どうしよう、イヤな予感がする。
千夏先輩たちが観に来てるのは知ってたし、女バド連中も観戦してた。とは言え、だ。接点がない筈のあかりと千夏先輩が何やら話している姿を見掛けた時点で、どうにも違和感はあったのだ。物陰から様子を伺う俺は、得体の知れない不安を抱いてしまう。
この人は必ず予想を上回る、いつだって想像の斜め45度上を駆け抜けていく。一緒に暮らしてみてわかったけど、この人ポンコツ過ぎるんだ。悪意も悪気も無いけど、だからこそ始末に悪い。
なにやってんだろうか、通りかかったふりして声をかけようかと思った矢先。千夏先輩はあかりに手を振って歩き出し、すぐ俺に気付いて駆け寄ってきて――。
「ごめん、大喜くん。…………バレちゃったよ」
てへへ☆と舌を出すその顔には、反省の色なんか見えやしない。輝く笑顔が、そこにある。
いや、いやいや。いやいやいやいや、待て待て待て。
それは正しく――非常事態ではあるまいか。
針生先輩との試合が佳境に差し掛かった時、俺は千夏先輩の声を聞いた気がした。俺を応援してくれるその声は心地よく、心の一番深い場所にキックを入れてくれたのだ。負けたくない、負けられない。この人を好きになって良かった、と千夏先輩に思ってほしいから。
ギリギリの戦いを繰り広げていた故の幻聴だとも思えたけれど、今さっき千夏先輩が話してくれた内容によれば本当に声援を送ってくれていたらしい。息を吐く暇もなく始まった決勝も見ていてくれた、決勝で敗れた俺に頑張ったねと言ってくれた。……のは良いんだけどさ、うん。
思いっきり「大喜」と叫んだのをすぐ近くで聞いていたあかりが色々聞いてくるもんだから、本人曰く「なんかもう面倒だし」という事で付き合ってる事を打ち明けてしまったのだそうな。それはバレちゃったじゃない、バラしたんですよ千夏先輩。10:0であなたのせいです。
怪我と敗戦でボロボロになった時隣にいてくれた事とか俺に背負われて下校した事とか、あれこれ話していたら楽しくなってきて勢いに任せて語ってしまったんだとか。かろうじて同居の事は隠したそうだけど、それ以外は粗方しゃべったようだ。思い返せばさっきのあかりは目が死んでた気がする、多分強引に聞かせたんだろう。うっかり獣の巣をつついたせいでひどい目にあったな、明日埋め合わせしないと。
まあ、それはそれとしてだ。直にバラしたのはあかり一人だとしても、周りには女バド連中がいた筈。広がるのは時間の問題と言えるし、その規模も計り知れない。下手したらその余波で母さん達にも伝わりかねない。
――しかし一方で、この事態を歓迎している俺も何処かにいる。生まれて初めての恋人関係を誇りたい気持ちはもちろんあるし、気兼ねなく一緒に歩いたりしたい。それに隠し続けるのも無理はある、いずれは言うしかない。
そう思えば良い機会ではあるんだけど、本人にはそう言わない方が良いな。調子に乗せるとなにやらかすか分からん。
とりあえず、とりあえず。
「まあ……言った事は戻せませんからね。帰ってから考えましょう、さすがに疲れましたよ俺」
元々回りの悪い頭だ、今考えても仕方がない。あとの事はあとでやろう、うん。
そう思って歩き出そうとした俺の手を、千夏先輩がそっと握った。
「――じゃあ手繋いで帰ろうよ
さすがに勢いで親に話したら大惨事になりますから、と千夏先輩にしっかりと釘を刺しながらも仲良く家路を辿った俺たち。
普段とは違い並んで帰宅したけれど、母さんが何やら察したような気配は無かった。まああの人はそもそも俺の親だからな、鈍さはしっかり俺へと受け継がれている。だから余計な事をしなければ多分問題はない、……筈なんだけど。
俺は最近になって知ったのだ、そういう状況で嬉々として余計な事をするのが千夏先輩なのだと。
「大喜くん、難関突破おめでとうー」
風呂上がりの温もりも残ったまま、千夏先輩は笑って手を振り上げる。祝福してくれるのは嬉しいけど、ちょっとだけ複雑な気もする。去年は俺がインターハイを逃したけど、今年は逆になってしまった。千夏先輩にとっては最後の夏だったんだし、二人揃って突破したかったな。
いやまあ、それは良いんだ。でも千夏先輩、あなたは何でこんな時間に俺の部屋にわざわざ来るんですか。無防備すぎやしませんかね、なんて口には出さないまま思ってみる俺。こういう所なんだよな、千夏先輩って。思わせ振りで距離感バグってて、でも直前で肩透かしを食らわせてくれる。
きっと他意は無くって、純粋に労ってくれているんだろう。
とは言えあまり遅くまでこうしていると宜しくないかな、そろそろ部屋に戻らせた方が良いかもとか思った――思おうとした。でもそこまで考えるも早く、俺の身体はバランスを崩して倒れかけていた。それに気付いた時にはもう遅い、背中からベッドへと軟着陸した瞬間。
「ん……むっ」
まるで組み倒さんばかりの勢いで覆い被さってきた千夏先輩の顔で視界を塞がれ、そのまま唇に熱く軟らかいものが押し当てられた。
その正体に気が付くまで、一瞬のような永遠のような時間が流れる。心臓は早鐘を打ち、耳鳴りまで聞こえそう。
キス、された。千夏先輩に、キスされた。
呆然としたままの俺を残し、ついっと顔を離す千夏先輩。口の端に残った唾液が描く橋が僅かに残ってから消え落ち、先輩は小さく呟く。
「頑張ったからご褒美、ね」
その微笑みは蕩けるように魅惑的で、だからこそ――少しだけ怖い。この人もしかしてもしかすると、良くない事を考えていないか。考えてみればずっと、変な所はあった。変に触りたがるしやたら近いし、まあそりゃ付き合ってるんだからそんなのもあるんじゃないかと流していたけど。
でも、だ。唇を交わした千夏先輩の目は血走っているし、んふーんふーと鼻息も荒い。一触即発どころか、これは多分……不味い。
しかし力尽くしで跳ね除けたりしたら先輩を傷つけてしまう、そしてそれ以前に今の俺ではそんな体力がない。一日試合試合でボロボロだ、激突上等のバスケ選手を制するなんて不可能だ。
「私はね、ずっと我慢してたよ。良い子にしてたご褒美に、大喜くんをください」
ますます力の入る手付きでそっと俺の顔を撫でつつ、服を剥ぎ取っていく千夏先輩。その手は少し熱を孕み、でも心地良い。良すぎてこれは、危険すぎる。疲れ果てた所にいきなり至近距離で絡まれて、下半身に血流が集中していくのが分かった。そりゃあ想像したりはするさ、こんな感じでそういう関係になる事を。そして毎回良心の呵責で死にそうになる、最近は毎晩そんなだ。
しかしそれが現実になると、かなり困ってしまう。妄想は妄想だから良いんであって、実際押し倒されたら困惑しかない。
「あの千夏先輩、えっと……」
「大丈夫だよ、私経験はないけどあれこれ
いやあんたらそんな話する仲なのかよ、こないだまでギスギスしてなかったっけ千夏先輩。
どうしようこの人話が通じない、完全に暴走している。
そうこうしている間にも先輩の指は俺の身体をはい回りそして、下着の中へと滑り込んでいった。
「わ。……そっか、こんな風になるんだぁ……」
しなやかな指先に刺激されて、布地の中で隆起していく俺自身。それを引きずり出して弄ぶ千夏先輩は、子供のように無邪気な表情。
もちろんそれは俺にとって、あまりにも刺激が強すぎる光景。
たちまち背筋がゾワつき、慣れ親しんだ射精感が押し寄せてくる。阻もうとする理性さえ、千夏先輩の声に蕩かされてしまう。
「えっと、こうしてると出るんだよ……ね? 見せて、大喜くん」
ふわふわとした優しい言葉はでも、どんどん俺を追い込んでいく。堪える気力さえ刈り取られ、意に反して腰が震えて――。
「うぁ、ぁ、ぁぁ……っ」
気が付けばもう堤防は決壊し、先輩の白い手の中へと俺の精液が迸って止まらない。大変な事をしてる自覚が湧き出し、そしてそれを遥かに上回る快感に身体が支配されていくのが分かった。
放精が収まって尚屹立が止まらない俺へと千夏先輩が微笑み、ゆっくりと距離を詰め始める。これから先輩が何をするのか、どうしたいのか。その答えはもう考えるまでもない、それはきっと俺にとっても幸福な事だ。
――
「あ……の、ダメ、です……。今は、まだ……っ」
千夏先輩をもっともっと知りたい、離れることなど無いほどに愛し合いたい。そう願うけれど、それは今の俺たちに選んで良い選択ではない。
ここでそうなって良い筈がない、勢いでして良い事じゃない。
千夏先輩が好きだからこそ、そう思わなければならない。
「ん。んー……そうかぁ……」
にじりよるのを中断して小首を傾げる事、きっかり一分。
千夏先輩はすっと立ち上がり、口を開いた。
「インターハイ、あるしねぇ……。集中できなくなったら困るし、さすがにその後じゃないとダメかなぁ……」
私は今すぐにしたいんだけどなーと笑いながら、先輩はクルリと背を向け後ろ手を振る。
「とりあえずインターハイ終わるまでは我慢するね、無理なく出来る限りの範囲でさ」
結論から言えば、インターハイが終わるまでという約束を先輩は守ってくれた。寝込みを襲われることも帰りに暗がりへ引き込まれる事も無く済んだけれど、それももう通用しない。本日は夏の終わりも近い8/26、千夏先輩の誕生日。去年と同じ海岸で語らい夕暮れにケーキを食べ、そしてすっかり夜も更けた今現在、俺たちは一年前と同じ民宿の一室で向かい合っている所。
……さすがにここで日和ったら、いくら千夏先輩でも怒るだろうなぁ。いや別に拒む理由もないんだ、既に親にさえバレたんだし。そこから鹿野家にも話は行ったそうで揉めはしたけど、泣いてすがって歯茎を剥いてどうにかこうにか場を納めきったんだから俺たちって結構スゴいかもしれない。高校生としての分別を弁える、という条件付きではあるけれど。
それもあってお互い別々にアリバイを作ってコッソリお泊まりなんだけど、さ。俺は匡に頼んでバド部の打ち上げという事にして貰い、先輩は花恋さんの所に泊まる設定になっている。……うん、大丈夫だとは思う。二人とも俺たちよりは頭が良いし気も遣える、多分こっちが無い頭で考えるよりは確実だ。
あの日と同じく並んだ布団、そこに腰を下ろしている千夏先輩は風呂上がりの一糸纏わぬ艶姿。こんな至近距離で見て良いものなのか、と思えるくらいに神々しい。
「さてでは、大喜くん。……準備は出来てるみたいですね」
俺の下半身をチラチラ見ながら微笑む千夏先輩の頬は赤く染まり、明らかに興奮状態。俺と同じくらいに、なんだろう。掛け布団に広がっていく粘液質の染みが、それを教えてくれる。
今からするんだ、と決意を確かに抱いて。俺は千夏先輩に、キスをする。愛してるの想いを込めて、熱く。
やっぱり明るいままだと恥ずかしいから、と灯りを落として更に布団を被って。手探りでお互いを確かめあう俺たちはきっと、同じことを考えている。
これからどうすれば良いんだろう、よく分かんないな、と。
一応知識としてはあるけれど、それをどう役立てたら良いんだろう。勉強したから大丈夫、なんて言ってた千夏先輩も千夏先輩で受け身になってるし。
モゾモゾと肌を合わせるまま何分かが過ぎ、いっそ今夜は上手くいかないみたいだからと次の機会に回すとか提案しようかと思い始めた時。
「ん、……っ」
腰の下が何か軟らかい部分に辺り、先輩の切なげな吐息と共にクチュリと水音が立った。これは、……これは。
ここが
「ぁ……大喜、くん……。そのまま……来……てっ」
一瞬背筋を伝うのは、ゾワリという艶かしい気配。千夏先輩の内側に入り込んでいる、という事実がもたらす多幸感だ。
まるで両手で押し潰しているような圧迫と、焼け落ちそうな熱い体温。今までに経験したことがない、粘液質の快楽がやって来る。
本能に突き動かされて腰が加速し、その一突き一突きで先輩の口から溢れていく嬌声が心地良い。
全身すべてで千夏先輩を感じ、何もかも溶けていくようだ。
その圧倒的な快感が脳を焼き、尿道が内側から押し広げられていくのが止まらない。このまま射精したい、そう感じて俺はようやく気がつく。今の俺は何一つ纏わない状態である事に。
膣内射精のリスクなんて、義務教育を終えている以上は当然知ってる。とにかく千夏先輩に、伝えなければ。そうすればきっと、一旦中断という事にも出来るだろう。
「あ、……のっ。もう、出そ……う、で……すっ」
切れ切れの不格好な言葉、でもそれはちゃんと伝わった――筈なんだけど。
先輩は俺の頭を撫でながら、予想とは全く異なる返事をくれた。
「んぁ、……良いよ、大丈夫だから……ね」
それがどんな意味なのかどうなのか、判断する事は出来ない。身体が理解したのはただ、
頭の中は白く染まり、もう何も考えられない。今この瞬間に死にたい、とさえ思える。
ガクガクと震える俺を、千夏先輩は優しく抱き締めてそして。
「大喜くん、まだ出来るよね? もっともっと、いっぱい……しようね」
……最高の笑顔で、俺の唇へとキスしてくれた。
いったい何度射精したか、どれほど腰を振ったか。夜明けが近い部屋の中、俺たちは力を使いきって横たわっている。
死ぬかと思った、というのが正直な気持ち。腰が壊れそうだしあちこち軋んでる、多分明日は筋肉痛かな。
何て言うか思ったほどロマンティックな行為ではなかったし、実際疲れた。まあでもそれ以上に――気持ちよかった、な。
先輩もそう思っててくれると良いけど、どうだろうか。隣でウトウトしている千夏先輩を見ながら思ったのはそれと、もう一つ。
さっきの「大丈夫」はなんだったのだろう、という事。射精の意思を伝えた時のセリフなんだから、
でも中途半端に血が下がって冷静さが戻ってきたのか、気になってしまうのが俺の不粋な所だ。
「千夏……先輩、さっき言ったのって……」
まだ呼び捨てが恥ずかしいなんて俺も相当だな、なんてはにかみながら聞いてみた俺。
ぽややんとした顔のまま焦点が今一つ合っていない目でこっちを見ながら、半分眠ったような声が返ってきて――俺の身体はビクンと跳ね上がる。
「んー……まぁねぇ、実はねぇ。今日辺り私、思いっきり危険日なんだよねえー……。だからー……大丈夫だよーちゃんと責任とってお婿に貰ってあげるねーってぇ……」
幸せそうに能天気に明るく言った言葉は、明らかに重い。重すぎる。
いや、いやいや。いやいやいやいや、そうじゃないでしょ。思わず「何考えてんですか」とオブラートに包みもしないまま直球の言葉を投げ込んでしまったけれど、先輩はころんと寝返りを打ちながら笑っている。
「良いって良いって、今からならお腹が目立つ頃には卒業してるし」
何一つ良い点が無いです、あんた自分の人生なんだと思ってんですか。そう言い返そうにも、先輩はもう半分どころか九割方おねむになってしまっているようだ。何を言ったって聞こえるわけがないし、マトモな返事は多分来ない。
俺も俺で時間差を付けて襲ってきた疲労感と後先考えないポンコツ先輩のせいで、眠たくて仕方ない。
まあ良いや、起きてから考えよう。先輩の隣へと潜り込み、俺は目を閉じる。きっと明日も、というか今日も良い日になるさ。そう信じて。
嵐のような一夜が明けて、俺たちは帰路に着いている……というか日がくれそうなのに未だ帰りつけてない。一応最寄り駅から別行動しタイミングをずらして帰宅しようと決めはしたものの、なんか名残惜しくて駅の喫茶店でダラダラしてしまったのだ。そこで一応本当に危険日なのか問いただしはしたけれど、先輩はヘラヘラ笑うばかり。畜生可愛いなこの人。
そりゃまあ自分で言う通り周囲にバレる前には卒業することになるだろうけど、そのあと俺はどうなるんだろうな。下手したら名字がなくなる、追い出されてしまう。
にしても子供か、本来そういう事なんだよな――セックスってのは。だからこそ自分と相手の人生に責任を持てない限り、気楽にしてはいけないんだ。その辺分かってるのかな、どうも千夏先輩は千夏先輩過ぎる。
先輩は卒業したら一旦独り暮らしして、俺が一年後栄明を出たら結婚するという段取りでいるそうなんだけど、これもガバガバな話だよなぁ……。
まずどうやって生活する気なんだろ、そういうのも俺が考えるしかないか。とは言え俺にできることなんて嵩が知れている、遮二無二頑張る他に手なんか有るとも思えない。
……それもこれも含めて、二人で歩いていけば良いんだろう。どうにかなるさ、どうにかするさ。何しろ俺たちは、俺たちなのだから。
「大喜くん大喜くん、うちのお父さんって会ったことあるっけ?」
「まだ無いですね、構わないけど一発だけ殴らせろとか言われるんでしょうか」
「…………それで済むかなぁ…………」
「待ってください」