※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第五八話 君がため 花を結う

 イサリビから少し離れた、はざまの地。光に愛された褐色の女児が、母なる星にふわりと抱き留められた一方で――太陽神の恩寵を失った男が、ぐしゃり、と地べたに叩きつけられる。

 

 地面を抉り、石つぶてを巻き上げるほどの衝撃によって肉体を大破しながら……天から突き落とされ、培ってきたものの大半を失った、神の代行者だった男の苦悶を響かせた。

 

 その場に、結晶の神翼を携えた少女が光の風を身にまといながら舞い降りる。背後に煌めく神性の具象は、〝竜皇〟の疲弊と民衆が大空に見やる解放感によってひび割れており、粒子となって世界の理の中へ還り始めていた。 

 

「ぐ、がが……がはっ……!! か……風真……いろは……!! 僕は、まだ……終わっていないぞ……!!」

 

「……わかっているでござるよ。貴方は、この程度では止まれない……だから、かざまもここまで来たのです」

 

「く……ククッ……!! そう言うわりには……もう、限界みたいじゃないか……? 神性は残っているが……八武信仰の力……失われているんじゃないか……?」

 

 片腕がひしゃげ、背中から血と脂を噴き出しながら、毒島三段腹がよろよろと立ち上がる。肩で息をし、醜く垂れ下がった腹を揺らして――双眸に宿した、強い意志を煌めかせていた。

 

 対するいろはも、冷静に敵対者を見つめる一方で……世界中から寄せられていた〝希望〟の昇華が進んでおり、あくまで此の地を守る機能でしかない〝ミヤ〟としての力を失いつつあった。消耗した八武信仰の残滓と、竜禪の主柱として寄せられる信徒からのあつい信心――そして、自らにソウリョクを循環させる〝自信〟だけが残されている。

 

 世界を覆うほどの邪悪を神威の風によって吹き飛ばし、鎖された神域を護ったことで〝国守〟としての役目を果たした少女の手から、〝アメノムラクモ〟と〝クサナギノツルギ〟を合体させていた神刀が消えていく。広がる空と輝く太陽に歓喜する大衆の心から、〝竜〟への祈りと〝蛇〟への恐れが薄れ始めていたのだ。

 

 名と命を各々で引き継ぎ、一つの〝竜皇〟として結び付いていた主従も二つに分かれゆく――神翼の瓦解に合わせて、いろはの背後を守っていた結晶が光と化して消えていく。

 

 腐肉の天海による汚染を死力で抑え込み続けていたぽこべぇは、意識を手放して地べたに転がった。

 

「っ……ぽこべぇ……!」

 

 いろはは、イサリビや自分たちのために戦い続けていた小さき相棒を抱き上げ、体力と精神力を使い果たすほどの多大な苦労をねぎらう。

 

「……ありがとう……! ずっと……ウェニキスも、見ていてくれたね……!頑張ったね……ぽこべぇ……!!」

 

 毛並みがくったりとした顔と、額を擦り合わせ……涙交じりに、心からの感謝を伝える。星の如き白さをまとう和装にふさわしかった、誰が見ても心を打たれるような〝格好よさ〟に声を震わせていた。

 

「おおーい! いろはちゃーん!!」

 

「……っ……? この声……レオーニオ……!!」

 

 いろはが涙を呑んだ時――遠くから駆け寄って来ていた、想いを共にする、頼れる仲間たちの声が聞こえた。コントロールするソルドナーレ教徒を吸収されたことで大陸から飛来していた機械兵器は全て止まり、異形と化した太陽志士や野盗も〝命〟の循環に戻っていった――イサリビを害する敵意は失われ、いち早く祝勝を共有しようと考えていたようだった。

 

 ――しかし、戦いは終わっていなかった。駆け寄ったレオーニオたちは、戦意を失っていない毒島と対面して武器を構えるが、その逸りをいろはの手が制する。

 

「……ここは、かざまが一人でお相手します。どうか……皆殿は、手を出さないでください」

 

 いろはは、眠っていたぽこべぇの身体をレオーニオに預けて、今にも朽ち果てそうな毒島三段腹と対峙した。

 

「……風真、いろは……僕は君に、最大限の敬意を表しよう。そして、ここで全てを終わらせ――再び、始めさせてもらおうか!!」

 

 アマネと鬼神からは鋭い目で睨まれ、マルテーサからは強い憤りの意識を向けられ――レオーニオからは、哀れみの視線を向けられる。慣れ親しんだ敵意の中で、毒島はくつくつと笑い――それでもなお仰々しく手を広げ、己の胸中に抱える〝世界〟を誇示する。

 

 その瞬間――毒島のたるんだ肉体から燃ゆる情熱の光が溢れ出て、背後に空虚なる日輪を結ぶ。己の中だけで循環していた〝想い〟が光円を描いて回転し、超新星の如き閃光を放って周囲を白く塗り潰した。

 

 目を腕で覆っていたいろはが視界を開く――白と黒だけが明滅する世界に、筋骨を隆々とさせた上半身を晒す壮年の武人が、その先の未来を閉ざすように立ちはだかっていた。

 

「……〝自信〟……君にできるなら、僕にだってできるんだよ。それだけの時間があったんだ……望んでなどいなかったがね」

 

 肉体の至るところに刻まれていた致命傷は癒えており、太陽神との繋がりを斬られてもなお、存在感を損ねていない――一つの〝個〟として完成していた、究極の心身が脈動する。

 

 その鼓動は地を震わせ、空を委縮させる。神々しさではない、人として発する艶めかしい輝きが男の存在を世界に浮き立たせていた。

 

「…………この、強大な力は……! やっぱり、貴方は……他人の信仰なんてなくても……!!」

 

「〝世界統一〟のために合理的な手段を取り、停滞した世界を〝先〟へ進めるために背負ってきたが……正直に言って、〝他人〟など重荷でしかなかったよ。使わざるを得ない〝道具〟だった。僕にとってはそれだけだ。もっとも、理想の社会を築く――『〝花束〟を結う』ための苦労が、こんな力を結ぶとはね」

 

「……花束って……おいおい、いろはちゃん……!! ホントに大丈夫なのか……!? あいつ……明らかにヤベェぞ……!? 下手したら、神サマよりも……!」

 

 そう言ったレオーニオの声が、わずかに上ずっていた。八武信仰の力を使いきったいろはは、ヤシャ信仰によって結ばれていた風真家の宝刀を創出することもできない――神々しく在りながらも、その〝丸腰〟の姿には不安を覚えさせるほどの欠落が生じていた。

 

「大丈夫でござるよ、レオーニオ。かざまに力を貸してくれる人が、まだ居るみたいだから」

 

「…………え……?」

 

 不思議がるレオーニオに微笑んで、いろはが胸に空いたままの風穴に手を添える。幼き頃より痛みを刻まれ、世界への諦観を抱えていた常夜を越え――暁を迎えたばかりの世界に、〝一番星〟の光が結ばれる。

 

「力を貸してください。龍と対等の〝虎〟で在ることを誓った――あなたの煌めきを、今、ここに――」

 

 内なる世界で旧神と渡り合い、その意志の力を認められた少女が――すらり、と風穴から一振りの刀を引き抜いた。

 

 虚飾にまみれた世界で真実を孕む白刃は永劫の輝きを放ち、褪せない柑子色を空に彩り、宙に夢を描かせ続けていた。

 

「……それ……〝違うボク〟が鍛えた、ココの尻尾……!? なんで、いろはちゃんが……!?」

 

「……? アマネ殿の仰ること、詳しくはわかりませんが……かざまも、この刀を貸してくれたあの狐さんも……同じ想いを握れているみたいです……!!」

 

 白と蒼緑に色めいた、神秘と信念を彩る〝いつもの羽織〟を揺らして、さらしをギュッと締め直し――いろはが刀を構える。いつまでもしつこく生き続ける妄執を、〝一人の人間の心〟と認めて、全身全霊で向き合った。

 

「…………そっくり、だな……。まるで、あいつ本人と会っているみたいだよ」

 

 そのまっすぐな瞳を見て、鍛えられた理想的な肉体を〝ソウゾウ〟した毒島が……刹那の合間に、温かく笑った。すぐに緩んだ顔を引き締めて、空手を宙に翳して光を束ねていく。

 

「――啜れ、〝カエモディス〟」

 

 高温を発する光の流れが渦を生み、世界に散り行かんとする力と、霧散する夢の残滓を収束させる――その手に、月色に輝く刃を煌めかせる大鎌を握り締めた。

 

「……っ……その武器……! あの、吸血鬼のマテルが持っていた……!!」

 

「あんまり見ないでもらいたいな。彼女が持っていた物とは別でね。こうして人に晒すのは、とても恥ずかしい得物だが――『君になら晒していい』と思ったんだ!!」

 

 毒島が地面を蹴り飛ばし、水平に跳躍する。振りかぶった大鎌を、筋力に物を言わせるように振り抜いた。

 

「ぐッ……ぬううっ……!!」

 

 襲い掛かる吸血の刃。度重なる情熱の迸り。抑えきれぬ本能と心の喘鳴。血染めの夜空に広がる悲鳴のような一撃を、いろはの強い信念が弾いていく。

 

 けたたましい金属音と夢の光が弾けるような音を周囲に散らし、妖しい赤色の尾を引かせる裂撃の数々を払うように凌ぎ――鎌を振りかぶった毒島の腹部を、ソウリョクで象った光の刃で祓い斬った。

 

 空気を震撼させる圧力が体内を斬り裂き、剣閃による衝撃が毒島の背中に抜け――〝命〟に直結する精神に、深い刀傷が刻まれた。

 

「がっ――ぐ、はぁっ……!? くっ……さすがに、素早い……そして、力強いな……!」

 

「っ……!! 体幹ごと魂を真っ二つにしたのに、平然と再生する……!! 普通の人なら、ひと月は立ち直れないほどの深手ですよ……!?」

 

「たしかに、死ぬほど痛かった――でも僕は死なないさ! 死んだ程度では止まれない!! だから――踊れ、〝アニポルカ〟ッ!!」

 

 宙で風を裂くように振っていた大鎌を消し、毒島が青いロッドを手にして、飛来していた白き煌刃に攻撃を合わせる。

 

 幻想色の火花を散らす衝突は、二度、三度――そして、数十の猛襲が攻守を代えて重ねられる。次元を破るほどの衝撃を波動に変えて、周囲に居た者の心までをも強く揺さぶり続けた。

 

「……この、攻撃は……! この武器は……貴方の……ッ……!!」

 

 想いが乗った打撃を受け止めるたびに、いろはの心に、熱くて、行き場がなくて、甘酸っぱいような共感が響いていく。

 

 ――それは、誰かに対して抱くもの。人の心に生じて、〝自分〟以上の力を与えてくれる、不思議で理解できない感情の猛り。

 

 毒島自身が『途方もない力を生んでくれる合理的な〝燃料〟』としか認識していないものの真価が、いろはにだけ伝わっていた。

 

「……アニポルカ……! やはり、俺の手中では開花してくれないか……!!」

 

「…………毒島殿ッ……!! どうして、ここまで……熱い心を持ちながら……!!進むべき道を間違えてしまったのですか……!?」

 

「間違えてなどいない!! 想いが熱かったから、自分の心に焼かれたんだよ……!! 僕はただ――見せられた〝夢〟を、守ろうとしてきただけだッ!!」

 

 毒島は青い長棒を振り回し、淀みなく続くいろはの斬撃を力づくで押し返す。過去と周囲には振り向かず、ただ前だけを見据えて切っ先を突き出し――立ちはだかる〝壁〟に、渾身の一刺を貫いた。

 

「ぐっ――うううううッ……!!」

 

 音速を超えた、不安の蒼海を穿つ一閃に合わせて後方に跳び――空気を渦巻かせながら迫る螺旋の先端を、物打ちで斬り弾く。自分の周囲に紐解けていく煌めきの突風に髪をなびかせながら、犬歯を剥き出しにして襲い掛かる毒島と頭突きをかち合わせる。

 

「こんなまっすぐな気持ちすらも、〝道具〟として消費してしまうから……! 貴方は……誰かと、想いを分かち合えないんですよ……!!」

 

「知ったことかよ!! 言っただろう!『理解なんて求めていない』と!『他人なんて重荷でしかない』と!! 群れなきゃ何もできない奴らと肩を揃えて歩けるわけがない――彷徨え、〝レオーニオ〟ッ!!」

 

「……っ………………あたしの……!!」

 

 耳を劈く音を立て、火花を散らし続ける激突を見守りながら――レオーニオが、毒島の手に握られた長銃の全てを見届ける。銃身で刃を叩き、弾丸で敵を撃ち抜こうと足掻く姿は、レオーニオのように洗練された動きではなかった。

 

 ……彼が、全てを、自分に都合の良いように捉えているせいだろう。改良を重ね、進む時代に合わせて強化してきたレオーニオの愛銃よりも〝元〟に近く、そして同時に遠い――再現度も高くない――だが、磨かれた美しさと熱い敬意だけは〝本物〟だったのかもしれない――少女には、不思議と、そう思えた。

 

「くっ――今だッ……!!」

 

 レオーニオとの闘いを経ていたいろはは、〝蛇腹舞〟を使わずとも弾丸と打撃の猛襲を避けることができていた。飛来する銃弾を連続ではじいて、弾道からすり抜け――懐に詰め寄り、白く輝く刀を構える。

 

「まだだッ――縋れ、〝フロキエス〟!!」

 

 毒島は呼び出した氷晶の衣で致命の斬撃を受け止め、身をひねりながら回避する。氷光の結晶を風に散らしながら、美しく煌めかせ――夢見た少女の清い儚さが、確かにそこに在ったのだと、世界に知らしめるようだった。

 

「ぬうっ……! 毒島殿ッ――逃が、さないッ!!」

 

「逃げねえよ!! 邪魔なんてさせない――昇れ、〝マルテーサ〟ッ!! 全てを奪い返せッ!!」

 

 男は両手に開拓の力を握り、まだ見ぬ世界を夢見て、虚無に足掻く執念を象る。渇きに怯え、海原を翔る砲弾のような弾丸を放つ――迫り来る少女に防御を強いてから、荒波を斬る横薙ぎの一刀で追随をかわした。

 

「……あはっ……あはははっ……!! やるでござるな……毒島殿……!!」

 

 体勢を崩されたいろはは、光の飛沫を巻き上げる一撃を避け、何度も後ろに跳んでから刀を構え直す。二ッと強気に笑み、握った想いに恥じない、武士らしい凛々しさを前面に出していた。

 

「申し訳ないですが……かざまは、負けるつもりはないでござるよ……! イサリビの人たちを……大切な友たちを……〝私〟を信じてくれた皆殿を守るためにも、『負けられない』から……!!」

 

「……そんなもの、僕だって同じだよ。死ぬまで諦められないんだ。死んでも『負けられない』んだ――その延長線上に、今、僕は立っているからな」

 

「知っていますよ。だから、かざまは……自分と同じ貴方を、どこまで行っても憎めない……同じ〝我儘〟を通す、一人の人間として……!!」

 

「……………………フッ……。僕は、君のそういうところに……こんなにも、惹かれてしまったのかもな…………爆ぜろ、〝コロリウム〟!!」

 

 毒島は新たな星の輝きを世に刻み、自らの胸から〝想い〟を切り離すように握り締め――その手に、光の西洋剣を携えた。背後に浮かべた三振りの刃を代わるがわる消費し、いろはに全力の太刀筋をぶつけ続け、星屑のような粒子を宙に散らせていく。

 

「世界よ……僕の統一を受け入れろ……!!美しさが枯れないうちに、もう一度花を植えさせろ……花束を、結ばせろッ……!! 成り行きに任せてしまえば……力を持つ者が希望を奪われ、努力が報われない世界になってしまう……あんなにも醜い世界が再来してしまうんだぞ……!?」

 

「ぐっ……ううっ……!! たしかに……貴方は、自分の〝正しさ〟を握っている……嘘をついているとも思えない……ッ……!! でも……そんな傲慢に、納得できない人だっているんだよ……!! 道徳や社会の中で、安寧を望む人が居る……それも、世界の自然な在り方でしょう……!?」

 

「自然だと!? 人の傲慢とて〝自然〟の一部だ――この世に在る理は『強者が弱者を喰らうこと』のみなのだ……! 道徳も社会も、弱者が現実を直視できないように敷かれたレールに過ぎないのだと何故わからない!? そんな偽りの幸せで満足していていいのか!?」

 

「ッ――それを〝偽り〟だと示して断罪することが、全ての〝正しさ〟に繋がるわけじゃないッ!!」

 

 いろはが光の刃による猛撃を退け、星色の閃光の軌跡を結んで毒島を弾き飛ばす。浴びせるように晒されていた、いろはへの大きな尊敬の念と……一方的で、歪んではいるけれど……深くて濃い愛情の光熱が、刃を通じて届いていた。

 

(…………この人は……誰よりも、〝好き〟なだけなんだ……。その想いが潰えてくれないから……『死ねなくなった』から、ここまで増長してしまった……こんなにも、簡単なことなのに……!)

 

 しかし、いろはの手には、他人の想いで揺さぶられない信念が握られている。ぶれない心を己の身を以て示し、刃を閃かせて、毒島に突進して煌めく斬撃を浴びせていく。

 

 胴体――腕、脚――首、腹、腰――脳天を叩く唐竹割り――流れるような剣捌きで、この世に執着する毒島の魂を浄化させていく。

 

「がはっ……ぐは、ぁあああっ……!! クソっ……こんなっ……がああああああああッ……!! 僕を……俺を、勝手に祓おうとするなぁああああああああッ……!!」

 

 しかし――いろはに救われた先から、毒島三段腹が自身に巡らせる呪詛の念によって、再び〝命〟が汚染されていく。男の意思など介さずに、ただ、使命を帯びた身体は生き続けて、死に続けて、また蘇り続けて――決して止まろうとはしなかった。

 

「毒島殿っ……!! もう、戦わなくていいんですよ……! 貴方の気持ちは、誰にも理解されないものだけど……かざまには、〝優しさ〟だってわかるから……!!」

 

「優しさァ!? そんな狭い世界でしか成立しない〝甘え〟はとうの昔に打ち棄てた!! 俺には正義も悪も、心も要らない……ただ、〝生きて〟いるだけだ――がっ、あぁああああああああああああッ!!」

 

 体勢を低くして視界から消え、地表から股を裂くように斬り上げられたいろはの刃が、男の魂を〝縦〟に引き裂いた。神性を宿す者でも激痛に苦しみ、のたうちまわるように悶える痛手を受け――毒島が、全身の血管を浮き立たせて闘志を奮い立たせる。

 

「ふうううッ……ぬうううううッ……!! 死なねえよ……こんなんじゃ、死ねねェんだよ……!! 殺して、殺して……僕の〝命〟を、殺し尽くしてみせろ……!! 僕は……何万回でも、何億回でも蘇る……『負けられない』……『負けられない』んだよ……!!」

 

「…………そんなに、なってまで……自分を犠牲にしてまで……〝命〟を全うしようとするのですか……?」

 

「……あたり、まえだ……!! それが〝命〟の本質なんだよ……! 『ただ鼓動を刻むだけで満足していい』と騙るような……退廃的な甘い教えで、世界を欺瞞で満たす竜禪には分かるまい……!!」

 

 光の剣を荒々しく、次々に振り抜き――衝撃のような風圧と眩い光を発しながら、毒島がいろはに迫る。

 

 少女の身体は、軽やかに風と踊り――旋風を描いた刃の動きで光の竜巻を生じさせ、無形の刃で男の心身を切り刻んだ。

 

「ぐ、ぎぎっ――がぁあああああああっ!! まだ……こんな、程度で……終われるか……!! こんな……未完成の時代で……!明るい未来に繋がる〝可能性〟があるのに――〝もったいない〟のに……世界を、終わらせて、なるものかァッ……!!」

 

 毒島は光を孕む竜巻に存在を削られながら、再生を繰り返して腕を突き出し、風の牢獄から這い出た。その勢いを保ったまま、刀身を象る光がぶれ始めた剣で連撃を重ねる。

 

 その暑苦しいまでの感情の押し付けに、いろはが歯を食いしばりながら対峙し、腰を据えた防御姿勢で受け流す。首を狙う太刀筋を弾き、心臓を抉らんとする刃を打ち払い――身体を翻して繰り出した一閃によって、男が握り締めていた〝心の欠片〟を斬り飛ばした。

 

「があっ……!? だめなのか……!? やはり、偽物では……僕の見た〝夢〟では、届かないのか……!?」

 

「貴方は、苦痛の先まで進んだ世界の〝幸せ〟を知っていた――忘れられないほどの〝夢〟を握り締めている……! 古い世界で安寧に浸ろうとする私たちに、その〝光〟の尊さを教えて導かんとした……! それが〝正しい〟ことは、わかっているんですよ……!!」

 

「……ぬうううっ!! ならば、受け入れろ――〝命〟の価値は『鼓動を重ねるだけではない』と、惰性を此の地に打ち棄てろッ!! 昂れ、〝ラクジェント〟ッ!!」

 

 逆巻くソウリョクの刃によって、湧き上がる心焔の輝きを昇華させられながら――毒島は両手で大剣を振りかざし、いろはを目がけて正しさの鉄槌を下す。

 

 しかし――その大振りは風の残滓を叩き斬り、大地を深くまで割るに留まった。吹き荒れる土埃の中に、ゆらり、と光の風が吹き――毒島の心身に、光の刃が袈裟斬りが浴びせられ、血飛沫のように大量の力が流出していく。

 

「がッ――ぁああああああああああああっ……!! お、重い……この、刀……!! なんでだ……!!何故……こんなにも……!俺の、心を……痛ませる……!!」

 

「…………貴方の胸が、一番よくわかっているのでしょう……? もう一度……ちゃんと、見つめ直して……自分の心で、受け止めてください……!!」

 

「…………わかる、はずがッ――ないだろうが……!! 僕に……世界にッ…………嘯け……〝ウェニキス〟……!!」

 

 いろはが居合のように刀を構え、下腹部で明滅していた〝八武の紋〟に最後の焔を灯した。

 

 対する毒島は、自分の心に残していた最後の〝夢〟を切り離し、その手で想いを結ばせようとして――。

 

 

 

 

 

 

 

「全部、擲ってきたってのにな。俺の〝命〟だけは、捨てられないか」

 

 

 

 

 

 

 ――世界と天秤にかけて選んだものを、〝惜しんでしまった〟。

 

 自分を削って連ならせていた星の光が、勝利よりも、儚く――同時に、美しく、煌めいた。

 

 

 

 

 

 

「――一武ッ――真風ぇえええええッ!!」 

 

 

 

 

 

 

 出会ってきた人々との繋がり。経験してきた痛み。それでも守りたいと思った、人々の笑顔。いろはの心に、確かに在った、人生を彩る全ての力。

 

 焔のように揺らめき、風のように流れる――内側から溢れる力を煌めかせ、いろはの心そのものを刃に写し――刹那に、横薙ぎの一太刀が繰り出された。音を置き去りにした斬撃が世界の時を刻み、光の点と影の点が、刹那に残光を結ばせる。

 

 毒島三段腹が――何千年も生き続けて褪せた命が、清々しいほどに色めく風に晒される。

 

 その衝撃は、夢に息巻き、強張った身体を脱力させるには、十分すぎるほどに……色鮮やかだった。

 

 ――風鳴りが、この世に響き渡っていく。各地を巡り歩いた風のように、高らかに。

 

 滾らせていた〝命〟の焔が、少女が起こした等身大の風によって……ふっ、と一時的に火を消した。

 

 しばらくもすれば、再び逆巻いて燃え上がるであろう、くすぶり続ける妄念。満たされることがない、永久なる渇望。

 

 その、砂漠のように乾いた熱き血潮が、荒れ果てた大地に落ちる前に――いつの間にか近づいていた白き少女が、そっと、優しく抱き留める。

 

「…………ウェニ…………え…………?」

 

 呼吸を忘れていたいろはが、思い出したかのように息を呑む。光に包まれた世界の中で、見慣れていたはずなのに〝知らない〟少女が、倒れた男を受け止めるように膝枕をしていた。

 

「……まったくもうっ。こんなところまで来て、いったい、あなたは何をしているんですか……」

 

「…………………………この、声…………は……」

 

「……あれれ? 私の声がわからないほど、耳と心が鈍っちゃったんですか? それだと悲しいですけど……そんなこと、ありませんよね? ここまで、ずっと……私のために、頑張ってきたんですよね……?」

 

「………………わかるよ……わかる、けど…………ああ、くそ……参った、な……。まだ、〝花束〟が出来ていない……たくさん、咲かせて……神風で、枯れてしまった花たちが……戻せて、いないのに……な……」

 

「…………そんな、私と会うことを一世一代の出来事みたいに言って……。どうして、この瞬間までに〝全部〟を揃えようとしたんですか……?」

 

「…………僕は……運が、無いからなぁ……。愛の深さなどという、無形のものでは……どうしようもない〝壁〟が在る……。もし、運よく、越えられるとしたら……一回だけだと、思ったから……」

 

「…………そうだった……。あなたは、そういう星の下に産まれた人でしたね……」

 

 少女は、手で抱いた頭を申し訳なさそうに撫でながら、夢を見るように虚ろな瞳を覗き込んだ。

 

「……べつに……手ぶらで、よかったんですよ。贈り物……花束が無くても、あなたの〝命〟の価値が変わるわけじゃないんですから……」

 

「……だけど……俺には、これしかなかったんだ……。君が……こうして、俺と向き合ってくれることへの……〝見返り〟を……」

 

「……そうですか……。でも、その……私、そんなに大きな花束は……ちょっと、困っちゃいますよ……。受け取るには、重すぎるから……」

 

「………………そっか…………まあ、普通に考えて……そうだよなぁ……。僕の知る、君なら……俺が好きになった、君なら…………こんなの……欲しがるわけ、ないよなぁ…………」

 

「…………おバカさんですねえ、ほんとに……」

 

 白き少女は、そう呟いて――着ている装束に最も似合う、聖母のような微笑みを浮かべた。そして、脱ぎやすい装束をめくって大きな乳房を晒し、真心を込めた温もりで、疲れきっていた男の顔を包み込む。

 

 

 

 

 

「――――……『生きててえらい』……『生きてて、えらい』……。あなたの〝命〟は――生きているだけでも、きちんと価値があったんですよ――――」

 

 

 

 

 

 雪のように白い温かさに包まれて、男は目を閉じながら、心身に染み込む多幸感を味わっていた。

 

 ――とくん、とくん、と。柔らかくて温かい、人が産まれたときに得られる絶頂の幸せを顔面全体で感じさせながら、優しく肩を叩く振動で幸福を全身に伝えていく。

 

 星のようにきれいで、粉雪のように儚い、思わず尊びたくなる命の音。誰もが無意識に愛しみ、惜しみ、そして『守りたい』と思うもの。

 

 その刺激は――自分の理想と出会って、褪せた人生に色めく〝夢〟の気配を感じた瞬間に覚えた、あの〝命の温もりを孕んだ音〟よりも鮮明で――心の奥底まで響くような感動だった。

 

 間近で、めり込む距離で、生身と生身で触れ合いながら――男は、〝命〟を全身で感じていた。

 

 死んでも手放せなかった〝夢〟が、思い描いていた形とは違う姿で果たされていく――歪んで呪いと化していた愛が、あるべき形を取り戻していく。

 

 満たされていなかったからこそ、〝潤いに飢える自分〟を信じられていた――そんな男の人生が、他者の瑞々しい温もりで満たされて――自己の世界で完結していたソウリョクの循環を、ぷつり、と途切れさせた。

 

 力んでいた身体から、使命感と義務感が抜けていく。自分では価値を認められず、使い潰すしかなかった〝命〟を赦され――止まっていた時が動きだし、残りわずかとなった刻限への一歩を進め始めた。

 

「不器用で、誰よりまっすぐで……私のこと、こんなになるまで……好きでいてくれて……ありがとう、ございます。気持ちは、ちゃんと受け取りましたから………………んっ……♡」

 

 眉間のしわが緩んだ額に、〝人生を変えてしまった刺激〟と同じものを届けてから――白き身体から抜けゆく虹色の光が、遥かな空の向こうへと昇っていく。

 

 再び抜け殻となった少女の身体が脱力し、少しずつ冷えていくなかで――一人の男は、静かに、幸せな夢を見続けていたのだった。

 

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