そりゃまあ、嫌われたり憎まれたりなんかはしたくない。
穏やかに好意を抱いてくれたならそれで良い、なんて語り済ます事も出来ない。家族みたいな関係は居心地が良いけど、そこで止まるなんてイヤだ。
俺は千夏先輩と、恋人同士になりたかったのだから。
つまり現状はとても望ましい状態、……の筈なんだけどなあ。
猫だったら爆音で喉を鳴らしているであろう蕩け顔でしがみついてくる千夏先輩、その幸せそうな姿を見ながら俺は思う。
どうして一速と七速しか無いんですか、千夏先輩。
幸せなのに、幸せなんだけど――良いのかなあこれって。
雪がちらつく冬の長野、凍りついた湖の上。正座し向かい合う俺たち。
千夏先輩が帰ってきてから言う筈の言葉を俺は、勢いに任せて叩き付けていた。
『好きです。俺、千夏先輩の事が好きです』
今言うべきではないかもしれない、胸にしまっておく為の理由は幾らでもある。千夏先輩の負担になりたくないし、まだ何も成し遂げていない俺にそんな資格があるのか。これから気まずい想いをさせて良いのか、これは大馬鹿がすることでないか。
でもそんな思いは全て、力尽くで捩じ伏せた。考えない、ただ突き進む。馬鹿は黙って突っ込め、それしか出来ないんだから。
頬を染めたまま千夏先輩が動かないまま、どれくらいが過ぎただろう。湖面から伝わる冷気が脚を包み込み、痛みさえ感じ始めた頃。
ようやく千夏先輩は、口を開いた。
『――ありが、とう。私も、大喜くん、が。好き……です』
一文字一文字噛み締めるようにゆっくりと、でも確かなその声。それは俺が何よりも待ち望んでいて、でも決して手に入らないと思っていた返答。
気が付けばお互いに立ち上がり、その身体を掻き抱きあっていた。色んな感情がない交ぜになって、涙が止まらなくなって。それでも俺たちは、固く抱き締めあい続けた――。
先輩を迎えに来た春架さん達に事情を話してスキー場まで送ってもらい、匡たちと合流したときにはもう遅い時間になっていた。西田部長や針生先輩にはあれこれ聞かれはしたけれど、正直それどころじゃない。
「しちゃったな、ホントに……」
バタバタと床に着く段階になってやっと襲ってきた
ずっと好きだった、届かなくても手を伸ばし続けるつもりだった。でもまさか、こんなにも上手く行ってしまうなんて。
明後日の夕方に先輩が帰ってくる、その状況で俺はいつも通り平生を維持出来るんだろうか。
お互い好き同士ということはもう、恋人同士になるわけだ。そうなれば、そうなると。……色々と
だから、きっと――。
「なに考えてんだよ、俺は……」
つくづく自分が嫌になりながら寝返りを打ち、溜め息を一つ。
そんなふしだらな事考えるな、千夏先輩を大事にしないでどうする。
どうするったって、なあ。まるで何事もなかったかのように、さらりと帰ってきた千夏先輩を見ていると、全てが夢だったんじゃないかとさえ思えそうだ。全部俺が見た都合の良い幻想で、ホントは告白さえ空回りだったんじゃないかと。
それでも千夏先輩がそばにいてくれるだけで、身体の芯が疼いてくる。
どうしてこうも俺は、自分勝手なんだろう。
千夏先輩をなんだと思っているんだ、少しは物を考えろ。両思いだろうがなんだろうが、ガツガツするんじゃない。
理性を振り絞って丸一日自制し、もう寝てしまおうと目を瞑――ろうとしたその時。
「大喜くん、起きてますか」
……俺の頑張りを根本からひっくり返すような声が、ドアの向こうからやって来た。
千夏先輩は本当に読めない人だ、それはもう骨身に染みている。何を考えているのか、何も考えていないのか。器が大きいのか、底が抜けているだけなのか。俺が無い頭でどんなに考えても、結局本人の心中なんか分かるわけがない。
だからこの人の行動は、予測さえ出来ない。いつだって予想の斜め上を駆けていく、だけどでもまさか。
ドアを半開きにしたまま呆然とする俺に、千夏先輩は笑って語りかける。
「入って良いよね、お邪魔します」
その顔はいつも通り、そこに変わった様子はない。……うん、顔だけは。でも首から下は、異常事態にも程がある。
何を思ったのか千夏先輩は、一糸纏わぬ姿でこっちの部屋へと入ってきたのだ。
……どうしよう、これどうしよう。まあそりゃ、妄想した事がないとは言わないし言えない。そもそも同居初日に風呂上がりの姿を見ちゃって、あれこれ思い浮かべたりしちゃってるし。でもこうやって実際に目の当たりにすると、色っぽいとかそういうのより心配になる。具体的には、頭の様子が心配だ。
なんだろう、先輩も悩みまくったんだろうか。そして一周回っておかしくなったのかもしれない。いやこれ俺が悪いのか、千夏先輩が壊れるくらいプレッシャーかけちゃったって事なのか。
そんな俺の当惑なんか、知ったこっちゃないんだろう。千夏先輩は後ろ手にドアを閉めると、そのままステップイン。一気に距離を摘めてそして、――顎をかち上げるように手を突き、俺をベッドへと叩き込んだ。
いや、いやいや。いやいやいやいや、どうなってんだ。
さすがに声を上げようと開いた口はでも、何も言えはしない。だって千夏先輩の唇で、完全に塞がれてしまったから。
「ん、んー……っ」
入り込んでくる舌は口内を探るように愛撫し、意識を刈り取っていく。元々回りの悪い頭がどんどん鈍り、目の前で何が起きているのかさえ分からなくなってしまう。
ひとつだけ確かなのは、千夏先輩の強烈な意思。俺を――抱こう、としてるという事だけ。
「えっと、こんな感じで良いのかな……? まあ大きくなってるし、大丈夫だよね多分」
千夏先輩の言葉を切れ切れに聞きながら、チカチカとゆらぐ視界の中かろうじて俺は頷く。下半身から伝わる指先の感触は、頭が壊れそうな程に激しい。普段自分で触れるのとは全く違う、こんなにも凄まじいのかと驚くくらい。自分以外の手でしごかれるって、ここまで気持ちいいのか。
それを更に上乗せしてくるのは、右手から感じる圧迫感。千夏先輩の脚の間に挟まれ、その
「ん、ぁ……っ、そこ……も、……っとぉ……っ。あ……」
耳朶を犯すその喘ぎと共に手が加速し、俺を攻め立てていく。こんなの、どうやって堪えれば良い。
ゾワリと背筋を駆け抜ける悪寒は遮られる事もなく、一点に集中してそして。
――直ぐに決壊した。
「ぅぁっ、あー……出て、る……? そっか、これが射精、かぁ……」
噴き上がる白濁液を浴び、惚けた声で先輩が囁いた。恥ずかしい気持ちや申し訳無さもあれど、それよりも強く込み上げるのは熱く激しい思い。もっともっと愛されたい、愛したい。ここで終わりたくない、この先へと進みたい。
それはきっと千夏先輩も同じなんだろう、静かに俺の指を抜いてそのまま、のし掛かる形で身体を預けてきたから。
二人の身体は重なっていく、一つの目的に向かって。
射精してもまだ天井を向いていた俺の先端に、ぬるついた何かが触れる。それはゆっくりと少しずつだけど形を変えていく、被さるようにして俺を包み込んでいく。それが何なのか、考えるまでもない。
千夏先輩の中に、入りつつある。繋がっている、セックスをしている。
さっき感じたのと同じ衝動、抑えがたい欲求が腰の奥で広がっていく。雄の本能が叫んでいる、このまま――出させろ、と。
それを理性で必死に堪えようとした、その時。またしても千夏先輩は考え無しに、余計なことを言い始めてしまった。
「
きっとこの人は、自分が何を言っているかあんまりわかってない。そのリスクも、なにもかも。頭のネジがグロス単位で抜け落ちてる人だ、理解しようとする方が無駄なんだ。
でもその唆す声は、あまりにも蠱惑的過ぎる。
「許可」を与えられて身体は敏感に反応し、持ち主の意思を無視して猛っていく。
それはもう、止まらない。
気が付いた時には既に、射精が始まってしまっていた。
「んっ、う……ぁっ、お腹の中……暖かぁい……っ」
俺を抱きしめて幸せそうに呟く千夏先輩、その表情は後悔さえ塗り潰してしまう。避妊もなにもない膣内射精がどんな結果になるかなんて知っている、子供じゃないんだから。俺の人生全てを捧げても取り返しがつかない事態になる、そんなのは分かりきっている。それでも俺は思ってしまう、この笑顔が見られたのだから悔いはないと。
――なんて浸りきっていられたのは、ほんの僅かの間だけだったな。射精が終わりきるより早く、千夏先輩は再び動き始めたのだ。それも身体を起こした、大人の言葉で言う騎乗位というやつで。それも暴れ馬のように、強く激しく。萎える暇さえ与えてくれない荒れ狂うロデオは一晩中続き、俺は一滴残らず搾り取られてしまった。生きているのが不思議な位、全力で。
目をさまして最初に思ったのは、自分が生きていられた事に対する感謝。そして遅れてやって来たのは、されるがまま過ごした昨夜の出来事への後悔。
……やってしまった、色んな意味で。何百段もすっ飛ばして、思いっきり。いやまあ死んでも良いと思うほど気持ちよくて、実際死にそうだったけど。
しかしあれだけ暴れていつも通りに朝練に行ってしまった千夏先輩は、どういう身体してるんだろうか。俺だってどうにか起きはしたけれど、身体はガタガタでとてもそこまでの元気はない。這ってでも行かないと格好が付かないから、どうにかして力を振り絞るけど。
ブレない折れない、それが千夏先輩。それは知っているけどさ、でもまさかあんな事してもまだ自分を貫ける辺り、やはりあの人はスゴい。
これからもっと頑張って、相応しい男になろう。
そんな思いで痛む身体を引き摺りつつ授業を終え、部活に行こうとした……筈だった俺は今、保健室でベッドに横たわっている。
コンディションが良くないところへ不意討ちで全力の連撃を叩き込まれ、一時人事不省に陥ってしまってたのだ。一応怪我にはなっていないらしく、辺りどころが悪かったのと脳震盪で意識が飛んだだけ……らしい。
大事を取って暫く寝たら今日はもう帰れ、と針生先輩に言われはしたが、疲労のせいかまだ起き上がる気になれない。
それもこれも全部、――千夏先輩のせいだ。あの人が余計なことするから、雛に殴られる羽目になってしまった。どういう風に回路が繋がったのか知らないが、どうも先輩から雛に「全て」話してしまったらしい。いやおかしいだろ、人に話すことか。て言うかあの二人ってそんなに仲良くなかっただろ、それで何故そんなセンシティブな事をサラッと言ってしまうんだ。絶対おかしい、昨夜も思ったけど距離感バグり過ぎてる。
そんで雛は襲撃を決行し、俺は酷い目にあってしまっているんだ。……雛の気持ちを考えればそりゃ癇癪も有り得ると分かるけど、だからってここまでするのは絶対先輩のせいだ。火に油どころか爆薬放り込むような真似は控えてほしい、命に関わる。
帰ったらちゃんと話し合おう、そんな事を思いはすれど。
「大喜くん、大丈夫だった? 針生くんが死にかけてるって言ってたけど」
……目の前に千夏先輩が来てしまうと、そんな考えは何処かへ消えてしまう。
面と向かって色々言える訳がない、だって俺は千夏先輩が好きだから。
ただでも、油断はしない。この人が何をやらかしても対処出来るように、気は張っておこう。て言うか今もう既に、ベッドへ潜り込もうとしているし。
痛む身体を押してどうにか千夏先輩を説き伏せて、俺は苦笑しながら起き上がる。
続きは帰ってから、だ。……その内俺腹上死とかしそうだけど、その時はその時考えよう。死んでからあれこれ考えるのも難しい話かな、うん。
あれから少し経って千夏先輩は、余程切羽詰まらない限りはちゃんと避妊してくれるようになった。そして前にましてバスケットボールに邁進する一方で、それ以外ではやたらと俺に甘えてくる。今みたいに密着して幸せそうにするのは毎度の事で、下手をすると風呂場にまで付いてくる。て言うか一緒に入ろうとしては母さんにたしなめられているんだけど、懲りる気が無さすぎ。
それに一緒にいると大体、
『大喜くんがちゅーしてくれないと、勉強する気起きないなぁ』
『練習しすぎで胸が凝っちゃったよ、揉んで揉んでー』
『えっちは美容にも良いそうですよ大喜くん、どうですかどうですか』
とか言ってくるし。いや嬉しいけどさ、スゴく嬉しいんだけど俺としては複雑なのだ。
こんなにも愛される事が、何処かで怖い。これはただの気紛れで、いつか飽きて俺を見放すのではないか、と。考えてはいけないのが分かっていながら、俺はどうしてもその陰を振り切れない。
片想いをしていた頃からなにも成長出来てないな、嫌われてしまうのが怖くて怯えていたあの時と。
起きてもいない事を考えて縮こまるのは止めよう、と誓ったはずなのに。
そう自戒しながら見ると、やっぱり千夏先輩はスゴい人だ。全力で夢を追いながら、全力で俺を愛そうとしてくれているんだから。
俺もこうなるべきなのかな、……いやどうだろう。片方がブレーキかけないと、単なるバカの暴走特急になってしまう気もする。それは困る、絶対不味い。
とは言え、だ。
千夏先輩からグイグイと押し倒しに来られると、考えている余裕が無くなってしまう。結局毎晩こんな感じで、流されるままにベッドに倒れ込むんだから。
熱いキスに思考を蕩かされて俺は、悩むのを諦める。また明日考えよう、と先送りにして。