嫌な女だ、と本気で思う。相性って本当にあるんだな、こいつだけは受け付けない。
ルールは無いにしても、礼儀くらいは弁えるべきだろう。家族みたいに好きだけど恋愛感情は持ったこと無い、でも私が寂しいときは隣にいて欲しい。そんな贅沢を一方的に押し付けてニコニコ笑っていられるとは、この女は相当だ。
これに振り回されてきたから、ああいう思わせ振り陰険メガネが完成したのか。
菖蒲だって色々と問題のある女だと自覚してはいるけど、これよりはマシだと言える。何が酷いって、一切悪気がないって事。自分が美人で価値がある人間だと分かってて、そんな自分と一緒にいる事は相手にとっても利益だと思っている。だからコレにとって、男を切らした時用に誰かキープしておくのはむしろ善行なんだ。こんなに素晴らしい私と短い間でも親しく過ごせるんだから、とかそういう風に。距離を置いて見ればそれなりに楽しい奴なんだろうけど、こうやって関わるとそのわがままさ図々しさにウンザリする。
……それはベクトルこそ違えど、傍から見た菖蒲自身だ。だからこそ余計に、腹が立つったらありゃしない。
一発くらいひっぱたいてやりたいけど、今は我慢だ人目がある。さすがに喫茶店で人を殴ったら警察沙汰だ、そうでなけりゃビールケースか何かを叩き込むけど。
せっかくの決意が冷めちゃうじゃないか、こんなの。
高砂くんに告られて断らなかったのは、雛っちの慟哭を見たせいだろう。恋が破れるというのは、そういう事だと菖蒲は理解したのだ。人を悲しませるようなのは良くないし、仲良くなるくらいならまあ良いだろうと。最近は恋愛のイヤな部分ばかり見てきたし、軽く行こうじゃないか。そりゃあ真剣に誰かを好きになる尊さは、雛っちやいのたから教わった。けど遊ぶのはやっぱり楽しいからね、息抜き息抜き。
……でもなあ、だからってなあ。あんまりにも急いで話を進めすぎたな、うん。一週間もしないで昼間からホテルに来てるのは、普通にやりすぎだ。
いのたたちなんてキスもしてなさそうなのに菖蒲と来たら即物的過ぎるな、どうしてこうもストレートなんだろう我ながら。
初めての子は嫌いじゃない、むしろ比べてこない分好きだ。とは言えそんなことばっかりしてたせいで気軽な童貞捨て場とか言われたりもしたな、結構前だけど。
菖蒲はコレで良い、コレが良い。恋愛はもっと明るく楽しいもんだ、積み重ねて味が出るとかそんなんじゃない。
そう思うのに今一つノリきれないのは、どうしてだろう。いやまあこれから乗るんだけどね、高砂くんに。
ギシリとベッドを軋ませながらも、なんだか集中できていない。
それが肌から伝わってしまったんだろう、高砂くんもちょっと不安げだ。
「あの……守屋さん、やっぱ俺じゃダメ……かな」
「そうじゃないんだけど……」
いやそうなんだよ、実際は。高砂くんが嫌だとは言わない、だけどどうしてもあの性悪メガネの顔が過ってしまう。こんな風に重い恋愛なんて、する気無いのに。
葛藤を頭の奥に押しやろうにも、触れただけでそれは膨れ上がっていく。ダメだな、これは。今日はもうどうにもならない、そんな気分になれない。
でもここまで来たし、このままじゃあ高砂くんに悪いか。お互い裸になってる以上、その興奮ぶりは目に見えてわかっている。一回でも抜いてあげないと気がすまないだろうし、無理にでもしないといけないかな――なんて、少しだけ溜め息を吐きそうになったその時。
「守屋さん、ごめん。やっぱり……違うよね、こういうのはさ」
高砂くんは真っ直ぐに菖蒲を見つめ、僅かに俯いてからそして。
決意の籠った声で、菖蒲へと語りかけた。
「告白受けてくれてありがとう、俺と……付き合ってくれてありがとう。でもさ、守屋さんは……俺を
そう言われて、ようやく菖蒲は気が付いた。今までの恋愛と、匡くんに感じている気持ちの違いに。
菖蒲は菖蒲が好き、菖蒲を好きになってくれる人が好き。好きだと言ってくれた人の事は皆好き、別れても友達だし仲良し。
誰も彼も好きで、序列なんか無かった。でも今の菖蒲は、これまで付き合ってきた全員を敵に回してでも匡くんを選ぶだろう。
砕け散るほど好きだ、そう恥ずかしげもなく思える程に菖蒲は舞い上がっている。
「……うん、やっぱりそうなんだよね。高砂くんには悪いけど、その通りみたい」
じゃあ頑張ってね、と笑う高砂くんにありがとうのハグを一つ。
さあ、やってやろう。玉砕覚悟で一世一代の告白をしてやろうじゃないか。
……そのまま押し掛けて告ろうかと思ったら家を知らない事に気付き、いのたに教えてもらった住所へと駆け込もうとした。なのに寸前でコイツに捕まり、喫茶店まで連行されて今や事情聴取の真っ最中。
と言うか難癖付けたくて仕方ないんだろう、ずっと上からかかってきているから
「別にね、マネージャーさんが匡ちゃんと付き合うのを邪魔しようって気はないのよ。でも匡ちゃんってああ見えてめんどくさい子だからさ、難しいかもって話」
運ばれてきた紅茶を上品に味わいながらゆっくり穏やかに、でも失礼な言葉は止めない。ホント嫌いだわ、この女。菖蒲は何回か名乗り直した筈だけど、一貫してマネージャーさんって呼びやがるし。頭が悪いのか性格が悪いのか、いや両方か。それに前カノぶってマウント取るのもいい加減にしてくれないかな。付き合ってもいなかったくせに、弄んだだけのくせに。
……そろそろ怒っても良いんだろうか、でも菖蒲も菖蒲で脛に傷がある訳だし。街の小粋な童貞捨て場とか呼ばれた割に、菖蒲は一人と真剣に付き合った事がない。あの拗れメガネが菖蒲の手に負えるかどうか、それこそわからないんだ。
もしかしたらこのゆるふわ女、バカなだけでこっちを気遣ってるのかもしれない。その可能性はゼロではないだろう。
だけど、そうは言っても。
菖蒲はそこまで素直でも単純でもない、そうやって何でも好意的に解釈してあげられるほど優しくもない。
もうちょっと言い方とかやり方とかあるだろ、この性悪小姑め。
ああ、全く。どうしてやろうかな、こいつめ。
「――ならそっちこそ、面倒なちょっかい止してくださいね。
小細工はもうやめだ、それこそ面倒くさい。
何があろうが折れない曲がらない、文句があるならかかってこい。それが菖蒲だ、それでこそ菖蒲なんだ。
会計分小銭を出すのもまどろっこしく、万札を叩きつけ菖蒲は立ち上がる。
宣戦布告だ、こんにゃろうめ。
菖蒲を舐めるなよ、経験数ならそっちよりずっと多いんだぞ多分。お前が求めるような展開になんか、意地でもしてやるものか。勝手に傷つけば良い、幼馴染みを盗られた悲劇のヒロイン気取りでいろ。
睨み付ける視線の先、私の敵は笑顔を崩さない。そのまま優雅に紅茶を飲み下し、ゆっくりと手を振るだけ。どこまでもふてぶてしいな、これは。
まあ良い、そうやってろ。私はもう迷わないから。
迷うな、逃げるな。今退けば世界の果てまで後ずさる事になる、真正面から挑め。
纏った気迫を隠せもしないまま、菖蒲は匡くんと対峙し言い放った。
好きです、と。雛っちやお隣さんの事は知ってるけどそれでも好きだから、そうブチ撒けてやったのだ。どうせなら一切合財散らそうじゃないか、負けて破産する準備は万全だ。何度倒れようが生きてる限り立ち上がれ、立ち上がれる限りは諦めるな。諦めない限り死にはしない、掠り傷に怯むな。
ああ、そうか。雛っちは、こんな気持ちだったのだな。
――などと感慨に耽ったりしていたのだけれど。
「でも守屋さんって松岡先輩と……」
「え。いやいや……あれは無いわ」
余りにも的はずれな言葉に、おもわず菖蒲はずっこけそうになってしまう。んなことあるかい、と突っ込んだら『だってバレンタインに』とか言うし。そう言えば匡くんに渡し損ねたのを箱ごと押し付けたけど、まさかそれを勘違いしたのか。
そこから話し合ってみれば、どうもあの性悪を好きだっていうのも勘違いっぽい。色々気にはなるし一時期は好きな気持ちもあったけど、これ以上振り回されたく無いから最低限の付き合いしかしてないのだと。
全く菖蒲たちは、言葉が足りなすぎたのだな。一言ですむ事を、どれだけ遠回りしたんだろう。
好きって、それだけでよかったんだ。
そして数週間が過ぎ、緊張しながら同じ夜をすごそうとしている。こうなると経験なんて逆効果だ、むしろ恥ずかしく思えてしまう。
「あー……知ってるかもだけど菖蒲、初めてじゃないんだよね」
男子って意外と気にするからもしかしたら、などと考えたりしたものの。
「そっか、俺は初めてだからあれこれ教えてくれると助かる」
……そうやってサラッと流す辺り、これも相当なタマだな。
まあ素直なのは宜しい、こっちも気が楽だ。普段通りにしても構わないだろう、好き勝手するタイプなのが菖蒲だし。
ベッドに仰向けになった匡くん、その足の間へと入り込んで布地をゆっくりと引き下ろす。むっと来る牡臭さを感じるこの瞬間は、何度味わっても頭がクラクラしてくるから好きだ。そして顔の前に晒される、屹立したオトコノコも。
ぬるりと舌を這わせてその苦味を味わい、そして先端をくわえてなめ回す。奉仕とかされると逆に覚める、とかいう人もいたけどこっちは好きでやってるんだから退かないで欲しいものだ。
頭を上下させながらノーハンドでしゃぶり、空いた手では自分もオナニーだ。早めに濡らしておかないと手間取るからね、一応ローションも気付かれないよう注入するけど。
匡くんは可愛い喘ぎを上げるばかり、普段の冷めきった顔からは想像もつかない。もっと攻めようかな、と前歯をカリに当てて舌先を尿道に捩じ込んだ――その瞬間。
「うあ、あっ、あー……っ」
舌を押し退けるように放たれる精液は菖蒲の口を勢いよく汚し、それでも止まらない。たちまち口内が溢れ、鼻まで逆流し濃密な精臭が気管へと殺到してきた。これは大分溜まってたな、うん。
まだまだ期待できそうだ、なんて涌き出る精液を呑み干しながら考えてみる。ああ、楽しいな。幸せだな。
そのまま口を放し、溢れ落ちる精液の残滓を拭いもせず菖蒲は匡くんを跨いでいく。一度出しても尚天井を向いているオトコノコの真上へと菖蒲自身を持っていき、スタンバイ。あとはただ、腰を落とすだけ。
でも、だけど。その前に、言うべき事がある。
「あの、さ。……やっぱ退いたりしてる? こんなの」
普通に考えれば、菖蒲はやっぱり性欲が強すぎるし奔放すぎる。ちーちゃんはいのたに跨がったりしないだろうし、雛っちも後輩くんとはキスさえしてない。ここまでえっちに馴れてると、さすがにアレかもしれない。
と思ったのも束の間、匡くんは目をパチクリさせてこっちを見て。
「いや圧倒はされてるけど、嫌じゃないよ。ただ頭が追い付かないだけで」
出来ればツッコミが間に合う早さでボケて欲しい、なんて事を軽く言いくさった。ボケた覚えはないんだけどな、心底本心からなんだけどな。菖蒲が悩んでるのがバカみたいじゃないか、コイツはもう本当に――面白いなぁ。
まあ退かないと言った、嫌じゃないとも言った。言質は取ったんだ、じゃあ良いだろう。
トンッと脚をシーツから跳ね上げ僅かに宙を舞い、偽物の浮遊感を一瞬だけ味わってそのまま菖蒲の身体は、匡くんの上へと落下する。
粘膜の接触からコンマの間に自重で菖蒲は沈みこみ、降下の勢いも手伝って一気に菖蒲の一番奥がオトコノコの先端で叩かれたのが分かった。曲芸みたいな挿入だけど、これが本当に好きなんだ。どんなに腰を使って貰っても、ここまで強く深くは行かないからね。更に一度腰を浮かし、再度のダイブでもっと奥へ。子宮口が悲鳴を上げそうなアクティブな快楽は、留まる事を知らない。今までの誰よりも、身体の相性が良すぎるのだ。むしろ幾度もの経験はこの時のため、匡くんと繋がる快感を爆発させるため。そう思ってしまう程、圧倒的に気持ちいい。
たちまち頭の芯が稲光に包まれ、視界は歪んでいく。これじゃ的を外すかも、と上下動から腰をくねらせる動きへと切り替えて菖蒲のロデオは加速する。お腹の奥には何度も何度も奔流が脈打ち、コッチもまた止まらない。
どちらかが疲れ果てるまでは、きっとこのセックスは終わらないんだ。ああ、ああ――幸せすぎて死にそうだ。
一度や二度寝たくらいじゃ人間分かるもんじゃない、とは言え肌をあわせれば色々見えては来る。
匡くんはやっぱり飄々としたままで今でも背負ったものは隠しているけど、それはまあ構うまい。余計なちょっかいだしてくるヤな女がいることに比べたら、些細なもんだ。
他人の男にばかり興味を持つ性悪は何人か知ってるけど、まさか菖蒲の目の前で甘ったるく匡くんに囁くとかさあバカだろやっぱり。さすがの菖蒲も中指立てたよ、あの瞬間は。
舌打ちして去っていく雌狐を見送り、菖蒲は小さく息を吐く。こりゃ大変だな、と。あんなタチ悪いのが隣にいたら厄介だ、菖蒲のマンションへ引っ越させようか。ああでも、弟妹やお母さんもいるからなあ。それもわかった上で、なんだろうあの根性曲がった女は。
ま、急いでどうにかする事でもない。いざとなったら拳と拳で対話しよう、動かなくなるまで殴ってやる。
愛は強いのだ。