そんなにまでしてモテたいもんかね、と部長を見ていると思ってしまう。何て言うか、飢えすぎだろ。
猪股先輩とか針生先輩が彼女持ちなのが気に入らないし、マネージャーの守屋先輩は笠原先輩と付き合っちゃって相手してくれないとか、そんな話ばっかり聞かされて正直辟易してるくらいだ。
正直悪い人じゃないんだけどさ、俺を「遊佐弟」って言わないし。入ったばっかの頃そう呼ばれ嫌な顔して以来、ちゃんと気を遣ってくれているのだ。とは言えそれでモテるわけでもないんだよな、坊主だしノリが昭和のラブコメだし。そういや女バスの渚先輩が言ってたけど、この人修学旅行で女風呂覗こうとして怒鳴られた事あるらしい。心底昭和過ぎるぞ、部長のくせに。
練習終わったしそろそろ帰りたいんだけど、と内心思いつつダベりながらふと視線を上げた時。手を振って近付いてくる、小さな――まあ別に格別小さくはないかな――人影が目に入った。
「……あ。ども、お疲れっす」
ペコリと俺が頭を下げると、部長も僻み話を中断してそっちを見やる。
すぐ近くまで来たのが女子だとわかったせいか一瞬警戒するけど、それはすぐに普段の三枚目な顔へと戻った。
「ああ、新体操の。大喜ならもう帰ったけど」
ヘラヘラしながら言うその姿に、俺は内心ちょっと冷や冷やしてしまう。いやいや、この人は猪股先輩の幼馴染みとかそんなんじゃないんですって、今は割と気まずいんですってば。……なんてことは言えないし言わないけど、さ。
しかし運が良かったのか機嫌を損ねるような事にはならず、蝶野先輩は『今日は大喜じゃなくてコレに用があって』と俺へと鞄を放り投げてきた。
「昼言ったでしょ、帰りに
あーうん明日までには返してねと曖昧に笑う部長、別に女子と帰る俺を僻むような顔はしていない。されてても困るけど。
斯くして体育館に背を向け、二人で歩き出す。さてもう一仕事だな、なんて口の中だけで呟いて。
どういう関係なのか、と聞かれると困る。先輩後輩と言うだけではないし、友達と呼び会うかどうかも微妙。恋人、――では多分無い。しかし他人でもない、近いんだか遠いんだかわかりゃしない。
そんな中途半端な距離感のまま、俺たちはキスをする。愛を囁きはしないけど、身体を重ね会う。
去年まで、あかりとそうしていたように。
佐知川に進んだのは兄貴がいたから、そして辞めたのも兄貴がいたから。小さい頃は誇らしかった存在が、佐知川で過ごす間に苛立つくらいになってしまった。どいつもこいつも兄貴と俺を比べて「なんだ、弟の方か」と溜め息を吐く、そんな日々に嫌気がさして久しかった。
そんな毎日の中で、幼馴染みのあかりと距離が近付いていったのは何故だったんだろう。あかりの兄ちゃんも大概規格外だけど、あいつは兄ちゃん大好きなんだよな。まあ学校も違うし性別も違う、俺ももし「遊佐の弟」でなく「遊佐の妹」だったらあんな感じになってたんだろうか。それはそれとして、俺たちはどういう訳か放課後を一緒に過ごすことが増えていく。学校違うのに。
これはどんな関係なんだろうかと考える暇もなく、気が付けばキスを交わして。そしていつの間にか、同じ夜を過ごす間柄になった。告白したとかされたとか何もないままに。
ギシギシと軋むベッドの音に、切れ切れの喘ぎが重なるユニゾンを今も覚えてる。
なんとなく始まった付き合いはでも、大した理由もなく終わってしまった。
いつもの日曜日、どちらの中学も部活は昼までで後は自主練。そんな日に俺たちは、毎度のようにベッドの上で戯れていた。
あかりとの日々は途切れること無く続いていて、だからまだしばらくはこうしていられるんだろうなと思い始めていたのに。
練習の後更に疲れることして、体力を使いきって。お互い後始末して、そろそろシャワー浴びて帰ろうかなとか思っていた時。あかりは急に、こんなことを言い出した。
「やっぱり私、付き合うならお兄ちゃんみたいな人が良いな」
そりゃ今度もずっとずっとこんな関係でいられるとは思っていなかったけど、まさか一戦終えた直後にそんな話をされるとは思わなかった。高校に入ったら真面目に部活やってお兄ちゃんが認めてくれるくらいバドが得意な彼氏作るんだ、とかなんとか。そんな展望を聞かされて、俺はどうしたら良かったんだろう。
対応が分からず固まる俺に、あかりは言いやがったのだ。晴人も彼女とか作りなよ、と。
……じゃあ今俺たちは何やってんだろうな、と言いかけはしたけれど。けれど、ここですがり付く程あかりに対して強い気持ちはなかった。ショックではあるけどそれだけ、お互い好きとか嫌いとか通り越してただ身体の関係が欲しいだけだったのだろう、と、無理矢理自分を納得させていた。
だからこそ、栄明で再会してからは「只の友達」という関係性が維持されている。別に引き摺るものも無い、終わった話だから。でも少しくらいは意識してくれてもいいのにな、とかはたまに思わなくもないけど。未練がましいな俺は。
蝶野先輩が俺をどう思ってるのかは、まだ分からないまま。初対面はまあ、良い印象では無かったみたいだ。いやでもあんな格好で練習してたら、そんな目で見ても仕方ないじゃないか。て言うか見ない方がおかしいだろ、なんで練習までレオタードなんだよ。
とは言え体育祭が終わってインハイ予選で体育館が騒がしくなった頃には、割と普通に話すようになっていた。猪股先輩と色々あったって愚痴を聞かされたり聞かされなかったり、新体操部の一年生連中には「蝶野先輩の新しい相方」とか言われたり。
――あの人畜無害な猪股先輩が、女子をフるとは思わなかった。そして俺は、その代わり扱いなんだろうな。つまり別に、俺で無くても良い訳か。あかりの時と同じで。
そう考えると少し心に引っ掻き傷が出来てしまうけど、でもこうして触れあっているのは幸せだから困ってしまう。俺は何がしたいんだろうか、とか悩みそうになる。生産性のない関係だな、なんて自嘲してみたりしながらも俺は蝶野先輩の顔を頬から舐め下ろす。首筋を抜けて鎖骨を通り越し、白い胸元を舌で汚していく。
隆起した乳首を舌先でつつき、そこから口全体を使っての愛撫。どう思われていようとどんな関係だろうと、こうしているとやっぱり気持ちいい。目を閉じて吸い上げると、まるで自分が赤ん坊になってしまったかのようだ。
――と。
「アンタ、ほんっとおっぱい好きよねぇ……」
軽くジト目で俺を見下ろす蝶野先輩、その手は俺の肌を滑り降りて腰の下へと伸びていく。
しなやかな指先は躊躇い無く
「いつも思うけどさ、そんなに――感じるもんなの? おっぱい吸うのって」
怪訝そうな顔をしながらもその手はどんどん速まり、俺を追い込もうとして来る。随分馴れたもんだな、とか思ってみたり。
最初はまあ大変だった、俺思いっきり蹴られたし。そういうのはちゃんと彼氏作ってすりゃ良いのに、勢いで手近な後輩捕まえて最後までしちゃうんだからアクティブというか何と言うか。
まあ、良いんだけど――って。
一旦意識が逸れたせいか、身体の芯が予想よりも早く綻び始めるのを感じてしまう俺。それが刺激になったのか僅かに腰がうごいたのを、蝶野先輩は見逃さない。
「ほらほら、出しちゃいなさいよ」
ニヤニヤしながら上下させる手筒はグチュグチュと音を立て、更なる加速へと入っていく。
沸き上がるゾワゾワ感は一点に集中しそして。――一気に噴き上がっていった。
蝶野先輩に捕まれたまま始まった射精に気が遠くなりかけ、すとんとベッドに腰を落とす。
悩んでもどうしても、こうやって弄られれば反応するのは避けられない。なんだか情けない、でも仕方ない。ああ、そればっかりだな俺は。
悪戯っぽく笑う蝶野先輩を見上げながら、口のなかだけで溜め息を一つ。
変わりゃしないな、この人は。
打ち明け話なんてのをされてから、もう結構経つ。猪股先輩の事がずっと好きだったけど、当人は女バスの鹿野先輩しか見ていなかった。それでも告白いて意識させ、どうにか気持ちが動いてくれるのを期待していた――のだけれど。人の心はそうそう変わったりはしない、結局猪股先輩は自分の思いを貫いたのだ。
そこから守屋先輩が色々世話を焼いたりしながら今に至る、一時期は体育館にいるのも辛かったけどもう馴れたよと笑って話してくれた。
溜まったものを吐き出せば、人間楽になるものだ。そういう意味じゃ、俺の役割はカカシみたいなもんだったんだろう。それはこの時点でも変わってない。
鬱憤を晴らす為のオモチャって訳だ、役に立ててるなら別に良いんだけどさ。
四つん這いになってお尻を上げた蝶野先輩にのし掛かるように、俺は自分を押し当てていく。狭い肉の裂け目を押し開いて進むその感触は、最初の日と殆ど変わらないように思える。まあそもそも、あかりとだって違うと言えば違うかな……くらいにしか分からないけど。個人差と言うか個体さと言うか、そんな劇的に違うものでもないんだろう。
腰を掴んだままゆっくりと掘削していくと、長く尾を引く呻くような嬌声が上がっていった。蝶野先輩はいつも声を搾らず喘ぐ、きっとストレス溜まってんだろう。こうやって発散してくれれば何よりだ、俺はそのためにいるんだから。
根元まで押し込んでそれでも深く、更に入ろうとするとその度切れ切れに悲鳴のような声が放たれる。『正面からよりこっちの方が奥まで来れるだろうから』と蝶野先輩はバックでしかしないけど、本当はどうなのかな。――やっぱり猪股先輩が良くて、顔が見えない体位でしたいんじゃないだろうか。
いつだって俺は、誰かの代わりでしか無い。部活でもこういう場所でも、同じことだ。
「ん。……晴人、どうかした? なんかその……抜けちゃってるけど」
言われて漸く俺は、自分の状態に気が付く。さすがに考え事をしながらじゃ、どうにも身が入らない。普段からそうだ、集中しないから少しでも警戒されると勝てなくなる。俺が勝てるのは、油断してる相手だけ。どうしてこうも、半端なんだろう。
――ならば。ならばせめて、今からでも変わるべきではないだろうか。身体を離して向き合って、話すべきなんだ。
あかりの時みたいに向こうから切られるのは、辛すぎるからもう嫌だ。
「あの。……あの、蝶野先輩。俺は……こうしてて良いんでしょうか。蝶野先輩は猪股先輩を――」
まだ好きなんですよねと言いかけた所で、俺の声は停止する。鳩尾に走った激痛で、息が出来なくなったのだ。
叩き込まれた拳はそのままグリグリと捩じ込まれる、痛い痛い。
「――あのさ、アンタ私をなんだと思ってんのよ。大喜の代わりになって、とか言った覚えはないわよ」
いつの間にか拳は二つになり、思いっきり抉りにかかってきた。陣内流柔術の秘伝・雷電光かよ、新体操部の使う技じゃないぞコラ。
でも確かに、蝶野先輩はそんなことは言わない。察しなさいという感じかと思って、俺が勝手に解釈していただけだ。
じゃあ、……じゃあ。俺たちの関係は。――思っていたのとは違うんだろうか。
「第一ね、好きでもない相手と寝たりするもんですか。無い頭使って無駄なこと考えるんじゃないの、アンタ大バカなんだから」
捩じ込んだ両拳をやっと引き抜き、呆れ顔で蝶野先輩は笑っている。『そりゃ最初は生意気だな大喜はちゃんと後輩の教育しろ、とか思ったけどさ』、なんて言いながら。
だけど、そこが良かったんだと。不躾で失礼なバカが側にいると、悩む暇がなくて助かったと言ってくれた。
「私はね、……アンタが好きだよ。失礼で頭悪くてバカな、空気読めないバカ野郎のアンタがさ、今の私にとって一番大事な人」
俺は――あかりの時がああだったから、自分達の関係を形にするのが怖かった。向こうの気持ちなんか分からないまま、なんとなく身体だけ繋がっている事で安心しようとした。全く、俺はどうしてこうもバカなんだろう。
一言言えば済む話を、こうも面倒にしてしまった。
「蝶野先輩、好きです」
放たれた言葉はそのまま蝶野先輩の元へ、淀み無く届いたのだろう。
僅かな沈黙を経て俺を抱き締めた蝶野先輩は、言葉ではなくその唇で応えてくれたから。
改めて今度は正面からしたいです、と言ったら蝶野先輩はちょっとだけたじろいだ。まあその理由は俺の想像とは違っていたけれど。
「前に自分のイキ顔どんなかなーって動画撮ってみたら、結構ヒドくてさ。これを見られるの抵抗あるわーって」
…………いやそんなもんどうして気になるかな、そしてなぜ撮るかな。あと保存してたら俺にも下さい、と言ったらまたしても殴られてしまった。どうして俺の近くには恐ろしい女しかいないんだろう。
何はともあれ正常位で交わりながら、細い身体を掻き抱くように俺は蝶野先輩を抱き締める。この体制で腰を動かすのはちょっと難しいんだけど、でもそこは根性だ。それに顔が近いと喘ぎも強く届き、先輩の反応もダイレクトに感じられる。何処をどう触れたら声が出るか、段々と分かってくるくらいに。
ぱちゅんぱちゅんと粘った水音が部屋を満たし、喘ぎは獣のように高まっていく。
それでもまだ俺は蝶野先輩を愛し続けたい、そう願いながら腰を突き立てる。
勢いが更に高まりながら、どれくらい腰を打ち付けただろう。
ふと気付けば体重をかけすぎたのか、まるで栓が取れたかのように
何が起きたのか、それを俺が察したのは蝶野先輩の声を聞いてから。
「ちょ……っ、何処入……ってぇ、そこ……ダメなとこぉ……っ」
今までは達したことがない深い場所、蝶野先輩の――子宮に包まれている。そう自覚した瞬間、頭の箍は弾け飛んでしまう。
そのまま狂ったように突き上げながら射精し、それでも尚止まらず突き続ける。ここを征服したい、とさえ思いながら。
ガクガクと身体を痙攣させ白目を向いた蝶野先輩が、愛しくてしかたがない。ああ、やっぱり俺は――この人が大好きなんだ。
その気持ちがあればきっと、なんの問題もない。
……なんて思いはしたけれど、したけれど。それはさすがに、甘かった。
完全に気絶した蝶野先輩はあちこち緩んで色々と漏らしまくり、拭いたり洗ったりしてる間に時間が来てしまった。慌てて着替えさせようとした蝶野先輩は途中で目を覚まし、『壊す気か!』と全力のストレートをブチ込んできた。あの細腕をどうしたらあんなゴリラパワーが湧くんだろう、本気で不思議だ。
それに部屋の片付けが間に合わずドロッドロのままで逃げ出したから、もうあのラブホ行けないな。
いやいや、やらかしたもんだ。
あれからの日々は、それに比べりゃ大人しいと思えるけど。
夏はいつの間にか終わり、季節は秋の色を深めていく。
文化祭が近付いてクラスが騒がしくなってきても、俺は正直呑気なものだ。だって別に出し物関係ないし、部活も特に忙しくないし。
「そういや去年は白雪姫役やったけど、大変だったんだよね。王子役の子が怪我して大喜が代役するし、あのバカ背中にくす玉直撃食らうし」
お陰で本当にキスしかけて焦ったよ、と笑って語る蝶野先輩。当の猪股先輩とも友達に戻ったみたいで、俺を「私の彼氏」と紹介してくれたりもした。いやでもそれは俺が気まずいんで勘弁してください、あと近くに来てた守屋先輩がアゴ外れそうなくらい驚いてたから加減してあげて。そうやって大騒ぎするから西田部長にも感付かれて、裏切り者だとかなんだとかさんざん言われたし。そして『そういうとこだよ』と通りすがりの渚先輩や鹿野先輩になじられた西田部長は、まーた俺に八つ当たり。
何でこんなに大変なんだよ俺の周りは。
まあ、今はもう穏やかなもんだけどさ。だからこそ二人並んでのんびり帰ったりできるんだし。
「晴人さあ、来年こそは一緒にインターハイ行こうよ。私だけ全国制覇してアンタは予選落ちって、格好つかないじゃないの」
う。……せっかく夏が終わってインハイの事も忘れようとしてたのに。
蝶野先輩は本当に超人で、中学時代で既に全国四位だった。そして去年の三位を経て、今年は見事頂点を掴んだのだ。俺は、……うんまあ言う通り県予選の時点で負けたけど。兄貴も兄貴でシングルでは猪股先輩に競り負けて、ダブルスで漸くだったな。遊佐兄弟は今年冴えなかった、とか地元スポーツ紙に書かれてちょっと凹んだ。兄貴はともかく俺まで貶さなくて良いじゃないか、誰も期待してないんだから。
しかしまあ、来年はそうも行かないな。再来年になれば蝶野先輩は卒業してるんだし、どうにか同じ学校にいる間に並ばないと悔しい。
「やっぱり自慢できるような男でいてくれないと、親に紹介するとき私が恥かくからね」
それは……それは、頑張らないといけないな。しかしそうか、そういう事もあるのか。バドよりずっと難関だな、多分。
勝てないとか言ってられない、気合い入れないと。
俺は誰にも負けてられない、猪股先輩にも兄貴にも。その理由が、すぐ隣にいるのだから。
「何でお前にさえ彼女がいるのに俺は……」
「部長の場合、そもそも飢えすぎてて女子が退くんですよ。もっと力抜かないと」
「まず狙える女子がいないのが悪いんだ、お前誰か紹介しろ」
「……その昭和のラブコメみたいな、腐った性根が悪いんだと今気が付きました」