日のこと――LEONの無線傍受部隊が、〝大襲撃〟が近日中に迫っていることを察知したのです。

 

 完全に復調したレオーニオとクマルンの指揮により、先進的な機械防衛陣が敷かれたイサリビでは、総動員の厳戒体制が敷かれていました。老人たちはハマのおばちゃんのとりまとめによって保存食や衣類の作成に努め、若者たちはアマネ殿が鍛えた武器を握り――先陣を切る余さんの背後を守り、イサリビの防衛に努めるようです。

 

 物々しい雰囲気が漂うイサリビを警邏してから、私は一度お社に戻りました。そして、境内で待っていたレオーニオと合流します。

 

「以前の作戦会議でも話したけど……ブスジマはネムフリャの街の中で総指揮を行うつもりだ。うちの総大将であるアンタに任せるのは気が引けるが、ぶっちゃけあんなバケモノを相手にできるのはアンタだけだ……攻撃の要であるあいつを止めてくれ!」

 

「うん、わかっているよ。かざまにお任せあれ、でござる!」

 

「ふふ……頼んだよ。直接〝転移〟ができない向こうまではLEONで移送するけど……現場に着いたら、何が起こるかわからない。今のうちにできること、したいことは全部終わらせておいてくれ。準備ができたら出発するぞ!」

 

 レオーニオの言葉に従い、私はイサリビや各地でやり残していたことを終わらせたことを伝えます。

 

「……こっから先は戻れないが、本当にいいんだな?」

 

「……うん……行こう……!! 毒島三段腹を倒して……此の地の〝今日〟を守ります!!」

 

 私は――お屋形様に託された想いを確かめるように、拳を硬く握りました。いよいよ――最終決戦の時が来ます。




※イワト→ネムフリャの街
でした。シンプルにミスです、すみません。
次回の更新は9月9日の予定です。
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