千夏先輩と過ごす日々の中で、改めて思う。愛が重い、と。
いや光栄だけど、結構なウェイトなんだなぁ。千夏先輩だけがそうなんだろうか、いや他を知らないからどうにも語れはしないけどさ。
最初にそれを実感したのは、誕生日の夜の事だった。付き合い初めてからまだ一ヶ月も経ってない、触れる事さえ躊躇ってしまうそんな時期。
色々あって家族がいない猪股家で、千夏先輩と二人きり。一緒にオムライスを作って、名前で呼ぶ呼ばないでちょっとだけ熱くなったりならなかったり。そんなこんなで夜は更けていって、そして――。
気が付けば俺は、千夏先輩に抱き締められていたのだ。
一体何がどうなってるんだろう、さっぱりだ。風呂から上がってもまだ皆は帰ってきていなくて、先輩が髪を乾かさせてとか言い出して。髪をわしゃわしゃされながら、照れ隠しに軽口を叩いたりしていた筈なのだけれど。
確かに胸は高鳴った、もしかしたらと期待をした。誕生日おめでとうのハグとかしてくれるのかなー、なんて思ったりしたし。
ただ、これはハグと言うには結構強いし顔が近すぎる。先輩は耳まで真っ赤、そして俺も多分そうだろう。こんな真正面からこんな、こんな。……良いんだろうか、これは。許されるんだろうか。
「今日だけ。今日はまだあるから、まだ良いよね」
まるで思考を読んだかのように先回りする先輩の声、そこに混ざるのは荒い鼻息。……待て、これはなにか――おかしい。
千夏先輩の瞳は明らかに蕩けきり、腕の力はどんどん強くなる。当然密着しあう身体からは、布越しとは言えその柔らかさと熱さが伝わってきた。この人下何も着けてないんじゃないだろうか、熱すぎる。
違和感を悟ってわずかに身を捩ろうとする俺の顔へ、千夏先輩の顔がぐっと近付いた。
一瞬目の前が翳り、唇へと何かが押し当てられる事数秒。その短い時間は、俺の頭を沸騰させて余り有り過ぎる。
キスした、キスされた。その事実が、余りにも大きい。
「ん、ぁ……。そっか、こんななのかぁ……」
顔を離しても尚俺たちを繋いでいた唾液の糸を指で拭いながら、千夏先輩は妖しく微笑む。まるで獲物を前にした、捕食者のように。
これは、不味い。千夏先輩は今、ブレーキが壊れている。このままでは、行きつくところまで行かなければ止まらないかもしれない。
その証拠に先輩の手は既に、俺の服へとかかっているのだ。
想像したことがない、なんて白々しい事はいえない。千夏先輩とそういうことをする妄想で、何度自家発電に励んだか。毎回自己嫌悪に沈むと分かっていながらも、俺は欲望に負け続けてきた。でもいざこうやって迫られると、喜びより戸惑いが先に立つ。
それに、だ。今ここで、この状況では絶対に不味い。いつ母さんたちが帰ってくるか分からないのに、呑気に襲われてはいられない。
でもあまり強く拒絶すると、また「良くないこと」として線を引かれかねないしどうすれば良いのか。それはそれで困るし嫌だ、せっかく付き合いだしたのに。
ただでさえ回りの悪い頭がショートし始めた、そのコンマ一秒後。取り返しがつかなくなるまであと刹那の段階で、玄関先から大きな音が響く。
俺にとって救いなのかなんなのか、それを判断する余裕がないままに事態は動き出す。
「ただいまー、ごめんね遅くなっちゃってー」
お詫びに美味しいケーキ買ってきたからー、と明るい声の母さんを筆頭にしてドヤドヤ入ってくる家族たち。
その視界に入るより早く千夏先輩は弾かれたように俺から身体を離し、おかえりなさい寒かったでしょうと優等生モード。でも俺は気づいてしまっている、鍵が開いた瞬間千夏先輩が思いきり舌打ちした事を。
この女、本気で俺を襲う気でいやがった。
まあ考えてみればこの人、そもそもの時点でブレーキ付いてない可能性が高い。なにしろ我を通す事を家族より優先して単身日本に残ったくらいだ、止まるという概念なんて無いかもしれない。
いくら付き合っているとは言え、こういうのは心臓に悪すぎる。出来れば控えて貰えると嬉しいかも。
運ばれてきたケーキを前に改めて誕生日を祝われつつ、胸を撫で下ろす俺。
多分今まで生きていて一番疲れた誕生日は、こうして終わりを迎えようとしていた――筈だった。
俺はまだまだ、千夏先輩という人を知らなすぎる。
安堵するには余りにも速すぎた、あの魔人相手に油断するべきではなかった。
ドアにかかっていた紙袋に気をとられて背後を警戒しなかった俺は、呆けた顔のまま襟首を捕まれ。いつのまにやら隣室へと引きずり込まれているのだから。
そうだ、そうだよな。俺たちの部屋は母さんたちの寝室の真上にあるわけではないし、プライバシーを尊重して先輩が入ると決まってから簡易的とは言え防音工事を施してある。そんなこんなを聞いて千夏先輩は申し訳なさそうにしていたけれど、母さんは気にしないでと笑っていたっけ。『他所の娘さんを預かる以上、幸せに暮らしてもらう責任がある』とか、父さんが俺だけにコッソリ話してくれた事もあったな。
つまりはよほど暴れない限り、階下の大人たちが様子を見に来ることなど無いとこの人はわかっているのだ。
あれよあれよという間に放り投げるように……と言うか実際ベッドにポイっとやられ、手をフレームに縛られてしまう。なんだこれ、山賊か。町娘を手込めにするやつか、なんて暴れん坊だ。
さすがにこれは怒っていいやつだ、と開こうとした口は、でも何も言葉を紡げない。
俺を組倒す千夏先輩の瞳には、大粒の涙が浮かんでいたから。
「ごめん。でも、これ以上我慢したくない。大喜くんがほしい、全部全部全部。何もかも、私のものにしたい」
黒い瞳は真っ直ぐに愛のため立ち上がり、視線はまるで花を揺らす風のように俺を射抜いていく。
逆らうことを許さない、本気の涙。
これはもう、覚悟を決めるしかない。
目の前で行われているのが現実か否か、それさえ曖昧になっていく。
自身の脚の間へ手を伸ばし、かきむしるような仕草で水音を立て続ける千夏先輩。溢れる粘液は止まる事無く足下を汚し、広がっていく。
その顔は上気し、はあはあと激しく甘い嬌声を上げていく。まさか女子のオナニーなんて、見る日が来るとは思わなかった。
ガクガクと腰を震わせる千夏先輩の恥態はあまりに扇情的で、俺もまたどんどんと昂っていくのが分かる。そしてそれは千夏先輩にも伝わったのだろう、自分を愛撫する傍ら俺にも触れようとしてきた。
ついっと撫でられただけで快感が吹き上がり、目の裏に火花が舞い散る。でも身体はもっと先を求め、急かしてくるばかり。
そのまま下を剥ぎ取られ露になった俺へと、千夏先輩の指がそっと当てられる。
「わ。あー……すごいねぇ……」
感心したみたいな声で目を輝かせ、ゆっくりと先輩は俺へとにじりよってきた。
二人の距離は少しずつ縮まって、熱気が伝わるほど粘膜同士が近くなる。熱に浮かされた瞳のまま千夏先輩は俺に跨がり、そして腰を降り下ろ――そうとした。
しかしクチュリと粘液質な結合音が上がってから、いつまで経っても身体は高度を落とさない。当たりはすれど入り込めない、そんな感じ。
焦らそうとでもいうんだろうか、とふと見た千夏先輩の顔は真っ赤になっている。いや真っ赤ではあるけれど、でも。
明らかに、痛みを堪えている表情にしか見えない。
「い。……いだ……ぃ、ちょっとこれ、無理っぽいんだけど!?」
自分から来ておいて、壊す気かと大騒ぎする千夏先輩。どこか滑稽ではあるけれど、これは一体どうした事か。そりゃまあ異物が入るわけだし――って。
俺は今更ながらに、少し前の事を思い返した。初めての彼女、という響きに『私も初めての彼氏だよ』と言っていた事を。
じゃあ、まさか。それはつまり。
「えっと、千夏先輩はその……ご経験が御有りなのでは……?」
「そんなわけないでしょ、私をなんだと思ってるのさ。そりゃオナニーは週5で一日二回はするけど生身の相手は大喜くんが初めてだよ、夢佳とも結局してないし。大人のオモチャとかは興味あるけど、ああいうのって上級者向けっぽいからね」
……余計な情報が多いけど、つまりこの人はお初で俺に跨がってきたわけか。なんだこのクソ度胸、勢い任せすぎだ。人の事は言えないけど、さ。
思い込んだら一直線はお互い様だ、こういう所でも逆に気が合うんだろうか。だからこそ、いうべき事はすぐに分かった。
「千夏先輩、無理はしないでください。俺は千夏先輩を好きになれて、千夏先輩に好きになってもらえて、それだけで幸せですから」
方向性は否定しない、でもやんわりと食い止める。一速と七速しかない上ブレーキなんて気の効いたもんは実装されていない、なら俺が歯止めになれば良い。それが付き合うって事なんだろう。俺たちの関係性は、これで良いんだ。
先輩は少しだけ驚いた顔をしてから、顎に手を当てて何やら考えた後――ぎこちない動きで壁にかけられた時計を見やった。
釣られてそっちを向くと短針は真上を差し、長針はそれを僅かに追い越しているのが見える。
「あー……。
名残惜しそうにはしつつ、それでも千夏先輩は俺の上から立ち上がり戒めを解き始める。そう、この人は自分で決めたルールを破れない。何があろうとも、だ。その頑固さに振り回された時期もあったけど、今回は助かりそうだ。
問題があるとしたら、猛りきった下半身をどうするかって事くらい。まあ部屋に戻ってからドアの前に荷物おいて通れなくした後、ひっそりと処理すれば良いか。
あれからもう大分経つけど、千夏先輩は結構な頻度で俺を襲おうとしてくる。愛されるのは光栄だけど、後先とか一切考えようとしないから厄介なのだ。その度にあれこれ宥め透かして回避はしてきたけれど、多分もう限界だな。
なにしろ千夏先輩、バスケを引退して枷が無くなってしまったから。それも半端な成績じゃない、全国制覇を成し遂げた上で華々しくコートを降りたのだ。『もしもの話なんだけど、さ。インターハイで良い成績出せたら、ごほうびをくれませんかね』、なんて言ってた時にはもう完全に勝つ気でいたんだろう。有言実行というかなんというか、欲望に正直すぎる。
夢佳さんにも『いくらなんでもあんな圧勝するバカがいるか、段取りくらい考えさせろ。彼氏のお前が手綱取っとけやチキンタツタ野郎』って怒られたし、よっぽどの蹂躙ぶりだったらしい。
その原動力が俺なのかと思うと、なんだか複雑だ。俺も俺で千夏先輩の存在がブーストになって全国へは行けた訳だし、その辺をどうこう言うのは野暮だろうな。
で。千夏先輩の誕生日、俺たちは去年一晩を過ごしたあの民宿で向かい合っている。……いやまあ押し倒されているんだけど。
「大喜くん、私は良い子で我慢してました。だからもう、良いよね? ね?」
んふーんふーと鼻息も荒くしつつ金剛力を発揮した千夏先輩は、確固たる決意の目。
いやちゃんと我慢してたかはかなり微妙な位置ではある、真夜中に忍び込んできたり事故を装って体育倉庫で二人閉じ込められたふりをしたり、多種多様かつ夢のようなワガママの数々を繰り広げてきたのだから。挙げ句雛に見つかって気まずい思いもさせられたな、まあ向こうも向こうで今は新しい恋の真っ最中だから騒ぎ立てたりはしなかったけどさ。
なぜかあかり達には心配されるし、俺たちどんな風に思われてるんだろう。
……そこまで愛されておいて、ここでもまだ御預けとはいくまい。て言うかこの状況で固辞したりすれば、何をやらかすか分かったもんじゃない。
それに……それに、俺だってずっと我慢はしてきた。目出度い日だし、ここで羽目を外すくらいは良いだろう。
万感の思いを込めて俺は千夏先輩に、キスをする。声よりも何よりも、この方がずっと早いから。
抱き締めあい唇を貪りあい、そのまま肌を重ねあう。本能のカタチをなぞる指先は、みるみるうちに粘液でしとり出した。
「えっとその、……大丈夫ですか千夏先輩」
あの日痛がっていた顔が脳裏を過り、思わず心配が先に立ってしまう。でも先輩は平気平気と微笑んで、肉の裂け目を拡げて見せた。
「一応毎日解してたし、多分平気。前はあんまり指入れたりしてなかったけど、最近は結構深くまで入れられるし」
……どうしよう、この人恥の概念がおかしい。それとも女子の性事情ってこんなもんなんだろうか、いや絶対違うな。恥じらわないもん、この人そもそも。
でもまあ、大丈夫ならそれに越した事もない。千夏先輩にしたってそうだろうし、俺にとっても。
絡み合う時間はどれくらいになっただろう、やがて千夏先輩はあの時のように立ち上がって俺へと跨がり始める。懲りないなこの人は。
ベッドではなく布団だからか姿勢は少し違うけど、それでもその瞬間はやって来る。
目に焼き付いた光景が再現され、そしてそこから――先へと進むときが。
「ぅあ、ぁー……」
ミシリと骨が軋むような音と、粘っこい圧力。それがない交ぜになり、俺を包み込んでいく。
千夏先輩の内側へと踏みいった、その事実はそれだけで脳を焼いて余りある。そこから尚ギチギチに締め上げながら奥へと誘い込もうとする、情熱的な所は持ち主そっくりだ。千夏先輩も、そう思ってくれているだろうか。自分の中にある存在に、俺を見いだしてくれていると良いな。
――と。そんな風に思考が他所を向いた性か、身体が一気に制御を失った。気付いたときにはもう遅い、尿道を内側から押し広げながらそれはもう決壊の時を迎えてしまっていたのだ。
「あ、あぁ、ぅ……っ」
声にならない呻きと共に、射精はもう始まってしまう。ビクンと拍動が弾ける度に意識が白く染まり、次の瞬間に立ち返る。大好きな人の中を汚しているという背徳感も相まって、悦楽はもう収まらない。
長い長い放精を経て、俺はようやく意識を立て直そうとしたのだが、それは叶わなかった。先輩の内側は別の生き物のように蠢き、ゾワゾワと俺を責め立て始めたのだ。戻りかけた理性はまた飲み込まれ、そこに千夏先輩が本格的に腰を振り始める。
いつしか呻きは獣じみて、それでも止まる事はない。何度射精しようとも、終わりは来ない。
夜はまだ、始まったばかりなのだ――。
「ふぃー……、疲れたねぇ」
「ですねぇ……」
あれから何回戦を経たか、もう数える気もしない。カーテンの外はもう白み出し、朝が近いことを教えてくれている。
そろそろ夏休みも終わり際、生活リズムを取り戻すべき時期なのにすっかり完徹してしまったな。
どうせ帰ったら寝直すにしても、母さん達にあれこれ言われそう。
――まあ、良いか。そんなのは、大したことじゃない。隣でにへにへ笑っている千夏先輩の幸せそうな様を見ていると、素直にそう思える。
千夏先輩の卒業まで、もう半年くらい。一緒にいられる時間は限られている、向こうの親御さんがどう出るか分からないのだから。それを理由に別れるような事は100%無いにせよ、お互いする事もしないといけない事も増えてくる。そこをどうにかしていかないと、二人揃って人生に躓いてしまう。今の世の中それは致命傷だ、不味い不味い。
まったくこれからは更に頑張らないと、なぁ。
なんて柄にも無く真面目になってると、横から千夏先輩にほっぺをつつかれてしまった。いや、何でそこなんです。手を握るとかでも良いのに。
「大喜くん大喜くん、一つ良いことを教えましょうか」
鈴の音みたいなその声は、何処か上擦っていて可愛い。口調がちょっとズレてるしテンションは上がりっぱなしのようだ、今度は何を思い付いたのやら。
苦笑しながらも、何ですかと返した次の瞬間。俺の顔は、そのまま固まってしまった。
「私ね、今日明日辺りが排卵予定日でございます。要するに、すごい
アッサリと、でも明確に言い放つ千夏先輩。嬉しそうに楽しげに、まるで俺をからかうように。
それは、……それは。
それは物凄い、
「今時期からならお腹が目立つ前に卒業だし、問題ないもんね。これからは居候じゃなくてお嫁さんとしてお世話になります、コンゴトモヨロシク」
――いや、いやいや。いやいやいやいや。何で突然外堀も内堀も纏めてコンクリで埋め立てようとし始めたんだこの人、そもそも何処まで計画的だったんだ実際。この日を選んだこと自体、分かってての事か。
あれもこれも何もかも、俺はこの人の掌の上にいるのかもしれない。
疲れきった頭は全く回ろうとせず、むしろ込み上げてくるのは眠気だけ。こんな状態じゃあ、何をどう考えても無意味だ。
とりあえず、一眠りしてしまおう。目を醒ましたらきっと、どうにかなるさ。
面倒をすべて棚上げして目を閉じ、俺は思考を放棄する。大丈夫、多分大丈夫。俺たちだから、大丈夫。
「まあとりあえず、進路が決まって良かった良かった」
「俺の人生も決まっちゃいましたけどね。ていうかもし俺が嫌がったらどうする気だったんです?」
「そこはほら、取り出したるこの
「……それ世間一般には短刀って言いますよね、おっかないなあこの人」
「でも万能だよ? 大抵の事はこれ一本で片が付くもの」
「頼みますから人情沙汰だけは控えてください、俺が泣きます」