オリジナル版も是非。
ちなみに最初期だけあって設定も序盤のやつです。
時間が止まったように、瞬きさえ忘れ、見つめあう。外からの僅かな音と時計が時を刻む音が、遥か遠くへと消えていく。心臓は早鐘を打ち続け、肌が赤く染まっていくのが分かる。――近い。近すぎる。これは、――許されるのだろうか。
居候先に家族が誰もいない、というのに気付いたのは、部活を終えて帰ってきた後だった。居間に置かれた書き置きは三枚、大喜くんの両親もお爺さんもそれぞれの理由で明日の夜まで家を開ける……らしい。
……ちょっと信頼しすぎじゃないかな、とは思う。大喜くんはともかく私は正直赤の他人だ。そんな二人に留守を預けるというのは大喜くんを余程信頼しているのか、それとも。…もしかして私を、家族と認めてくれているんだろうかな。縁も所縁も怪しい、こんなのを。まったくお人好しの集団だよ。
「あー……取り合えず、晩ご飯どうします?」
やっぱり大喜くんも戸惑っているのだろう、声が上ずっている。そして確かに晩ご飯は問題だ。居候の私が勝手に台所借りるのも気が引けるし、大喜くんは大喜くんで料理出来なさそうだし。……コンビニかなぁ……。明日の分も確保しておかないと。
で。珍しい二人だけの食事は平穏無事に終わって。お互い部屋に戻っていても良いのに、何故か居間から動けない。でも何か話すわけでもない。
……気まずい。なんとなく、気まずい。誰もいない家で二人きり、という状況がどうにも気まずい。何を言っても何をしても、気まずさは払えそうにない。そしてなにもせず黙っているのも、また気まずい。
この気まずさの正体は分かっている。大喜くんと蝶野さん、二人の事があるからだ。蝶野さんは確実に大喜くんに気がある。大喜くんは今の時点では、蝶野さんを友達としか思ってない。でも、それは今のうちだけだろう。蝶野さんから、好きだと伝えられたなら。……大喜くんは、きっとそれを受け入れる。幼馴染みだって言うし、ライクはラブに程なく入れ替わるだろう。私の大切な後輩ふたりは、放っておいてもきっと幸せな関係になれる。
だから、私は余計な事をするべきじゃない。こういう状況で変に意識させて、蝶野さんじゃなく私に気が向くのは、…………よくないはず。
大喜くんは、居候先の家族。お母さんの元チームメイトの息子さん。朝練でいつも会う、可愛い後輩。それで、良い。私は大喜くんにとって、ほんの一時一緒にいるだけのセンパイ。その関係でいなければ、すぐに破綻してしまう。平常心、平常心。
「先輩、……お願いしても、良いですか」
「? どうかした?」
平生を装おうとした私に、大喜くんが向き直る。真剣な、顔。一瞬その瞳に、胸の奥が粟立った。
「先輩、何処にも行かないでください」
確かな熱と、薄く涙を浮かべた瞳。熱い、思い。
「バスケ引退しても、卒業しても、いなくならないでください。ここに……俺と一緒に、いてください」
大喜くんが、私に近付く。熱を帯びた視線に射抜かれた身体は、身動ぎも出来ない。
「先輩、――好きです」
真っ直ぐな声は、どこまでも澄んでいて。触れずとも肌の熱さが伝わってきて。
胸が燃えるように熱い。心臓の鼓動がうるさい。見つめあったまま、息も吐けない。でも。でも。でも。
「大喜くん……落ち着こう」
ようやく絞り出した一言と共に、なんとか身体を引き離す。許されるわけが、ない。こんなこと、許されるわけがない。
「蝶野さんが、悲しむから。ね、……落ち着こう」
言うに事欠いてそれか、とは思う。無理矢理巻き込んで申し訳ないけど、大喜くんを落ち着かせるには蝶野さんを出すのが良さそうだ。ふたりは、きっとお互いを想いあっているから。だから、
「蝶野さんは、大喜くんを――」
「俺は、先輩が好きです」
「でも、だからね」
「雛が俺をどう思っていても、同じです。俺は雛じゃなく、千夏先輩が、好きなんです」
一途な熱い口調が私の声を遮り、胸に突き刺さる。あ――……そう、か。大喜くんは、分かっていたのか。分かっていて、それでも、……私を選ぼうとしているのか。それが大事な幼馴染みを泣かせることになっても。なら、後は……私の覚悟だけか。
「そう、なんだ……ね。そう、か……」
喉の奥で、言葉が絡まって渦を巻く。返すべきたったひとつの言葉が、形にならない、だから、だから、だから――
大喜くんを、抱き締めた。強く、強く。想いが肌から伝わるように。
そして、大喜くんの顔が、私の顔に近づいて、唇が唇へと導かれ――
「いったぁっ!?」
「あだっ?!」
……私たちは、思いっきり鼻を強打していた。まぁそりゃ正面から顔をつけあえば、そうなるよね……。
「……先輩、大丈夫ですか!?」
「うんまぁ、こんなの初めてだからね。いやー……締まらないなあ」
鼻を押さえながら、言わなくて良い事まで言ってしまう。ああ、それこそ締まらない。血が出てなくてよかったけどさ。
「え!? 先輩オトナだし経験者だと思ってました!」
「オトナったって一つしか違わないでしょ、人をなんだと思ってるのかな大喜くんは……」
ああ、何て言うか。こうなるのか、私たちは。
そのまま暫く笑いあい、そして。もう一度……今度は鼻を打たないように気を付けて、大喜くんと私はキスをした。思ったよりかさつく唇の感触と、伝わってくる吐息の熱。キスって、こういう感じか。身体の奥がじんわりと熱くなり、それが心にも火をつける。これは、止まらないかもしれない。まったく、不味いなぁ。
大喜くんの手が、遠慮がちに、でも確かな意思と共に私の服に触れる。そうだね、大喜くんも止まらなそうだね。お互い、もう――ブレーキは効かないみたいだ。あーでも、せめてこれだけは。
「……ここじゃ、ダメだよ。汚しちゃうからさ。だから……」
照明を切った浴室に、二人。ガラス越しに入ってくる僅かな光が無ければ、完全な暗闇になるだろう。……さすがにそれは危ないから、そっちの照明は付けっぱなしだけど。色々汚れるかと思うとどちらかの部屋に行くのも気が引けるし、何かあってもすぐ綺麗に出来る浴室が一番良さそうだと二人で決めたのだけど、考えてみたらマヌケだな……。事前に打ち合わせるってわけにもいかなる状況でしたが。でもホテルとかそういう大袈裟なのは……ちょっとなぁ。
薄暗がりの中で向かい合う、妙な緊張感。お互い一糸纏わぬ、っていうのは何か可笑しい。一応そういう事をしようって覚悟なのに、なんだかそんな気がしない。まぁ、落ち着く相手なのは良いことだ。
改めて見ると、大喜くんは意外に逞しい身体をしている。あれだけ毎日頑張っていれば、結果が出て当然かな。前に見たときより心なしか腹筋も引き締まり、そして――
うん。大喜くんは、それはまぁオトコノコなわけで。そういうのが……「有る」よね、うん……うん。これが入ってくるのかー……うーん……。どうなんだろうか、コレは。正直、そんなのが可能なのだろうか。指も入れたことがないのに。
一方の大喜くんも大喜くんで、こっちを見つめて息を荒くしている。いやー……そんな興奮するような身体つきはしていないと思うんだけれども。しかし実際大喜くんの「大喜くん」は……そうなっているわけで。やっぱりオトコノコはわからん。
「えーとそれで、……どうしよう」
「ど……えーと先輩、ご経験は……」
「いや、キスも初めてだって言ったよね?いい加減怒るよ?」
まったくもうこの子と来たら。……でも、こうだから良いんだろうな。何だかんだで、大喜くんは良い子だ。
戸惑ったままの大喜くんを、抱き締めながらゆっくりと倒れこむ。頬と頬、胸と胸、脚と脚が重なりあいお互いの熱が混ざっていく。そして、キス。キス、……キス。唇が触れあう毎に頭が痺れ、身体の中心が熱くなるのが分かる。もぞもぞと身をよじりあう内に、あちこちの部位が擦れあう。これは、――気持ちいい、かもしれない。
触って欲しい、触りたい。そう、思う。大喜くんの全てに触れたい。私の全てに触れて欲しい。……外も、ナカも。全身全部、ナニもかも。身体の熱は溢れて止まらず、タイルに水溜まりを作っていく。
燃え上がる身体が、大喜くんを求めて止まらない。したい。大喜くんと、このまま最後まで。
そして僅かばかりの知識を総動員して、バスマットに寝そべり「その為の」姿勢をなんとか取ってみる。両足を拡げ、まるで潰れたカエルのような――確か正常位という名前だったはずだ。しかし無防備で恥ずかしい姿勢だ、こんなのはそうそう他人に見せられるものじゃない。……何もかも許せる相手だから、どうにか耐えられるけど。
大喜くんが私にのし掛かるようにして、そして、
「あ、……あれ?」
……ズルリと滑って、的を外した。もう一度、と来て、……また外れる。
「あ、のっ、すいません、なんか、滑って…」
「うー……こっちこそごめん、色々出すぎてて…」
再チャレンジも、また直前で行先が不安定に。……うんまあ、私ただでさえドロドロだし暗い中でこんなことすればね。そりゃ当たらないよね。
でも灯りをつけるほど私は肝が座ってなくて……ホントごめん。
暗がりでも大喜くんの必死な表情はなんとなく見えて、これはこれで面白いけど。……いけないいけない、弄びそうになる。それじゃダメだ。勇気を振り絞った後輩相手に、先輩が答えてあげなくてどうするのか。
覚悟を決めて、大喜くんの、……「大喜くん」に手を伸ばす。私も私で「私」まで導いてあげれば、きっと大丈夫だ。私たちは未熟で、子供で、まだまだ半人前だけど。ふたりでなら、大抵どうにかなるから。
小さな水音と共に、私と大喜くんの、…………「私たち」が触れ合う。
「……ーっ、ぁ……っ」
これ、は。……正直、予想外だ。聞いていたほど痛みはないけど、内臓を押し拡げられていく違和感がスゴい。普段は指も殆ど入れないし、さすがにこれはちょっとキツいかもしれない。でも、それでも。大喜くんのぬくもりが、心地良い。ああそうか、こういうことか。愛するとか愛されるって、熱を伝えあう事なんだ。
私たちの身体はお互いの熱で燃え上がるように火照り、頭の芯はどんどんぼやけてくる。視界は歪み、大喜くん以外が見えなくなって。口は譫言のように大喜くん大喜くんと繰り返すばかりで、でもそれすら心地よくて。
「先っ輩、どう……んむっ」
私を心配するような顔になっていた大喜くんに、キスをする。キスして、そして、さっき言えなかった答えを喉から打ち上げる。
「私も。私も、大喜くんが、好き、です」
その瞬間、身体の奥でなにかが弾け、そして――意識が、白く染まって消えた。
「あー……はぁ」
僅かな間……と思っていたけど、私はあのあと一時間くらい放心していたらしい。それも、……あれこれ漏らしながら。「風呂場で良かった」とは大喜くん言ってたけど、これはまた恥ずかしいったら……。これじゃ要介護な先輩になってしまうー。
いやしかし、部屋で一人になって思い出すと、全部が全部恥ずかしい。勢いで全部やってしまったけど、よくもまぁ……としか思えない。キスから最後までノンストップ、我ながら急ぎすぎ。
どうにも私はいつだって、この通りなんだな。無軌道で無鉄砲で無計画で。……無計画。
「あ、……あれ?」
そう言えば、とふと思う。私たちはあのとき、二人とも何も身に付けていなくて。大喜くんの「大喜くん」も、多分。
そして、あの弾けるような感覚。……漏れていた、という事。
「あ…れ?えーと……?」
カレンダーに目をやって、書き込まれた数字を確認する。
前回終わったのがこの日で、今月は多分この辺で来るはずだから、そうなると「…………不味いなぁ……いや不味くないのかなー…」これは、いわゆる一つの危険日ってやつなのではないだろうか。中でも一番当たりやすい、排卵予定日というものに直撃した可能性が高い。
つまりは、つまり。私と大喜くんの進路に、大きな楔が打たれてしまったわけで。
……………………
………………
…………
……
「ま、良いか」
引退には間に合うし、大喜くんからのお願いもあるし。そうだそうだ、もしそうなったら、……一緒になってしまおう。
問題は山積みだけど、二人でならなんとかなる。そうだ、そうしよう。
「で、そういうわけなんだけど……笠原くん、蝶野さんが傷付かないようになんとかしてあげてくれない?」
「なんであんたらは全部俺に丸投げするんです、俺知りませんよ」
「えー……大喜くんの友達でしょ、なんとかしてくれないかな」