ふわふわとした、夢からまだ醒めきらないような微睡みの中。まだ昇りかけの朝陽はカーテンに阻まれていて、起きるには少しだけ早い気もする。それにこの幸せな時間を終わらせたくない、そんな風にも思ってしまう。
まあ、そんなわけにも行かないのだけれど。
やるべき事をしないのは気持ち悪いし、何より怠ける姿なんか見せたくない。毎日頑張って自分を高めていかないと、顔向けできなくなる。
好きで居続ける為、好きで居続けて貰う為。努力を惜しむわけにはいかない、精進精進。
だけど、それなのに。
「――っ」
唇に触れる艶かしい感触に、危うく決意が鈍りかける。このまま寝たふりを続けようか、くらいの感情が湧いてくる。
「……じゃあ私先に下りるから、大喜くん後でね」
でも鈴の音みたいなその声が、再び心を揺さぶって。少しの後に俺は目を開けて身体を起こし、部屋を出る千夏先輩の背中を見送る。
今日もまた、いつもの一日が始まる。千夏先輩と過ごす、変わらない日々が。
千夏先輩が隣で眠るようになって、もう一ヶ月が過ぎた。
家族にバレる訳にはいかないから何もしないし、大っぴらに出入りもしない。
みんなが寝静まった頃合いを見計らい千夏先輩は俺の部屋を訪れ、ベッドに潜り込んでくる。
そして一緒に並んで眠る、それだけ。朝は先に一階へ降り、なに食わぬ顔で朝練へと向かうのが日課になった訳だ。
「あぁ大喜くん、おはよう。先行くね」
荷物を手にした千夏先輩と入れ違いにリビングへ入り、俺は小さく伸びをする。
ああ、幸せだな。公然とイチャイチャは出来ないけど、こうやって一緒にいられて幸せだ。
――ただ、なあ。気を抜いて良い状況だとあの人、思いっきりやりたい放題なんだよな。本当に、困ったもんで。
二人並んで、人も通らない小部屋でお昼を食べるようになって久しい。
それはまあ、幸せなんだけど。
「ふぅ。……さてと、じゃあ大喜くんや」
ワンテンポ早く弁当を平らげた千夏先輩は、ニヤニヤしながら肩を抱いてくる。うう、やっぱりな。
俺を抱き寄せる先輩、その感触は少しだけ違和感がある。やけに柔らかというか、ふにゃっとしているというか。例えるなら、肌と布の距離がやたら近いような――って。
「先輩、ブラウスの下なにも着けてませんね?」
「うん、朝練終わってから着替えついでに。どうせ今日体育無いし、
……大丈夫かな、この人。部活前に更衣室で見つかるんじゃないか。まあ世の中には一式着けずに丸一日過ごせる人もいるらしいけど、なにやってんだか。最近の千夏先輩はいつもこうだ、基本やり過ぎる。一速と七速しかない人だからなぁ、本当に。
器が大きすぎるのか底が抜けているのか、さてどっちだろうな。
そんな事を気にしてる暇なんか、与えてはもらえないのだけれど。
はだけられた胸元へと俺の顔が埋まり、視界が肌色一色に染まる。温かく柔らかい、幸せそのものな光景は思考を蕩かして余りあった。けど、そこで浸らせてもくれないのが千夏先輩だ。
そっと差し伸べられた手は制服のベルトを緩めながら中へ入り込み、下衣を掻き分けるように
いや、きっとそれ以前の話なんだろうな。学校の片隅でこんなこと、見付かれば一大事だ。それなのに拒もうとさえしない辺り、俺も先輩も相当のバカだ。
でもまあ、それで良いか。こんなにも、気持ちいいのだから。
気付けば俺は千夏先輩の谷間に挟まれたまま、腰を浮かせて喘いでいる。もう我慢が効かなくなりそうになり始めた、その時。
千夏先輩はそっと俺から離れ、ちょこんと床に座ってそして。
「そのまま出したら、制服汚れちゃうでしょ。ほら、出すなら
――大きく口を広げ、舌を突き出したのだ。
その様は余りにも扇情的で、逆らう処か躊躇う気すら奪われてしまう。
俺は熱に浮かされたまま千夏先輩の眼前に自分自身を晒し、息も荒げに全力でしごき出す。
少し前の俺だったら、こういう行為は考えついた途端に罪悪感で気が滅入っていた事だろう。
千夏先輩が好きだからこそ、そういう目で見てはいけない。この人に汚らわしいと思われたくない、嫌われたくない。そう思っていたから。
それが変わったのは、付き合い出して三ヶ月くらいしてから。千夏先輩は俺を押し倒して言ったのだ、『私はずっと、大喜くんに触りたかった』と。聞けば先輩もまた俺と同じで、そういう気持ちを持つのは悪いことだと思っていたらしい。でも我慢出来なくなった千夏先輩は涙を溢しながら、呻くように声を絞り出した。
情けない先輩でごめんなさい。
良い同居人でいられなくてごめんなさい。
でも、私を嫌いにならないで。
今はまだ、貴方を好きでいさせて。
俺は――なにも言えなかった。なにを言うべきか分からないし、なにが正しいのかも分からない。俺ができたのはただ、先輩を抱き締める事だけ。
ぽつりぽつりと漏れる嗚咽を聞きながらどれくらいかが過ぎ、ようやく俺も自分の気持ちを打ち明けて。
そしてその結果、千夏先輩はこうなったわけだ。お互いの夢を邪魔するような事はしない、周りにも隠す。ただ二人きりの時は「したい事」をする。そういう愛溢れる暴走特急に。
……………………俺は何処かで何かを、思いっきり間違えたのではないだろうか。こういうのは高校生カップルの付き合い方ではない気がするのだけれど、今はまあ考えるのはやめておこう。
千夏先輩の瞳はキラキラと輝き、いかにも楽しそうだ。それに舌を動かして催促している、早く来てと。考え事はまた今度、だな。
「っぁ、出ま……すっ」
ビクンと跳ねる腰、でも幸いな事に狙いは外れなかった。放たれた精液は白い軌跡を描き、正確に千夏先輩の舌へと着地を果たす。それを確認したのかパクンと口は閉じられ、数秒をおいて先輩の喉が嚥下の音を立てる。生産した側が言うことではないけど、よく呑めるもんだなあんなの。そりゃあ――興奮するけど。大好きな人の体内を穢したという、背徳的な快感は何度経験してもゾワゾワしてしまう。きっとこの先もずっと、こうなんだろうな。
「ん、んー……。ご馳走さまーっとね」
嬉しそうに笑いながら千夏先輩が口元を拭き始めた、その時。空気を読まない予鈴が鳴り響き、俺たちは揃って我に返る。
これは、不味いぞ。誰にもみられず移動する事自体は難しくないけど、今からここを片してたら時間が足りない。
しかしここは――。
「先輩、先行ってくださいっ」
まずは千夏先輩を行かせて、可能な限り急いで後始末して教室まで走ろう。それが多分、最適解だ。
小さく頷いて駆け出した先輩の背中を見送って、俺は息を吐く。さぁ、やろう。思いきり急げば多分間に合う、五限は数学だしどうせあの先生は多少遅れてくる筈だ。
心のエンジンをフルにブン回して、心のままに身体は動き出していた。
たっぷりと汗をかいた部活の後、帰りにシャワーの一つも浴びようと寄り道するのは珍しくない。着替えは勿論持っていくけど、やっぱりそれだけじゃ爽やかさに欠ける。一応栄明にもシャワールームくらいあるはある、でも私立のくせして設備投資をけちったのか狭いし水圧も弱いから使う気がしない。
ちなみにそれは母さんの代から既にそうだったらしく、夏場は他所で一っ風呂浴びてから帰って来いと言われたりしている。ついでに汚れ物コインランドリーで洗ってきなさい、とも言うけどその分のお金は出してくれない。小遣いから銭湯代は出したくないんだけど。
まあうん、とは言えとは言え。
わざわざ練習終わってから駅まで足を伸ばすなんて、少なくとも俺はそうそうしなかった。こないだまでは行くとしても、近場の銭湯やコインシャワーだったのだけれど。
今俺は部活も終わって疲弊した身体で、駅裏のラブホテルに来ている。何でかと言えば、そりゃ千夏先輩の希望だからだ。『ちょっと汗
休みの日に出掛けたついでとか、家族がいない隙に部屋でとかは良くあるんだけど。
「やー……ごめんね、なんかさぁ……したくなっちゃったんだ。大喜くんが嫌なら止めるけど……」
嫌ではない、いや実際嫌ではないのです。突然だったから戸惑ってるだけで。それにもう入室してるし、ここでこのまま帰ったらまた夜中に押し倒されかねない。それはともかく、あんな風に泣かれると困ってしまう。
好きな人の泣き顔なんて、見たいもんじゃないし。
「あ……でも遅くなるとさすがに母さん心配するし怪しむかもなんで、一回したら切り上げましょうね」
とりあえず釘だけ刺しておこう、そうしよう。明日は休みだし、下手したら泊まりかねない。
千夏先輩の気が利かない部分は、俺がどうにかしよう。それで良いさ。
重なりあう身体は上下が逆の姿、いわゆるシックスナインという体位。お互いの顔の前に、股間をさらけ出している訳で。
恥ずかしいと言えば恥ずかしい、でもそれ以上に強いのは興奮だ。それもきっとお互い様なのだろう、と俺は湯気さえ立つほど充血した肉の裂け目を見て確信する。
「お昼ぶりだねぇー……、いただきますー」
無邪気させ感じる声と共に下半身へとやって来る包み込まれる快感、そして俺の顔へと熱い飛沫が振りかかる。俺をくわえて愛撫することに、千夏先輩っまた激しく感じているということ。舌と唇に責められながら、俺もまた顔を上げてそこへ顔を埋めてしまう。
顔に当たる陰毛の感触さえ心地良い、その中で舌を目一杯伸ばしてサーモンピンクの隘路を押し広げて俺は進んでいく。酸味の強い蜜はすぐに溺れそうなほどにあふれでて顔を濡らし、それでも全く止まろうとはしない。
立ち込める雌臭さを浴びて尚もっと奥まで進みたくて、両手で合わせ目を拡げつつどんどん俺はなめ続ける。鼻はお尻に埋まって、それでもまだ。
一心不乱に貪る事幾ばくか、お互い一歩も引かない。……つもりではあったけど、先に根を上げたのは俺の方。正確には、もう一つの俺か。
千夏先輩の口内粘膜にぴったりと包まれたまま、気が付けば既に射精は始まっていた。
昼休みに飲んで貰った時とはまた違う、直に精液を撃ち込むという快楽。これに直撃されては、身体は体勢を維持できない。ガクガクと震えるままに俺の頭は千夏先輩のお尻から離れ、そのままベッドへと軟着陸を果たしてしまう。
「あ。……出させちゃったかぁ……」
ちょっとだけ残念そうな声と共に、千夏先輩のお尻も俺の顔へと着地する。
幸せは少し重くて良い匂い、俺が学んだ事の一つだ。
そして、もう一つ。
「まあ、大丈夫だよね。三回目になるけど、大喜くんならイケるって」
……人間大好きな人から励まされれば、限界なんか幾らでも越えられるという事。吐きそうなほど練習して結構キツいけど、ここで引き下がったら男が廃る。そう、全力で頑張ろう。俺だけが満足してちゃいけない、千夏先輩の為に。
薄い被膜を纏った俺が、千夏先輩に呑み込まれていく。お互い顔を見合わせながらも、意識は下半身に集中して離れない。俺を押し返す程弾性の強い箇所なのに、抉じ開けるように入り込むと逆に引きずり込もうとするから不思議だ。最初のときからずっと思ってるけど、女の人の身体ってどうなってるんだろう。自分の意思で締め上げたりしてるんだろうか、それとも本能的なものなのか。俺にわかるのは、ただ気持ちいいという事だけ。
先輩は自分から跨がる方が好きみたいだけど、そうなると俺が動けなくなるまで止まろうとしないからなぁこの人。泊まりになってしまう、それはさすがに勘弁だ。
ゆるゆると腰を少しずつ動かしていくと、結合部からはブシュブシュと音が立つ。それに突き上げる度口から漏れる切れ切れの喘ぎがセッションし、耳が犯されていくのが分かった。この人は全身が気持ちいい、全身で俺を愛してくれる。ならば俺も、頑張らないと。
疲れて痛む身体を無理矢理動かし、一心不乱に腰を振る。千夏先輩の為に、ただその為に。
瞬きの度に瞼の裏で星が閃き、頭の芯はバチバチと稲光に焼かれ、意識は途切れ途切れ。その有り様でも、俺は止まらない。
頑張れ俺、スゴいぞ俺。まだまだイケるぞ、追い込め俺。
獣じみた呻きを漏らしながらもそうやって気を張っていた俺、でもその覚悟は予想外の角度から打たれて揺らいでしまう。
いつのまにか密着するほど顔を寄せていた千夏先輩が、喘ぎの合間にそっと囁いたのだ。『愛してる』、と。
――千夏先輩、それは卑怯です。そう言いたかったけど、言葉なんか出ていくわけがない。この状況でそう言われて、理性なんか保てるものか。
沸騰する快楽は脳を焼き、全身を燃やし尽くす。
崩れ落ちるように千夏先輩を抱き締めてキスしながら、ゴムの中で俺は精液を迸らせた。
ああ、本当にこの人と来たら。こんなに熱くなって、死力を尽くして、俺たちはマトモに帰れるんだろうか、ちょっとだけ不安だ。
まあ、良いか。これからシャワーを浴びて後始末して、もう一度キスをして。それだけしたら、家までダッシュすれば大丈夫。
終わらない射精感の中でそんな事をぼんにゃり考えながら、俺はただただ幸せを抱き締めていた――。
本当に俺は思った以上にバカなんだな、と改めて思ったのは帰り道での事。
ああも疲れ果てた俺たちが、まさか走ったりなんか出来る訳がない。スッカリガス欠の身体を引き摺った俺たちが漸く家に帰りついたのはかなり遅くなってからで、二人揃って母さんに小言を言われてしまった。部活があるから遅いのは仕方ないけど連絡くらいしなさい、と。返す言葉もありゃしない、本当にさ。
晩御飯を平らげて風呂も浴び、部屋に引っ込んで一時間くらい。階下はすっかり寝静まったであろう刻限になって、不意にドアが細く開けられた。いつも通りに、毎度のように。
「大喜くん、まだ起きてた? 今日はごめんね、最近なんか歯止めが効かなくてさ。溜まってる、とか言うのかなこういうの」
それは確かに少し考えて欲しいけど、わざわざ言ったりはしない。三年になって千夏先輩を取り巻く環境は変わり続けてる、その影響もあるのだろうから。
もう一緒に過ごせる時間は一年もない、卒業したら猪股家を出るのはもう決まっている。
そりゃあ母さんたちは「いっそお嫁に来れば良いのに」なんて言うけど、それは余りにも都合がよすぎる話だ。
世の中はそんなに簡単じゃない、俺だって分かってる。千夏先輩もそう感じているからこそ、俺を求めてくるんだろう。それに応えるくらい、幾らでもするさ。
ベッドに横たわって手を繋ぎ、俺たちは仲良く天井を見上げた。何もしないまま、何も言わないまま。
そんな時間がどれ程流れただろう、千夏先輩は小さく呟いた。
「これからもずっと、こうやって眠りたいなー……」
それは、……それは。それはきっと、何よりも幸せな事なんだろうな。毎日お互いを想いながら頑張って、夜は温もりを確かめあいながら眠りにつく。これほどの幸福は、きっと無いに違いない。
そうなるといいな、そうなってほしいな。いや、そう思うだけじゃダメなんだ。
俺は、俺たちは、もっと頑張らないといけないんだ。
「はい。ずっと一緒にいたいですね、千夏先輩」
あれこれ越えないといけないハードルは多いけど、蹴散らして進んでいこう。大丈夫、俺たちだから。
心地良い疲れの中でやって来た睡魔に身を任せ、俺は目を閉じた。
今日もまた、いつもの一日が終わる。千夏先輩と過ごした、いつもの一日が。
この繰り返される日々が終わらないように、ずっとずっと幸福な時間が続くように、もっともっと頑張ろう。
――お休みなさい。また明日。