リョウさんが言っていた、虹夏ちゃんが結束バンドを辞めようとしている話。
気になって虹夏ちゃんに会いたいと伝えたら、STARRYでと返事が来た。
言われるがまま、STARRYに向かう。
ライブも始まっており、接客が楽になる時間。
虹夏ちゃんは受付の仕事していた。
「いらっしゃい、ぼっちちゃん。引き継ぎしたら抜けるから、ちょっと待っててね」
とりあえずドリンクチケットを買って、知らないバンドの曲を聞いて時間を潰す。
STARRYに客として入るのはなんだかんだでめずらしい。
青春を過ごした、少し懐かしい舞台を眺める。
長いことSTARRYでライブしていない。
今後、やることがあるのかも分からない。
虹夏ちゃんの大切な場所。
たくさんの思い出があって、この場所が好きだった。
ステージの上でパフォーマンスしているバンドマンが素直に羨ましい。
「お待たせ、もう上がりにしたよ」
「お疲れ様、虹夏ちゃん」
虹夏ちゃんがドリンク片手にやってきた。
壁際で他のお客さんの邪魔にならないように並ぶ。
言葉がすぐに出て来ず、虹夏ちゃんも何も言わない。お互いに無言でステージを眺めた。
ちらちらと周りの視線を感じる。
ここはSTARRY。
結束バンドのホーム『だった』場所。
私の存在に気づかれるのも早い。
よく接客していて馴染みとなっている、虹夏ちゃんとは立ち位置が違う。
騒ぎになって、演奏中のバンドの迷惑になったらマズイなぁ。
「私の部屋に行こっか」
虹夏ちゃんの提案に頷き、先導に着いていく。
STARRYを後にしながら、苦い思い出を振り返る。
メジャーデビューを果たして、
結束バンドがどんどん有名になって、
ワンマンライブが当たり前になって、
ライブするハコも大きくなって。
バンドのミーティングで、
「久しぶりにSTARRYでライブしようよ」
虹夏ちゃんがそんな提案した。
「いいじゃん」
「凱旋ライブですね! 楽しみです」
虹夏ちゃんの夢を知っている私はもちろん、みんなも軽く賛同した。
STARRYは中規模のライブハウスで最大250人くらいのキャパ。
ノリに乗ってる結束バンドがやる場所としては明らかに小さく、実利は小さいがメンバーに不満はなかった。
・・・当然のように、チケットの倍率は大変なことになった。
ファンの不満はハコのキャパとして不適切な『STARRYでやること』に向いてしまった。
そしてその怒りは、STARRY、そしてSTARRYの店長の妹でありバンドリーダーである虹夏ちゃんに向かってしまったのだ。
・・・幸いなことに大した炎上にはならなかった。
結束バンドはSTARRYで結成されたし、メンバー全員ともSTARRYでバイトしていた。
インディーズ時代の結束バンドのホームは、間違いなくSTARRYだったんだ。
凱旋ライブしたというのは、責められるものではない。
エゴサすれば引っかかる程度で、炎上はわりとすぐに鎮静した。
虹夏ちゃんは炎上に思うところがあったのか、しばらく辞めていたSTARRYのバイトを再開していた。
復帰した最初のころは、結束バンドのドラムの虹夏ちゃんに会えるって話題になってたっけ。
それもいつの間にか落ち着いていたけれど。
頭を振って思い出に蓋をする。
丁寧に聞き出すなんてコミュ力なんてない。
直球でいくしかない。
「リョウさんに聞きました。・・・結束バンド止めたいって」
「聞いたんだ。心配しないて、今すぐどうこうって話じゃないよ。なんかね・・・疲れちゃったんだ・・・」
虹夏ちゃんは疲れた顔を隠さない。
今までになかったことで、気が気でない。
「私はリーダーなのに、結束バンドのお荷物だよ。みんなの面倒を見てた気でいたけどさ。気のせいで、私はずっと役たたずだよ。正直に言えばずっと辛かった」
「そんなことないですよ! 虹夏ちゃんのおかげで結束バンドはあります!」
「私だってがんばってるんだけどねぇ」
ダメだ。通じていない。
喜多ちゃんが進学しないと決めて。
がむしゃらに結束バンドの活動を頑張って。
メジャーデビューして、ちょうど高校も卒業して。
虹夏ちゃんと他のメンバーのスケジュールが噛み合わなくなってきた。
結束バンドの活動が軌道に乗って黒字化して。
『虹夏ちゃんを除いた私たち』はSTARRYのバイトのシフトをほとんど入れなくなって、時間の全てを楽器の練習したり、結束バンドのために使って。
虹夏ちゃんだけが、大学生としての学業と、家事に、STARRYの手伝いにと続けていて。
タイミングが合わなくなって、私たちは3人だけで動いたり、ソロでの活動に力を入れだした。
気がつけば。
リョウさんが縁があってサポートベースをしたメジャーのバンドに、気まぐれで曲を提供したらバズって作曲家として日の目を浴びて。
私がギターヒーローとしての知名度をフル活用して、スタジオミュージシャンとしての仕事を受けるようになって。
喜多ちゃんが結束バンドの顔として、広報として本格的にSNSの運用を初めて、リョウさんや私のソロ活動先と絡んでファンの流れを作って。
虹夏ちゃんを置いて結束バンドは飛躍したのだ。
・・・その先でSTARRYでのライブ騒動が起きた。
虹夏ちゃんから受け取った水出しのお茶をゆっくり飲む。
グラスに映る自分の顔はまゆ根を寄せて深刻そうにしていた。
だって。
『結束バンドを辞めたい』だなんて虹夏ちゃんに言われたら、そんな顔にもなる。
結束バンドを辞めたい。
〜したい。
もう辞めるという予定ではなく、あくまで気持ちの問題。
だからこそ。
『いつから』虹夏ちゃんがその気持ちを抱いていたのか気になった。
辞めたいけど辞められない。
もしかしてずっとその気持ちだったのかな。
結束バンドは私にとっては大事な場所。
そこを虹夏ちゃんが苦痛に感じていたのなら、胸がきゅっとする。
「この際だから言っておくよ。ぼっちちゃん、ファンとか色んな人と関係持っているじゃない?」
どきりとした。
「・・・知ってたんですね」
「そりゃ気づくよー。ぼっちちゃん、隠し事下手だし。自慢げで隠す気もあんまり無さそうだったし。
・・・そんでさ、女遊びが始まったころに、ぼっちちゃんの『バンドマン』としての実力がメキメキ伸びてたの気づいていた?」
「まぁ、なんとなく。演奏しやすいなって」
ファンに誘われるようになって。
ライブ中のパフォーマンスが向上したのは感じていた。
みんなの目線の動き、息遣い、演奏のノリを感じて、自分の演奏を合わせていく。
かつて私に欠けていたコミュニケーション能力。
『経験』を積んでいたら、なんとなく身についてきているのがわかった。
多分、慣れて鈍って、遠慮がなくなってきたんだと思う。
『あの指に止まってもいいのかな?』という原初の問いに対して、そんな疑問が浮かばなくなってきたというか。
色んな人に請われて『仲良く』していれば、気心の知れた結束バンドの仲間と息を合わせるのは簡単で。
そこまで親しくないバンドの人ととも、演奏を通じて、何が今したいのかわかってきて、合わせられるようになっていって、サポートギターでさえ出来るようになってきた。
「察しが悪い私も気づいたんだよ。リョウや喜多ちゃんも気づいててさ。ぼっちちゃんがいない時に、どうするか話題になったことがあるんだ」
うっ。
私がいない場所で、そんなことが行われていたなんて・・・
インモラル罪で結束バンド追放という単語が脳裏を転がっていく。
いやいや指摘されず、今に至るってことはそんなことになってないわけで。
「私はね、そのときに『トラブルになるまでは静観する』って言ったの。・・・喜多ちゃんも、リョウも、私がそう言ったから同調してくれたみたい」
えっと。
私としてはその対応はありがたいんだけど・・・なんで?
「私は『ギターヒーロー』のファンで、その成長に目を奪われちゃったからかな。その成長の要因をどうこうするのはって躊躇しちゃったよ。・・・そもそもぼっちちゃんの自由なわけだし」
バツが悪そうに付け足して、虹夏ちゃんは俯いてしまう。
虹夏ちゃん。
私のことなんて気にすることないのに。
「もしかしたら痴情のもつれで刺されたりストーカーされてたかもしれないのに」
「私相手にそんなことする人いるわけないじゃないですか」
「・・・わかんないよ」
虹夏ちゃんはうつむいていた顔を上げた。
「私はぼっちちゃんの安全よりも成長に期待しちゃったの。ぼっちちゃんのファンとして、結束バンドのバンドリーダーとして。・・・友だちとして止めるとこなのに、今更ながらに冷たいヤツだよね」
虹夏ちゃんの目には涙が滲んでいた。
自己嫌悪の涙。
「そんなだから、『夢』に置いていかれるんだろうね。やること裏目に出るし、なんのためにバンドやってるんだか」
STARRYを有名にしたかったのが虹夏ちゃんの夢で、結束バンドはそのために結成したのに、炎上騒動に至ってしまった。
STARRYの店員になっていたのは、客寄せのためというのはあるだろうけど贖罪していた。
「私の夢は終わっちゃったんだよ。もう疲れちゃったな」
虹夏ちゃんが遠くに行ってしまう。
嫌だ。
「私の夢だって叶ってないですよ。高校卒業しちゃいましたし」
「託されちゃってたもんね・・・」
高校中退という夢。
あのころの私は本気だった。
喜多ちゃんと過ごしているうちに、いつの間にか卒業しちゃってたけど。
私の叶わなかった夢。
「そうだったね・・・私はぼっちちゃんの夢を叶えられなかった」
「夢はそんなものですよ」
嘘をついた。
私の真ん中の夢は、結束バンドで有名になること。
今はまだ道の最中で、夢が終わって欲しくない。
夢見心地で、虹夏ちゃんを引き止めたくて嘘を吐く。
「虹夏ちゃんはこれからどうするつもりなんですか?」
「そうだねえ」
虹夏ちゃんはぼんやりとコップのお茶の波紋を眺める。
「普通の女の子に戻るのもありかもねぇ。
適当な相手見つけて結婚するのもありかも」
どうしても虹夏ちゃんを引き止めたかった。
喜多ちゃんが顔で、私が腕、リョウさんが足だとしたら、虹夏ちゃんは心臓。
心臓の鼓動で、結束バンドは進んでいる。
虹夏ちゃんが抜けていなくなったら、結束バンドはすぐに壊死してしまうに違いない。
まだまだ結束バンドという夢に揺られていたい。
「私が相手じゃダメですか? そりゃ女だし、子供はできないけと・・・それでも。虹夏ちゃんを支えたいです」
「・・・いいよ」
疲れ果てた虹夏ちゃんを支えたかった。
その気持ちは嘘じゃない。
けれど去っていこうとする虹夏ちゃんを止められなければ、結束バンドは崩壊するという焦燥も確かにあった。
私は虹夏ちゃんと結束バンド、どっちも大切で選ぶことなんてできなくて、両方に縋り付くことしか出来ない。
みっともない悪あがき。
それに虹夏ちゃんは良いよと応えてくれた。
「ほ、本当にいいんですかっ? 私ですよ?」
平凡に生きる。
バンドを辞めて、恋人作ったり結婚したり子育てするとか言い出した虹夏ちゃんに対して、やぶれかぶれでした告白。
選ばれたのは後藤ひとりでした?
「そっちから告白しておいて何言ってるのさ。まあ女遊びがひどいのはどうかと思うけど」
「うっ・・・ちゃんとします。初めての恋人ですし・・・」
虹夏ちゃんが目を見開いた。なんで?
「初めてなの?! 今までは本当に体だけってこと?! うわー、爛れてる・・・絵に描いたようなバンドマン・・・」
虹夏ちゃんがドン引きしてる!
あわわわ・・・
このままだと破局しちゃう!
「虹夏ちゃんのことは大事にします!」
「そうだよー? 大切にしてくれなきゃどっかにいっちゃうんだからね」
虹夏ちゃんが楽しそうで嬉しい。
やっと笑ってくれた。
そう思ってたら、ベッドに腰掛ける虹夏ちゃんがモジモジしだした。
聞かれたくない話ということで、星歌さんが帰ってくるかもしれないリビングじゃなく、虹夏ちゃんの部屋に通してもらったわけだけど。
何か用事を思い出したのかな。
「虹夏ちゃん、何かあるんですか?」
虹夏ちゃんの頬は赤く上気していた。
「何かっていうか・・・これから私はベッドやくざのぼっちちゃんに手篭めにされちゃうんじゃないの?」
「私をなんだと思ってるんですか?!」
ベッドヤクザって単語、どこから来たの?
言われなき誹謗中傷に震える。
「ファンの噂で聞いたんだけど」
「記憶にございません」
虹夏ちゃんのじとっとした視線が痛い。
ついぃと目を逸らす。
「えーい」
手を引かれた。
よそ見してたこと、フィジカルの差もあってベッドの虹夏ちゃんに抱き止められる。
びっくりしていたら、そのままコロンとベッドの上を転がされた。
「ねえ。早く私を手折りにきてよ」
虹ちゃんの顔が近づいてきて――――
虹色の夏のはじまり。
次回、最終話です。