好きになってくれた人を、好きになれば良い。それで何も問題なかったのに、なんでだろう最近はうまくいかない。
そもそも彼氏を切らしたままクリスマスを迎えた辺りで、どうも変な感じはしたのだ。菖蒲らしくない、なんとなく何処となくイヤーンな感じ。
加えてそこに拍車をかけたのが、お姉の勘繰り。あの陰険メガネは雛っちを好きなのに、どういう風に誤解したんだろう。あんたとお似合いとかなんだとか、あるもんか。
そう、その筈なんだ。バレンタインにチョコを渡さなかったのは、こんなの菖蒲らしくないから。別に臆した訳じゃない、そんな理由はない。
なんだけど、なんだけど――。
気になって気になって、仕方ない。これは一体、どういう感情なのだろうか。
眠れない。なんだか余計なことばかり考えて、モヤモヤが収まらない。
薄闇の中で考える、堂々巡りが終わってくれない。
いのたの好きな人はちーちゃんで、ちーちゃんの好きな人はいのたらしい。いや、別に構わないんだけどいつのまに。
考えてみれば確かに、最近は一緒にいる所をよく見る気がする。釣り合いがとれているかはともかく。
そしてそれよりも不可解なのは、これを教えてくれたのが他ならぬ――雛っちだと言うこと。あれだけいのたを好きだった雛っちが、二人の関係を受け入れて祝福している。空元気でも自棄っぱちでもなく、恐らくは心から。
そりゃまあ前向きになってくれるのは有り難いけどさ、でもさ。そうなるように唆したのが、あの陰険メガネだというのはやっぱり納得がいかない。
傷心に付け込んでモノにしようとかしないのは良いんだけど、何を考えているんだか。
それに、それに。ここ暫くは妙に菖蒲とニアミスするんだよね、狙ったみたいに。それを不愉快とは思わないけど、なんだか変。
何より変なのはでも、菖蒲自身。
ここ暫くはずっとあのメガネを追いかけている、こんなの菖蒲じゃないのに。
菖蒲はいつだって、追われる側だ。追いかける恋なんて知らない、したことがない。
いやそもそも、菖蒲はあのメガネの事なんか――。
「アイツは雛っちが好き、なんだもんね……」
雛っちは大事な友達、決して裏切ったりは出来ない。いのたとダメになった以上、これからはメガネとくっつくだろう。あんなにも仲が良いんだから。
そうだ、そうに違いない。枕をポンと放り投げ、菖蒲はベッドの上で手を叩いた。
――いや、やっぱりダメかもしれない。
どうしてこうも、胸が痛いんだろう。雛っちとメガネ――笠原君が一緒にいるだけで、頭の奥に爪を立てられている気がする。
こんなのは、こんなのは菖蒲じゃない。菖蒲はいつだって、完璧に可愛くて最高に愛らしい。それはいつも、自分が最優先だから。菖蒲は誰よりも菖蒲が好き、その菖蒲を好きになってくれる人が好き。自分より好きな人なんて、いちゃいけない。
それなのに、どうして。
血が出るほど強く拳を握り、菖蒲はどうにか自分を立て直す。これくらいで挫けるな、菖蒲は菖蒲でいないといけないんだ。
決意と共に顔を上げた時にはもう、二人の姿は見えなくなっていた。
そうだ、マネージャーの仕事をしなければ。いつまでも突っ立っていられるか、手のかかる連中のお守りが待っている。
いらない事は忘れてしまえ、と駆け出した――つもりだった菖蒲。でも実際には一歩も進まないまま、へなへなと崩れ落ちていく。
あ、不味い。これ、色々と不味いやつだ。バイクのアクセルワイヤーが切れたみたいに、気力と身体が連動しない。たまにある、調子が特に悪いときのアレ。柄にもなく悩んだりするから、脳がジャムったのかもしれない。
視界はクリアなまま、動きだけが不安定になっていく刹那。誰かが菖蒲の手を掴み、結構な力で引き起こした。
「……守屋マネ? どうかした?」
聞こえてきた声は、誰あろう悩みの源泉。笠原君、その人だったのだ。
触れる手が熱く思えるのはきっと、菖蒲が不調だから。胸が高鳴るのもそのせい。
大丈夫だから、と離れようとした筈なのに身体はどういう訳か逆に行ってしまう。笠原君の胸にポスンと押し当たって、そのショックでまた何かの配線が壊れていく。理由も分からないまま涙が溢れて、もうどうして良いやら。
「あー……っ、不味いか……」
小さく漏らされた声に、涙は加速する。そうだよね、雛っちに誤解されるよね。すぐに泣き止んで離れよう、そうは思えどうまくはいかない。ついさっきまでの決意が揺らぎ、嗚咽まで出始めそうになってしまう。
何か別の事を考えろ、何でも良い。何か、何か。
――そう頭をフル回転させようとした、その瞬間。菖蒲の思考は、横から殴られたように止まってしまう。だってこのメガネ野郎と来たら、とんでもない事を言いやがったのだ。
「松岡先輩に誤解されるたら、色々困るんだよね……。あの人そういう話好きすぎるし」
涙はピタリと止まり、口から出るのは呆気に取られた溜め息だけ。
何をいってるんだ、こいつは。どうしてここで、あの人の名前が出る。
もしや、まさか。そう言えばにいなちゃんも言ってたっけ。男子は基本、
「アンタ、雛っちじゃなくてあの先輩が好きなの!?」
仮にそうだとしたら、菖蒲は何を悩んでいたんだ。アホじゃないか、いやアホだ。
なんだか馬鹿馬鹿しくなり、気が付けば菖蒲は笑い出していた。
何を勘違いしていたんだか、泣けてくるのはきっと自分にあきれ果てたから。
きっとそうだ、きっときっと。
あー……いっそ楽しいわ。
…………………
……………
………
「てっきり守屋マネは、松岡先輩に気があると思ってたんだけどな」
笑いすぎて酸欠を起こした菖蒲を介抱し、缶の紅茶を買ってきてくれた笠原君はそんな風に呟く。
いや、いやいや。いやいやいやいや。なんでぇなら。いやなんでぇならもなんでぇならだけど。それ以上になんでぇならなのは、笠原君の真意。
笠原君は菖蒲を好きに、
でもそんな時に、松岡先輩にチョコを渡した所を見てしまった。あれは菖蒲が日和っただけで、捨てるよりマシだろうと余り物を押し付けただけなのだけれど、そんなのが言わずに分かるとは思えない。実際それを理由に、身を退こうとしていた。それで良いのだと。
「正直またか、とは思ったよ。サキで懲りてたし」
何処か寂しげな顔で笑う笠原君は、だけど真っ直ぐに菖蒲を見つめて語ってくれた。
好きな人がいた事、想いが伝わらなかった事。人を好きになる辛さを、思い知らされた事を。だからこそ、雛っちを見守りはすれど背中を押したりはしなかった。……菖蒲はホント余計なことしちゃったんだなぁ、と少しだけ反省させられる。
一歩引いて後ろから支える立場に徹していたのは、その為だったのか。
自分が誰かを好きになるより、誰かに好きになってもらうより、そうやって過ごす。それはきっと、間違ってはいない。それに笠原君の気持ちは多分、菖蒲には一生分からない。そんな思いをした事も、する事も無いだろうから。
それでも、それでも――。
「もう二度としない、とか考えるのはさ。……早すぎると思うよ」
菖蒲は本気で人を愛した事なんか、多分まだ無い。そんな菖蒲の言うことは、自分でも笑っちゃうくらい軽い。そう思っても尚、菖蒲は肯定し続ける。人を好きになる事を。
だから言おう、勇気を出して。菖蒲らしくない、なんて誤魔化す方が菖蒲らしくない。
「菖蒲は、……私は君が好き」
好きになってほしい、とまでは言わない。そこまでの贅沢は言わない。
ああでも、
こんなのは、知らなかった。雛っちはこれを経験して、それでも敗北を受け入れた。菖蒲にそれが出来るのか。
怖々と、それでも目をそらさない。臆するなんて、菖蒲じゃない。誰が相手だろうと、どんな状況だろうと、菖蒲は一歩も退きはしない。ここで下がれば、世界の果てまで後ずさる事になる。
流れる沈黙は、どれくらいか。永遠のような数分間を経て返ってきたのは、小さな一言。
「ありがとう、――嬉しいよ」
菖蒲を抱き締めるその手は、わずかに震えて。でもとても、暖かい。生まれて初めての告白を終えた菖蒲には、熱いくらいだ。
夜の帳が降りようとしている中で二人、ただ抱き締めあう時間だけが流れていった――。
告白されて付き合って、キスもその先も何度も経験してきた。だからこそ、悩んでしまう。
付き合い出してゆっくりと距離が縮まり、やがて迎えたお泊まりの夜。
破裂しそうな胸を押さえながら、菖蒲は笠原君に向き合った。
「菖蒲は、さ。……初めてじゃないんだよね」
言うべきか言わざるべきか、迷った末に出た言葉。実際それで冷めて別れた事もあった、男の子的には相手が初物か否かがとても大きいらしいから。
最初がいつだったかは、もう覚えていない。確か小学校の中学年くらいの筈だけど。
まあ中学に上がる頃には気軽な童貞捨て場だのチェリーバスターだの、すごい失礼な渾名が着いてたっけ。まあ本人的には大したことでもない、好きだと言ってくれるんだからそれくらいはって感じ。
とは言え笠原君がこれをどう思うかは分からない訳で、それに向こうにはトラウマがあるんだよね。彼氏連れで帰ってくるのに遭遇して、隣から聞こえてくるギシアンに辟易させられたとか。うん、酷い話だと思うよ実際。
それを思い出したのだろう、伸ばされた手がピタリと静止した。でも時間が止まったのは、本当に僅かな間だけ。
再び動き出した手は、菖蒲の頬を撫でていく。
「そっか。じゃあ俺は初めてだから、頼っても良いかな」
飛び出した言葉には、刺も何も含まれてはいない。純度100%の、少しだけ照れ臭そうな笑顔がそれを裏付けている。
気にもしない、それは気遣いなのか鈍いだけなのか。
まあ、良いかな。どちらであろうとも、同じことだ。どうせ人の腹の中なんて正確には知る由もない、こっちで解釈すればそれで良い。お互いに、ね。
「――仕方ないなあ、じゃあおねーさんが教えてあげようねぇ~」
お前同い年だろ、なんて小突かれながら菖蒲はもう一度キスをする。深く、深く。
お互いを貪るように上気した肌を合わせあい、身体の隅々まで知り尽くさんと指を這わせあう。不器用な笠原君の触れ方は、でも嫌いじゃないな。胸を持ち上げるように揉みしだきキスを落としてくれる、甘えん坊さんの愛し方。本当に男の子って好きだなぁ、こういうの。
夢中で乳首に吸い付くその姿は大きな赤ちゃんだな、可愛い可愛い。
そしてもっともっと、と息を荒くしながらまさぐる菖蒲の指は笠原君の
――おお。意外と……は失礼だな、結構なものを御持ちで。まあ大事なのはサイズでも持久力でもなく、相性なんだけどさ。
そっちに関しては、期待できそうだ。
「ん……っと、入れられるかな? 菖蒲が乗った方が良い?」
「……お任せします」
あーまあそうなるよね、とニヤニヤしつつも菖蒲は腰を浮かせてそっと身体を合わせていく。いわゆる対面騎乗位ってやつだ。
ぐにり、と押し当たった肉の塊。それを呑み込む要領で少しずつ腰を落とし、お腹の奥へと送り込む。もう何度したか分からない、何人としたかも分からない。それでもこの、入ってくる瞬間は毎回胸が熱くなる。
でも菖蒲は柄にもなく思ってしまうのだ、これが「初めて」であって欲しかったと。他の誰でもなく、笠原君だけを特別な存在として身体に刻みたかった。
まあもう良いかな、過ぎたことを気にしても仕方ない。笠原君の「初めて」にはなれたんだから、それで良いや。
悩みを振り切るべく一気に腰の速度を上げ、――ようとした時。
「う、……ぁっ」
放たれる呻き声、それにコンマ数秒遅れて胎内に甘い熱が迸った。
ありゃ、出ちゃったのか。もうちょっと加減するべきだった、かな。でもまあ、これでお開きって訳じゃないし。
笠原君もそう思ったのだろう、一瞬悔しそうな顔はしたけど今度はぎこちなく腰を動かし出した。さすが男の子、頑張るねぇ。
下手だけど愛しい、なんて思ったのはそれこそ初めてかも。
ずにゅずにゅと抉られながら菖蒲も菖蒲で腰を振りつつ、中で弾ける精液の感触を楽しみながら声を上げていく。本気で喘ぐと退かれたりするから普段は控えてるけど、今日は構わないだろう。むしろ知ってほしい、菖蒲の本気を。
それでも繋がっていられるのが絆ってモノなんだろうしさ。
あれから暫し。まるで初恋みたいな日々を過ごし、菖蒲たちは今日も一緒に過ごしている。まあ平日だし部活終わりにならんで買えるくらいだけど、これでも幸せだから大したもんだ。
――と。
目の前の道を歩いていくのは御同輩、栄明が誇るバカップルの姿がそこにあった。最近やたらツヤツヤしてるちーちゃんと、その後ろをよろめき気味に着いていくいのた。何を話しているのかいないのか、幸せオーラを撒き散らしては周囲を呆れさせまくっている。あれでも本人たちは、隠れて付き合ってるつもりだから困ってしまう。
傍から見たら菖蒲たちもバレバレなんだろうか、そうじゃないと良いけど。あれこれと色んな男子……まあ時には女子とも付き合ってきた菖蒲も、どういう訳か今回はあんまり大っぴらにする気が起きない。
恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、邪魔されたくないからかな。これから先誰かから告白されたとしても、菖蒲は断ってしまうと思う。もしかしたらこれが、最後の恋になるのかも――なんてね。
あと笠原君的には、同じ部活だからこそ隠しておいた方が良いとか。西田部長とか西田部長とか、あと西田部長が絶対僻んで暴れるからって。うん確かに、あの坊主頭は色々やらかす。いのたとか健吾辺りならそっとしておいてくれるけど、あれは多分ろくでもないちょっかいをかけてくれる。それを思うと、しばらくは隠した方が懸命だ。
季節は流れ始め、風の匂いも移り変わる。来月、来学期、そしてその先。二人で過ごす時間がどうなるかなんて、まだまだ分からない。そんなのは遠い未来の話、今考える事じゃない。
まず考えるのは、この週末の事。練習は土曜の昼だけ、午後から日曜一杯は予定もない全休だ。せっかく二人きりになれる時間、ダラダラと頽廃的に過ごそうかな。あーでも、遊び行くのも良いな。どうしようかな、なにしようかな。
ああ、ああ――幸せすぎて死にそうだ。