※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第五五話 願いを叶えるのは

「おおい!補給用の燃料まだぁ!? 情報支援機の発出が遅れてるよ!!」

 

「さっきからイサリビの余さんとマルテーサ様の部隊に連絡取れないけど、どうなってんだ!? 誰か、何か知ってるか!?」

 

「だからさっき電波中継機が壊されて――え? それじゃないの!? じゃあ何か別の――レーダーがジャミング受けてるじゃねえか!? イサリビの付近に、もう何か来てるぞこれェ!?」

 

 イサリビの離れ島――レオーニオ・ラボの入口では、LEONの面々が慌ただしく作業をしていた。空戦・海戦で損耗した機械の交換、イサリビ本隊で不足する物資の搬出など、休む暇もなく次の仕事が波のように押し寄せてくる。

 

「…………来てる……あの人が……こっちに、向かってる……」

 

 その混乱の中で――白き聖衣に身を包んだ、白髪の少女が黒ずんだ空を見上げる。むちむちと肉がはみ出てしまうきわどい露出の多さを、自分も他人も、気にかけられるような余裕もなかった。

 

 ……それもそのはずだった。陽光を遮る毒々しい腐肉の海が肉片交じりの血霧を噴き、ぶくぶくと泡立ちながら菌糸のように増殖し、面積を広げながらイサリビに魔の手を伸ばしてきていたのだ。

 

「……神と人の肉が、互いに反発し合って……殺し合いながら、再生して……より密に融合してる……。生と死を繰り返しながら、まぐわい続けてるんですかね……」

 

「支援機のスペア部品、そっちに――わっ、と……!? ウェニキス様!外に居たら危ないですよ!? 空もなんか怪しい感じですから、早く中に――」

 

「――で、ですから……!今の私は、その名前では…………っ……!?」

 

 虹色の羽に乗って来た、異なる場所からの来訪者が豊満な胸に手を当てながら息を呑む。

 

 その視線の先にある肉の海では、内側に眠る大きな輪状の光が脈打ちながら存在感を示し――ぞぶん、ぶびゅん、と芽吹くように肉幕を広げる紫色の物体が激しく震え始めた。

 

 うねりを上げる肉の幹が隆起していき、ぐぱぁ、と食虫植物のように大口を開けた肉の割れ目がいくつも生じて、各地に白濁の汁雨を滴らせ始める。

 

「ん……? なんだありゃ……通り雨か……? にしては、なんか白いし……こっちまで、生臭いニオイが飛んで来てるような……」

 

 LEONの構成員が作業を続けながら、異常気象の気配にどよめく。性交後の怪物の股間に似た、鼻につく異臭のせいで集中力を欠きやすくさせられていた。

 

 ゲル状の雫は風になびかれてぶよぶよと変形し、地表に降りる前に縒られて無数の鞭を形成する。回路のように張り巡らされる白濁は、どこか〝網〟にも近いイメージを彷彿させる。

 

「……おい……あれって、ブスジマのチ×ポ野郎が射精した後に操ってる、精子の鞭に似てないか……?」

 

「あ、ああ……いや、そうにしか見えねえ……! ってことは、あの腐った肉の上に……アイツが居ンのか……!?」

 

(……違う……あの莫大な肉塊こそが、あの人自身だ……。女神の神格を啜り、自らの不滅の肉体を喰わせながら……無尽蔵に増殖させて……いつものように、『足掻いている』……)

 

 少女が眉間にシワを寄せる先では――白く濁った鞭がビチビチと空中で跳ね回り、その鎌首をもたげて地表の都市に向けて屈伸する。幾百にも枝分かれした〝種槍〟は、マテルや異教の信徒たちの活躍で繁栄していた都市に〝雨〟を降らせた。

 

 数瞬の時が流れ、神種の塊が引き抜かれる。その先端には、ガクガクと痙攣する女性聖職者が膣から子宮までを串刺しにされて失禁したり、全裸の男たちや再誕した聖母の信徒たちが丸呑みにされたりしていた。

 

 ソルドナーレ信仰への信心に反応して伸ばされた触手は、ぎゅうぎゅうと蠕動し、〝餌〟から有用な中身を搾り取るように揉み込んで消化する。光の液体に変えた〝命〟を自らの糧とし、腐肉に力を供給させて歓喜の肉飛沫を散らしていた。

 

 その二大欲求を同時に満たす、尊大な儀式があちこちで、容赦なく繰り返される。そのたびに、腐肉の増殖は力強さと速度を増して空の汚染を爆発的に広めていき、イサリビに向かわせる肉槍の先端をさらに硬く尖らせた。

 

 のたうつように、びちびちびち……!と槍身をしなやかにブレさせながら伸びる毒肉聖槍の魔の手は、先端からドロドロと妄念の蜜液を噴射しながら猛進する。

 

 大粒の粘雫は異臭を放ちながら強力な催淫ガスを噴霧し、空を這いずる軌跡を残すように……翳らせた地に、性交狂いとなった男女の嬌声を反響させていく。

 

「う、わぁ……! なんて悪趣味で無差別なセックス……いや、捕食なんだ……!!」

 

「あ、あんなの、バケモノとかそんなレベルじゃねえ……! 天変地異だろ、もう……!!」

 

「れ、レオン様に急いで報告するんだ!! あれがイサリビまで来たら……あの人がヤバいぞ……!!絶対に守らねえと……!!」

 

「う、ウェニキス様も、早くこっちに……! 外に居たら、あのクソデカチ×ポに犯されちゃいますよ!」

 

「っ……!! SSRB……じゃない、LEONの方……! お忙しいところ、とても悪いんですけど……少し、お願いがあるのですがっ……!」

 

「……え……!?」

 

 自分を庇護しようとする男の腕を掴み、少女は真摯な顔で懇願する。

 

 ――『行かなければならない場所がある』。その憂慮に濡れた瞳は、強い使命感を口以上に物語っていた。

 

 ……………………。

 

「うっ……!酷いニオイが、世界を……! 暁っ……急いでッ……!!」

 

 竜人と化し、足元だけでなく翼の骨からも焔を迸らせるぽこべぇと――その背に乗るいろはが、眼下に広がっていく地獄絵図に戦慄する。視界を曇らせる血霧と催淫ガスに咳き込みながら、凶悪な毒に負けないように、自分たちの身体に治癒をかけ続けていた。

 

 融合した神格に毒され、不徳の破滅と祝福の再生を繰り返して体積を増す肉塊の先端――イサリビへと向かう毒島三段腹と太陽神ソルの後を追い、その行く手を阻むために、あとわずかのところまで並走できていた。

 

 しかし……なりふり構わずに〝命〟を貪り、人の尊厳や社会が積み上げてきた道徳を蹂躙しながら成長する肉塊は、暁の最高速度をわずかに上回り始める。

 

「ぐぐぐ……くそぉっ……!! あと、少しで追いつけるのに……このままでは……!!」

 

 竜鱗の鎧を悔しげに掴みながら、いろはが視線を落とす――その先では、イサリビに向かって進行していると思わしき太陽志士たちの軍勢が、ばらばらの足音を立てて浮ついていた。

 

「もうしばらくしたら、イサリビに攻め込んだ先陣の姿が見えてくるだろうよ! あいつら、まだ美味いところまでしゃぶり尽くしてねえだろうな!?」

 

「ひっひっひ! イサリビには若い女がほとんど居ねえっていうが、食い物はたんまりあるから大丈夫だろ!楽しみだぜぇ!」

 

「ブス……なんだっけ? まあいいや。女神様とキョーオー様のおかげで、好き勝手に生きることが許されてさ……もう、最高だよな! 『生きててえらい!』ってか!がはははは!」

 

 男たちのがさつで私欲的で都合のいい信心に反応したのか、遥か上空の後方で空を汚染していた肉塊が体内の天輪を輝かせた。ぶるん!と肉幹で曲線を描いて、鞭打のように肉片飛沫を散らさせる。

 

「んあ……わぶっ……!? なんだ……雨……いや、血か……!? ちっこい粒がぶよぶよしてんな……つーか、くっさぁ……!!」

 

「うおわっ!? なんだありゃ、気持ちワリぃ紫の雲みたいなのが広がって――――あ……?」

 

「どうした、おま――こぽっ……もぽっ……!? ほごご……おおううう……おぼぼぼぼぼ……!?」

 

 かつて、天に広がっていた三つの輪に祈りを捧げ、〝教義〟を叫ぶことで力を借りる〝契約〟を結んだ太陽志士たち。

 

 彼らが毒肉に犯された瞬間、身体に焼きつけられていた聖なる刻印が眩い光を放ち――どくん、どくん、と全身が心臓と化したように鳴動し、人間の体格がぼこぼこと隆起して醜悪に歪み、空を覆う毒肉と同じ色合いの異形に変態していく。

 

「なっ……!? ひ、人々が……毒されて、怪物に……!?」

 

『お、お、お……お……? おんな……おんな……めし……おんなぁ……!!』

 

『いきてて、えらい……いきてて、えらい……ふごっ……ぶもももっ……!!』

 

『はら、へった……はら、へったぁ……!! こわす……くう……めし……おかす……おめこ……とりあえず……おめこだ……!!』

 

 太陽志士だった者たちは、手当たり次第に周囲の自然や廃屋を破壊し、地面や木の幹にいきり立った股間を擦り付けて溢れた欲望を吐き出すように射精する。そして、同じ目的を持ったはずの仲間に噛みついて肉を食い千切り、互いに肉棒を擦り付け合い、どす黒い血飛沫と黒ずんだ精液で周囲を絶望に彩った。

 

 握力で大木の幹を抉り取り、咬合力で魔なる肉体の四肢を噛み千切る。滴る涎には酸が混ざって草花を枯らし、傷口から漏れた膿のような精液はおたまじゃくしのように大地を跳ね回って毒素を撒き散らす。

 

 暴走する欲望は毒神の祝福を得てさらに力を増し、理性という心のタガを根から引き抜いて破壊した。

 

『……ハー、ハー……いきててえらい……いきててえ、ら、い……ブホー……ホー……!』

 

 異形たちは肌に絡みついていた羽織や衣服を脱ぎ捨てて、全身から生やしたねばねばの肉勃起や巨大な陰嚢をぶらつかせながら、つい先ほどまで向いていた〝前〟に狙いを定める。転んで肉片と血飛沫を噴霧しながらも超速で前進し、イサリビへと向かい始めた。

 

「……あ、あんな怪物の大群に襲われたら……イサリビの人員だけじゃ、とても守りきれない……!! どうしたら……!!」

 

 戦闘機の如き噴射炎で直線的に空を翔る暁が、身を翻して風に踊り、背中に乗せていたいろはの身体を掴む。そして、巨体を回転させて力を蓄え――イサリビに向けて、全力で射出した。

 

「きゃっ――暁ッ!?」

 

 風の壁を切り崩す衝撃に包まれたいろはが、刹那の間にぽこべぇと視線を通わせる。

 

 ――『こちらは任せろ』。そう言わんばかりに、まっすぐに未来を見る剣客が、自分に使命を託そうとしていた。

 

「……わかった!! そっちは任せたよ――ぽこべぇッ!!」

 

 いろはと暁は、風を挟んで拳を突き付け合わせ、互いに前を向く。暁の神域に達した膂力は、焔の推進力と合わせてエネルギーの爆発を生み、肉塊の増殖速度を上回る〝疾さ〟で宙を駆け抜けた。

 

 音を置き去りにする速度で〝飛んで〟いく少女の背中を見て――竜化した明神は一層の焔を滾らせ、腐肉に接近する。神域に達した〝十束剣〟で、太陽神の恩寵を受け続ける肉海を斬り裂き、劇毒の血飛沫を浴びながら、がばりと開いた口腔にソウリョクの光を集中させる。

 

 鳥神・ガルダへの信仰の力を用いて作った聖なる焔を凝縮させつつ、天環を前方に配置して回転させていき――その輪を通して、巨大な閃光が発された。

 

 ごう!と発された衝撃波によって周囲の時を無理矢理に止めるほどの一撃が、腐肉を貫きながら焼き千切る。天神・ディヴァが持つ陽炎の力を孕む黄金の一穿は、台風のような回転を見せて肉塊を抉り、毒肉と暗雲に大穴を開かせた。

 

 天へ祈り、天を穿った暁の攻撃によって神格にも深手を負った肉塊が、ごろごろと轟音を上げて増殖の速度を落とす。

 

 イサリビに向けて進む魔の手も同様に遅延させ、手応えを得た暁は――いろはが飛んでいった先を一瞬だけ見据えて、再び腐肉の海に突撃するのだった。

 

 ……………………。

 

 同刻、イサリビ沿岸の上空にて。いろはを決戦地に送り届け、帰投するやいなや再度出撃したレオーニオは、特装ヘリに乗って防空部隊の陣頭指揮にあたっていた。

 

『敵影確認! レオン様の機体正面から見て、〇時方向から一機、二時方向に三機です!! 先着の一機は……ッ……新型の爆撃空母です!! 続く機体も高速武装ヘリですよ!!』

 

「まーたアイツかよ!? くっそォ……先着のイチに対空貫通ミサイルをロックオンさせろ! 二時のヤツらには……仕方ねえ、〝ドラグーン〟を飛ばせ!!」

 

『ッ!? ですが、もう〝ドラグーン〟がこれで最後に……!!』

 

「ンなこたァわぁーってんだよ!! 他の武装が全部準備中なんだ――一機でも通したら負けなんだ!出し惜しむなッ!!」

 

『あ、アイマム!! ミサイル発射準備――ドローン、展開準備を進めます!!』

 

「おーし!絶対に外すんじゃねえぞ――撃ッてぇええええいッ!!」

 

 レオーニオの発令に合わせ、レオーニオ・ラボから大型火槍が射出される――空を裂く鋼鉄の弾頭が機影に突き刺さり、大型飛空艇を爆滅させた。そして、続けざまに海上の軍艦から竜人を模した無人飛行機が羽音を立てて出撃し、ヘリコプターの隊列に突進をぶちかまして三つの火花を大きく咲かせた。

 

 空中で連鎖的に爆発を起こす機械群から、人員が脱出することはなかった。その代わりに、燃料タンクで〝命〟を搾り取られていた光の混合液が爆熱で蒸発し、在るべき場所へと還ることすらできずにその場で消滅する。

 

「ぐっ……!! あれも全部、人の〝命〟で動いてやがる……!! 恐怖も抱かず、命令にも反しない便利な〝燃料〟――再起不能な命だとしても、こんな風に使い潰すなんて……!!」

 

 毒島三段腹だけでなく、ソルドナーレに心酔する者たちの多くが私欲を満たさんとして、他の〝命〟の価値を気にかけずに〝使う〟道を選んできた。

 

 その合理的かつ自己中心的な考えは、たしかに世界を加速度的に進化させていたが――人の心の温かさを知ってしまったレオーニオには、かつて〝普通〟だと思っていた価値観に心を傷めていた。

 

 しかし、停滞と安寧を求める〝怠惰〟を徹底的に駆逐しようとする意志は絶えず、その感傷に浸らせる余裕すら与えない。レオーニオの耳には、続けざまに報告の電子音が届いていく。

 

『続いて、〇時方向に大型爆撃機が二機……そして、一〇時方向に小型強襲機が……じゅ、一四機です……!! すごいスピードで近づいてきてますよ!!』

 

「なんだって……!? ちくしょう……!!物量が、あまりにも違いすぎる……!! こっちが命守るために戦ってんのに、向こうは命を使い潰して無尽蔵に襲ってきやがるんだもんな……チートだろ、あんなの……!!」

 

『れ、レオン様……!! ど、どうしますか……!?』

 

『も、もう……だめなのか……!? 無謀だったのか……!?』

 

「ッ……怯むんじゃねえッ!! まずは飛ばせるモンを飛ばして、爆撃機を内側から崩せ! その隙に、兵器と弾薬、燃料の数量を全部報告しろ!! あたしが、イサリビを……お前たちを守るから!!」

 

 レオーニオはヘリの扉を開けて、タブレット端末を操作しながら双眼鏡で飛来物の距離と大きさを量る。持ち前の軍事知識と転送される兵装のデータを再確認し、適切な配分で無駄のない迎撃作戦を計画していた。

 

『レオン様ッ……!! 了解しました!!俺たちも死ぬ気で――いや、生きる気で頑張ります!!』

 

『対空ミサイル、次弾装填準備中! 代わりに、誘導弾の発射準備……も、もうすぐ、完了します……!』

 

「急いでくれ!! 次も、その次も……延々と来てやがる!! ここで、つまづくわけには――!!」

 

 圧倒的な戦力差によって、じわりじわりと未来の道筋を狭まれ……とうとう、完全に潰されたことを察したレオーニオが悔しげに顔を歪める。

 

 頭が良いからこそ、〝見えて〟しまうのだ――どのように計算しても、襲い掛かる物量の波には、近い未来に呑まれきってしまうことを。

 

「……くそ……頼むよ、神サマ……!! あたしたち……居場所、見つけ直したばかりなんだ……! どうか……あたしたちに、勝利をッ……イサリビに、明日へと続く〝今日〟を……!!」

 

 レオーニオは――LEONの面々は、拳を握って強く祈った。その熱い想いは光と化して宙に漂い――ひゅうん、と吹き抜けた一陣の風に巻き込まれていく。

 

 

 

「その願い――聞き届けたりッ!!」

 

 

 

「………………え……?」

 

 呆然としたレオーニオの眼前で、空間がずれるように歪む――それが刃による一閃だということに、数瞬遅れて気づいた。

 

 迫り来る二つの鋼鉄の巨体が頭の先端から両断され、内部に孕んでいた爆薬に火花が引火し、焔を噴き出すように爆散する。

 

 突然訪れた爆風に視界を奪われ、銀髪をなびかされ……無音が訪れ、風が吹く……再びレオーニオが空を見やると、そこには、輝く羽織を広げて宙に漂う風真いろはの姿があった。

 

「い……いろは、ちゃん……!? どうしてここに……!?」

 

「話は後でござる!! レオーニオ!体勢を立て直すのに必要な時間は!?」

 

「え……っと……一五分もあれば、とりあえずはどうにかなると思うけど……!!」

 

「……わかった! それなら、すぐに作業に集中して!!」

 

 いろははレオーニオが乗っていた機体を足掛けにして、続けて襲来していた小型機の軍勢をソウリョクの刃で細切れに破砕する。内部に閉じ込められていた光液を解放し、一つひとつの命として〝輪廻転生〟の流れに戻していく。

 

「次は……向こうかッ!!」

 

 少女が耳飾りにソウリョクを集中させ、感覚を研ぎ澄ます。広範囲レーダーにも勝る探知能力と視野角で敵影を漏らさずに把握し、墜落していく機体を踏み台にしながら、遥か上空で剣舞を踊るように空襲を凌いでいた。

 

「このでっかい機械、さっきも見たでござるよ……!! でっ――やぁあああああああああああッ!!」

 

 いろはが爆撃機の胴体に飛びつき、ソウリョクの刃を肥大化させて突き立てる。鋼鉄の装甲を破って、命を搭載していたタンクだけを破壊し――最小限の消費で大型機を自壊させていった。

 

「ヒューっ……♪ ありゃあ、ホントに……リュウオウ様と同じ強さ…………いや、もう……それ以上だろ……!」

 

 閉ざされていた未来が、鋭き刃の切っ先によって切り拓かれていく。希望の光が放つ温かい眩しさが目に滲みて、レオーニオは思わず涙した。

 

『ぜえ、ぜえ……レオン様ぁ……!! 故障していた兵装の修理と、〝ソウリョク爆弾〟の補充が終わりましたぁ……!!』

 

『はぁ……はぁ……もう、出ねえ……! でも、これで……しばらくは保つはずですよ……!!』

 

「よぉし……!! いろはちゃーん!いったん戻ってきていいよー!!」

 

 レオーニオがライトで示した合図を受けて、遥か前方まで踏み込んで機械群を破壊し尽くしていたいろはが、最後の爆発に乗じて風に乗り、超速で帰投する。レオーニオが乗るヘリのスキッドに跳び乗り、機体をわずかにぐらつかせた。

 

「よ、っと……!! かなり先まで倒しておいたから、しばらくは大丈夫だと思うよ! 今のうちに立て直せる?」

 

「おおう……! 聞きたいことは山ほどあるけど、とにかく、十分すぎるほどのアドだって!! マジで助かった!ありがとな!!」

 

「こちらこそ! イサリビのために頑張ってくれて、ありがとね……! 違う理由で戻ってきたけど、ここが一番危なそうだったから……間に合ってよかった……!」

 

 いろはとレオーニオは拳をガツンと打ち合わせて、強気に笑み合った。大切なイサリビを見やる視界の隅で――いつの間にか空の防衛線を越えていた小型戦艦が、波を掻き分けてイサリビの浜辺に接近しつつあった。

 

「……んッ……!? なんだ……いつの間に、船が来てやがる……あ゛ぁっ!?」

 

 その付近では、LEONの機体と同じ色合いの船舶が側面に張り付き、突進と砲撃を繰り返して、陸地への攻撃をどうにか阻もうとしていた。

 

「す、ステルス艦だとッ……!? レーダーの探知網を抜けるために、あんな最新兵器も出してきやがったのかよ……!? お前らッ!なんでマル先輩の近況を報告しなかった!?」

 

『す、すみません……!! 先ほどから妨害電波が飛んでいて、イサリビ側との連携が上手く取れず……!!』

 

「妨害電波……あの船のせいか……!? チクショウ……やられた……!!」

 

「……っ……!! 陸の方も、もう少ししたら危なくなっちゃうのに……! 余さんたちとぽこべぇだって、いつまで足止めできるか……!!」

 

「……いろはちゃん! あたしたちはもう大丈夫だから、あっちの船――マル先輩のところの力になってやってくれ!」

 

『ご助力ありがとうございました、武士殿! この恩義に報いるためにも、レオン様ともども全力で頑張りますよ!!』

 

「……お願いします! でも……その……『生きて帰ることだけ考えろ』の言葉は、忘れないようにしてくださいね!」

 

 いろはの言葉が一瞬の静寂を生み――レオーニオの腹と、スピーカーの向こうから温かい笑声が漏れ出た。同時に、いろはの身体に注ぎ込まれるソウリョクの強さが一層増していく。

 

 ――受け継いだ〝名〟が、共に戦い抜いた同胞たちの想いに共鳴する。守護者が資材を集め、レオーニオ・ラボにて開発した装備品の数だけ、いろはの心と胎内に新しい力が宿った。

 

「……ふふっ……あははははっ……!! アンタのそういうところさ、あたし、ホントに大好きなんだよな……死ぬまで信じ続けたい、最高の神サマだよ!」

 

「あ、あれ……? かざま、ヘンなこと言ったかな……?」

 

「いんや、何も。あたしたちは『生きる』だけを良しとする存在じゃない――『帰る』場所、ちゃんと守るから。アンタも頑張って――必ず、生きて帰ってくるんだよ!」

 

「…………うんっ!!」

 

 いろははレオーニオに微笑みかけ、受け取ったソウリョクの力を使って、敵影へ向かって鋭角的に跳び降りる。弾丸のように跳躍した身は、最も先行していた小型戦艦に飛びつき、大きく伸ばした光の刃を突き刺して――バカリ!と割るように両断した。

 

 鋼鉄の断面から爆炎が広がり、周囲の海を赤く照らして、さざなみを散らすほどの風を吹き荒らす。

 

「うぎゃあああっ!? なんで!?急に敵船が爆発――って、いろはさん!?なんでここに!?」

 

「クマ――マルテーサっ!! 救援に来たでござるよ!!」

 

 いろはが身をひねりながら宙を舞い、小回りの利くLEONの戦闘艇に着地する。その甲板で指揮をとっていた、思春期真っただ中の見てくれをした赤髪の美少女があんぐりと口を開く。

 

「あ、あなた、あの男とヤり合ってたんじゃないの……!?」

 

「説明は後! 状況は!?」

 

「あ、はァい!! 大きな戦艦は空軍が潰してくれていたけど、それをすり抜ける奴らが出てきて……装備の格差がすごくて、ぶっちゃけさ、かなり持て余し気味なんだワぁ……!」

 

「了解でござる!! ちょっと待っててね!」

 

「えっ!?あ、ちょっ――おい!ござるゥ!! 説明すんじゃねえのかよ!?」

 

 混乱するマルテーサや一味たちを置いてけぼりにしながら、いろはが視認できる小型戦艦を跳び渡り、刀一本で次々に爆砕していく。

 

 堅牢性や対艦能力が高くとも、踏み込まれてしまえば無人の船ではどうすることもできない――甲板に飛び乗られた数瞬後には、艦内の中枢を貫く刃によって竜巻を起こされ、爆炎を噴き上げながら〝命〟を解放するばかりだった。

 

 数分の間に、目では見えない範囲に侵攻していた船舶すらも無力化し、一仕事を終えたいろはがマルテーサ一味の船に着地する。

 

「ふう……とりあえず、こんなものかな?」

 

「す、っげえ……! 武士さん、一人で全部ヤッちまいやがったよ……!!」

 

「え、ええ~……!? もう〝こいつだけでいいだろ〟案件じゃん……あたし、役立たずじゃん……!!」

 

「そんなことないよ!! マルテーサたちが最初の船を邪魔してくれていなかったら、たくさんの犠牲者が出ていたのは間違いないよ……ありがとう……!!」

 

「え、あ……えへっ、そ、そーお……? まあ?そう感謝されンのも悪い気はしな――んっ!? なんか来てるッ!!キミたち、銃を構えて!!」

 

 幼さを残した体躯のマルテーサが手を差し出すと、完璧な信頼で結ばれた一味たちの意識が反射レベルの速度で応答する。そして、小さな羽音とともに海上を飛翔していた爆薬搭載型の小型ドローンに銃弾を撃ち込み、海鳥程度の大きさの脅威を次々に撃破していった。

 

「ぐっ……この大きさで、何人もの人を殺せるような爆発を……!? なんて悪趣味な機械なのよ……!! 一機でも通したら……イサリビが……!!」

 

「こ、この小ささでは……戦いづらい……!もう、時間がないのに……! マルテーサ……かざまも、迎撃に……!!」

 

「ッ――あんたはさっさと自分の持ち場に戻りなさいなッ!! 少しぐらい、あたしたちにもカッコいいところ、見せさせてよ……!」

 

「そうッスよ、武士さん! ここは俺たちと船長に任せてください……! 前にも言ったけど、貴方は俺たちの〝命〟の恩人だ――絶対に報いてみせますから!」

 

 重荷から解放されて幼さを取り戻したマルテーサと一味たちが、いろはに向かって力強く頷いた。その顔には、大切な役目を任せられる安心感が満ちていた。

 

「……ッ……わかり、ました……!! ここは、お願いします!!」

 

「ハッ……そっちも踏ん張りなさいよ! あんな豚男に負けたら、タダじゃおかないからねッ!! お尻ひっぱたくわよ!」

 

 ――敵意を越えて紡がれた信愛が、心と心を縒り合わせる。戦ってきたマテルと通じ合えた想いの数だけ、いろはの心と胎内に新たな力を宿らせた。

 

 マルテーサと一味から多大なソウリョクを受け取り、いろははイサリビ本土を目がけて跳躍する。

 

 その視界に映る遥かな大空では、太陽のような輝きを放つ明神が身体を汚染されながら、天環を回転させて煌めく焔を巻き上げる。輝く刃で凝縮した剣圧を振り抜いて巨山のような大肉塊を吹き飛ばし、煌めきを宿した竜尾刃によって無数の触手を斬り落とし――押し寄せる毒肉の波濤を遮り続けていた。

 

「暁……ぽこべぇ……! もう少し、頑張って……!!」

 

 ――例え毒島を打倒できたとしても、イサリビの住人を犠牲にしたのでは意味がない。そのことをお互いに深く理解していたからこその分業が、心に焦燥を走らせる。

 

 しかし――風を切って海上を進むいろはは、燃えるような焦りに負けない冷静さを維持し、物事を静かに見据えていた。八武信仰再興の旅にて培った精神性は澄みきっており、洗練された繋がりによる大いなるソウリョクを預かり――もはや〝神性を宿した人間〟の域から逸脱しようとしていた。

 

 いろはは感覚を集中し、イサリビに向かおうとする軍勢の気配を見極めつつ――『全てを守るために必要なこと』を、一つも逃さないように気持ちを固めていた。

 

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