花札の猪鹿蝶は縁起が良いけど、発展性の無い手役でもあるらしい。
花見酒からの鉄砲とか四光五光みたいに、猪鹿蝶から伸ばせる手役はない。それにどの札も、他の手役には組み込めない。
そう考えると、なんだか複雑な思いにかられてしまう。
大喜くんと私と蝶野さん、猪鹿蝶の三人組。グルグルと牽制しあって進めない、動けない関係が続いていた。
私は大喜くんが気になっていて、蝶野さんは既に大喜くんに告白している。大喜くんは大喜くんで人たらしだから、どうにも腹が読めない。
ここからどう動けばいいのか、私は少しだけ焦ってしまっていた。
まあ、でもそれは杞憂だったのだけれど。
大喜くんはあの日、雪の中で私に告げた。好きです、と。
それは嬉しくて光栄で、でも僅かな罪悪感を連れてくる。蝶野さんの気持ちは何処へ行くのか、あの子を泣かせても良いのか。
蝶野さんとの間にあったことを、大喜くんはなにも言わなかった。遡ればもっと前、あの民宿で過ごした夜もそうだったのだ。花火大会に行ったのが「みんな」ではない事を謝罪してくれたけど、私は既に知っていた。蝶野さんの気持ちも、告白の事も。そこを混ぜ返せばまた泥沼になるから、言えなかったけど。
考えなければ良い、幸福感に浸ってしまえば良い。それは分かるけど、分かってはいても難しい。
大喜くんと付き合いだして、楽しい日々のなか。ふとした拍子で心に刺さる棘が、ちょっとだけ辛い。
どうしよう、かな。
あれこれ悩みながらも、季節は移っていく。まったく、忙しい。いつか振り返ったら笑い話になるんだろうけど、今は大変だ。
考えるのを後回しにしながら、私たちはそのまま歩んでいた。それがまだまだ続くんだ、と信じて。
――さて、どうすれば良いのだろうか。
手をこまねいていたツケが来たというか、ある意味ではなるべき状態になったというか。夕闇が訪れんとしている体育倉庫裏で、私は身体を反らして身を隠しつつ小窓の中を見やる。器用だな我ながら。
窓ガラスに阻まれ、そこで繰り広げられている大騒ぎの音が漏れてこないのは幸運だろう。それとあと、臭いとかも。きっと酷く生臭いんだろうな、なんてどうでも良い事を考えながらも視線は外さない。
窓の向こう、薄暗がりの先にいるのは蝶野さん。そして
ゴシゴシと擦り立てられるオトコノコに、蝶野さんは躊躇うこともなく腰を下ろしていく。セックス、いやレイプか。そういう事を、するつもりなのだ。そっち方面に疎い私でも、それくらいは分かる。それがどういう意味なのかも。
蝶野さんは、自分のために大喜くんを蹂躙する道を選んだ。例え誰を傷つけてでも、自分の意思を貫く事に決めた。それに初めて、というのがどれほど重大かは渚たちからも聞いている。責任というものが発生する、筈だ。それを盾にして大喜くんを縛り付ける、強引にモノにする。
ああ、そうか。私が思う以上に、状況は悪かったのだ。蝶野さんは、追い込まれていたのだ。
私が求めた現状維持は、蝶野さんにとっては地獄の延長でしかなかったのだろう。だからこそ、ここで爆発した。もうどうにでもなれ、とばかりに。
ガラスを震わせる甲高い嬌声はここまで届き、まるで私を挑発するかのよう。私が先を越した、私が手に入れた、だからもう諦めて、と。
しかし、しかしだ。
おかしなものだ、うん。二人が一緒にいるだけで薄い胸が痛んだのに、文化祭の劇でキスしたかのように見えたときは生きた心地がしなかったのに。それよりもっと先、セックスをしているのを見せ付けられても平気だなんて。どうなっているんだろうな、私は。
大喜くんは私の恋人で、私以外とセックスしたらそれは浮気だ。それでどうして平生でいられるんだろうか。
蝶野さんはスクワットするように大喜くんの上で跳ね続け、声はどんどん高くなる。その様子は壮絶で、でも――幸せそうに見える。蝶野さんが満足っぽいからそれで良いのかな、私は。
うーん、どうしよう。早く離れるべきなんだろうけど、帰るには倉庫の扉側を通る必要がある。万が一気付かれると気まずい、気まずすぎる。
こういう事ってどれくらいの時間するのか知らないけど、まあ一時間も二時間もするわけでもないだろう。
小窓から身を離してしゃがみこみ、私は小さく息を吐く。終わるまで待って、あの二人がいなくなったら出ていこう。あとの事はあとになってから考えよう、そうしよう。
この状況でこんな風に考えるのはおかしいのだけど、そもそもの時点でなにもかもがおかしいのだけれど――
靄がかかった頭を抱えながら、私はただぼんやりと地面を見つめていた――。
慌ただしく時間は過ぎ、既に時刻は夜遅く。隣の部屋からは身動ぎの気配さえしない、いるのは確かなのに。
私が帰宅したときはもう大喜くんは帰ってきていて、でもなにも言いはしなかった。まさかこっちから尋ねる訳にもいかず、いつも通りに家族の団欒タイムを過ごしてしまったのだけれど。けれど、良かったのだろうか。いや、良いわけがない。
もしも立場が逆だったなら。私が蝶野さんに押し倒されメチャクチャにされたなら、そしてそれを大喜くんが見ていたなら。きっと黙ってはいない筈だ。力尽くでも私を守ろうとしてくれる、……と思うんだけど。やっぱり私もそうするべきだったのか、そうしなかったのは私の気持ちが浅いから……だったりするのかもしれない。大喜くんが好き、それはずっと変わらない。でも私の好きはつまり、蝶野さんのより――。
「……いけないな、本当に」
強い弱いじゃない、比べるな。私の好きを、疑うな。
気を取り直してスマホを手に取り、私はするべき事をする為に指を走らせる。遅くはない、いつだって遅くはない。大喜くんを気遣うのなら、今だって遅すぎはしない。
そう強く念じてから数秒、その間に私の覚悟は出来上がりそして。ゆっくりと、ドアが開かれた。
私は頭が良くないし口も立たない、なのであまり優しくは思われない。むしろ無愛想扱いされるタイプの人間だ。だからこそ可能な限り言葉を選び、ゆっくりと想いを告げていく。目撃した全てを、ゆっくりと。私のベッドに腰かける大喜くんは辛そうに俯き、ただ涙を流している。――そうじゃない、私は大喜くんを泣かせたいんじゃない。逆なんだ、それは。
「大丈夫。私はそれくらいで、大喜くんを嫌いになったりしないから」
そうなんだ、私は咎める気なんかない。
大したことだとさえ、思わない。
そっと触れたその身体は、折れそうな程華奢に思える。弱りきった大喜くんを抱き締めて、私は尚も言葉を紡ぐ。
「良いんだよ。大喜くんが私を好きなら、それで良い。私が大喜くんを好きだから、それで良いんだよ」
私のなかにあるのは、そういう想い。揺るがない、愛しているという事実。だからこそ、私は許せる。大喜くんをそして、蝶野さんを。
ギシリとベッドを軋ませてキスをしながら、少しずつ身体は斜めに倒れていく。大喜くんが怯えないように、でも確かな想いを込めて。
服の下に指を這わせ、熱を帯びる肌をなぞっていく。蝶野さんのように勢いよくできなくて良い、失敗したって笑い話だ。私たちならきっと、そうなれる。
手が下半身にかかると一瞬、大喜くんは身体を震わせた。やっぱり怖いんだろう、私だって内心は怖い。こんなこと、したことないし。
まあ、どうにかなるさ。私たちなんだから。
意を決して、下着の中へと指を滑り込ませ私は――、
「……っ」
一応知識はあるし、存在は知っている。さっき遠目とはいえ見たわけだし。でもこうして間近で見ると、触れると、思ったのとは大分違うことに気が付く。こんなにも熱くて、こんなにも逞しいのか。こんなにも力強いのに、蝶野さんには蹂躙されてしまったのか。
虐められた記憶が甦ったのか不安そうな大喜くん、きっと今何を言ったところでそれは晴れないだろう。上書きしてしまわない限り、解決にはならない。多分そうなんだ、恐らくは。
ならばそう、
できる筈だ、私なら。
ベッドに背中を預けたまま脚を拡げ、その中心を指で掻き回しながら私は大喜くんを見詰めている。グチュグチュと上がるはしたない音が興奮を煽るのか、大喜くんのオトコノコは反り返って天を仰いで見える。男の子というのは変わってるな、こんなのを見て気分が上がるとは。
まあ、それはそれで構わない。大喜くんの、為だから。
「ん、……っと。多分これで良いかな……?」
普段はあまり激しくしないし指も深くまでは入れない、何処まで解したら上手くいくかは分からない。とは言えどうにか出来なくはないだろう、そんなに難しかったら人類とっくに滅んでる筈だ。
一旦指を引き抜いて肉の裂け目を割り開き、私は大喜くんへと微笑みかける。それに応えるように大喜くんの身体が私に覆い被さってきて。そして――。
「っ、ぁ……!」
ミシリ、と内壁を貫く圧力が体内へと流れ込んできた。何かが押し裂かれたかのような痛みさえ、その圧倒的な質量感に轢き潰されてしまう。
本来閉じている筈の場所が無理矢理開かれていくのは中々に恐ろしいけど、でもそれ以上に強いのは愛しさだ。大喜くんに愛されている、という事実がただただ愛しい。私の一番深い場所が大喜くんを包み込んでいる、それが愛しい。
ゆるゆると遠慮げに大喜くんの腰が動き出すと、そこに内側を引っ掻かれるという別ベクトルの快感が掛け合わされる。これはまた、スゴいかもしれない。指では絶対に届かない、セックスでしか得られない快感だ。
蝶野さんとの逢瀬を上書きして大喜くんを救う、という口実はもうすっかり頭の隅へと追いやられている。だって、こんなにも気持ちが良いのだから。
このままでいたい、ずっとこうしていたい。でもそれは、叶わないのだ。だってセックスには、終わりがあるから。
――そう、明確な終わりはすぐに訪れた。
ドクンと膣内で大喜くんが跳ね上がり、子宮目掛けて何かが撃ち込まれていく。これがきっと、射精なんだろう。熱い塊が広がっていくその快感を味わいながら、私は大喜くんにキスをする。愛している、の想いだけを込めてキスをする。
ああ、幸せだな。
放心したまま私の上で息も絶え絶えな大喜くんを、固く抱き締める。これで良い、これが良い。
蝶野さんとどうなったとしても、大喜くんの気持ちは変わらないから。大喜くんが誰とどうなろうと、私の気持ちも変わらないから。
まったく重たいな、私たちは。これで付き合えないままだったら、お互い重度のストーカーになっていたかもしれない。
顔と顔が合わさる程近く、あの日の舞台の上にいた二人のような距離で、囁く。
「私は大喜くんが、好きです」
たった一言、されど一言。その言葉は大きな刺激となったのだろう、お腹に当たったままの大喜くんが、ムクリと膨れるのが感じられる。これが返事、というわけだ。
朝まで時間はまだまだある、もっとしよう。そう思った私は、でもふと気が付いた。
――跨がってしたら、気持ちいいのだろうか。
まあ大喜くんにしてみれば怖い思いをしたわけだけれど、あんなに激しく喘ぐくらいだし興味はあるな。
思い立ったら実行してしまうのが私の悪い癖、大喜くんの背中に手を回したまま私はコロンとベッドの上で半回転。繋がりが維持されたまま、私たちの上下だけが反転する。
「ね、大喜くん。今度はさぁ、私が乗って動いても良いよね?」
蝶野さんみたいに、とは言わない。言ったらきっと、大喜くんは怯えてしまうから。
返事を待たないまま重力が味方する上下運動を始めながら、私は頭の片隅で小さく考えてみる。蝶野さんとの
忙しくなりそうだな、これから。吹き荒れる青い暴風を背に受け、私は何処までも突き進むのだ。