節度ある行動を頼むぞ、と言うのは当然だと思う。千夏先輩は決意と覚悟を持って日本に残ったんだ、それを踏みにじるような事は死んでもしたくない。俺は千夏先輩が好きで、だからこそ尊重するべきだ。そりゃあ俺だって健康な男子であって、欲求がないとは言わない。……うん、言えない。
でもウインターカップを見据えて歩む千夏先輩に必要なのは、そういう事じゃない。助けてあげたいなんて僭越な事は口にしない、だけど寄りかかってくる所を支えるくらいなら出来るだろう。それが俺の喜びであり、生き甲斐になる。きっと千夏先輩も千夏先輩で、俺を支えてくれたりもするんだろうし。
これから忙しくなる、盗み聞きしてしまった罪滅ぼしの分も頑張ろう。
……なんて決意を新たにしてから、ほんの数時間しか経っていない今現在。
どういう訳か俺は、千夏先輩の手でベッドに押し倒されている。去年の夏に風邪で倒れた時以来だけれど、今回は決定的に違う点が一つ。明らかに千夏先輩は、故意に俺を組倒したのだ。
熱い吐息、潤んだ瞳。薄布越しに伝わる体温と鼓動が、千夏先輩の興奮を教えてくれている――って。いや、いやいや。いやいやいやいや、不味い不味い不味すぎる。いくらなんでもこれは、余りにも勇み足過ぎだ。と言うか千夏先輩の方が節度を弁えないなんて予想外にも程がある、あの凛とした言葉はなんだったんだ。
「え、あの……先輩ステイ、ステイですよ千夏先輩っ」
鼻息も荒くのし掛かってくる先輩をどうにか押し返そうとするけれど、こういう時に限って金剛力を発揮しているらしく全く歯が立たない。どうなってんだこの人は。
そりゃまあ、何処かで期待はしていたかもしれない。付き合うって事はつまり、そういう事を許しあう仲になる訳だから。
でも、だけど。こんな勢いだけで押し通らせてはいけない、俺が終わってしまう。でもここであの話を出して制したら、盗み聞きがバレる。dead or dieやねぇか、こんなもん。
「大喜くん。私は大喜くんが、好きです。だから――したい、全部欲しい。ウインターカップで頑張るから、先に大喜くんをください」
ギシリと軋むベッド、緩められていく服。抵抗する気力さえ、先輩から漂う薫りに奪われてしまう。
もう、良いじゃないか。同居して一年半程、付き合い出してからも半年を越えた。その間鋼の理性で堪えてきたけれど、当の千夏先輩がこうなっているんだ。俺は充分節度を持って接してきた、でも先輩がこの有り様じゃ仕方ないじゃないか。
半ば捨て鉢な気持ちで受け入れた唇は、軟らかく甘い。ああ、こんな状態で俺になにができるんだ。
どうにでもなってしまえ、と自棄になりかけたその時。俺の肌の上をはい回らせていた手を止め、先輩はゆっくりと顔をあげた。
その目は今まで通り熱に浮かされている、でもなんだか様子がおかしい。なんとなく戸惑いの色も浮かんで見えると言うか、ハッキリ言うと――キョドってる。人を押し倒しておいて、脱がせかけておいて。それなのにこの人は、バツが悪そうにはにかんで。
「えー……とね、大喜くん。ここからどうするのかな、私えっちした無いから分かんないんだ……よね」
などと無責任きわまりない事を言い出しやがったのだ――。
……………………
………………
…………
……
あのあと一気に空気が弛緩しグダグダになり始めたのは行幸だった、何とか隙を突く事が出来たから。
勢いでこういう事するの止めましょうよ、母さんたちにバレたら俺が追い出されます、と泣いてすがって歯茎を剥いて説得すること小一時間。どうにかこうにか最悪の事態は免れ、一応は平穏な日々が戻ってきた。……まあ部屋には鍵付けたけど。
先輩の言い分に関しても、とりあえず話し合えたしどうにか出来るかもしれない。千夏先輩は別に色事へ逃げようとした訳じゃない、むしろ逆だったのだ。部活へと一意専心に打ち込んでいる間に俺の気持ちが変わっていくかもしれない、だから
正直拗れすぎだろうとは思う、でも先輩はブレーキ付いてないしギアも一速と幻の七速しかない人だ。しかしまあ、それだけなら単なる誤解で話は終わる。だけどこの人と来たら、やっぱり予想外だ。『それと大喜くん可愛いから我慢できないってのもあるよ、九割五分くらい』なんて、とんでもない事を言いやがった。何かあったら俺の責任にする気じゃないか、困ったもんだ。
俺としてはせめてウインターカップが終わるまでは身を慎んで貰いたいけど、そううまくいくだろうか。鍵壊してまで夜這いしかねないからなあ、勉強と称して不健全なのを買い漁ってるし……。
合宿と千夏先輩の誕生日が重なったのはある意味助かった、どうせ『今年もあの民宿に泊まろう』とか言い出して押し倒されてただろう。
インターハイお疲れ旅行がその日程と被ったとは言え、まさかこっちまで気はしまい。まあもしかしたらを考えて一応慎重にいこう、そう思っていた。……いたんだけど、さ。
「……なにやってんだ、アイツらは」
月明かりも疎らな浜辺、そこで絡み合う二つの影を離れた岩の後ろに感じながら俺は溜め息を吐く。
――
練習はしない遊びに来ただけ、なんて言っても砂浜を見ればダッシュで足腰鍛えるし海に入れば力の限り遠泳する。それが俺たち運動部だ、まあ西田前部長はナンパしまくってけど。連戦連敗で矢尽き刀折れ果てて逃げ帰る姿は、とっても千夏先輩と同い年には見えなかったな。
夏は大体公式大会と集中特訓で、呑気に遊んで過ごすなんていつ以来だろう。夜は夜で突然始まるカードゲーム大会、一人また一人と寝落ちしていく中で俺は満足感を噛み締めていた。疲れた身体は悲鳴を上げているけれども、それもそれで夏情緒。
やがて対面がいなくなり、部屋が健やかな寝息に包まれていく。そんな中で俺はこのまま寝てしまうのが惜しくて、暗い夜道へと歩き出していた。
千夏先輩がいない夜は少しだけ寂しい、何処かでそう思っている事に内心でわずかに驚きながら。
俺にとって、千夏先輩はもう人生の大きなウェイトを占めている。だから
「……どうしよう、かな」
浜まで下りてきて潮風を浴びながら、岩陰へ腰を降ろす。大きい水が好きな俺は勿論海も好きだ、でもきっとこの悩みを受け止めてはくれない。俺が背負って進むべき事なんだ、預けてはいけない。
昼の興奮が冷めて冷静さを取り戻した頭をコツンと岩に当て、考えを巡らせようとした――その時。
何か話し声のようなものが、岩の向こうから溢れてくるのに気が付いた。聞こえるか聞こえないかの瀬戸際、注意してやっと内容が分かるくらいの声は二人分。恐らくは男女だと思うけど、何処かで聞き覚えのある声音な気がする。
……合宿所から抜け出してイチャイチャしてるのがいるんだろうか、全く元気だな。まあ出歯亀の趣味はないし、バレないようにゆっくり立ち去るか。音を立てないよう身体を低くしそっと背を向けようとした刹那。ふと届いた声に、俺の身体は今度こそ停止する。
「あ……の雛先輩、こういう所でするのは……」
「あによ晴人、宿じゃ出来ないでしょうが。あたしは今したいのよ、言わせんなバカ」
雛、晴人。その名前は聞き覚えの有無じゃないレベルでお馴染みだ、毎日のように聞いている。最近やたら仲が良いというかなんというか、喧嘩友達みたいな関係だと俺たちは認識していた。でもまさか、……そういう感じになってるとは。
て言うか雛はそれこそなに考えてんだ自重しろよ、先輩でさえちゃんと「待て」が出来てるのに。いや出来てるのかな、ちょっと不安だ。
しかし、そうか。雛がなあ、うん。そう言えば告白されてから、もう一年が過ぎている。あの秋合宿でハッキリと断って以来色々あったけど、すっかり俺の事は過去になったんだな。それはきっと、とても良い事だ。人は生きている、だから変わっていく。新しく誰かを好きになったなら、俺は友達として応援するべきなんだ。
そうなると、どうしたものか。雛は盛りが付いた猫みたいに甲高い喘ぎを繰り返し、ちょっと声控えてくださいよーと晴人が苦笑しているらしい。お楽しみの邪魔はしたくないけど、ここから音もなく立ち去れるだろうか。一戦終えるまで黙って隠れてて、二人がいなくなるのを待つ方がいいかも。
終わりはきっと、遠くない。宵闇の中でも浮き上がる二人の肢体は激しく睦み合い、粘液質の水音を響かせ続けている。多分もうじき、その時が来る。直観、いや――経験則か。速度を上げればその分、それは近付くから。
瞬間、晴人の低い呻きと共にその身体が硬直し、ついで雛がゆっくりと崩れ落ちるのが星影の下に映し出される。やっぱりそうか、晴人がどうやら
「んもー……もうちょっと頑張んなさいよ」
「無茶言わんでください、昼間死ぬほど泳いでクッタクタなんすから……っ」
それでも突っ張るのが男子でしょうが、と笑いながら言う雛。その声が一瞬途絶えたのはきっと、キスでもしたのだろう。
笑い合いながら二人の声は段々と遠ざかっていく、俺がいる方とは逆の向きへと歩き出したらしい。もしかしたらシャワー室にでも行くのかな、でもこんな時間でもコインシャワーって使えるんだろうか。
まあ良いか、俺が気にする事じゃない。
なんとも気まずい場面を最後までみてしまったけど、とりあえず部屋へ戻ろう。晴人より先に入って寝てないと、さすがに気付かれかねない。
――と。立ち上がろうとした俺はでも、再び動けなくなってしまう。背後から手を掴まれ、驚いて振り返ったその先にどういう訳か、いてはいけない人がいたから。
「良い夜だねぇ、大喜くん」
俺を見下ろす千夏先輩の瞳は、悪戯心で爛々と輝いていた。無邪気ささえ感じるくらいに。
……この状況で、こんなタイミングで。誰もいない遮るものさえない砂浜、大声を上げたら晴人たちが気付いて戻ってきかねない。これは――詰んだ。ここから先輩を拒む手段なんて、どこにも無い。
「たっぷり
俺より近付いて観察していたという千夏先輩の手付きは澱み無く、そして物怖じもしない。薄闇の中で俺の身体をなぞり、じわじわと下半身へと迫ってくる。
「わ。……そっか、こんななんだねぇ」
しなやかな指先で俺をなで回す千夏先輩、そして俺の手を自身の足の間へと導く。程なく指にチクチクとする陰毛の感触が――って。
「先輩、下着着けてないんですかっ」
「ん。どうせ大喜くんとする予定だし、脱ぐ手間省こうかと思ってさっき捨ててきた」
なんだその理由、でも言ったって聞きゃしないだろう。この人はいつだってこうだ。
内心溜め息を吐きながらも指を進めると、くちゅりと音を立て何かに押し当たったのが感じられた。肉の塊というか、併せ目というか。これが千夏先輩の一番奥へと続く道、なんだ。誰も触れることが許されない箇所、そこに触れている。いや触れるだけじゃない、今からここへと分け入っていくんだ。
ゾワリと背筋を走るのは期待か、それとも。
しかしそんな事を考えていられるような余裕は与えてくれないのが千夏先輩だ、いつだってそうだ。
スッと手を離した先輩は、岩に背を預けて大きく足を開く。ここからどうするか、それは――決まっている。
まだ指先の熱を宿したままの俺を先輩へと向けて、暗がりでも感じられる雌の匂いの発生源へと押し当てていく。このまま進めば、俺たちは
望むところだ、俺は千夏先輩が好きなのだから。その思いだけで腰を突き出しそして――。
「えぁ……っ、ぇ?」
ズルリと俺は上滑りし、先輩の粘膜を掠めてあらぬ方向へと行ってしまった。しまった、と一度腰を引いて再突入を測るも、やっぱり濡れた肉の上を滑るばかり。……なんだこれ、難しい。むしろ晴人はなんで苦もなく成功してんだ、それだけ回数を重ねてるのかあいつらは。
いやこれは不味いぞ、本当に。焦りながらの突貫はでも、的を外していくだけ。これじゃあ千夏先輩が怒りだしかねない、どうにかしないと。
無い頭を搾ってなんとか上手く行く手はないかと思案していると、不意に千夏先輩が口を開いた。
「そっか、横向きだとこうなるのか。上下の方が重力もあるし調整しやすいかも」
その言葉の意味を理解するより早く、先輩の手はトンっと俺の胸を突いた。バランスを崩し背中から砂浜へと倒され、一瞬だけ息が止まる。いやしかし、本当の驚きはその先。
「よいしょ……っと」
なんと千夏先輩は、倒れた俺へと跨がってきたのだ。そしてそのままフルスクワットの要領で一気に腰を落とし、気が付くと…………俺へと着地を果たしていた。屹立していた俺は先輩の中へと全て呑み込まれ、ぴったりとくっつきあった腰はまるで元から一つだったかのようだ。
「うぁ、……いったぁ……。なんか裂けたっぽいー、後で殴るからね大喜くん」
自分からやっておいてその言い種ですか、なんて突っ込む余裕が有るわけはない。肉の万力で挟まれたかのような圧力と、まるで別の生き物みたく蠢く内壁。そして焼け落ちそうな熱気が、動かないままでも俺を責め立てる。
腰を動かすとかそんなの、出来るものか。脊椎を快感の波が駆け抜け、輸精管が脈動しながら精液を送り出そうとして行くのが詳細に分かってしまう。
こんなのをどう堪えれば良いんだ。
「っ、ぁー……? なんか、あったかい……。これ射精っていうのかな、大喜くん」
不甲斐ない俺の頭を撫でながら、先輩は優しく微笑む。俺はなにも出来ていない、一方的に気持ちよくなっただけ。余りにも情けなくて、溢れそうになる涙。だけどそれさえ、先輩は受け止めてくれた。
「大丈夫だよ大喜くん、私も気持ちいいから。これ好きだな、お腹の奥で大喜くんを感じられるし。ね、もっとしようよ」
責めもしない、見下しもしない。俺とこうしている事を、こうなっている事を悦んでくれている。
やっぱり俺は、この人が好きだ。
期待に応えたい、格好良い所を見せたい。
だから、俺は――。
「……ん、中で大きくなってきた……? 大喜くん、元気いっぱいだねぇ」
笑いながら楽しそうに腰を動かし始めた先輩に応え、根性で射精を堪えながらリズムを併せていく。頑張ります、限界まで。千夏先輩の為に。
嵐のような合宿は終わり、俺たちは珍しく手を繋いだまま家路に着いている。同居までバレると大変なんだけど、今日くらいは並んで歩こうと先輩が言ってきたのだ。昨夜と同じく俺に拒絶する理由はない、それに俺だってこうやって過ごしたい気持ちもあるし。
しかし忙しい日だったな、色々と。ひたすら交わり続け疲れ果ててホテルへ戻った時にはもう明け方、晴人も含めて皆爆睡していたから見つかりはしなかった。そのままチェックアウトしてから昼過ぎまで皆で遊んでいたけれど、何か言われることも無かった。
でも女バスの面々と千夏先輩の間ではどんな会話があったのか、それは分からないし昨夜雛が俺たちに気づかなかった保証も無い。まったく、勢いに呑まれてしまったな。
とは言え、だ。夏は終わって、秋が来る。先輩と一緒に栄明で過ごす、最後の秋だ。ウインターカップへと向かう千夏先輩を支え、そしてその後の事も考えないと。……うん、そこからも俺たちの絆は続くんだ。先輩が大学へいくために一人暮らしを始めても、例え親元へと呼び戻されるとしても。どうなろうと俺たちは揺るがない、ずっと一緒だ。
……そう思った矢先、俺は思い出す。忘れていた、大事なことを。
「あ、……先輩、誕生日……!」
そうだ、そうじゃないか。女バド合宿とインターハイお疲れ旅行の日程は同じで、最終日が先輩の誕生日だったんだ。去年はケーキ食べたり色々あってお泊まりになったりしたけど、今年はなにもしてない。覚えてはいた筈なのに、ピンポイントで記憶が飛んでた。
不味い、これはこれで不味いじゃないか。夕暮れになってから思い出したって、どうしたもんか。
「あぁ、良いよ良いよ。大喜くんからは、大事なものを頂きましたからー」
う。……うんまあ、そりゃそうか。でも俺だって先輩から……貰ってしまった訳だから、初めて同士を交換したって事でイーブンな気がする。
でもそれじゃあ俺の気が、と言いかけた俺の口。しかしまたしても、言葉が出てくる前にそれは止まってしまう。
「まあ
十月十日って言うけど大体九ヶ月くらいらしいね、と笑う千夏先輩。その手を握ったまま、俺の脳は昨日の事を思い返す。そう言えば、そう言えば。勢いに任せて俺は、何をしたか。
遮られもせず、堪えもせず。先輩の中で、何度射精したかを。
「うまくすれば、だけどね。ちなみに私、昨日から明日辺りにかけて超危険日なんだよー」
嬉しそうにとんでもない事を言い放つ千夏先輩は、それでも。……それでも綺麗で可愛い。だからそう、俺は笑うしかないのだ。
いつものように、俺たちは笑いあう。きっとこれからも、ずっと。
「大喜くんさ、私が卒業した後一緒にお父さんとこ行こうね」
「一発殴られにですか?」
「んー、多分大喜くんなら負けないと思うよ」
「いや、なんで本気で闘う前提なんですか。そうでなくホラ、さだまさし的な」
「それは知らないけどお父さんそこまで強くないし、最悪私が刃物でエイってするから」
「発想がヤクザ過ぎませんか貴女は」