せっかくのワールドプレミア当日になにやってんだか……。
吹く風は、アオく澄んで
時間軸は#21、メガネの「告白すんの?」発言で、大喜くんが妄想したシーンからの続きです。
匡には、ああ言ったけれど。
正直、理由が付くというのは大きくて。インターハイ出場を決めたその夜、俺は千夏先輩に……言ってしまったのだ。
「先輩、好きです」
言って、そして少し後悔した。結局それは俺の都合を、俺の感情を押し付けるだけでしかない。それに、千夏先輩が猪股家に居づらくなるような事にもなってしまう。千夏先輩は、優しいから。千夏先輩は、自分の夢を追っているから。俺なんかに、気を遣わせたくない。
突っ走ってしまった俺の顔を見詰め、ほんの数秒。いや、俺の感覚としてはもっと長かった気もする。でも、なんにせよ、千夏先輩は少しだけ黙って、そして。
「うん。――ありがとう、大喜くん」
そう言って、微笑んだ。それはまるで、天使のようで。全ての後悔が、消え失せるのを感じて。俺は、泣きながら千夏先輩の手を握りしめていた。
「爆発しろ。もげろ。宙を舞え、叩き付けられろ。プランクトンの役に立って土に還れ」
冷ややかにというか明らかに憎しみが籠った声の幼馴染み。ひでぇ。人が相談しようかと思えば、この通りだ。何を怒ってるんだ匡のやつ。やっぱ雛に相談した方がよかったかな……。
「先輩に告白して幸せ一杯、って報告なんぞいらんわクソが。くたばれリア充」
どんどん口が悪くなるな毒舌メガネめ。
「いや、……なんか、な。こういうもんなのかなー……ってさ」
そう、なんか。なんか、違うのだ。
告白はしたし、一緒に出掛ける事も増えた。水族館、遊園地、レジャープールと行ったけど毎回とても楽しくて。先輩も、いつも笑顔で。家にいる時も、どっちかの部屋で二人過ごす時間がどんどん増えていって。毎日とても、とても、とても――楽しい。
でも、それだけなんだ。俺と千夏先輩は、いつも一緒にいるようになって。それはまるで、中学までの俺と雛のようで。俺たちは、きっとまだ、
「ようやく友達になった、って感じなんだよなー…」
ただの後輩から少しだけ段階は上がったけど、告白してもまだそこ留まりっていうのは、なんだか寂しい。
千夏先輩とその、――恋人とかそういうのになるには、一体どうすれば良いのか。
「知らん。お前がどうにかするべき話だろ」
「ひでぇ……。友達だろ」
「友達だから、だ。俺が何かしてやる、ってわけにも行かないだろ。お前が向き合え。お前の為にな」
そう言われても、だ。突っ走ってばかりの俺が、そんなに上手い事いく訳がない。
それでも、このままではいけない。部屋で一人、そう思いながら考える。ついさっきまで隣にいた、大好きな先輩のことを。
――千夏先輩は、俺をどう思っているのだろう。告白を受けてくれたのは、只の優しさだったんだろうか。俺は千夏先輩が好きで、千夏先輩もそうだと思いたいけど。千夏先輩は、俺を――後輩として家族として、友人として――好きというだけなのかもしれない。
考えてみれば、千夏先輩は「ありがとう」としか言ってない。俺の「好き」と千夏先輩の「好き」は、同じなんだろうか。
もし。
…もしも。
考えたくないけれど。
何もかも、俺の思い込みだったとしたら。
千夏先輩は、俺をそもそも異性としてなんか見ていなくて。
ただ一個下の友達とか、可愛がっている後輩とかでしかなくて。
俺はデートだと思っていたけど、千夏先輩的には休日の暇潰しでしかなくて。
家で一緒にいるのも、年が近い話し相手ってだけでしかなくて。
俺は、何処までも、一人突っ走っているだけでしかなくて。
千夏先輩には、何一つ、伝わっていなくて……。
ああ、……辛い、な。
告白したら、もう楽になるとさえ思ったのにな。
千夏先輩が、
遠い。
届かない。
俺じゃあ、
あの人には、
…………
………
……
…
「――ああっ、もう!」
憤りと共に、ベッドの柱に額を打ち付ける。俺の頭なんて、そんな上等じゃない。こうやって力尽くで迷いを振り払えるくらい、適当な出来なんだ。
一人で考えてどうする。一人で悩んでどうする。どうせ無い頭なら、使わない方がいいんだ。バカは黙って突っ込め、それしか出来ないんだから。
疼く額を押さえて立ち上がり、部屋を飛び出す。行く先は、決まっている。すぐ隣だ。
「先輩! ちょっといいですか、千夏先輩!」
ノックもしないまま上がり込む俺。目を丸くする千夏先輩に、それでも。言いたいことを、直球で。使う頭がない俺には、それが一番の最適手だから。
「先輩、俺、千夏先輩が好きです! でもそれは千夏先輩を、……女性として好きなんです!」
上手い言い方が思い付かない。それでも。言わないよりは、良い。このまま一人で悩むよりは、きっと。
「んー……、そっか。そうなのか」
千夏先輩は呆れたように、俺を見ている。ああ、やっぱり。千夏先輩にとって俺は。結局。きっと――
「じゃあ、私もちゃんと言うね」
こほん、と千夏先輩が一つ咳払いをする。そして。真っ直ぐに俺を見て。
「私も大喜くんが、好きです。友達でも家族でもなく、特別な人として、大喜くんが好きです。生まれて初めて、そういう「好き」を感じたのが、大喜くんです」
――淀みなく。優しく。でも、ハッキリと。千夏先輩は、――俺が欲しかった答えを。俺が、有り得ないと思った答えを。微笑みながら、俺に向けてくれた。
俺は、また泣いて。泣いて。千夏先輩に抱き締められながらも尚、泣き続けた。
「伝わってると思ってたんだけど、な」
ようやく泣き止んだ俺を膝枕しながら、千夏先輩は苦笑している。
勘違いの方向が、そもそも違っていたのだ。先輩は最初から、そういう「好き」としか思ってはいなくて。でも、やっぱり先輩だからとか居候だからとか、そういうのがあるから、あまり急には変われなかった。……らしい。
「まあ、私も悪かったかな。友達みたいな扱いするから、勘違いさせちゃったんだよねー…」
いや俺が一方的に悪いんです、と起き上がって言おうとした。でも、それを口にするより先に、
「ん……っ」
――俺の唇は、柔らかく温かい…千夏先輩の唇に塞がれていた。そして唇を何かが割り広げ、その内側が熱い塊に愛撫されていく。粘膜が蕩けていくようで、頭がどんどん痺れていく。やがてそれが名残惜しげに離れてようやく、俺はそれが千夏先輩の舌だと理解することが出来た。
「ふー……、キスって結構気持ちいいね。初めてだから加減できなかったけど、平気?」
「えあ、ええ、あ……はいっ」
平気なもんか。頭の奥が壊れそうなほど熱くなって、沸騰しそうだ。でも、それ以上に。頭を乗せている千夏先輩の膝が、熱い。その熱はきっと、そこだけでなく。もっと、奥から。
「もう、勘違いしないように。――恋人同士ですることを、しましょうか」
千夏先輩の身体は、思っていたよりも華奢に見えた。俺より少しだけ小柄なのは分かっていたけど、改めて見ると、――造りそのものが違う、という気さえする。当然か、だって千夏先輩は、見てわかるように……女の人なんだから。
何も纏わない、その身体。白くて美しい、先輩。まるで、現実ではないような。そんな、感覚。
「あー……あんまり大層なものでもないけどね」
照れたように笑いながら、千夏先輩はベッドに腰を下ろす。いや、大層じゃないとかそういう次元じゃないと思う。千夏先輩は、綺麗だ。全てが、綺麗だ。触れたらバチが当たるんじゃないか、というくらいに。
大層じゃないのは、俺の方だ。改めてそう感じる。……千夏先輩もそう思ってるんじゃないかな、と思ってしまいそうになる。貧相な身体、とか男の子ってそんなもんなの、とか。……思ったほどじゃないなー、とか。
…でも千夏先輩の表情には、そんなものは読み取れない。いや、きっとそんなの俺の思い込みだ。悪い癖だな。
お互い遮るもののない格好なのに、余計なことを考えても仕方ない。今は、それじゃない。そんなのは、必要ない。
「千夏先輩、好きです」
「私も、大喜くんが好き」
これが今必要な、たった一つの事。俺は千夏先輩が好きで千夏先輩は俺が好きで。それは特別な相手として。好きなんだ。それだけが、あればいい。全部、さらけ出そう。全部、口にしよう。もう勘違いなんかしないように。真っ直ぐ、大好きな人に愛をつたえる為に。
そして、もう一度千夏先輩とキスをする。さっきの感触を思い出して、唇が近づくだけで肌が熱くなりながら。キスひとつに死ぬほど興奮している自分が恥ずかしいけど、千夏先輩もきっとそうだ。二人同じなら、何の問題もない。
唇を貪りあい、抱き締めあい。そしてからかうように身を捩る千夏先輩の首もとに、唇を落とす。千夏先輩のどこか甘い体臭と僅かな汗の匂い、そして焼けるような熱さが伝わってくる。
千夏先輩は、美味しい。……いや、なんか違うか。でも、そう思ってしまう。もっと、味わいたい。そこも、ここも、全部。何もかも、欲しい。無我夢中で、千夏先輩の身体を味わいながら、
「ん……っ、大喜くんは甘えんぼさんだね……」
頭を撫でられて初めて、俺は自分が千夏先輩の胸に吸い付いている事に気付いた。
……後輩どころか、赤ちゃんになってしまってないか俺。でも、気持ちいい。千夏先輩の身体は、気持ちいい。
千夏先輩の手の柔らかさを頭に感じながら、目を閉じて口に集中する。それこそ、おっぱいをねだる赤ちゃんのように。
――心地良い。次に生まれるなら、千夏先輩の子供になりたい。千夏先輩のお腹の中は、きっと居心地が良いから。そして生まれ落ちた瞬間から、千夏先輩は俺を愛してくれるから。そう、思うほど。千夏先輩が、好きだ。
「大喜くーん、私まだおっぱい出ないでちゅよー」
からかうような声に目を開けると、千夏先輩は笑っていた。楽しそうに、笑っていた。
ベッドに横たわった千夏先輩に、またキスをする。千夏先輩は少しだけ考えるような顔をして、そして「ん……っと」脚を広げて――俺に、微笑んだ。
「ごめんね、大喜くんの触ったりとかは、まだ…ちょっと怖いかな」
謝って貰うような事じゃないと思う。そりゃ、……そういうアレだと、あれやこれやするのが普通みたいになってるけど。興味がないわけではないけど。それでも、だ。
俺は、千夏先輩が好きだから。千夏先輩が嫌だと思うなら、無理なんかしてほしくない。だって、好きだから。好きだから。理由なんか、それ以外にない。
「んむ……っ」
先輩の、千夏先輩の――その、奥へ。俺は、キスをする。
沸き立つような、女の子の匂い。濡れた肉が纏う、汗と混じった薄い粘液。
千夏先輩が、好きだ。千夏先輩の全てが、好きだ。その思いを込めて、舌を力の限り伸ばして千夏先輩の中を進んでいく。
ゆっくり、抉じ開けるように。溢れてくる、千夏先輩の熱を浴びながら。千夏先輩の愛を、感じながら。
やっぱり千夏先輩は、美味しい。
どんどん頭の芯が焼けて、心がショートしていく。
もっと、もっと。
千夏先輩を、知りたい。
千夏先輩を、愛したい。
たった一つの感情が、止まらない。
千夏先輩が、好きだ。
千夏先輩の、全てが、欲しい。
「大喜くん……良いよ」
千夏先輩も、きっと同じ事を考えたんだろう。それは、俺が欲しかった答えだった。
仰向けになった千夏先輩に、覆い被さるようにして。胸と胸が、脚と脚が、触れ合って。そして、千夏先輩の「入り口」に、俺自身を向ける。
「んー……、私あんまり一人でしないし、しても指とか入れないからなー……。正直、こういうのは勝手が分かんないんだよね」
「……今言いますかそれをっ」
上手くいかなかったらどうしよう。スゴく間抜けだ。
……まあ、良いか。二人揃って間抜けなら、笑いあって済む話だ。それに、例え出来なくても。
「千夏先輩、……好きです。世界中の誰よりも、大好きです」
「私も、大喜くんが大好きです。誰よりも、何よりも」
お互いがこう思っていれば、幸せだ。どうなろうとも、永遠に。
息を吸い、腰に力を込める。千夏先輩と俺が密着し、僅かに抵抗を感じて。そしてぐちゅりと音を立てて――俺は、千夏先輩と繋がった。
ぞわぞわと背筋が粟立つような、初めての感覚。柔らかく、熱い、千夏先輩の内側。気を抜くと意識まで飛びそうで、でも、止まりたくない。千夏先輩を、一番奥まで感じたい。もっと、もっと、もっと、もっと。
これ以上行けなくなると僅かに下がり、勢いをつけ前へ。下がっては、前へ。もっと、もっと、もっと、もっと。
「大喜く、んっ、ちょっと待っ、一旦ストッ、プっ、ダ…メっ」
俺は夢中で、千夏先輩の言葉も、どこか遠くて。止まれと言われても、止まりたくない。
「大喜く、んーっ、……怒るっよっ?」
千夏先輩がそう言った次の瞬間、視界が反転した。身体がぐるん、とひっくり返り天地が逆転する。
気が付くと、俺は。
「あ、なんかこっちの方がしっくり来るかな」
……千夏先輩に、乗られていた。専門用語で言うところの、騎乗位。何をどうしたのか分からなかったけど、どうやら千夏先輩が寝返りを打つようにして、一気に体を入れ換えたようだ。
いやいや。いやいやいやいや。どんなアクロバットだよ、しかも繋がったままで。
「なんだろうなー、これ。こういうのって私好みかもねー……」
不思議がっている場合でも、なかった。俺の胸に手を置いた千夏先輩の目には、肉食獣の光。明らかに、捕食者の視線を向けている。
そう言えば、あの日。「よろしくね」と微笑んだ千夏先輩の目も、こんな感じだった気がする。……もしかしたら、あの頃にはもう、俺たちは同じ事を思っていたのかもしれないな。
「大喜くーん、私ストップって言ったよねー?」
千夏先輩は、笑顔。笑顔で、だけど。
「人の話は、ちゃーんと聞かないとダメだよー?」
……怒っている。まあ、うん。俺また突っ走っちゃったしな。
この姿勢からだと逃げ場がないし、殴られるくらいはあるかな、と思ったけれども。
――千夏先輩はニヤッと笑い、まるでスクワットするように。上下に、動き始めた。それもさっきの俺より、余程激しく。
「私も、好き勝手、するから、ねっ」
……俺は一体、何で怒られたんだろうか。自分でストップとか言っておいて、なんだったんだろう。やっぱこの人Sだ、Sみを感じる。それも理不尽なレベルで。
良いけど、ね。こんな先輩も、好きだ。千夏先輩が、大好きだ。
いや、好きだけど。でも、これは。
腰の奥がゾワゾワしていく、見知った感覚がやって来る。リミットが、告げられる。
「あの、千夏先輩、ちょっと止ま」
「聞ーこーえーまーせーんー」
ケラケラ笑いながら、千夏先輩は俺の上でロデオを緩めない。不味いのに。止まってくれないと、不味いのに。もう、これ以上はもたない。そう感じた、一瞬の後に、それは――やって来た。
「ちなっ、先輩、あ……っ」
身体の奥が、爆発していく。脳の裏側が白く染まり、全身が震える。快感が、弾け飛んだ。
そしてそれは、千夏先輩にも伝わったようだ。激しかった動きを止め、ちょっと不思議そうな顔になっている。……ほんっと可愛いなこの人。天使か。
「おっ……、あれ? 大喜くん、これはひょっとして。あー……射精っていうやつ、かな」
「あ、は……い。ち……先っ輩、激し、過ぎ、……っ」
先輩の中で、果ててしまった罪悪感。最後まで繋がっていた満足感。それらが入り交じり、頭が働かない。また千夏先輩のせいにしてしまっている。そんな自分が、なんか恥ずかしい。
「むう。ふーむ……」
千夏先輩は指で何か数えながら、ちょっとの間考えていたけれど。
「まあ、良いか。とりあえず、良いや」
と笑って、俺にキスをしてくれた。そのキスは甘く、柔らかく、気持ちよく。俺の動きの悪い頭を、染め上げていく。
「千夏先輩、好きです」
もう、何度目かわからない。でも、それだけが俺の頭に残っている。千夏先輩を愛したい、先輩に愛されたい。
「大喜くん、好きだよ」
そう言った千夏先輩の中が、まるで促すように蠢いて。俺たちは、また。それから、また。夜が明けるまで、ただひたすら、愛し合った。
「大喜、って呼んでいい?」
今更ながらにそんなことを千夏先輩が言ったのは、次の日の昼下りだった。
まあ、なんと言うか。一睡もしないまま夜が開けて、日曜で良かったねーとか言いながら一階へ降りた俺たちは、そのまま母さんに全力でお説教された。……うん。俺が親だったら多分殴ってると思う。よそさまから預かった、大事な娘さんを傷物にしたんだから。
とは言えうちの母さんと千夏先輩のお母さんは最初から「多分そうなる」と思っていたそうで、それ自体をそこまで怒られたわけじゃない。深夜に近所迷惑も省みず大騒ぎしまくった事に関して、思いっきり怒られただけで。直接部屋まで殴りに行こうか、と何度も思ったらしい。……うん。それに関しては一切言い訳しませんし、そもそも俺の頭じゃ出来ません。反省はします。後悔はしないけど。
で。ようやく雷も通りすぎて、空腹を思い出した頃に、千夏先輩がそう言い出したのだ。
断る理由なんか、思い付きもしない。むしろ歓迎だ。
そして俺たちはどれほど交わしあったか分からない、でも何度しても変わることなく心地良い、大好きどうしのキスをした。
「……なんか腹立つんだけど。大喜の顔見てると」
あれからしばらく経って、風も冷たくなり始めた頃。俺はナゼかそんな理由で、雛にどつかれるようになった。いや、知らん知らん。
千夏先輩とそうなってから、多少俺は変わったのかもしれない。でもそれと雛の腹が立つ理由が繋がるわけがないし、さっぱりわからん。立って困るんなら横にしとけ。
「なんかさー、千夏先輩と進展あったわけー?んなわきゃないだろうけどさー」
くるくると回る幼馴染みには、なにも言っていない。と言うか、そんなこと言えるか。匡の時みたく饒舌にディスりだされるのは嫌だ。本気の悪口雑言モードに入った雛は、ルール無用の残虐ファイターだからな。長い付き合いだけあって、急所を的確に抉りやがる。
「そーいや千夏先輩さー、最近大喜を名前で呼ぶよねー。あーあー、仲よくって結構ですねーっと」
……いやもう手遅れかもしれない。でも、雛も分類上は一応女子だからな。そういう話はさすがに不味いだろう。親しき仲にも礼儀あり、だ。
あ、そうだ。そろそろ千夏先輩を、名前で呼んでみようか。物凄く照れ臭くて、いまだに「千夏」とは呼べないままだ。先輩であることは変わらないし、正直女子を名前呼びするのは恥ずかしい。雛はともかくとして。でも、そう呼びたい気持ちはある。特別な、大好きな人だから。
そうと決まれば、早く帰ろう。そして、そして――。
「あ、大喜。今帰り?」
……噂をすれば、というのはこういう事かもしれない。私服の千夏先輩は、荷物を抱えて笑っている。
今日は用事があると言って学校を休んだ千夏先輩だけど、様子はいつもと変わらない。そして、変わらないのは、こっちも。
「うー……!」
雛は千夏先輩を見据え、荒ぶる新体操のポーズで威嚇している。なんか知らないが、このところ雛は千夏先輩に会う度この通りだ。何か千夏先輩が気に入らないらしい。なんなんだか。
「はは……私やっぱり、蝶野さんからすれば敵だもんね」
「え、なんかあったんですか?」
敵だなんて、随分と不穏当な話だ。そもそも二人が喧嘩してたなんて、俺は全然知らなかった。二人の接点なんて行き付けの整体院以外あまりない筈なのに、一体何があったんだろう。
……と思ったのだが。
二人はまるで鏡に写したように同じ表情で、信じられないものを見たような呆れ顔で、俺を見ていた。
「そういうとこだよ……全部そういう所だよこのダメ大喜ー! バーカバーカ、バァーーカ!!」
ワケわからない事を言いつつ雛はシャーッと吼え、そして。千夏先輩は、
「まったく、しょうがないパパでちゅねー」
……と、自分のお腹に語りかけるようにして微笑んだ。
今度は、俺と雛が鏡写し。先輩の爆弾発言に、揃って目を丸くした。
それは。つまり。……つまり。
「こうしてこうすりゃこうなるものと、知りつつこうしてこうなった、ってね」
都々逸なんか唄いながら笑う千夏先輩。学校を休んだのも、それでか。そりゃ、心当たりは物凄くあるけども。
そして、更に。
「これからも、もっと一緒に居たいな。大喜、結婚しようよ」
目が丸くなったままの俺たちに、二発目の爆弾発言が直撃する。そして俺たちはまるで双子のようなユニゾンで、驚きに崩れ落ちた。
そんな俺たちを前に、千夏先輩は楽しそうに笑っていた。
それはそれは、楽しそうに。天使のように、朗らかに。
――ああ、やっぱり俺は。千夏先輩が、好きだ。
二人の道はアオく輝いて
一年のインターハイ終了から少しあとです。
始めないと、始まらない。そんなことは分かっているけど、でも。分かってはいるけど、動けない。
千夏先輩に、俺の気持ちを伝えられない。
告白して俺が傷つくのは、まだいい。千夏先輩がうちに居づらくなるのは嫌だし、好きでもないのに生活のために俺の告白を受け入れるなんて事になったら、目も当てられない。
インターハイには出られなかったから。
相応しい男にはなれそうもないから。
あの日の約束を果たせなかったから。
だから、だから、だから、だから――俺は先輩に、好きだと言えない。言ってはいけない。伝わっては、ならない。
そう、思っていた。
でも、今。俺の前で、先輩は微笑んで。
「私も」
――そう、言ったのだ。
千夏先輩と並んで歩く、帰り道。普段は同居がバレないようになるべく別々に帰るけど、今日はたまたま一緒になっていて。体育館の補修で部活もない、ちょっと早めの帰宅中。
まあ、たまにはこういうのも有って良いかな、とね。
いつもの帰り道も、なんだか特別な感じがする。
季節はもうじき、夏を向かえる。夕陽はまだ高く、街を茜色に染める中。俺たちは、二人並んで。
「ねえ、大喜くん」
先輩が俺のバッグを掴んで、道端に立ち止まる。……何でこの人は毎回掴むんだろう。
「大喜くん、さ。私に言うこと、有るよね」
一瞬、心臓が止まりそうになる。
言うことは、ある。
言いたいことが、ある。
伝えたいことが、ある。
でも、でも。それは、違うはずだ。先輩は、そんなこと聞こうとしない。
鎌を掛けられているのか、それともからかわれているのか。
なんにせよ、その事ではないんだろう。
「いや、俺は……」
と、言いかけて。
言葉が、止まってしまう。
日暮れの風にゆれる髪と、真剣な眼差し。
固く結ばれた唇は、無言のまま。それでも。
――逃げることは、許さない。
先輩は言葉でなくその全てで、俺にそう迫っている。
雄弁すぎる沈黙に、息を呑む。
退路は塞がれ、打つ手も上げる手も無い。
俺の無い頭では、ここを切り抜ける事は出来ない。
そう思ったせいか胸の奥に仕舞い込んでいた筈の一言が、上がってくる。
遮る事もできず喉を通り抜け、舌をカタパルトにして。俺の意思に反して口を抉じ開け。
「――先輩、好きです」
僅かばかりの安堵と、凄まじい後悔を残して。俺の口から告白が、飛び出していった。
それは、絶対に言ってはいけない筈の言葉。
俺に、そんな資格はない。思いを伝える資格も、先輩に選ばれる資格もない。
だから、だから、だから、だから、――。
「やっと、言ってくれたね」
でも、でも、でも、でも。先輩は、微笑んでくれている。
まるで、俺の言葉を――受け入れてくれたかのように。
「私も、大喜くんが好きです」
まるで祝福しているかのような夕焼けの中、そう言って。
俺の手を、握り締めた。
その手は熱く、そして強く。
涙が溢れて止まらないのは、夕日のせいじゃない。
目の前が歪んで、何も見えなくなって、それでも。
先輩と手を握りあったまま、立ち尽くして泣き続けた。
二人で玄関に入るその感覚は、どこか浮わついた感じもする。
ほんの一言、それが全てを変えてしまったような。
隣にいるのは、憧れの先輩。同居している、尊敬できる先輩。そして、――恋人。
心臓が張り裂けそうになったまま、形だけでも平生を装って。なんとか、お互い部屋へと上がった。
着替えもしないまま、ベッドに倒れ込むと――一気に体温が急上昇していく。
「なんだぁらぁぁ!!」
枕に顔を埋め、隣に聞こえないように声を上げる俺。
冷静になってみたら、何やってるんだ俺は。いや嬉しいけれども。
道端で告白して大泣きして、なんだこれ。と言うか千夏先輩をどんだけ振り回すんだ俺は。
……いや、先輩こそ俺を振り回しすぎだろ。先輩がああ言うように仕向けたんじゃないか。
でも、あの言い方は。先輩はずっと俺が好きで、告白を待っていたという事で。
もしそれが全部その通りの意味なら、それこそ俺は何やってるんだ。気付けよ俺、もっと早く。
いつから、だろうか。先輩は、いつから待っていたんだろうか。先輩を待たせて、俺は本当に何をやっているんだ。
とは言え、だ。俺たちは、両思いで。告白して。交際が、始まったわけだ。
「――どうしよう、かな……」
恋人、という関係。それは特別なものであって、特別な――事が起こる関係であって。
千夏先輩をそういう目で見ることを、俺はずっと恐れている。
千夏先輩は、眩しくて。美しくて。気高くて。穢してはならない、そういう存在だから。
でも恋人というのはつまり、つまりは。
許される関係になる、ということ。
正直言って、分からない。こんな経験は勿論まだ無いし、相談できる相手もいない。匡でも無理だろうし、雛相手にそんな話はしたくない。雛も額面上は一応女子なんだし。
そうなると、どうすれば良いのか。
ついさっき恋人になって、どう接すれば良いのか。
俺には見当も付かないまま、時間だけが過ぎていった。
単なる同居人から、友達すっ飛ばして恋人となって数週間。
俺たちは――特に変わらないまま過ごしている。
いやだってそんなすぐに変われないし。家には家族がいるし、外ではバレないように基本別々だし。進展のしようが無いし、それに。
それに、……そういう感情を先輩に向けることには躊躇ってしまう。
千夏先輩が尊敬できる立派な人であることは変わらないし、そんな先輩の邪魔になりたくない。先輩を好きでいられるだけでも幸せなのに、俺がそれ以上を望んではいけない気もする。
でもじゃあ、あの告白はなんだったんだという気持ちもある。
俺の頭じゃ、今日も堂々巡り。
何も起きないまま、一日はもう終わろうとしている。明日明後日は土日で学校も休み、どうしようか。
「ん、あ……?」
振動音にふと目を落とすと、スマホがブーブーと通知を鳴らしていた。音切ってたんだっけ、と何気無く持ち上げて――絶句する。
千夏先輩からのLINE。そこに言葉はなく、ただ。ただ、ケープくんのスタンプだけが、あった。
俺が画面を見た数瞬の後、次のケープくんが。そしてその次のケープくんが、矢継ぎ早に飛んでくる。
あの水族館で、俺は先輩に言ったのだ。何かがあったなら、無言で良いからケープくんのスタンプを送ってほしいって。そうしたら、何があっても駆け付けると。
「先、輩……っ!?」
ゾクリと背筋が粟立ち、意識が塗り潰される。先輩は、部屋にいるはずだ。部屋にいるのに、先輩は。先輩は、――!
考える余裕はない、立ち上がれ。
走れ、行け。
それ以外に、なにがある。
「先輩!! 千夏先輩、どうし――」
部屋に駆け込んだ俺の目に写ったのは、いつもと変わり無い姿。スマホを片手に、少しだけ頬を膨らませた千夏先輩が、俺を見据えている。
「遅い」
千夏先輩の声には、どこか怒りが混ざっている気がする。
「あ、……すいま、せん……。スマホ、音切ってて……」
「違う」
怒りの色が、少し強まったような。今遅れた事じゃないとしたら、一体……?
「ねえ、大喜くん。私、そんなに女子らしくない? 可愛い方じゃないとは思ってるけど、そこまでなの?」
「え、いやあの……」
ずい、と先輩が顔を寄せてくる。見据える視線に居すくむのは勿論、漂ってくる良い匂いやチラチラ見える肌色のせいで動くことさえ出来ない。
「私じゃ、嫌なの? 大喜くんはやっぱり、蝶野さんが好きなの? だから――何もしようとしないの?」
「違いま、す! 俺は、千夏先輩が、好きです!!」
好きだから。
好きだから、先輩に触れられない。
先輩を、傷付けてしまうから。
先輩を、大切にしたいから。
それが、先輩の為だから。
俺は我慢するし、それが一番先輩を尊重することになる。
そう、言いたい。でも、口から言葉が出ていかない。
あの夕焼けの中と同じように、先輩の沈黙が俺に突き刺さって。じっと俺に、問いかけ続ける。
――本当に? 本当に大喜くんは、そう思っているの?
嘘も誤魔化しも許さない、氷温の威圧。心の底まで突き通し俺を解体するような、鋭い視線。
先輩が、本気で怒っている。俺の煮え切らない態度に、心の底から怒っている。
俺は、言わなければならない。本当の、気持ちを。
「俺は先輩に、嫌われたく、ないんです……!」
どこまでいっても俺は、男だから。先輩にそういう気持ちを持ってしまうし、期待もしてしまう。
でも、そんな事が許されると思えない。
「俺、先輩とその、色々、したい……ですっ。でも、そんなこと言ったら……きっと先輩、先輩……!」
きっと、いや絶対に退く。
酷く幻滅する。
俺を嫌いになる。
それが確信できてしまうから、俺は怖くて何も出来ない。
先輩のためだとかそんなのは、言い訳だ。
俺は自分が傷つきたくないだけだ。告白出来なかったのも、関係を進められないのも、傷付きたくないからだ。
その為に必死で自分を押さえ込んで、そして先輩を怒らせてしまったんだ。
「ごめん、なさい……。俺を、嫌いにならないで……ください……! 俺、先輩が好きで……先輩に俺を、好きで居てほしいです……」
「大丈夫だよ。そんな程度で、嫌いになったりしないからね」
泣きながら謝る俺を、先輩は。先輩は、そっと抱き締めてくれた。
強く、でも優しく。暖かく、柔らかい。俺が好きな、俺を好きな、千夏先輩。
その胸に抱かれて俺は、また泣き続けた。まるで、小さな子供のように。
明くる日俺たちは、いつぞやの水族館に来ていた。
あのあと先輩は言ったのだ。「したいことは、言おう。ワガママを言い合って、お互い叶えていこう」と。
一方的になにかするわけでも、受けとめ続けるわけでもなく。相手のしたい事を受け入れて、その代わり相手にワガママを言おう、と。
「大喜くんは、考えすぎるから。一つしてもらったら、一つしてあげる。それで良いんだよ」
そう言って笑ってくれた先輩に、まず何を願うか考えて。水族館で「次は付き合った状態で来たいな」と思ったことを思い出したのだ。
それは先輩の「期待」とは少し違うかもしれないけど、それでも。俺は、あの日のやり直しをしたい。いや不満がある訳じゃないけど、やっぱり「デート」がしたい。
そう言ったら先輩も「今度はちゃんとエポーレットシャークの写真も撮ろうね」と喜んでくれた。……なんでエポーレットシャークなんだろう、とは思ったけど。先輩ってああいうの好きなんだろうか。
そして先輩からの「ワガママ」は、「あとのお楽しみだよ」と言われてしまった。良いけどね。
二度目の……いやデートとしては初回かもしれない水族館は、さほど間は空いていないけどスゴく楽しい。隣にいるのは同じ人なのに、これがデートの魔力なんだろうか。そりゃ世の中カップルで溢れるわ。
で、帰り際。先輩は駅への途中、やっぱり俺のバッグを掴んで立ち止まった。……ほんと毎回掴むなこの人。前それで膝打ったし。可愛いから良いけどさ。
「大喜くん、私は一つワガママを言います。ユーコピー?」
「あ、アイコピー」
何で無線用語なんだろう、トップガンでも観たんだろうか。この人はやっぱり読めないな。
「ちょっと寄り道したいんだけど、良いかな」
「はい、まあそれは」
英語でいうとユーハブコントロール、お任せします。今度は先輩のターンだから。
そして俺たちは。駅通りから入った路地裏の、……妖しい建物の前に居た。
ハッピーホテル。ファッションホテル。ブティックホテル。色んな言い方がある、そういう場所の前に。
「よし、入ります。異論は聞かないからね」
フンっと気合いを一つ入れて、先輩は俺を引き摺っていく。何の説明もしないままに。
いやまあ、説明ったって。ここは、そういう場所なわけで。
俺たちは恋人同士なわけで、入っても構わないんだろうけど。先輩の「寄り道」がこれで、良いんだろうか。
「シャワー……は後が良いのかな、汗かくと思うし」
前後に浴びれば良いんじゃないでしょうか先輩、と言いたいが言葉が出ない。
間接照明の、いわゆるムーディな部屋のなか。所在なさげに立ち尽くしている俺と、あちこち手探りしている先輩。
なんだこれ。
「この自動精算機っていうの、スマホじゃ払えないんだね。クレカがあればなー……」
先輩は明らかに浮き足立っていて、テンションがやたら高い。それは良いんだけどさ。
これは、本当に「先輩のしたい事」だろうか。俺があんなこと言ったから、そのせいでこんなことをしてるんじゃないだろうか。
「あの、先輩……」
「私もね、大喜くんと色々したいよ。それは嘘じゃない」
俺の疑問を遮るように、先輩が笑う。
それは、つまり。
「私も、大喜くんと同じだよ。嫌われたくないから、言えなかっただけ。だからホントはね、大喜くんを怒れないんだよ」
スッと、肩が軽くなる。先輩は美しくて完璧で、でも。でも、俺と一つしか違わない普通の高校生だ。同じようなことで悩んでいる、当たり前の存在なんだ。
なら。やっぱり俺たちは、一緒にワガママを言い合うべきなんだ。
「ここに来るまでが、私のワガママ。大喜くんは、何をしたい?」
……まったく、この人は。選択肢を減らしてから選ばせるなんて、フェアじゃないけど。でも、良いや。俺は千夏先輩が好きだから、俺の事を好きな千夏先輩が、大好きだから。
「先輩、キスして良いですか」
「勿論だよ」
嬉しそうに笑う先輩と、しばし見つめあう。
こんな間近で顔を見る機会なんて、今まで無かった。先輩は、やっぱり綺麗だ。
目を閉じた先輩の頬に、手を触れて。バチが当たるんじゃないか、と少しだけ恐れながら。
そして俺も、目を閉じ――
「いだっ」
「つっ!?」
……俺たちは見事に、鼻をぶつけあってしまった。
そうか、キスって正面からしちゃダメなのか。鼻が当たらないように、顔を傾けるべきだったかもしれない。
「すいません先輩、もう一回挑ませてください」
「うん、今度は気を付けようねお互い」
照れ隠しにちょっと笑いながら、もう一度。
今度は、鼻を打たないよう慎重に。
先輩と、唇を重ねあう。
先輩の唇は、温かくそして柔らかい。微かに感じる吐息の熱と、先輩の甘い匂い。
キスしたい、と言って良かった。そう、心から思う。
と。先輩は俺を抱き締め、さらに強く唇を合わせてくる。まるで、貪るように。それに応えて、俺も先輩の唇を貪っていく。
長い長い、濃厚なキス。酸欠で頭が痺れ始めてようやく、俺たちは身体を離した。それでも唇と唇は唾液の糸が渡り、俺たちが繋がっている事を示してくれる。
繋がる。ここは、そういう場所なんだ。
ややあって惚けた顔から正気を取り戻した先輩が、俺に微笑む。
「じゃあ、今度は私の版。……したいことって言うか、ルール追加だけどね」
「良いですけど、なんですか?」
「えーと、ね……。出来ないことは断っても良い、って事にしようよ。あの、……私こういう経験無いから、その……」
珍しくモジモジと、言葉を濁す先輩はそれさえ可愛い。
そういう事か、と心の中で思う。これから何をするか、ここがどういう場所か、という事を考えたら分かった。
それは、当然だ。先輩が嫌がることなんか、絶対にさせたくない。我慢して俺に奉仕する先輩なんて、見たくない。そもそも対等なのが恋人ってものだろうし。
「はい。俺は、先輩が好きですから。先輩がしたくないとか、怖いとか思ったら、いつでもそう言ってください。俺もそうしますから」
まあ、色々と俺も知識はあるけど。
世の中の好事家は色んな個性的極まる「行為」をするらしいし、興味もある。それでも、だ。
こういう事は、出来る範囲で良いんだ。そもそも俺だって、先輩に色々要求されても実現できるとは限らない。ちゃんと約束事を作っておこう。
部屋を暗くして、背を向けあって。お互い服を脱ぎあって。……覚悟を決めて、向き直る。
二人とも、一糸纏わぬ姿。全てを脱ぎ捨てた、完全な無防備。お互いに、なにもかも晒しあう姿。
先輩は薄暗がりの中でさえ、眩しく思えるほど美しい。艶かしい肌と曲線を帯びたしなやかな肢体、そして。
――そして。
心臓は早鐘を打ち続け、破裂しそうになっている。視線は先輩の、……そこへと、引き寄せられていく。
凝視してはいけない、と思いながらも。思いながらも、やはり。俺も、男だから。
勿論暗い中だし、外側からそこまで見えるものじゃないのも知っている。でも薄く繁った陰毛の影を見ているだけで、その「奥」を想像してしまう。男だから。
「大喜くん、構わないけどさ……。ちょっとその、落ち着こうか?」
先輩に言われてふと我に返るけれども、興奮自体がおさまるわけじゃない。先輩にも、きっとそれは伝わっている。視覚的に、それはもう分かりやすい形で。
恥ずかしい、でもそれもお互い様の筈だ。
我慢が効かなくなりそうで、でも必死で食い止める。約束は、守りたいから。
「先輩、その……先輩の、そこ……さわったりして良い、ですか」
「あ、う……ん」
ちょっとだけ、恐れるような顔をしたけれど。先輩は、受け入れてくれた。
先輩と抱き合うように身体を合わせて、左手で支えるようにして。肌の上をなぞりながら、右手を先輩の、……脚の間へと這わせていく。
指先が、陰毛に触れて。そこを過ぎると、熱く湿った肉の感触が伝わってくる。今まで触れたことがない、初めての感覚。これが先輩の、大切な場所。ゆっくりと、そこを指先で……
「あ、のっ、ちょっと待って、くれる、かなっ」
先輩の身体がビクンと跳ね、拒絶の言葉が漏れた。反射的に右手を引っ込めると、先輩はバツが悪そうに笑う。
「ごめん、私やっぱり……ちょっと怖い、かも……」
先輩が嫌だと言うなら、俺はここで止めても良い。むしろ、先輩に我慢なんかしてほしくない。
俺は、自分が気持ちよくなりたいわけじゃない。大好きな先輩を、幸せにしたいんだ。
だから、ここで終わりにしても構わない。先輩が、好きだから。
でも先輩は、止めようとは言わなかった。言わないで、くれた。
「大喜くん。私は、大丈夫だから。でもちょっとだけ、準備させてくれるかな」
先輩は恐れを振りきるように笑ってベッドに腰かけて。
自分の、そこを――ゆっくりと触り始めた。右手の中指で円を描くように、そして優しく労るように。やがて左手の人差し指が参加し、肉を掻き分けるようにして内側へ潜り込み卑猥な音を奏で出す。
大好きな人が、目の前でしている。その様が、興奮を呼ばないわけがない。でも、俺は動かない。先輩は、言ったから。だから、俺は待っていないと。
先輩の痴態を、かぶり付くように見続けるという異様な光景。
当の本人は蕩けた顔で弄り続け、シーツに染みを広げていく。俺の事なんか、忘れたように。一人で、気持ちよくなっている。
それは、別に悪いことではないけど。でもちょっとだけ、寂しさを感じ始めたその頃。
先輩が手を止め、荒い息を吐きながら俺に笑いかけてくれた。
「大喜くん、良いよ……。触って……」
その優しい笑顔に、少しだけ泣きそうになるけれども。
促されるまま触れたそこは、さっきよりもずっと熱くなっている。
どこがどうなのか分からないけど慎重に触れていくと、ある場所で指先が埋まる感覚がした。
抵抗なく入り込めるけど、折れそうな強さで締め上げて来る。入り込むモノを歓迎するような拒絶するような、そんな不可思議な感触。
ゆっくりゆっくり、おっかなびっくり、その奥へと指を進めていく。
「ん、その辺……指で擦って……ね……」
言われるままに、中で指を動かしていくと。
先輩の口からは次第に切れ切れの喘ぎが漏れ始め、指への締め付けはどんどんと強まっていく。ここが、先輩の感じる所。そう、確信する。
さっきの先輩を真似して外側も触っていくと、すぐに先輩は悲鳴のような声と共に頤を跳ね上げた。直感する、これが先輩の絶頂だと。その姿は、信じられない位に美しくて。
ギチギチと締め上げる先輩から引き抜いた、粘液まみれの指を迷わず口に運んでしまう。
舌の上に広がるのは酸味の強い、先輩の味。
先輩の、快感の味。
これ以上無いほど、俺を発情させる味。
我慢がもう、限界に近い。でも、次は先輩の番だから。俺は、ちゃんと約束を守るから。
先輩はそっと目を閉じ、数秒考えるように沈黙して。そして、微笑んだ。
「大喜くん、……して。私を、愛して」
どうすれば良いのかは、よくわからない。それでも、愛したい。愛されたい。お互いにきっと、そう思っている。
横たわる先輩に覆い被さるように、身体を近付けて。顔と顔、胸と胸、腰と腰が接触していく。
さっきの千夏先輩の姿を脳裏に描き、イメージを構築する。先輩へと、入る為の。
「ん、そのまま……進ん、で……」
瞳を潤ませる先輩の声に導かれて、俺は――
「あ、あ……れ?」
……粘ついた感触と共に、空を切ってしまった。
「す、すいません、もう一回……」
今度はずるりと滑り、先輩の太ももを擦ってしまう。
分からない。どこをどう進んだら良いのか見当も付かない。こんなに難しいのか。
怖くて先輩の顔が見れない。きっと、白けている。冷たい目をしている。俺に期待する方が悪かった、と思っている。
こんなに俺が沈んでいるのに、下半身だけ元気なままなのが恥ずかしくて仕方がない。
やっぱり、無理なんだろうか。
「――大喜くん、大丈夫だよ」
まるで、俺の心を読んだように。先輩は、そう言ってくれた。俺が欲しくて仕方なかった一言を、くれた。
そして。
「こうすれば、場所が分かりやすい、かな?」
クチュリと音を立てながら、左手で自分のそこを押し開いて。俺に右手を添えて。俺を、導こうとしてくれている。
ああ、俺はやっぱり。この人が、好きだ。俺の弱さを受け止めてくれる、俺が強くなる切っ掛けをくれる、大切な人。千夏先輩は、俺の全てだ。
迷いが晴れて、真っ直ぐに。ゆっくりとでも確かに、先輩へと進んでいく。
指一本さえ折れそうなほどに狭い道に、先が食い込んで。――そのまま、呑み込まれていく。
ほんの一瞬、先輩の眉根に皺が寄ったように見えた。でも、それ以外に大きな抵抗は無いままに。
先輩の奥へと続く、その回廊に俺は。全て、埋まりきった。
「ぅあ、あ……っ」
動くことさえ、出来ない。熱く、強く、締め上げられて。
それに先輩の中は、さっきは気づかなかったけど蠢いている。一瞬の間も無く、形を変え続けている。
女の人って、こうなのか。こんなに、スゴいのか。
ゾクゾクが治まらない。お預けを食った時間の分、快感が膨れ上がっていく。
でも、俺はまだ、先輩に何も出来ていない。一人で勝手に気持ちよくなるのは、嫌だ。先輩と一緒が良い。
歯を食い縛り、爆発しそうな快感を強引に押し込めて腰をなんとか動かしていく。万力のように締め上げられながらも、少しずつでも根性でどうにか。そういうのは、得意だから。俺だって、伊達や酔狂でスポーツ男子な訳じゃない。
さっき先輩が感じた辺りをどうにかイメージし、そこを擦り上げられるようになんとか頑張ってみる。
ぶつかり合う腰の音とねばつく水音、荒い吐息とお互いの名前を呼ぶ声。何もかもが、遠くなっていく。抗いがたい何かが、意識を押し流そうとしてくる。
もうじき、決壊する。理屈じゃなくて、身体の芯がそう告げている。千夏先輩も、きっとそうだ。先輩はもう視点さえ定まらないまま、汗と涙と涎で顔は濡れきっていて。でも、それでも天使のように美しい。
夢中で先輩を掻き抱き、その唇にキスをした刹那。とうとう、それはやって来た。
「ぁ、あ、あぁ……っ」
身体が崩れるような、強烈な蠢動と共に。暴力的な快感の波が、意識を叩き潰していく。
痛みに近い快感を伴い、精液がドクドクと先輩の奥目掛けて噴出しているのが分かる。止められない。止まらない。命そのものを打ち出しているかのようで、目の前が暗くなっていく。
意識が消え失せる、僅かの間に見えたのは。幸せそうな、先輩の微笑みだった。
「いやー、死ぬかと思ったよ」
「俺は死んだと思いました」
ベッドに二人並んで、見覚えの無い天井を見上げて。俺たちは、笑いあっている。
いやまあ気がついたら先輩に抱き締められてたから、てっきり天国に行ってしまったんだと思った。だって先輩、天使だし。
しかし、凄く疲れた。こんなに疲れる事を一晩中する人たちもいるらしいけど、どういう体力しているんだろう。
もう一回したいけど、そうするとたぶん家に帰れなくなる。
しばらく横になって、時間が来たらシャワー浴びて帰ろう。そう言いはしたけど、果たして大丈夫だろうか。寝ちゃわないように、おきてた方が良いんじゃないだろうか。
でもま、寝ないようにこうして喋っているのも楽しいから良いか。
「大喜くん、今度は何したい?」
「そうですねー……今はこうして、隣にいてください」
「欲がないねぇ」
ケラケラ笑う先輩は、やっぱり可愛い。
そのまま、手を握りあって。二人並んだまま、とりとめの無い話をして過ごした。
ま、これで平和に過ごせれば良かったのだけれど。
俺は先輩を背負ったまま、家路を歩くことになってしまった。
「大喜くん、おんぶを要求します」
ホテルから出て少しした辺りで、先輩がそう言い出したのだ。歩けない、と。……そうだろうな、とは思う。俺は男だから詳しくは分からないけど――まあ、それは。身体のそういう場所を何度も何度もああいうもので突き続ければ、それは。健康には、良くないよな。俺のせいなんだし。
で、先輩を背負ったのは別に構わないんだけど。途中で「漏れて来たからコンビニでサニタリーショーツ買って」とか言われたのはちょっと困った。そもそもサニタリーショーツって何なのか俺は知らなかったし、先輩を背負ったままじゃコンビニ入れないし。そして悪いことに店員さんは若い女の人で、かかなくていい恥をかいてしまった。……これも俺のせいなんだけどさ、俺のが垂れてきてるわけだから。
それよりも問題だったのは。
「……何やってんの大喜、と千夏先輩。なんか生臭いし」
どういうわけか、雛とバッタリ会ってしまった事だ。なんてタイミングだろうか。
まさか本当の事なんか話せないし、でも先輩を背負って歩く理由なんかあるわけ無いし。
ただでさえ無い頭が更に弱っているこんな時に、面倒くさい奴め。
「……ウェイトトレーニング、です」
「いや系統が亀仙流の修行なんだけどさ、なんなのよあんた達」
雛は訝しげな目で俺を睨んでくる。が。
「まぁ、良いわ。今度ゆっくり聞くから。これからちょっと匡の所行かないといけないからさ、んじゃね」
割合あっさりと、雛は去っていった。ナイスだ、匡。
しかし明後日、月曜になれば嫌でも学校で会うことになる。その時までにうまい良いわけを考えないと。ああ、なんでこんな。
なんとか家へ帰りつき、一息吐いた頃には俺も足腰が限界になっていた。
いや先輩が特別重いわけじゃなくて、自分と変わらない大きさの相手をおんぶして長距離を歩く事自体が相当に疲れるからだ。役得はあったけどね。背中に先輩の、……胸が当たってたし。
「大喜くん、さ。次はどうする?」
次。それは今から二回戦しましょう、とかそういう意味ではないだろう多分。次は俺のターン、って話のはず。
でも弛緩した頭じゃ、上手く思いを描けない。
出てくるのは、飾りの無い本心だけだ。
「ずっと、一緒にいたいです。来年も再来年も、ずっと。ずっとずっと、俺と一緒にいてください」
これは俺の、一番の願い。
一番大きな、ワガママ。
先輩が、聞いてくれるかは分からないけど。それでも、俺の気持ちは変わらないから。
千夏先輩は、ニッコリと笑って。俺を、抱き締めて。
「私も。私も、そう言いたかったよ」
涙を浮かべて言いながら――キスしてくれた。
そのキスは、温かくて。柔らかくて。心地良い。
この先に、何があろうとも。
交わした約束が、あるかぎり。
俺たちは、決して離れることはない。
アオいフタリの行く先は
ひたすら甘いだけになっております。
千夏先輩は、あまりにも無防備だと思う。
意外と自己評価が低いせいか、それとも誰にでもフランクな性格のせいか。
とにかく、女子としての自覚が無さすぎる。
一応居候として大人相手には気を遣って過ごしているけれど、後輩である俺の前ではそこまで警戒しない。
だから、あちこち透けたり見えたりが結構あるのだ。
油断できるくらい親しく思ってくれているのは光栄だけど、俺だって健康な高一男子な訳で。
目の毒です、先輩。そんな事を言うわけにも、いかないんだけどさ。
俺は、男扱いされていない。それはそれで、寂しい。と言うか哀しい。
「大喜くん、お風呂空いたよー」
今日も先輩は、部屋に戻りがてら俺に声をかける。同居初日から、先輩は風呂上がりにこうやって来てくれている。
湯上がりのホコホコした先輩は色っぽくて、それになんだか恋人同士のような距離感。毎日の事なのに、まったく慣れない。慣れる気がしない。
ジャンプを読む振りして背中を向けていなければ、卒倒しているかもしれない。あまりにも刺激的過ぎる。
こんなドキドキなんか、先輩は気付いていないだろう。気付かれたくもないし。
「あ、分かりましたー」
できる限り平生を装ってはみるけれど、なかなか難しい。
いずれは平気になるんだろうか、そんな日が来るんだろうか。来なさそうだけど。
――と。
いつもなら去っていく足音が、今日に限っては向きが違うのに気が付く。
近づいてくる。先輩が、こっちに来る。
なんで、と思う暇も無かった。
「えい」
先輩の手が、肩越しに伸びてきて。俺は、気が付けば、先輩に後ろから――ハグされていたのだ。
「な、なにすっ、せんぱっ」
ちょっと湿り気を帯びた温かさ。良い匂い。背中に当たる柔らかいものは、きっと。きっと、先輩の。
……どうしよう。これは、不味すぎる。
この有り得ない状況に、身体が敏感に反応してしまう。
正確には、一部位が反応する。硬直していく。
でも当の本人は。
「いつも思うけどさ、背中向けて返事するのは良くないと思うよ。なるべくでいいから、ちゃんとこっち見なさいね」
まるで子供をたしなめる親のように、優しくそう言って。立ち去って、しまった。
残されたのは、混乱した俺と先輩の残り香だけ。
なんなんだ、一体。
背中を向けっぱなしなのが気に障ったというのは、俺が悪い事だけど。だからって、あんな。風呂上がりの状態で、あんな。
血が下半身に行っているせいか、いつにもまして頭が働かない。
男扱いされていないどころか、同世代とすら思われていないのか。先輩は俺を、小さい子だと思ってるんだろうか。
むしろ、本当にそうだったらいいのに。今の俺は高校生だから、欲望が猛ってきて堪ったもんじゃない。
「腹筋、しようかな……」
雑念どころか煩悩まみれ、果たして腹筋で振り払えるんだろうか。
それでも、しよう。少しでも気を紛らせないと、このまま風呂に行ったら先輩の妄想で動けなくなる。
堪えろ、俺。頑張れ、俺。
とりあえず風呂に入ってはいるけど、落ち着く筈がない。
うっかり溢したのか、先輩のボディーソープの匂いが今日に限って強く立ち込めている。
そのせいであの柔らかさを思い出してしまい、あちこちが硬直していく。ああ、男って面倒すぎる。
背中に感じた、あれはどう考えても。明らかに、先輩の。胸、バスト、――おっぱい。
うう、響きがもう恥ずかしい。ふにょんとした柔らかさと確かな重さ、あれは破壊力が高すぎる。あんなもん押し付けられたら、正気でいられる方がおかしい。
先輩をそんな対象にしちゃいけない、と分かってはいるんだ。でも、我慢にも限界はある。
先輩の部屋は、俺の部屋の隣。どちらもドアに鍵はない。
風呂上がりにやろうと思えば、色々出来てしまう距離。
「ああっ、もう……」
お湯のなかでも元気に自己主張する愚息を鎮めるべく、意識を集中させていく。
千夏先輩は、尊敬できる立派な人だ。俺の前で無防備なのは、それだけ信頼してくれているからだと思う。それを、裏切るわけにはいかない。
そうさ、先輩はリラックスしているからああなんだ。それはとても、良いことじゃないか。俺は先輩に伸び伸び生活して欲しいし、その方が部活にもいい影響を与えるに決まっている。
俺が変なことさえ考えなければ、何の問題もないんだ。
湯槽に沈みながら、ぼんやりと思う。
上がったら、とっとと寝よう。煩悩は明日の朝練で汗にしてしまおう、気合いいれてバドに取り組もう。
そう、思っているのに。現実は、いつだって予想外だ。
「あ、お帰り大喜くん」
……部屋に戻ると、先輩がジャンプを読みながら転がっていた。いや、あんた何やってんだ。
そう言えば今週はまだジャンプを貸していなかった気がするけど、だからって。だからって、人の部屋でこんな。
どうしよう、勝手に入ってきたことをたしなめるべきか。それとも、せめて座らせるべきか。
あちこちチラチラ見えているし、すごく目の毒だ。わざとやってんじゃないか、この人。
「あー……先輩、貸しますから自分の部屋で読んでくださいよ……」
もし俺にお姉ちゃんがいたら、きっとこんな感じなんだろうな。
まあ、気にするまい。平常心、平常心。
心の億に煩悩を押し込んで、平静を装おうとする俺。なのに先輩は。
「うりゃさー」
無邪気な顔で、抱きついてきた。今度は真正面から。
寝転がった所から飛び付いてきたから、当然ハグの位置も低い。と言うより、レスリングのタックルに近い。
よろけたところをなんとか踏みとどまるも、それは倒れるよりも危険だった。
そうなってみて、ようやく分かったのだ。
先輩の身体が、俺の腰辺りに突撃してきている。つまり、それは。
――とても良くない位置に、先輩の顔が来てしまう、という事。
「う、ぉあっ」
先輩の身体が、再び跳ねる。飛び退いたその顔は、困惑混じりというかなんというか。
「大喜くん、あの、……ごめん……」
「あ、いえ……えーと……」
ごめんはごめんだろうけど、こっちもごめんだ。
さっきまで悶々としていたのもあって、再び欲望が猛り出してしまう。
このまま寝るつもりだから薄着だし、下手をすると気付かれかねない。そうなったら、地獄絵図だ。
腰を引いてなんとか抑えようとするも、それが却ってよく無かった。
「あ、大丈夫? 私けっこう頭固いから、どっか怪我した?」
口より手が速い先輩は、そう言いながら。さっきぶつかった、俺の股間へと手を伸ばしてきたのだ。
頭が沸きそうな俺が、咄嗟に動ける筈もない。そのしなやかな指先は、阻まれることなく、俺に――触れてしまった。
「ん、……あ。あー……っ」
僅かな間を置いて、先輩の顔が真っ赤に染まる。
気まずそうにモゴモゴと言いながら手を引っ込める先輩を、俺は俯きながら呆然と見送るしかなかった。
最悪だ。最悪だ、最悪の中でも最悪だ。
先輩に、こんな。こんな、とんでもない事を、させてしまった。
全部俺が悪い、悪くなくても悪い。
恥ずかしい。消えてしまいたい。
「あ、あはは……。まあ、大喜くん男の子だもんねー……」
年上としての矜持なのか、場を取り繕おうとする先輩。でも、それがあまりにも辛い。
先輩を、こういう事に触れさせたくないのに。ひたすらに、夢を追って欲しいのに。
俺は最低すぎる。
千夏先輩だって、そう思っているだろう。
侮蔑と嘲笑を覚悟しながら、気分は御白州に上がった罪人のように沈んでいく。
でも。
やって来たのは、それではなかった。
先輩は、俺の頭をポフポフしながら、こう言ったのだ。
「大丈夫だよ。私はその程度で、大喜くんを嫌いになったりしないからね」
ハッと顔を上げた瞬間、視界が影に染まった。そして唇に感じた、柔らかく熱い何か。
瞳に入る光量が回復してようやく、何が起きたか把握できた。
視界が陰ったのは、先輩が目の前に来たから。あの熱さは、唇にキスされたから。
……なにもかも、有り得ない事。でも、これは現実だ。
「ちょっと、やりすぎたね。大喜くん可愛いからさ、ついついからかっちゃうんだよ」
悪戯っぽく笑うその顔は、どこか妖艶な空気を湛えている。
からかう。俺は、からかわれていたのか。
「もしかして大喜くん、私が素でああだと思ってたの?」
幾らなんでもあんなバカじゃないよ、とほっぺを膨らませて言う千夏先輩。
じゃあ、全部。俺をからかう為に、わざとやっていたのか。
そんなの、……そんなの。
「先輩、やっぱバカですよ……」
身体中に張り詰めていた何かが、急激に蕩けていく。
俺もバカだ、底無しのバカだ。
一個上の先輩だぞ、英明のスターだぞ。子供みたいに、無防備なわけがないじゃないか。子供みたいに、理由もなく人をからかうわけがないじゃないか。
そこにあるのは、無邪気な悪戯心なんかじゃない。
つまりは、もしかしたら――。
息を呑む音が、やけに大きい。それは、俺にとって夢のような話。でも、先輩はそういう人ではないとも思う。
思うけど、でも。
「大喜くんが、好きです。好きだから、からかいたくて仕方無かった。毎日、大喜くんで遊びたかった」
千夏先輩はアッサリと、言ってしまった。
そして、その手が俺へと向かう。
でも、それは、それは、本当に良いのだろうか。
「先輩は、だって……バスケ一筋で……」
「大喜くん、私をバスケする機械とでも思ってない? 私はバスケもするし大喜くんでも遊ぶし、由紀子さんにお料理も習うし学校の勉強もします。全部が全部、私です。何もかも、大事だからね」
ふと思い出したのは、針生先輩の言葉。バドも彼女もモンハンも全部大事、比べるものじゃない、と。
ああ、そうか。全部大事にして、全部残さず手にしようとする。それを為し遂げられるのが、こういう人たちなんだ。
そうだ、俺は先輩が好きだ。一面だけじゃなく、全てが好きだ。それと同じ、簡単なことなんだ。
俺は何処までも、大バカなんだな。いや先輩も大バカだけどさ。
大バカ二人、向かい合って。
「千夏先輩、好きです」
「うん、私も」
不格好な告白をしながら、抱き締めあう。何もかもがメチャクチャだけど、良いや。
だって、バカなんだから。
固く抱き合いながら、キスをする。こうやっていると、ついさっきまでの自分達が、はるか遠くなったように思ってしまう。
まるで将来を近いあった恋人同士のように。まるで仲の良い夫婦のように。一心不乱に、貪りあう。
箍が外れたように、どちらも止まらない。息をするのも忘れるほど、胸の鼓動が激しい。
酸欠で目の前が暗くなってようやく、唇同士が名残惜しげに離れていく。それでも、心は止まらない。
ベッドに倒れ込んだ所に、先輩がのし掛かってくる。受け止めるようにして、しっかりとそれを抱き締めた。
愛しい。欲しい。先輩を、愛したい。その感情は、決して止まらない。
先輩も、きっとそう思っているだろう。そう確信せずにいられない、好きだから。愛しているから。
そして、再び俺たちはキスをする。今度は軽く、囁くように。何度も、何度も。
しばらくそうしてから、どちらともなく自分の服に手を掛けだした。
そういうことを、する為に。なのに下着を脱ごうとしたときは、示し会わせたようにお互い動きが一瞬止まったのが、なんだか可笑しい。バカ同士だから、かな。やけに恥ずかしいけど、お互い様だ。
「あー……恥ずかしいね、これは」
「死ぬほど恥ずいです、先輩」
全裸のバカ二人、笑いあう。ああ、良いなぁ。スゴく好きだ。
「あのさ、大喜くん。ちょっと、ワガママ言って良いかな」
先輩は基本ワガママ放題だと思うけど、まあ良いや。「勿論ですよ」と笑って返すと先輩は、やっぱり笑ってキスしてくれた。
唇を離した先輩は、ベッドの上で四つん這いになりお尻を掲げる。あまりにも淫らで、でも美しいその姿。
これから、するんだ。先輩と、俺は。
「ね、お尻に……欲しいな」
「えあ、はいっ」
それはワガママでもなんでも無いような、とは言え本人が御望みなんだし喜んでしますとも。
そう思って、先輩のお尻にそっと触れていく。吸い付くような肌目の細かさと柔らかさ、心地良い以外の言葉が出てこない。
「ん、そうじゃなくて。……もっと、中の方」
でも先輩はそう言って自分の手で尻たぶを割拡げ、そこを俺に見せてきた。
「えとね、……こっちで、大喜くんにその……して欲しいなーって」
こっち。それはつまり。……そういう世界があるのは知っているけど、それは大分上級者向けではないでしょうか。
「大丈夫、ちゃんとお風呂で綺麗にしたから。ローションもあるし」
ああ、それでボディーソープ撒いたんですね先輩。完全に確信犯的な行動ですよね先輩。
でも凄く慣れてるんだな、この人は。
構わないけど、さ。先輩には先輩の歴史があるんだし。ちょっとだけ、悔しいけど。
でも、良いや。今の先輩は、俺を好きだと言ってくれたから。
先輩が過去にどんなプレイを経験していようとも、俺は――。
「たーいーきーくーん、今スゴく失礼な想像したでしょー」
明らかに、怒った声で。お尻をつき出したまま、呻くように先輩が不満げな声を投げ掛けてきた。
「私は誰ともなんの経験もないよ、ただ……怖いだけ」
格好は間抜けだけど、先輩の声音は真剣味を漂わせている。
「お尻だったら、慣らしておけば痛くないらしいから。それに赤ちゃんも出来ないし……さ」
そこまで聞いて、ようやく。ようやく俺は、自分のバカさ加減を思い知らされた。
先輩は、女子だから。受け入れる、側だから。怖くないわけがない。警戒しないわけがない。それでも先輩は、俺を愛そうとしてくれている。
そんなの、真っ先に考えるべき事じゃないか。俺は何処までも、バカ過ぎる。
「引退したら、その時はちゃんと……大喜くんにあげるから。だからそれまでは、こっちで……ね」
でも鈴の音みたいなその声が、へこみかけた俺を掬い上げてくれる。
先輩を、愛したい。心の底から、そう思う。
自分はもちろん他人のだって、目にする事はあり得ない場所。
そこを、言われるままに解していく。
先輩曰く普段から弄ってて、「お尻でするのけっこう好き」だとか。……壁一枚向こうでそんなことになっていたなんて、考えもしなかった。
「詳しいやり方はね、渚が教えてくれたんだよ。あの子こういう事やたら詳しいから」
「先輩、友達は選んでください」
うん、選んでください先輩。この間籠原の選手相手に怒ってた人だろうけど、何者だ渚さん。俺の先輩に変なことを吹き込まないで欲しいです、ええ。
ローションを塗り込むように弄っていくと、その下……先輩のその、「オンナノコ」からもトロトロと何かがこぼれ落ちていく。感じている、ということ。先輩は、気持ちよくなっている。
ついついそっちにも指を向かわせたくなるけど、じっと我慢。
先輩は、言ったから。引退したら、と。先輩との、約束だ。
だから今は、こっちに集中するんだ。
「あ、あー……っ、……ぁっ」
指が動く度に、先輩の口からは低めの喘ぎが溢れてくる。耳が犯されていく、そんな感覚。
俺の興奮も、天井を知らないほどに高まっている。このままだと、触れなくても出てしまうかもしれないくらいに。
それを察したように、先輩が囁いた。
「良いよ。……来て、大喜くん」
おっかなびっくり、慎重に。先輩へと、向かっていく。
弄り過ぎたのか僅かに開いたすぼまりに、ゆっくりと先をあてがい。
「ん、あ……」
輪を押し拡げるような感触と共に、少しずつ少しずつ先輩の中へと入っていく。
入り口がギチギチと締め上げるのとは逆に、内側は柔らかく俺を包み込んでくる。今まで感じたことの無い、不思議な快感。
程なく、俺の腰は先輩のお尻に密着した。根本まで、埋まりきったということ。全てを、先輩に捧げたということ。背筋がゾワゾワと粟立ち、身体が燃えるように熱い。繋がっている事実そのものが、狂いそうなほどに気持ちいい。
それでも、もっと先に進みたくて。先輩を傷つけないようにしながらも、俺は腰を動かしていく。
「お"、あぁっ、ぃう……っ」
先輩の喘ぎは低く太くなり、俺の動きに合わせて漏れ出てくる。先輩も感じてくれている、それが嬉しくて仕方ない。
もっと、もっと、もっと。先輩を、深く深く愛したい。
しかし身体が、その思いより先に限界へと達してしまう。
「先、輩……っ、もう……出ま……すっ」
「い…い"よ、来て、大喜く、ん!」
その一言が、すべての枷を吹き飛ばした。
強烈な締め付けさえ跳ね除ける、凄まじい脈動。尿道を精液が駆け抜けていく、魂まで放出してしまうような射精感。先輩の中に、自分の意思を撃ち込むという背徳感。何もかもが混ざりあい、意識がマーブル模様に蕩けていくのが分かる。
二人繋がったまま、ガクガクと痙攣しながら。俺たちは、静かに崩れ落ちていった。
先輩と同居が始まって、二度目の夏が過ぎた。
三年になり部長としてバスケ部をインターハイに導いた千夏先輩は、全国制覇を成し遂げ誇り高くコートを出たのだ。
母娘二代の夢を果たし、そして新しい夢を見出だした。
「大喜、結婚しようよ」
ベッドに向かうその直前、そう言って先輩は微笑んだ。
「大喜の赤ちゃん欲しい、大喜と一生一緒にいたい。大喜の全部が、欲しい」
真剣な眼差しで、でも言ってることはワガママ全開。
そんなワガママ放題な先輩に、俺も微笑みを返す。
「勿論です、愛してます」
この先に何があろうとも、それは絶対に変わらない。
死が二人を別とうとも、絶対に。
その思いだけを胸に、先輩と抱き合いながらベッドに倒れ込んだ。
何度交わそうと飽きることの無い、キス。キス。キス。
あれから何度、夜を重ねただろう。
ずっとずっと、愛が止まらない。
加速し続けて、収まる事を知らない。
もっと、愛したい。それはきっと、先輩も同じ。
僅かに不安げな顔はしたけれど、それでも。笑って、脚を拡げてくれた。
匂い立つ、その場所。先輩の、オンナノコ。
「大喜、良いよ。ここに、来て」
濡れた肉の裂け目は、誘うように蠢いて見える。
先輩と俺の、約束。それが、今日ここで。果たされる。
「先輩、好きです。愛してます。一生、俺と一緒にいてください」
胸の奥から溢れた思いを、力一杯ぶつけながら。俺は先輩と、繋がった。
感触は勿論お尻とは違うけれど、でも狂おしいほどに気持ちいいのは同じだ。いや、先輩は全身すべて気持ちいい。
先輩も先輩で入ったその瞬間は顔を強張らせたけれど、すぐにいつものように声を漏らし出した。
先輩の癖も仕草も、分かっている。本気で感じるとどうなるか、知っている。今の先輩は、俺と同じくらい高まっているんだ。
一心不乱に、お互い腰が止まらない。快感に勝てない、勝つ気がしない。ただ、お互いに溺れあうだけ。
先輩を突き上げながら、ふと悪戯心が芽生えてきた。この状態で、こっちも弄ったらどうなるんだろう、と。
好奇心は猫を殺すというけど、構うもんか。俺は物欲しげにしている先輩のお尻を、不意打ちでまさぐってしまった。
「あ"、ダメ、一緒ダメ、いぎ……っ!!」
瞬間、先輩の身体が大きく跳ね上がる。そしてその締め付けも千切れんばかりに強まり、全力で俺を押し潰しに来た。
不味い、これは不味い。耐えきれるわけが、ない。
ドクンと拍動が全身を貫いて、衝動が放出される。先輩のお願い事に、答えようと。先輩を、妊娠させようと。精液が、迸っていく。
「ああ、あ、あー……」
腰が砕けそうになりながらの射精は、死ぬほど気持ちいい。
快感の余韻が込み上げて、止まらない。
繋がったまま、二人揃ってしばらく惚けて。
もう一回したいな、と思い始めた頃だった。
ぺちん。そんな音を立てて、先輩の手が俺の頭を叩いたのだ。
「……大喜、ひどい。不意打ちとか、ひどい」
ぷーっとほっぺを膨らませて、拗ねたように。先輩は、俺をぺちぺちと叩き続ける。
「あ、はい……。すいません……」
まあ、確かに。あれは俺が悪いか。
「私は機嫌を損ねました、キスしてくれなきゃ治りませんー」
ぷっくり膨れっ面の先輩は、可愛いけど。でもまあご機嫌ななめなままじゃ、困ってしまうかな。
まあるいほっぺに手を添えて、先輩と唇を重ねあう。
きっと俺たちは、この先もこうなんだろう。
ケンカしたりすれ違ったりして、でもお互いを大好きだからすぐ元通りになって。
ずっとずっと、こうやって行くんだろう。
ああ、幸せだな。俺たちは、幸せだ。