SICK HACKのライブ。
きくりお姉さんのベースのリズムに乗って、ギターを掻き鳴らす。
結束バンドとは全く違うライブ。
あ、お姉さんが客席ダイブした。
高校文化祭のトラウマが蘇る・・・
私のフラッシュバックに反して、お姉さんは人の波に浮いていて落ちることはなく。
地に足つけず。
楽しそうにファンの上を流れていった。
私の憧れたロックスターは相変わらずで嬉しくなった。
ライブの後の打ち上げはFOLTのそばの居酒屋。
レモンサワーをちびちび舐める。
「おい、きくり。本当にどういうつもりなんだよ・・・!」
「なにー? 志麻、かっかしちゃって。ぼっちちゃんの演奏が何か不満?」
メンバーはベースボーカルのお姉さんに、ドラムの志麻さん。
・・・雰囲気は悪い。
志麻さんがお姉さんに怒ってる。
私が槍玉になりそうだし。早くも打ち上げに参加したことを後悔。
しょうがない。
陰キャには誘われたら断るコミュニケーション能力がないんだっ。
「後藤の演奏に不満はないさ。イライザに勝るとも劣らないいい腕だ。
もちろんアニソンコピーバンドをやるために、SICK HACKを抜けたイライザも納得して応援してるよ。
納得してないのはだな・・・」
私がSICK HACKのライブに『サポートギター』として出た理由。
ギターのイライザさんが、アニソンコピーバンドを立ち上げるとSICK HACKを辞めたからだ。
SICK HACKは憧れのバンドだし、いい勉強をさせてもらっているけど・・・
話題の渦中で針のむしろ。つらい。
「前から言ってるだろ。きくり、なんでイライザの背中を押した?! 」
「変なことじゃないでしょぉ? 元々イライザはアニソンコピーやりたかったんだし、SICK HACKとしてアニソンやる気はないし。じゃあ送り出すしかないじゃん」
「正気か?! SICK HACKはお前の中でそんな軽いもんじゃないだろ! 本当だったら、イライザのことを考えても、押し出すなんてことは出来なかったはずだ! どんな心境の変化なんだよ」
「いやー、私も歳食ってきたしさ。老婆心ってやつだよ」
「・・・あのさ、私にはお前が寿命を迎える猫に見えるんだよ。そんな可愛いタマじゃないはずなのにな。・・・身辺整理とか、そういうつもりじゃないんだよな? 信じてるぞ」
志麻さんは自分自身に言い聞かせているようだった。
鬼気迫る表情でお姉さんに詰め寄っている。
「あ~う”~、ちょっと志麻、怖いよ・・・?」
「悪い。変なこと言った。上手く行ったライブの打ち上げなのに、雰囲気ぶち壊して悪かったな。
・・・私はもう、帰るよ。頭を冷やす」
志麻さんは一万円札を置いて去って行ってしまった。
「わ〜い、ラッキー! 二次会はちょっと良いとこ行こう!」
お姉さんはゴキゲンだ。
楽しそうで、暗い雰囲気は見えない。
志麻さんの後姿が、血を吐くような言葉が脳裏を残響する。
私の目には、お姉さんはいつも通りに見えた。
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志麻さんが置いていった一万円。
潤沢な軍資金。
注文した食べ物を食べきって、次のお店へと向かった。
先導するきくりお姉さんについていくと、BGMにジャズが流れるような落ち着いたBARだった。
私は全然落ち着かない。
お姉さんチョイスだから適当な居酒屋だと思ってた・・・
「ふふふ・・・こんなお店が意外だった?」
「・・・そんなことないですよ」
うそです。意外と思ってました!
「だってさぁ〜、ひとりちゃん、こういうとこ、似合いそうじゃん」
「そ、そうですかね、えへへ」
「うん、スーツ似合うよね。
よっ、おっぱいのあるイケメン! ライブでもカッコよかったね〜」
ライブの衣装として着てきたスーツ。
他所のバンドでサポートギターするときの私の一張羅。
高校を卒業したら社会人と、お父さんがスーツ一式を仕立ててくれた。
パンツスタイルの黒いオーダースーツ。
そして灰色のオーダーシャツ。
無駄に大きく好きになれない胸のシルエットが出ているのに、華美な雰囲気はない。
鏡で見た自分を、初めて良いなと思えた。
ジャージみたいに動きやすくて、何よりカッコいい。
『カッコいい』って言葉は良い。
かわいいとか綺麗とか、自分を表して言われることもあるけど馴染まない。
キラキラしたものになりたいとは思えない。
みすぼらしい姿でお城の舞踏会に来てしまった場違いなシンデレラ。
言われる度に落ち着かない、居たたまれないいたたまれない気持ちになる。
・・・それに対して『カッコいい』は良い。
『カッコいい』はカッコいいってことだ。
例えば目の前のお姉さん。
私の憧れの『カッコいい』バンドマン。
雰囲気のいいBARで、憧れのバンドマンと、スーツを着てお酒を嗜む。
かつて昔に想像もし得なかった光景。
「へ、へへ・・・。なんか頼みましょうか! お姉さんはやっぱりおにころですか!」
「BARに来て、おにころはいいかな・・・。ぼっちちゃんはハイボールでいい?」
お姉さんは苦笑。なんとなくわかっていた反応。
「ハイボールでいいですよ」
「よし来た。山崎をハイボールと水割りでひとつずつちょーだい!」
同じウイスキーを違う割り方で。
杯を掲げて、乾杯。
「いやー、ぼっちちゃんとこうして飲める日が来るなんてね。私も年を取るわけだ」
「年齢のこと、何回言うんですか」
お姉さんと飲むたびに言われてる気がする。
悪い気はしない。それだけ歳月を積み重ねてきたってことだから。
「だって毎回そう思っちゃうんだもん。いいじゃんかよ〜」
「・・・私もお姉さんとお酒を飲むの楽しいですよ。大人になれたんだな、って思います」
「ぼっちちゃんが二十歳なんだもんな〜。私なんか三十だよ。長生きしてるもんだって思う!」
「長生きって全然若いじゃないですか」
なんだかひやりとする会話の流れ。
話を変えよう。
「そういえば、このまえ初めて、おにころ飲んでみました」
「おー、どうだった?」
「キツかったです」
アルコールがツンとしていて、エグ味も感じた。
ストローで吸った勢いで、鼻にまで入ったかと思った。
あれがお姉さんの愛飲飲料。
「ははは、まーね。毒みたいだよね。だから好き」
毒。
強い言葉。
お姉さんにとってお酒は毒。
意外のようで納得できる話。
「変わりたいって気持ちはさ、自殺なんだよ。これまでの自分よ、消えてしまえってね。
だから私にとってお酒は毒なんだよなぁ。
お酒を飲むと不安定で弱さを感じる自分が死んでいくんだ。だからお酒は愛しい。
その毒が回りきって破滅するとしても止める気はないんだよな」
お姉さんはお酒を、毒を飲み続ける。
「縁起でもないこと言わないで欲しいです・・・」
遺言めいた言葉の欠片。
志麻さんの気がかりが頭を過ぎる。
「・・・もう、5年も経つんだねえ。JKが大人の女になるもんだわ。
ねぇ、ぼっちちゃんは、あのころのなりたい自分になれたかい?」
尋ねるお姉さんの目は笑っていなかった。
お姉さんはテーブルに視線を向ける。
お姉さんの山崎の水割り。
私の山崎のハイボール。
同じお酒で違う割り方。
「ぼっちちゃんとわたしって全然似てないよね」
水割りに口をつけながら、お姉さんがつぶやく。
「はい、似てないと思います」
お姉さんみたいにカッコよくないし。
四六時中お酒を飲んでもいないし。
・・・ん、でも昔言ってた、学生時代は陰キャだったって話かな。
「自分に似てるなぁと思って、路上ライブに誘ったんだよね」
もう随分と昔に感じる、お姉さんと初めて出会った日。
チケットノルマで悩んでたっけ。
「台風の中でどんなライブをするのか、楽しみに向かったのを覚えてるよ。
台風の日に初めてのライブなんて、お客さんの雰囲気がいいわけないからさ。
プレッシャーすごいんだろうな、『わたしみたいな子』がどうなるんだろって」
懺悔するかのような、お姉さんの独白。
「わたしみたいに堕ちていくのか。
それとも『わたしが成りたかったわたし』に至るのか。
・・・わたしみたいになって欲しいって。失敗を期待してなかったって言えば嘘になる。
わたしみたいなのは『こんなふう』にしかなれないって突きつけて欲しいって心の隅で思ってた。安心したかったんだね。だせーよね」
ミックスナッツからカシューナッツを拾い、口に放り込んで、くしゃくしゃと痛みつけるように噛み締めている。
私はアーモンドをつまんで、コリコリと噛み砕く。
どこか懐かしい香ばしい香り。
砕けても消えてなくならない欠片たち。
「あの日、ぼっちちゃんはカッコよかったねぇ。わたしは『ああ』は成れないと思ったよ。観客の冷えた空気に対して、このままじゃ終われないって叫び。ぼっちちゃんから溢れた気持ちで酔いが覚めたよ」
あの日の無我夢中なギターソロ。
虹夏ちゃんがヒーローと呼んでくれた日。
今の私の原点。
「ぼっちちゃんのことを追っかけて、文化祭まで覗いちゃってさ。
高校の文化祭に出場して、弦が切れるっていう絶対絶命のピンチを宴会芸みたいな演奏方法で乗り切ったと思ったら、客席に自由落下。
・・・うん、改めて思うけどさ。ぼっちちゃんは『酒クズのわたし』でもないし、『わたしが成りたかったわたし』でもないや。改めてそう思ったんだよね。嬉しかったし、悲しかったよ」
文化祭ダイブの黒歴史は流石に飲み込めたかな。
フラッシュバックすることもあったけど、今ではそんなこともあったっけ、と。
青春の欠片として思い出すことができる。
これが大人になるってことなのかな。
ハイボールで口中に残るナッツのかけらを流しこむ。
「学生時代のわたしって幽霊みたいな子でさ。誰の記憶の中でも、ぼんやりとしか残らない地味で平均な大人しい子。・・・だから、そもそもぼっちちゃんには似てないよねぇ」
お姉さんの中で私の株が高すぎる。
こそばゆい気持ちもあるけど、お姉さんだからこそプレッシャーを感じる。
「私もそんなものでしたよ」
だからずっと何者かになりたかった。
お姉さんと一緒だと思う。
「んふふふ、喜多ちゃんから色々聞いてるよ。成績が悪くて補習の常連だったり、文化祭ダイブみないな奇行を日常的にしてたって。めちゃくちゃ目立ってるじゃん!
・・・ 地味でその他大勢に埋没した、幽霊みたいなわたしとは違うよ」
「ダメ人間ですいません・・・」
マイナスポイントのラッシュ。
全然買いかぶってないや。現実が辛い。
お姉さんは楽しそうに笑った。
「ぼっちちゃんは虎だよねえ。臆病な自尊心と尊大な羞恥心。それが転じたエゴイストまるだしの音色。
獣みたいで・・・今ではこんなにカッコよくなっちゃうしね。
身長も軽く抜かされちゃったし、おっぱいも大きいし・・・」
お酒を飲んでるのに、なんだかお姉さんはネガティブだ。
ちょっとだけ、らしくない。
「ちきしょーーー! テンション低いダル絡みをぼっちちゃんにしちゃった。
自分が情けねえ・・・。今夜はヤケ酒だー!!」
お姉さん自身もそれに気づいたのか様相が変わった。勘弁してほしい。
「ちょ、お姉さん、声大きい! 抑えてぇ」
こんな雰囲気良いところで騒いだら怒られる!
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さらにもう1軒はしごして、お姉さんは大いに騒いで。
夜も更けて、お姉さんは酔い潰れた。
お姉さんに肩を貸して月夜を歩く。
一緒に飲むとだいたいこうなる。
やっぱりお姉さんは細いなあ。
一回り小さい体。
この細い体で、ライブではあれだけ暴れるんだから不思議に感じる。
お姉さんのアパートに辿り着いた。
「お姉さん、着きましたよ〜」
「ん」
お姉さんが鍵を差し出す。
なんだか今日のお姉さんは甘えん坊だなぁ。
お姉さんの部屋。
敷きっぱなしの布団に、転がる酒瓶の残骸たち。
結構飲んでたから、お水飲ませた方が良いよね。
終電過ぎちゃったから、部屋の隅で寝かせてもらおうかな。
夢うつつのお姉さんを布団に寝かしつけようとして。
ぐいっと腕を強く引っ張られて。
「あれっ」
布団に転がされた。
寝かしつけよようとしたお姉さんに手を引かれて、バランスを崩してしまう。
お姉さんと抱き合うようにして、布団に転がる。
やっちゃった。
すぐ起き上がろうとしたところで、いつの間にか上体を起こしていたお姉さんが覗き込んでいた。
「ぼっちちゃん・・・」
見下ろすお姉さん。
ゆっくりと上気した顔が近づいてくる。
拒否したかった払い除けてね、とそんな速度。
私は目を閉じた。
唇に柔らかい感触。
お酒の香り。
キスされちゃった。
えっと、お姉さんどういうつもりなんだろ。
酔ってるだけかな・・・?
でも私の名前呼んでたし。
「お姉さん・・・」
離れていく唇に、お姉さんがしたようにゆっくり近づく。
お姉さんは、目を閉じた。
「んっ・・・」
唇を押し付けた。
そのまま、前から気になっていたお姉さんの唇を甘噛みする。
やっぱりお姉さんの唇、薄いな・・・
触れている体も細くて心配になる。
ワンピースの裾を摘んで――――
スカートの下をくぐって腰に手を回し、腰を浮かせてすぽんと脱がせた。
カップ付きのワンピースだったから、お姉さんはもう下着一枚。
上半身を覆うものはない。
くっきりと浮き出た肋骨に、ポッチがふたつ。
肋骨のへこみに指を這わせる。
お姉さんはやっぱり痩せすぎだと思う。
まな板に見える布団の上で、お姉さんは頼りなさそうに顔を赤らめていた。
「ちょ、ちょっと待って! ぼっちちゃん、めちゃくちゃ手慣れてない?!」
「え、そうですか・・・。実は女の子相手はそれなりに経験あるんですよ。
へへ、一人前のバンドマンってやつですね」
「スーツ着だしたあたりからぼっちちゃんの女性人気スゴイよね。
口説けばヤれるって噂を聞いたことあんだけど事実だったかー」
「えへへ・・・『後藤さま』って呼ばれて、チヤホヤされていたらいつの間にかってこと多いんですよね・・・」
「爛れてるぅ。そっか〜、わたしはこれからぼっちちゃんに良いようにされちゃうのかあ」
そんな言い方は心外。
「お姉さんがシたかったんですよね・・・?」
「どうだったのかなあ。人恋しかったのは間違いないけど。
ぼっちちゃんのえっちな噂を聞いて、気になってちょっかい出しちゃった・・・のかなぁ。
よくわかんないや」
敷布団の上で、パンツひとつで、ボソボソとしゃべるお姉さん。
私はどうしたらいいんだろう。
嫌がっているようには見えないし、ちょっとだけ・・・。
気になっていた、お姉さんのほっそりしたお腹に手を当てる。
「ひゃっ、ぼっちちゃんはわたしのお腹に興味津々なのかなあ」
ボーカルだから腹筋こそあるけれど、脂肪なんてものが感じられない腹部。
くっきり浮かんだ肋骨。
「お姉さん、栄養失調なってません・・・?」
「あ、わかる? いやあ、できるだけご飯食べようとは思ってるんだけどねえ」
お姉さんのことが気になって、アルコール依存症について調べたことがある。
その中のひとつに、栄養失調を併発するとあった。
お酒ばっかりでご飯を食べない生活習慣。
アルコールが腸を傷つけ消化能力を落とし、肝臓を傷つけ消化を補助する力を落とし、アルコールの分解自体で栄養が浪費される。
栄養失調も問題だけど、その段階ならそれだけで済むわけがない。
志麻さんの心配が現実味を帯びる。
「お姉さん、死んじゃいますよ・・・?」
「死んじゃうだろうねぇ」
お姉さんはあっけらかんと、なんでもないことのように応えた。
「三十越えてから、もぅ毎日しんどくてさ。お酒で体が軋むのが分かるんだ。
かと言って、飲まないと離脱症状ひどくてさ。あ、離脱症状ってわかる?
わたしの頭はお酒を飲んでる状態が正常ってなっちゃててさ。飲まないとバグっちゃうんだよねぇ。幻覚やら幻聴やらのオンパレード、まともに歩けもしないんだよ」
壮絶な症状に息を飲む。本格的にマズいのでは。
「病院行かないと行けないんじゃあ・・・」
「生きたけりゃ断酒しろって言われるだろうねえ。それは結局、わたしにとって、いや、わたしの音楽にとっては死刑宣告なんだよ」
「お姉さんの音楽・・・」
「酔ってないとさ、つまんない音しか出せないんだよね、わたし」
お姉さんは壁に立てかけたベースを、寂しそうに眺めた。
お姉さんはお酒飲んでなくても演奏できる、って言えればいいんだけど、酔っていないお姉さんと会ったことすらない。
無責任なことを言ったところで響かない。
「わたしは、わたしの音楽と心中する」
まごまごしてる間に、お姉さんは言い切った。
部屋は蒸し暑いくらいなのに、その一言で冷えた。
何も言えない。
「・・・とは言っても不安でさー。覚悟はしてるけど心細くて堪らないんだ。
だから抱き潰してよ。ぼっちちゃんは慣れてるんでしょ?」
へらりと、不安そうな表情だったのが、転輪する。
深淵から覗き込むような、どこをみてるのか分からない目線。
蠱惑的な、あるいは破滅的な表情。
天衣無縫な、地に足つけない生き方。
掴みどころがないお姉さん。
私は誘われるがままに手を伸ばした。
部屋に転がるおにころのパック。
身につけるのは下着一枚で、心細そうなお姉さん。
まずは安心させようと手を握る。
ほかほかと暖かいお姉さんの体温。
お姉さんの黒いマニキュアの目立つ指を絡めとる。
「お姉さん・・・ベースを爪弾く姿が好きです。昔から今でも憧れです」
「へへっ、褒められると照れちゃうね」
両手の指を絡めて、意味ありげに微笑んで。
距離を詰めてキス。
お姉さんは私よりこぶしひとつぶんぐらい背が低い。
体格差を利用すると簡単に唇を奪えてしまう。
そのまま布団に押し付けるような口付け。
両手を押さえつけて、校内を貪るとサディスティックな気持ちになってくる。
きくりお姉さんは『お姉さん』だ。
ずっと先輩バンドマンとして尊敬していた。
そのお姉さんが、わたしの下でなすがままになっている。
その事実に興奮してきてしまう。
「男にされてるみたい・・・。でもはっきりわかる大きい胸。
ぼっちちゃんだし、不思議な感じ」
お姉さんがうわ言のようにこぼす。
言葉が引っ掛かった。
「男の人とこういうこと、したことあるんですか?」
「なぁに? 一丁前に嫉妬してるの?
まー、わたし、こんなだからさ。酔っ払ってその勢いでパターンなくはないんだよね〜。えっちなのは嫌いじゃないよ」
蠱惑的にお姉さんは笑った。
「んふふ、ぼっちちゃんと絡むのも悪くないね。女同士って初めてなんだけどさ、むしろ良いよ」
組み伏せているのに上から目線。
奈落の底の玉座。
お姉さんのカリスマに押されそうになる。
無性にやり返したくなって。
最後の一枚を剥ぎ取った。
お姉さんの秘密の茂み。
腰骨に指を這わせながら、その茂みの奥へと進んでいく。
吐息を感じながら、反応をじっくり観察しながら愛撫を続ける。
お姉さんは乱れに乱れた。
布団はぐっしょりと、汗や色んな体液で湿り気を帯びていく。
わたしの指をきつく締め付ける、お姉さんのぽっかり開いた穴。
空いた手で、太ももに浮く静脈をじっくりなぞる。
皮膚の下を流れる血液。確かに感じる鼓動。
まだ生きている。
「・・・お姉さん、やっぱりお酒やめませんか」
「なに、わたしとのお別れが惜しくなっちゃった?」
興が削がれると、お姉さんは視線で語っていた。
「こんなガリガリボディのどこがいいんだか。ぼっちちゃんはヘンタイだねえ」
誤魔化すように色事に無理矢理こじつけようとして―――――
ふといい事を思いついたと、サイケデリックな笑みを浮かべた。
想起されるのは、黄泉比良坂で咲き誇る彼岸花。
刹那的な生き方、破滅的な生き様、その先の気配。
死の気配に起因するカリスマ性。
お姉さんが生きている人間に見えない。
背中に冷や汗が浮かんだ。一体何を―――――
「じゃあ、結束バンド辞めてよやめてよ」
お姉さんは何でもないことのように言い切った。
結束バンドを辞めて。
お姉さんの言葉がじわじわと染みてくる。
「なにかおかしなこと言ってる? わたしにお酒を飲むのをやめろっていうのはそういうことだよ」
『わたしの音楽』はアルコールと共に在ると、お姉さんは言葉を続けた。
「そうだなぁ。ぼっちちゃんが結束バンド辞めてさ、そしてボーカルデビューしてギタボに転向しなよ。
そしたらわたしベースで、志麻がドラムでさ、新しいバンドやろう。
そこまでやったらお酒辞めたげる」
結束バンド辞めた上で、ボーカルデビュー。
あまりに高く、そもそも挑戦したくない未知のハードル。
失うものが大きすぎる。
お姉さんの深淵のような瞳が私を覗いている。
「乱れるわたしに夢中になってる、ぼっちちゃんもかわいいなぁって思ったよ。愛する弟子みたいなもんだしね。もっと一緒にいたいと思った。それは本当。
けどね―――――」
お姉さんは空っぽの笑みを浮かべていた。
無色透明。
「ぼっちちゃんと会ったときにはもう、悪魔の契約書にサインしてたってやつ?
幽霊みたいだったわたしはお酒を飲んで死んで、カリスマベーシストの悪霊になってたんだ。
色々言い訳をして現実から逃げて来たけど、もうすぐ追いついてくるみたい。この道を選んだときには結末は決まっているんだよ」
ラジオみたいに止まることなくまくしたてるお姉さん。
「神様が全知全能なら、悪魔は人知無能ってね。悪魔は人が知ってることしか知らないし、何もしない。あんだけ飲み続けたらヤバいってぐらいわたしでも知ってたけど、それでもわたしが飲み続けて歌う道を選んだ。
わたしはぼっちちゃんみたいに強くないけどね、これでも精一杯、やることやってきてんだ。
底を、恥を晒して転がって、やり切ってきた。だからもういいんだよ。ほんと。お願いだからさーーーもう泣き止んでよ」
お姉さんを説得できない自分が悲しくて。
例えお姉さんのためでも、その場限りの嘘だとしても、結束バンドを辞めるなんて言えない。
涙が止まらなかった。
だって、お酒と共に在る刹那的なお姉さんの音楽が好きなのも本当なんだ。
馬鹿なことにお姉さんのいうことに一理あると思ってしまった私には、説得する言葉が出てこない。
「今日は何もかも忘れて溶けあおうよ。セックスってそういうものでしょ」
蕩けた顔のお姉さん。
手を引かれて、服を剥がれて。
泥のように、絡み合って。
体を交えて、溶け合って。
また涙を流して。
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月日は流れ、よく晴れたある日。
お姉さんの訃報が届いた。
涙は出なかった。