※この作品はR-18です。

アオの夜R18SS   作:扇町グロシア

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あれこれあって書き上がらず、過去作の改訂版となりました。
時間軸は秋の頃、文化祭の前です。


RE:夢より深い、アオき暗がりの淵で  (大喜×千夏)

 ほんの一月、その程度だから。学校でいつでも会えるから、と言ったその背中は少しだけ寂しそうにも見えた。

 看病というよりも諸々の手続きやら卒業後の進路の話の為、千夏先輩は少しの間猪股家を離れたのだ。それは仕方がない事だし、考えてみれば当然だろう。なんと言っても、血を分けた家族が大変な時なのだから。

 千夏先輩のお母さんにしても猪股家に負担をかけないよう、自分が日本にいる間は娘を側に置こうとするのは間違ってない。先輩自身も、久しぶりに肉親に甘えられるんだし。それにこういう機会に進路の相談もしたいだろう。卒業まで一年半もない、どころか年内に進路を決めないといけないはずだ。三年になってからじゃ遅すぎる、……多分。

 だから、そう。今俺が感じている切なさは、それこそよくない事なんだ。

 わかってはいるけど、いるけど……納得はしたくない。

 主を失った部屋の床で大の字になり、俺は天井を見上げている。

 勿論先輩の私物に触れたりはしない、ただ床に転がっているだけだ。

 ――千夏先輩に、会いたい。近くにいたい。何でもない話をして、笑いあいたい。

 たかが一週間で、俺は随分と弱ってしまった。朝練で顔は合わせるけど話をするような雰囲気にはならないし、後はすれ違う程度。元々学年も部活も、委員会も何もかも違うんだ。同居がなければ、俺たちはずっと接点なんか無いままだった。

 元(・)に(・)戻(・)っ(・)た(・)だ(・)け(・)、こ(・)れ(・)が(・)当(・)然(・)だ(・)。

「……っ」

 頭のなかで響いた声を叩き潰そうと、顔に掌底を打ち込む俺。当然痛い、顔も手も。なにやってんだ、一体。

 それでもバカをやったせいか、思考が一つ纏まってくれたようだ。

「遊びに行こうかな……」

 明日は日曜、私立の我が栄明中学高等学校も休日だ。土曜日は授業も部活もあるし、日曜日にしたって練習日になっていたりすることもある。でも明日に関しては、少なくとも体育館を使うとは部活は全休の予定。なんか補修工事だがなんだかがあるらしい。

 別に縁を切った訳じゃない、休みに学校の先輩んちへ遊びに行ったっておかしくはない。

 そうだ、そうしよう。

 一応連絡しようかな、と思うけれどその手は止まってしまう。事前に言うと、やっぱりお母さんに気を遣ってやんわり断るかもしれないし。行ってダメならそれで良いけど、今の時点で拒否されたらへこむから。

 俺はこういう所がダメなんだろうな、まあ怒られたらその時だ。

 

 マンスリーマンション、というのは俺が生まれるずっと前にも流行ったらしい。母さんが俺くらいの頃かな。で、今またブームなんだとか。変わったものが流行るもんだ、うん。

 とりあえず失礼にならないように、少し遅めの昼下がり。一応手土産なんか持って、俺は先輩たちがいるハズのマンスリーマンションを訪ねている。

 荷物運びで一度行きはしたけど、集合住宅って慣れないから苦手だ。そう言えば先輩の元の家ってどうなったんだろう、そこに住まないってことは手放したのかな。ま、良いけど。

「はい鹿野で……、あら大喜くん」

 出迎えてくれた先輩のお母さんは、意外そうな顔。そりゃそうだよな、わざわざ来るとは思わないだろう。

 さて、こういう時は何て言うんだろう。ご無沙汰してます、はおかしいか。こないだ会ったばかりだし。

「こんにちわ、おば……」

 とまで言いかけた所で、ペチリと額を叩かれてしまった。

「やあね、春架って呼んで。次おばさんって言ったら、ひっぱたいて由紀子に言いつけるわよ?」

 顔は笑っているけど、僅かに怒気が滲んでいるおば……春架さん。先輩が怒ったときとそっくりだ、やっぱり母娘なんだな。あと母さんには言わないでください、殴られます。

 とりあえず手土産を渡して御機嫌を取ろうとした俺を、春架さんは快く部屋に上げてくれた。

 ……が。

「ごめんなさいね、今あの子留守なのよ」

 ちょっとだけ申し訳なさ無さそうな、でも俺の真意を見透かしたような顔で春架さんはそう言った。

 留守。……そうか、まあそうだよな。千夏先輩には千夏先輩の人間関係があって、それで何処か行ったりはするよな。

 やっぱり事前に聞くべきだったな、どうしよう。せっかく来たのに。

 先輩のお母さんと二人きり、は気まずい。いや先輩と二人きりでも気まずいけどさ。

 そんな様子を観察するように、春架さんは俺の顔を覗き込んでいる。……どういうわけか、隣に腰かけて。

 向かい側ならまだしも、なんだこれ。気まずい気まずい。

「んー……大喜くん、顔はおとうさん似ね。中身は由紀子そっくりだけど」

 う。そう見えますか。まああの人見てると確かに「俺ってこの人の子供だな」って思うけど。

「そんな、似てます? 母さんに」

「ええ。考え過ぎて纏まらなくなって、とりあえずって事で動いて失敗するタイプでしょ? 由紀子もそうだったわ、懐かしい」

 うう。本当の事だけど、笑顔で言わないで欲しい。バカは考えた末最悪の選択をする、って匡にもこないだ言われたし。

 ――そうだ。千夏先輩は、俺の事を話したりしてるんだろうか。俺をどう思ってるとか、聞いてたりするのかな。

 知りたいけど、でもそれは憚られる。

 と言うか、怖い。俺はずっと、怖いんだ。先輩は俺を好きなわけじゃない、それを直視したくない。だから逃げ続けてる。

「それと、もう一つ似てるところがあるわ。……大喜くん、奥手でしょ」

「ふぇっ!? あ、いやそのっ」

 突然飛んできたキラーパスは顔面直撃、あやうく湯飲みを落としそうになってしまう。

 まあ、そりゃうん。でもなんで知ってるんだ、まさかそれこそ先輩がそう話したりしたのか。いやでも千夏先輩は俺の気持ちなんか知らない、――筈だ。

 動揺は鎮まらないのに、春架さんは笑って話を続けてくる。

「――千夏とはまだ、セックスしてないんでしょう? せっかく同居してるのに。いっそ襲っちゃいなさいよ」

「ぇ、……!?」

 二発目の痛打を食らい、意識が一瞬揺らいでしまった。この人は今、何を言った。まさか、そんな。そんな、雑談で触れて良い話じゃない筈だ。それは愛し合わなければ、お互いを尊く思い合わなければ、絶対にしてはいけない行為。

 それをこんなに軽く、ぶつけてくるなんて。

 この人は、なんなんだ。

「由紀子も顔の印刷は良いのに、その辺がね。私が背中押さなかったら、大喜くん産まれてないわよ?」

「えぁ、そう、ですか……っ」

 親のそういう話は聞きたくない、それ以上に危険すぎる。でも話を遮れるような事は思い付かない。

 でもこれは、良くない。どうにかしないといけないのに、何も出来ない俺がいる。

 どうせ千夏先輩はいないんだ、適当な理由つけて帰ってしまえば良い。なのに動けないのは、心のダメージだけが原因じゃない。さっきから春架さんが、俺の太股を押さえ付けているから。

 なにかが、おかしい。この状況は、何処かが狂っている。

「あ、……のっ、俺――」

 強引にでも立ち上がろうとしたその瞬間、膝(・)が(・)消(・)え(・)失(・)せ(・)た(・)。いや正確にはガクンと力が抜け、僅かに上がった身体は床に転がってしまったのだ。バランスを崩された、とでも言うのか。そんな、漫画に出てくる武術の達人じゃあるまいし。何をしたんだ、この人は。

 分からない、何もかも。ただ、怖い。この人は、怖いんだ。先輩にそっくりな顔で、でも――怖い。

 

 這ってでも逃げ出そうとしたのは、更に悪手だった。ちょっと考えれば分かるじゃないか、背中を向ける危険性なんて。

 そのせいで腰を捕まれ、下を剥ぎ取られて。俺はあられもない姿で、仰向けに転されているのだから。

「若い子なんて、久しぶりだわぁ……」

 舌なめずりをする春架さんに見下ろされ、まるで肉食獣に捕まった獲物のように俺は震えるしかない。

 そう、俺は恐怖している。なのに、下(・)はそうじゃない。まるで期待するかのように、俺の意思を無視して猛っていく。ちぐはぐになった身体は、金縛りにも似た見えない拘束をかけられて。ただ、されるがまま。春架さんが手を舐め上げ俺へと伸ばしてくるのを、まるで遠い世界の出来事のようにぼんやりと見ているだけだ。

 知識はある、自分でもする。万が一先輩に気付かれたりしたら、とビクビクしながら部屋でしているから。想像してはいけないと思いながら、でもその姿を思い浮かべて。もしこれが自分の手でなく、先輩のだったら。先輩に、して貰えたら。何度も何度も、思ってしまった。射精して罪悪感に項垂れて、二度としないと誓うけど、それは数日と続かない。

 それをどれほど、繰り返してたんだろう。千夏先輩が好きで、好きだからこそ胸が痛くなる。

 今俺に触れようとしているのは、先輩じゃない。でも先輩にそっくりで、だからこそ重ねてしまう。妄想を叶えてくれる、そんな思いを抱いてしまう。胸の高鳴りが、腹が立つくらいに治まらない。

 でも、そんな淡い思いは――すぐに消し飛んだ。

「ぅあ、ぁ……あぁっ!?」

 春架さんの濡れた指が、俺の先を掻き毟るように愛撫しだしたのだ。二本の手が複雑に動き、執拗に先端だけを激しく責めてくる。

 すぐ涙のように粘液が溢れだし、滑りを帯びた指先は止まらない。

 圧倒的な快感の波が、絶える事無く押し寄せてくる。意識は塗り潰され、目の前は白く染まっていく。

 なのに、なのに――!

「出、な……!?」

 恐ろしいほど感じているのに、射精感が全く来てくれない。ただ気持ちいいだけで、頂点から降りられない。

 射精したい、それなのに出来ない。快感で蹂躙されていく頭、それでもどうにかその理由を俺は見つけ出した。

 春架さんの手は常に先端だけを弄り続けて、一切幹には触れてくれない。だから、辿り着けない。

 自分で触れようにも、伸ばした手は春架さんの手によってはね除けられてしまう。

「だーめ。我慢できないと、千夏に嫌われるわよ?」

 楽しそうに微笑む春架さん、その手が近くにあった布を掴んで、そのまま――俺(・)の(・)先(・)端(・)を(・)激(・)し(・)く(・)擦(・)り(・)始(・)め(・)た(・)。

「あ、ぁあーーぁー!! だ、やめ、し……!!」

 指がはい回るだけで壊れそうだった、それなのに。想像も出来ない程の凄まじい刺激が、意識を揺るがして尚。あまりに気持ちよすぎて、気絶さえ出来ない。射精出来ないまま、身体の中に快感が注ぎ込まれ逃げ場を失っていく。

 出口のない、地獄のような快楽。

 恐怖も罪悪感も、頭からすっかりと消えて無くなっている。残っているのは、この地獄から抜け出したいという思いだけ。

 涙で歪む切れ切れの視界、動かない口。それでも死力を振り絞り、俺が春架さんに懇願しようとしたその時。

「あら、……。ちょーっと良い子で待ってなさいね」

 春架さんの手が俺から離れ、スマホを取るのが僅かに見えた。とは言え解放はしてくれない、片手でスマホを弄りつつもう片手で俺の先端を弄びだしたから。それでも責めが緩んだこの瞬間が好機だ、と身体に鞭打とうとした俺は、でも。春架さんの一言で、固まってしまう。

「あ、千夏? どうかしたの?」

 ドクン、と心臓が大きく脈打つのが分かった。春架さんは今、千夏先輩と話している。それを認識した瞬間、俺は全力で口をつぐんだ。もし、声を出してしまったら。あんな声を、聞かれてしまったら。

 心の中に忘れたはずの恐怖が燃え上がり、身体を内側から焼いていくのが分かる。

 ああ、それなのに。

 俺は、この状況に――興奮している。

「え? あぁ、今ね。大喜くん、来てるわよ?」

 チロリと舌を見せ、悪戯っぽい笑顔でそう言う春架さん。その仕草は艶っぽくて恐ろしくて、でも目が離せない。

 聞かれる。気付かれる。その瞬間が近づいているのに、逃げられない。

 ほら大喜くん、とスマホを俺の顔に向けながら。春架さんは、俺を責める手を加速させていく。

『あー大喜くん、ごめんねー来てくれたのに。渚たちがあんまり誘うもんだからさー』

 鈴の音みたいなその声と、下半身の快感が頭の奥で混ざり合う。千夏先輩に責められているような、そんな罰当たりな快感が止まらない。

『今日ちょっと遅くなりそうなんだよね、ほんとゴメン。明日は学校で逢うしさ、なんか用事あったんならその時お願いね』

「は、……いぃ!?」

 返事をするその刹那、手の動きが大きく変わり、俺は思わず声を漏らしてしまう。春架さんは今まで決して触れてくれなかった幹を鷲掴みにし、激しくしごき始めたのだ。

『え、大喜くんどうかした? えー……大丈夫? だよね?』

 心配げな声にどうにか小さく返すも、身体はそんな余裕がない。もう数分、下手をすればもっと早く。先輩に聞かれながら、射精してしまう。

 散々お預けを食ったせいか、既に我慢する力は持っていない。

 春架さんがスマホを自分に引き寄せ、千夏先輩に何か話している、その最中に俺は――。

「……! ……っ、……ぁ……」

 声を殺し、射精していた。

 尿道を駆け抜けていく精液が、止めどなく吹き上がる。

 腰から下が全て溶け落ちたように、感覚が失せていく。

 ガクガクと震える俺を、春架さんは楽しそうに抱き締めてそして。

「じゃ、千夏。また後でね」

 俺の目の前で、通話を終えた。

 

 捕食者の笑みを浮かべて尚、春架さんはあまりにも千夏先輩に似すぎている。

 逃げ出せない、逃(・)げ(・)た(・)く(・)な(・)い(・)。

 隠すものを失った下半身同士が近づいていく事に、俺は期待している。

 これは罪悪感に駆られながら、何度も頭の奥に思い浮かべた事だと。千夏先輩に翻弄され、組み敷かれ、そして――食われる。奪われる。それを、求めてしまっているんだ。

 クチュリと音を立て、春架さんの「入り口」が俺の先端に触れた。さっき擦り付けられた布とは比べ物にならない、熱く濡れた肉が。

「千夏には悪いけど、……いただいちゃうわね……!」

 両手で握り締められるような圧力が、どんどんと降りてくる。先から幹へ、そして根本までもが押し潰されていく。いや潰すだけじゃない、うねって絡み付き、あらゆる角度から責め込んでくるのがハッキリと分かった。

 今まで味わったどんな快感とも、それこそさっき受けた地獄のような快感とも違う、熱く蕩ける凄まじい快感。

 女の人の中にいる、というのがこんなにも圧倒的だなんて。こんなのは、知らない。理解さえ、出来ない。

 ただ一つ分かるのは、これが気持ちいいという事だけだ。

「う"ぁー……あぁ…………っ」

 その快感に流されたまま、身体が決壊していく。壊れた蛇口のように精液がただ溢れていく、止まらない。

「ん、出てる出てる……。良い子で気持ちよくなれたね、偉い偉い」

 子供をあやすような声が、遠くなっていく。このまま気を失いそうだ、でも離れたくない。

 なのに残った精液を搾り取るように肉が蠢き、意識毎吸い上げていってしまう。

「千夏先輩……千夏、先輩ぃ……」

 視界に写るその姿、大好きな人の名を呼びながら。俺は――。

 

 気が付くと、俺はソファに横たわっていた。何が起きてどうなったのか、何も分からないまま。

「あ、起きた。大喜くん、大丈夫?」

 その声に一瞬ビクンと身体を硬直させ、恐る恐る振り向いたその先には。

「千夏、先輩……」

 春架さんではなく、千夏先輩の顔があった。

 まずい、と咄嗟に身体を手で隠そうとして俺は気付く。いつのまにか、服が着直されている事に。春架さんがちゃんと後始末してくれたのか、汗の痕跡すら感じない。

「もう帰ったかと思ってたんだけど、まさかここで寝てるなんて思わなかったよ。お母さんも言ってよ、そしたら大喜くんの分も食材買ってきたのに」

 エプロン姿で包丁片手に笑うその仕草は、とても可愛らしくて。まるでさっきの光景が、良くない夢だったかのように思えてしまう。

 そうだと思いたい、そうであってほしい。

 春架さんはあれから何を言うでもなく、先輩も何を聞くでなく。俺は家に一応電話してから、夕飯をご馳走になった。母さんにはボヤかれたけど、春架さんが説明してくれて一安心だ。……ただ「大喜くん、私をおばさんって言ったのよー」と、思いっきりバラされたけど。

 そして。

「じゃ、送ってくよ。なんか心配だしさ」

 そう言ってくれた千夏先輩と二人、夜道を歩くことになった。

 あの光景が目の前をチラつき、心臓に悪いけど。でもこうやって二人になれて、喜んでいる俺がいる。

 そう言えばあの日もこうだったな、こうやって一緒に夜道を歩くの。近付くのはよくないことだから、と線を引かれたあの時から、俺は相変わらずだ。

 街灯も無い暗い道は、確かに一人で歩くのは心配かもしれない。でも先輩、ここをまた帰るんだよな。……良いのかなぁ。

「ね、大喜くんさ」

 ふと立ち止まった千夏先輩に、何か変な予感がした。あの日もこうだった、そんな気がする。

 胸騒ぎを必死で隠しながら隣に立った俺を見据えて、千夏先輩はこう言った。

「お母さんと、何してたの?」

 短くそして、強い言葉。俺を揺さぶって、余り有る。

 言葉に詰まる俺に、千夏先輩が更に続けてくる。

「人の家であんなに深く寝ちゃうって、よっぽど疲れてたんだね。部活は今一段落した筈なのに、さ。お母さんと、疲(・)れ(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)こ(・)と(・)したの?」

 心臓は早鐘を打ち、口が渇いていく。

 

 何を言えば良いか分からない、どうすれば良いか分からない。

 黙ったまま、それが事態を悪化させると分かっていてもどうにも出来ない。

「……さっき起きた時の大喜くんさ、お母さんの匂いがしたよ。まるで、くっついてたみたいに。おかしいよね、何でだろうねえ……」

 視線はまるで刃物のように、俺を解体していく。

 そして全てが、見透かされていく。

「ふー……ん。そっか、そういう事なのか。ちょっと、――気(・)に(・)入(・)ら(・)な(・)い(・)か(・)な(・)」

 読み取られている。表情から、沈黙から、全てを読み取られている。

 俺の心の奥底まで、見透かして。千夏先輩は、冷たく笑っているのだ。

 どうするべきか、どう言うべきか。頭は全く回らないまま、暗がりの中で沈黙だけが続いていく。

 そして気まずい沈黙は、それを上回る悪意的な言葉に切り破られてしまう。

「ま、良いんだけどね。私(・)を(・)好(・)き(・)な(・)訳(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)もんね、大喜くんは。お母さんが私より年下の彼氏作るって言うのは正直気持ち悪いけどさ、誰が誰を好きになろうが自由だから」

 宜しくやっててくれれば良いよ、と笑って歩き出そうとする千夏先輩。その背中に、俺は。

「違い、ます……。あれは、あれは……!」

 俺の意思じゃない、と言いたい。でも、言えない。俺は、あの状況を楽しんでいたから。逃げ出そうともしなかったから。夢が叶った、とさえ思っていたかもしれない。

 でも、でも。でも――。

「俺が好きなのは、千夏先輩です……! だから、俺は……!」

「ふーん、そう。じゃあ、私が好きなのにお母さんとセックスしたんだ。大喜くんって、スゴい浮気者なんだねぇ……?」

 ゾワリと背筋が粟立ち、一瞬の間に後悔が襲ってくる。しまった、それは最悪の悪手じゃないか。

 本当に千夏先輩が好きなら、拒めた筈だ。でも俺は春架さんに千夏先輩を重ねて、思ってしまった。「千夏先輩に犯されている」と。そうなってしまうことを、どこかで悦んではいなかったか。

 気付かない内に歯の音が合わなくなり、膝が震えだしている。怖い、怖い、怖い――!

 恐怖に支配されていく心は、でも。その元凶が放った一言に、解放される。

「大丈夫だよ、大喜くん。私は怒ってないからね」

 震える俺を抱き締め、頭を撫でて。ちょっと言い方が悪かったね、と微笑んだ先輩。

「大喜くんは、私に嘘なんか吐かないもんね。どうせお母さんが余計なことしたんでしょ、あの人いっつもああだからさ」

 ……いっつも、ってしょっちゅう男連れ込んでるのか。先輩はそれを知っているから、怒らないのか。 

 でもそれは、それは。……あまりにも、歪過ぎる。そしてそれは、小さな影を連れてきてしまう事だ。あの人の娘、千夏先輩もつまり……。

 考えてはいけない事ばかりが頭の中を巡っていく、そしてそれを察したかのように千夏先輩が小さく呟く。

「私が好きって言ったよね。じゃあさ、今ここで私と、……出来るかな?」

 

 路地裏の暗がりで、先輩の前で。俺は下半身を露出している。誰か通りかかれば警察沙汰だし、そうでなくても酷い事だ。一番汚い場所を、一番大好きな人に突き付けているんだから。

 そしてその目の前、闇の中にも浮かび上がるのは白く滑らかなお尻。壁に手をついて俺を待つ、先輩のお尻。

「んー、ソロ以外で使ったこと無いからなぁ……。お母さんみたいには行かないよ、多分ね」

 自分のその、オンナノコを指先で弄りながら言うその顔は、暗くて見えないけれど。声は上ずっていて。

 ……ここから先は、俺の意思ですること。春架さんの前に転がってたのとは違う、全て俺(・)の(・)せ(・)い(・)。そう考えると、僅かに心が揺れてしまう。悪夢から逃れて別の悪夢に飛び込んだような、そんな逃げ道の無さを感じる。抜け出せないと気付かなければ、いっそ良かったのに。

 でもここで引いたら、先輩を今度こそ怒らせる。俺が、終わってしまう。だ(・)か(・)ら(・)――。

「お邪魔しま、す……」

 春架さんのは薄く口を開けていたようだったし、そもそも上から覆い被さって来た。自分から腰を動かして閉じられた肉の間に埋まっていく感覚は、さっきとは大きく違う。違うけど、背筋のざわめきが治まらない。千夏先輩の内側へと入っていく、その異常さに興奮が込み上げてくる。

 何もかも、異常だ。あの部屋へ入った瞬間から、全てがおかしい。

 おかしいけど、でも。もう、良いや。

「ふ……ぅぁ……っ、ちょっと苦しいか、な……?」

 ゆっくりゆっくり、おっかなびっくり先へと進めていく。

 千夏先輩の甘い吐息と、肉が擦れる音。そして伝わってくる快感が、頭を塗り潰す。おかしいなら、それで良い。俺もおかしくなってしまえば良い。

 とすんと何かに突き当たったその時、千夏先輩の身体が大きく揺れた。……ここが、行き止まり。先輩の、一番奥。でも許されるなら、もっと奥へと進みたい。子宮の中まで、この人を知りたい。

 春架さんには感じなかった思いが俺の芯を貫いて、ようやく分かった。やっぱり俺が好きなのは、この人だ。どんなに似ていても、春架さんじゃないんだ。

「千夏、先輩……!」

 僅かに腰を引いては叩き付け、ぱちゅんぱちゅんと卑猥な音を立てながら。まるで恋人同士のように、貪り続ける。

 暗闇の中では、何も見えはしない。それでも繋がっているこの人を、愛している。

「ね、え……。お母さんと、どう、違う、かな……?」

 切れ切れの声に答えようとするけれど、思考は纏まらない。絡み付く感じはあまりしないけど、圧力と熱は更に強い。千切れそうな程に締め上げてくる灼けた肉の暴力が、語彙まで奪ってしまう。

 それでも、それでも。

「千夏先、輩が、気持ちい……い、ですっ!!」

 細かい返事なんか出来ない程に脳が沸騰して、自分の一言に目の前が真っ赤に染まる。

 それ以外の全てが、遠く消え失せて。

 ガクガクと腰を揺らしながら、射精が始まった。

 記憶も人格も、流れ出ていくような。人生の全てを捧げているような。次元の違う、濁流にも似た射精感。

 春架さんに搾り取られて残り少ない筈なのに、精液が止まらない。このまま死んだとしても本望だ、そう思えるくらいに。

 暗い路地裏で、先輩に倒れ掛かりながら。俺は生命の限り、射精を続けていた。

 

 この世の事とは思えない、あの時間から数週間。千夏先輩のおじいさんは無事に手術を終えて、春架さんは再び日本を立った。そしてもちろん千夏先輩は、猪股家へと戻ってきてくれたのだ。

 俺たちの間柄は、大して変わらなかった。あの日の事はどちらも口にしない、気まずすぎるから。まあいつぞやのようなわだかまりも残らず、お互い仲良くなりつつあるけど。

 変わったのは、むしろ雛との関係か。あの後俺は、ちゃんと返事をしたのだ。千夏先輩が好きなのはずっと言っていたけど、結局返事してなかったし。

 ……傷付けたくはなかったけど、それでもこのまま曖昧にはしておけない。お互いのために、良くないから。雛は少しだけ泣いて、俺をぶん殴って。それから「いつか後悔させてあげるから、待ってなさい」と笑ってくれた。

 俺たちは友達に戻って、そして月日は流れて。先輩のウインターカップも終わり、年が明けた頃。

 先輩に呼ばれ、俺はそっちの部屋へと久しぶりに入ることとなった。……うんまあ、前勝手に入ったことはちゃんと謝った。それ以来入ってないけど、なんだか空気が違う気がする。

「さっきお母さんから連絡あって、さ」

 その言葉に、僅かだけれど身体が強張ってしまう。意識しない、と決めたのに。

「えーと、ね。……私、六月の末辺りにお姉ちゃんになるみたい」

 お姉ちゃんに。なる。それは、つまり――?

「おめでとう、ございます……?」

 先輩に弟か妹が出来た、という事か。まあ、無くはない話だろう。うちだって無いとは伊江ない、いやあんまり有って欲しくないけど。生々しくてキツイ。

 しかし、だ。何故鹿野家のプライベートな話を、わざわざ呼びつけてまで。

 そこまで考えて、ようやく俺は一つの良(・)く(・)な(・)い(・)可(・)能(・)性(・)に行き着いた。あれはいつだった、九月の始め頃だった筈だ。そこから九ヶ月と少し後に、春架さんは出産する。それは、まさか。まさか……。

「でね、私も言っておいたよ。お母さん、それと同じ時期にお祖母ちゃんになるよ、って」

 大問題に行き当たった俺の頭を、別角度から飛んできた大問題がぶっ叩く。

 千夏先輩は一人っ子、春架さんに孫が出来るとしたら先輩が産むケースしかない。同じ日に起きた、あの事で当(・)た(・)っ(・)た(・)としたら、辻褄は合う。合ってしまう。

「で、大喜くん。――どうするのかな?」

 ニヤニヤと邪悪に笑う、大好きな人を前にして。

 俺は頭を抱えることも出来ないまま、立ち尽くしていた。

 歪な夢は、終わらない。

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