※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第五九話 勝者の〝報い〟

 ……長かったような……そして、短かったような。私の心に忘れられない想いを生んだ戦いが、とうとう終わりました。世界中から歓喜の声が上がり、晴れ渡る空には、続いていく〝今日〟への希望が満ちていました。

 

 きっと、あちこちで宴が開かれていることでしょう……〝ミヤ〟のことを忘れるぐらいに、熱狂的で、充実した時間を過ごしていたはずです。意識を取り戻したぽこべぇと顔を見合わせましたが、たくさん疲弊した彼も、私と同じように、『それでいい』と思ってくれていたようです。

 

 ……そりゃあ、まあ……ちょっとぐらいは、寂しいですけど。でも、べつに、いいんです。私たちがしたことを忘れてしまっても、こうして守れた世界の何かが大きく変わるわけでもないですし……誰かに感謝されたくて、身を投じてきたわけでもありませんでしたから。これで、よかったんですよ。

 

 胸に空いていた、〝暁の園〟へと続く風穴も塞がっていきましたが、その部分は痣のように黒ずんだままでした。きっと、神性を帯びていた――〝皆殿から信心を向けられていた私〟が、竜禪の教えに背いて自身を傷つけたことに対する〝罰〟――いえ、責任の表れなのだと思いました。

 

 お屋形様から託されていた〝八武の紋〟も光を失い、残ったものは……〝毒島三段腹が朽ちるまで繰り返すはずだった永久に近い応酬〟のために、周囲から注がれ、胎内にぎゅっと詰まったままのソウリョクだけです。

 

 軽い心身で地面を蹴ると、ふわりと風に誘われるように身軽さを感じて……『ああ、全部、終わったんだな』……と、深く感じたものでした。

 

 私の手から、空へと〝還って〟いった借り物の刀に思いを馳せていたアマネ殿。ぼんやりとして、あんまり話を聞いていなさそうだった余さん。うっすらと光っている小さな女神様を歳の離れた姉妹のように抱いて、あやそうとする一味たちからその子を守っていたマルテーサ。そして、毒島……いえ、毒島殿が眠っているうちに、どこかへ行ってしまったレオーニオ。

 

 皆が皆、それぞれの〝終わり〟に辿り着いていたようでした。世界を包んでいた狂気と前進し続ける妄念は霧消しましたが……多くのものを失わせ、大きな傷跡を残した毒島殿の軌跡は、決して許されるものではありませんでした。

 

 ……それでも……毒島殿の〝命〟を赦した〝彼女〟の意思だけは、私たちが邪魔してはいけないような気がしました。あの人は、大きすぎる想いに応えられないことも、彼が罪深い人だということも……全部をわかっていたうえで……それでも、彼の想いとまっすぐに向き合ったのでしょう。

 

 きっと、信徒の方々と向き合った私と同じ気持ちで……痛みを覚悟して、心を通わせるように。きっと、その気持ちが、細雪のようにきれいで、融けるように温かったから……凝り固まって、歪みきってしまって、それでも失われなかった永劫の愛を報わせ……完結させることができたのだと思います。

 

「……む、ぐ…………う…………」

 

 魂の揺りかごで一生分の〝赦し〟を得ていた毒島殿が、泥濘の底から浮上するように目を醒まします。彼の顔を包んでいた温もりは既に解かれており、代わりに、並ぶように寝ていた〝抜け殻〟を見やって……毒島殿は、一瞬だけ目を伏せました。

 

 しかし、すぐに顔を上げて、元に戻ってしまっただるんだるんの身体を重たげに起こし……マルテーサのぴちぴちなお胸に抱かれていた女神様と目を合わせます。

 

「なっ……なによ……!? あたしのふーたんは渡さないわよ……!? こんな女児まで毒牙にかけるつもりじゃないでしょうね!?」

 

「……ソル。最後の仕上げをしたい。付き合ってくれ。君に残された時間も、そう長くないだろう?」

 

「……ん……はいよ、毒島様」

 

「ああん!ふーたん! あたしとこれからイチャイチャランデブーしようって話を……!!」

 

「ちょっと船長、空気読んでくださいよ……!今そういうアレじゃないですよ……!?」

 

「そゆこと。マルテーサは、ちょっと待っててね」

 

 ちっちゃくなった女神様は、ギトギトの抱擁に執着するマルテーサの額を小突いて……口角を上げながら毒島殿の背後に回り、まとっていた光を強めて宙に浮かびました。

 

 ……その時から、既に――煌めきの粒子を舞わせていく女神様の身体の輪郭が、少しずつぼやけ始めていました。レオーニオやマルテーサのように異教の信仰から外れた者たちや、世界を覆った腐肉によって食い潰された者たちなど――彼らの〝信徒〟は、もう既に全員失われていたのでしょう。

 

 それは、太陽神の恩寵も、〝自信〟の循環も失った彼も同様でした――数千年か、それ以上か――あらゆる苦痛に耐え、花束を結おうとした彼の身体がひび割れて、その内側から光と化した〝力〟を漏らしていました。

 

「風真いろは。そして、ぽこべぇ。君たちには〝願い事〟があるか?」

 

 私と、穏やかな寝顔を浮かべるウェニキスの身体に寄り添っていたぽこべぇに近づいてきた毒島殿が、穏やかな顔でそう問いました。

 

 ――〝願い事〟。その言葉を聞いて、当時の私たちは、それぞれ、我欲たっぷりなことを思い浮かべたと思います。

 

 ……道徳的に……神として……それが、どれだけよくないことかわかっていても……心のどこかで、望まずにはいられないこと。それは、たしかに私たちの胸の中にはあったけれど……私も、ぽこべぇも、ふるりと首を横に振って答えました。

 

 ……だって……お屋形様が守り続け、私たちが引き継いだ竜禪の教えでは……過度な、身に余る欲望を抱くことは、悪徳でしかありませんでしたから。名と命を正式に受け継ぎ、あつい信心を寄せられる存在になった私たちが、その規律を壊すわけにはいきません。

 

「……そんなの、ないでござるよ。イサリビの皆殿を守れて……こうして、〝今日〟が続いている。それだけで、私たちは十分ですから」

 

「…………百点満点の答えだよ、風真いろは。君、誰かに『救えない』とか言われたことがあるだろう?」

 

「なっ、なんでそれを――むぐうっ!?」

 

 私がウェニキスのことを思い浮かべていた隙に、ぽこべぇの顔を――続けざまに、私の顔を――毒島殿のひび割れた手が、目にも留まらぬ速さで掴みました。

 

 余さんとアマネ殿が武器を構える音が聞こえましたが……その逸りを、どうしてか、マルテーサが手で制していたようでした。

 

「むーっ……むぐうーっ……!!」

 

 かつて、同じように顔を掴まれて、毒島殿に無法の乱暴をされた記憶が全身を駆け巡りますが……どこか、あの時とは勝手が異なるようでした。みゅんみゅんと、微弱なソウリョクと神通力によって、頭と心の中を覗かれていたように感じました。

 

 しばらくして、私たちの顔が解放されます。戸惑っている私たちを見て――見てくれは小さくなっても、神々しさを失っていない女神様が、眉を困らせて笑っていたのが印象的でした。

 

「……ふぅ……わかりやすい方から済ませるか。心身が神に成ってしまったスーパーアイドルより、畜生である君の方がよほど人間らしいとはな」

 

 毒島殿は、ぽかんと口を開けているぽこべぇに対し、胸に手を添えて敬意を表しました。そして、空に手を翳して、強い信心で結ばれた女神様と力を通わせ――空に残っていた最後の天輪を、めきめきと空気を軋ませながら集約させていきます。

 

「神を打倒せし小さき勇士よ。その功績を讃えよう。そして、君の〝趣味の良さ〟に敬服しよう」

 

 

 

『想像したものを〝実在する〟と思い込むことから始まる、その妄信が生む熱量から転じる非科学的なエネルギー……か……医学でいう〝偽薬効果〟が、より具体性を帯びたようなものだよな……』

 

『あの時のあたしみたいに、〝ウェニキス〟の健康な姿を想像できる大量の信者たちが存命だったら、【〝作り物〟を〝本物の女性〟に再構成する奇跡】も起こせたかもしれないけど……その手も使えないよな……』

 

 

 

「〝未来を繋ぐための手法〟を研究し、僕の命令にきちんと従っていた……真面目で聡明なレオーニオに感謝しておくのだな」

 

 毒島殿は、暴風を逆巻かせる光の結晶を球体に丸めて――紫電の稲妻を周囲に走らせ、黄金の風をまとう奇跡の煌玉を握りました。それから、横たわっていた白き聖母の抜け殻に近づきます。

 

「これで準備は整った――なあ、ソル。レオーニオという〝成功例〟があるのだ。お前なら、奇跡の再現ぐらい容易だろう?」

 

「あったりまえじゃん! 腐っても〝全能の神〟だかんね!」

 

「……レオたん……成功例……? 何、言って………………あ…………?」

 

 警戒はしつつも、心は穏やかに鎮めていたマルテーサが――かつて、裏切り者となったレオーニオを自らの手で〝廃棄〟したときのことを思い出しました。

 

 ……彼女の声音で、そう、わかったんです。私もちょうど、同じことを考えていたから。

 

 私がガンダルヴァ信仰の力を使い――散り行く信徒の〝命〟たちの願いを叶えて、破壊されたレオーニオの息を吹き返させた、あの時のこと。

 

 涙をこぼして救いを求めていた彼女の手は、既に落ちかけていた――そう……私がガンダルヴァ信仰の力を再興させた時には、もう、事切れていたのです。

 

 その遺骸を〝生身〟に変質させ、生命活動を終えるほどの深手を癒やし――死者の魂を呼び戻したという大いなる奇跡は、〝レオーニオの健やかな幸せ〟を願う人々の〝命〟があったからこそ為し得たことでした。

 

「……んぁ……? そういえば、たしか……あのお空に浮かんでた三つの輪っか……そこの白い子が辱められてたときに、ほとからびゅーっと勢いよく出てたんよね……?」

 

「……………………………………あ…………」

 

 話を聞いていた余さんの言葉で、私の中で、過去と現在が繋がって――守り抜いた〝今日〟よりも素晴らしい〝未来〟が煌めいたようでした。

 

 毒島殿が手に握っていた輝きを見て――そこに、〝ウェニキスの胎内で夢を見ていた者たち〟の――夥しい数の〝命〟が内包されていることを感じられたのです。

 

「さあ! ウェニキスを愛し、ウェニキスに愛された者たちよ! 自我無き今でも、この子の幸せな未来を願えるか!? お前たちの〝命〟――愛する者のために、無償を覚悟で〝使える〟か!?」

 

 毒島三段腹が、かたちなき〝命〟たちに愛を問います――すると、数瞬も待たずに、一つ、また一つと〝命〟が光の粒子と化して周囲を舞い、天の川のように美しい流れを生んで、意識を一つに束ねていきました。

 

 冷たくなっていたはずの少女の身体に、温もりを孕む煌風が入り込んでいきます。幾百万もの〝命〟が幸せを願った少女は目を閉じたままで、生気も抜けたような状態でしたが――どこか、生々しさというか、作り物ではないような雰囲気に変貌していました。

 

「〝作り物〟のままでは、ヒトへと変容してしまった〝命〟は宿せない。僕や民衆が負わせた胎内の呪傷も治した。これでこの子は〝白上フブキの偽物〟ではなく、〝本物のウェニキス〟になれたんだ」

 

 その言葉で、胸がきゅんと痛くなって……私は、思わずぽこべぇの顔を見てしまいました。

 

 彼は先ほどと変わらず、口を開けたまま呆然としていましたが……とくん、とくん、と……毒島殿によって引き出された、己の胸中に湧き上がる禁忌の我欲――その鼓動を、強く、耐えきれないほどに感じていたようでした。

 

「願え――そして〝信じる〟のだ。ソウリョクという力を――君自身が心から欲する幸せを――そして……彼女が死してなお、君との〝未来〟を望んでいることを……!」

 

 毒島三段腹は、悪役らしい所作で〝命〟の塊を握り潰しました。ぱきん!と硝子が砕けたような音とともに、夏を彩る果汁のように散った無数の光の水滴が、地から天に向けて逆雨を降らせます。

 

 空へ向かう光が連なり、縒り合い――やがて、再び一つになって、太陽の恵みのような雫となって風の坂を滑ります。尾を引きながら伸びる、小さくも煌びやかな星の光が――少女の身体を吸い寄せるように浮かばせて、陰影が反転した空中で、一つに重なっていきました。

 

 ――上空で、影が止み、光が溢れる――陰陽が照らし合う、その中で――かちり、かちり、と再び動き始めた命の秒針が動く音が聞こえます。天からの贈り物の如き美しさと可憐さを備えた白き聖女が、ひらひらと舞う花びらのように――空から、ゆっくりと下りてきていました。

 

「…………ウェニ……キス……?」

 

 私が目を見開いて空を仰いでいた横で、ぽこべぇは、誰の力も借りずに自分の身体を変身させ――目元を覆った一面二臂の名もなき武人として、ゆるやかに降りてくる少女の身体に飛びつき――優しく、力強く、抱き留めました。

 

「…………ん……んぅっ……? この、あったかい、におい…………ぽこ、ちん……かい……?」

 

 たくましい腕に抱かれた少女が、ゆっくりと目を開きます。力と願い、そして深い愛情を託し……別れざるを得なかった相手と向き合って……少し眠そうにしながら、それでもしっかりと相手の顔を見て――ほろり、と涙をこぼして、微笑みました。

 

「…………信じて、ましたよ……♪ あなたに、また、会えるって……また、愛してもらえるって……えへへっ……♡」

 

 ……ぽこべぇは、目隠しの下から大粒の涙を落とし、〝命〟を取り戻した少女の身体を抱き締めました。

 

 その情熱的な抱擁と……奇跡と純愛を目の当たりにして、周囲で湧き立つように渦巻いた〝命〟の喝采を受けて……ウェニキスは、慈しむように目を閉じました。

 

「……ありがとう……ぽこちんも、みんなも……ありがとうっ……!! ウェニは……世界で、一番……幸せですっ……!! だから、みんなも……絶対に、幸せになるんだぞっ……!!」

 

 雲海のように広がる膨大な愛の粒子が、幸せになるべき少女と、その幸せを安心して託せる男の未来を祝福するように渦巻いて、少しずつ、少しずつ――別れを惜しみながらも、空へと還っていきました。

 

 やがて、その光が全て、在るべきかたちに還った頃――ぽこべぇは、我慢していた気持ちを溢れさせるように、男として女体を求めるように、性愛を孕んだ勢いで抱き締めました。

 

「……ひゃっ……♡もぉ……ぽこちん、ったらぁ……♡ そんなに、がっつかないでくださいよぅ……みんな、見てるのにっ……♡ 仕方ないひとですねぇっ……♡」

 

 押し潰れた豊満な乳房を伝う、温かい鼓動を確かめて――『もう二度と離れない』と、心の底から、〝命〟に懸けて誓うかのように。ぽこべぇは、彼女への深い愛を示していました。

 

 アマネ殿とマルテーサ、そしてその一味たちが、唇をわなわなと震わせて、感涙しながら見上げる先で――光の粉雪に巻かれ、たくさんの人に祝福されていた二人が、融け合うように接吻を交わします。

 

 唇をついばみ合うように、額を擦り合わせるように。全身で相手を求めて、心が重なるほどにお互いの存在をめり込ませて――その〝命〟と強く触れ合っていました。

 

「んっ……んぅっ……♡ くぷ……ぁっ……♡ ぽこちん……だいすきっ……ぽこちんっ……♡ んっ……んぅっ……♡」

 

 熱くて、とろけるような、愛の甘さを確かめ合うような深い抱擁は……いつまでも、いつまでも……離れていた時間を、全部埋めきるまで……長い時間、続いていたようでした。

 

 ……………………。

 

「うふふっ……えへへへへっ……♡ ぽこちんっ♡ ぽこちーん♡ ぽこぽこちんちーん♡ぼっきっきー♡ 今晩もたくさんエッチしましょうねっ……♡」

 

 ……さっきまでの感動は、いったいどこへやら……。元の姿に戻ったぽこべぇが、ウェニキスのぼいんと張り出るおっぱいに手をかけて乗っかりながら、顔を間近に寄せてうりうりと愛を語らいます。ウェニキスはもう平然と、明らかにぽこべぇの陰嚢をふにゅふにゅと揉んでいました。とんでもねえやつらだよ!

 

「……たはは……やっぱり、そういう感じにオチがついたんスねぇ。ここまで期待どおりだと、逆に気味が悪いかもしんねェな」

 

 私とアマネ殿が感情の余韻を持て余してずびずびと鼻を鳴らし、マルテーサが一味たちに慰められ、余さんが蝶を追っかけていると……どこかへ行っていたレオーニオが、LEONの方々を連れて戻ってきました。

 

 ……なぜか、その腕には……豊満に実ったレオーニオの乳房を枕のように両手で抱き、きょとん、と碧玉のような目をまんまるにして親指をしゃぶっている赤ん坊が収まっています。

 

「れ、レオーニオ、どこに行って――っていうか、その赤ちゃんは……!?」

 

 その麗しい白髪は、どうにも見覚えがあったのですが……どこかで見たことがある小さな身体には、きつねのような大きいお耳と太い尻尾が生えており……きつね耳がぴこぴこと野性を感じるように動き、尻尾がしゃわしゃわと風に踊る麦のように揺れていたのです。

 

 獣っぽいふさふさの体毛部分の一部が黒くなっているところは、かつてのウェニキスを見ているかのようでした。そして……私が心の中の世界で出会い、つい先ほどにも再会していたはずの〝あの人〟のことを思い返させます。

 

「ま、そこで盛り合ってやがる男女の〝愛の結晶〟ってヤツさ。時間が経っても死者の魂を現世に繋ぎ止めていた、存在を示す〝楔〟にもなってたんじゃねェかな?」

 

「あー、そういう――って、ええっ!? ぽこべぇ、お父さんになっていたの!? っていうかウェニキスにそっくりすぎるだろ!?娘っていうか、もう……え、ええーっ……!?」

 

 私の素っ頓狂な声を聞いたのか、ウェニキスがぽこべぇを抱いたまま、レオーニオと顔を合わせます。

 

「わはぁっ……!!♡ レオンちゃん……人工子宮での生育、上手くいったんですね……! ぽこちんとウェニに似て、激烈にかわいい~っ……!!♡」

 

 ウェニキスは上機嫌で足を跳ねさせ、血で繋がっているらしい、小さな体躯のふたりの顔を突き合わせました。

 

「ほらほら、イナリちゃ~ん!♡ おち×ぽのでっかいパッパでちゅよ~♡」

 

「あ、ウェニ先輩……もう名前決めてたんスね……」

 

「あぅ、あむぅ……ぱっ、ぱ……!まんまぁ!」

 

「きゃんっ……♡ いや、あたしのおっぱいはママじゃないってば……! こら、乳首つまむなって……ひゃうっ……!?♡」

 

「ちょっと、なにあたしを放置して楽しそうに騒いでん――うっぎゃああああああッ!?♡ なにこの可愛すぎる物体ワぁ!?♡ いや~んっ!!きゃわわ~っ!!♡ 船長のお指、ちゅっちゅする~?♡んーまっ♡んーまっ♡」

 

「ばぁば!ばぁば!!」

 

「誰がババアだ!!!!このクソガキが!!!! 今のあたしはピチピチのフレッシュな肉体なんですゥ~!!わからせたろかコイツよぉ!?」

 

「船長、落ち着いて……!! 赤ちゃん相手にブチギレしてどうすんですか……!?アニポルカ様みたいに反抗されますよ……!?」

 

 レオーニオが連れてきた、なんとなく、こう、きつねっぽい女の子の赤ちゃん。無垢なる混沌である彼女が中心となって、やいのやいのと大騒ぎを巻き起こすなかで――珍しく、目を丸くしていた毒島殿にレオーニオが語りかけます。

 

「ブスジマ……様。アンタが探してた子、ちゃんと見つけましたよ」

 

「まんまー、まんまぁ」

 

 きつね耳の内側が黒い赤ちゃんは、豊満な乳房をもちもちと押し込んで、猫のようにじゃれついていました。レオーニオはその子をゆらゆらとあやして、毒島殿に見せつけます。

 

 すると――レオーニオの胸に刻まれていた裏切者の烙印がわずかに輝き、ふしゅう、と光の霧となって消えていきました。まるで、『役目を果たした』と言わんばかりに。

 

「……えっ……な、なんだと……? レオーニオ……その子は、ウェニキスとぽこべぇの娘なのだろう……? ウェニキスの持つ遺伝子は、〝彼女〟に繋がらない……そのことは、間違いなかったはずなのに……」

 

「此の地だと、『女の子はお父さんに似る』ってよく言われてる関係ですかねぇ……ソウリョクの力と、『何にでも変身できるイマハタヌキ』が起こした奇跡っていうか……ま、こういうことみたいです」

 

 目配せを受けたLEONの人が頷き返し、手にしていた銃のような装置で光線を照射して――なぜか、ぽこべぇを照らします。すると、その機械についていた部品が、ぺかぺかと緑色の光を放ち始めました。

 

「あ、緑色のランプだっ!! レオンちゃんが『探してる』って言ってた人……ぽこちんのことだったんですか!?」

 

「まあ、正確に言うならイナリちゃんも〝そう〟なんですよ。壊れた検査装置のログを見てたら、一回だけ適合判定が出ていたことがわかりまして……時間と場所から、あの受精卵が〝当たり〟じゃないかと仮説し……ビンゴだったってワケです」

 

 レオーニオは、再びお指をはみはみし始めた赤ちゃんの頭を撫でながら、あんぐりと、ぎゃぐまんがのように開口して固まってしまった毒島殿を見やります。

 

「……〝ウェニ先輩の代わり〟をしていた人から、それとなく話を聞いてます。言いふらすつもりはないけどさ……〝こっちの世界〟にも、希望はあったみたいだぜ?」

 

「………………ソル……どういう、ことだ……? お前、あのとき……僕には『いない』と言っていたよな……?」

 

「うん、『神は嘘をつかない』もん。マジでいなかったし、産まれる未来もなかった。でも、貴方は……この退屈が充満していた〝世界〟を、根幹から大きく変えた……人って、たまにこうして、神すら予想できない〝未来〟に辿り着くんだよね~」

 

「ちょうど、毒島君みたいにね~♪」――ちっちゃい女神様はそう笑って、毒島殿の首に絡みつき、だるだるになった顎をたぷたぷと弄びました。

 

「……あたしも、ソル様と同じ仮説を立ててます。アンタが世界を引っ掻き回して、いろはちゃんがみんなを救った……その結果こそが〝今日〟なんじゃないか、と……」

 

「…………く、クク…………ハッハッハ……!! わかるかよ……そんなの……!! 人じゃなくて、タヌキだって……!? は、はは……はははは……! 無理ゲーにも程があるだろうが……ふざけんな……!!」

 

 毒島殿は乾いた笑声を上げて、幼子に手を伸ばそうとしました――が、その細雪のような美しい髪の毛に触れる直前で、その手を引っ込めてしまいました。

 

 ……傍観していた私には……その所作に……彼の気持ちが、全て表れているように思えました。どうしてなのかは、わかりませんが……なんとなく、そう思ったのです。

 

 純粋で清廉な存在であり、ウェニキスとぽこべぇの子供である赤ん坊――イナリちゃんは、ぽこべぇと代わるように母の胸へと抱かれて、すやすやと寝息を立て始めました。

 

「……わぁ……ちっちゃい……あったかぁい……♪ ウェニは……私は……ホントに、人として……生きてるんだ……。夢じゃない……夢じゃ、ないんですねっ……!」

 

 我が子が起きないようにすすり泣く聖母を見守り、夫として、父としての覚悟を決めていたぽこべぇに……毒島殿が、優しい目を向けました。

 

「……僕の頼みなど、聞く義理がないのはわかっている。でも……どうか、その子を頼むよ。彼女はいつか、世界に輝く〝星〟を産む……〝向こうの世界〟まで届くほどの光を放つ……一番星を、夢幻の空に浮かべるから」

 

 毒島殿の言葉に、ぽこべぇが勇ましい顔をして――胸だかお腹だかわからないところを、いつものように、ぽん!と叩きました。

 

 男同士で伝わる想いがあったのでしょう……毒島殿は何度か頷いて、自分の手を見下ろします。その指先は既に崩壊して光の粒子と化しており、手の平から、腕へ……ぼろ、ぼろ、と……〝命の終わり〟が広がっていくようでした。

 

「……そろそろ、時間か。〝命〟というものは、思ったよりも長くて……同時に、短かったなぁ」

 

「ま、そうだろうねぇ。あたしも同じ気持ちだよ、毒島きゅん♪」

 

「……まだ、その物真似を止めないのか。最期の最後まで、僕の心を逆撫でし続けたな……ソル……鬱陶しい真似ばかりしやがって……」

 

「だって、そっちの方がおもろいんだもん。毒島君、怒ってるときが一番力を発揮するしさ」

 

「……なんだ、それは……相反する二つの理由を並べるなよ……」

 

「いやいや、反してないって。ぶっちゃけ、ウェニちゃんを蘇生したとき――娘ちゃんっていう〝ウェニキスの存在証明〟が無かったら、失敗してたっぽいじゃん?」

 

「あっ、おい、バラすなよ……! しかし、まあ、なんだ……神というのは……合理的だな、本当に……」

 

 そう言っておどけた女神様の身体も、空が透けて見えるほどに、神々しい姿が薄れていました。毒島殿が崩れていく部分を共有していたように、同じ右手から、この世から存在が消えていました。

 

 周囲の人々――ウェニキスと私以外の人たちは驚いていましたが……彼女が純粋な〝神〟として肉体を形成していたのであれば、悲しいですが、その結末は当然のことでした。

 

 彼女を存在させていた信心は、もうどこにも在りませんし……最後で最大の信仰者である毒島殿の〝命〟が燃え尽きようとしているのですから。

 

「……風真いろは。君の願いは……本当に、〝それ〟でいいのか? 君が望むなら、もっと大きな幸せを得られるんだぞ?」

 

「……いえ。私から、何かを望むということはありませんよ……それに……」

 

 私は、神妙な面持ちで毒島殿の最期を見届けようとしていたウェニキスと顔を合わせます。

 

「ねえ、ウェニキス。もし、今ここで……お屋形様が蘇ったら……」

 

 お空から此の地を見守ってくれていた彼女は、痛いところを突かれたように、口をヘの時にひん曲げて……とても言いづらそうに、真面目に答えました。

 

「…………死者の復活というのは、旧教に基づく信仰において、かなり特別な意味が生じます。名前が広く知られているリュウくんが蘇生したら、〝ミヤ〟としての存在は歴史に固着され……たぶん、その存在が失われることは、永久になくなるでしょうね……」

 

「…………やっぱり、そうだよね……」

 

 覚悟していた答えが返されたので……私は諦念を含めて、毒島殿に向けて首を横に振りました。

 

 ……お屋形様は、神として此の地を守ることに、とても……とても、疲れていました。そのことを知っているのに……私の、ただの我儘で……あの御方に……永遠に解かれない呪縛と苦痛を、再び与えるわけにはいきません。

 

 私の返答を受けた毒島殿は、大きなため息を一つだけついて――一瞬だけ目を閉じて、重たそうな瞼を再び持ち上げました。

 

「……ウェニキス、マルテーサ、レオーニオ。少しだけ、僕の話を聞いてくれないか?」

 

 酷い目に遭わせてきた宿敵の提案に、三人はいぶかしんで顔を見合わせていましたが――決意が固まっていた表情は清々しく晴れていたため、彼の話に乗ったようでした。

 

 ……私には聞こえないような大きさで、ぼそり、と。言葉少なに交わされた意思は、三人の顔に穏やかな笑みを浮かべさせて……〝迷うまでもない一つの願い〟として束ねられ――四人分の祈りと化して、私に向けられました。

 

「え……? 急に、なにっ――わわっ……!?」

 

 異教の存在として対立し……そして、何かしらを救うことができた人たちが、私に屈託のない笑みを見せていました。その笑顔を見れただけで、『頑張ってきてよかった』と思えたものでしたが……その人たちは、満足してくれなかったようです。

 

 私を守り続けてくれた、両耳に着けた飾りと、右目の黄金の輝き――かつて与えられた三人の聖母による祝福が、光と化してほどけていきました。

 

 美しい金糸は、私の周囲を旋風のように巡り――ふっ、と何処かへ消え去ってしまいました。特に、何かが変わったようには思えませんでしたし……実は今でも、このときに何が起こったのかがわからないのです。

 

「……え、っと……? 今のは……なに……?」

 

「ま、〝貸し借り〟をチャラにしたってところだよ♪ たった四人分の〝願い〟だから、大したことはできねェし……過度な期待はすんなよな!」

 

 レオーニオはにっかりと口角を上げて、私の瞳――の奥に見ている〝何か〟に向けて笑んでいました。マルテーサは淑やかに目を閉じて微笑み、ウェニキスは「うぇいうぇーい!」と意味もなく毒島殿の肩に拳を突いていました。

 

 その流れで、毒島殿は少しだけ警戒を緩めてくれたマルテーサを手招きし――近寄らせた彼女に、手袋を外させます。そして、訝しむ美少女の指に女神様の小さな口を食ませて――ふう、と祝福の吐息を吹き込みました。

 

「ん、かぷっ……♡ あたしが食べさせられた、マルテーサの〝大切なもの〟……彼らが望んでいるかたちで、ちゃんと返すね……♪」

 

「………………えっ……?」

 

 毒島殿が握っていた煌玉の残滓から溢れる煌めきの流れは、温かい風を孕んでマルテーサの身体を優しく包み込み、その〝作り物〟の身体を変成させました。

 

 奇跡の光が収まったとき――レオーニオやウェニキスとおそろいの〝生身〟を得ていた少女は、自分の心に溢れる〝言葉〟に打ち震えて、肩を抱きながら泣きじゃくっていました。

 

 ――『健やかに、幸せになってほしい』。マルテーサのことを想い続けていたが故に犠牲になってしまった人々の願いは、太陽神様の中に残っており……苦楽を共にした三人に、平等な奇跡を生んだようでした。

 

「…………キミたち……ありがとう……!! あたし……生きるから……!死ぬまで、ちゃんと生ききって……幸せに、なるからね……! キミたちも……来世で、幸せになれよ……絶対だぞ……!!」

 

 最愛のマルテーサに見送られながら、解放された〝命〟たちが空へと還っていきます。その流れに合わせるように、毒島殿が手にしていた力が――ほどけるように、大きな奔流となって天へと昇っていきました。

 

 ……そこには、彼に汲み取られてしまった、私の〝願い〟が溶け込んでいることがわかりました。私は観念して……恥ずかしくて、申し訳なくて、言えなかった願いを口にします。

 

「……お屋形様……!生まれ変わった来世では、人として……たくさん、たぁくさん……!幸せに、なってください……!! 大切な人に愛されて、多くの人に慕われて……持て余すほどの嬉しさに包まれる……素敵な、人生を送ってくださいね……!!」

 

 光と風を巻き込む力の逆渦は、ぽこべぇの身体を撫でるように包み――そこに同化していた、守護者の肉体をも昇華させていったようでした。そして、私の下腹部に刻まれていた〝八武の紋〟も拭い去り――この世から、お屋形様の忘れ形見を回収していきました。

 

 その、煌めきの温風に包まれながら……今の人ほど、〝楽しいもの〟とか〝嬉しいこと〟を知らない私なりにですが……自分が思う〝幸せ〟を、お屋形様のために願いました。

 

 ずっと頑張ってくださって、民を幸せに、私を大好きな気持ちにさせてくれた人に……思いつくかぎりの、目一杯の祝福を捧げたのです。

 

 そんな私を見やりながら、毒島殿と女神様はちらりと目配せを送り合って、静かに笑っていたようでした。そして、全ての役目を終えたかのように……ぼろり、とひび割れていた身体を、大きな光塊に変えていきます。

 

 渦巻いて天へと昇る力の流れに身を任せるように、崩壊していく毒島殿が空を仰ぎます。その視線を遮るように、存在が〝元〟へと還っていく女神様が、安らかな男の顔を見下ろして――。

 

『……毒島君。一緒に、たくさん遊んで、たくさん刺激を味わって……あたし、楽しかったわ! こんなにはっちゃけた人間が居るってわかって、すっごい嬉しかったよ!』

 

 ――まるで、その名が示すとおりの光と熱を乗せて――相棒に、最大限の笑顔を贈りました。

 

「…………!! ああ、ソル…………僕は、君を…………」

 

『おい、【つまんねーこと言うなよ】? 次は何をして、あたしを楽しませてくれるんだ?』

 

「……っ……くくッ……ハッハッハ……! まったく……お前という奴は……! そのちっこくて生意気な身体まで、ブッ壊してしまっても知らないぞ……?」

 

 男は――毒島三段腹と名乗っていた人類の敵は、呆れたように笑い返して、伸ばされた小さな手を取りました。

 

 ……人に愛されなかった男は、人の道から外れたことで、神には認められるようになっていたようでした。

 

 その、儚くも晴れやかな、一人の人間の末路を見届けて。愚直すぎて、曲がれなかった彼に抱いていた感情の全てを、一滴の涙に詰め込んで――ほろり、と涙をこぼしたのでした。

 

 

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