※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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第六〇話 朽ちぬ木の葉は色褪せず

 その〝命〟を赦された毒島三段腹が、神様に導かれながら旅立つのを見送って――私は、その場から動けずにいた皆殿を連れてイサリビへと帰投しました。

 

 私が心身を呈して守ってきた大切な人たち――イサリビに暮らす家族たちは、拍手喝采と万歳で私たちを出迎えてくれました。三日三晩も続いた宴で、私の〝命〟と表しても過言ではない笑顔と幸せに包まれて、胸いっぱいの感動を享受して……守るための戦いは、ついに幕引きを迎えたのでした。

 

 絵巻のような物語は終わっても、人々の営みは終わりません。むしろ、この〝今日〟をずっと続かせるために、私とぽこべぇ、大切な仲間たち……そして、お屋形様は、ずっと頑張ってきたのですから。

 

〝武風の神〟として知名度と信仰を得てしまった私は、かつてのお屋形様と同じように、人の営みと一線を引きました。大きな力を得て、やっとわかったのです――私やお屋形様のような性格の者が、人世に入り浸って、必要以上に力を振るってしまっては、それこそ〝今日〟を壊すような怠惰を招いてしまうことに。

 

 人々が毎日を守ろうとしたり、より良い未来を目指そうとしたりする気持ちを奪わないためにも――私は皆殿と離れ、山奥に小さな社を構えて朽ちぬ運命に身を任せ――移り変わっていく人の世を守りながら、どこか他人事のように眺めてきました。

 

 ……お別れのときは、さすがに寂しかったですけど……意外にも、ほんわかで、同時にさっくりとしていました。家族たちと一人ずつ向き合って感謝の言葉を受け取り、お世話になった方々にあいさつをして、友たちと夜通しで思い出を語らい……アマネ殿から、私が握っていた〝信念〟をカタチにしたチャキ丸を受け取って……私は、人の世に〝さよなら〟をしたのでした。

 

 世界各地では、毒島三段腹と歪な太陽信仰に傾倒していた人々が輪廻の理へと還っていったことで、狂気が薄まった世界で細々と文化の再興が進んでいきました。彼らが残した文明の利器はそのまま残っていたらしく、動力源を〝命〟から別のものに切り替えたことで、技術だけを引き継いで新たな時代の礎として使えたようでした。人を容易に傷つけてしまえる兵器は〝人類の敵〟とみなし、私が大風に乗ってその場に出向いて、責任をもって破壊しておきました。

 

 此の地を守るための〝力〟となった奇跡は終わり、私たちの手元には、元から在った竜禪信仰だけが残りました。イサリビは虚無に集う灯りではなく、勇気ある人々の輝く意思の象徴として〝勇み火〟と呼ばれるようになり――竜禪信仰の中心地としてにぎわいつつも、同時に厳しい戒律のおかげで軽率な参入者を拒み続け……ほどほどな感じで発展と衰退を繰り返しました。お屋形様が守ろうとした人々の営みは、今もかたちを変えて続いていることでしょう――だからこそ、きっと、色褪せない彼の尽力はどこかで実を結べたのだと思うのです。

 

 ありがたいことに、勇み火以外でも竜禪信仰を残した地域が全国各地に在りました。とはいえ、明確な外敵を失った平和な時代では、時の流れに謝意と信心が削られて……少しずつ、少しずつ、竜禪と私の名が消えていったのですが……意外にも、私の加護を最後から二番目まで受け続けられたのは〝サツの村〟の方々でした。なんでも、科戸彩刃大御神への深い謝罪と同量の感謝を綴った、情熱的で詩的な歴史書が大事に受け継がれていたらしく……なんというか……信仰や歴史とは不思議なものだな、と思ったものです。

 

 アマネ殿は、勇み火を拠点とする鍛冶師として活躍しながら、鍛え直した宝刀を由緒ある場所に還すことを生業としていたようでした。そして、全ての役目を終えたある日――勇み火で技術を叩き込んだ弟子たちに、『人間の未来をお願いね』と記した謎の書置きと、一枚の光の羽を残して何処かへ去ったと聞きます。私の知らないことすらも知っていた辺り……きっと、彼女は人智を超えた存在だったのかな、とほんのり感じていました。

 

 余さんは私と別れた後、すぐに故郷へと帰り、毒島三段腹が引っ掻き回した魔界の統治に勤しんだと聞きます。そこで、悪趣味な闘技場だか、夢の幽世だかの部分は読み取れませんでしたが、『〝聖母の生き残り〟を見つけて保護した』との文が届きました……いや、すまん、お茶をこぼして手紙の文字が滲んじゃったんだよ……。

 

 ……毒島殿に忠誠を誓っていなかったり、あの時に人の世に居なかったりしたマテルの方々は、今もどこかに隠れて生き延びているのでしょうか……残念ながら、私にはわかりません。でも、きっと……彼女たちは、彼女たちなりの幸せを探しているのかもしれませんね……。

 

 ぽこべぇは、人としての命を得たウェニキスの伴侶となり、幸せな一生を共にしたようです。もっとも、彼は私と同様に〝あかときの神〟としての神性を発現していたので、同じ時代に天寿を全うすることはできなかったようですが……ウェニキスとは、笑顔のままでお別れができたようでした。

 

 ウェニキスは、ぽこべぇとの間にたくさんの子供を授かりました。不思議なことに、それぞれのお子さんは人型なのに、イナリちゃんとは異なる種族の動物らしさが発現したようです。犬、猫、羊などなど……いろいろな〝人型の獣〟の始祖となるお子さんをぽこぽこと産み続け、今の世に至る系譜を創出したのです。それが毒島殿の夢見た世界に繋がっているかどうかは、彼にしかわからないことですが……でも、きっと……。

 

 ……こほんっ……レオーニオは、ラボにあった『インキュナブラ』を〝龍穴〟の力を借りて破壊し、幸せの夢に囚われた〝命〟を全て解放してから――此の地の西側へと足を運んで、冷静な治世と温和な発展のための土地をこしらえました。〝ぎゃんぐたうん〟という名称の大科学都市を築き、そこで立ち上げた〝SOL〟という名の機関で、毒島殿が長らく私的に研究していた『〝太陽嵐〟をコントロールして破滅を逃れるための技術』を代替わりで開発し続けているようです。異なる世界の未来から来たという毒島殿は、本当に……美しく在り続ける〝花束〟を贈るために尽力し続けていたようでした。

 

 レオーニオが天寿を全うするまでは、LEONの方々と共に、勇み火を〝実家〟と称して定期的に帰ってきてくれていました。しかも、わざわざ私の社まで会いに来てくれたんですよ。会うたびにお子さんの数が増えていたので、『お盛んだなぁ』と思ったものです。『誰が父親か』というのは敢えて明確にせず、構成員の方々がみんなで父親となって熱心に子育てをしたことで、とても優秀で優しい大人に成長していったと聞きます。

 

 マルテーサはしばらく勇み火に留まり、一味の方々と一緒に長い時をかけて海賊船を作り上げました。その頃には、かつてのように美麗で淫靡な姿まで成長しており……万全の状態で、外海に向けて出航していきました。

 

 目指すは海外で、異教が消えた後の世界を旅しながら旧時代のお宝を探り、新しい文明の人たちと交流しつつ――異教が生んだ、〝兵器以外の正負の遺産〟の対処に尽力していたと聞きます。マルテーサは根っからの真面目さんなので、気をやつしていないか心配でしたが……一味の方たちが熱心に支えて、深く愛し続けたおかげで、彼女は自分が満足できる場所まで到達できたようでした。

 

 あれから、長い、長い時が経ち――小さな奇跡を起こした私が、世間から完全に忘れられたとき――苔むした社の屋根の下にて、隣で瞑想をしていたぽこべぇと共に、互いの身体から神性が抹消したことを感じました。

 

 ちょうどその時――ごおん、と大きな地鳴りが響いて、世界が〝何か〟とぶつかったように感じました。大きな石同士が衝突して、一つの大きなものと変わるように――星々が繰り返してきた歴史を辿るように、〝現在〟が築かれたのだと勝手に思っています。これでも、一時は世界を夢中にさせることができた神様ですので、わりと当たっていると思うのです。

 

「…………終わったね、ぽこべぇ……。これから、どうしよっか?」

 

 長き時を生きたことで貫禄が出てきたぽこべぇと、のんびりと微笑み合い……私たちは、ゆっくりと立ち上がりました。

 

 神代を忘れ得ぬ白と蒼緑の羽織をのばして、戦いの記憶を刻んだ風真家の宝刀を背負い――片や、ぽこべぇはウェニキスとの思い出が詰まった羽織を畳んで、そっと荷物に忍ばせて――すっかりと様相を変えた世界を歩き始めました。

 

 風の吹くままに。人の流れに沿うように。神としての役目を終え、錆びついて動かなくなった時針を、自力で動かしていくように。

 

 目新しいものに触れ、未知のものを見聞きし……人の営みが織り成す、楽しそうなことを求めて旅を続けました。

 

 武士――ああ、この頃にはもう〝武家〟というものがなくなり、〝侍〟と呼ばれるようになっていました――その姿は物珍しさに人目を引き、たびたび好奇の目を向けられましたが、かつてのように排斥されることはありませんでした。

 

 多様性というものが尊重されているのか、それとも、世界から〝普通〟というものがなくなったのか――どちらなのかはわかりませんが、『自分らしく過ごしていても悪目立ちをしない』というのは、とても喜ばしいことだと思いました。

 

 そんな、落ち着くような、落ち着かないような……不思議な気持ちでの旅の途中で訪れた、石と鉄でできた知らない大都市にて。ウルヴよりもさらに発展したように、光と音が弾ける光景を日常とし、雑踏が忙しなく反響する世界で――私は、〝天〟と再会しました。

 

「…………天子、様……?」

 

 街頭に設けられた、大きな光る壁の中で――時の流れが褪せさせなかった思い出を象るその人は、幻想的に歌を奏でて、煌びやかに踊りを披露していました。

 

 その、胸の中でしゅわしゅわと弾けるような新鮮すぎる刺激が、世間知らずな私の心を激しく色めかせました。

 

 私は道行く人に彼女のことを尋ねて回り、〝あいどる〟や事務所のことを知り――居ても立ってもいられず、持ち前の行動力を発揮して「たのもう!」と事務所に果し合いを申し込みました。

 

 ……そしたら、なんといいますかね……後から聞いたら、その時にちょうどオーディションの選考をしていたらしくて……かざまは『おもしれー女』枠として採用されることになりまして……そこから手続きを経て、皆殿と出会うに至った……と、いうわけです。

 

 知り合った人々に『アイドルに向いている』的なことをにおわされてきた人間ですが……実際、どうなんですかね……? かざま、ちゃんとアイドルできてますか……?

 

 ……そう……? へへ、それならよかったけど……えっと、まあ、こんな感じで……私の、長い、長いお話は終わりです。配信を続けるなかで世俗にまみれていって、〝慣れてきた〟のも皆殿のよく知るとおりだと思います。

 

 どうして、皆殿にこんなにも古いお話を、正直に、全部語り聞かせてしまったのか……自分でも、よくわかりません。お騒がせしてしまったことへの釈明……にはならないと思いますけど、かざまの胸中としては、〝事実〟はこの話の中にしかなくて。

 

 ただ、風真隊の皆殿には……知っていてほしかった、のかな……と……。かざまには、こういう……その、なんだぁ……かけがえのない、大切な人がいた過去があって……それが一生報われない、ってわかってて……でも、その気持ちは、前にも後ろにも向かなくてさ。

 

 ……こんな、ありのままの〝私〟を知って……それでも、推してくれる人たちの声を聞いてみたかった……そんな感じなのかも……。

 

 ……んー……ああ、そういえばさ! この、携えている刀の名を聞かれたので正直に答えたら『狙いすぎ』と笑われました!あはは! ババ上にも聞かせてやりたいよな! 今ではなかなかに『はいから』で、可愛らしい名前で通っているし、これでいいだろ!

 

 ……うん……まあ、こんなもんか……そうして、かざまは今に至ります。長々と振り返ってみましたが、〝私〟の成り行きなど、所詮はこんなものです。ただ、人よりも少し長い時間を生きているだけで、声高々に自慢できるようなことなど何一つありません。当然のことをして、当たり前に生きて……ただ、それだけなのですよ。

 

 今では新たな家族に迎えられ、薄給ではありますが用心棒として雇ってくれる仲間たちにも恵まれました。配信者としての生活にもどうにか慣れ始め……ゆるやかで、温かな毎日を過ごしてきた私は、十二分な幸せを享受していますから。

 

 ……こんなかざまでよければ、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

 

 それでは……皆殿、おやすみでござる。またあした、会えたら嬉しいな。またね!

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 長かった振り返りの配信を終えて、すまほに入っていた大量の連絡を見て……私はその後、たっぷりと怒られた。言わなくていいことばっかり言ってしまったし、それも当然だとは思うけれど。

 

 そんなこんなで、配信活動はしばらくお休みすることになった。よくわからないネットの炎上も収まりそうにないし、語った事実も『作り話』みたいに言われているし。仕方ない。久しぶりにゆっくりとできる時間がぽっかりと生まれたので、私は秘密結社の用心棒のお仕事に精を出すことにした。

 

 ……しかし、まあ…………暇だ……すごく、暇すぎるんだ……。特に何も起こらないし、外敵もやってこないし……このままでは背中の刀も錆びてしまいそう……隣のぽこべぇと一緒に、欠伸をすることぐらいしか仕事がない……。

 

「ふわぁ……。平和だねぇ、ぽこべぇ……」

 

 隣で腕を組み、うんうん、と同意してくれた相棒と笑い合って……私は静かに目を伏せた。

 

 ……かつての出来事を振り返ると、こうしてのんびり過ごせる時というのは、とてもありがたいものなんだな、と思うばかりだ。

 

 ぽこべぇも同じことを考えていたようで、いつものようすで、草笛をぺーぺーと鳴らして楽しんでいた。

 

 ……たしかに、これは〝幸せ〟だった。私たちの守ってきた安寧が――〝今日〟が、世代を越えて、今も続いているあかしだった。

 

 ……まあ、それでも……人とは、浅ましく、同時に欲深い生き物であるようで。心の中に空いたままの隙間が、幸せの鼓動に合わせて、もどかしい疼痛を走らせる。

 

 人の営みを見て……竜禪の教えと、異教の教義の対立を俯瞰する。やっぱり、どちらも手放しに『正しい』とは言い難くて……どちらも、『間違ってはいなかった』と思うのだ。

 

 ……今も癒えない、胸の傷をそろりと撫でる。この埋めようのない空虚と葛藤こそ、私が生涯抱え続ける〝罪〟のあかしなのかもしれない。

 

 もしそうであるなら、『報われたい』と願うことは罰からの逃避でしかなく――武士の風上にも置けないような義を欠いた生き方に傾いて、死ぬまで許されない大罪を犯すことになるのだろう。

 

 あおあおと立派に色づいた若葉を揺らすそよ風に、金糸のように艶めく髪を遊ばれ……どこまでも自由に抜けていく、無辜の煌めきを眺めた。

 

 ――『ああ。ここに、あなたが居てくれたなら』。叶いもしない妄想を、頭の中で繰り返しながら、九分九厘の幸せが続く――いつまでも、残りの一かけらが満たされない、欲張りを自虐する毎日を過ごしゆく。

 

 秘密基地の中から、からかわれたラプ殿がキレ散らかしている微笑ましい声が聞こえてきた。今日も平和だ……これ以上を望むべくもない……穏やかな一日が此処に在る。

 

 私は、独りで苦笑を噛み潰し……続いていく〝今日〟の中で、風の音に耳を傾ける。ここが最高潮で、ここが終わり……それで構わない……そう、自分に言い聞かせ続ける。

 

 お屋形様との思い出を守り、竜禪の教えになぞらえて――ほんの小さな〝我慢〟を、自分の胸の中だけに秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんたはさ……望んでもないのに、あたしたちを助けたわよね。勝手なことばっかりしてくれてさ……ま、だからあたしたちも、あんたを勝手に祝福してやるんだから』

 

 

 

『ウェニは貴女と出会って、救われて、人並みに――ううん、人よりも大きな幸せを貰っちゃいました。だから、貴女も……ウェニと同じくらい、幸せになってください』

 

 

 

『アンタとあの人なら、心配しなくても大丈夫だよね。あたしが割り込めなかったふたりの愛……ちゃんと、〝信じてる〟からさ』

 

 

 

 

 

 

 

『〝敗者〟に慰めを与え続けた心に、ただ、敬意を表するよ。故に、〝勝者〟である君には――竜禪では叶えられない、ささやかな〝報い〟を与えよう』

 

 

 

 

 

 

 時の流れで朽ちなかった木の葉は、温かな太陽の光を浴びて、鮮やかに色づきゆく。実を結ばぬ仇花が風に揺れ、未来への祝福を奏でゆく。

 

 止まっていた時が動きだすように、世界は、さらり、さらりと色めいて。やがていつか、見惚れるほどの花を結う。

 

 欲に満ちた破壊者の〝我儘〟が、罪を犯した少女を〝今日〟に留ませようとする、古臭い業を打ち砕く――。

 

 

 

 

 

『君は、僕たちの〝命〟は知っているね。だが、君が知らないだろう――我らの〝名〟は――』

 

 

 

 

 

 ――色褪せずとも、鮮やかさを失っていた世界に――〝太陽の贈り物〟が眩いほどに煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、生徒会長。また今日も、飽きずに剣の鍛錬かい? 令和の時代に、一人で黙々と、べしべしと……よくやるよなあ」

 

「ああ、すまない。邪魔をしに来たわけじゃないんだよ。ただ……そう、そうだな。僕は、なんとなく……なんとなくだが、君に聞きたいことができたんだ」

 

 

 

 

 

「なあ、時代遅れの我が友よ――君は、『風真いろは』というアイドルを知っているか?」

 

 

 




次回は11月11日に投稿します。
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