※この作品はR-18です。

朽ちぬ木の葉は色褪せず   作:ナルキケーネ(ハーメルン支店)

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正しさが示す道の先には

 たくさんの気づきと、重たい捧げ物を貰ったイサリビからの帰り道。のしのしと物理的に重たい足取りで、籠や風呂敷を持って帰り道を歩いていたとき――私の視界に、夕焼けを受けてきらりと輝く黄金が映りました。

 

 白い服をむっちりぷるんと押し上げ、隙間から肉をこぼれさせる破戒の様相。真夏のお天道様を思わせる色合いに瑞々しい果汁を押し込めた豊満な肉体と、二つ縛りにした白い髪の毛を可愛らしく揺らめかせるその姿は――。

 

「……ウェニキス……!?」

 

「むっ……! 新しいソウリョクの気配を感じて『おやおや!新しいカモなのではっ!?』と期待してたのに……なんだよ!オマエかよっ!! まったくシケてんぜっ!」

 

「……何のことかはわからんでござるが……ふふん、生憎だったな! 全てが貴様らの思惑どおりに動くとは思わないことだ!」

 

 私がビシリと風呂敷を掴んだ拳を向けると、ウェニキスは「なにイキってんだこいつ?」とつまらなそうに鼻を鳴らして、その風呂敷の中からとうもろこしを引き抜きました。

 

「ウェニに徒労をさせた駄賃として貰っちゃいま――おほ~っ♡ やだぁ、ついオホ声みたいなの出ちゃったぁ♡ しかしまあ、しょっぱいド田舎らしく、なかなかに太くて良いコーンを作りますねぇ♡ ウェニは好きなんですよ、このぶっといのが♡」

 

 上機嫌な彼女がぱちんと指を鳴らしたかと思えば、彼女の下腹部がぼんやりと輝き――傾いた太陽の燃えるような光が集まって妖しい蒼炎を起こし、皮を剥いたとうもろこしを瞬時に食べ頃まで焼き上げました。

 

「むぐむぐ……ん~っ♡香ばしくてなかなかの美味だぜっ♡」

 

「……面妖な真似を……それも何かの術でござるか?」

 

「ウェニは〝こんなの〟を術なんて言いませんよ――ただソウリョクに指向性と性質を付与しただけです。オマエみたいなド田舎暮らしの時代遅れなイモ女でも、火打石で木っ端と薪に火をつけるだろ?」

 

 ウェニキスは指を何度も鳴らし、次々に怪現象を起こします。指先で氷が弾けたり、雷のような電流が爆ぜたり……彼女が呼吸をするように平然と行っていることは、私にとっては〝奇跡〟にしか見えませんでした。改宗した者の中には、こうした奇術に惹かれた者もいたのかもしれません。

 

「ふふ……♪ 淫夢の中で一生アヘアヘとイキ散らかしてるだけの液状チンカス共が、こんなに役立つ日が来るなんて……あはぁ~っ♡ みぃんな、生きててえらいですよ~っ♡ よちよち♡いい子でちゅね~♡」

 

 ウェニキスは空いていた手で下腹部を撫でて、そこに詰まっているだろう〝命〟たちを労いました。

 

 そのふざけた言葉遣いとは裏腹に……彼女の手つきは、自分の子を身ごもった妊婦のように柔らかで……言い表せないような慈愛に満ちておりました。

 

 働きたくなかったり、他人を害さなければ幸せを感じられなかったり――イサリビや国では許されない思想を持つ人たちにとっては、たしかに、彼女の寵愛を受けることも幸せなのかもしれませんが……どうにもやりきれない思いでした。

 

「……う、ぬ……ぬ……! そのお、えっと……お、お屋形様を信じる気持ちが生む力を、そのような雑事に使うとは……! 許せんでござる……!」

 

 せっかく自分やイサリビの人たちに〝正しさ〟を見出せたばかりだというのに、私は彼女の何を責めればいいのかわからなくなって苦言を絞り出しました。文字どおりの〝苦しさ満載の言葉〟でした。

 

「はァ? ソウリョクってのは元々、このキョウに流れる『人の想像力がエネルギー化したもの』――誰のものでも、使い方を限定されるものでもないんだが?」

 

「……ぐぐ……! そ、そういえば……お屋形様が、ソウリョクは『此の地を流れる』って言っていたような気が……」

 

「ったく、浅い知識で物事を語ってんじゃねえっての。ウェニにマウントを取ってバコバコに種付けプレスをするなんて二年ぐらい早ェんですよ」

 

 甘くて香ばしい焼きもろこしの匂いに注意を逸らされながら、私はお屋形様に語ってもらったことを思い出しました。

 

 ウェニキスは器用に舌を動かし、粒の根元をぷりぷりとこそぐようにとうもろこしを舐りながら、細く伸ばした碧い目で私を見やりました。

 

「れろ、んっ……♡ そろそろブスジマのおち×ぽ様が飛ばした刺客も打ち止めでしょうし、今回も侵略失敗ですかねぇ。ま、武力での制圧なんてノーマルなセックスぐらい退屈なんで、それもいいんですけどね」

 

「……なに? 味方の失敗を、そんな風に語るのか……?」

 

「だって、どうでもいいですもん。ウェニはぁ、『ウェニのことを愛してくれる人を罪の意識から解放できるなら』――何がどうなっても構わねェからな!」

 

 勢いよくもろこしをかじり進めたウェニキスは、にやりと醜悪に笑いながら続けます。

 

「しっかしまあ、リュウゼンってのはなかなかに根深くて罪深いものですねぇ。法の下では〝犯罪者予備軍〟に当たるハザマの人間たちもなんだかんだ言って、他人を脅かそうとする人間が比較的少なめですしぃ……なんかこう、国民性が〝種無しインポ〟って感じ? オマエもそう思わんか?」

 

「いや、私に聞かれても――っていうか、なんでまだイサリビの中を平然とうろついているの!? お屋形様に釘刺されたでしょ!?」

 

「え~、だって立ち入りを禁止されてもないしぃ、布教についても『覚悟しろ』としか言われてないも~ん♪ 『来る者を拒まず。去る者を追わず』がリュウゼンのイイところだって、ウェニも知ってるし~♪」

 

「く~っ……! ああ言えばこう言うし、すぐに抜け穴を探そうとするし……貴様は言い訳の達人か!」

 

「ぷふッ……あははははっ! その言葉、オマエら人間にそっくりそのままお返ししますよ~♪ 『法で禁止されていないから』ってのは、コスい悪事を考える人間サマの常套句だろ?」

 

 けらけらと笑って、丸裸になったとうもろこしの芯を蒼い業火で焼き尽くし、その灰すら残さなかったウェニキス。粗暴で乱雑に見えても、ごみをそこいらに棄てるようなことはしない――その〝規律だけは犯さない〟という徹底した立ち振る舞いを見て、私は法の厳格化がおそらく無意味であることを察しました。

 

 私の気まずい視線で居心地を悪くしたのか、彼女はぐるりと辺りを見回し……田んぼ以外は何も見えない場所に、心底退屈そうな目を向けてつぶやきます。

 

「こんなに味気ない生活で満足できるなんて……逆に羨ましいですよ。こんなにも狂っていて、〝人の生き方〟として明らかに間違っているというのに……」

 

「なにさ、急にしおらしくなっちゃって。それなら無理矢理にでも改宗させちゃえばいいのに……先日みたいにさ」

 

「……だからさァ。この前救ったのは、イサリビで燻っていた〝信仰のアク〟みてェなインポのフリした勃起野郎だけだっての――『イサリビの住民にはふさわしくなかった』んですよ」

 

「ふさわしくない、なんて……そんなことは…………っ……」

 

 私はそう言いかけて、思わず口をつぐみました。彼らが幸せそうに女体の肉感を貪っている姿は……正直に言って『質素で厳正なイサリビでの暮らしが向いている』とは思えなかったのです。

 

「……ま、そういうことです。とはいえ、あのリュウゼンの害毒に染まった中途半端で脆弱なチンカス君たちはいずれ、『リュウゼンを捨ててハザマでのたれ死ぬ』か、『規律を犯して罰される』かの二択でした。〝弱肉強食〟は人らしくある〝営み〟の象徴で、世の常でもありますからね」

 

「……! だから、あの者を液体に変えたとでも吐くつもりか……!? あんなに酷いことをして……『正義を貫いた』と言い張るつもりなのか……!?」

 

「そうですよ? だって、命や幸せというものは……守ろうとしなければ守れないから。そのことは、オマエのトコロのドラゴンが一番わかっていると思うけどな?」

 

「……ぐっ……で、でも……!」

 

 はざまの地は治安が悪く、命に厳しい世界であることは世に疎い私でも知っていることでした。

 

 しかし、人が〝人らしいかたち〟を失う様を見せられて、それを善行だと認めることは……あまりにも日常からかけ離れており、心が強く拒否していました。

 

「……ま、このままじゃ平行線ですかね。イモ×××、ちょっとこっちに来てください」

 

「な、何をするつもりでござるか……ハッ……!? まさか、私に……いやいや!ダメでござる! 私はお見合いもまだの身で……!」

 

「…………そういやリュウゼンは見合い文化で、自由恋愛の概念は欠片すら無いんだったか……そんなの、どう考えても異常だろうが……」

 

 ウェニキスはぶつぶつと何かを呟きながら私に近寄り、警戒していた身体を抱き締めました。

 

「ぎゃあんっ! やめろ!とうもろこし汁でベタベタの手で服に触るな――あと、わっ、わっ、ち、乳房が当たってるから! 貴様、当てつけか!?」

 

「やぁんっ♡ もうっ♡急にそんなトコロ触らないでくださいよ、えっち~♡ べつに今すぐ取って食おうってんじゃないんですから……こら!暴れんなっ!」

 

「ぐぎぎ……! そ、その細腕のどこにこんな力がっ……!?」

 

 べたべたと抱きついてくるウェニキスを振り払おうとしましたが、彼女の腕力は熊のように強くてビクともしませんでした。しかも、私が暴れたせいで衣服がめくれて乳房が露出しており……私のしっかり育った胸を嗤うように、瑞々しくてもっちりとしている豊満な肉感が圧倒してきました。

 

 そのぷるっぷるな柔肌が触れると、とろけるように甘ったるくて、こってりと包み込むように絡みつきます――同性の私ですらも戸惑うほどの〝快感〟がぴりりと走るようでした。

 

 心の弱い殿方であれば、理性が瞬殺されてしまうかもしれません。彼女にすり寄られていたお屋形様の様子がおかしかった理由も……まあ、なんとなくわかってしまいました。

 

「それじゃ、行きますよ~。余計な荷物は置いて行くぜっ!」

 

 私が戸惑っていると――きらきらと浮かび上がった細氷がうねる風をまとい、氷の竜巻が私たちの周囲を包み――ぐるりと世界を一転させてしまいました。

 

 その煌めきの粒が消えて、肌を撫でていた風が去っていくなかで――密着していた彼女が離れて衣服のずれを正すと――。

 

「…………なに、ここ……?」

 

 ――私の視界からはイサリビの原風景が消え、その代わりに、夕闇の中に佇む石と鉄で出来た巨大な町が広がっていました。

 

 うす暗かった場所で太陽が沈みきると、壁や高い柱に付いた〝棒状や球状の何か〟がぴかぴかと輝き始めました。流れるような色とりどりの光の波が走っていき、その町全体が瞬時に昼間のような……そして、どこかぼんやりとした妖しい明るさを手に入れ、その全容を露わにします。

 

 闇を克服した町の中で、大きな石畳の通りに行き交うのは、イサリビの全住民の何倍もの数の人たちでした。見慣れない洋風の服を着ていたり、奇抜な髪型に整えていたりしています。

 

 ずんずんぽんぽんとけたたましい音楽が流れ、それに負けないほどに大きな人々の笑声が聞こえてきました――とても賑わっていることが一目でわかりました。

 

「ここは、不毛だったハザマの地に我らが〝暮らしの礎〟を築いた都市『ウルヴ』の一つですよ。イサリビの北西にあって、名はたしか『ハイサッキ』だったかな?」

 

「ウルブ……? 一つ、というと……こんなにも異次元に発展したものが、いくつもあるの――でござるか……?」

 

「ええ。もう〝国〟の数よりも圧倒的に多いと思いますよ? ま、『百聞は一見に如かず』と言いますし……ちょっとだけ見ていってくださいよ」

 

「あ、ちょ、ちょっと……!?」

 

 私はウェニキスに手を握られ、その煌びやかな〝夜も生きる町〟を見て回りました。

 

 その場所には――日が昇ったら起きて真面目に働き、日が暮れたら明日に備えて眠る暮らしをしていた私たちにとって、まさに〝異世界〟と呼ぶべき生活がありました。

 

 わかりやすく、今風の言い方をするなら……『地方都市によくある、飲食店や小売店だらけの背が低い大通り』のような石造りの街でしょうか。そこには、鮮やかな光とにぎやかな喧噪が弾け続けています。

 

 しかし……その一方で、汚い路地の奥から女性のくぐもった嬌声が聞こえてきたり、がらの悪い男が裸の浮浪者から借金を無理矢理取り立ててから何処かへ引きずっていったりするなど、イサリビや国では考えられない治安の悪さも目立っていました。

 

「なかなかのモンだろ? 国やイサリビの援助も受けずとも、こうして社会や文化らしいものを築くことができているのですよ」

 

「……う、うん……っていうか、イサリビより……そのお……ええと……」

 

「『進んでいる』でしょうね。リュウゼンという〝道徳の枷〟から解き放たれたヒトの欲望は、指向性を持つ力となって、飽くなき飢えを満たすために発展を目指すものなのです。これが、リュウゼンの棄てた〝人の進化〟であり、〝命の真価〟だぜ!」

 

 振り返りながらそう言ったウェニキスの顔は、いつも以上に機嫌が良さそうに見えました。それは、イサリビで見た――子供の成長を見守っている母親の、達成感と幸福に満ちた〝それ〟にそっくりだったと思います。

 

 ぎらぎらに輝くお店や屋台にはたくさんの物が陳列されており、美味しそうなニオイを放つものも多数ありました。さまざまな揚げ物や不気味な色の飲み物に、何かの肉をぐるぐると回して焼いた部分を削って食べる……今で言う、ピタパンがないケバブみたいなものもありました。

 

 石の道を歩いていく道中で、ウェニキスが店主から貢がれた茶色い棒状の物。わずかに湯気を立てているそれは私の手に渡り、促されるままに口へ運ばれ――にへぇっ♡と私の頬を緩ませました。

 

「食べ物もイケるでしょう? ここは、飲食だけは我らの本拠地にも負けないようなレベルに達していますからね」

 

 他にもいろいろな洋風の食べ物を貰いましたが、どれもこれも、イサリビや国では食べたことがないほどにふくよかな味わいで……口に含んだ際の充実感が段違いでした。

 

「むぐ……むぐ……むふう……! この茶色のカリカリ、香ばしくておいしい……!」

 

「あらあら~、けっこう良い食べっぷりですねぇ。もうちょっと太らせれば良いメス豚になれそうだなっ♪」

 

「ぶたっ……! き、貴様……私を堕落させるために、こんなにも狡い真似を……! 悪魔のような女狐めェ……!」

 

「いや、オマエが『次はあれ!あれはどんな味なのぉ!?』とか言って勝手にタカってきたんだろ……。お腹ぽっこりメス狸がよぉ……」

 

 街を一周して入り口に戻ってきた私は武士らしく、強い意思でウェニキスの誘惑を払い除け――さすがにもったいなかったので頂き物は全部食べました――再び彼女と対峙しました。

 

 しかし、彼女に抱いていたはずの敵意は、この都市のことを知れば知るほどに消沈していっておりました。都市での暮らしを満喫している人たちは、誰もが楽しそうな笑顔を浮かべて、火がついた爆竹のように元気を炸裂させていたからです。

 

「……この都市は、いったいどうやって……?」

 

「ウェニ以外の宣教師が来た一〇年ほど前から、リュウゼンが見捨てて腐り落ちていたハザマの〝開発〟を行ったんですよ。ま、資材や〝支配層の選定〟以外に余計な手入れはしていないですけどね。人の子が自分で成長させた、立派な社会ですよ♪」

 

「……支配層の選定だと? 貴様らの教義では、『好き勝手に生きること』こそが推奨されるのではないのか?」

 

「そうですよ? だから『人を支配したい』、『都市や文化を発展させて生活を潤わせたい』、『難しいことは何も考えずに便利な世界ではっちゃけたい』――そういうさ、わりとメジャーな生き方にも対応してるってこと。そのためには、都市やそれを保つ機能――イサリビや国みたいなのも、時には必要だろ?」

 

「な、なかなかに難儀でござるな……。でも、たしかに筋は通っているような……でもそれなら竜禪に戻ってくればいいような……」

 

「あははは! あんな堅ッ苦しい老害だらけの脳筋汚染ド田舎をわざわざ近代化開発するなんてアホすぎんだろ! 〝欲望〟をニンジンにして発展の方向性を示し、馬車馬のように働く仕事には適正な褒美が巡るように経済を回して、武力を備えた警備機能で治安を〝ある程度〟維持する……それだけで、こうして無から都市もできるし、発展もするんですよ」

 

「……ふうむ……それにしても、貴様らは妙に回りくどいことばかりしているでござるな……」

 

「……うっせェな……。それがウェニたちの仕事で生きがいなんだから仕方ねェだろ……」

 

 眉根を寄せたウェニキスが腕を組み、重たそうに実っていた乳房を乗せて、少し楽をしながら息をつきました。あんなに柔らかくて小さい風船みたいに膨らんでいるのに、やっぱり重たいみたいです……っていうか、重量感は凄まじかったです。

 

「我ら宣教師は他者の心にできるだけ近くで触れ、己の行動に責任を持つためにも『人間の願望には可能なもの全てに応えなければならない』という戒律があるのです。だから要望さえあれば、今すぐにチ×ポを突っ込まれている様をオマエに晒したり、裸で無様に踊りだしたりすることもあるワケですよ」

 

「……そ、んな……!? それはさすがに、あんまりな仕打ちでは……?」

 

「人の信仰や生き方を上書きするんだ、それぐらいの覚悟をキメて当然だろ? だからレオちゃんも――っと、これは余計なことでしたかね……失敬、失敬……」

 

 ウェニキスはいつもの毒気を感じさせない、可憐な咳払いをしてから、真剣な眼差しで私を見据えました。

 

 

 

「――この繁栄と笑顔を見ても、オマエはリュウゼンとイサリビが守る〝停滞〟に正義が在ると信じるのですか?」

 

 

 

 ウェニキスが発した、心を貫く槍のような言葉に……私は息を詰まらせました。

 

 たしかに、見せられたこの光景には――彼女たちが示した〝正しさ〟があるように思えました。

 

 それまでの私だったら、この煌びやかな真実に目を奪われ、心を揺さぶられていたかもしれません。

 

 しかし――ここに居た私には、イサリビで得たものがたくさん備わっていたのです。だからこそ、『イサリビと比べたときに目立つ部分』に気づきました。

 

「……ねえ、ウェニキス。さっき連れていかれた人もそうだけど……罪を犯したり、約束を守れなかったりした人はどこへ行くの? あの人たちは、今後も人らしく生きて――自分の命を全うできるの?」

 

「そりゃあ、支配者層が……人間が決めたルールに則って罰を受けますけど。つっても、命が失われるときは必ずウェニたちがヴィータに変えるぞ?」

 

「じゃあ、『死なないように罰を加減されたり、都市を発展させる労働力として働かされたりしていたら』どうするの?」

 

「………………それは、介入できませんね。ウェニたちはあくまで、〝命の価値〟と〝人らしさ〟を守る存在だからな。人間が定めたパワーバランスを崩すことは許されません」

 

「ここの平均寿命は? 発展している産業は? 都市以外のはざまの地で生きる命はどうなの? 此処は野盗に襲撃されないの? 『此処はイサリビよりも何が優れているの?』」

 

「……っ…………オマエ……! わた――ウェニへの意趣返しのつもりか……!」

 

 私の矢継ぎ早の問いに、ウェニキスは珍しく犬歯を覗かせて苛立ちを示していました。

 

 しばらく待っても、彼女は答えを示しません――つまりは、『そういうこと』なのでしょう。まだ解決できていないことも、弱点もある――我らの竜禪とは異なる教義には優れているところもあれど、必ずしも万能ではないようです。

 

 明確な答えなど望んでいない私は、敢えてそのことを問いたださずに続けます。私も――我らも、偉そうなことを言えた義理ではありませんでしたから。

 

「仕返しをしたかったのではないですよ。私はただ、竜禪とイサリビの良さを再認識したかっただけですから」

 

「………………ハッ……親が親なら子も子だな。『まだ救えそう』だったのに、こりゃあもうダメですなぁ……イサリビの奴らめ、余計なことをしてくれたモンだ」

 

 ウェニキスは悪態をついて、くねらせた腰に手の甲を当てました。どうして彼女は、仕草の一つひとつがこんなにも艶めかしいのでしょうか。

 

「せっかく楽しくて人間らしい生き方を広めてやってんのに、わざわざバカ真面目に苦労したいだなんて……めでたい奴らですよ、ホントに。クサくて堪えられたもんじゃねェぜ」

 

「……ウェニキス。其方が〝正しさ〟を持っているように、我らにも守りたい〝正しさ〟があるのです。決して交わらぬであろう、道があるのでござるよ」

 

「……クク……あはははっ……! つい先日まで何もできないガキだったクセに……唐突に知った風な口を利きやがって。泥臭いジジイに皮でもムいてもらったんですか?」

 

「はは、そのような安ゥい挑発にはもう乗らんでござるよ! イサリビは、急速に進む其方たちから見たら止まっているように見えるだろうが……ゆっくりと、確実に時間が流れているのかもしれないな?」

 

「なに得意げにキメてんだよ、イモ×××。ウェニがイサリビのためにヤッてることを勘定せずに、勝手に偉ぶるんじゃねえ……ですよ」

 

「……え……? ど、どういうこと……?」

 

 彼女の言葉に心の臓を掴まれた私は、思わず言葉を失ってしまいました。 

 

「あのチンケでしょうもないイサリビはですね、民に反旗を翻されてもなおリュウゼンを妄信する武家のような……〝狂っちまって救えねえヤツ〟の駆け込み寺になっているんです。だから、ウェニがわざわざ見回っているんだよ」

 

「……見回り……?」

 

「ああ。ウェニたちの誘惑に乗ってくれない完全インポの種無し野郎共は、こちらのヤり方では絶対に救えません。そんな狂人が暮らす場所では、我に返って余計なことをする人間が出ないように〝間引き〟をして――狂気の純度を高めた方がいいんだ。放っておくと、腐ったミカンみたいに思想のカビや信仰のアクが伝播して〝狂人が望む暮らし〟の根幹が崩れちゃいますから」

 

 珍しく真面目な顔で、こちらの目を見つめ続けたウェニキス。その瞳にどきりとした私の中で――なぜか、こんがらがっていた気持ちが解かれたような気がしました。

 

 あの見るに堪えない布教活動を知っている私には、ウェニキスがそのカラダを雑に消費して〝実力行使〟をしていたように思えましたが……それにしては、彼女がとんでもない〝回り道〟をしていたことに気づきました。

 

 ウェニキスは自分の魅力に食いついた男衆を、わざわざイサリビの外まで連れ出して、わざわざカラダに触れさせて、わざわざ『自分の口から改宗を宣言させていた』のです。しかも、不労を望んだ人間を、あのヴィータと呼ばれる光液に変えて……自分の胎内で養うことで『守っている』ということでした。

 

「法と無法、両方の『戒め』から『たすける』……だからウェニの命は〝戒済〟なんですよ♪ ん~、これはどう見ても清い存在ですねぇ♡」

 

 ウェニキスたち宣教師が勧誘しているのは、はざまの人間や国の民の一部――あくまで『強い欲に負けてしまう者』。つまり、社会と安寧を重んじるような『竜禪の教えでは決して救えなかった者』だといいます。

 

 ……逆に言えば、竜禪の敬虔な信者は『決して改宗させることができない』のです。〝命の価値〟や〝人らしさ〟……そして自由を重んじる彼女たちは、信仰を穢すこともしないのでしょう。

 

「この〝自浄〟は人の営みであって、あのドラゴンにはできませんから、善人を気取る住人たちがやるべきことなんだよ。信仰が棄てられることの本質も見ずに『嘆かわしい』と罵るだけで遠ざけている責務を、ウェニが代わりにヤッてあげているんです」

 

「…………!」

 

 彼女の的確な言葉は、私がイサリビに感じていた〝息苦しさ〟に似た違和感を鮮明に呼び覚ましました。

 

 たしかに……イサリビの人たちは、『自分が理解できないもの、自分に利害がないものには必要以上に関わらない』ところがありました。良くも悪くも、やや閉鎖的な価値観を持っていたのです。

 

「オマエのその顔……イサリビの歪みに気づいていたってことですか? それでも、イサリビやドラゴンのことを信じると? あんな、自分たちのことしか考えない奴らと無力なリュウオウに忠義を尽くすとでも言うつもりですか?」

 

 ウェニキスの厳しく、強く否定できない問いに対して――私は、その重さを受け止めるように頷きます。

 

 

 

「…………うん。私は、イサリビの人たちと、イサリビの暮らしが好きだから――其方らが示す〝正しさ〟に屈せず、己が信ずる〝正しさ〟を守りたいと思います」

 

 

 

「……救えねェな……つくづくよ」

 

 すぐ近くに居たはずの私とウェニキスの間には、壁よりも厚くて、空よりも高いもの――決して相容れない〝何か〟があり、お互いにそれ以上近づくことはできなかったように思えました。

 

 相容れぬ生き方。交わらぬ道。そして、重なり合わぬ未来。全てがばちりと音を立ててぶつかり、私とウェニキスの視線が鍔迫り合いをしているかのように拮抗していました。

 

 ……気のせい、だったのでしょうか。ウェニキスはあのとき……どこか、楽しそうに口元を歪めていたような気がしました。

 

「以前にも言ったけど……ウェニたちはこれから『リュウゼンからの解放』と『ヴィータの回収』を急ぎますし、ブスジマのおち×ぽ様は『キョウの制圧』を本格化させるでしょう。そのどれか一つでも阻止できなければ、救えないオマエたちでもさすがに終わりなんですよ? 後悔しても遅いんですよ?」

 

「……終わらないし、後悔もしないよ。私たちにはお屋形様がいるし――私も、お屋形様のためにできることをするから」

 

 私は腰に提げていた刀に触れてから、両手を胸の前で組み合わせました。心から祈りを捧げ、己の内側から湧き上がる力をじわじわと空に届けます。

 

 その、彼女たちにも負けないつもりだった〝覚悟〟を見せたとき――ウェニキスは、とても感情的なため息を漏らしました。

 

「………………あー、そうですか。そういうアレですか。はー!ないわー!終わってるわー! ウェニ、やっぱりリュウゼンのそういうところが――大ッッッ嫌いですっ!!♡」

 

 ウェニキスが投げやりに指を鳴らすと、私の視界が再び氷の竜巻に包まれました。往路よりも明らかに荒々しい寒風のうねりが収まると……私はすっかり日の暮れた、見慣れたあぜ道に立っていました。

 

「……急がないと……! お屋形様、もう帰ってきてるかも……!」

 

 異教の〝正しさ〟に立ち向かうことを決めた私は、一つだけ深呼吸をして、ぐるぐると腕を回してから、地べたに落ちていた荷物たちを抱え直します。それから、力強さを増した足取りで、自分の前に続く道を歩いていき――私が帰るべき場所へと戻っていきました。

 

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