振り返ればアオい夢
彩昌高校の屋上は、基本解放されていない。と言うか教育施設の屋上なんて大概そうで、何年も施錠されたまま開くことがないのが通例である。下手に出入り自由にして事故を起こされては堪ったものではないし、わざわざこんな所まで上がろうとする生徒もまずいない。
そんなものなのだが、なのだが。
ごくまれに、おかしな事を考える生徒が出るものなのだ。
「あのさぁ夢佳、ヘアピンなんかじゃ無理だって」
「うっせぇメガネ割るぞ、黙ってろ宗介……ってああもうっ腕が鈍ったかなー……」
悪態を吐きながら鍵穴をまさぐる黒髪の女子生徒、後藤夢佳は苛立ちながらも手を止めない。ちなみにピッキングはテンションレンチでシリンダーに圧力をかけ、シリンダーの中に鍵の役割を果たすピックを押し込んで固定していく。そのためヘアピン一本でガチャガチャしても意味はない――のだが。
執念と悪知恵は、時に奇跡を起こす。窓を激しく揺さぶると、半月錠が振動で緩むように。
「お、おー……行けそう行けそう」
ピンという甲高い音と共に、年期の入ったドアノブがその役割を久々に果たしていた。
開くんかい。開いてしまうんかい。そうツッコミかけた声を呑み込んで、宗介は後に続く。
何でも言えばいい訳ではない、と知っているから。
冬が近いとはいえ晴れた陽射しのお陰で空気はそこまで冷たくなく、コンクリートの床も乾ききっている。夢佳は埃を払いもせずスカートで胡座をかき、宗介はその隣へ腰を下ろした。
「あー細かいことしたらお腹すいた、向いてないんだよ細々したの」
「自分で勝手にやっておいてその言い種」
突然『屋上で昼食おう』と夢佳が言い出したのが発端であって、宗介の意思ではない。まあ言ったところで夢佳は聞かないから、いつものように着いてきたのだけれど。
夢佳の家は母子家庭で母親が忙しく、弁当は本人いわく『適当に詰めてきただけ』とのこと。宗介のは母親謹製。
お弁当を広げあって交わす会話は、普段と特に変わらない。景色は良いし静かだから、気分は良いけれど。
おかずを交換しあい…いや正確には夢佳が宗介の弁当箱から強奪するのだが…雑談しあい、時間はのんびりと過ぎていき。
ごちそうさまを言い合った、その刹那。
「さってと、んじゃヤるか」
満面の笑みで立ち上がりブレザーを脱ぎ出す夢佳に、宗介はほんの少しだけたじろいだ。
ああ、やっぱりかと。夢佳が急に何かを思い立ったりするときは、大体こうなのだから。
「一回学校でしてみたくてさ。なんかドキドキするだろこういうの」
「あー……うん俺も今してるけど理由は夢佳とは違うかなー……」
見付かったら停学じゃ済まない事態になるという認識は共有されているのか、いないのか。しかしここで変に拒むと『じゃあやっぱ教室で』とか言い出しかねない、それはさすがに不味すぎる。
それに――それに。
宗介は知っている。夢佳がセックスを求める時は、何かに鬱憤を燻らせている時だと。恐らくは前にあった、あの二人――いや元チームメイトだという女子の方が原因なのだろうとも。
宗介は知っている。夢佳の中には、深い絶望と挫折があるのを。それをまぎらわせようとする、謂わば薄められたリストカットとして宗介を求める。
それを解決できない歯がゆさを抱えながらも、今は何も言わずに付き合うのが宗介という男なのだが。余計なことを言って爆発させるより、そうやってなだめる方が夢佳にとって良いと思っているし、そもそも宗介自身そこそこの好き者でもある。
何日かぶりのキスに卵焼きの味を感じながら、宗介は事態を受け入れたのであった。
制服姿のまま抱き締めあいまさぐりあう中、ふと宗介は違和感を抱く。ブラウスの上から触れた胸の感触が、どうにも柔らかすぎる。
「夢佳、この下ってもしかして着けてないの?」
「あー。どうせ冬服だし今日体育ないし、誰も気づかないだろ。私友達いないし」
いや、それはそうかもしれないが。つまり思い付きではなく計画的な反抗だった、という事だが宗介はなにも言わない。言って怒らせても仕方ないし、そんな余裕もない。
夢佳のしなやかな指が下半身をはい回る、その刺激にさらされながらも宗介は反撃とばかりにショーツの中へと指を向ける。濃く繁った陰毛を掻き分けて触れる肉の裂け目は、物欲しげに涎を垂らして侵入者を歓迎してきた。
ずにゅりとめり込んだ指は固く締め上げられ動く事も出来なくなるが、逆に壁自体が蠢いて更に圧迫を強めていく。
――と。
不意に夢佳は宗介から身を離し、スカートのポケットをまさぐる。取り出だしたのは、小さな包み。
「宗介、……これ」
引き抜かれた指でゴムを受け取り、いそいそと宗介は装着を始める。夢佳は直にそれへと触れるのは抵抗があるし、宗介としてもガサツ力に溢れる夢佳にやってもらうのは少々怖い。傍からみたなら間の抜けた光景かもしれないが、人にみせるものでもない。二人が特になにも思わないなら、それで良いことだ。
そのまま向かい合い、夢佳の左足を持ち上げるようにして――宗介は夢佳の内側へと入っていった。
0.03mmの遮蔽物を介して粘膜が擦れ合い、同時に声が漏れる。鍵開けに手間取ったせいで昼休みは残り少ない、その気掛かりが身体に力を込めさせるのかすぐに粘った掘削音は激しさを増していく。
唇を貪り体温を交換しひたすら愛し合う二人には、中庭やグラウンドから漏れ聞こえる生徒たちの喧騒などは認識できない。
しかしその間も、時間はちゃんと過ぎていくのだ。
二人の耳に昼休み終了を告げるチャイムが届いたのは、正しく最高潮へと上り詰めようとしていた矢先だった。
急がないと、と加速しようとする相方を夢佳が小さく制する。
「ちょっと待っ……たっ」
身をよじって宗介から離れると、名残を惜しむかのようにずにゅりと濡れた音が鳴る。閉じきらない足のあいだから愛液を垂れ流しつつ夢佳は視線の先にあった鉄柵へと手を付き、お尻を突き出した。
「こっちで、後ろから……してよ」
いや、いやいや。いやいやいやいや。それは余りにも、危険すぎる。
「下から見られたらどうすんの、それに授業――」
「あんだよ、どうせ現国なんか出なくても同じだろ」
「同じじゃないと思うけど!?」
「じゃ止めるか? お前その状態で授業出られるのかよ」
ニヤニヤと笑う夢佳が指差すのは、宗介の股座。発散を求めて屹立するそれは、明らかに続行を望んでいる。
ここで中断できるほど、男というのは器用にできてはいない。
僅かなシークタイムを経て、宗介は夢佳へとのし掛かった。
一旦お預けを食って不満だったのはこちらも同じか、夢佳の秘裂はさきほどよりも大きな粘液質の水音を立てて宗介を迎え入れる。膣壁は抵抗もしようとせず、たやすく牡の生殖器に制圧されてしまう。
子宮を押し上げんばかりの圧力に夢佳の口からは言葉にさえならない低い喘ぎが溢れ、宗介もまた呻きを堪えながら必死に腰を振る。
背筋が粟立つ気配と共に悲鳴じみた夢佳の嬌声が上がった、その数秒の後。
「う、あ……あぁっ」
宗介の身体がガクガクと震え、夢佳を抱き締めながら放精が始まった。堰を切ったように溢れる精液は留まる事を知らず、ゴムの被膜が無ければ容易く子宮を充たしている事だろう。
糸が切れたように倒れこむ夢佳に覆い被さったまま、宗介は意識を手放したのだった。
「――疲れたな……」
「だねぇ……」
五限をサボって屋上から見上げる秋の空は高く、そして何処か寂しい。
次の授業までの時間が遠く感じて、宗介は小さく息を吐いた。こうやって過ごせるのは、そう長く無いだろう。いずれ夢佳は立直り、一人で歩いていく。その時に果たして、隣にいさせてもらえるのだろうか。
……などと黄昏ている暇は、残念ながら宗介にはないのだが。
「五限終わるまで大分あるな、もっかいするぞ宗介。まだゴムあるし」
「君今疲れたって言ってたよね?」
「あ?言ってねぇよ舐めんな元バスケ部だぞ」
宗介は実は知らない。確かに夢佳には抱えるものが多い、悩む理由が多い。しかしそれ以上に、宗介を死ぬほど愛してるしセックスも好きなのだ。
そして夢佳の方も夢佳の方で、宗介が色々考えてくれているのは察している。だからこそ節度を持って普段は控えてこういうときだけ甘えている――つもりなのだがまあ、伝わってはいない。肌を合わせようがどうしようが、言わないことは伝わらないから。
……………………
………………
…………
………
そこから暫し。
「あの、今五限終わったチャイムが」
「まだ六限まで五分あんだろ、ここでやめられるか目ぇ潰すぞコラ」
エキサイトして宗介の上を跳ねる夢佳が、そんな短時間で止まる筈も無く。
結局放課後を過ぎ日が落ちるまで、若い二人は屋上でむつみあって……いや……これは肉食動物の捕食に近いが、とりあえずは絡み合って過ごしましたとさ。
さてここから夢佳と宗介の物語は大きく動いていくのだが、それは――また別の話。
「この後も何度かしたけど、学校でってやっぱ興奮するよなー……。今度こっそり忍び込んでやろうかな」
「私も大喜くんとこういう事したかったんだけど、付き合い出したタイミング的に無理だったんだよね」
「……御互い苦労しますね、宗介さん」
「愛があるから出来る事だよね……うん」