展開に関してはもうかなり前の話なので……。
冬休みど真ん中、十二月の三十一日。窓の外は雪景色、この辺りにしては珍しい。
出来れば表になんか出たくもないこんな時期だけど、うちの家族は出掛ける準備でバタバタしている。まあ、年末年始は忙しいのが大人ってものだからな。
「大喜、あんたバカなんだから余計なことしないで、なんかあったら千夏ちゃんに任せるのよ?」
それが実の息子へかける言葉か、とちょっと反発したくなる。けれども、ここで揉めても仕方無いから我慢我慢。
猪股家の新年は「本家」で過ごすのが通例だけど、今年は千夏先輩のことがあるから全員では行けない。でもさすがに千夏先輩を独りぼっちにするわけにはいかないから、俺が残って二人で年越しをする事になったのだ。
「ごめんね千夏ちゃん、留守番なんかさせちゃって」
「いえいえ、お気に為さらず」
なんだろうな、なんか俺より信頼されてるよなこの人。良いんだけどさ、うん。その間の生活費やら何やらは、もちろん千夏先輩に渡されている。あと何か来たとき用に判子も。……俺ってホントにこの家の長男なんだろうか、最近ちょっと不安だ。いくら俺がバカだからって、もうちょっと信頼して欲しいもんだ。
荷物を抱えた三人を、二人で見送って。皆が帰ってくるのは四日の夜だから、それまでは二人だけなんだな。そんな風にボンヤリ思いながら玄関に鍵をかけたその直後。
「たーいーきーくーん」
ポスン、と音を立てて先輩が俺の背中に飛び込んできた。危うく倒れそうになったのを根性で耐え抜くけれど、続いてやって来た刺激に腰が抜けそうになってしまう。先輩の指は俺の脇腹を捉え、やわやわと揉みしだいているのだ。
「えへへー、しばらく二人きりー」
底抜けに嬉しそうな先輩はとても可愛いけど、玄関でこれはちょっと困る。
まったく、この人と来たら。
「まだダメですよ、先輩。やること一杯あるんですから、気を抜くのはその後です」
何をしてくるか分からないから一応釘を刺したものの、どこまで通じるか。この人ワガママだからな、人目がないと。
千夏先輩に関しては、まだまだ知らない事だらけだし。
色々な事がうまく行かないまま、俺達がだんだんと不協和音を立て始めていた秋の日。それは突然訪れた。
あれこれ溜まりすぎた千夏先輩が大爆発し、何もかもブチまけてくれたのだ。
「何で嘘なんか吐くのよ! 人の気持ちも知らないでさ!!」
花火大会の事で負い目があった俺としては黙って聞くしかなかったのだけれど、それがまた良くなかった。どんどん風向きがおかしくなっていったのは、俺が黙っていたせいなんだろうから。
「彼女持ちの癖に、私にまで優しくして! そんなだから私が困るんだよ、女たらし!」
人たらしくらいならまだしも、その言い方は酷い。そして誰が彼女持ちだって言うんだろう。
確かに雛から、……告白はされた。でも返事はしなくて良いと言われたし、実際どう答えて良いか分からない。からかわれているんじゃないか、とまだ思っているくらいだ。なのにどう勘違いしたんだろう、まさか雛のアホがあること無いこと言いふらして回ってるんじゃないだろうな。
俺が好きなのは、好きなのは――。
「……大喜くんがそうやって、思わせ振りだから! そんなだから!」
詰め寄ってくる先輩は、こんな時に考える事じゃないけど可愛すぎる。どうしよう、というかどうなっているんだろう。
「落ち着いてください先輩、一体なにが……」
「蝶野さんが好きなら、最初からそう言えば良いじゃない! それなら私だって、私だって――
涙を浮かべて俺を揺さぶる姿、それ以上に衝撃的なのは。その、言葉。
俺が雛を好きだから、諦める。何を、諦める。それは、それは。
――……俺を、と言うことなのか。
つまり先輩は、俺を……俺を?
いや、そんなバカな。でも、もしそうなら。そうだとしたら。
俺は、底無しのバカ野郎だという事になる。こんなにも近くにいて、ずっと見続けてきて、なのに何一つ気付けなかった、掛け値無しの大バカだ。
どれだけこの人を傷付けたんだろう、どれほど気持ちを踏みにじったんだろう。
自分が許せない、でも。今ならまだ、取り返しが付く。これ以上この人を傷付けない為に、出来ることがある。
怒りをぶつけ続ける千夏先輩の拳を、身体で受け止めながら。俺は、言うべき事を紡いで行く。
「違います。千夏先輩が思っているのは、違うんです」
落ち着いて、静かに。先走りそうになる心を、ついつい拳を避けそうになる身体を、無理矢理押し止めて。
「確かに雛から、告白はされました」
「ほら、やっぱり――!!」
顔面へと飛んできた拳、それも受け止める。この痛みは、必要な痛みだから。
「でも付き合ってなんか、いません。俺が好きなのは、千夏先輩なんです」
俺を殴っていた先輩の両拳が、ようやく止まった。
呆然とした千夏先輩を、俺は抱き締める。強く、強く。
「先輩、好きです」
お互い、泣きながら。
抱き締めあう、その時間。
それはまるで、永遠のようで――。
そんなこんなで、俺達は積もり積もった誤解の山を崩していく事となった。前花恋さんに「君が言ってるのは、君が思ってるちーの考えでしょ」と言われたけれど、それはお互いの事だったんだ。千夏先輩は千夏先輩で、自分が思っている俺のイメージだけで考えていたんだから。話せば分かる、は本当なんだな。話さない以上、理解できる筈がない。
そして俺達は。……お互いを更に深く、理解しあう事となった。
家族が寝静まった深夜、先輩の部屋。
オレンジ色の常夜灯だけが照らす、薄暗い空間。
背中を向けあう俺達は、無言のまま。ただ衣擦れの音だけが、そこにある。
先輩が服を脱いでいる音。そして俺が、脱いでいく音。
これから俺達は、愛し合う。セックスを、する。
もちろん軽い気持ちじゃないし、そもそも気軽にしていい事じゃない。そんなのは分かっているけど、分かっているからこそ、するんだ。お互いが、好きだから。
「恥ずかしいから、もうちょっと後ろ向いててね。
何処か上ずった声に従って、振り返りはしない。でも意識は耳に集中してしまい、その姿を脳裏に浮かべてしまう。
ほんの僅かに聞こえる、粘液質の水音。小さく切なげな、でも熱を孕んだ吐息が聞こえる。
準備。その為に先輩は、自分で――
余りにも強すぎる刺激に、下半身が付いていけなくなりそうだ。既に俺は天を突く程猛り、早くしろと責め立てる。でも、ダメだ。まだダメなんだ。
うっかり達してしまいそうになるのを堪えながら、手探りで薄いゴム膜を纏わせていく。好きだから、愛しているから、少しだけ離れなければいけない。俺達はまだ、
震える手で、それでもどうにか格好がついたのと、ほぼ同時。千夏先輩が小さく声を上げた。
「良いよ。――来て」
あれから、数ヵ月。絶対に誰にもバレていけない秘密の関係は、ずっと続いている。表面上はいつも通りの先輩後輩、でも二人きりの時だけはイチャイチャして過ごすのが恒例になりつつある。その延長で、声を殺して愛し合ったりもするけど。
でももし母さん達に気づかれでもしたら、それはもう地獄だ。そこで同居は終わるし、きっと二度と逢うことも出来なくなる。それは分かっているんだけど、これがなかなか大変だ。まあ皆が寝静まった時間を狙って愛し合うのは、確かに興奮するけれど。
その中で知った事、それは先輩が俺の考えるよりずっと、ずっと――
油断しきって見せてくれる素顔の先輩は、強引でワガママで、それ以上に可愛い。
一応親の手前大掃除の真似事なんかをしているのに、先輩の可愛さを思うと顔がニヤけてしまう。先輩には買い物に出て貰ったしニヤけてても良いんだけど、やっぱり気恥ずかしい。
……外は雪だし俺が買い物に行っても良かったんだけど、金預かったの先輩だしな。まさか一緒には行けないし。行きたいんだけどな、どうせなら。同居バレ自体も防がないといけないから、これも無理なんだけど。せっかく一緒にいても、行動は別々なんだよな。
別に御節作ろうってわけじゃないし、コンビニもあるから買い物の量自体は大したことないだろうけど。コンビニとか無かった頃は年末年始用に山ほど買い物するのが普通だったらしいけど、大変だったろうな。
掃除も掃除で、大したことはしないし。日頃母さんがこまめにやってるから、あんまり汚れてもいない。先輩はあれで意外と几帳面だから、あんまり私物を散らかしたりしないし。……俺の部屋以外では。
気が付けば先輩が実家から持ってきた漫画が俺の本棚に入り込んでいる辺り、あの人帰る気無いよな。このままずっといるかもしれない。
そうなってくれたらいいな、と思うけど。俺と結婚して、本当の家族になって、そして――。
「ただいまー、大喜くん良い子にしてたー?」
玄関から飛び込んでくる元気な声に、ふと我に帰る俺。
人を小さい子供みたいに、全くもう。良いタイミングだったら無いな。
「はいはい良い子でお掃除してますよ、先輩もちゃんとお使い出来ましたか?」
カウンターで子供扱いしてやると、先輩はぷーっと膨れっ面を作って「おりゃー」、冷たい手で俺の顔をワシワシし始める。痛いし冷たいし大変だ。
まあ、良いんだけど。幸せだから。もし本当に結婚したら、こんな日々が続くんだろうか。嬉しいけど、身が持たないかもしれない。
二人でバタバタと家事を終えると、もう既に夜も遅くなっていた。じきに年が明けてしまう。
まあ蕎麦の用意もしてあるし、する事はそんなに無い。無いんだけど、うん。
誰もいないんだから、別に遠慮する事は無いのに。やっぱり何処かで、気恥ずかしさが勝ってしまう。
どうしようかな、と思っていると。
「大喜くん、大喜くん。……お風呂前に、一汗流したいんですが」
真剣な顔をして、千夏先輩が俺の手を握ってきた。それはつまり、やっぱりそれは。
先輩からの、御誘い。それもまず間違いなく、
「あ、じゃあその、部屋に……」
「やだ。ここが良い。ここで、したい」
ぎゅっと手を掴んだまま、先輩は可愛い顔でワガママを言ってくる。ここで、って。いや居間はスペース的には十分だし、汚してもすぐ掃除すれば良いんだけど。しかし余りにも背徳的な気がするんですが。
俺が困っているというのに、先輩は更にワガママを重ねてくる。
「でねでね、今日はさ、灯りつけたままでしたいな。一回してみたかったの、良いでしょ?」
いや、そう来ますか先輩。確かにずっと薄暗がりだったけど、また大胆な。まあ先輩の奔放さは知ってるけど。
こっちとしても、してみたかったけどさ。
煌々と灯る明かりの下、家族のスペースである居間で。俺達は一糸纏わぬ姿のまま、向かい合う。
初めて明るい中で見る千夏先輩の裸体は、まるで芸術品のようで威光さえ漂って見える。身体の全てがそれに反応する、その全てが見られている。
「んー……こんななんだね。ちゃんと見たこと無かったけど」
まじまじと見詰められると照れる処の騒ぎじゃない、でもそれは先輩だって同じ筈。
繁った陰毛に隠された、先輩のそこ。オンナノコ。入ったことはあっても、しっかりと見たことなんか無い。いや、今も殆ど見えてはいない。合わされた肉の間から、僅かに襞がはみ出しているだけだ。
もし、見たいと言ったら。ここを拡げて、先輩の全てを知りたいと言ったら。いくらなんでも――怒るだろう、な。
言うべきじゃない、と思う。でも一方で、先輩にワガママを言ってみたい気持ちもある。
――言ってしまおう。俺はあの日、千夏先輩の涙に誓ったんだ。もう、嘘は吐かないと。何もかも、言うんだ。
「あの、先輩。……見たいです。先輩の、その……中を」
「へ?」
先輩はキョトンとし、そして数秒の後。……リンゴのように、或いは茹で蛸のように真っ赤になってしまった。
「な、な、なななななっ。大喜くん、ヘンタイだったの!? え、そんなの見たい!?」
ひでえ。そんなにドン引きするなんて誰が思うんだ、ちょっと言っただけなのに。
先輩は口許に手を当ててしばらく唸って、そして。
「……いいけど、さ。後で私からも頼み事するからね、それで良いなら……うん」
真っ赤な顔のまま、頷いてくれた。
壁に背を預け、腰を下ろして足を開く先輩。いわゆるM字開脚だろうか、実物なんか見たこと無いけど。
そして俺は腹這いになってその前に。
「大喜くん、近すぎると思います。もうちょっとだけ離れて」
……そう言われては仕方がない、ズリズリと少し後ろへ下がる。逆らうと顔面を蹴られかねないし。
それでも熱気が伝わるほどの距離で、開きかけた蕾のようにも見えるそこをじっと見詰めていく。
既に内側から染み出す液体はお尻を伝って床に溢れ、俺の顔の位置だとその香りさえしっかりと感じられる。薄闇の中でセックスしている時にも嗅ぎ慣れた、でもずっと「濃い」香り。
「じゃ、じゃあ……開くから、ね……」
合わせ目に食い込んだ指が、左右へと動きそして。ついにサーモンピンクの粘膜が、露になった。
皮に埋もれた肉芽から下りていくと目に入る、肉の孔。そこが先輩の、最奥へ通じる場所なんだ。そう考えただけで思わず腰が跳ね上がってしまう辺り、俺は先輩の言う通りヘンタイかもしれない。
まあ、ヘンタイでも良いけど。
先輩の指に割り拡げられたそこは、神々しくさえある。まあ、それはそうか。ここは生命を産み出す場所なんだから。
でももっと、奥まで見てみたい。この奥に隠された子宮まで、目に焼き付けたい。
そう思いつつ気が付けば、俺はそこへと手を伸ばしていた。触れることを躊躇うほど美しいのに、触りたくて堪らない。こういうのを二律背反って言うんだろうかな。
「ん……っ」
ぬるつく感覚と共に指先が味わうのは、灼けるような熱さ。普段もゴム越しに感じている筈なのに、素肌だとこんなにも違うのか。
ゆっくりと肉孔へ埋まっていく指は、痛いほどの締め付けに襲われる。それでも離れたくない、もっと奥まで。なのに両手を使って左右から膣口を拡げても、僅かな隙間が見えるだけでよく見えない。もっと、もっと。もっともっとこの人を、知りたい。
夢中になって弄り続けていた俺を現実に引き戻したのは、小さな声。
「もう、ダメ……ね?」
ハッと動きを止めた俺の指。それを先輩は優しく引き抜いて、そしてそのまま手でそこを覆い隠してしまう。
「死んじゃうかと思うくらい恥ずかしかったよ、大喜くんのヘンタイっ」
荒い息を吐きながら俺を睨む先輩は、やっぱり可愛い。
でもさすがにやり過ぎたか、ここでヘソを曲げられたら困ってしまう。これで「今日はもうしません」とか言われたら、それこそ生殺しだ。
だから俺は、躊躇わない。素直に言うんだ。
「すいません先輩、我慢できませんでした。先輩の、……スゴい綺麗、です」
「そこを褒められても喜んで良いか分かりませんっ」
ほっぺをまん丸にする先輩可愛いです、しかし不味いなこれ。どうしよう。
これはお預けかなー……としょげかえる俺、でもそれはほんの数秒の間。
千夏先輩は俺を抱き締め、キスしてくれたのだ。優しく、愛を込めて。そんな目に遭って、どうしてしょげていられようか。
「あの先輩、ゴム買ってきてって言いませんでしたっけ」
「聞いたけど無視しました、責められるもんなら責めれば良いじゃない」
ふんぞり返る意味がわからない、なんなんだ。ちゃんと買い物したんじゃないんですか先輩。
というか無くて困るのは貴女だと思うんですけど。
そう言おうとはしたけれど、先輩は真剣な目で俺を見据えてくる。
「大喜くん、好きです。結婚しましょう。あと赤ちゃん作りましょう」
一切の淀みなく言い放つその姿は、俺を圧倒して余りある程。とんでもない、その言葉。
それは、つまり。そうなると、つまり。
だから、――か。
「私からも頼み事するって言ったよね、さっき好き放題したんだから言うこと聞きなさい大喜くん」
買い物の段階から全部この人の策中だったわけか、全くもう。何処までも底が知れないと言うか、底が抜けていると言うか。
やっぱりこの人には、敵わないな。
「こちらこそ不束者ですが、宜しくお願いします」
深々と頭を下げて、先輩の手にキスをする。現実を考えれば色々と難問は山積みだけれど、越えていくさ。俺たちだから、きっと大丈夫。
そう決意しながら、頭を上げて今度は唇へとキスを降らせ。そのまま先輩を抱き締めつつ、少しずつ身体を合わせていく。
蛍光灯に照らされながら、先輩の中へ。普段は陰って見えない場所が、こんなにもクッキリ見えると言うのは何処か不思議な感じ。先輩もそう思ったのか、結合部を食い入るように見つめている。
「こんななんだねー……。大喜くんを食べてるみたい、すごくえっちだね」
「そうで、す、ね……」
上手く返せないのは、余裕がないから。薄い被膜の有無なんて大したこと無いと思ったのに、直に粘膜が密着するとこんなにも気持ちいいとは。気を抜くとすぐに射精しそうで、気が気じゃない。
まあ先輩も先輩で、言うことはいつも通り余裕げだけど、顔どころか首まで真っ赤だし。お互い、そうそう持ちそうもない。
「ぃあ、あ"っ、いぃ……っ!!」
動き出すと余裕を装えなくなったのか、先輩は全力で声を上げまくるようになった。
普段は殆ど喘がない先輩だけど、それは強固に我慢しているからこそなんだな。これが本当の、千夏先輩なのかもしれない。そしてその「本気」は声だけじゃない、その内側もだ。普段から死ぬほど気持ちいいのに、今日の先輩は凄まじい。
俺はさっきから何度も何度も膣内射精し、その度に快感が引かないまま更なる高みへと打ち上げられ続けている。萎える事さえない、生命そのものが精力に変換されているような感じ。
このまま永遠に、と行きたいところだけど。全てを押し流す暴風が間近に迫っている、それがよく分かる。付けっぱなしのテレビから聞こえる新年のカウントダウンが、その予告に思えてきた。
「ぎぃ、ぉ……ほぐっ、もっと、もっど……ひ……いぃ!」
正体を無くしつつある先輩を掻き抱きながら、最後の一瞬へとただ駆け上がる。
そして、――。
「う"ぁ、あ、あ……あぁ!!」
獣の声を上げ、二人でそのまま崩れるように床に横たわった俺達。
目の前は白く染まり、息も絶え絶えでただ転がるだけ。強すぎる快感の余韻は、身体から気力まで流し去ってしまったようだ。
なにもする気にならない、声を出すのも億劫な中。それでも歳上の矜持なのか、ややあって先輩はゆっくりと身体を起こし「……あけましておめでとうございます……」と小さく呟いた。いや、今かよって思うけど。この人はホント読めないな、スゴい人だよ実際。
それから年越し蕎麦……いや年越しちゃった蕎麦を平らげたり、あけおめLINEやメールに返信したり。……色々な後片付けをしたり。
それを済ませて俺達は、一緒にお風呂に入っている。それも新年ってことで、みかんを浮かべて。
千夏先輩の家ではこれが恒例だそうで、昼間の買い物でしっかり準備してくれていたのだ。
「あー……なんか垂れてきちゃったよ。もったいないなあ、せっかくいっぱい出してもらったのに。……お代わり良いかな?」
「明日以降ならなんとかしますから、今は我慢してください」
いや明日も無理かもしれない、一滴残らず出しきったし。まあ頑張るけど。
身体を洗いあって良い匂いのお湯に二人で浸かる、この幸福感。これがこの先も続くと思うと、将来への不安なんか吹き飛んでしまうな。
いや、いやいや。いやいやいやいや。違う違う、吹き飛んじゃいけないんだ。どうしよう、本当に。まあ、愛してるし結婚もしたいし、でも子供は……うーん。部活引退どころか、学校にも残れなくなるんじゃないだろうか。と言うか俺は猪股家にさえ残れないかもしれない、よそ様から預かった娘さんを傷物にしたんだから。
そもそも俺達、まだ結婚できる歳でさえ無いんだし。
無い頭を絞ってみても、何が思い浮かぶ訳でもない。
「これからはさ、ずっと一緒だね」
「そう、です……ね」
「幸せだねぇ……」
幸せ、か。そりゃそうだな。悩んだって、仕方がない。
俺達二人で力を合わせれば、どうにかなるさ。
お湯の中、向かい合って。キスを交わして。新しい年に、思いを馳せてみる。
今年は良い年になる、きっと。
「大喜くんさー、そろそろ蝶野さんにちゃんとお断りしなさいね」
「…………善処します」
「全く、しょうがないパパでちゅねー」
「勘弁してください先輩」