やらない後悔よりやった後悔、というのは少し違うと思う。やるもやらないも、選択の結果だから。今の私は日本に残る選択をしてそれが最善だと信じてるけど、日本を去る選択をした私はそちらを最善だと感じている筈なのだ。向こうで新しい出会いをして、もしかしたら恋もして。栄明の事は思い出として心に留め置き、人生を満喫していただろう。もしこうしなかったらどうなっていたやら、と振り返ってみたり。
でも私は、そうしなかった。両親を説き伏せて栄明に残り、猪股家へ居候して、ひたすら夢を貫いて――そして大喜くんを好きになった。
もしもの事を考えても意味はないんだ、私は今こうしている私一人しかいないから。 選んだ道は険しくても間違ってはいない、迷ったって真っ直ぐ前を向いて歩いていれば気付かないで進んでいける。
だからそう、私の選択はいつだって正しい。結果的には、だけどね。
――今こうして大喜くんを押し倒しているのだって、きっと二人の未来の為にはマイナスにならない。……と良いなあ……うん。
まったく、困ったものだ。〽愚痴も言うまい悋気もすまい 人の好く人持つ果報、なんて都々逸もあるけどさ。しかしまさか、またしても蝶野さんに鞘当てくらうとは。『大喜に告白したんです』と言ってくれたのが二年の文化祭前、そして今度は『大喜にキスしました』と来たもんだ。
これはもう殴って良いんじゃなかろうか、とさえ考えた。フリーな時ならともかく他人のモノになってからはダメだろう、そんなの。
でもなあ寄りによってバイト先での事だしなあ。仕事中に突然押し掛けて来るのはまだしも、ロクでもない事言い出さないでほしかった。
とは言え、なんであれ。それで私が怯む事なんて無いわけで。憚りながら言わせてもらえば、この鹿野千夏を舐めないで頂きたい。自慢になるけど栄明女子バスケ部の鹿野千夏と言えば、日本では私一人。
どんな相手からも逃げ出したことはない、どうあれ全力で戦うのが私の流儀。それに修羅場は数をこなすと楽しみに変わるのだ、目の前にいる
だけれども、だ。実は私が殴るまでもなかった。
隣にいた後輩ちゃん――兵藤さんだっけ、女バドの子がすかさず蝶野さんをすぱんとひっぱたいていたから。
「蝶野先輩、それはさすがに色々ルール無用すぎます。て言うか私には大喜先輩諦めさせましたよね? なのに人が見てないとこでなにやってんですか怒りますよ、なんでそうも彼女持ちを追い詰めるんです」
「えー、私はちゃんと大喜を好きになったけどあかりちゃんは『もしかしたら好きかも』止まりでしょ。私の味方してよ友達でしょー」
「そもそも蝶野先輩には俺が居るでしょうが、大喜先輩には勝ててないけど俺真剣に蝶野先輩好きですよ」
そして前に一緒にバドやった大喜くんの後輩……遊佐くんがそこに割って入り、更なる追撃を開始する。あ、そうなんだ。それで大喜くんに突っ掛かってたんだな、この子は。
なんだか私が知らない間に色々あったんだな、兵藤さんの件もだけど。前に大喜くんをかっこいいとかなんとか言ってたのは聞いたけど、そういう感じになってたとは。
そんなこんなで話はそれまくり、その場はぐっだぐだなまま散会と相成った。
まあ大喜くんは可愛いし可愛いからモテるのは仕方ない、それに気持ちはちゃんとわかってる。私は大喜くんが好きで、大喜くんは私が好き。そこが揺らぐことは、多分この先も有り得ない。
キスされた事を黙っているのは、私を心配させたくないから。いつだってそうだ、大喜くんは優しいからね。優しくて――ちょっとだけ心配性で及び腰。私たちがキスするまで、どれくらいかかったことか。
……そこなんだよなぁ、大喜くんの問題点は。今のままゆっくりまったり過ごすのも良いんだけど、もうちょっとアクセルふかしても良いんじゃないかなって。渚に『一速と幻の七速しかない』とか言われた私が口にする事でもないけどね。
蝶野さんにあれこれつつかれても面倒だし、いっそ一足飛びに大人になっておくと言うのも手だろう。
本音を言えば、すぐにでもしたいし。大喜くんと、そういう事を。
興味はあるし下心もある、それをなかなか形にできないだけで。
その心の箍をどう外すか考えたけれども、どうにもうまくいかないままに時間が過ぎてしまった私は焦った末に――考えるのを止めた。
無い頭で考えたって仕方ない、とりあえずぶつかろう。策がなくたって突き進め、いつだって動いてから考えてきたじゃないか。
女は度胸、だ。
……うん、私はそう思ったのだ。だからこそ付き合って二年目になる本日一月四日、大喜くんを招いてあれこれテンパり倒した末に押し倒していると。
悪手と言えば悪手だろう、しかしこれ以上我慢したくない。
「ごめん。でもさ、私は――したいんだよ」
大喜くんに触れたい、触れてほしい。愛したい、愛されたい。蝶野さんの事よりも何よりも、それが本心なのだと気がついたから。悶々とした時間は、そこへと収斂する。
私の愛は歪かもしれない、でも間違ってはいないと思うのだ。
キス、キス、キス。言葉より雄弁な唇が、それを大喜くんへと伝えていく。伝わっている、筈だ。
粘膜が擦れあい体温を交換し、興奮が高まっていくのが分かる。身体の芯が熱く燃え上がり、心を焼いていった。
そしてそれは、大喜くんも同じなのだろう。重なりあう腰の下に、何かが盛り上がっていくのを感じるから。
指を這わせて布地から解放されたそれは、思った以上に硬く大きくそして熱い。
本当にこんなのが入るんだろうか、ちょっと厳しいかもしれない。いや、弱気になるな私。血を流すのも傷つくのも慣れたものだ、平気平気。夢佳も大丈夫だったらしいし、て言うか宗介くんの方が痛い思いしたようだし。『痛ぇ抜け殺すぞ変態メガネ!』と殴り飛ばし蹴り倒し散々ボコボコにしたやった、とかなんとか。なんであれはすぐに手が出るかな……。
それはそれとして、だ。
僅かに身体を起こして私も自身をまさぐり、濡れ具合を確かめていく。……うんまあ、だいぶ酷いな。このショーツは処分だな、安物だし良いや。
「あー……多分出来るとは思うけど……、失敗したらごめんね」
モーメントの向き的に、上手く行かないと折れたりしそうだけど……まあそうなったらそうなったらそうなっただ。他人の身体だし、ってそれは不味いか。
一旦離れて下を脱ぎ捨て、大喜くんを仰向けにして。その屹立する……それへと跨がるように腰を調整していく。
重力の力を借りて、のし掛かろうと言うわけだ。これが一番手っ取り早い、と聞くから。
荒く息を吐きながらその時を待つ大喜くん、その
「……っ」
みしりと骨盤が軋み、熱い塊がお腹の中を逆流する独特すぎる感覚。内臓を抉られているのに、それを不快だと思わない。むしろ大喜くんが私の中にいるという事実に対して、脳が焼けるような快感が膨れ上がってくる。
一息毎に肌は火照り、視界が歪みだしてようやく私は――気が付いた。これはなんだか、おかしいぞと。
普段は時間が惜しくて速度優先のオナニーをしているとはいえ、時間が取れる時にはじっくり楽しんだりもする。その中で自身の振れ幅というか、興奮の速度や限界は把握してるつもりだ。なのに今の状態は、どう考えても感じすぎている。大喜くんがただ触れているだけで、それがそのまま絶頂へとかけ上がってしまう。ただ
だが、それでも。押し寄せる快感の奔流は、余りにも暴力的に過ぎる。
身体が密着し、大喜くんをズルリと呑み込んだ瞬間、私の身体は意に反してガクガクと痙攣を始めた。意識は根こそぎ刈り取られ、もはや身動き出来そうもない。
しかし視界が消える刹那、呻くような大喜くんの声が意識を揺り戻した。
「あ……の、出ます……!」
出る、何が。そう一瞬だけ考えたけれど、結論はそれこそすぐに出た。射精、だ。大喜くんが私の中で、果てようとしている。
それがどういう事かくらいは知っている、だからこそ私は躊躇わない。
身体を折り曲げキスをして、囁く。良いよ、と。
次の瞬間、ドクンと体内が脈打った。
「あ、あー……あぁ……」
焼けるように熱い、これが精液か。後から後から溢れるそれが私を充たし、燃え上がらせる。
愛しているから、大丈夫。どうなろうと、大丈夫。
そんな思いで再びキスの雨を降らせていると、ふと私は気が付いた。お腹の中で、大喜くんの位置が変わりつつある事に。
すでに一番奥まで来ていると思っていたのに、まだ先へ行こうとしている。というか私の体重で、ミシミシとめり込んでいっている。あれ、と思う暇もなくさらに上へと大喜くんが入り込む。
いやこれは、不味いのではないか。先ほど大喜くんを受け入れた時に近い感覚が、私の最深部で起こっている。これは、まさか。……子宮にまで、到達しようとしているのか。
日頃意識したことがない箇所に熱と圧迫を感じる、でもそれは嫌悪どころか悦楽しか呼び込まない。
「うわ、あー……」
落ちきった腰の先で、私の中は隙間なく大喜くんで埋まってしまう。寸毫でも動いたらどうにかなってしまいそうで、でも留まっていられるほど平生ではいられない。意識より先に身体が動き、まるでスクワットのように激しく腰を振ってしまう。
とりあえずここはもう、身体に任せるしかなさそうだ。制御するのはちょっと無理、少しだけ失神しよう。その間はオートパイロットだ、任せるからどうにかして私。
――そして愛してるよ、大喜くん。
…………………
………………
……………
…………
………
今は深夜なのか明け方なのか、それさえ分からない。
そんなことは、どうでも良いし。
頭に昇っていた血が降りてきたのか、多少なりとも理性を取り戻した私はベッドの上で狼狽えながら転げ回る。大喜くんを起こさないように、ではあるけど。
やっちゃったなぁ、やっちゃったよ。勢いに任せて襲ってしまった、どうしたものか。
お腹の奥に感じた痛みはとっくに去り、むしろ喪失感さえある。もっと繋がっていたかった、なんてね。
「んー……」
ぐちゅりと音を立てて肉の併せ目を開くと、トロトロと白濁液が溢れてシーツに沁みていく。まあ既に散々汚した後だ、これも捨ててしまおう。洗っても多分使い物にはならないだろうし。
指先を中へと滑り込ませ、粘液の中をゆっくりと進む。さっき大喜くんが辿った道筋を、膣内に思いながら。
あの後も多分結構な回数射精したのだろう、お腹が重い。まあまさかこれで即妊娠とからしないだろうけど、さ。
数日前まで普通にしていたオナニーになぜか物足りなさを感じてしまうのは、やはり大喜くんを知ったからだろうか。太さとか長さではなく、その愛の形を。
でもまあ、これはこれで良いものだ。今から大喜くんを起こすのも気の毒だし、ここは一人で済ませて寝てしまおうか。
空いた手は胸元をはい回り、隆起しつつある乳首を探しだし弄りだす。そうだ、今度は大喜くんに色々触ってもらおう。自分でするより、その方が良いかもしれない。
何て考えた性か、普段より濡れ方は激しい。全く私という人間は現金で困るな、反応しすぎる。
早めに終われそうで何よりか、うん。
ゾワゾワと背筋をかけ上がる快感の波を捕まえ、思う様に乗りこなす。持ち主の思う通りに動いてくれる、長い付き合いの我が身体は今日も好調だ。頭の奥にある快感の華が拡がりつつあるのを感じながら、かきむしるように指を浅く抽送し続ける。もっと激しくもっと深くしたい、でも流石にそれはちょっと疲れるな、
キリの良いところで折り合いを付けて頤を跳ね上げ、ラストスパートの果てに口の中だけで喘ぎを噛み殺す。弛緩していく身体、でも鮮明になっていく意識。その中で思うのは、大喜くんの笑顔。
どうしようかな、起こしちゃおうかな。でも明日は大喜くん昼前には家に帰らないといけないし、ここで搾り取ってしまうのは良くない。ああ、もどかしい。
結婚とか、したいな。隣にいたい、死に水取って上げたいし同じお墓に入りたい。まだまだ先の話だけど、ね。
余韻に浸りヒクヒクと震えるそこから引き抜いた指で。そっと大喜くんの唇をなぞってみる。
さて大喜くんは起きた時、なにか違和感に気付くだろうか。生臭いな、とかは言わないでほしい。
「あー……楽しい」
意識を手放す寸前に能天気な事を口にして、そのまま目を閉じる。きっと明日も幸せだろうな、なんて思いつつ。
怒濤のような一夜が終わり、それでも日常は帰ってくる。大学の冬休みが終わり、般教の単位をどうするか考えたりバイトに精を出したり、そんないつもの日々は滞りなく進んでいく。驚いたことに人間の恒常性と言うのは、そうそう崩れはしないらしい。
相変わらず蝶野さんは余計なことをしてくるし、大喜くんは可愛いし。夢佳も花恋も、変わることなく彼氏を振り回している。
……実を言えば私たちを取り巻く状況は、やっぱり少しずつ迷走し始めている。二回生になる私ととりあえず私大に入る大喜くん、生活はまたしてもすれ違うだろう。同じ学校にいる訳じゃないし、お互いそれぞれの人間関係がある。毎日ドタバタで、落ち着かなくて、でも何となく幸せな日々。
――しかしおかしいな、私の人生ってこんなにも間の抜けた
いや、もしかしたらみんな夢なのかもね。
思い通りではないけれど、でもそもそも大抵の事は予定通りにはいかない。だからきっと、大丈夫。
私たちはまだまだ、お互い知らないことばかり。これからずっと一緒に、よろめきながらも歩んでいける。