逃げ出したと言われれば否定はしない。柊仁と比べられるのが、柊仁が俺を眼中に入れていないのが辛くて栄明へと転学した形なのだから。柊仁が気にしていた猪股という人に興味があったのも事実ではあるけど、別に大きな理由ではない。
まあ環境が大きく変わったのは喜ばしい事だ、佐知川と違ってここは共学だし。あのまま六年ずっとあそこにいるのは、さすがにむさ苦しいよなぁ。……まさかここに、あかりまでいるとは思わなかったけど。
『相変わらずだね、
お前もそうだな兵藤家のミソッカス、なんて軽口を叩き合うのは二人だけの時くらい。中断を挟んで尚長い付き合いとはいえ、周りにはそういうのを気取られたくはない。面倒なのはどうも苦手だ。
なんにせよ俺としては、栄明に来た事は間違っていないと思う。猫を被ったり虚勢を張ったり、勝ったり負けたり忙しいったら無い日々を過ごしたからこそ、俺は蝶野先輩と出逢えたのだから。
好きとか嫌いとかはあんまり考えてこなかったし、興味もそこまで無かった。蝶野先輩の事も、レオタードで練習してたから覚えてただけだったと思う。そういやこないだなんで大会でもないのにレオタードなんですか、って聞いたら『私は常在戦場の心意気でいるからね』とよくわかんない答えが返ってきたっけ。
まあ、それはそれとして。栄明はそもそも上下関係が緩いのか、特に咎められる事もないまま俺は蝶野先輩と普通に話すようになっていって。夏前にはアドバイス的なものも貰ったりして。
……そこでやっと俺は、気が付いたのだ。この人を好きなんだ、と。
そこからは、まあ大変だったな。バドしかしてこなかった俺に、どうしろってんだ。まさか柊仁になんか相談できない、独力でなんとかするしかない。
考える頭があったらもっと上手くいったんだろうけど、それならそもそも悩んでない。
バカは黙って突っ走るしか、無いのだ。
「先輩、好きです」
練習が終わって帰り際告げた時、蝶野先輩は少しの間だけ固まって。でもこう言ってくれたのだ、『もうちょっとムードのある時に言いなさいよ』と。それはつまり、否定ではない訳で。そうなると、そうなると……どうしようか。俺は思いっきり迷った挙げ句「じゃあ今度の日曜、改めて言います。予定開けといてください」と先送りにしてしまったんだ。
猶予期間の数日はすぐ過ぎて、蝶野先輩は待ち合わせに遅れもせず時間通り現れた。その前に跪いで再度同じことを言った俺の頭をワシワシと掻き回し、そして蝶野先輩はしゃがんで視線を合わせ――『よろしくお願いします』と微笑んでくれた。…………スカート姿でそんなことするから、目のやり場に困ったけど。
あれこれと有ったけど俺たちは付き合い出した、あの日がその最初の一歩。俺はきっと、忘れないだろう。この騒がしくも愛しい日々を。
男子校女子校には同性カップルが多いなんてのは昭和のラブコメの話なんだけど、どうもイメージというかネタとしてはまだまだ現役なんだろう。ちょいちょいそれで蝶野先輩にからかわれるんだよな、カノジョはいなくてもカレシはいたんでしょとかなんとか。いねぇし欲しくねぇし。
全寮制かつ敷地から一歩も出ないで生きていけるような環境、今時無いだろうに。そういや母さんが女子大にいた頃は学内に男なんかほとんどいなくて、
成人式に行った一個上の友達が「男ってあんな数いるのね……驚いたわ」と言ってたそうな。そしてそれを笑うでなく真剣に驚いた自分達にも驚いたと。
まあそれは良いんだ、うん。問題は女子との距離感ってのがサッパリ分からないという事、初めてのカノジョという存在をどうして良いか分からないのだ。あかりはあかりっていう生き物だから、とりあえず除外するとして。
デートってのも、正直分かんない。俺はバド以外趣味らしい趣味無いし、女子が何を好きか知らないから。て言うか蝶野先輩が特別難しいんだよ多分、映画行けば寝ちゃうし女子女子したスイーツショップとかは『美味しいけど量が少なすぎる』とか言うんだもん。
それに……それに。男である以上俺にも一応生理学的な欲求はある、でもそれをおいそれと向けてはいけないというのも知っている。知っているけど、知っているのに。
なぜ俺はカラオケボックスで、蝶野先輩に押し倒されているのだろうか。
どうなってるんだろう、振りほどこうにもこの人やたら力が強い。俺バドやってんだけど、新体操部ってこんな腕力いるのか。明らかに対人競技のパワーだぞ。
「あのさ、晴人。……大事にされるのは有り難いけど、腫れ物に触れるようなのは腹立つのよ」
ぷくっと頬を膨らませる蝶野先輩も可愛い、だけどこれは不味い。不味すぎる。
一旦落ち着きましょうと言いかけた俺の口はでも、一つの言葉も紡げず止まってしまう。蝶野先輩の唇に、塞がれてしまったから。
キスされた、と頭が理解するまで数秒。それを整理出来ないまま、口だけでなく全身がフリーズしていく。
「私はさ、こういう事をしたいと思ってきたよ。付き合うってそういう事だって菖蒲も言うし、身体も疼くし。晴人はさ、……嫌だったりする? やっぱり男の子の方が好き?」
前半はそうですけど後半は否定させてください、そう言いたい。でもそんな余裕があるわけもなく、あるわけもなく。首筋を滑る手がゆっくりと、俺の服へとかかった――その時。
けたたましく鳴った電話の音に意識を引き戻されたのだろう、蝶野先輩が舌打ちと共に立ち上がって受話器を掴んだ。
「はい!? あー……はい、……はい。はい……出ます、ごめんなさい」
威勢の良い声は最初だけ、すぐトーンをおとして謝り続ける蝶野先輩。それを機に着衣の乱れを直し終える頃、先輩は通話を終えて俺へと向き直った。
どうやらというか当然というか店員に叱られたのだろう、当然だ当然。
「他所でやってくれってさ、ちぇー流れで上手く行くかとおもったのにさー」
いやアンタなんなんだよ、とツッコミたいけど我慢する。今はそんな事しない方がいい、この空気のまま御開きに――。
「晴人、じゃこのままホテル行こうか。大丈夫、私お金あるから」
……させては貰えないようだ、どうしたもんだろう。
とりあえず人並みに知識はあるつもりだけれど、自信は無い。勿論経験もない。それでも気持ちだけ整えて、ベッドに腰かけたまま俺たちは再びキスをした。そこまでならどうにかなったんだ、そこまでは。
一糸纏わぬ姿になった蝶野先輩を前にして、俺はただ息を飲む。ここからどうしたもんか、どうすればいいのか。それがもう、分からない。ゴムだけは着けたけど、これだって正しいのかどうか。
「晴人? ……えっとさ、良いよ」
それがどういう意味なのか、理解は出来ても行動に移せない。これが一歳の差か、こんな落ち着いていられるなんて。
狼狽する俺は、蝶野先輩にはどう見えるのか。さぞ幻滅させてしまってるだろうな、そう気落ちしかけた時だった。
ぺしりと俺の額を叩き、蝶野先輩は微笑みを浮かべる。
「何キョドってんのよ、らしくないって。……考えなくていいよ、私もそうするから」
そこから俺を下から抱き、肌と肌を密着させてくる蝶野先輩。伝わる体温と鼓動は、俺と同じくらいに熱く強い。それに従うようにモゾモゾと動いていくと、不意に俺の先端が軟らかい箇所に押し当たった。本能が教えてくれる、
狭い隘路を抉じ開けて、俺は蝶野先輩の中へと分け行っていく。熔ける程に熱く、ちぎれそうな程に締め付けて、それでも俺を拒絶しない。むしろ迎え入れようとしてくる。
それが心地好く気持ちよく、だからこそ――我慢なんか出来るわけがない。
ほんの数分、もしかしたら数十秒かもしれない時間。たったそれだけで、俺はもう達していた。
「……っ、ぁ……」
普段とは比べ物にならない程の速度で膨れ上がった快感に振り回されるまま、ガクンと身体がくずおれる。カッコ悪すぎるだろ、こんなの。もうちょっと堪えるなり先輩を感じさせるなりしろよ、なんだよ俺は。
血が下半身に行ったせいか込み上げてくる自己嫌悪、でも蝶野先輩はそんな俺を責めはしない。ただ優しく抱き締めるだけ。
ああ、そうか。求めていたのは、求めるべきは、こういう事か。
それで良かったんだ、考えなくて良かったんだ。
ややあってクールダウンというかなんというか、俺たちはただベッドに並んで天井を眺めている。今まで言えなかった、どう言えばいいか分からなかった話をしながら。あかりとちょっと色々あった事とか、柊仁へのコンプレックスとか、そんなのを。一回恥を晒して気持ちが軽くなったせいか口も軽くなり、言葉も増えていく。蝶野先輩もそういう気分なんだろう、あれやこれやを話してくれた。
「別に誰にでもこうするとか、そんなんじゃないからね。そもそもアンタ以外、男子とも女子とも付き合ったこと無いよ」
そりゃ大喜を好きになりはしたけどさ、なんて言う声音にはどこか寂しさも潜んで聞こえる。でもそれは一瞬で、すぐにいつもの明るさが舞い戻った。
蝶野先輩は去年の夏大喜先輩に告白し、返事はしなくて良いと言ったらしい。その時大喜先輩はすでに女子バスケ部の鹿野先輩が好きだった、でも自分がこうやってアプローチしていれば気持ちも変わるかもしれない。いずれは鹿野先輩を諦めて妥協するのではないか、と。
でも大喜先輩は結局そうならず鹿野先輩への思いを貫き、紆余曲折を経て友達に戻ったとのこと。
それはつまり、……俺とあかりの関係に近いかもしれない。お互い子供過ぎてダメだったのが俺たちなのだけれど。
「でもさぁ考えてみたら私、大喜を可愛いとは思ってもヤりたいとか全然思わなかったのよね。アンタ相手ならすぐムラムラすんのに」
はいはいそりゃどうも、手を振りながら応える俺に蝶野先輩がのし掛かる。重くないけど重いです、重くないけど。むしろ軽いけど。
考えてみれば事は単純で、蝶野先輩と俺は変な風に噛み合ってなかったんだ。どう扱えばいいか考えあぐねていた俺と考えなしの蝶野先輩、足して二で割ればちょうどいい。
「んでさぁ晴人さぁ、ぶっちゃけ私全然満足してないのよ。まだゴムも時間もあるし、続きをしましょうそうしましょう」
俺としてはそんなに出来るどうか分かんないんだけど、そう言われては頑張るしかない。
先輩の為なら、多少の無理は突き通すさ。
延長に重ねた延長、噎せ返るような性臭と切れ切れの吐息。それでもさっきのリクエストに応えるべく、必死で腰を動かし続ける俺。
もう何度射精したか、体力はそろそろ限界に近付いている。蝶野先輩も蝶野先輩でそうなんだろう、さっきから喘ぎも絶え絶えで白眼を剥いたまま。
負けず嫌いの俺としては先にヘバりたくはない、頭の中では進軍ラッパが鳴り響く。砲身が焼け落ちるまで、撃って撃って撃ちまくれ。
数えきれない程に打ち付けた腰、それを更にもう一撃入れた瞬間。今まで当たっていた一番奥が、わずかに緩むのが感じられた。再度突くとまたそこが開くように、さっきまでよりほんの少しだけれど深く入っていく。
まだ先がある、もっと奥へと行ける。蝶野先輩の最深部を知りたい、なにもかも感じたい。その思いだけで何度目かの突貫をかけた時、先端が一気にぬるんと誘い込まれるのが分かった。
きっとこの場所が、蝶野先輩の行き止まり。奥の奥、子宮の中。そう理解した瞬間、頭の奥で稲光が瞬く。
「う、ぁ……なっ」
回数を重ねているにも関わらず怒濤の如く溢れる精液、その勢いはこれまでに無いほど激しい。もしかしたらゴムを内側から破ってしまうのではないか、と思うくらいに。
それが伝わっているのかいないのか、蝶野先輩はガクガクと痙攣したまま泡を噴いて……ってちょっと待て。これは、……これは大丈夫なんだろうか。
なんだか色々と危険そうなんだけど、一先ず抜いておくべきだろう。万が一を考えてそうしようとした俺、しかしそれは上手くはいかない。
雁首に輪のような形で何かがしっかりと食い付き、抜こうにも抜けないのだ。無理にして破れたらそれこそ一大事、どうしよう。
放精が収まり萎えてくるまで、このままでいるしかないか。
ふと見た鏡張りの壁に写る二人の姿は、結構間が抜けている。今の今まで写っている事なんか意識していなかったけど、こりゃなかなかバカなもんだな。まあ、良いや。バカ二人なんだ、そんなもんで当然。
それで幸せなんだから、これで良いんだろう。
――まあ、実際それで済みはしなかったけれども。
「人のハラワタなんだと思ってんのよアンタはさぁ……っ」
星も疎らな帰り道、俺の背中に身を預けたまま蝶野先輩は拳で脳天をグリグリしまくっている。正直痛いけど、でも我慢だ。俺が悪いんだし。
あれからどうにか俺自身は引き抜けたけどゴムがそのまま中に挟まれたまま残り、慌てて取り出そうとしたらにゅるりと手自体が入ってしまったのだ。中身が溢れないように指先で塞ぎながら回収し、万一があるから一応掻き出そうと両手を突っ込もうとした時点で、俺は蝶野先輩に思いっきり殴られていた。『閉じなくなったらどうすんのよ』と。
いやそもそも入っちゃう時点でそっちのせいでもあると思うんだけど、そう言い返したら多種多様かつ夢のように罵倒された末『多分しばらく歩けないから家までおんぶして』と命令されて今に到っている。
しかしまあ忙しい日だな、本当にさ。いっそご両親に挨拶でもしてやろうか、いやそれで好感得られても色々大変だな。そういうのはまた今度だ今度、今はこうやって一緒に帰るくらいにしとこう。身が持たない。
明日からまた学校だ、頑張ろう。蝶野先輩の前で格好つけたいし、柊仁も見返してやりたい。それが俺にとって、生きていく理由になる。
きっと前途は揚々、何もかも上手くいく。根拠はないけどそう思いながら俺は、背中で聞こえる寝息と共に足を速めた。
「晴人ぉ、私の事好き?」
「好きっすよ、蝶野先輩」
「なら良し。これからもそう応えるように」
「はいはい、愛してるっすよ」