付き合いだした事は隠しておこう、と二人で決めたのは正しい判断だったと思う。少なくともあの時点では。
俺はまだしも千夏先輩は栄明のスターだ、下手に話が広がってしまえば
まあ俺の足りない頭で隠しきれているかは不安だけど、千夏先輩がその分をカバーしてくれていると思いたい。だと良いなぁと願う、なんとかなっててくれと祈るしかない。不安だけど。
しかし今になって俺は、こう思う。いっそオープンにしてしまった方が良かったのかもしれない、と。そうなれば少なくとも、母さんがバカな提案をしてきたりはしなかっただろうから。
とは言えそれを喜んでいるのも確かなのだから、俺としてもどうして良いものやら。
夏の終わりに千夏先輩と二人ならんで、各駅停車の車両に揺られながら。俺は胸の中で一つ、溜め息を吐く。
インターハイを終えて、部活も一段落した八月後半。身体が空いたとは言え例年通りなら宿題に追われる時期ではあり、千夏先輩と遊びにいくと言うわけにもいかないまま日々は過ぎていくばかりだった。したい事はいっぱいあるけど、世間体とか恥じらいとかが邪魔をする。こうやって足踏みしている状況が逆に好ましいとさえ感じてしまう、無為な時間だ。同じ家にいるからこそ、家族の目があってあまり一緒にはいられないし。
まあ、それは仕方無いか。俺たちは何処まで行っても高校生、人生の初心者だ。そうそう上手くなんか行かないさ。
なんて嘯いていた、そんな折。母さんが持ってきた封筒が、全ての切っ掛けだった。
「――これさ、二人で使ってくれない? 誰も予定開かなくてさ、丁度夏休みなんだし」
二泊三日食事つき温泉ペアチケット、期限は今月末まで。まあ確かに無駄にするのは惜しいし、有効活用されるべき代物ではある。ただ、だ。それを息子と同居人に渡すというのは、親としてどうなんだ。俺を小学生くらいに思ってないか、この人は。いやそう思ってたらそもそも保護者なしで外泊なんかさせないか。
二人きりのお泊まり自体は、母さんには言ってないけど経験ある。とは言えあれはアクシデントの産物で、それに蟠りを解くのに精一杯だった。……嫌われたくなかったから、何も出来なかったってのもある。
そりゃああれこれと
なんて一人で迷っていられたのは、短い間だけ。
千夏先輩が母さんからチケットを受け取った時点で、予定は確定したのだから。
多少ギクシャクとしながらも二人きりの時間をすごし、晩御飯を終えて夜も更けた。
隣り合わせて引かれた布団の存在感に気圧されながらも、俺たちは向かい合う。恋人同士で、でも学生同士。このまま流されて良いのか、と御互いが躊躇ったまま時間だけが過ぎていく。
さっきまで別々にあれこれ館内を見て回ったのも、照れ臭くて間が持たないからなのに、結局は同じ場所にいなければならない。
あの民宿のときみたいに、とりあえず寝てしまおうか。肩透かしになったとしても、さきばしって退かれるよりはマシだろう。なんて日和ったことを考えかけた、そのときだった。
「大喜くん、ありがとう」
千夏先輩は俺の手を取り、じっと視線を合わせたままそう告げた。
ありがとうは俺の方だ、俺を好きになってくれたことは勿論今の俺がいること自体が千夏先輩のお陰。
お礼を言われるようなことなんか何一つ出来てない、と言おうにも口は動いてくれない。
先輩の圧力に押さえて、身動ぎさえ出来ないままでいる。
「私は大喜くんがいなかったら、何も果たせなかった。いつだって大喜くんが、私を支えてくれる。大喜くんがいてくれるから、私は私でいられるんだよ」
言いながらも近付く、桜色に上気した顔。そのまま唇が言葉を途切れされ、そして。吸い寄せられるように、俺の唇を塞いできた。
キスされた、と気が付いた時にはもう身体は傾けられていく。
歯列をなぞりながら入ってくる舌は異様なまでに力強く、そして何故か――
俺を見詰める千夏先輩の瞳は焦点が怪しく、まるで酩酊してるような……って。
そこまできてようやく気が付いた、千夏先輩が今こうなっている理由に。
この人、いつのまにか酒呑んできやがったな。いくら旅行だからってどんだけ羽目外す気だ、そりゃ俺だって部の打ち上げで多少呑まされたりはするけど自分からはいかないぞ。
とにかくこれは不味い、不味すぎる。どうにか振りほどこうとした瞬間、事態はさらに悪化する。
ついっと顔を離した千夏先輩の眼からは、大粒の涙が溢れ始めたのだ。
「どうして嫌がるのぉ……。私は大喜くんが、好きなのにぃ……」
感情の箍がおかしくなってしまったのか、それともこれが本心なのか。なんにせよ大切な人の涙はあまりにも重く、こちらの心を抉って余りある。
しかしそれもまた、千夏先輩の想定内だったようだ。
罪悪感から僅かに出来た隙を見逃さず、俺を組倒しにかかったのだから。
身長は勝っているけど、激突上等のバスケ部にフィジカルでは太刀打ちできない。あっという間に俺の身体は布団に沈められ、しゅるしゅると浴衣も脱がされていく。
ああ、もう。理屈通じねぇよ、酔っ払いめ。
はだけた浴衣の奥から立ち込める匂いは、牝臭さとでも言うのだろうか。導かれるままに触れたそこは、じっとりと湿っている。まるで応えを返すかのように俺へと伸ばされた千夏先輩の手は、こちらをなぞりながらゆっくりと愛撫を染み込ませていくのが分かる。
お互いの秘所をまさぐりあう時間は、どれほど続いただろう。粘液質の接触音が高まりだした頃になって、先輩はとうとう浴衣をするりと脱ぎ捨てる。
隠すものの無い姿でにじりより、息も荒く俺を跨いでいく。騎乗位とかそういう体勢、そう認識した時にはもう決定的な事態が訪れていた。屹立して威容を示していた俺自身は、千夏先輩の裂け目へと呑み込まれていたのだ。
ぞわりと背筋を走るのは不快感ではなく、むしろ甘い毒。取り返しが付かないことをしたという現実と、押し寄せる快感がない交ぜになっていく。そんな俺を見下ろして千夏先輩は――。
「んー……痛……ぃ? なんか血ぃ出た気がするぅー……」
人の気も知らないで、ぽややんとした顔をしていた。いやどんな感想ですか、と空気も読まず突っ込もうと意識を向けたその時。集中が途切れたせいだろう、まるで堰を切ったように下半身の血流が意に反して高まりだす。
煮えたぎるマグマが込み上げ、制しようとした瞬間にはすでに遅かった。
尿道をかけ上がる奔流は遮られないまま一気に出口へと殺到し、そのまま放たれてしまう。
「ぁ、あー……ん? お腹の中、あったかいぃ……?」
蕩けた顔で俺の射精を受け止める先輩は、まだ焦点の甘い瞳で俺を見つめながらキスの雨を降らせてきた。それはまるで、もっともっととねだっているようにも思えてくる。その思いは俺の理性まで蕩かし、ただでさえ回りの悪い頭を停止させてしまうのだ。
これはきっと、お互いの望んでいる偽りのない本音の欲望。せっかくの非日常で、我慢しても仕方ない。衝動に身を任せてしまえ、それで良いじゃないか。
都合の良い解釈で正当化しながら、俺は千夏先輩の動きに合わせて腰を突き上げる。この夜が永遠であってほしいとさえ願いながら。
……………………
………………
…………
……
――。
いつのまにか気を失っていたのだろう、布団の上に転がったまま目を開けた俺が最初に見たのは、蒸気を上げそうなくらい真っ赤になった千夏先輩の顔。
「わ、私なんてことを……。触手から火ぃ噴きそう……」
盛大に混乱し続ける千夏先輩には、寝落ちするまでの記憶がどれほど残っているのか。多分全部ハッキリ焼き付いてるな、この取り乱し方だと。あと火を噴くならせめて顔にしてください、触手は生やさないで。これ以上話をメチャクチャにしないでください。
汚れきった寝具をどけながらふと外を見ると、まだ夜が開けきってはいない。空は白みだしているけれど、起きるには早いくらいの刻限だ。そういや中学の修学旅行で、なんか目が覚めちゃってこれくらいの時間に外へ走りに行ったっけ。
夜と朝の端境を感じながら、俺は千夏先輩へと向き直る。
「千夏先輩、大丈夫です。俺たちですから、ね」
世間的には良くないだろうし色々段階を蹴っ飛ばしてしまったからこの先大変だろう、でもそれも含めて大丈夫。
俺と千夏先輩が一緒なら、何があろうと平気なはず。
そんな思いを込めての一言、……だったんだけど。どうやら千夏先輩には、別の意味に聞こえたらしい。
「そっか、そうだよね。カップルだもん、えっちくらいするよね! じゃあさ、チェックアウトまでもっとしようよ!」
いや、いやいや。いやいやいやいや、そう来ますか千夏先輩。そういや夢佳さんも言ってたな、この人は器が大きいんじゃなくて底が抜けてるんだと。
しかしとは言え、これで固辞したら喧嘩になりそうだ。ここは素直に付き合うべきか、幸い体力だけなら競れると思うし。
腰が抜けるまで頑張ろう、うん。
それから。
嵐のような旅行が終わり、俺たちは遅れ馳せながら母さんたちに全てを打ち明けた。……まあその時点ではもう、盛大にバレていたようだったんだけど。『伊達や酔狂であんたたちの二倍生きてる訳じゃないのよ、あんまりじれったいから背中押してあげたんじゃない』なんて言われては、二人揃って返事に困ってしまったな。いやよそ様の娘さんをなんだと思ってんだという話だけれど、向こうの親にもその辺は承諾させてしまっているらしい。
どうして俺の周りには、おっそろしい女しかいないんだろうか。
しかし経緯はどうあれ理屈はどうあれ、親公認の仲になった俺たち。さすがに階下で両親が寝ている状況ではイチャイチャしたりはできないけれど、たまの休みにはホテルまで行って愛し合ったりしてる。これからもきっとこんな、穏やかで幸福な時間が流れていく――……とは、残念ながら素直には行ってくれない。
なにしろ俺は今、人生の瀬戸際に立たされているのだから。
一緒に過ごす二度目の文化祭が終わり、今日は秋の新興イベントハロウィン。バスケ部を早めに引退してからは、それまでできなかった分までイベントに熱心になった千夏先輩が、魔女コスで満面の笑みを浮かべ
……それはパッと見体温計にも似ていて、だが機械という感じがない。側面に付いた二つの丸い穴には、黒い線が
それなんですかと問いかけようとした俺に、千夏先輩は囁く。
「陽性だってさ、今二ヶ月。……認知しないとイタズラするよー大喜くん」
にへへーと笑うその顔は可愛らしくも美しく、でもそれ以上に規格外の角度から俺の理性を蹴り飛ばしてくれた。
陽性、二ヶ月、認知。三題話のネタにしては在り来たりすぎる、作れる話は一本だけだろう。
いわゆる一つの世に言う例のアレ、……妊娠だ。
つまり俺は自分の人生全てをかけて、千夏先輩に責任をとらなければならない。
その事実に押し込まれ、俺の思考はさっきから停止しっぱなし。いや、これじゃ不味い。どうにかせねば。
「えっと、その……マジですよね?」
「うん、私嘘吐かない良い子だからね。心当たりもあるでしょ、当然。まあ多分、あの旅館での時だと思うよ」
そりゃまあ心当たりは死ぬほどあるし、あの日だとしたら確かに二ヶ月か。うん、間違ってない。千夏先輩が良い子かどうかはともかく。
俺は千夏先輩を愛している、他なんか見られない。この人と共に生きられるなら、死んだって構わない。
これから考えないといけない事は山ほどあるけど、それは後だ。俺が今するべき事は、一つしかない。
ゆっくりと距離を詰め、その肌に触れる。伝わる体温と鼓動は、興奮を何よりも伝えてくるのが分かった。そんな肢体を抱き締めて、そして――。
「結婚しましょう」
俺ははっきりと言葉を解き放つ。短く、でも強く。きっと千夏先輩が求めている言葉は、これだから。
結婚するには年齢的な理由でまだ一年以上かかるし、いくらなんでも親達が反対するかもしれない。
しかしそれは、言わない理由になんかならないのだ。
どんな事になろうとも、乗り越えてやる。俺たち二人で、いや三人で。返事の代わりに熱いキスをくれた千夏先輩を掻き抱いて俺は、そう誓った。
そこから二人過ごす時間は、濃い割に何故かやたらと早く感じてしまっている。
少しずつ大きくなる千夏先輩のお腹を愛しく思いながらも、毎日が忙しくて仕方ないのだ。
最近は痛い目にあうことも増えてきたし。
先輩の妊娠を告げられた母さんたちは、絶句しつつも最後はどうにか折れてくれた。交際を認めた時点で覚悟はしていたんだろう、しこたま殴られたけど。それに様子を見にきた先輩のお父さんにも『そうか。構わないが一発だけ殴って良いかい』と全力でボディブロー食らわされたし、どうやら感付いたらしい雛にも得物をフル活用して暴行された。こんなん死ぬわ、いくらバカで頑丈だからって俺も人間なんだぞ死ぬわ。どいつもこいつもボコスカやりやがって。
そんなこんなで空に雪が舞い道を白く染め始めた年末、千夏先輩の胸からも白い雫が溢れるようになってきた。初めて見たときは千夏先輩が「母親」になりつつある事に感激し、その日は夢中でおっぱいを吸い続けてしまったな。あんまり吸いすぎて、『赤ちゃんの分がなくなるでしょ?』とデコピンされちゃったっけ。仕方ないじゃないか、美味しいし感動したんだから。
年が明けて二月くらいになると、もう安定期に入ったという事でえっちも再開することに。と言うか千夏先輩自身が我慢できなくなったみたいで、下に聞こえようがどうしようが構わないと言う態度で跨がってくるようになったのだけれど。
肉厚になった身体は多少ウェイトが増しているけれど、それ以上に心地良い。体質が変わりつつあるのか濃く繁った陰毛も、薄くはみ出した陰唇も、全てが愛に溢れ美しい。俺を呑み込むその仕草も、もちろん。
「うぁ、あー……っ」
根本まで加えきったままスクワットするように跳ね回り、膨れたお腹と豊かになったおっぱいが大きく揺れている。眼福とはこのことだろうな、うん。内側も内側でしっかりと絡み付き、早く射精しろと俺を攻め立ててきた。何度経験しようと、これに慣れることなんか有り得ない。どうやったって、この人には勝てないのだ。
ギシギシとベッドを揺らす動きに急かされて放った精液は、いくら出してももう意味はない。それでも造精は止まらず、後から後から溢れて止まらない。
お腹の奥にいる俺の子供まで、思いが届くように。愛している、と伝わるように。長い夜は、まだまだ終わらない。
卒業して大学生になったのを機として形式的に猪股家を離れ、独り暮らしを始めた千夏先輩。毎日部活が終わるとその元へと通うのは、もう日課になっている。
来年の春には結婚し、居候ではなく家族となって戻ってくる。それでも我慢なんか出来ない、ずっと一緒にいたい。部活は頑張るけど、それだって千夏先輩の為だ。この人を好きになってよかったと思ってほしい、格好つけたい。その為には、絶対サボったりは出来ないのだ。
……後それと、多少は心配もしている。先輩はしっかり者に見えて超ド級のポンコツだし、それにすっかり大きくなったお腹じゃあ毎日なにかと不便だろう。通い夫としてサポートさせて頂いております、はい。しかしこのお腹でも大学にはしっかり通ってるんだよな、逞しい逞しい。
産まれるのは六月、もうじきだ。待ち遠しいけど少し寂しく思えてしまうのはきっと、妊娠した状態の千夏先輩とするのが
先輩もそう思っているんだろう、赤ちゃんに障るからと動きは大人しくなったけど名残惜しそうな顔してたりする。……生まれたらまたすぐに次、とかはさすがに難しいか。千夏先輩が倒れてしまう、俺も俺で倒れるだろう。それはさすがにお預けお預け。
あれやこれやと思いながらも俺たちは獣のように交わり、借り物の部屋を淫臭で充たしていく。
俺たちの行く先がどうなるかは分からないけど、一つだけハッキリしていることがある。それは明日も明後日もずっとずっと、俺たちは幸せな日々を過ごせると言うこと。
どちらかの命が終わるまで、それだけは確かなのだ。