かなり前、告白どころじゃなかった頃の話です。
始めないと、始まらない。そんなことは分かっているけど、でも。分かってはいるけど、動けない。
千夏先輩に、俺の気持ちを伝えられない。
告白して俺が傷つくのは、まだいい。千夏先輩がうちに居づらくなるのは嫌だし、好きでもないのに生活のために俺の告白を受け入れるなんて事になったら、目も当てられない。
インターハイには出られなかったから。
相応しい男にはなれそうもないから。
あの日の約束を果たせなかったから。
だから、だから、だから、だから――俺は先輩に、好きだと言えない。言ってはいけない。伝わっては、ならない。
そう、思っていた。
でも、今。俺の前で、先輩は微笑んで。
「私も」
――そう、言ったのだ。
千夏先輩と並んで歩く、帰り道。普段は同居がバレないようになるべく別々に帰るけど、今日はたまたま一緒になっていて。体育館の補修で部活もない、ちょっと早めの帰宅中。
まあ、たまにはこういうのも有って良いかな、とね。
いつもの帰り道も、なんだか特別な感じがする。
季節はもうじき、夏を向かえる。夕陽はまだ高く、街を茜色に染める中。俺たちは、二人並んで。
「ねえ、大喜くん」
先輩が俺のバッグを掴んで、道端に立ち止まる。……何でこの人は毎回掴むんだろう。
「大喜くん、さ。私に言うこと、有るよね」
一瞬、心臓が止まりそうになる。
言うことは、ある。
言いたいことが、ある。
伝えたいことが、ある。
でも、でも。それは、違うはずだ。先輩は、そんなこと聞こうとしない。
鎌を掛けられているのか、それともからかわれているのか。
なんにせよ、その事ではないんだろう。
「いや、俺は……」
と、言いかけて。
言葉が、止まってしまう。
日暮れの風にゆれる髪と、真剣な眼差し。
固く結ばれた唇は、無言のまま。それでも。
――逃げることは、許さない。
先輩は言葉でなくその全てで、俺にそう迫っている。
雄弁すぎる沈黙に、息を呑む。
退路は塞がれ、打つ手も上げる手も無い。
俺の無い頭では、ここを切り抜ける事は出来ない。
そう思ったせいか胸の奥に仕舞い込んでいた筈の一言が、上がってくる。
遮る事もできず喉を通り抜け、舌をカタパルトにして。俺の意思に反して口を抉じ開け。
「――先輩、好きです」
僅かばかりの安堵と、凄まじい後悔を残して。俺の口から告白が、飛び出していった。
それは、絶対に言ってはいけない筈の言葉。
俺に、そんな資格はない。思いを伝える資格も、先輩に選ばれる資格もない。
だから、だから、だから、だから、――。
「やっと、言ってくれたね」
でも、でも、でも、でも。先輩は、微笑んでくれている。
まるで、俺の言葉を――受け入れてくれたかのように。
「私も、大喜くんが好きです」
まるで祝福しているかのような夕焼けの中、そう言って。
俺の手を、握り締めた。
その手は熱く、そして強く。
涙が溢れて止まらないのは、夕日のせいじゃない。
目の前が歪んで、何も見えなくなって、それでも。
先輩と手を握りあったまま、立ち尽くして泣き続けた。
二人で玄関に入るその感覚は、どこか浮わついた感じもする。
ほんの一言、それが全てを変えてしまったような。
隣にいるのは、憧れの先輩。同居している、尊敬できる先輩。そして、――恋人。
心臓が張り裂けそうになったまま、形だけでも平生を装って。なんとか、お互い部屋へと上がった。
着替えもしないまま、ベッドに倒れ込むと――一気に体温が急上昇していく。
「なんだぁらぁぁ!!」
枕に顔を埋め、隣に聞こえないように声を上げる俺。
冷静になってみたら、何やってるんだ俺は。いや嬉しいけれども。
道端で告白して大泣きして、なんだこれ。と言うか千夏先輩をどんだけ振り回すんだ俺は。
……いや、先輩こそ俺を振り回しすぎだろ。先輩がああ言うように仕向けたんじゃないか。
でも、あの言い方は。先輩はずっと俺が好きで、告白を待っていたという事で。
もしそれが全部その通りの意味なら、それこそ俺は何やってるんだ。気付けよ俺、もっと早く。
いつから、だろうか。先輩は、いつから待っていたんだろうか。先輩を待たせて、俺は本当に何をやっているんだ。
とは言え、だ。俺たちは、両思いで。告白して。交際が、始まったわけだ。
「――どうしよう、かな……」
恋人、という関係。それは特別なものであって、特別な――事が起こる関係であって。
千夏先輩をそういう目で見ることを、俺はずっと恐れている。
千夏先輩は、眩しくて。美しくて。気高くて。穢してはならない、そういう存在だから。
でも恋人というのはつまり、つまりは。
許される関係になる、ということ。
正直言って、分からない。こんな経験は勿論まだ無いし、相談できる相手もいない。匡でも無理だろうし、雛相手にそんな話はしたくない。雛も額面上は一応女子なんだし。
そうなると、どうすれば良いのか。
ついさっき恋人になって、どう接すれば良いのか。
俺には見当も付かないまま、時間だけが過ぎていった。
単なる同居人から、友達すっ飛ばして恋人となって数週間。
俺たちは――特に変わらないまま過ごしている。
いやだってそんなすぐに変われないし。家には家族がいるし、外ではバレないように基本別々だし。進展のしようが無いし、それに。
それに、……そういう感情を先輩に向けることには躊躇ってしまう。
千夏先輩が尊敬できる立派な人であることは変わらないし、そんな先輩の邪魔になりたくない。先輩を好きでいられるだけでも幸せなのに、俺がそれ以上を望んではいけない気もする。
でもじゃあ、あの告白はなんだったんだという気持ちもある。
俺の頭じゃ、今日も堂々巡り。
何も起きないまま、一日はもう終わろうとしている。明日明後日は土日で学校も休み、どうしようか。
「ん、あ……?」
振動音にふと目を落とすと、スマホがブーブーと通知を鳴らしていた。音切ってたんだっけ、と何気無く持ち上げて――絶句する。
千夏先輩からのLINE。そこに言葉はなく、ただ。ただ、ケープくんのスタンプだけが、あった。
俺が画面を見た数瞬の後、次のケープくんが。そしてその次のケープくんが、矢継ぎ早に飛んでくる。
あの水族館で、俺は先輩に言ったのだ。何かがあったなら、無言で良いからケープくんのスタンプを送ってほしいって。そうしたら、何があっても駆け付けると。
「先、輩……っ!?」
ゾクリと背筋が粟立ち、意識が塗り潰される。先輩は、部屋にいるはずだ。部屋にいるのに、先輩は。先輩は、――!
考える余裕はない、立ち上がれ。
走れ、行け。
それ以外に、なにがある。
「先輩!! 千夏先輩、どうし――」
部屋に駆け込んだ俺の目に写ったのは、いつもと変わり無い姿。スマホを片手に、少しだけ頬を膨らませた千夏先輩が、俺を見据えている。
「遅い」
千夏先輩の声には、どこか怒りが混ざっている気がする。
「あ、……すいま、せん……。スマホ、音切ってて……」
「違う」
怒りの色が、少し強まったような。今遅れた事じゃないとしたら、一体……?
「ねえ、大喜くん。私、そんなに女子らしくない? 可愛い方じゃないとは思ってるけど、そこまでなの?」
「え、いやあの……」
ずい、と先輩が顔を寄せてくる。見据える視線に居すくむのは勿論、漂ってくる良い匂いやチラチラ見える肌色のせいで動くことさえ出来ない。
「私じゃ、嫌なの? 大喜くんはやっぱり、蝶野さんが好きなの? だから――何もしようとしないの?」
「違いま、す! 俺は、千夏先輩が、好きです!!」
好きだから。
好きだから、先輩に触れられない。
先輩を、傷付けてしまうから。
先輩を、大切にしたいから。
それが、先輩の為だから。
俺は我慢するし、それが一番先輩を尊重することになる。
そう、言いたい。でも、口から言葉が出ていかない。
あの夕焼けの中と同じように、先輩の沈黙が俺に突き刺さって。じっと俺に、問いかけ続ける。
――本当に? 本当に大喜くんは、そう思っているの?
嘘も誤魔化しも許さない、氷温の威圧。心の底まで突き通し俺を解体するような、鋭い視線。
先輩が、本気で怒っている。俺の煮え切らない態度に、心の底から怒っている。
俺は、言わなければならない。本当の、気持ちを。
「俺は先輩に、嫌われたく、ないんです……!」
どこまでいっても俺は、男だから。先輩にそういう気持ちを持ってしまうし、期待もしてしまう。
でも、そんな事が許されると思えない。
「俺、先輩とその、色々、したい……ですっ。でも、そんなこと言ったら……きっと先輩、先輩……!」
きっと、いや絶対に退く。
酷く幻滅する。
俺を嫌いになる。
それが確信できてしまうから、俺は怖くて何も出来ない。
先輩のためだとかそんなのは、言い訳だ。
俺は自分が傷つきたくないだけだ。告白出来なかったのも、関係を進められないのも、傷付きたくないからだ。
その為に必死で自分を押さえ込んで、そして先輩を怒らせてしまったんだ。
「ごめん、なさい……。俺を、嫌いにならないで……ください……! 俺、先輩が好きで……先輩に俺を、好きで居てほしいです……」
「大丈夫だよ。そんな程度で、嫌いになったりしないからね」
泣きながら謝る俺を、先輩は。先輩は、そっと抱き締めてくれた。
強く、でも優しく。暖かく、柔らかい。俺が好きな、俺を好きな、千夏先輩。
その胸に抱かれて俺は、また泣き続けた。まるで、小さな子供のように。
明くる日俺たちは、いつぞやの水族館に来ていた。
あのあと先輩は言ったのだ。「したいことは、言おう。ワガママを言い合って、お互い叶えていこう」と。
一方的になにかするわけでも、受けとめ続けるわけでもなく。相手のしたい事を受け入れて、その代わり相手にワガママを言おう、と。
「大喜くんは、考えすぎるから。一つしてもらったら、一つしてあげる。それで良いんだよ」
そう言って笑ってくれた先輩に、まず何を願うか考えて。水族館で「次は付き合った状態で来たいな」と思ったことを思い出したのだ。
それは先輩の「期待」とは少し違うかもしれないけど、それでも。俺は、あの日のやり直しをしたい。いや不満がある訳じゃないけど、やっぱり「デート」がしたい。
そう言ったら先輩も「今度はちゃんとエポーレットシャークの写真も撮ろうね」と喜んでくれた。……なんでエポーレットシャークなんだろう、とは思ったけど。先輩ってああいうの好きなんだろうか。
そして先輩からの「ワガママ」は、「あとのお楽しみだよ」と言われてしまった。いや良いけどね。
二度目の……いやデートとしては初回かもしれない水族館は、さほど間は空いていないけどスゴく楽しい。隣にいるのは同じ人なのに、これがデートの魔力なんだろうか。そりゃ世の中カップルで溢れるわ。
で、帰り際。先輩は駅への途中、やっぱり俺のバッグを掴んで立ち止まった。……ほんと毎回掴むなこの人。前それで膝打ったし。可愛いから良いけどさ。
「大喜くん、私は一つワガママを言います。ユーコピー?」
「あ、アイコピー」
何で無線用語なんだろう、トップガンでも観たんだろうか。この人はやっぱり読めないな。
「ちょっと寄り道したいんだけど、良いかな」
「はい、まあそれは」
英語でいうとユーハブコントロール、お任せします。今度は先輩のターンだから。
そして俺たちは。駅通りから入った路地裏の、……妖しい建物の前に居た。
ハッピーホテル。ファッションホテル。ブティックホテル。色んな言い方がある、そういう場所の前に。
「よし、入ります。異論は聞かないからね」
フンっと気合いを一つ入れて、先輩は俺を引き摺っていく。何の説明もしないままに。
いやまあ、説明ったって。ここは、そういう場所なわけで。
俺たちは恋人同士なわけで、入っても構わないんだろうけど。先輩の「寄り道」がこれで、良いんだろうか。
「シャワー……は後が良いのかな、汗かくと思うし」
前後に浴びれば良いんじゃないでしょうか先輩、と言いたいが言葉が出ない。
間接照明の、いわゆるムーディな部屋のなか。所在なさげに立ち尽くしている俺と、あちこち手探りしている先輩。
なんだこれ。
「この自動精算機っていうの、スマホじゃ払えないんだね。クレカがあればなー……」
先輩は明らかに浮き足立っていて、テンションがやたら高い。それは良いんだけどさ。
これは、本当に「先輩のしたい事」だろうか。俺があんなこと言ったから、そのせいでこんなことをしてるんじゃないだろうか。
「あの、先輩……」
「私もね、大喜くんと色々したいよ。それは嘘じゃない」
俺の疑問を遮るように、先輩が笑う。
それは、つまり。
「私も、大喜くんと同じだよ。嫌われたくないから、言えなかっただけ。だからホントはね、大喜くんを怒れないんだよ」
スッと、肩が軽くなる。先輩は美しくて完璧で、でも。でも、俺と一つしか違わない普通の高校生だ。同じようなことで悩んでいる、当たり前の存在なんだ。
なら。やっぱり俺たちは、一緒にワガママを言い合うべきなんだ。
「ここに来るまでが、私のワガママ。大喜くんは、何をしたい?」
……まったく、この人は。選択肢を減らしてから選ばせるなんて、フェアじゃないけど。でも、良いや。俺は千夏先輩が好きだから、俺の事を好きな千夏先輩が、大好きだから。
「先輩、キスして良いですか」
「勿論だよ」
嬉しそうに笑う先輩と、しばし見つめあう。
こんな間近で顔を見る機会なんて、今まで無かった。先輩は、やっぱり綺麗だ。
目を閉じた先輩の頬に、手を触れて。バチが当たるんじゃないか、と少しだけ恐れながら。
そして俺も、目を閉じ――
「いだっ」
「つっ!?」
……俺たちは見事に、鼻をぶつけあってしまった。
そうか、キスって正面からしちゃダメなのか。鼻が当たらないように、顔を傾けるべきだったかもしれない。
「すいません先輩、もう一回挑ませてください」
「うん、今度は気を付けようねお互い」
照れ隠しにちょっと笑いながら、もう一度。
今度は、鼻を打たないよう慎重に。
先輩と、唇を重ねあう。
先輩の唇は、温かくそして柔らかい。微かに感じる吐息の熱と、先輩の甘い匂い。
キスしたい、と言って良かった。そう、心から思う。
と。先輩は俺を抱き締め、さらに強く唇を合わせてくる。まるで、貪るように。それに応えて、俺も先輩の唇を貪っていく。
長い長い、濃厚なキス。酸欠で頭が痺れ始めてようやく、俺たちは身体を離した。それでも唇と唇は唾液の糸が渡り、俺たちが繋がっている事を示してくれる。
繋がる。ここは、そういう場所なんだ。
ややあって惚けた顔から正気を取り戻した先輩が、俺に微笑む。
「じゃあ、今度は私の版。……したいことって言うか、ルール追加だけどね」
「良いですけど、なんですか?」
「えーと、ね……。出来ないことは断っても良い、って事にしようよ。あの、……私こういう経験無いから、その……」
珍しくモジモジと、言葉を濁す先輩はそれさえ可愛い。
そういう事か、と心の中で思う。これから何をするか、ここがどういう場所か、という事を考えたら分かった。
それは、当然だ。先輩が嫌がることなんか、絶対にさせたくない。我慢して俺に奉仕する先輩なんて、見たくない。そもそも対等なのが恋人ってものだろうし。
「はい。俺は、先輩が好きですから。先輩がしたくないとか、怖いとか思ったら、いつでもそう言ってください。俺もそうしますから」
まあ、色々と俺も知識はあるけど。
世の中の好事家は色んな個性的極まる「行為」をするらしいし、興味もある。それでも、だ。
こういう事は、出来る範囲で良いんだ。そもそも俺だって、先輩に色々要求されても実現できるとは限らない。ちゃんと約束事を作っておこう。
部屋を暗くして、背を向けあって。お互い服を脱ぎあって。……覚悟を決めて、向き直る。
二人とも、一糸纏わぬ姿。全てを脱ぎ捨てた、完全な無防備。お互いに、なにもかも晒しあう姿。
先輩は薄暗がりの中でさえ、眩しく思えるほど美しい。艶かしい肌と曲線を帯びたしなやかな肢体、そして。
――そして。
心臓は早鐘を打ち続け、破裂しそうになっている。視線は先輩の、……そこへと、引き寄せられていく。
凝視してはいけない、と思いながらも。思いながらも、やはり。俺も、男だから。
勿論暗い中だし、外側からそこまで見えるものじゃないのも知っている。でも薄く繁った陰毛の影を見ているだけで、その「奥」を想像してしまう。男だから。
「大喜くん、構わないけどさ……。ちょっとその、落ち着こうか?」
先輩に言われてふと我に返るけれども、興奮自体がおさまるわけじゃない。先輩にも、きっとそれは伝わっている。視覚的に、それはもう分かりやすい形で。
恥ずかしい、でもそれもお互い様の筈だ。
我慢が効かなくなりそうで、でも必死で食い止める。約束は、守りたいから。
「先輩、その……先輩の、そこ……さわったりして良い、ですか」
「あ、う……ん」
ちょっとだけ、恐れるような顔をしたけれど。先輩は、受け入れてくれた。
先輩と抱き合うように身体を合わせて、左手で支えるようにして。肌の上をなぞりながら、右手を先輩の、……脚の間へと這わせていく。
指先が、陰毛に触れて。そこを過ぎると、熱く湿った肉の感触が伝わってくる。今まで触れたことがない、初めての感覚。これが先輩の、大切な場所。ゆっくりと、そこを指先で……
「あ、のっ、ちょっと待って、くれる、かなっ」
先輩の身体がビクンと跳ね、拒絶の言葉が漏れた。反射的に右手を引っ込めると、先輩はバツが悪そうに笑う。
「ごめん、私やっぱり……ちょっと怖い、かも……」
先輩が嫌だと言うなら、俺はここで止めても良い。むしろ、先輩に我慢なんかしてほしくない。
俺は、自分が気持ちよくなりたいわけじゃない。大好きな先輩を、幸せにしたいんだ。
だから、ここで終わりにしても構わない。先輩が、好きだから。
でも先輩は、止めようとは言わなかった。言わないで、くれた。
「大喜くん。私は、大丈夫だから。でもちょっとだけ、準備させてくれるかな」
先輩は恐れを振りきるように笑ってベッドに腰かけて。
自分の、そこを――ゆっくりと触り始めた。右手の中指で円を描くように、そして優しく労るように。やがて左手の人差し指が参加し、肉を掻き分けるようにして内側へ潜り込み卑猥な音を奏で出す。
大好きな人が、目の前でしている。その様が、興奮を呼ばないわけがない。でも、俺は動かない。先輩は、言ったから。だから、俺は待っていないと。
先輩の痴態を、かぶり付くように見続けるという異様な光景。
当の本人は蕩けた顔で弄り続け、シーツに染みを広げていく。俺の事なんか、忘れたように。一人で、気持ちよくなっている。
それは、別に悪いことではないけど。でもちょっとだけ、寂しさを感じ始めたその頃。
先輩が手を止め、荒い息を吐きながら俺に笑いかけてくれた。
「大喜くん、良いよ……。触って……」
その優しい笑顔に、少しだけ泣きそうになるけれども。
促されるまま触れたそこは、さっきよりもずっと熱くなっている。
どこがどうなのか分からないけど慎重に触れていくと、ある場所で指先が埋まる感覚がした。
抵抗なく入り込めるけど、折れそうな強さで締め上げて来る。入り込むモノを歓迎するような拒絶するような、そんな不可思議な感触。
ゆっくりゆっくり、おっかなびっくり、その奥へと指を進めていく。
「ん、その辺……指で擦って……ね……」
言われるままに、中で指を動かしていくと。
先輩の口からは次第に切れ切れの喘ぎが漏れ始め、指への締め付けはどんどんと強まっていく。ここが、先輩の感じる所。そう、確信する。
さっきの先輩を真似して外側も触っていくと、すぐに先輩は悲鳴のような声と共に頤を跳ね上げた。直感する、これが先輩の絶頂だと。その姿は、信じられない位に美しくて。
ギチギチと締め上げる先輩から引き抜いた、粘液まみれの指を迷わず口に運んでしまう。
舌の上に広がるのは酸味の強い、先輩の味。
先輩の、快感の味。
これ以上無いほど、俺を発情させる味。
我慢がもう、限界に近い。でも、次は先輩の番だから。俺は、ちゃんと約束を守るから。
先輩はそっと目を閉じ、数秒考えるように沈黙して。そして、微笑んだ。
「大喜くん、……して。私を、愛して」
どうすれば良いのかは、よくわからない。それでも、愛したい。愛されたい。お互いにきっと、そう思っている。
横たわる先輩に覆い被さるように、身体を近付けて。顔と顔、胸と胸、腰と腰が接触していく。
さっきの千夏先輩の姿を脳裏に描き、イメージを構築する。先輩へと、入る為の。
「ん、そのまま……進ん、で……」
瞳を潤ませる先輩の声に導かれて、俺は――
「あ、あ……れ?」
……粘ついた感触と共に、空を切ってしまった。
「す、すいません、もう一回……」
今度はずるりと滑り、先輩の太ももを擦ってしまう。
分からない。どこをどう進んだら良いのか見当も付かない。こんなに難しいのか。
怖くて先輩の顔が見れない。きっと、白けている。冷たい目をしている。俺に期待する方が悪かった、と思っている。
こんなに俺が沈んでいるのに、下半身だけ元気なままなのが恥ずかしくて仕方がない。
やっぱり、無理なんだろうか。
「――大喜くん、大丈夫だよ」
まるで、俺の心を読んだように。先輩は、そう言ってくれた。俺が欲しくて仕方なかった一言を、くれた。
そして。
「こうすれば、場所が分かりやすい、かな?」
クチュリと音を立てながら、左手で自分のそこを押し開いて。俺に右手を添えて。俺を、導こうとしてくれている。
ああ、俺はやっぱり。この人が、好きだ。俺の弱さを受け止めてくれる、俺が強くなる切っ掛けをくれる、大切な人。千夏先輩は、俺の全てだ。
迷いが晴れて、真っ直ぐに。ゆっくりとでも確かに、先輩へと進んでいく。
指一本さえ折れそうなほどに狭い道に、先が食い込んで。――そのまま、呑み込まれていく。
ほんの一瞬、先輩の眉根に皺が寄ったように見えた。でも、それ以外に大きな抵抗は無いままに。
先輩の奥へと続く、その回廊に俺は。全て、埋まりきった。
「ぅあ、あ……っ」
動くことさえ、出来ない。熱く、強く、締め上げられて。
それに先輩の中は、さっきは気づかなかったけど蠢いている。一瞬の間も無く、形を変え続けている。
女の人って、こうなのか。こんなに、スゴいのか。
ゾクゾクが治まらない。お預けを食った時間の分、快感が膨れ上がっていく。
でも、俺はまだ、先輩に何も出来ていない。一人で勝手に気持ちよくなるのは、嫌だ。先輩と一緒が良い。
歯を食い縛り、爆発しそうな快感を強引に押し込めて腰をなんとか動かしていく。万力のように締め上げられながらも、少しずつでも根性でどうにか。そういうのは、得意だから。俺だって、伊達や酔狂でスポーツ男子な訳じゃない。
さっき先輩が感じた辺りをどうにかイメージし、そこを擦り上げられるようになんとか頑張ってみる。
ぶつかり合う腰の音とねばつく水音、荒い吐息とお互いの名前を呼ぶ声。何もかもが、遠くなっていく。抗いがたい何かが、意識を押し流そうとしてくる。
もうじき、決壊する。理屈じゃなくて、身体の芯がそう告げている。千夏先輩も、きっとそうだ。先輩はもう視点さえ定まらないまま、汗と涙と涎で顔は濡れきっていて。でも、それでも天使のように美しい。
夢中で先輩を掻き抱き、その唇にキスをした刹那。とうとう、それはやって来た。
「ぁ、あ、あぁ……っ」
身体が崩れるような、強烈な蠢動と共に。暴力的な快感の波が、意識を叩き潰していく。
痛みに近い快感を伴い、精液がドクドクと先輩の奥目掛けて噴出しているのが分かる。止められない。止まらない。命そのものを打ち出しているかのようで、目の前が暗くなっていく。
意識が消え失せる、僅かの間に見えたのは。幸せそうな、先輩の微笑みだった。
「いやー、死ぬかと思ったよ」
「俺は死んだと思いました」
ベッドに二人並んで、見覚えの無い天井を見上げて。俺たちは、笑いあっている。
いやまあ気がついたら先輩に抱き締められてたから、てっきり天国に行ってしまったんだと思った。だって先輩、天使だし。
しかし、凄く疲れた。こんなに疲れる事を一晩中する人たちもいるらしいけど、どういう体力しているんだろう。
もう一回したいけど、そうするとたぶん家に帰れなくなる。
しばらく横になって、時間が来たらシャワー浴びて帰ろう。そう言いはしたけど、果たして大丈夫だろうか。寝ちゃわないように、身体を起こしておいた方が良いんじゃないだろうか。
でもま、寝ないようにこうして喋っているのも楽しいから良いか。
「大喜くん、今度は何したい?」
「そうですねー……今はこうして、隣にいてください」
「欲がないねぇ」
ケラケラ笑う先輩は、やっぱり可愛い。
そのまま、手を握りあって。二人並んだまま、とりとめの無い話をして過ごした。
ま、これで平和に過ごせれば良かったのだけれど。
俺は先輩を背負ったまま、家路を歩くことになってしまった。
「大喜くん、おんぶを要求します」
ホテルから出て少しした辺りで、先輩がそう言い出したのだ。歩けない、と。……そうだろうな、とは思う。俺は男だから詳しくは分からないけど――まあ、それは。身体のそういう場所を何度も何度もああいうもので突き続ければ、それは。健康には、良くないよな。俺のせいなんだし。
で、先輩を背負ったのは別に構わないんだけど。途中で「漏れて来たからコンビニでサニタリーショーツ買って」とか言われたのはちょっと困った。そもそもサニタリーショーツって何なのか俺は知らなかったし、先輩を背負ったままじゃコンビニ入れないし。そして悪いことに店員さんは若い女の人で、かかなくていい恥をかいてしまった。……これも俺のせいなんだけどさ、俺のが垂れてきてるわけだから。
それよりも問題だったのは。
「……何やってんの大喜、と千夏先輩。なんか生臭いし」
どういうわけか、雛とバッタリ会ってしまった事だ。なんてタイミングだろうか、神の見えざる手すら感じてしまう。
まさか本当の事なんか話せないし、でも先輩を背負って歩く理由なんかあるわけ無い。そもそも人を背負う理由ってなんだ、人命救助以外にあるのか。
ただでさえ無い頭が更に弱っているこんな時に、面倒くさい奴め。
「……ウェイトトレーニング、です」
「いや系統からしたら確かに亀仙流の修行なんだけどさ、なんなのよあんた達」
雛は訝しげな目で俺を睨んでくる。が。
「まぁ、良いわ。今度ゆっくり聞くから。これからちょっと匡の所行かないといけないからさ、んじゃね」
割合あっさりと、雛は去っていった。ナイスだ、匡。
しかし明後日、月曜になれば嫌でも学校で会うことになる。その時までにうまい良いわけを考えないと。ああ、なんでこんな。
なんとか家へ帰りつき、一息吐いた頃には俺も足腰が限界になっていた。
いや先輩が特別重いわけじゃなくて、自分と変わらない大きさの相手をおんぶして長距離を歩く事自体が相当に疲れるからだ。心労もあったし、そりゃ疲れるさ。役得はあったけどね。背中に先輩の、……胸が当たってたし。
「大喜くん、さ。次はどうする?」
次。それは今から二回戦しましょう、とかそういう意味ではないだろう多分。次は俺のターン、って話のはず。
でも弛緩した頭じゃ、上手く思いを描けない。
出てくるのは、飾りの無い本心だけだ。
「ずっと、一緒にいたいです。来年も再来年も、ずっと。ずっとずっと、俺と一緒にいてください」
これは俺の、一番の願い。
一番大きな、ワガママ。
先輩が、聞いてくれるかは分からないけど。それでも、俺の気持ちは変わらないから。
千夏先輩は、ニッコリと笑って。俺を、抱き締めて。
「私も。私も、そう言いたかったよ」
涙を浮かべて言いながら――キスしてくれた。
そのキスは、温かくて。柔らかくて。心地良い。
この先に、何があろうとも。
交わした約束が、あるかぎり。
俺たちは、決して離れることはない。