ぼっち入刀カウントダウン。
目が覚めた。
カーテンからわずかに漏れる薄明かり。
まだ日が昇ったばかりの早朝。
すぐそばに人の体温。
隣で寝ているのは虹夏ちゃん・・・・・・・・ではなく。
もう長い付き合いになる高校時代に出会った、喜多ちゃんに似たファンの子。
たまに会って、私をベタ褒めしてくれて、そのまま体を重ねることがある関係。
虹夏ちゃんとお付き合いを初めた以上、爛れた関係を清算しようと会いに来たら、流れで寝てしまった。
いつもより興奮してしまっていた気がする。
どうして・・・?
自分自身が信じられない。
このまま無限に落ちこみそうだけど、そんなわけには行かない。
こんな関係は終わりにしたいことはちゃんと伝えたんだ。
お別れは昨日のうちに済ませている。
目を覚まされるうちに立ち去ろう。うん。
物音を立てないように身支度を整えて、最後に振り返る。
寝巻きからでもわかる女性らしいライン。
昨晩の互いの痴態を思い出して少し動揺する。
喜多ちゃんによく似た顔。
これで見納めかと思うと少しさみしい。
まじまじと寝顔を見つめて、ふと疑問が湧く。
こんなに喜多ちゃんに似てたっけ?
んんん?
出会ったころはもっと違った顔つきだったような。
目元とか鼻筋とか輪郭とか、今では喜多ちゃんソックリ。
結束バンドの公式SNSは、喜多ちゃんが使うコスメ紹介しててそれ参考にしてるって言ってたからそのせいかな。
でも寝る前には化粧落としていたような・・・?
うーん。
よく知らないけど、なんかそういう化粧品?みたいなのもあるのかな。
喜多ちゃんに後で聞いてみよう。
「さようなら」
音を立てないように気をつけながら玄関のドアを閉めた。
自宅に向かう電車の中でスマホをチェックすると、虹夏ちゃんからメッセージが来ていた。
私の恋人の虹夏ちゃん。
えへへ、私なんかにはもったいないよね。
虹夏ちゃんが私を恋人にしてくれたのはなんでなんだろ。
やっぱりタイミングなのかな。
弱ってるところにお願いしたもんなぁ。
『ぼっちちゃん、もうすぐ誕生日だよね。プレゼント考えたいから、ぼっちちゃんが好きなもの見に行こう? 明後日の都合はどうかな』
恋人になってから初めての誕生日。
特別なバースデー。
もう27歳になるけれど、祝ってくれるのが嬉しい。
けど。
『虹夏ちゃんとデート楽しみです!ただ明後日は打ち合わせが何時に終わるか分かりません。その次の日はどうでしょうか』
その日はリョウさんと歌詞の打ち合わせ。
少し前にあんなことになってしまったのでちょっと気まずい。
あの晩の出来事はリョウさんにとって気の迷いみたいなもんだろうし、なかったことにするのが大人の対応だろうな。
虹夏ちゃんに何も言えてないし。
言えるわけがないなあ。
付き合う前だからノーカンと思いたい。
会う時間が実は夜からリョウさんの家なのも、出不精で夜型のリョウさんの都合なだけで、後ろめたいことは何もありません。
安心して、虹夏ちゃん!
イマジナリー虹夏ちゃんに言い訳していると、自宅の楽器演奏可のマンションに着いた。
鍵を開けて防音のドアを開くと、部屋の奥からギターの音色が聞こえてきた。
喜多ちゃんがリビングのソファで機嫌良さそうにギターを掻き鳴らしていた。
実家を出てからは、喜多ちゃんとずっとルームシェアしているので珍しい光景ではない。
「ただいま。調子良さそうですね」
「そうね。昨日、彼氏と別れてきたの。だから清々しい朝だわ」
キターンといつも以上に輝いている。
うんうん、別れ話って難しいですもんね。
わかるわかる同じ気持ちさ。
・・・私も昨日は『あの子』に別れを告げに行く時は憂鬱で緊張したなあ。
一応? 縁は切れたはずだから、私も明るい気持ちになってきた。
「それは良かったですね」
「気分が良かったから、朝食にサラダ作ったの。ひとりちゃんが早く帰ってきてくれて良かったわ。コーヒーいれるから一緒に食べましょ」
「それもいいですけど、1曲だけセッションしませんか? 喜多ちゃんの演奏が素敵だったので。弾きたくなっちゃいました」
「いいわよ〜。中途半端なところでやめちゃったし、続きからでいい?」
「はい、大丈夫です」
喜多ちゃんのギターの響きは耳に残っている。
スタンドからギターを取り出しアンプへ繋いで、喜多ちゃんの横へ。
ボーカルとしての癖なのか、喜多ちゃんは演奏前に軽く深呼吸して、よく手入れされた細い指先が踊り出す。
合図なんて要らない。
喜多ちゃんの息遣いを読んで、リードギターを走らせる。
時に喜多ちゃんのパートに掛け合って、ふたつのギターの音色が溶け合っていく。
喜多ちゃんのギターは上手くなった。
大学進学を蹴って、有り余るバイタリティをバンドに傾けたんだ。
もうどこに出しても自慢できる、結束バンドのギターボーカル。
だけど不詳ながらもギターの先生をやっていたし、ギターの腕が私のアイデンティティ。
リードギターとしても、負けるわけにはいかないと、演奏に没入する。
肌で感じる音圧から、喜多ちゃんの調子の良さを感じる。
競い合うように演奏しながら、満足感に包まれる。
友達とルームシェアして、朝からギターでセッション。
バンドは順調で、人気は上々で憂いなし。
このあとは喜多ちゃんが作ってくれた朝ごはんを、喜多ちゃんが楽しそうにおしゃべりしてくれるのを聞きながら食べる。
こんなに幸せで良いのかな。
ギターやってて、バンドやってきて良かったなあ。
【後藤ひとりの墜落 END】
書くまでもなく、じきにこの世界線の結束バンドは崩壊しますし、ぼっちちゃんも墜落しきっておりますので、
「後藤ひとりの墜落」はこれにておしまいでございます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
蛇足として、以降のルート分岐。
①ぼっち入刀:喜多ちゃんに寄せて整形までしたファンの子に刺される。
②百合に挟まる後藤:虹夏と山田との痴情のもつれで結束バンド崩壊。
③陽キャの神: 喜多ちゃんがこんがらがった人間模様をどうにかしてくれる。喜多ちゃんルート。
“肉欲よりも、恋愛よりも、友情が劣ると誰が決めた?”
地獄のTRUEエンドを乗り越えて、喜多ちゃんルートというHAPPYエンドに辿り着け!
そんな後日談をぼんやり想像しております。以上。