トライプルに一方的な〝勝利宣言〟をされてから、私とお屋形様は言葉少なにお社へと帰りました。お互いに、何を話していいのかもわからなかったのだと思います。
すっかり日が暮れてしまい、闇がぞわりと這い寄る屋形の中で、私とお屋形様は並んで夕餉の支度をしていました。
「彼の者たちの住む国では、食事は一日に三回とるのが基本だそうだ」
「…………夕餉だけではないのですね」
「うむ。我らと同じような軽食もとりながらな。はざまの民たちも、たんまりと腹を満たしているのやもしれんな」
「その食料は、何処から出てきたものなのでしょうか……?」
「さてな。古今東西、食料には少なからず価値がつくものだ――はざまにも多くの田畑はある故に、三食も夢ではないのだろう。飢えているであろう人間も多いだろうがな」
「…………ウェニキスが言っていたことは……事実、なのですか……?」
「…………否定はせぬ。此の地における貧困も、衰退も……おれには、どうしてやることもできなかったものだ」
「……そうですか」
私は何かを諦めたように、小さな吐息を漏らしました。心の片隅に、「ああ、神様ってそんなもんなんだ」という言い訳のしようもない不敬がよぎりました。
皆が信じる竜禪は決して万能ではないことを知り、異教の説く〝正しさ〟に負けてしまう事実を見てしまったのです。ウェニキスが相手をしていた三人の男の顔を思い浮かべても……彼らを強く否定できなくなっていた自分が、確かにいたように思います。
――『どうして竜禪を妄信しているのだろう?』。竜禪信仰が当たり前であって、生活にも根づいていたからこそ、私の心にはじくじくと痛む棘のようなものが深く突き刺さっていました。
ウェニキス、マルテーサ、レオーニオ。彼女たちはたしかに淫らな手を使っていましたが、絵に描いたような悪人ではなく……信念に基づいて〝救済〟をしているのだとわかってしまいました。
私は何もわからなくなり、深く悩んでしまって……ついかまどの火の管理を怠り、お米を焦がしてしまいました。
……………………。
お屋形様が用意したものと合わせて夕餉とし、硬くて香ばしすぎる大事なお米を噛み締めながら、黙々と食事を進めます。
お屋形様が二言三言と何かを言っていたり、お膳に乗っていたおかずがいくつも増えていたりしたような気がしましたが、私は上の空のまま食事を済ませてしまいました。
普段ならもう寝ている時間にようやく沸き上がった風呂に浸かりながら、深い月夜の下で背中にお屋形様の温もりを感じて、疲れが溶けたような吐息を重ねて……言葉にできない感情に心を揺さぶられたことを、昨日のことのように覚えています。
「……お屋形様……?」
「ん、どうした?」
「……お屋形様は……御自身の行いを〝正しい〟と信じられますか……? 彼女たちを〝悪〟と裁こうと思いませんか……?」
「…………以前にも申したはずだ。おれが悪ならば、その報いを受けるまでだとな」
「…………答えになってないって、自分でもわかってるクセに……」
「………………相も変わらず、鋭い奴め」
お屋形様は私の鎖骨辺りに触れていた手に、わずかに力を込めて抱きました。きっとそれが、不器用なあの方にできた〝精一杯〟だったのでしょう。
私は、あの時……お屋形様に叱り飛ばしてもらいたかったのだと思います。「馬鹿なことを考えるな」と。「俺の言葉を信じろ」と。そう言って、安心させてもらいたかったのでしょう。
しかし、お屋形様は、竜禪が貫く〝正義〟も、トライプルが広める〝正しさ〟も、何も教えてくれませんでした。
……今なら、わかります。あの時にすぐ、わかってあげるべきでした――この苦しいすれ違いの正体を知る〝手がかり〟は、既に与えられていたのだと。
……………………。
まばゆい朝日が障子越しにまぶたを突き刺し、小鳥がちゅるちゅるとさえずって私をまどろみから引き上げます。
「……ん……お屋形、様……?」
私は、引っ掛かりも重たさも感じずに布団をめくり上げました。その手応えの無さが恐怖となり、私の心をぞわりと舐め上げます。
日常が壊れていく不安。鼓動と同じ間隔で全身を巡る冷たい感覚。女体に溺れる男衆への嫌悪。連鎖的に思い返した、幼い私の衣服を剥ぎ取り、垢臭い肉を擦り付けてきた醜悪な性欲。
涙が勝手にこぼれるほどの情緒の乱れと、〝自分〟が壊れるような寒さに襲われていた私の身体。それを包み込んでくれていた温もりが、そこにはありませんでした。
掛け台からは、お屋形様の古びた太刀が持ち出されていました。そうなれば答えは一つです――敵襲に応戦してくださっていたのでしょう。
「……私……今日は、何をすればいいのかな……?」
日の昇り具合から察するに、いつもより遅くに目が醒めたようです。昨夜が遅かったせいか、普段と同じ早朝に起きることができませんでした。
いつも御使いとしての使命を下さるお屋形様がおらず、私は不安と虚無が入り交ざったような、気味の悪い〝手持ち無沙汰〟に襲われました。
――お屋形様は、あの鋼鉄の鳥や火噴き針を吐く鯨たちと命を懸けて戦っているのに。神に育てられていても結局はただの人の子である私には、できることがわからなかったのです。
私は、胸を縛りつけるような耐えられない痛みに身体を衝き動かされ、お社中をきれいに掃除して回りました。建屋の中は誇り一つ残さないように雑巾をかけ、境内からは枯れ葉の全てを掃き出しました。
たくさん時間をかけて、くたくたになったつもりでも、お屋形様は帰ってきませんでした。汗を拭ってから少しも経たないうちに再び不安に襲われ……私は、境内にあるお屋形様の祭壇に向かいました。
厳かな木の香りがかぐわしい、落ち着いた空気が満ちている神聖な屋形。雨戸を開けば見晴らしが良くなる小堂におわすのは人型の〝竜〟――お屋形様が今も変身しているだろう姿を象った小さな木像が、俗世を静かに見守っています。
――『竜皇の祭壇』。お社自体がその役目を担っているはずなのに、何故かこうして『目に見える形』で祭壇が据えられ、神であるお屋形様自身もこの場所を特別視しています。
祭壇をよく見ると、蝋燭の芯に燃えた跡が残っていました。それは今朝方もお屋形様が此処に居たことを示しており、『この場所には確かな意味があること』を伝えてくれました。
「……お屋形様……これがなくてもいいのに、わざわざ作ったんだよね……? そこに無いはずのものが、確かに〝在る〟ってことなのかな……?」
うんうんと頭を悩ませているうちに――私は、神の使いでありながら竜禪のことを何も知らないことに気づきました。
彼の地では『習うより慣れよ』の精神が色濃く根付いており、竜禪信仰についても事細かに教えられることがなかったのです。
……いえ……『自発的に学ぼうとしなかった』というのが正しかったかもしれません。だって、あの頃はお屋形様の苦労や信仰の意味など知らなかったのですから。こうして深く関わるまで、興味を持てなかったのですから。
意味を知らないこと、興味のないことを実行するのは、とても難しいのです。
「…………ああ、もう……子供っぽいなぁ……! こんな具合で成人を名乗ろうだなんて……だから皆に笑われるんだ……!」
その呆れた怠惰と見苦しい言い訳を正当化しようとする自分に、思わず腹が立ちました。ここまでお屋形様に、イサリビの人たちによくしてもらいながら、まだそんなことを思えてしまう自分が恥ずかしかったのです。
お屋形様がいなければ、私はあの浮浪の男に穢されて消えない傷を刻まれていたことでしょう。竜禪信仰がなければ、私は数年前の浜で無残に死んでいたことでしょう。イサリビがなければ、明るく笑うこともできなかったことでしょう。
ここに在る〝命〟と〝心〟は、間違いなく竜禪が繋いでくれたもの。それはきっと、誰かひとりの強い祈りや、お屋形様の強い御言葉ではなく――皆が思い描いた〝明日〟を守るために、皆の人徳と規律で積み重ねてきた〝今日〟を紡いできたのでしょう。
――〝かつて〟の無知は変えられません。それでも、〝これから〟の無知なら変えられるかもしれません。私は〝竜禪〟にお世話になり、たくさんのものを受け取ってきた身として、変わらなければならなかったのです。
知らないことを考えることはできなかったので、私は自分が知っていることから考えました。その中で最も頭に引っ掛かったのは、〝法〟についてでした。
私の故郷のような国では、民はまず『罰せられないために』決まり事や法を順守することに専念していたはずです。
「……でも……イサリビの人たちは、法がなくても竜禪を守ってるんだよね……?」
たしかに、お屋形様には厳しい一面があり、更生の余地がない罪人の首を刎ねることもありますが……それはあくまで〝民の暮らしと安寧〟を守るためですし、イサリビの人たちもよく知っていることです。
それに、イサリビの人たちの笑顔に触れてきた私には、彼らはお屋形様が――ミヤ様が恐ろしいからしぶしぶ従っているとは思えません。むしろその逆――民が自らミヤ様とイサリビの存在を望んでいる――そのように思えます。竜禪が嫌であれば、はざまの地に逃げても何の罪にも問われないのですからなおさらです。
『トライプルの教義』という理解できないものに直面した私は、『彼女たちを取り締まるための法を敷くこと』をお屋形様に迫りました。
それはきっと――私がまだ武家の人間であって、イサリビに住む人たちとは〝何か〟が根本的に異なっているからだと思ったのです。
「……私は、こんなこともわかってないんだ……。でも、イサリビの人たちなら何か知ってるかも……!」
私はお社から飛び出て、風を切るように走り始めました。お使いでもなく、何から逃げるのでもなく……初めて、あの長い石段を自分の意思で、自分の目的を持って下ったように思えます。
一段飛ばしで階段を下りきり、砂をまき上げながらあぜ道を抜けていきます。それは神の使いとは思えないほどに生々しい御転婆具合でしたが……のんびりとした雰囲気が失われつつある世では許されていたことでしょう。
何度も通った道を迷わずに通り、私は竜皇の祭壇の一つ――アスラ様の祭壇を管理しているハマのおばちゃんを訪ねました。
「おやあ、ヘビちゃん。今日もお使い――では、なさそうだねえ。そんなにぜえぜえと……まあ、少し落ち着きなさいな、ね!」
ハマのおばちゃんは私の顔から何かを悟ったのか、何も言わずに家の中へと招いてくれました。
穏やかな夏風が吹き、風鈴が涼やかに鳴るような昼下がり。そんな日常の中でも、お屋形様が金属を切り裂くような音が時折聞こえてきて、私の心を焦りで駆り立てました。
水出しのお茶とお団子――あんな話を聞いた手前で申し訳なく思い断ったのですが、「いつもどおり、たあんと食べな!」と言われて断りきれませんでした――を頂きながら、おばちゃんに竜禪について尋ねると、彼女は穏やかな顔で目を閉じました。
「竜禪ってのはね、つまるところ……そうさね、『人の我儘そのもの』ってところかねえ」
「……わが、まま……?」
「そうだよお。長ァい歴史の中でね、人は信仰をいくつも失くしていったけども……こうして竜禪『だけ』が残ったのも、そういうことなんだろうねえ」
「……??? えっと、どうしてそれが我儘なの?」
「信仰ってのは、人が神さんを勝手に信じたときに始まって、勝手に神さんを捨てたときに終わるもんさね。あたしらは、そん時の気持ちで深ァく敬ったり、忙しいときにゃ心のどっかで軽んじたり……ミヤ様が言う『人らしさ』ってのに、散々付き合わせてるんだよお」
「……でも、お屋形様は……それが人と神様の正しい関係だって……」
「そらあ、神さんの寛大な心があってこそだいね。あたしらは信心と供物を捧げるだけなんに、ミヤ様は海の上で外敵を追っ払って、イサリビで『安寧を脅かす罪悪』を裁いて、武家に出向いて国の営みを見守ってさあ……どう見ても、釣り合いがとれてないねえ」
「…………っ……そ、そうだね……」
「ちぃっと考えたらすぐわかることなんに、手前のことしか考えらんねえモンもおる。嘆かわしいことさね」
「…………うぐぅ……」
私は、風真家が『竜禪信仰とヤシャ信仰の両方を生活様式に組み込んでいたこと』をお屋形様から知らされるまで気づいておりませんでした。
風真家で執り行っていたお祭りや儀式の意味だけでなく、ご飯の前の「いただきます」の教えなどにも深い考えを持たないまま、この宝刀にただ頭を下げていたのです。
――慣習だから守るもの。言いつけがあるから破らないもの。困ったことがあったときには一番に頼るもの。
それが、私にとっての習わしであり、戒律であり――そして、ぼんやりとした〝神〟という抽象的な概念でした。きっと、その認識自体が『間違ってはいなかった』から、こうして正される機会を得られなかったのでしょう。
少なくとも、私と同年代だった何も知らない幼子や、壮年の人たちほどに信心のあつくない若い人たちは同じように捉えていたように思えます――だからこそ、おばちゃんの呆れた声と〝信仰の本懐〟が胸に響いたのです。
私の心をグサグサと貫いたおばちゃんは、からからと音を立てる風鈴を横目に眺めてから、大きなため息をつきました。
「近頃じゃあ、イサリビですらもありがたみを忘れる輩が出始める始末でねえ。昨日もあばずれ娘にそそのかされたぐらいで、ぽぽんと改宗しおってからに……まったく、恩義も知らねえんかって……!」
「…………それは、さすがに我儘かも……うん……」
正しいことをわからなくなった私が、強く否定できなくなっていた男衆たち。彼らの自己中心的な言動を思い返すと……今の無知な自分と、少し重なる部分があったように思えました。
信仰や儀式の意味を正しく理解せず、形骸化した日常の一部として捉えてしまえば、その守られる毎日にありがたみを抱かず――〝退屈〟だけが残るのかもしれません。ちょうど、私がお社で過ごしている毎日の意味を理解できていなかったのと同じように。
「私も……お屋形様のすぐ傍に居たのに、何も知らなかったし……あの人たちと、大差ないのかもしれない……」
「……あん? ヘビちゃん、ミヤ様に何か言われたの?」
「ううん、それだけはないよ。お屋形様は何も言ってくれないから」
私はその時、酷く乾いた笑みを浮かべていたと思います。
その顔を見て……おばちゃんが、少し残念そうに目を細めたのをよく覚えています。私が初めて、『人の期待に応えられなかったこと』を経験した瞬間のことでしたから……忘れようがありません。
「……ミヤ様は何も言わんのではなく、『人には何も言えない』のよ。だからすぐに誤解されるのよねえ」
「……え……?」
「祭壇のことと同じなのよ。神さんは、人の営みに関わらんからこそ――人に任せるからこそ〝神〟なんさね。大昔にそれを望んだのは、紛れもなく人だったんだよお」
「……そ、そうなんだ……初耳かも……」
「だからね、あたしらは昔の人が選んだ〝道〟の上から外れずに、手前の意思で『信じているミヤ様と共に、人として生きている』。それだけは、忘れちゃなんねえのさ」
イサリビの人たちの底知れない信心は、誰かに強制されているわけでも、何かに縛られているわけでもありません。そのことは昔から知っていたつもりだったのに、ウェニキスたちの言葉で、私の中で〝前提〟が揺らいでしまっていたのだと思います。
私は自分の無知と、その上にある〝自分の意思の弱さ〟を痛感し、膝に乗せた拳を強く握りました。どれだけ強く歯噛みしても過去の無知を雪ぐことはできませんが……このままで終わっていいとは思えなかったのです。
こちらの複雑な表情をうかがっていたおばちゃんは、静かに立ち上がって、隣の部屋からお針箱を持ってきました。
「ヘビちゃん。迷っているときこそ、手だけは動かし続けるもんさね。何も知らないってんなら、今からいくらでも知ればええ!」
「……おばちゃん……。でも、私は……竜禪に、ふさわしくないのかも……此処に居ちゃいけないのかもしれない……!」
「ふふふ。お前さんは、あの腑抜け共とは違ェってあたしが保証するよお! だって、『今も逃げずに此処に居る』じゃないの!」
「…………!」
「うっふっふ! さあ!まずはお勉強さね! アスラ様の〝橋〟を任される竜禪の巫僧として、良いモンの作り方を教えちゃる!」
泣きそうになっていた私は招かれるままにおばちゃんの隣に座り、べちん!と肩を叩かれてから、反物の切れ端から小物を作り始めました。
……あの時ひとりでお社に居たら、きっと膝を抱えたまま、何もできなかったことでしょう。ごつごつとしたマメとあかぎれだらけの手に触れられ、温もりを受け取って……イサリビとお屋形様に、ここまで大切に育てられたことを強く実感できました。
理屈だけであれこれ考えるだけでは、理解はできても納得はできません。ひとりでは決して満たされなかったものが、此処に、確かにありました。
「うん、うん、さすがに上手だね。次はね、折り目をつけて、はちっこをちくちく縫うんだよお!」
「わ、わかった…………あの、おばちゃん、ちょっといい?」
「どしたんだい?」
「手がこんなになるまで畑仕事をするの、大変じゃない……? はざまに行きたいって、思ったこととかないの?」
「あっはっは! そらあ、働くのは大変さね。苦しいことがないわけでもなしに、はざまは楽しく過ごせるとも聞くねえ」
「……じゃあ、どうしてイサリビで暮らし続けてるの?」
「イサリビとミヤ様が好きなんだよお。此処に暮らす皆がそう思っとるから、イサリビには変わらん〝今日〟があるんだよお!」
おばちゃんが清々しく言いきった一言が、風のように私の身体を通り抜けて――心にかかって、糸を引くように絡みついていたもやもやを、じわ、じわ、と剥がしてくれました。
――『好きだから守りたいだけ』。真実を知ってしまったように大人ぶって、難しいことばかりを考えようとして……こんなに簡単で子供っぽいのに、最も力強くなれる〝理由〟を見失っていました。
時が止まったような。けれども、少しだけ時間が経っていたような。大人と子供の合間にある、有って無いような境界線の上で――不思議な爽快感の中に包まれた私は、思わず笑ってしまいました。
「……ふふっ……あはははっ……! もしかして、理由ってそれだけなの?」
「そうだよお! それ以外に何か要るってのかい?」
「……ううん! 人の〝道〟とか、信仰とか……堅苦しいことは後付けだってわかった!」
「だぁっはっはっは!! そうら、新しいことを一個知れたなあ! ヘビちゃんは、ほんに良い子だよお!」
「ぎゃあ! あ、危ないよ!お針持ってるから、そんなに、撫で回さないで……あわわわ……!」
そんなこんながありつつ、私はハマのおばちゃんに教わりながら、一体分の袋を作り上げました。貰った竜禪の御神璽を、お屋形様の顔を思い浮かべるように祈りながら入れて……二重叶に結んだ紐を、きゅっ、ととじました。
お守りは、かつてキョウに根付いていた二つの信仰に共通する縁起物だったもののようで、〝晩期の竜禪〟にも深い関わりがあったそうです。
おばちゃんの話では、キョウの人は大雑把な気質の人が多く、神様や教えではなく『自分に都合の良さそうな存在』や『縁起の良い物』を信じることが多かったそうな。目に見えるお守りや護符は、その象徴とも言うべき存在なのです。
「こうして祈るモンがありゃあ、感謝もきっと忘れねえ。あたしはそう信じてるんだよお」
「……そうだね……! 私も、そう信じるでござるよ!」
「よう言った! やっぱり、おめさんは立ィッ派な武士になれるよお!」
「あ、そこはまだ違うんだ……。むむむ……地道に頑張るでござるよー……!」
まだまだ未熟な私は、肝心なことを何も知りません――でも、ハマのおばちゃんのおかげで、小さな一歩を踏み出せることを知りました。
私は、その成果である出来上がったお守りを胸に抱いて、心の底からお屋形様に祈りを捧げます。普段一緒に暮らしている〝親代わり〟としての一面ではなく、崇敬すべき〝神〟であることを強く意識しました。
――海上で凛々しく、たまに泥臭く戦うその御姿。何も言わず、何も求めずとも――民を守るために命を懸け続け、背中だけで信心を集めるその立ち振る舞い。
記憶に焼き付いていた事実を元に、私は〝想像〟しました――『あの御方は必ず勝利を収め、此の地に住む人たちを守ってくれる』と。イサリビに住む人たちと同じように、お屋形様を――ミヤ様を心の底から信じました。
すると――真新しい傷が疼いている心から、じんわりとした想いが溢れ出るのを感じました。その目に見えない〝何か〟が風に乗り、空へと伝わって――きらきらと、光の帯を紡いで海の方へと流れていったような気がしました。