嵐のように過ぎ去った日々は、楽しかったけど正直辛くもあった。誰かを好きになるというのは、もっとキラキラしている事だと思っていたのに。
大喜の事が好きなんだと気付いてしまってから、どれほど悩んだだろう。今まで通りに過ごしたいのに、それがどんどんキツくなる。この関係を壊してでも先へ進みたい、そう思ってしまうから。勝ち目がないと分かっているのに、自分を抑えられなかった。
まったく、疲れる話だ。
私はどうしたかったんだろう、大喜の気持ちは知っていたのに。私は千夏先輩を好きになって、輝きを増していく大喜の姿に惹かれたのだ。だから覆らないと確信して、それでも挑んでいった。どうにもならないからこそ、熱くなってしまったんだ。
恋に恋するとは、まさにこういう事なんだろう。
色々な恋をしたけれど、度々振り返るのは大抵哀しくも懐かしい大喜への失恋ばかり。
そんなにも特別な恋だったのだろうか、それとも理由は違うのか。
何にせよ目を閉じて思い返す、過ぎた日の恋たちの名残を。
あんなにも泣いたのが嘘だったかのように、いつの間にか私は立ち直っている。千夏先輩と大喜が付き合いだした、と聞いても特に困惑したりはしなかった。……菖蒲は「雛っちの気持ちを考えてない!」とか大騒ぎしてたけど、なんであれはああも一人で賑やかなんだろうな。
まあ、それはそれで構わない。と言うか、こっちはこっちで大変なのだ。引き摺る暇なんかあるか、ってくらいに。
菖蒲にもにいなちゃんにも言っていないけど、実は私産まれて初めて告白されたのだ。同じクラスの、伊藤くんに。
そう言えば去年の夏に花火大会で一緒に行こうって誘われたっけ、あの時は大喜の事で頭がいっぱいだったけど。でも伊藤くんは、その頃から既に私が好きだったらしい。……なんだろうなぁ、私って視野狭窄なのかな。気づきもしなかった。
告白されるってこんな感じなのか、と呑気な事を考えつつ私は思った。ここで返事を保留するのは絶対によくない、と。私自身大喜に「返事はしなくて良い」なんて言って長々と悩ませたし、それに私だって悩んだんだから。
永遠に近い数分間を経て私は伊藤くんを抱き締め、そしてその想いを受け止める旨を告げていた。
それまで伊藤くんを恋愛対象として見た事は無かったけれど、でもまあ無理だとは思わない。何より私を好きだと言ってくれるのが嬉しい、隣にいてくれるのが頼もしい。大喜には感じられなかったな、こういうのは。追いかけるばかりの日々だったから、これは新鮮で良いかもしれない。
学校帰りの
問題があるとすれば、とにかく忙しいという事だな。一方的な片想いよりずっとずっと、大変だ。それに大喜からは感じなかった
そこから更に厄介なのは、私自身もそっち方向へと変わりつつ有るという事。無防備に晒すうなじ、僅かに隙間から覗く薄目の胸板。そういうのを見ていると、お腹の奥がキュンとしてしまう。恋というよりこれは、発情に近いような。
もう齢16の身だ、こうなったっておかしくはないんだけどさ。
夏も近づき外は青葉が繁る季節なのに、私たちは薄暗い部屋の中で見つめ会う。部活の追い込みと親に嘘を吐いて、こんな所で何をやっているのやら。いやまあ、考えるような事ではないんだけど。
私と伊藤くんがいるのは駅裏の入り組んだ路地を抜けた、立地が良いのか悪いのか分からないラブホテル。やろうとしているのは一つ、……セックスだ。
初めてのキスをしてから、なんとなく「その先」を意識するようにはなっていた。どちらが言い出したとかではなく、二人きりでいたときふとそんな空気になって、でも今はまだ抵抗有るし次の休日に、という流れで現状こんな感じになっている。我ながらなんとも無計画な話だな。まあでも皆の話だと、会話が止まってそのまま勢いで押し倒したとか押し倒されたとか言ってたし、むしろ日取りを決めて仕切り直せた私は理性的なんだろうかな。
頭の奥が変に冷静なまま、私の背中はゆっくりとベッドに軟着陸していく。覆い被さる格好の伊藤くんの顔は私のおっぱいに埋もれ、細かい表情は読み取れない。……いやまあ熱い息を感じるからものすごい興奮してるんだろうなってのは分かるけど。どうも伊藤くん、おっぱいが好きらしい。そんなに立派なものでもないんだけど、夢中で顔を挟み込んだり吸ったりと嬉しそうだ。
男の子って、可愛いな。
頭を撫でてあげながら見ていると、伊藤くんの腰が不自然に浮いていると気が付いた。いや不自然ではないのか、これが自然なんだろう。暗がりの中でチラチラと見えるその――オトコノコは明らかに猛っているから。まじまじと見るのも失礼だしさっきまで視界からはずしていたけれど、こうなると見ないわけにもいかない。
なんというか、凶器っぽいデザインだな。槍というか棍というか、結構な
やっぱり私は伊藤くんを、好きになったんだな。身体を預けても構わないと思うくらいには。
御互い初めての事だ、上手くいくかどうかは分からない。だけど挑んでみるのも人生だ、どうにかなるさ。
薄いゴムの皮膜を纏い、天井を向いたオトコノコを手で支え荒い息を吐いている伊藤くん。大きく足を開き、その中心を晒して待つ私。
後はもう、受け入れるだけ。身体の深い場所に他人を招き入れるという背徳感と、本能に裏付けられた期待がない交ぜになって止まらない。
「あ、……の蝶野さん、行きま……すっ」
ギシリと傾ぐベッドの上で、小さく頷きながら私は見つめる。肉の槍が粘膜に押し当てられ、ゆっくりと呑み込まれていくのを。
指さえ滅多に入れない箇所が太い塊に抉じ開けられ、骨盤がミシリと音を立てた気がした。でもそれは鋭い痛みに掻き消され、跡形もなくなってしまう。
裂けた、としか言いようがないこの感覚。身体を真っ二つにされるようなこの痛みは、話に聞く生涯一度のもの。セックスを経験した、という証。
もしかしたら、もしかすれば。私にこの痛みを刻むのは、大喜だったかもしれない。なぜそうならなかったのか、そう出来なかったのか。敗残者の弁なんて意味はないけど、でも思ってしまう。
――と。
「蝶野さん、その、大丈……夫?」
目の前まで来ていた伊藤くんの唇が心配げな声を漏らして初めて、私は自覚した。頬に伝う涙を、そして口から溢れていた呻きを。
まったく、良くないな。こうやって新しい人を好きになって、肌を合わせて、それでもまだ未練があるのか。
そうじゃないだろ、そんなタイプじゃない筈だ。不死身の身体と不屈の闘志で折れず曲がらず突き進む、赤毛の美しい女。それが私、蝶野雛じゃないか。
「ん、平気……だよ」
まだ痛みは消えていないけど、そこは根性だ。こんな重い女を好きになって「初めて」を捧げてくれた伊藤くんの為に、私はどうにか笑顔を形作る。
そしてそれは、伊藤くんにちゃんと伝わってくれたようだ。少しずつ腰を動かしながら、気持ちよさげに喘いでくれているから。気を遣うより、そうやてくれる方が良い。
お腹の中を擦られる感覚は馴れないけれど、ヘコヘコと必死で腰を振る伊藤くんはやっぱり可愛い。
それがどれくらい続いただろう、不意に伊藤くんの身体が硬直した。なんだろうといぶかしんだ瞬間、何かが私の中で膨れ上がったのに気づく。膣内に風船を入れているような――って。
「伊藤くん、その……射精した、の?」
恥ずかしそうに頷くその顔は真っ赤になっていて、でも満足そう。私は痛い方が大きくてあんまり気持ちよくなかったのに、一人で気持ちよくなっちゃって。ああまったく本当に、……可愛いんだから。
結局伊藤くんとは栄明を出てからすぐ疎遠になって、いわゆる自然消滅に到ってしまった。……たしかそのはずだ、うん。私は卒業と同時に日本ナショナル選抜に入り、伊藤くんは学力と家庭環境の折り合いを付けて程々の私立大学へと進んでいったから。嫌いになったわけじゃないし、会おうと思って会えない距離でもない。だけど何処かで、そうする必要を感じなくなっていた。
言い方は悪いけど、飽きたんだろうな。好きでいてくれてありがとう、でももう良いかなって。
好い人ではあっても身体の相性はそれほどでも無かったと言う事なのか、伊藤くんとのセックスでそこまで強く感じたりはしなかった。と言うか今思い返せば、伊藤くんタンパク過ぎたな。一回射精したらもう青息吐息で、手を繋いだままベッドでお喋りする時間の方がよっぽど長かった。
いやまあ当時はそれが楽しかったんだろうけど、自覚しないまま不満が溜まっていたんだろう。それを口にしなかった私も悪いんだけど、さ。
伊藤くんとの付き合いはほんの一年程度だった、けど大事な時間だったのは確かだ。
自分を削って研ぎ澄ませなければ戦えなかった私に、頼ることを教えてくれた。だからこそしっかりと覚えているんだろう、そうでなかったらとっくに記憶から消えている。
そのあと付き合った人達のように。
瞼の裏側をバチバチと稲光が駆け抜け、一息毎に意識が刈り取られそうになる。それでも抵抗しようなどとは思わず、身体は快楽におもねっていく。
何度も何度も夜を過ごしてセックスが気持ちいいと分かりだしてから、私の人生は大きく変わったから。
ドクドクと子宮口目掛けて放たれる精液の熱さを感じ、気絶しそうなほどに高まった絶頂を吐き出してぐったりとベッドに背を預ける。競技に集中する目的で飲み始めたピルは、すっかりこの瞬間の為になって久しい。生でするセックスが好き、膣内射精が好き。刹那的で享楽的な今の私を見たら、昔の私は呆れてしまうだろうな。
今私を貫いている何人目かの恋人は、とにかくセックスが好きで上手な人。たぶん歴代で一番、えっちな人だ。
そのオトコノコがズルリと引き抜かれたのを感じて私は身を起こし、その先端にキスをする。苦くて生臭いキスは、でも興奮して収まらない。尿道に残った精液を吸い上げ、そのまま根元までくわえ込んでしまう。お掃除フェラ、だったかな。奉仕なんて柄じゃないけど、萎えかけていたオトコノコが口の中で再び立ち上がるのが私は好き。
もっともっと頑張って、と心の中で応援しながら舌を這わせる私。その頭を優しく撫でてくれる彼の手は熱くて、そして大きい。今までどれくらいの女の子を相手にしてきたんだろう、どれくらいセックスしてきたんだろう。そう思いはしても、私は聞かない。私を好きかどうかも、一々聞きはしない。
好きにならなくても、好きになってくれなくても、セックスは出来るし気持ちいい。それに気が付いてからは、細かい事を考えなくなった。
良いじゃないか、それで。たかだか恋愛だ、そんなもんだ。一番大事なのは新体操、それを彩るスパイスで良い。快楽に首まで浸かってもまだ溺れてはいない、国体選手としての立場は保っている。日本を背負って立つエースオブエース、それが私だ。
「んー……っ。 ねえ、もう一回……来てくれる?」
口を離すと今度は四つん這いになって、ベッドの上でお尻を振って誘ってみる。このポーズだと精液まみれのオンナノコもなにもかも丸見えだけど、それがまた堪らない。私にとっても彼にとっても、だ。
こうやって誘って、でも「いやもう無理」みたいに言われたことはない。今までベッドを共にした全員、ノリノリで私の腰をつかんで挿入してきたものだ。
――もしこんな事を出来る
捩じ込まれる熱い肉塊が膣壁を抉るその圧倒的な質量に、小さな追憶は砂になって消えていく。視界は白く染まって顔はいつしかシーツに擦り付けられ、私はただのオナホールに成り下がる。一方的に性欲を叩きつけられているという事実が、私を狂わせて止まない。
でもそこでただ自分勝手に動くのではなく、こっちの事も考えてくれる所が彼の良いところだ。
快感に潰されていた意識が浮上するその刹那、まるで狙い済ましたように。パァンと私のお尻が派手な音を立て、強く強く打たれる。私の望み通りのタイミングで。
「うぁ、ぐぅ、あ……っ」
打楽器扱いでリズミカルに奏でられるスパンキング、それに合わせて弾ける喘ぎ声のユニゾンが興奮を煽るんだろう、私の中を蹂躙する力も速度もどんどんと強まっていく。まるで子供の腕をねじ込まれているかのようで、内臓が押し潰され骨盤は軋んで、背筋がボキボキと音を立てる。
乱暴で強引で、でも私が必要以上に傷付かないように配慮した荒々しくも優しいセックス。どうも私はMっ気があるんだろうか、こういうのは悪くない。前彼の時みたいに跨がって腰を振るのも良いけど、どちらかと言えばこっちかな。
怒張の張り詰め具合を膣肉で確かめながら、御返しに思いきり力を込めて締め上げると待ちかねた惷動がやって来る。
「ぁ、あー……。出てる出てる……っ」
さすがに経験豊富だからか目一杯腰を押し付けながらの射精を受け、子宮口に亀頭が叩き付けられ白い奔流を撃ち込まれるイメージが脳裏に広がる。そのまま中まで染み透り、卵菅まで犯される所まで妄想しつつ私は満足して息を吐く。
このまま彼の子供を身籠って引退してしまおうか、なんてのは甘ったる過ぎるな。私は彼の「一番」ではないし、それにそこまで自分を安く見積もってはいない。遊びは遊び、だからこそ楽しいんだ。数えきれないくらい重ねたセックスの中で、私はそれを悟った。気持ちを深く入れすぎると、心配ばかりで楽しめない。これくらいで良いんだ、きっと。
……あれだけ遊び倒しておいて、それでもオリンピック出て金メダルを取ったんだからあの日の私は色んな意味でどうかしていたな。余りにも忙しかったせいか、高校卒業してから新体操引退する27歳までの彼氏たちの事殆ど覚えてないんだから、私もイカれてたもんだ。肌を合わせた中で一番鮮明なのが伊藤くんの記憶って。それに短いときは一晩持たずに別れて、その足で逆ナンしたりもしたな。どんだけ尻が軽かったんだ、あの頃の私は。
指導する側になって時間もあいて、漸く落ち着けた感じがする。ピークを終えた下り坂人生、なんて揶揄される事もあるけど。
それに余裕ができたお陰で、私は再び千夏先輩に会えた。あの賑々しい日々のなかではきっと、会おうとも思わなかっただろう。喫茶店で古い知り合いと話すなんて、今だからこそ出来ること。
少しだけふくよかになりメガネをかけるようになったけど、その瞳の優しさはなにも変わらない。大学の間に大喜と結婚し、今では三人の娘さんがいる美人ママ。私がプロの現場で汗を流したり男遊びを繰り返していた期間を、この人は穏やかな普通の人として過ごしていたんだ。どっちが上かなんて考える気もしないし、どうでも良いけど。
「大喜くんもね、変わってないよ。栄明にいた頃からずっと、今もあんな感じ」
ニコニコ笑う千夏先輩は年よりずっと可愛らしい、こういう所も変わってないなこの人は。
私は大分変わったけれど、でもそれは悪いことではない筈だ。目の前の元ライバルに敵愾心を燃やすことなく、素直に幸せそうだと思えるようになったのだから。もし昔の私なら、悔しくてやってられないんだろう。
長く会っていないし昔だって仲がよかったとは言いがたい、それでもこうやって同じ人の想い出を語り合える。千夏先輩は本当に、好い人だ。こんな人から想い人を奪い取ろうとしたなんて、信じられない。まったく性悪だったもんだ、過去の私は。千夏先輩を泣かせて大喜の気持ちを踏みにじって、そうやって本懐を遂げていたら私は今より幸せだったんだろうか。いや、そんなわけはないな。
こうして話していて、やっと分かった。
私は大喜を誰よりも愛していたから忘れられないんじゃない、自分の物に出来なくて悔しいから忘れなかっただけだ。私はずっと、自分しか愛していない。人に愛される自分が好きなだけで、誰かを愛したいとか思ってさえいなかった。まったく、良い歳して子供みたいに。
まあ、良いか。人生100年時代、折り返しにさえ達していない身なんだから。ここからどうにか軌道修正して、幸せになろう。一応はまだ若者のカテゴリにいる、まあクリスマスはとっくに過ぎたけど売れ残りって訳でもないさ。
「……あーあ、私も結婚しようかな。大喜より優しくて好い人、どっかにいませんかねぇ」
そんな優良物件そうそう無いか、と自分で言いつつ私は伝票片手に立ち上がる。向こうが先輩とは言え主婦とは経済力が違う、こっちが払うのが礼儀ってもの。こちとら元オリンピアンだもの。
別に大喜を忘れるとか今までの人生を否定するとか、そういうのはしなくて良い。背負って引きずって、それでもネチネチ愚痴らず前を向いて進もうってだけだ。背中の羽根はもう無いけど、まだまだ私は止まらない。
空はアオく澄みきって、前途は洋々。さぁて行こうじゃないか、この蝶野雛は負けないのだから。
「千夏先輩お子さん三人いますよね、10年くらいしたらどれか一人と付き合って良いですか?」
「……ごめん、うち皆女の子。同性愛は否定しないけど、後輩が自分の子供と付き合うとか、もしかしたら親戚になるとかそういうの正直辛い」
「じゃあ一人くれるだけで良いです、今度そっち行って「私がホントのママだよー」って持ち帰って良いですよね?」
「それ実行したら血が出るまで殴るからね?」