並んで家に帰る、というのは今までなら考えられなかった。途中までなら「たまたま帰りの時間が被った」という感じで一緒に帰ったりはしたけど、それでも家が近付けば一旦別の道を行かなければならない。もし同居がバレたりしたら一大事だ、下手をしたら学校側が介入しかねない。俺はともかく千夏先輩は栄明のスター、そこにスキャンダルが振ってわいたりしたらどうなるか分かったもんじゃない。
……そう思っていたのだけれど、それを破ったのは他ならぬ千夏先輩。
三年生の一団と出会し慌てて先輩から離れ、なんとなくあかりたちに変な疑惑をかけられたりしていた時俺は、信じられないものを見たのだ。
「大喜くん、ごめん。遅くなって……」
周りの目など気にもせず俺へと歩みより、そう言って微笑んで。固く俺の手を握る、千夏先輩の姿を。
――千夏先輩は俺を好きになってくれた、でも話はそう単純にはいかない。同居先の住人である俺とこういう関係になる事に後ろめたさもあるだろう、負担も強いているだろう。だからこそ俺は先輩の気持ちを尊重するし、周囲には隠すべきだと思ってきたのに。
この人はいつだって、行動しながら考える。俺みたいにうじうじ悩まない、そんな人だ。俺が好きになったこの人は、千夏先輩なのだから。
そう思うと、さっきまでの迷いは心から消えていく。どう思われようが、構うものか。あかりたちの恋バナに話を合わせるより千夏先輩のクラスメイトに気を遣うより、もっともっと大事なものがある。だから胸を張ろう、なんて心を入れ換えた矢先に俺は、思い知らされた。
千夏先輩はいつだって、想像の少し斜め上を行く。俺がどういう風に考えを巡らせようが、絶対に敵わないという事を。
唖然とする友人たちの方へと手を振り、千夏先輩は信じられない事を口にした。
「改めてごめんね、好きになってくれたのは有り難いけど――私には大喜くんがいるからさ」
…………その場にいた全員が俺を含めてフリーズする中、この人と来たら能天気に幸せそうな顔をしていた訳で――。
そこからはもう、思い出すだけで汗をかく。先輩は多種多様かつ夢のようなノロケ話の数々を放ち、その間俺はずっとどうしていいか分からないまま。辛うじて同居に関しては触れなかったのは、最後の配慮だったんだろうか。て言うか告られてたって事も驚きだ、先輩がモテるのは知ってたけど。
話を切り上げて花火を見終え、散会する頃にはもう俺は疲弊しきっていた。
まあ、とは言えだ。いつかはバレる事ではあるから、半端に見付かって誤解されるよりいっそ全てオープンにしてしまえ、となるのは分からないでもない。やり方が過激すぎるけどな、どうして爆弾投げ込んで山火事を吹っ飛ばすような真似をしちゃうんだろう。
考えてみれば、交際を隠そうと言ったのは俺であって先輩ではない。賛同はしてくれたけど、やっぱり溜まってたのかな。
とりあえず明日は大変だな、西田部長辺りが大騒ぎするだろうしあかりたちにも詰め寄られそう。どうやって切り抜けたもんだろう。
まあ――どうにかなるだろ、俺たちだもん。良い機会になったと思わないとやってられない、考えても仕方ない事もある。
「大喜くん、さ。……ごめん、ちょっとだけ我慢できなくなった」
少しだけ神妙そうな顔で千夏先輩は握りあう手に力をいれてくる、伝わるのは言葉と同じ感情だ。やらかした張本人がこう反省してるんだもん、これ以上俺に何が出来るというんだろう。
「良いですよ、俺もあかりたちに色々聞かれてたもんで。近いうちにバレてたかもしれません」
返す返すもそうなのだ、あそこで言わなくても時間の問題だったろう。断片的な情報から適当に推測されて変な誤解をされるよりかは、今ぶちまけた方が良かったんだ。結局は先輩の一手が正解だった、という事。いつだって先輩は、俺よりずっと正しい。
それにこうして肯定したお陰か、千夏先輩は嬉しそうな顔で俺の腕にしがみついてくれた。気分が直って何よりだ、やっぱり笑顔でいて欲しい。
「ね、大喜くん。月がとっても青いから、遠回りして帰ろうよ」
にへらーっと笑う先輩に頷きを返し、俺たちはいつもの帰り道から一本横へと入る。いつも通り月明かりは黄色いけど、風流な言い回しって良いもんだなーなんて思いながら手を引かれていく俺。
街灯も無いような所には普段なら入らないけど、今夜はそれもまた風流の内。
下駄でも穿いてたらもっと雰囲気出たのにな、まあ持ってないけど。
――と。
突然千夏先輩が立ち止まり、何やら考えている風の顔になる。どうしたんですか、と声をかけようとした時。
「ん……っ」
とんっと一足で間合いを詰め。
浴衣の襟を掴んで俺を引き寄せ。
考える隙さえ与えない速度とタイミングで。
千夏先輩の唇は、俺の唇と重なりあっていた。
回りの悪い頭がキスを認識した時にはもう、それは完璧に成立してしまっていて、俺はただ驚くしかない。なのに千夏先輩は、千夏先輩と来たら。
「カップルだぞ」
なんてからかうように笑っている。全くとんでもないな、毎度の事ながらスゴい人だ。
呆然とする俺を誘うようにクルリと背を向け、先輩は月光の下歩き出す。
もしかしたら俺、一生この人に振り回されるんだろうか。そりゃ光栄だけど、さ。
なんだか妙に早く呼びに来たな、とは思った。大抵早寝のじいちゃんが一番風呂で父さん母さんどちらかかがその次、そして千夏先輩が入ってから最後に俺というのが猪股家の入浴事情だ。
今日は遅くなったから、大人たちはさっさと風呂浴びて寝る仕度してたんだけど、まあ俺たちも後は寝るだけ。明日もまだ夏休みは続く、練習はあるけどインターハイの為に身体を休めるのも大事だ。
そう思って普通に風呂入ろうとした俺。しかし二度あることはたんとある、又しても予想は裏切られた。
「……なんでいるんですか」
ガラス戸にギリギリ映らないよう奥に引っ込んで俺を待っていたらしい千夏先輩は、勿論一糸纏わぬ姿。こうも不意打ちだと、驚きの方が先に来て恥ずかしがる余裕が出てこない。
どうして悉くこっちの想像を上回るんだろう、なんか俺もう挫けそう。大きな声だしたりすると母さんたちに気付かれてしまうから、俺は静かに頭を抱える。ここで下手に騒いで揉め事にすると、俺の方が追い出されてしまう。
そうやって苗字を失うのは正直勘弁だし、そりゃまあ……嬉しいですとも。煌々と明かりが点いた室内で千夏先輩の裸体を拝めるなんて、死んでも良いくらいに。でもこういうのって、もっと照れとかそういうのが必要なんじゃないかなあって。つい数日前まで手を繋ぐのも大変だったのに、なんで一速から突然幻の七速にギアチェンするんですか。あんたトールギスかなんかなんですか千夏先輩。
正視したらあれこれ危険そうだししゃがみつつ目を背ける俺に、千夏先輩はやっぱり微笑む。
「カップルだぞ」
……それ言えば全部済むと思い始めてるな、この人は。そう言えば先輩が来た日も浴室でこんな風になったな、残り香を嗅いでしまって。でも今はもっと事態が深刻ではある、色々と。
にしてもどうしよう、どうしたもんか。このままの姿勢で居続けるのは不自然だけど、でも立ち上がったらもっと不味い。
ああ、なのに。
先輩は俺の前にしゃがみこみ、顔をつかんで強引に自分と視線を合わせさせたのだ。
まっすぐな瞳に射抜かれて堪らず目を逸らす、でもそれは多分計算済みなのだろう。白い肌を滑りるように視界が降り、遮るものがないまま先輩の肢体を目に焼き付けてしまう。悪いことだとは思っても、身体がそれを拒めない。それがどんな結果になるか、考える必要もないくらいに分かっているのに。
「……っ」
身体を前に倒して疼きを治めようにも、至近距離に先輩の顔がある状態ではそうもいかないしそれに――それに。
「わ。あー……そっか、こんな風になるんだね」
顔から離れた手は迷う事なく俺の太股を通り、足の付け根へと入り込んできていた。物心付いてから他人に触れさせる事が無かった場所を、大好きな人がまさぐってくる。これで興奮しないでいられる程俺は枯れていない、でも開き直れる程終わってもいない。
そんな俺を更に追い込もうと言うのか千夏先輩は、もう片方の手で俺の腕を取って、……自身の足の間へと導いてしまったのだ。指先に当たる硬い毛、そしてその先で押し当たる軟らかな感触。ぬるりと滑るような汁気が、肌へと染みていく。
この湿り気が何を意味するか、それは一つしかないのだろう。
「私は大喜くんと、そういう事をしたいと思っています。我慢するのはもうイヤです、カップルだし」
指を締め上げる粘液質の圧力と、交錯する視線の熱。それがない交ぜになり、どんどん気持ちが高まっていく。
ああ、もう。
考える労力さえ放棄し、俺はただ頷いた。
万が一があるから、と湯船のなかで向かい合う二人。もしドアに動きがあったら即どちらかが身をかがめ、一人でいるのを装えるように。体勢としては公園の東屋で過ごすときと変わらないとは言え、お互いの距離は体温が伝わるほど近い。いや、これから伝えあうのだけれど。
まるで遊ぶようにお湯のなかで揺れる千夏先輩の身体がこちらへと重なり、唇を合わせながらゆっくりと肌を合わせていく。もぞもぞとあちこち動かしあがら、俺たちはどんどん密着を深めてそして。
さっき指に感じた軟らかさが、俺の先端へと触れるのが感じられた。ここからはもう、戻れない。このまま千夏先輩が俺の上に舞い降りたなら、それで――俺たちは
少し前の俺ならきっと躊躇っていたけれど、今はそうじゃない。俺は千夏先輩を好きでいる事も付き合っている事も、何一つ揺らがないから。あかりが言うような事は考えなくて良い、大丈夫。
高度を落とした千夏先輩の顔が俺の顔スレスレにまで来た時、これまでにない感覚が訪れる。肉厚な何かが覆い被さり、先から根本まで全てが締め上げられていく。それはお湯より熱く、そして押し潰そうとする程の圧力に充ちている。
「ぅ……あっ」
先輩の口から漏れた声はでも、ほんの一瞬。すぐ俺へと紅潮した顔を寄せ、耳元で囁いた。『大丈夫だよ』と。
ゾワゾワと背筋が粟立つのはその声のせいだろうか、いやそれだけじゃない。千夏先輩の内側は別の生き物のようにうねり、俺を奥へと誘い込んでいくのだ。
こんなにも興奮する事は、こんなにも気持ちいい事はこの世に無いに違いない。
そう、そんな状態に置かれた俺が、……堪えきれる訳がないのだ。
「……っ? ぅ……なにか……出てる……?」
不思議そうな顔の先輩、その視線を浴びながら俺の身体は思いっきり決壊していた。身体がガクガクと痙攣し、輸精管が張り裂けそうな勢いで精液が駆け抜けていく。どうなっても構わない、という何処か捨て鉢な感情さえ一緒に放出されていくかのようだ。
さすがに気が付いたらしい先輩は頬を更に赤くするけれど、こっちはこっちで止めようがない。頭の奥が沁み出て蕩けて流れ出していく、そんな陶酔感に支配されて腰が止まろうとしない。
「あー……大喜くん、その……ちょっと止め……止まんないの? えー……」
珍しく戸惑ったその声もまた、心地良い。
のぼせ上がった頭でそんな事を思いながら、ただただ俺は快感に浸っていた――。
そんなこんなで時間は流れ、今はもう結構遅い時間になっている。とりあえず感付かれはしなかったものの、どういう風に浴室を出るかで無駄に頭を使ってしまった。と言うか脱衣所に二人の服がある時点で、もし母さんが様子を見に来てたりしたら一発でバレてただろうなって。そこまで考えてなかったのが先輩らしいというか、俺たちらしいというか。
起きた事が起きた事だから湯中りに近い状態のまま、俺はベッドの上でぼんやりと考える。してしまったんだな、と。恋人同士でする事を、あんな勢いだけで。いやま、流されただけじゃない。俺だってそういう気持ちはあった、だからこそ受け止めなければならないと思えたんだ。つまりは俺たちは愛し合っていて、なら――何の問題もないってことだ。
しかし明日、本当にどうしよう。一晩経ったら更に感情が膨れ上がって、いままで通りにいかなくなる事も有り得る。て言うか部活行ったら質問攻めにされるに決まってるんだよな、それもどうにかしないと。やる事も考える事も多すぎる、俺の無い頭じゃかなり厳しいぞ。
「んー……ふむ」
ここは一つ、千夏先輩の知恵も借りるとしようかな。なにしろカップルなんだ、力を合わせるのが筋というもの。
なんにせよ動くのは明日だ、今からという訳にもいかない。
ただ、だ。あの人は本当に読めないから、釘を刺しておく方が良いかもな。
ノロノロとスマホを掴み『今日はもう寝ましょうね』とメッセを飛ばした、数瞬の後。
「ぁ、ぁー……っ」
聞き慣れた着信音と動揺を噛み殺した呻きが、
いや一先ずそれもこれも明日明日だ、俺は灯りを消して目を閉じる。目が覚めたらまた、千夏先輩と一緒に過ごす時間が始まる。楽しくて嬉しくて、どうにかなりそうだ。これがずっとずっと、続くんだな。
ああ、ああ――幸せすぎて死にそうだ。