一度決めたら曲がらない、曲がれない。ただただ突き進む、その姿は何処か俺にも似ているのかもしれない。まあ俺の場合は単に頭が悪いだけなんだろうけど。そんな千夏先輩を間近で見てきて、憧れた。憧れは憧れであって恋じゃない、みたいに言われても尚止まらなかった。
雛に告白されて、自分の気持ちが本物なのか迷ったこともあった。でもそれを払拭させてくれたのも、千夏先輩だ。好きな色は青、好きな飲み物はコーラ。俺は変わらない、揺らがない。
雛を泣かせた事を悔やんだ、でも仕方がなかった。それに千夏先輩を好きな俺が形だけ雛に愛を囁くような事も、あってはならない。不毛な時間を終わらせるには、ああするしかない。いつか雛が他の誰かに恋をしたなら、俺はそれを力の限り応援する。もう二度と友達にさえ戻れない、それでも過ごした時間は消えはしない。せめて雛の幸せを願うくらいしか、俺には出来ない。
そんな気持ちで迎えた冬、クリスマスイブの逢瀬を経て。俺は年明けの長野で自分の想いを千夏先輩に打ち明けそして、――お互いの気持ちが同じであると漸く知った。
つまり俺たちはお互いを、好きだったのだ。その事実を以て俺たちの関係は、大きく変わった。先輩後輩でも同居人でもなく、彼氏彼女の関係に。
それはとても嬉しくて楽しくて、幸福にも程がある。だけどそんな中で、俺は思ってしまう。
千夏先輩、グイグイ来すぎなんじゃないかなって。あの人もしかして、一速と七速しか無いんじゃないんだろうか。
「大喜、おはよう」
目を覚まして最初に聞くのが千夏先輩の声になったのは、半月くらい前。
壁の向こうから漏れ聞こえる身支度の音に一々気恥ずかしさを感じていたのが、もう遥か昔にさえ感じてしまう。
気が付けばこんなにも近くで、肌の温もりさえ感じるような――って。
「あー……おはようございます……」
言いながら俺は上半身を起こし、
昨夜も散々やり倒したのに、なんでこうも回復が速いんだろう。オートリペア系のperkとか取ってるのかな。
氷上での告白から一ヶ月、その間にあれこれ色々起きたり起きなかったり。そんなこんなでキスもその先も勢いでクリアし、今やすっかり恋人らしくなった俺たちは日夜、こんなやり取りを繰り返している。何しろ千夏先輩、加減を知らないから。そして
なんにせよ、今からおっ始めるのは辛い。
「あの、朝練行かないといけないんで……」
「ん。んー……じゃあおはようのちゅーだけ要求します」
言えば聞いてはくれるんだよな、言えば。
目を閉じ唇をつき出す大好きな人にキスをしながら、俺はふと思う。今日もまたいつもの一日が始まったな、と。
ついさっきキスをした相手と一緒に体育館で練習に励むと言うのは、やっぱりなんだか照れてしまう。
でも千夏先輩はその辺を意識してるのかしてないのか、以前と変わることなく真剣な顔で練習と向き合っている。思わず見とれてしまいそうになるけど、ここは我慢だ。自分から言った手前もあるけど、それ以上に俺は励まないといけない。
千夏先輩を好きだから、千夏先輩に好きになってもらいたいから。
お互い大きな夢を持つ者同士、支えあって歩んでいきたい。きっとそれが今の俺にとって、心臓を動かす原動力なんだろう。そう思えば身体も動く、何処までも頑張れる。
次のインターハイは千夏先輩にとって最後、俺にとってもそうだ。まだ二年の夏なんだから来年もある、なんて甘いことを言えるわけがない。華々しく闘って勝つ、それだけを目指すんだ。大好きな人に、その姿を見てほしいんだから。
予鈴が鳴るまでは、もう少し。学年も部活も委員会も違う俺たちが学校で一緒にいられる機会は、そう多くはない。
背中を向けつつも互いの存在を感じながら、俺たちは時間まで黙々とトレーニングに励むのだ。
朝練を終えての授業は当然眠い、ただでさえ回りの悪い頭が更に鈍くなる。そしてそれを助長するのが、ついさっき飛んできたメッセ。
いつもの時間、三限が半分終わる直前にそれは訪れた。文面はシンプルにただ一言、『今日もいつもの所ね』とそれだけ。……ほとんど毎日同じ文面なんだけど、それでもちゃんと送ってくれるのはなんとなく嬉しい。授業は真面目に受けるべきだと返してもいいけど、やっぱり咎める気にはなれず了解ですとだけ返しておいた。
好きな人とのやり取りは、それだけで幸福なんだよ。
まあ、でもお陰で――雛にド突かれたりするんだけどな。短い休み時間が始まるなり、机に突っ伏すハメになるのは正直困るぞバカ野郎。
「あーあーまったくヤニ下がっちゃって、どうせ千夏先輩からメッセでも来たんでしょ? ったく帰れば幾らでもイチャイチャ出来るんだから、学校では自重しなさいよねバカ大喜」
顔をあげた先の雛は腰に手を当て俺へと指を突き付けた、荒ぶるツンデレのポーズ。まず人を指差すんじゃねぇ失礼だろ、とはね除けつつ俺は溜め息を一つ。同居バレに繋がるような事を言わないでほしい、付き合ってるのはまだしもそっちがバレると一大事なんだぞ。
「あのさぁ、あんまり言うなよそういうの。お前のせいで千夏先輩が出ていったりしたら、俺はお前を一生許さないからな」
「お前お前と気安いわよ、栄明のスターオブスターズオブスターズこと不死身の蝶野雛様をなんだと思ってんのよ」
ああ言えばこう言うんだから、困ったもんだ。
――でも、とは言え。千夏先輩と付き合いだしたと打ち明けたお陰で、俺たちはこの距離感を取り戻せたんだよな。雛を泣かせたあの日からギクシャクしていた関係が、いっそ完全に離れた事で修復されたんだ。もう恋愛的な関係にはならないしなれない、と分かった事が楔になったんだろう。離婚して他人に戻ったことで仲が良くなった夫婦とかもいるそうだし、そういう感じで。
雑談が出来る関係は、つまり行き止まりの関係。どうでもいい話をしながら、それを実感する。
俺は雛を恋愛対象としては見ない、もう揺れたりもしない。雛も俺を完全に諦めて、友達として友好を保ってくれる。きっとこれは、正しいことなんだ。ほんの少し感じる寂しさも、すぐに消えていく。そんなもんだ。
「あー……ねぇねぇ大喜。聞きたいんだけどー……」
さっきまでの賑々しさが嘘のように声を潜め、周囲を伺いながら雛が問いかけてきた。
なんだよとこっちも小声で聞き返すと、雛は一瞬息をのみそして。
「あの……さ。もう先輩と、その……
……とんでもない爆弾を放り投げてきた。
背筋はブワッと粟立ち、瞬時に体温が跳ね上がるのが分かる。待て待て、まさか。まさか、
「あーまあ、言わなくていいや。どうせアンタからなんか出来るわけないもんね、
私と付き合ってたらとっくにさせてあげてのになー惜しかったねぇー、なんてケラケラ笑いながら雛が身を翻したその時。まるで狙い済ましたように、四限を告げるチャイムが鳴り響く。
しまった、バカの相手してる間に休み時間を使い果たしてるじゃないか。
あんにゃろう、と拳を振り上げても雛はとっくに自分の席。まったく、どうしてアイツと来たら余計なことばかりしやがるんだ。
しかしまあ、そうだよな。したってキスだよな、高校生だもん。
その筈だったんだけど、なあ。
いつものように屋上へと出て、同じ弁当を広げる俺たち。千夏先輩は天文部の人から借りたキーを工作室の旋盤で丁寧に複製し、もう特に抵抗もなく勝手に鍵を開けている。……何処で覚えたんだろう、この人は。ロックの無い普通の半月錠なら外からでも一分以内に開けられるとか言ってたし、どうも無意味に器用なんだよな。絵とか料理は苦手なのに、おかしなもんだ。
「……猪股くん、いま凄い失礼な事を考えてませんか?」
箸を持ったままニッコリ笑顔で、千夏先輩は怒りのオーラを向けている。どうしてこうも鋭いんだ、そっちも不思議。
とりあえず謝って、二人の昼食は滞りなく進んでいく。
そう、いつもの通りに。
手付きはゆっくりだけど何故か食べるスピードが速い千夏先輩は大体先に済んで、俺が食べ終える頃にはスッカリ片付けてしまう。これもまたいつもどおり。
そしてそうなると、栄養補給を終えた千夏先輩は毎度のことだけど、……ハメを外そうとするのだ。
知った上でこうやって二人きりになる俺も俺だけど、さ。
「さて、と。じゃあ食後の一服と行こうかなーっと」
ニヤニヤしながらにじりよる千夏先輩、その手は妖しく蠢きながら俺の服へとかかってくる。抵抗しようと思えば出来るけど、それを実行する程の勇気はない。いや無いのは勇気と言うより、良識かな。呆れながらも俺は、こんな千夏先輩をやっぱり好きだから。
小さなキスをかわしたその顔はゆっくりと高度を落とし、それに合わせて白い指先は肌の上を滑り降りていく。それが止まったのは同じくらいの高さ、腰のところ。
制服のベルトは緩められてスラックスが下着もろとも床におとされ、俺自身が外気に晒されていく。誰かにみられたら、と思いながらもそれが逆に興奮を呼び、千夏先輩に見詰められたままムクムクと頭をもたげていく。恥ずかしいけど俺も男だから、そういうのはどうにも止めようがない。目をキラキラさせながら見守られているんだから、尚更だ。
「んじゃ、いただきまぁ……すっ」
チロリと一瞬舌を出したのが見えたか見えないか、一秒後俺はもう千夏先輩の口内に根本まで呑み込まれていた。温かく肉厚な唇が、別の生き物のように蠢く舌が、熱い口腔粘膜が――千夏先輩の口全てが、激しく俺を責め立ててくるのが分かる。激しく当たる鼻息や袋を揉みしだく手もそれを助長し、一気に背筋を稲妻が駆け抜けていく。
キスなんて出来るわけないもんね、なんて雛は笑ったけど。千夏先輩は、今はもうこういう事までするようになっている。俺から強要したとか奉仕させたいと思ったとかそんなんじゃなく、全部独学で。元々ブレーキが付いてない人なんだろう、やりたいと思ったことは全てやる。俺が本気で嫌がればもう二度としないけど、そうでなければ毎日の
――ゾワリ、と込み上げるのは感じなれた感覚。射精前のいつものざわめき、止めることのできない奔流がやって来る前兆。
「ぅふ、ぉ、ーぉ……っ」
ドクンとひときわ強く鳴った鼓動と共に尿道を精液が迸り、千夏先輩は喉を鳴らしてそれを飲み干していく。
人の口内に「排泄」する罪悪感、でもそれを上回る快感で意識は塗り潰されてしまう。
止めどなく続く射精が漸く終わると、名残惜しげに千夏先輩の口が俺から離れて精液の残滓がアーチを描いた。
「ふー……っ、あぁ……。ごちそう、さ……まっ」
僅かに眉根を寄せて先輩がそう言った、その少し後。鳴り出した予鈴に、俺たちは我に返る。
ヤバイ、昼休みあと五分しかない。急いで教室まで滑り込めばどうにかなるか、と俺は慌てて服を着直し、千夏先輩は口直しとばかりにペットボトルの水を煽りながら走り出す。
まったく、忙しいったら無いな。
あれから五限六限に部活を終え、どうにかこうにか家に帰りついた俺。
そしてそれを、少しだけ先回りして迎えてくれる千夏先輩。新婚夫婦みたいだな、とか思ったり思わなかったり。
うんまあ、それだけなら良いんだけど。それで済めば良いんだけど。
晩御飯を終え部屋に戻った俺は、なんと言うかやっぱり――千夏先輩に押し倒されている。これもまあ、いつもの事だ。
「ん? どうかした?」
俺の腕力なんて嵩が知れている、そんなの意味はない。だけど、そうであっても。
本当にこれでいいのか、問わなければならない。
気持ちはいいし幸福だ、でもそれに溺れていいのか。愛しているけど、愛されて嬉しいけど、これは何処か間違っている気がする。
投げ掛けた言葉はもしかしたら、千夏先輩を傷つけるかもしれない。でも何処かで俺は、言わないといけないんだ。
不器用なりに選んだその言葉がどう伝わったのか、それを確かめるよりも先に千夏先輩は小さく微笑んだ。
「そう、だね。こういう事は、もっと大人になってからするべきかもね」
言いながらもその手は再び俺の身体へと伸ばされ、するりと服を剥ぎ取りにかかる。言ってることとやってることが違うんですけど、なんなんですか貴女は。
しかしその眼差しには、一点の曇りもない。ただ自分を信じて進む、いつもの千夏先輩がそこにいる。コートの上だろうと俺の上だろうと、この人はまっすぐに前を見詰めて止まらない。
「でもね、私は大喜が好き。好きだから、全部欲しい。諦めるのも我慢するのも、好きじゃないからね」
一切の飾りを持たない、裸の心。千夏先輩の本心は、きっとそこにある。そしてそれは、俺にとっても同じことなんだ。
好きだから、以外に何の言葉が必要なのか。いや、必要ない。
なにも言う必要を無くした唇同士が触れ合う、その刹那。俺は如何に自分がバカなのか、思い知らされた。千夏先輩がグイグイ来るのを、恐れたって仕方がない。全力で付き合えばいい、それがいい。好き同士なんだから。
ギシリと床が音を立て、身体が重なりあう。思いは繋がり、そして――いつも通りの愛しい夜は幕をあげた。
「えへへー、昼間ぶりだね」
よしよし、と勃起した
それに合わせるように千夏先輩の手は先端からなぞるように動き、そこから幹を摘まむように持ちながらしごき始める。
熱い指先に包まれ快感が沸き出す、でもされるがままなのは悔しいから俺は顔全体を千夏先輩の股間に埋め、深呼吸するように舌を捩じ込んでいく。
快楽の与えあいはでも、俺に圧倒的不利な闘いだ。扱きながら頭を掌でなで回すその仕草に、たちまち身体が屈してしまう。
「んぁ、ぁ……出た出たぁ……!」
嬉しそうにはしゃぐその声を受けながら、止まらない射精に身を任せて俺は思う。幸せだな、と。
まあそんな風に浸っている暇は無いんだよな、だってこれで終われるわけでなし。幸せな時間はまだまだ続く。
ついっと身体を離した千夏先輩は、俺が噴き散らした精液を舐めとりながらノールックでコンドームの封を開け始めた。ホントこの人小器用だな、って思う間にも綺麗にされた俺はゴムの被膜を纏わされている。
最初は何も着けないまましようとしたから、そればかりは絶対にダメですと必死で説得したっけ。毎回必ず着けましょう、と言ったのを守ってくれて俺は嬉しいです。ホント言えば聞いてくれるんだよな、この人は。
「……ねえ大喜、バスケ引退したらさぁ、これ無しでしてみたいんだけど」
「せめて卒業までは我慢して欲しいですハイ」
えーどうせお嫁に来るんだし良いじゃないーとむくれて見せながらも、千夏先輩は大きく脚を開いてその奥を手で割り拡げた。
肉色の裂け目はたらたらと粘液を垂れ流し、俺が来るのを待っている。
いつものように、そして初めてのときのように。
床を軋ませながら俺は、そこへと入っていく。
薄いゴム越しでも伝わる熱と、絡み付く襞の感触。口よりも手よりも、何よりも強く熱く俺を愛してくれる場所。
――俺だって、千夏先輩と同じ気持ちだ。何にも遮られず、この人を愛したい。人生の全てを捧げたい、捧げられたい。だけど今は、そうもいかない。するべきことも多いし、何よりアクセルベタ踏みの千夏先輩と一緒に走り続けたら大事故だ。俺はこの人のブレーキになろう。二人で一緒にいればきっと、なんでも出来るから。
…………まあ単純に、いくらなんでも卒業前に千夏先輩が妊娠したとかなったら俺が母さんたちに殺されかねないってのもあるけど。付き合うのは許してくれたけど、さすがになあ。
腰を動かす毎に上がる噛み殺した嬌声を聞きながら、俺は少しずつ動きを速めていく。
こんな日々はきっと、これからも続くんだろう。幸せな時間は、終わらない。