勿論今が幸せであることは確かだ、疑いようもない。愛して愛されて、それが幸せでなかったら何が幸せなのか。
なのに時々、無性に哀しくなる事がある。この日々が歪で間違っているように思えて、頭の奥で悲鳴が上がる。
きっとそれは不満がないのが不満というような、贅沢な悩みなんだ。そうやって私は私を誤魔化し、考えないようにする。本当はなにもかも分かっている、だからこそ――考えたくない。
大喜は今でもやっぱり、千夏先輩が好きなままでいる。その事実と向き合える程、私は強くないんだ。
何度肌を合わせても、どれほど愛を囁きあっても、何処かで私は傷付いてしまう。でもそれを悟られたくない、心配させたくないから、今日も私はいつもの笑顔を取り繕う。
きっとこれからも、ずっと。
大喜に好きな人が出来た、と聞いたとき私は特に動揺したりはしなかった覚えがある。あの頃の私たちは単なる友達で、むしろ応援してやろうくらいに思っていたかもしれない。
一個上の女子バスケ部エース、鹿野千夏先輩。私から見ても凛々しくて好感が持てたから、男子としてはそりゃ夢中になってしまうんだろうな。私が知る限り誰とも交際の経験がなかった大喜もまた、例外ではなかった。苔の一念でどうにか話しかけようとしたりしているのを、微笑ましく見守る毎日は、まあそれなりに楽しかったと思う。最初のうちは、という但し書きがいるけど。
気が付けば大喜は千夏先輩へ本気の想いを寄せるようになり、その為にバドを頑張るようになっていく。告白できるくらいの男になりたい、とか言い出したりして、少しずつ格好よくなっていくのは良いんだけどさ。それと同じ時期に私も意識するようになってしまったんだ、大喜の事が――好きなのだと。
正直知りたくはなかった、変わりたくなかった。このまま心地良い停滞に浸っていたい、大喜と気軽に話せるままでいたい。なのにこのままでは私が私でいられなくなってしまう、その恐怖は余りにも強すぎた。
だけど、でも。
私の焦燥なんか知るよしも無いまま千夏先輩は、突然消えてしまった。家の都合で海外に渡った、という「結果」だけを残して。
ひどくしょげかえった大喜を気遣いながら、私は心のなかでそれを喜んでしまっていた。これでもう、邪魔をされずに済むと。
――そんな事を考えたりしていたから、今でもまだ不安になってしまうんだろうな。
「大喜、今日も練習? 頑張るねぇ」
体育館で背中を叩きつつ、私は努めて明るく言い放つ。季節はもう夏を迎えようとしているのに、大喜の気持ちはまだ沈んだままのようだ。
そりゃあ、……分からなくもない。本気で好きだった人が、何も言わずにいなくなったのだから。もし大喜がそうなったら、私は落ち込むどころか相当荒れるだろう。歯を食いしばって部活に打ち込んでいる大喜、結構スゴい奴なんだよね。
「ん、……あぁ。千夏先輩にも言われたから、な」
寂しげな笑顔で応えるその姿はまだまだ空元気も良いところ、それでも前を向けている。そういう所が、私は――好きだな。
最近になって私はようやく、自分の気持ちに名前を付けることが出来るようになった。これは恋というものなんだ、それがハッキリと見える。たった二文字の言葉じゃ足りなくて、今は言わないけど。鮮やかに大好きと心は叫んでる、…………あれ三文字ある? まあいいや。
そりゃあ大喜が今も千夏先輩千夏先輩言ってるのは少し気に入らないけど、でも今の大喜があるのは千夏先輩のお陰だ。そこだけは素直に有り難いと思うし、感謝もする。
出来れば私を頑張る理由にしてほしいけど、ね。
もし今、告白してしまったらどうなるんだろう。やっぱり千夏先輩が好きだから、と
でもこの先、受け入れてもらえるチャンスはある筈だ。それを待ちながら、しばらくは隣で楽しく過ごさせてもらおう。
「大喜が好き」
夏ももうじき終わろうと言う頃合い、新体操高校三位になった私はその勢いで告白をしてしまった。返事は今じゃなくて良い、と逃げ出したけれど。
そこから何ヵ月かが過ぎて風も冷たくなり出した、そんな季節になって。私は秋合宿の最中に、大喜と向かい合った。ちょっと前から仲良くなった菖蒲が気を回して二人きりにしてくれたのだけれど、これが格好のタイミングになってくれた。
文化祭の演劇で危うくキスしかけた、それが多分楔になったんだろう。悶々としながら過ごしていた日々に、ようやく終止符が打たれたのだ。
「……俺なんかで良いなら、うん」
照れ臭そうに笑いながら言う大喜、その言葉はやっぱり足りない。
でもそれで良い、それが良い。私の好きに、応えてくれるなら。
私たちは冬を前にして友達ではなくなり、恋人同士としての一歩を踏み出した。
あんまり急に関係は変われないけど、でも少しずつ私たちの距離は近付きつつあって。
そして冬休みも後半戦に入った本日一月四日、大喜と私は二人でとある場所を訪れていた
入るなり感じる甘い香り、薄暗い間接照明にぼんやりと浮かび上がる豪奢なベッド。サイドボードに置かれた色とりどりのコンドーム、ガラス壁に囲まれ中が丸見えの浴室。……世に言うラブホテル、恋人たちが愛を育んだり色々と絡み合ったりする休憩施設に。
大喜は私を好きになってくれた、でもそれはとても穏やかだ。私を大切にしてくれる、気遣ってくれている。大喜の優しさはとても愛しい、でも。
私は大喜に、自分自身を捧げたい。そして大喜の、全てが欲しい。
ここでお互いを「初めての
だけど二人とも何も言わない、何も言えない。愛し合う為だけの空間に入ったのだから、愛し合うべきなのに。
――良いんだろうか、とまだ躊躇ってしまうのがちょっと苛立つ。私はそこまで弱いのか、今でもまだ
冗談じゃない、私は蝶野雛だ。不死身の身体と不屈の闘志、無敵の戦闘民族。どんな相手にも怯まない、それが私なんだから。
そうだ、別に特殊な事をする訳じゃない。ごく普通に、平凡な――……。
そこまで考えて、私は一つの事に思い当たった。それと同じ事を大喜も考えたのだろう、バツが悪そうにその口が開かれる。
「えっと、さ。……どうすれば良いんだろうな、ここから」
「あー……うん、私もしたこと無いしよく分かんない……」
部活バカの私たちは揃って知らなかったのだ、と言うかそこまでの興味が無かったのだ。
一般的な普通のセックスってどういう感じですれば良いのか、見当も付かない。ここまで来ておいて、セックスをすると覚悟を決めておいて。具体的なやり方は、考えてなかった。
さて、どうしましょうか。
「とりあえず、さ。お風呂入ろうよ大喜、なんかそれっぽいし」
……照明がレインボーなお風呂って言うのは、笑わせる気でやってるんだろうか。お陰で裸を見たり見られたりというインパクトが結構な勢いでどうでもよくなってしまった。それにジェットバスだわ入浴剤はキツめのローズフレグランスだわで、もうすっかり緊張さえ解れてきた感じがする。こういう効果を狙ってるのかもしれないな、うん。
そんなこんなで温まったのかそうじゃないのか微妙なラインで上がった私たちは今、ベッドに腰かけてVODのその……あだるていな動画を流しながら
おお、こんな風にするのか。いやまあ上級者向けなやり方なんだろうなーとは思うけど、一応参考にはなるかな。
なんてバカな事を考えたりしていると、ふと隣にいる大喜がなにやらモゾモゾとしているのに気が付いた。腰にかけられたタオルは不自然に膨らみ、その下にあるものの存在を示してくる。
――ああ、そうか。男の子だもん、ね。
動画のシーンを真似してそっと触れてみると、その堅さと熱さは布越しでも驚くほど鮮明に指先へ伝わってきた。初めて触ったけどこれが、要するにその……
大喜は抵抗しようとはしない、ただ小さく呻いただけ。指を動かす度に反応が変わっていくのが面白くて、どんどん指を速めながら私は小さく思う。さっきチラチラと見はしたけれども、まじまじと観察はしていないな。……このタオルを取ったらもう、すぐに見られる。どんな形なのかどんな大きさなのか、
正直興味が収まらない。だってそれが、私の中にこれから入るんだから。
「大喜、……これ取るからね」
返事よりも先にタオルはつまみ上げられ床に落ち、そして。遮るものの一切無い、大喜の本能の形が露になった。
わ。わー……ぉ。
まるで太いヘビのような、その形状。浮き出す血管、テラテラと湧き出る透明な液体。グロテスクで、でもどういうわけかそれが、愛しく見えて仕方がない。誘われるように私はゆっくりとそれを握り、しゅにしゅにと扱き始めていた。
これは果たして気持ちいいんだろうか、気持ちいいんだろうな。だって大喜の喘ぎ声はどんどん大きくなり、やがて悲鳴のような嬌声へと変わっていっているのだから。
今私は大喜を支配している、大喜を制御している。それそのものが私にも快感を呼び、知らず知らずの内に太股を擦り合わせていた。グチュグチュと漏れる卑猥な水音はでも、少し不満げだ。こんなんじゃ足りない、と私のオンナノコが訴えている。
まったく、欲しがりやさんめ。
「あのさ、大喜。私のも、触ってよ」
物心ついて以来、親さえ触れたことがない場所。自分でも気軽に触ろうとは思えない場所に、大切な人の手を私は導いていく。
おっかなびっくり押し当てられる指先を感じながら自分の手を加速させていると、その感覚はどんどん混線し境界が曖昧になっていくのがわかる。
頭が蕩けてただただその快楽を貪りあい、瞼の裏に稲光が瞬きだした頃になってようやく。私は「そうじゃない」と思い至った。いやこれじゃない、こうしたいんじゃない。気持ちは良いけど、こうなりたいんじゃない。
その思いだけでなんとか意識を立て直し、私はドロドロになっていた手を大喜から離す。それに応えるように大喜が私から指を離すと、白く泡立った粘液がくちゅりと音をたてた。それはまるで、こう言っているかのようだ。もう準備は十分だよ、と。
そう、準備は済んだ。ここからが、本番……なんだ。
「あー……っと雛、そのー……何処にいれたら良いんでしょうか」
いや聞かれても困るんですけど、拡げて見せろってかコラ。とりあえず「正常」って言われてるポーズになってはみたけれど、これめっちゃ恥ずかしい。全部丸見えじゃないか、こんなの。
押し当てられてはヌルヌルと滑って逸れる大喜のオトコノコは不安げで、でもガチガチに張り詰めている。これが入ってしまえば、私たちは本当の意味で繋がれる。
何度目かのアプローチを経て、その先端がこれまでとは違う角度で私の入り口に食い込むのが感じられた。ゾワリと背筋を走る気配は、成功を確信したからだろうか。それとも異物感への抵抗だろうか。
いやこれは悦びだ、そうに決まっている。
だってこれは私が求めている事なのだから。
大喜もこのルートが正しいと分かったのか、少しずつ腰を進めてくる。小さな痛みと共にお腹の中が押し広げられ、自分の指さえ届かない深い場所がゴリゴリと抉られていく。
もう取り返しが付かない、二度と元には戻れない。大喜が私を
有り得ないけれどもし、私たちの関係が何処かで終わってしまったとしても。お互いを憎み合う間柄になったとしても、顔も名前も忘れてしまったとしても。きっと身体は忘れない、そのあと誰とどんな関係になろうとも。セックスをする度に、思い出す。
そんな思いに突き動かされ、大喜にしがみつくようにキスをしたその時だった。
「ん、ん……っ!?」
根本まで私の中に埋まりきっているオトコノコが突然震え、そして理解不能な感覚が襲ってきたのだ。
生理の時とは逆向きに何かが動いてる、としか言えない奇妙な感じ。粘りけの強いモノが逆流しているような、これは一体何なのか。
不思議に思って唇を離した時に大喜が小さく呟いた、それでやっとそれがどういう現象なのか私は知る事になる。
「ごめ……ん、出……ちゃっ、……たっ」
全力疾走した後のような荒い息、そして出たという事。ベッド脇に無造作に置かれたコンドームはどれも未開封のまま、つまりそれはもしかして。いや間違いなく、これは。
大喜が私の中で射精した、それ以外の可能性が全く思い付かない。
瞬間、頭の奥でいつぞや保体の授業で観たような映像が煌めく。大喜の精液が私の膣内を満たす様、私の卵子へと殺到する精子の姿が。実際にはこんなに分かりやすい事は起きないんだろうけど、そのイメージが鮮明になるにつれて幸福感と快感が噴き上がって止まらない。
これが現実になったなら、どれ程の悦楽になるだろう。
「良いよ、もっと……いっぱい欲しいな。まだまだ出来るよね?」
本能が求めるまま、私は大喜へと微笑みかける。
――あれから箍が外れきったのか私の記憶は切れ切れで、気が付けば結合部からブシュブシュと粘液を溢れさせながら大喜に跨がり、夢中で腰を振っていた。どうにか理性が戻ってきたのは力尽き動けなくなってからで、こういうのを汗顔の至りって言うのかなーとボンヤリ思いながら後始末をしようとしたのを覚えている。いやまあ体力が残ってなかったから、結局大喜にあれこれやらせたけどね。介護されてる気分でした。
後思った以上に時間が経っていて延長料金がエグかったり、ホテルを出た途端に緊張の糸が切れたのか腰が限界を迎えたり、大変な一日になってしまった。思い出と言えば思い出だけどさ、うん。
そんなドタバタとした休日から、早いものでもう何ヵ月も過ぎている。幸いというかなんと言うか初体験で初妊娠という事態にはならず、またちゃんと話し合った結果セックスするときは毎回避妊するようにもなった。うんまあ、今子供ができるとシンプルに困るのは事実だしね。
大喜は今もバドに邁進し、私に溺れたりはしない。そういう所が好きなんだけどね、実際さ。節度は保ってそれでも私に寄り添い、支え合う間柄になって。もう私たちの仲は周囲も承知で、卒業したらすぐにでも籍を入れられるくらいには強固な絆が築かれている。
それでも、それでも私はまだ不安を抱えている。
眠りから醒める少し前、夢の残滓が残った大喜の口から、あの人の名前が出た気がする。
大喜がすれ違った拍子に視線を向けた誰かの後ろ姿は、あの人に似ていた。
特に意味もなく手に取ったスポーツ誌に写っていたのは、まさか――。
事ある毎に幽かな気配が私のそばに現れ、そしてからかうように消えていく。
もし千夏先輩が、いなくならなかったら。もし正面から立ち向かっていたなら、この口惜しさは無かったのだろうか。
考えてどうなることじゃない、でも考えずにいられる程軽くはない。
何度夜を重ねても、気持ちまでは奪えない。こんなにも甘いキスを交わしあい、身体の奥まで知り尽くしてもまだ足りない。
だから私は今日も、深く深く大喜を愛するんだ。細胞の一つ一つまで迷わないように、私を愛してくれるように。
私のすべてを賭けて、愛情と幸福で大喜を拘束し続ける。例え千夏先輩が戻ってきたとしても、入り込めないくらい強固に護り続ける。
この身体は愛するために、愛に狂うためにあるのだ。