一時期の流行りで、小児における男性社会の構造が「バカとスケベの大縄跳び」と呼ばれた事があった。少年たるものバカな事をして喜ばなければならない、大っぴらにスケベで女子を引かせなければならない。そうでなければコミュニティに入れてもらえず仲間外れにされるから、社交性を身に付ける段階の男児は大抵バカでスケベになる……いやさそれを装うのだと。そこから少し成長すると「女性をモノ扱いせよ」「性欲を隠すな」、という所謂ホモソーシャルが形成されるのだ。
猪股大喜という少年は、そういう関係性とはあまり縁がない子である。母親譲りの猪突猛進で物を考えない、つまりバカではあるが性根が優しいので性欲をオープンにするのが好きではない。しかし人当たりの良さと真面目さそして容姿の素朴な可愛さから、男女問わず好ましく思われている。
それはお年頃を迎えても大して変わりはせず、バドミントンに全精力を傾ける日々を送っていたのだが――。
鬼も十八番茶も出鼻、春というのは訪れる。ずっと憧れていた、そして紆余曲折を経て同居する事になった二年の鹿野千夏先輩へと一世一代の勇気を以て告白し、実は両片想いであった事を知り。
人生初めての恋人を持ったのが、ほんの数日前の事。それまでも結婚したいとか一緒にいたいとかは思ってきた大喜だが、具体的に色々と考えた事はない。だからそう、気がついてさえいないのだ。まさか隣にいる彼女が、想像を絶する程に精力的であるなどと。
付き合いはじめて最初の誕生日、「今日だけだから」と距離を詰めてきた千夏に当惑していた大喜。
しかし両親たちが前触れなく帰宅した為、状況は中断され――大喜はそれほど引き摺ろうとはしなかった。悶々とはしたが、その程度。早鐘を打つ胸を押さえ、夢の中へと入っていく。
壁一枚隔てた向こうにいる千夏が、人知れず劣情を持て余していた事を知るよしもないままに。
「あー……失敗したか、なぁ」
誕生日は祝えた、喜んでもらえた。だが千夏が考えていたのは、その先にある事。せめてキスくらいはしたかった、触っただけで終わるとは。人目も無い状況で付き合っている二人がいて、こうも進まないなんてさすがの千夏にも想定外の事態であった。
勿論大喜の気持ちもあるとはいえ、それを待ち続けられる自信が千夏には無い。いつも真っ直ぐに駆け抜ける、一速と幻の七速しかない女と名高い栄明の特攻兵器が、そうそう低速のまま走れるものか。
千夏は物事に対して慎重ではあるが、慣れてくると箍が外れる傾向がある。それは性に関しても、同様に。
それ専用にこっそりと用意した使い捨てシーツにバスタオルを重ね、抱き枕頭を預けて。古くなった電導歯ブラシを首筋に当て、千夏はスイッチを押し込んだ。
中指の先より僅かに大きいその尖端は定速で時計回りに動き、やわらかなブラシが筆を押し付けるようなじれったい感覚を連れてくる。弱くて頼りない、しかし頭の奥から快感を掃き出させる不思議な性感。千夏がこれを知ったのはまだ小学生の頃、バスケに熱中し過ぎて夜になっても身体に滞留し続ける熱を排出しようという本能だったのかもしれない。これもまた朝練と同じく習慣となり、今では毎日欠かしていない。
そのまま首の付け根まで滑らせると声が出そうになり、それを千夏は唇を噛み締めて耐え抜く。隣に聞かれては困る、しかしそれが興奮する。何かが身体の奥を揺さぶり、そして心地良い脱力感に襲われる。右左とそれを繰り返していくと肌の火照りは一層強まり、熱を孕んだ部屋着を脱ぎ捨てて肌を露にしながら千夏は小さく息を吐く。支えを失った胸の膨らみはさほど大きくはないものの、部活の邪魔にはなっているのだ。それでも今はまだマシになっており、中学時代はスポブラでがっちりと固めても尚少しの事で痺れるような感覚が走って大変だった。それが余りにも敏感すぎる、とでもいうべき状態だった事を千夏は知らない。成長を経て感度が少し落ちたことは、千夏にとって良いことであるから。
もしあの頃のままであれば、こんな風に――歯ブラシで胸を弄るなど出来なかっただろう。
汗ばみつつあるふくらみを持ち上げ、厚みを増した乳暈へジワジワと毛先を近付ける。焦らすような動きでゆっくりゆっくり、乳首の付け根へと動かして振動を敏感な箇所へと伝播させていくのだ。ぞわぞわと疼きが拡大し、それが頂点に達しかけたその時。歯ブラシを逆の胸へと素早く移行させ、再び一から弄びにかかる。
それが何度続いたか、千夏の視界は歪み吐息は湯気を呼んでいた。それでも千夏は、「次」へと進む。
隆起して痺れる突起を置き去りに、歯ブラシは脇腹を駆け抜けへそ周辺で円を描き、ショーツにぶつかって停止する。既にその中は熱を帯び独特の匂いが布越しでも濃く立ち上っていた。
明日もまた朝練だ、時間はかけたくない。そう心のなかで言い訳しながらも千夏は内腿を歯ブラシでなで回す、焦らさず本命を責めればすぐに終わると分かった上で。やろうと思えば数分で終わる、しかし可能な限り楽しみたい。その二律背反で得体の知れないモヤモヤが沸き上がり、千夏を責め立てる。込み上げる情動に突き動かされるまま、歯ブラシはクロッチの真ん中へと移動した。内側から灰色に染まっていく白い布地、そこへ僅かに浮かんだ凹凸は毛先の動きをダイレクトに脳へと反映していく。薄布一枚では阻みきれない刺激に耐えるべく粘液室の快感が分泌され、いやがおうにも自身の内側を思い浮かべてしまう。
この中に、私の本体がある。誰にも触れることを許さない、許してはいけない。もしそれが許される相手がいるとしたら、この世に一人だけ。その瞬間を思うと、千夏の頭は一期に快楽で蕩け堕ちた。想像の中で歯ブラシは歯ブラシではなくなり、大喜の指や下へと変換されてしまう。
二度と使い物にならないほどショーツは粘液にまみれ、息が詰まり瞳は焦点を失っていく。ほどなくガクガクと腰が震え、爆発的な解放感がやってくる。行き場のない締め付けの後に来る弛緩をむさぼる、その快感はまるで麻薬のようだ。
なにも考えられず、考える気もしない。ただただ千夏は、その波にたゆたっていた。
……………………
………………
…………
……
数分かそれとももう少し経ったか、冷静さを多少取り戻した千夏は天井を仰いだ。
「あー……そろそろ寝ないと……なあ……」
痙攣は治まり脱力した身体を引き摺り、ノロノロと着替えてシーツも代え、一通り整えてからベッドに再び横たわる千夏。
明日もまた朝練がある、だらける暇はない。男が出来たから闘志が鈍った、などと言われては沽券に関わる。自分はともかく大喜を悪く言われるのは許せない、千夏はそう思って生きている。
しかしその一方、流されてしまいたい気持ちもあるのだが――見やったドアはピクリとも動かず、隣からも物音はしない。もしも大喜が察してこちらへ来たならば、それで口実になる。……そんな事が出来るほど大喜は器用でも無いのだが、千夏がそれを知る訳でもない。
だからこそ今夜も千夏は、丸くなって眠るのだ。幸せな夢を見ながら。
人間は理性で本能を抑え込んでいる、その箍は余りにも脆い。
ちょっとした深酒で完全に飛び、わずかな時間とは言え意識が無防備になるものだ。
進級を祝って『今日くらいは特別特別』と呑ませた由紀子も悪いが、千夏も千夏でまったく遠慮せずカパカパとグラスを空けていった。そもそも栄明女バスの悪しき伝統、試合後のお疲れパーリーを定着させたのが他ならぬ由紀子の世代。本能のままに肉を食い酒を煽る山賊女子会でこそ無くなったとは言え、現代でもコッソリとではあるが酒を嗜む良くない習慣は残っている、それはOGとして由紀子も聞いていた。さすがに大喜が起きている時間は親として酒を呑まないのだが、自分達の夢を継いでくれた千夏とは常々一緒に呑みたく思っており、大喜が『疲れた』と早々に寝てしまった今夜は絶好の機会だった。
ホロ酔いのまま風呂を終えて更に火照りきった身体は本能に逆らえなくなり、そして今現在。
千夏はどうにか冷静にならないよう必死で自分を取り繕いながら、すやすや眠る大喜へと覆い被さっていた。
退くタイミングはあった、しかしその時はまだ理性が飛んでいた。飛んでいたから、引き際を謝った。言ってしまえば、それだけの話。しかしそうやっている間に、本気で理性は侵食されてしまってる。狂人のふりを続ければ狂人になる、それは仕方がない。天使のような寝顔を見ていると触れたくなり、触れてしまえばその先を求める。人間なんてそんなものだ。
指先で感じた頬の暖かさを唇で、そして舌で味わいながらそれを実感する千夏の肌は内側から熱さを増していく。
「大喜くん、寝てるよ……ね?」
頬に落としたキス、しかしそれでは満足できず千夏の舌は大喜の顔を這い回る。たちまち唾液にまみれていくそれを目の当たりにして尚、千夏の勢いは収まらない。酒の助けで崩れた理性は、薄紙一枚の役割さえ果たせはしなかった。
服を剥ぎ取りながら舐め下ろす舌は薄く色付く乳首をねぶり、鍛えられた腹筋の段をなぞりそして。更に下へと、降りていく。
ムッと込み上げる牡の臭いはしかし、強かに酔った千夏を食い止める程の効果はない。程無く脱がされて露になったそれへと、千夏の舌は伸びていく。頭をクラクラさせる蠱惑の性臭を浴びながら沸き上がるのは、不快感とは真逆の感情。
舌愛撫によって膨れ上がり硬度を増していく大喜自身への愛しさと燃え上がる性欲が、千夏を突き動かしていた。
愛液の飛沫を溢しながら自身の股座をかきむしり、千夏は膝立ちで眠り続ける大喜を跨ぐ。
腰の下には勃起し天を向く大喜自身がそびえている、このまましゃがみこめばそれで本懐を遂げられる。千夏の側にも経験済みの友人は何人かいて、初体験の話も聞いている。痛いとか異物感がとか色々と言われたが、それを自分が耐えられないとは思わないのが千夏。いつも痛みと苦しみを捩じ伏せて生きてきたのだから、怯む気もしてはいない。
意を決してでもソロソロと腰を沈めていくと、存外に頭の部分は抵抗なく入っていく。違和感を覚えたのは、中腹に入ってから。腹の奥にある
「ぅ……ぃっ」
肉が裂ける痛みは数秒だけ残留し、涙と共に掻き消される。圧倒的な、快感によって。
腰と腰が完全に密着し、粘膜が癒着したかのようにぴったりとあわさって、鼓動と体温を伝えあう。それだけで普段のオナニーを上回る快感がふきあがり、更に獣の本能が激しく腰を振らせて治まらない。抉られる膣壁が、突き上げられる子宮が、無限に快楽を貪ろうと躍起になっている。それに合わせて胸を愛撫しながら吐くのは、嗚咽混じりの桃色吐息。たちまち瞼の裏には稲妻が走り、脳が焼ききれていく。ここで心臓が止まったなら、どんなにか幸福だろうか、などと考えてしまう程に。
そして訪れるのは、それさえ吹き飛ばす暴力的な快感の予兆。千夏の膣内にある大喜が、ひときわ大きく脈動したのだ。知識に乏しいとは言え義務教育は当の昔に終えた千夏、今起きているのがどういうものなのかはハッキリと理解できる。
大喜はもうすぐ、射精する。それを受け止めたなら、自分がどれ程気持ちいいか。千夏の頭にはそれだけがあり、妊娠のリスクなど何処かへ行ってしまっている。いや正確に言えば意識の端には残ってはいるが、殆ど興味がないしそれはそれで良いとさえ思えている。
それよりも大事なのは、大喜を深く深く愛することなのだから。
千夏が身体を折り曲げてキスをした、その瞬間。大喜はそれに堪えるように、腰を振るわせた。
「あー……は、あ……。出て、る……」
膣内射精によって醸し出される快楽の暴風、それに身を任せて脱力しガックリと倒れ込んだ――その時千夏は目撃する。
散々やられても動く気配の無かった大喜の瞼が、薄く開くのを。
「……ん……ぁ……? 千夏せんぱ、い……?」
僅かに上がった小さな声に、今度こそ千夏の心臓は止まりかける。まだ酒毒の中にある頭でも、寝込みを襲って跨がっている自分が如何におかしいかは理解できているから。
しかし千夏は強引で聡明な女である、無理を通して道理を蹴り飛ばすのが商売だ。
とっさに大喜の視界を手で塞ぎ、腰を上げて重圧から解放すると共に言い放つ。
「これは夢です、大喜くん。夜中にえっちな夢を見ただけです、だから大喜くんはすぐまた寝てしまいます。良いですか?」
余りにも力業である、余りにもバカな話である。普通であればもめるどころか警察沙汰にもなるであろう、だがしかし。しかして我らが鹿野千夏は想像を絶する程の強運を持ち、その彼氏は思った以上にぽややんとしていた。
「あー……そっかー……」
ほんの少しの思考時間もなく、大喜は寝ぼけ声を残して夢の中へと旅立ったのだ。いや、いやいや。いやいやいやいや、それで良いのか。千夏自身自分の立場も弁えず心のなかで突っ込んだが――それで何がどうなる訳でもない。
大喜の熟睡を再確認すると、千夏は再び腰を打ち付けていく。一回平気だったのだから次も大丈夫、などと嘯きながら。
後処理を終えてフラフラと大喜の部屋を出て、そのまま眠りについて朝。千夏は昨夜の酒による頭痛を抱えながら、ベッドの上で悶えていた。後悔に苛まれたのは、寝起きのほんのわずかな時間だけ。なにしろ物を考えない、重ねて言うが一速と七速しかない女である。やった事はやった事、そもそもカップルなのだから責められる謂れはない。そう本気で思えるくらいには、千夏は真っ直ぐな性格をしている。
それよりも身体に残る発情の余韻が頭痛とおかしな形でまざりあい、下腹が疼いて止まらない方が現状問題といえる。そろそろ止めて身支度をしなければ朝練に響く、それが分かっていても。
オナニーばかりしていては、人間生きていけないのだ。
「んー……ぁー……っ」
そろそろ終わらなければ、と意識を固めてどうにか身を起こした千夏。その太股には粘液が滴っているが、それを気にする猶予はない。乱暴に拭ってそのまま、ゆっくりとベッドから離れていく。今日もまた学校がある、寝てはいられない。今日を生きれば明日が来る、明日が過ぎれば明後日が来る。それを積み重ねれば、それで済む。
その先がどうなろうとも、なってから考えればそれで良いのだから。